2011-06-10 20:41:15

『妖談うしろ猫』〈耳袋秘帖1〉(文春文庫版)

テーマ:歴史・時代小説

耳囊というと、昨今のホラーブームのせいか、怪しいことがたくさん載っている本、というイメージがある。
実際、本シリーズもそれにことよせて、南町奉行根岸が私的に手の者を動かして、妖しい事件を追うという仕立てになっている。
しかし、だまされてはいけない。
たしかに、いかにもあやしげな事が出てくるのだが、本シリーズはミステリなのだ。
きちんと、妖しい事の謎解きもされている。
そうそう世の中、妖怪なんていやしないのだ。

ところが、そうそうはいないと言いながら、「でもやっぱりどこかにいるのでは」と、そこはかとなく怪しさを感じさせるところもあれば、
「いやいや! 世の中で一番怪しいのは人間なんだよっ」と言いたくなるような、人ならでは為し得るところの凄惨な事件も登場する。
なかなか取り合わせが妙なので、面白い。

そして、タイトルを見ると、いかにも、うしろ猫という妖怪がいそうな基がするが、実はこれ、犬猫好き(というより生き物好き)の根岸が私邸で飼っている猫のあだななのだ。
なぜ、そんな猫なのかということにもちゃんと謎解きがあるのだけれど、なにより、誰にも顔をみせずいつも「おしりむけっ」している猫というのが、なんともいいキャラクターだ。


妖談うしろ猫―耳袋秘帖 (文春文庫)/風野 真知雄
2010年1月10んちい初版
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2011-06-08 13:24:04

『陰陽師 夜光杯ノ巻』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

小説を読む楽しみというのは、自分にとっての非日常がどれくらいリアルに感じられるかという点にあるだろう。
人間は視覚に大きく頼った動物であるから、小説における描写も、視覚的なものに偏りがちだ。
しかし、視覚的描写だけでは、あたかも少し離れたところから動画などを見ているかごときもどかしさが生じてしまう。
従って、次に重要なのは、心理的な描写ということになる。
このふたつがいかにうまくなされているかが、小説の巧拙ということになるのだろう。
ところが、実際には、人間の感覚とて五官があるのであって、生活感は普段自覚していなくても、視覚以外の感覚に大いに助けられているのだ。
ゆえに、小説という仮想現実でより深くリアリティを出すのならば、他の感覚の描写があればなお良いと思う。
通常、いい文章だなあ、うまい小説だなあ、と思うものは、視覚描写の次に、聴覚描写がうまく取り入れられている。
でも、だいたいそのあたりまでが通常は限界。
せいぜい、料理のうまさなど(味覚)がここに加わるだけかなあ、と思う。

しかし、夢枕獏は違う。
人間は鈍いとされている嗅覚の情報がこれほど多い小説はなかなかないだろう。
事実、人気シリーズ〈陰陽師〉のこの巻をとっても、短編の冒頭でまず描写されるのが、花の香りである事が大変に多い。
かといって、作者がことさら敏感な嗅覚を持っているというのではないように思う。
なぜなら、香りの薄い花の場合は、香りが描写されていたりはしないからだ(たとえば、桜の花などがそうだ)。
ゆえに、嗅覚の描写が取り入れられるというのは、作者自身が「観察眼」ならぬ、「感覚情報の収集」にこまめなのだと思う。
そして、普段、人間が自覚しにくい情報であるために、よりいっそう、この嗅覚情報が取り入れられる事で、作品のリアリティが大きく高まっているのだと私は思っている。

私にとっての夢枕獏作品は、嗅覚情報+燐光のような薄い光+あえかな、曖昧な心の状態の表現に集約される。
これがなんとも、他の小説とは違うスタンスで、心地よい。


陰陽師―夜光杯ノ巻 (文春文庫)/夢枕 獏
2009年12月10日初版
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2011-06-06 20:10:58

『剣姫 -グレイスリング-』

テーマ:海外SF・ファンタジイ
本作は、児童またはヤングアダルト向けの文学賞を受賞しているという事だ。
つまり、ジュヴナイルとして評価されているという事なんだね。
ということは、十代から、せいぜい二十歳そこそこのキャラクターが中心的に活躍するということで、すべからく、そこには「キャラクターの成長」という要素が絡まずにはいられない。
そりゃそうだ。
その年代の人間は、成長期にあたるんだから、成長がないキャラクターなどあり得ないのだ。
従って、ジュヴナイル作品のみどころは、「どのようなプロセスで」、「どのような未来に向かって」成長していくかという切り口にあるものと思う。

さて、主人公カーツァは、「賜(グリスリング)」と呼ばれる著しい才能を叔父である王によって幼少時から酷使されるというか、悪用されてきた立場だ。
また、そのために、彼女は自分自身が悪しき存在だと思い込むように誘導されてきた。
そんな彼女がいくつかの事件をきっかけに叔父王の支配から脱し、自分の運命を切り開いていく事になる。

ここれ、彼女が明確に、叔父王に反旗を翻すところがポイント。
単に叔父の手を逃れて自立するのではない。
しかも、成長過程を通して、今までは恐れるしかなかった叔父の存在が、客観的にみるとどのようなものであるかも理解していくところが面白い。

私は結婚なんかしないわ、という彼女の一貫した主張も、最初と最後では意味合いがだいぶ変わっている。
また、自分の、そして相棒となる人物の「賜」についての理解も、深まるにつれて面白くなる。
実を言うと、このような、天与の特殊能力をキャラクターが持つというコンセプトは決して珍しいものではないのだが、本作の魅力は、その能力ゆえに、「賜」を持つ人間が孤立し、恐れられる(あるいは忌まれる)という背景になっていること、そして「賜」がある場合は、必ず、左右の目の色が違うという点。実際、ヒロインも、片方が青、片方が緑の目を持っていて、途中、異国の高貴な老人にその美しさをたたえられるまでは全くその美しさに気付いていないという演出もある。
しかも、この「賜」が他人がそれを利用しようとおもって見た場合と、本人にとっての実際に大きな差が出てしまうというのも面白いところだ。

構想としては、三部作になるのだとか。
訳者のあとがきによれば、次巻が時間をさかのぼったところ、最終巻が本巻の少し未来にあたるのだそうで、これらも訳出される事を切に望む。


剣姫―グレイスリング (ハヤカワ文庫 FT カ 6-1)/クリスティン・カショア
2011年5月25日初版
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2011-06-05 09:49:26

『イタリア異界物語 ドロミーティ山地 暮らしと伝説』

テーマ:神話・伝説・民話
ケルトというと、いまだにイギリス諸島を思い浮かべる人が多そうなのだけれど、実はヨーロッパの非常に広い範囲に広がっていた民族だそうだ。
もちろん、ひとくちにケルトといってもまとまりのあるものではないのだろうが、たとえばアルプスのあたりにも分布していたと言われている。
本書はまさしく、アルプスのイタリア側、ドロミーティ山地(ドロミテ山地。有名なスキー場などがあるところ)に伝わる民話を集めたものだ。
ちなみに、この地域、イタリアの民話を集大成したカルヴィーノが、「あそこはイタリアじゃないからスルー」と言って省いた地域なのだそうだ。
イタリア的ではない、文化圏として別のとこ、という認識だったわけだね。
実際、この地域はすぐお隣がチロルだし、鉱脈を求めてドイツ側から多数の鉱夫が移住してきた土地でもあるという事が、解説されている。

前から、イタリアの妖精譚とはどんなものかと興味が深かった私にとって、カルヴィーノの『イタリア民話集』は面白くはあるが、妖精譚がほとんど含まれていないことが不満だった。
その不満を解消してくれたのが本書だ。
確かに、非常にケルト的な部分もある。たとえば、イギリス諸島のケルト的妖怪と共通するものもある。黒犬などがそうだ。
また、多数言い伝えがあるという夜の騎行、そもそもヨーロッパじゅうにある言い伝えだという事だが、ドロミーティに到来する夜の騎行は、ドイツの方からやってくるらしい。
また、アーサー王伝説ですら、この地に及んでいるのだ。

しかし、そっくりそのままイギリス諸島やドイツの妖精譚と同じわけはない。
やはりそこには、どこかイタリア的な要素も入っているように思う。
小人の王ラウリンが支配する薔薇の園は、イギリスの妖精界のような薄暗さはない。
また、その園に咲き乱れる深紅の薔薇は、戦いで死んだ戦士たちの魂だという話があるそうで、これらの戦士はいずれ蘇る暗示もある。
オーディンが支配するヴァルハラと基本的なコンセプトは同じでも、イメージがだいぶ違うよなあ。

また、美しい高山の花々が咲き乱れる地のためだろうか、花にまつわる民話が大変に多い。
カワウソの娘と恋に落ちた羊飼いの物語は、悲恋であり、魔法の眠りもからむケルト的要素の強いものだと思うんだけど、そこには最初から最後まで、わすれな草が群れ咲いている。

一方、山間の王国にまつわる物語などは、ケルト的、イタリア的などというより、むしろアルプス的というような、ユニークかつ美しいものだと思う。
山を支配する石の民の女王と人間の恋物語なども人間の数え方で二世代にわたるもので、興味深い。

また、この民話集は単に民話のみを集めたというより、それぞれの背景に触れた、著者のアルプス紀行文があるところも面白い。
採話した地の状況などがわかるのだが、ここらへんは『遠野物語』に通じる面白さがある。
そういえば、この地ではカワウソが人間になったり人間がカワウソになったり、あるいは魔王がカワウソに変身したり、カワウソ自身が変幻的な力をもって人間とかかわったりする話がけっこうあるのだそうだ。
著者は日本の、狐や狸の話と簡単に比較していたが、日本でも地方によっては、狐や狸と同様の機能をカワウソが持っている地域がある。
別にだからといって、日本とこの地にむすびつきがあるわけではないだろうけど、カワウソという獣が人間と関わりやすい(たとえば、生活圏が重なっているなど)というところもあるのだろう。

また、南イタリアの妖精とこの地の妖精を紀行文の中で比較しているところもいくつかある。
そうそう、やはりイタリアにも独自の名前をもった妖精はいっぱいいるわけだよ。
直接紹介されているわけではないが、そこらへんも楽しく読める部分だ。


イタリア異界物語―ドロミーティ山地 暮らしと伝説/増山 暁子
2006年2月12日初版
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2011-06-04 20:30:09

『地球移動作戦 (下)』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

本作の主人公は、ふたりの少女になっていると思う。
もちろん、実際には群像物語なのだが、その中でも突出しているのは、ひとりが人間の少女であり、もう一人がACOMである。
しかも、そのどちらもが、シーヴェルの脅威を撃退する強い動機を持ち、かつ、共に成長する事により、人間とACOMをそれぞれ代表する存在になっていくからだ。

個人的には、私はどちらの少女も好きなタイプではない。
むしろ彼女らの対立存在であるジェノアPのACOMユーナの方が好きなのだが、時に自己中心的にすぎると思える人間の方の少女、魅波は、幼少時に父親にもたしなめられたそのジコチューなところを、シーヴェル撃退のため、全て傾注する。
彼女の欠点が、計画の強い推進力となったがために、何度も危機にさらされる計画が、最終的には成功へ導かれるという事だ。

それでも、やはり、自己中心的なところが鼻についてしまうのだが、女性の恋人シリンクスとのエピソードが、だいぶそれを和らげる役目を果たしている。
いや、そこでもジコチューぶりは発揮されるんだけど、それゆえにトラブルが起こり、それゆえに彼女が自分も過ちを犯す事があると気づき、またそれゆえに、計画の最終段階には大きな影響を与えるというのが、面白い。

彼女らと、ジェノアPが打ち上げるセカンドアース計画、それら全てが、完全にハッピーエンドとはならないが、未来への大きな可能性となっていくところも、単なるハッピーエンドでは得られない永続的かつ可変な希望という、微妙にすばらしい読後感を与えているのではなかろうか。
まあ、ヒロインが素直じゃないぶん、ストーリーも素直ではないということで。


地球移動作戦〈下〉 (ハヤカワ文庫JA)/山本 弘
2011年5月15日初版
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2011-06-03 19:39:33

『地球移動作戦 (上)』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

冒頭にかかげられている通り、これは古いSF映画『妖星ゴラス』のオマージュ作品だ。
日本のSF史にも燦然と輝くこの映画、公開は1962年だそうで、当然白黒だ。
劇中、『おいら宇宙のパイロット』という歌が効果的に使われており、私は実を言うと、この歌の方を先に耳にしている。
曲調は古いのだけれども、なぜか非常に印象に残っていて、そのせいもあり、映画を見たいと思っていた。
幸いにして、今年になってから、DVDをレンタルして見ることができたのだが、当然の話ながら、今となっては細部にツッコミどころの多い作品で身もだえしつつ……しかしあまりにも壮大な発想に、かなり度肝を抜かれたと言わなくてはなるまい。

彗星なり、放浪惑星なりが、地球へぶつかろうとしていて、おそろしいことになるというシチュエーションは、いろいろと映画にもなったし小説にもなった。
冷戦時代のアメリカ映画などでは、この時こそ米ソが手をたずさえ、ともにミサイルをぶちこんで……というような展開になったりするのだが、その中で、衝突コースからなんとかして地球をどかそう! という発想を打ち出したのは、『妖星ゴラス』だけなんじゃないかなあ。
もちろん、そうそううまくいくわけもなく、映画のなかでも、その計画を進めるのになかなかの苦労をしていたりするのだ。
科学的な考証は万全ではないけれども、このアイデアひとつで、確かに、ゴラスは凄い作品だ。

しかし、現代のSFファンとしては、もどかしい気がするのも事実。
面白いアイデアだけど、いくらなんでも実行はできないだろ。
面白いけど。面白いんだけどねっ。

そのなんともいえない歯がゆさが、本作ではみごとに怪傑されている。
そうか、なるほどね、こういう手があったのか?
しかも、こちらは小説であるだけに、フィルムの長さという縛りがないから、映画よりも広範に、細部まで描く事ができるという利点がある。

たとえば、ゴラスにかわる惑星シーヴェルは、見えない惑星として登場する。
なぜ見えないのだろうか?
その設定がとても面白いのだ。
単に面白いだけではなく、それが、探査船の悲劇にも、のちのちの地球各地でのムーヴメントにも、大きく影響していく。

そして、本当は、宇宙へ、遠くへ、はてしなく旅していきたいという宇宙開拓者の心意気が、なんとパンツァーリートの替え歌という形で登場する。
これ、基本、勇壮な軍歌なのだが、作中描かれているように、ゆっくりとバラード的なアレンジをして歌い上げる事も可能なメロディーラインだと思う。また、最初から(有名な、『バルジ大作戦』でのシーンのように)足を踏みならしながら歌うよりも、宇宙空間にはそういう出だしがふさわしく、後半のもりあがりがいっそう際立つものと思われる。
なんともにくい選曲であり、演出だと思う。

なお、リンク先のYou tube の画像は、2曲とも歌詞のテロップがある。
「おいら宇宙のパイロット」の歌詞は、下巻巻末の解説に、聞き取りされたものがあげられているが、シュテルンシフリートの本歌がどんな歌詞であるのか、ドイツ語のわかる人は比較してみると面白いかもしれない。
そういえば、替え歌シュテルンシフリート、タイトルがドイツ語のようだけど、歌詞もドイツ語で歌われていたのでしょうかね。ちょっと気になる!

さて、映画と同様の展開をしていきつつ、背景の世界観には、オリジナルの要素がある。
それが、ACOMと呼ばれるものや、従来の映画やドラマなどが衰退して別のメディアが優勢となった世界観だ。
別のメディアといっても、全く異質なものではなく、今の「ネット」や動画サイトなどがずっと発展した状態だと考えればいい。
あり得る世界観なだけに、想像する事が容易だ。
ACOMは純粋に機械的存在であるロボットの、仮想現実方面に進化した形だと考えられる。
厳密にロボット三原則に縛られる事はなく、あくまでもかの三原則は、本能のようなものであって、絶対ではない、という考え方が取り入れられている。
しかも、この部分が後に大きなポイントとして働くのだ。

最初から、目を話せない要素がいくつもあり、しかも複雑すぎると思う事もない。
適度なドライブ感をもって読み進めていく事ができるだろう。


地球移動作戦〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)/山本 弘
2011年5月15日初版
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2011-06-02 20:34:24

『妖精バイブル』

テーマ:辞典・事典・図鑑

本書の出版元はどうやら最近、××バイブルという統一タイトルのもとにいろいろな本を出しているようだが、実は本書のスタンスが私はあまり好きではない。
妖精をアニミズム的な観点で自然のパワーを体現するものとみなすのは、まあ、いいとしようか。
しかし、随所に「おまじない」的な記載がある。
まあ別に、瞑想したりするのは悪い事ではないと思うが、あんまりはまるとちょっとやかなあ、と感じてしまうのだ。
自然を大切にしたり肌で感じるために、わざわざ妖精をもってくる必要はあるのだろうか?

とはいえ、そういった部分を別とすると、なかなか面白い図鑑であると思う。
なんといっても、これ、フルカラー。
マイページカラーで、なんらかのイラストレーションが付与されている。

それだけではない。
単に妖精としてカウントされるものを紹介していくだけでなく、妖精にかかわるいろいろなものを一緒に解説しているのだ。
たとえば、妖精と「衣服」の関係。
あるいは、妖精と「食べ物」について。
あるいは、妖精と「時間」のかかわりに関して。
従来の、一般向け妖精事典などではあまり見られない方針だと思う。

妖精バイブル (GAIA BOOKS)/テレサ・ムーリー
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2011-06-01 19:56:48

『豆腐小僧双六道中 ふりだし』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

豆腐小僧とはなんぞや!
江戸時代の妖怪キャラクターという事なのだが、妖怪というよりほんとにキャラクターとしか言いようがない。
紅葉豆腐を手にして笠をかぶった小僧。ただそれだけ。
ほんとうにそれだけ。
人を脅かしたりとかそういう事を一切しない。
つまり、なんらかの機能を持っていたりはしない存在だということだ。

この豆腐小僧の目を通して、いわば妖怪ガイドをしながら冒険をさせていくというのが本作なのだけれど、ガイドといっても決して図鑑的だったり、紳士録的だったりはしない。
日本の妖怪とは、どのようにグループ分けできるのかということを、その機能から説明していくというところが面白いのだ。
まあ、うんちくを面白く語らせたら右に出る者は滅多にいない作者であるところへもってきて、本作は語り口も江戸時代の話芸を思わせる軽妙さだ。
読んでいてとてもリズムがいい。

しかし、タイトルが双六道中であり、かつ、ふりだしであるということは、続きが描かれる予定がある事を思わせる。
実際、ラストで豆腐小僧は江戸圏をはなれ、東北方面へ旅立つ事になるのだが、もしや最終的には全国を行脚するのだろうか。

時代背景が幕末であるというのも、なにか仕掛けがあるのではないかという気がする。

文庫版 豆腐小僧双六道中ふりだし (角川文庫)/京極 夏彦
2010年10月25日初版
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