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2011-03-31 22:14:10

『上弦の月を喰べる獅子 (上)』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

螺旋は怖い、と思う事がよくある。
それは、終わりのない図形であり、かつ、底のない形象だからだ。
だからこそ、それをのぞき込むことに魅せられてしまうのだけれども。

さて、底がないというのは上から見下ろした時の螺旋、すなわち渦巻に対して感じる事だ。
これは、螺旋の中心がへりから見て下の方にあるからこそ、感じる事ができる「はてしなさ」なんだよね。
しかし、この漏斗のような形を逆にしてみたらどうだろうか?
それは、蛇のとぐろのような形になっているはずだ。
インドの宇宙論において、世界の中心にあるというスメール山が、まさにこの形をしているのだそうだ。

主人公は、スメール山の山腹を上っていく事になるのだが、すなわちそれは、「底なしの頂上」をめざすという事で、すなわち、頂のない山を登っている事になるわけだね。

螺旋ということについて、いろいろな面から語りながら、このはてしない巡礼を始めるのは、アシュヴィンという名を与えられた男だ。
アシュヴィンは、インド神話の双子神だけれども、このような双子の神は、しばしば、「兄と妹」のカップルとして登場する。実際、主人公そのものではないが、物語の前半から、「兄と妹」が複数登場するのが興味深い。
「2」と「螺旋」は、遺伝を連想させ、実はそれも、物語の重要な要素となっているらしくも見える。

『上弦の月を喰べる獅子』という魅力的なタイトルは、洋の東西の神秘主義的な思想からとられた概念を組み合わせたもののようだけれども、その謎解きはまだまだ物語の先にある。


上弦の月を喰べる獅子 上 (ハヤカワ文庫 JA ユ 1-5)/夢枕 獏
2011年3月15日初版
第10回日本SF大賞
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2011-03-30 20:56:50

『もやしもん (10) 』

テーマ:その他

もやしもんアメリカ編。
アメリカの醸造品ってなんだろなー、ビールもバーボンもあるけどなんかもっとかわったものでないかなー、と思ったところ、バーボンがちらりと出たくらいだった。
それもほんとにちらり。
そのかわりに、アメリカ合衆国がいかにいろいろなピースの寄せ集めであるのかという事が語られ、ラストはニューオーリンズで締め。
ああ。いいよねえ。ケイジャン料理とかケイジャン料理とかケイジャン料理とか!

あえて言うなら、「USAが国として発酵熟成するのはこれからで、できあがったらすっげえものになりそうだね!」という事を語りたいかのように見える。

つまり……。
漫画としては、二人のゴスロリ(!)の衝突とか、すごく面白いんだけれども、発酵発酵していた最初の頃とはコンセプトが違ってきたように見えなくもない。
菌と発酵はどこへ?
最初の頃、あまりにも強烈に、そのふたつがアピールされていたために、ストーリーは面白いにもかかわらず、なんか物足りなく思えてしまうのだ。
たぶん、きっと、そう。


もやしもん(10) (イブニングKC)/石川 雅之
2011年3月25日初版
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2011-03-29 20:32:29

『青い星まで飛んでいけ』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

ハインラインを思わせるような元気なジュヴナイルから、ファンタスティックなロマンス、あるいは異形コレクションに似合いそうなやつ、などなど、内容はバラエティ豊かなのだが、なぜか、共通のカラーがある。
それは、ほんわりと優しい、というところだ。
決して、べたべたとした優しさではなく、むしろかなりぶっきらぼうなのだが、だからこそ、さりげない優しさが、読後に、きわだって残るのだと思う。

そのせいか、バラエティに富んでいながら、その中でどれが好きか、どれが嫌いかと言われると、選べない。
マーブルチョコレートのように、外側の色は違うけど、中は同じチョコレート、だからつまらないどころか、同じチョコレートなのに、一粒ごとに楽しくてわくわくする、そんな感じだ。

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都市彗星(パラマンディ)のサエ
グラスハートが割れないように
静寂に満ちていく潮
占職術師の希望
守るべき肌
青い星まで飛んでいけ
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強いて言えば、短編集のタイトルにもなっているトリの短編が一番好きかなあ、と思う。
『2001年宇宙の旅』を思わせるアプローチから、物語はねじれていくが、一種の機械生命であるエクスが、いかにして「ひと」となったかに至る、壮大かつ大人むけな、宇宙のピノキオストーリーなのだ。
無自覚ではあっても多くの傷をかかえたエクスは、ただそれだけでは「ひと」にはなれなかった。
だからこそラストはすばらしい。
めでたしめでたしではなく、そこから真実、エクスの旅が始まるところが、実にいい。


青い星まで飛んでいけ (ハヤカワ文庫JA)/小川一水
2011年3月15日初版
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2011-03-28 20:52:14

『パエトーン』

テーマ:その他
山岸涼子は、「情」の人だと俺は思っている。
「なさけ」ではない。
「情念」の方ね。
それが作品に深い文学性を与えていて、凄みのある、面白い漫画が幾つも生み出されていると思うのだが、数ある山岸涼子作品の中で、実は私が一番嫌いなのが、本作だ。
というのは、筋道たてて科学的に解説しているように見えて、実はチェルノブイリと日本の原発が安易な比較しか行われておらず、内容はいたずらに不安感のみをあおるように感じられるからだ。
まあ、情念の人が描いていると思えばそうなるのもわかる気はするが……。

啓蒙したいのなら、「これこれの本を読んでこう思いました」だけではなく、もちっと自分の頭で筋道たてて考えた結果を述べてほしいと思うし(そして読んだ本は参考資料として巻末などに出すべきだろう)、
原発反対を唱えるのなら、代替エネルギーについても提案すべき。
そういうところが本作には見当たらない。

火力や水力発電にも、それぞれ大きな問題がある事も、指摘しなければならないだろう。
風力や太陽発電で、どれほどの電力が得られるのか(代替とするならどの程度作らなくてはいけないのか)というところも、考えなくてはならないはずだ。

もちろん、一定年齢以上の人は、原子力というと、原子爆弾の方に頭が短絡してしまうという現象もあるようだが、原子爆弾と原子力発電は全く別。
戦争アレルギー(軍隊アレルギー)と同質の、原子力アレルギーとでもいおうか。
つまり、戦争とか軍隊とか原子力というと、もうそれだけで「だめっいやっこわいっ悪の力っ」という反射的な反応が出るやつな。
そういうニオイがあるところも、気になる点のひとつ。
(啓蒙するなら、こういうのは出しちゃいけないと思う)。

今更、大量の電気なしでは現代社会はたちゆかない。
原発をなるべく作らずにすませるのなら、何をどう作ればいいのか、今考えなくてはいけないのは、むしろそこだろ。


パエトーン (あすかコミックス)/山岸 凉子
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2011-03-27 19:15:53

『ヒナギク野のマーティン・ピピン』

テーマ:古典・文学

『リンゴ畑のマーティン・ピピン』の続編であるこちらでは、マーティンとジリアンが結婚している他、かつて看守役をつとめていた乙女たちもそれぞれの恋人と結婚し、子供が生まれているという事になっている。
そして、乙女たちに恋物語を聞かせたマーティンは、子供たちに不思議な物語を語るという、こちらも枠物語の形式なのだけど、いまひとつ、枠の部分のイメージがあいまいであるように思う。
情景的には美しいのだけれど、ストーリーのついた動画ではなく、物語のワンシーンを描いた絵はがきを順番に見ているかのよう。

これはなぜなのだろうと、ずっと思っていた。
枠にはめこまれる物語はいずれも子供が主人公だから、児童向けのお話なのかという印象だが、考えてみれば、これはマーティンの視点が要になっているのだ。
つまり、子供というものを初めてもった親の視点。
かつては自分も子供だったはずなのに、子供時代が不思議なもので満ちているということは漠然と憶えていても、それがどういうものなのか、大人は再体験する事ができない。
それゆえの曖昧感なのだろうな。

はめこまれた物語の中で、唯一、そしていつまでも忘れがたいのが、縄跳びの話。
子供の頃から縄跳びが大の得意だったおばあちゃんが、ほんとに小さく縮んだ年寄りになってしまっても、凄い縄跳び技を披露する。
縮んでしまったというところがミソで、大人なんだけれども、年をとって縮んだから、幼い子供の頃の縄跳びが使えるというところ。
この縄跳びの取っ手が、キャンディでできているのだ。
普通に考えれば、そんな持ち手はべたべたと手にくっついてしまってどうしようもない。
(あ、どこかから、「なんて不衛生なの! 汚いからなめちゃいけません」なんて声が聞こえてきそうだ)。
もちろん、キャンディそのものも、とっても古風なやつ。
日本でいうと、金太郎飴とかそれくらいの、オーソドックスなやつで、しかしそれが、なぜかすごく美味しそうなんだ。

この縄跳びを使って、おばあさんは、それこそ、マザーグースの牝牛そこのけ、月だって飛び越えるほどの妙技を披露してくれるのだ。
実にファンタスティックだ。

枠物語の部分を含め、なんともいえない幻想味は、ファージョンならではのものだと思うが、リンゴ畑が基本的に、お日様の下をイメージさせるのに比べると、こちらは月の下であろう、と思う。


ヒナギク野のマーティン・ピピン (ファージョン作品集 5)/エリナー・ファージョン
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2011-03-26 19:56:34

『リンゴ畑のマーティン・ピピン』

テーマ:古典・文学

エリナー・ファージョンには幾つも作品があって。味わい深いのだが、一番好きなのはやはりこれだ。
日本では児童向けに紹介されて、今も岩波少年文庫に入っていたりするが、そもそもは、ファージョンが戦地にいる恋人に手紙として書き送った物語がもとになっているのだそうだ。
誕生からして、実は大人向けの物語というわけだ。

主人公というか、語り手のマーティン・ピピン、名前は林檎の品種から取られているらしく、物語の中にも、ピピン種という林檎が登場する。
親の許さぬ恋をしたため、井戸屋形に閉じ込められたお嬢さまの看守役として、乙女たちが林檎畑に詰めている、彼女らのひとりひとりから、井戸屋形の鍵(乙女の数だけ錠前がある)を譲り受けるため、マーティンはそれぞれひとつ、恋物語をしていく。
(この時、それぞれ別の品種の林檎と、林檎を使った遊びが紹介されているのが楽しい)。
たぶん、そこに登場する林檎は日本のものとはまるで違う、もっと小さく、酸味もありそうな、そんな林檎のようだ。

また、実だけではなく、林檎の花や若葉についても美しさが語られていて、ほんとうにこの物語はどこからどこまで林檎だらけ。

そんな背景を描写しながらマーティンが語っていく恋物語が並んでいくわけで、枠物語の形式になっているんだね。

私がこの物語を読んだのは(児童向けに展開されていただけに)小学生の頃だったと思うが、それ以来折に触れて再読してきた。
子供の頃は、白鹿の騎士の物語が一番のお気に入りだったと思う。
典型的な騎士物語を、そんなロマンスを夢見る貧しい森の娘に夢見させながら、伝説の魔法鍛冶を彷彿とさせる男を登場させ、これまた騎士がロマンスの中で追うべき白鹿が登場したりと、華やかでほろ苦い物語。

また、山のあなたの国に住む美しい乙女に巣食う一房の邪悪に関する物語も、美しく怖ろしく、印象深いものだったと思う。

しかし、大人になってからもっと味わい深かったのは、黒髪に蜘蛛の糸のような銀色を交えた女と海の音を伝える貝殻、そしてアヒル池の水夫の物語かもしれない。
かなりこれは地味なのだが、不思議と、「恋」というもののなかに潜む渇望が最も深く描かれていると思うのだ。

リンゴ畑のマーティン・ピピン〈上〉 (岩波少年文庫)/エリナー ファージョン
リンゴ畑のマーティン・ピピン〈下〉 (岩波少年文庫)/ エリナー ファージョン
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2011-03-25 22:42:39

『天体戦士サンレッド (12) 』

テーマ:その他

このシリーズの一番人気は誰だろう。
ウサコッツとヴァンプは人気が高いと思うんだけど(そういや今年ってウサコッツの年だったのか)、ヘンゲル将軍も良い味出してるよねえ。
むっつりスケベのようでいて、真顔で堂々とスケベを自認する親父!
見ようによってはかなりかっこいい(かもしれない)。
しかし、混浴の温泉に入るのはおばあちゃんだけで、きょぬーの女性は入らないと思うよ。
うん、きっと。

そしてウサコッツ、もはやサンレッドの膝の上で寝るのがくせになっちゃったのか。
ほとんど懐に入り込んでいて、前より間合いが深い(違)。
また、かよこの手前とはいえサンレッドが拒否らないどころかいやがりもしない、というかかなり面倒見がいい!
まあ、これも、考えてみればかなり前からそうなんだけど、最近ますますその傾向が強くなっているように思う。
いいのか。
だいじょぶなのか。
アニマル戦隊はこのままなし崩しにかよこの家(決してサンレッドの家、ではない)にいりびたっていくのか。

しかし気になるのは、彼らの影にかくれて、ヴァンプの破壊力が今回いささか目減りしているように思えることだ。
がんばれヴァンプ。
フロシャイム川崎支部とシリーズの未来はおまえの肩にかかっているぞ。
たぶんきっと。


天体戦士サンレッド(12) (ヤングガンガンコミックス)/くぼた まこと
2011年3月25日初版
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2011-03-24 20:59:37

『とりぱん』

テーマ:自然と科学

思えば、このシリーズは最初の方を「途中から」、昔のパソ通仲間に借りて読んだのが最初だった。
内容は4コマなのだから、それでも不便はなかったが、再読してみて、なんでこういうタイトルなのか勃然と納得した。
「とり」にやる「ぱん」の話から始まってたんだな。
だからとりぱん。納得。
メインのネタは野鳥がくる餌台まわりの事だけれども、作者の身の回りにあるあれこれが広くネタとして使われている。
そしてその感性は、詩人に近いように思う。
これは、アタゴオルのシリーズが人気のますむらひろしなどもそうなのだけれど、宮沢賢治の系譜につらなる完成のように感じられる。
岩手という土地柄は、自然が人間の手で馴致しきれるものではなく、かつ、自然と共存しなければ生きていくことができず、そのためには努力も必要だが、「努力しないこと」も必要だ、という感覚を育てるのだろうか?


とりぱん 1 (ワイドKCモーニング)/とりの なん子
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2011-03-23 21:18:17

『砂塵の魔門 4』〈マラザン斃れし者の書2〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ

鈎爪隊最強(最凶?)の暗殺者であるカラム、そして別方面からはアプサラーたちがマラザンの首都、女帝ののど元へ迫りつつある。
カラムって登場したばかりの時は端役のようにすら見えたのに、これほどの凄まじい男だったとは。
鈎爪隊は、フィクションの中でのCIAみたいな存在だと思うんだけど、その現役工作員が束になっても、カラムには「勝てないだろう」というのだから、どんだけスーパー工作員なのか!
そんなカラムに惹かれるミナラは美女だと表現されているけれども、これまたウルトラ級の馬術の使い手。
DVの被害者だった彼女、カラムと結ばれたら幸せになるのだろうか?

第二部の裏で糸を引くのは、影家のシャドウスローンとコティヨン、昇格神となる前は帝国の元皇帝とその腹心だった男だ。
一代で帝国を築いたような男が一筋縄でいくわけはないが、実際、第二部ラストで姿を現したシャドウスローンは、一見大団円のごとく手駒とした者どもに報償を与えているようにみえながら、既に一部、大変皮肉な結果をもたらしているものもある。
となれば、他の人々もただ「しあわせにくらしました」という結末に到達したとは思えない。
また、ここで命を落とした幾人かの人々は、タターセイルのように生まれ変わるのだろうか。
そういう予兆も濃厚だ。

そして、女官タボーレの率いる艦隊がいよいよアレンへ到達する。
一方フェリシンは新生シャイークとして実験を握りつつある。
つまり、姉妹対決が目前に迫っている。
第七軍が被ったおそろしい損失のため、一見、帝国側の兵力が大きくマイナスとなっているように思えるが、シャイーク(フェリシン)側も、内部にいろいろと不安要素をかかえているので、姉妹対決も先行きどうなるかがまったくわからない。
さらに、女帝ラシーンも、瞬間的に登場するものの、かえって謎を大きくしているようだ。

以上、非常に引いた終わり方なんだけど、日本での訳出はここで休止となってしまうんだそうだ。
本国では第十部(10巻)をもってシリーズが完結しているそうだが、続きを英語で読むかどうかはちと悩むところ。できれば続きも日本語で読みたいんだがなあ。


砂塵の魔門〈4〉―マラザン斃れし者の書〈2〉 (ハヤカワ文庫FT)/スティーヴン エリクスン
2011年3月15日初版
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2011-03-22 21:50:47

『異星人の郷 (下)』

テーマ:海外SF・ファンタジイ

本作はふたつのドラマが並行して展開し、最後の最後で結びつくのであるが、その一方が中世ドイツに不時着した異星人たちとドイツの村人たちのドラマであり、もうひとつが現代の学者たちのドラマだ。
学者たちといっても、長い間同棲関係にある歴史学者(男)と、物理学者(女)のカップルが中心。
理系文系と性別の関係が、従来とは逆のパターンを取っているように見えるが、理系VS文系(というか、非理系)の対立関係は、むしろ典型的かも。

理系の人全てではないが、その中には、科学一神教とでも言おうか、「科学のみが真実、科学的論理体系のみが論理」というような考えの人がいるようだ。
この手の人と、いわゆる疑似科学と呼ばれるようなもの(オカルトから、社会科系の学問まで!)について討論していると、その科学至上主義的見地に辟易する事が、ままある。
主人公格の歴史学者も、妻同然に連れ添ってきた相手でありなら、自分がかかえる問題について会話する時、そういうもどかしさにいらついてしまう。

しかし、これはある意味で逆も真なりなのであろうか、科学者側から見ると、科学以外の論理体系にもとづいて進められる考え方が、とてもいらつくものであるらしい。
「そんなの科学的じゃない」……ごもっとも、それは科学じゃないのだ。
ここで、「科学的じゃない」=「正しくない」につっぱしると物語は進まなくなるが、ここに登場する物理学者は、科学的ではない歴史学というものにいらつきながらも、ほぼ夫婦に等しい人間関係を維持すべく、なんとか相手の思考法を受け入れようとする過程で、なんとも興味深い発見をする事となる。

そういえば、この物理学者は、まさしく象牙の塔の住人であり、教師ではなく研究者そのものであって、古代ギリシアの、「天文研究のため夜空を見上げながら歩いていたら穴に落っこちてしまった」タイプの学者を彷彿とさせる。

そう、歴史学者がつきとめようとしているのは、もちろん、異星人が漂着した村についてだ。
この村がなぜ、歴史上おある地点で消滅してしまい、かつ、後世に至るまで忌避され続けたのか?
それをつきとめようとしているのだが、図書館に勤める文献学者の手を借りてちょっとずつパズルのピースを集めるところも面白ければ、「もしやその異邦人とは、異星人なのでは」という衝撃の真相(?)が近づいてくる時のスリルは、こたえられないものがある。

しかも、その「衝撃の真実!」には、歴史上のものだけでなく、物理学者を別の麺で驚愕させる事実も内包しているのだから、ますます面白いというわけ。

そして、ラストはそのような多重の衝撃をこえてなお、どこか宗教的な崇高さと、避け得ぬ滅びを受け入れた者を記念するという、黄昏の美しさがあって、単に知的な面白さを追求するのみならず、深い心理を描いたドラマとしても、大変優れていると思うのだ。


異星人の郷 下 (創元SF文庫)/マイクル・フリン
2010年10月29日初版
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