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2010-10-31 20:54:43

『10月はたそがれの国』

テーマ:海外SF・ファンタジイ


ハロウィーンというと、今はいろいろな絵本とか児童書とかでているのだが、いずれを見ても「うぅん~」という気がする。
ハッピーハロウィン♪ なんて挨拶があるくらいだから、最近のハロウィンは明るく楽しいのが身上なのだろう。
しかし、この行事、もともとはお化けだの妖怪だのが、ぞろぞろと百鬼夜行して、人を脅かすというものだったはず。子供が仮装してお菓子をもらって歩くのは、その「まね」なんだよね。
本来、ハロウィンの夜というのは、お化けや幽霊、妖怪、そういった「怖いもの」がうろつく、不気味な夜。

まあ、実際に幽霊を目撃しなくてもいい。
しかし、そこはかとない不安やおそろしさが漂う、そういう雰囲気は、大切だと思う。
そんな味わいが感じられるのが、やはりブラッドベリ。
『黒いカーニヴァル』とか『刺青の男』とかでもいいのだが、この雰囲気を味わうといったら、『10月はたそがれの国』が一番に思い浮かんでしまう。

秋、ハロウィン、黄昏。
世界のはざま。
そこから漂いだす、人智を超えたなにか。
そこはかとない恐怖は、あからさまな恐怖より、かえってあとから効いてくるものだ。


10月はたそがれの国 (創元SF文庫)/レイ・ブラッドベリ
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2010-10-30 19:27:02

『交易』〈交代寄合伊那衆異聞13〉

テーマ:歴史・時代小説

幕臣は幕府が倒れたあとどうすれば良いのか。
実際にどうなったのかは、歴史を見ればわかる事なのだが、幕末の頃に、実際に生きていた幕臣の人々は、将来をどのように考えていたのだろう。

武士の世が終わる。
そう思っていただろうか?
しかし、明治維新は、民衆が起こした革命とは違う。
これをやりとげたのは、立場の差こそあれ、武士たちだった。(少なくとも武士が中心だったと言える)。

ならば、ほとんどの人は、支配者が変わったとしても、武士としての立場がなくなる事までは予想しなかっただろうと想像する。
せいぜい、浪人になってしまう、くらいの考えだったのではなかろうか。

ゆえに、籐之助が座光寺家と家臣たちの行く末をだいぶ前から模索し始めたのは、あくまでも玲奈という水先案内にを得て、他の人々より何歩も先に、海外へ目を向けたからだろうし、それはかなり希有な事のはずだ。
その結果、今回のタイトルで示唆されるとおり、交易という方面に目が向いていくのは、当然かもしれないけれど、しかし、展開としてはどうしても、別シリーズである〈古着屋総兵衛〉と重なってしまうように思う。
もちろん、あちらはまだ江戸時代の中期が舞台であり、日本を出てしまった彼らの先は描かれる事がなかったが、籐之助の場合は、もしかすると明治維新をこえて、さらに先までシリーズが続き、武士から違うものへ変貌すrのかもしれない。
つまり、そういう視点から見れば、ある意味未完に終わった古着屋の物語が、ここでリメイクされているのだともとれる。

一方、新たな実在の人物として、本巻から竜馬が登場した。
籐之助と同じような方向性を持つ人物だ。
今、ここで竜馬を登場させる事がどのような伏線になるのか、単純な想像もできるが、それではつまらない。
どのようなひねりをきかせてくれるのかが楽しみ。


交易 交代寄合伊那衆異聞 (講談社文庫)/佐伯 泰英
2010年10月15日初版

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2010-10-29 19:26:17

『戦国魔神ゴーショーグン』から『ポケットモンスター』まで。脚本家首藤剛志氏のご冥福をお祈りします

テーマ:冒険・アクション

首藤剛志といえば、今ならポケモン、さかのぼっては銀英伝やミンキーモモなどの人気作品を次々に手がけてきた人なのだが、私にとっては『戦国魔神ゴーショーグン』と『永遠のフィレーナ』なのだ。
ゴーショーグンはその筋のマニアが身もだえして喜んだカルト的なスパロボアニメだ。
小粋でちょっとコミカルで、そして私の記憶が確かならば、ライトノベルのはしりのひとつ、アニメージュ文庫の初期に収録されたノヴェライズ作品のひとつなのだ。
ノヴェライズ自体を氏が手がけており、続編、続々篇は、どんどんアニメ作品からはなれ、SFのライトノベルになっていった、小説としても面白いシリーズだった。
なにしろ、ちょっと不思議系のスパロボを中心にしていながら、キャラクターが小粋でコミカル。
その背景は、ノヴェライズの方でさらにしっかり語られていた。
主人公たちだけではなく、敵方の三人もユニークで面白かったのが思い出深い。
(ブンドルの人気がとっても高いのだが、個人的にはケルナグールが好きだった。うん)。

そして、『永遠のフィレーナ』はアニメージュ誌上に初めて連載されたオリジナルの小説であって、女性であることを隠しながら剣闘士として戦ってきたという出自のヒロインが、冒険に踏み出すというコンセプトの物語だ。
小説になると、どことなく独特の暗さも出てくるのだが、キャラクターには必ず、それを跳ね返す強さがあったと思う。

アニメも好きだが、私はやはり本読みだから、どうしてもこの二作品が一番親しみ深い。
まあ、若かりし(というか、幼かりし?)日をいろどってくれた大切な作品のひとつでもあるしね。

その氏が、昨日駅の喫煙所で倒れ、搬送先の病院で緊急手術というニュースを産経新聞が報じた
GIGAZINE では本日午後、訃報が掲載されている。
享年61歳。
もっといろいろな作品を見てみたかったけれど、今は謹んでご冥福をお祈りする。


ポケットモンスター The Animation〈VOL.1〉旅立ち (小学館スーパークエスト文庫)/首藤 剛


戦国魔神ゴーショーグン (アニメージュ文庫 (N‐002))/首藤 剛志
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2010-10-28 20:20:49

『女魔法使いと白鳥のひな』

テーマ:海外SF・ファンタジイ

マキリップ作品のイメージというと、ミステリアスな女魔法使い。
彼女はたいてい、半分野生の存在だ。
そして、魔法に翻弄され、魅了される男が一人。
魅了されたがために、最後は彼自身も、しばしば野生のものと化してしまう。

だが、それだけではない。
マキリップ作品には、なにか「不安」がつきまとう。
恐怖ではなく、あくまでも不安だ。
言いしれぬ、そこはかとない不安感が行間にたちこめているところは、ホラーというよりむしろサスペンスと言うべきなのだろうが、ただ、それは現実の犯罪ではなく、得体の知れない魔法的存在から来るものなのだ。
まさに、この部分がマキリップ作品のキモなのだと思う。

今回の舞台は、デルタと呼ばれる沼地を中心に、星座でもある魔法的キャラクターが徘徊する不思議な世界だ。
我々の知る星座ではないのだが、たとえば、オリオン座やカシオペア座などがそのまま人の姿をとって地上へ降りてきて、人の運命に直接干渉する、そんな感じだろうか。
主人公は戦士でも詩人でもない、ただの道の民(ジプシーのようなもの)。
ごく平凡とは言い切れないところがあるのだけれども、それでも、格別な力を持っていないただの若い男、それだけだ。

彼とあやしげなパートナーシップを結ぶのが、沼地の魔女だ。
彼女の正体もなかなか面白いが、なんとも魅惑的なのは、扉を開くたびに違うところへ通じる彼女の家だろう。
そういえば、この物語には不思議な家が他にも出てくる。
扉をあけて入ったら二度とでてこられない家。
不思議なダンジョンのある館。
しかも、この館は、昔かけられた魔法のため、特定の人物の能力によって、あちこちに遷移する事ができるのだ!
このうち一つをのぞいては、家の主は女性というのが面白い。


女魔法使いと白鳥のひな (創元推理文庫)/パトリシア・A・マキリップ
2010年8月27日初版
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2010-10-27 20:26:39

『スペイン民話集』

テーマ:神話・伝説・民話

かつてヨーロッパは全域が森に覆われていたという。
ケルトの民話や伝承に数多くの妖精が登場する事はもはや日本でも知られた話になってしまったが、本来はケルトに限った事ではないはずだ。
たとえば、ギリシア神話にも、非常に沢山の妖精が登場しているからだ。
神と呼ぶには力が弱く、かといって怪物でもなく、人間でもない、たとえばニンフとか、ドリアードとか呼ばれる群がそうだ。
とくにスペインは、ケルトの痕跡もあるそうだし、きっと、たくさんの妖精がいたはずなのだ。

かつてこの民話集(但し画像と書誌情報リンクはワイド版。私が所有しているのは普通の岩波文庫)を手にした時、多少はそういう民話があるのではないかとかなり期待していたものだ。
しかし、残念ながら、その痕跡を見ることができなかった。

本書は、以下のように章立てされている。

----------
1 謎話
2 笑い話
3 教訓話
4 メルヘン
5 悪者話
6 動物昔話
7 だんだん話
----------

別に、ことさら妖精譚を排除したというわけではない。
エスピノーサは広くスペイン全土から民話を採集した、とされており、その結果を、以上の類型に分類して収録しているのだ。
しかも、最後の「だんだん話」に至っては2篇しかない。
ということは、やはりスペイン民話には妖精譚がないのだろうか。

なにしろ、おとなりイタリアにはローマ法王庁があり、スペインも濃厚なカトリック文化が長く続いた国だ。
その分、とても民衆的な部分にまで、聖女や司祭たちが登場する。
たとえば、人気の高い聖女であるカタリーナの、思いがけない「俗っぽい」一面が語られたりするのだ。
聖職者にしても、日常、それなりに敬意をはらわれ、大切にされている存在なのだが、決して「孤高の人」ではない。
ちゃんと人間的な一面があって、なおかつ親しまれ、尊敬されているのではないかという風土がうかがわれる。

これほどまでにキリスト教が根深く日常に浸透していく過程で、妖精たちはどこかへ消えてしまったのだろうか。
完全に消滅してしまったとは、あまり思いたくはないのだが。
いつか、どこかで、スペインの妖精譚にめぐりあえますように。
なにしろ、バスクにはちゃんと妖精譚が残っているのだから。


エスピノーサ スペイン民話集 (ワイド版岩波文庫)/エスピノーサ
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2010-10-26 21:25:08

『アタゴオルは猫の森 (16)』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

アタゴオルも何十年と描き続けられてきた作品なので、ある程度マンネリになっているのは、否めない。
要するに『サザエさん』と同じ事で、読む方も、どんなキャラがいて、物事にどういう反応をするのか、あらかじめわかってしまっているからだ。
全く新しい地域へ彼らが出かけていったとしても、それは変わらない。
本作は、すてきなファンタジイではあるが、そういう意味では、新奇なものを求めてはいけない作品になっていると思う。
むしろ、日常のものとして、その中からさりげなく新しいこと、たとえば(ヒデヨシ以外の)キャラのさりげない変化や進歩を探すという手もある。

たとえば、今回は、かの過激な取り立てや、ガッポリ商会のハナブンに注目。
彼らの本拠はヨネザアドにあるそうで、アタゴオルからはそれなりに離れているようなのだが、それでもやってくる!
ハナブンとガッポリ商会について、ちょっと新しい事がわかる。

ところで、毎度思うのだが、ヒデヨシのような性格の奴が近くにいたとしたら、どうだろう?
自分勝手で唯我独尊、借金まみれで食い逃げと万引き(というか、かっぱらい)の常習犯。
友達であってもへいきでだましたりたかったりするし、風呂に入らないから、すごくくさい。
どう考えても、つきあいたくはないよなあ。
よくよく考えてみれば、そういう特徴をもっているとすれば、キャラクターとしても、ちょっとごめんだなーと思う。
なのに、アタゴオルは魅力あるよねえ。
それだけ、このしよーもないヒデヨシという猫が、カリスマ的魅力をどこかにもっているということだ。
今回は安念ながら登場しないが、たまに、ヒデヨシのすごさを感じさせるシーンがあるのも、「あたり」がでたようで嬉しいところだ。


アタゴオルは猫の森 16 (MFコミックス)/ますむら ひろし
2010年10月31日初版
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2010-10-25 20:13:58

『マルドゥック・スクランブル 〔完全版〕 3 排気』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

卵といえば、そこには避けられない宿命がある。
食べられるか。
それとも、生まれるか。
抱卵された卵なら、命は生まれようとし、また、生まれる事が望ましい。

一度は生まれる前に殻から引きずり出されてしまったバロットは、再び殻を与えられ、適切に抱卵され、そして生まれようとしている。

しかし、それはバロットだけの事だけではない。
世界でただ一匹の「成功例」、意志を持った万能道具であるウフコックもまた、最初のパートナーであるボイルドとの関係でずたずたにされていた、という経緯がある。
彼もまた、バロットとの出会いによって償われ、新生しようとしているのだ。

これは、敵方であるシェルの事情と似て非なるものである事が明らかになる。
シェルもまた、幼い頃に大きな傷と罪をかかえ、になっているという事が、カジノへの挑戦によって明らかになるけれども、彼は後天的な記憶障害も手伝って(あるいはその原因を作ったオクトーバー社によって操られ)、自分と同じような傷を負った少女を毒牙にかけてきた。
毒牙にかけるだけならば、まだいい。
そこからあたかも救い出すようなそぶりをみせながら、犠牲にしてしまうのだ・
許せないですね(しっぽしゅっ)。

だからこそ、バロットとウフコックの関係がきわだつのでもある。

さて、本作は来月早々、映画が公開されるという事だ。
アニメーションだそうだから、たとえばボイルドのアクロバティックな機動などの描写は心配ないけれど、あのなが~いなが~いカジノシーンはどうするのだろうか。
そして、生身の声をうしなっているバロットの演出はどうするのだろうか。
とても興味がわく。


マルドゥック・スクランブル The 3rd Exhaust 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)/冲方 丁
2010年10月15日初版
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2010-10-24 20:07:28

『マルドゥック・スクランブル 〔完全版〕 2 燃焼』

テーマ:日本SF・ファンタジイ


本作には実に顕著に、というか露骨に、「卵」のイメージが投影されている。
卵とは何か?
それは完結したひとつの世界だと言える。
殻のなかには、ひとつの生命を形作るために、余分も不足もない完全なものが蓄えられている。

個々の知的生命それぞれがひとつの「卵」である、というのが作品における世界観だと思う。
だからこそ、ウフコックは「半熟卵(煮え切らないもの)」なのであり、シェルは中ががらんどうの殻だけ卵なのであり、一度無理矢理殻をたたき割られてしまったバロットは、「雛料理」なのだ。
カジノも卵料理であるし、法務局は卵を生み出すブロイラーの(卵をとるための鶏用の)小舎であり……。
そのシンボルイメージは、笑えるほど繰り返しあらわれる。
なにしろ、バロットたちが避難する空中住居も、卵の形をしているくらいだしね。

そのことは、端的に、個人がそれぞれ、ひとつの宇宙なのだという事を語っているように思えるが、しかしもっと重要なのは、結局のところ、その殻を割らなければ、新たなものは生まれないという事だろうと思う。
児童虐待により、さんざん苦しめられたバロットは、だからこそ「親切な人たち」に、殻を割ってでておいで、と言われたのだろうが、傷が深すぎるために、今はまだ、そうする事ができない。
むしろ、ひびの入った殻を一度修復し、再び抱卵してもらう事が必要なのだ。
そのために必要なものが、ウフコックとの交流なのだろう。

しかし、本巻は半分を少し上回る量が、カジノにあてられている。
このカジノ攻略が、バロットたちが勝つための重要なステップであるとはいえ、読みようによってはひどく冗長だ。
面白くないとは言わないけれど、アクションの連続であったものが、いきなり停滞する感じは否めない。


マルドゥック・スクランブル The 2nd Combustion 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)/冲方 丁
2010年10月15日初版

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2010-10-23 19:35:40

『マルドゥック・スクランブル 〔完全版〕 1 圧縮』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

「なぜ、私なの?」
……なぜ、私なのか。
これは、どんな物語の主人公も必ず抱く疑問だろうと思う。
いや、現実にも、なにか困難な事にぶつかれば、人は必ず、そうつぶやくのだろう。(まあ、困難とは限らないかもだが)。

ヒロインであるバロットは、まず、ずたずたに破壊された状態から始まる。
既に心を打ち砕かれていた彼女は、ほとんど即座に、肉体も打ち砕かれてしまう。
そのようにして、マルドゥックという古代の神の名を冠した都市における、壮絶な抗争に巻き込まれてしまうのだ。

バロットは非常に美しい少女として描かれているけれども、外見の美しさより、その心の空虚さの方がずっと読む者の心をうつ。
大切なものが、大切な者によって壊されたなら、人はうつろになってしまう。
器にひびが入っているかのように、注いでも注いでも、足りる事がないからだ。
そのひびをつくろうのはとても難しい事だ。

そんな彼女とパートナーシップを結ぶのが、万能道具(ユニヴァーサルツール)として設計された金色のねずみ、ウフコックだ。
もうほんっとに万能で、なんでも作り出す事ができるのだが、ウフコックもまた、卵のように壊れやすい心を持った繊細な生き物だ。
優しく繊細で、しかもこの世に唯一しかなく、おまけに禁じられた技術による存在であるために、ウフコックは1秒1秒を、自分の存在が価値あるものである事を証明しなければならない。

実は、バロットとウフコックは、違うもののようでいて、同じものでもある。
世の中に「おまえは本来不要なものなのだ」と宣言された存在であるという点で。
これほどの拒絶にあって、命ながらえられる者は、そうはいない。

自らの生存をかえkた物語は多数ある。
しかし、これは、心の存続をかけた物語なのだ。


マルドゥック・スクランブル The 1st Compression 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)/冲方 丁
2010年10月15日初案
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2010-10-22 19:14:14

『ハムレット』

テーマ:古典・文学

シェイクスピアの悲劇の中でも非常に人気の高い『ハムレット』。
戯曲という形でなくとも、この物語に接した事がある人は、きっと多いに違いない。
……まあ、名前とおおまかなストーリーくらいは知っている人が多数いるに違いない。

たぶん。

まあ、どのキャラクターもさすがに魅力的であり、どこから見てもいろいろな論じ方ができるのだろうが、私が最初に読んだ少年の頃から、注目していたのはレアティーズなのだ。
デンマーク有数の剣士であり、宰相の息子であるこの男、かなり一本気にも見える。
美しい妹のオフィーリアは、溺愛といっていいくらいかわいがっているのではないだろうか。

しかし、彼の存在意義というのは、「ハムレットとは同じ硬貨の裏表」というところにあるのだと思う。
主人公であるハムレットは、王の息子であり、レアティーズと決闘できるくらいすぐれた剣士であり、やはり、オフィーリアを愛してもいる。
うん、実は、状況がとっても似ているのだ。

ならば、なにをもって裏表にわかれてしまうのか?

それは、デンマークの王権という部分についてだ。
父王を殺され、その位を簒奪されたからという表向きの理由はあqるが、この物語の中で、ハムレットは、「反体制」の立場をとっているのだ。
これに対して、レアティーズは、ある意味いやおうなしに、体制側に立つ事を強いられている。

そう、そこが、分岐点。
実は、ある立場に立つ事を強いられているのは、ハムレットとて同じなのだが、彼はとにもかくにも、それに逆らうというのが存在意義となっている。
若者らしい反抗といってもいいし、正義漢だと思ってもいいし、まあ、そこは読者というか、演技者の思うがままだろう。
一方のレアティーズを、大人だとも、ふがいないとも、言っていいのだが、彼はあくまでも(誰がそこに座っていようと)王座の側にある。

一方、女性の側はどうなのかというと、さすがに男に比べ人数が少ないのだが、退避としてはガートルード王妃とオフィーリアという事になるのだろうか。
彼女らは、ふたりとも、ハムレットを愛しているという点が共通点であり、分岐点でもある。
母の愛とか若い娘の恋とか、理由はどうでもいい(笑)。
ハムレットを愛しているところが共通。

オフィーリアというのはとてもわかりやすいキャラクターで、恋に恋する乙女というのが、一番近いんじゃないあkなーと思う。
彼女の中には、ハムレットしかない。
というか、ハムレットに恋している自分しかない。

一方のガートルードは、一見、夫を暗殺した義弟とすぐに結婚しちゃう、いけない女に見える。
しかし、別の見方もできると思うのだ。
もしも、彼女がクローディアスの求婚を受けなかったなら、ハムレットは、おそらく即座に命の危険にさらされてしまっただろう。
ガートルードがクローディアスと結婚すれば、まがりなりにもハムレットは義理の息子(連れ子)になるわけで、そうでない場合に比べ、非常に殺しにくい存在となるはずだ。
つまり、ガートルードは、ハムレットを守るためにクローディアスと結婚したんじゃないか、と考えられる。
それでも結局は悪巧みを押しとどめる事ができず、最後に命を投げ出す事になっちゃうのだが。

デンマークの王位というものをめぐる悲劇が『ハムレット』の内容だが、実に、登場人物の陰影が濃く、いつ読んでも魅力的。

あー、でもやっぱり、とら的にはいつ読んでもレアティーズが一番共感できる。オフィーリアみたいな妹がいたら、溺愛しちゃいそう。


ハムレット (新潮文庫)/シェイクスピア
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