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2010-04-30 22:18:43

『謁見』〈交代寄合伊那衆異聞12〉

テーマ:歴史・時代小説
歴史小説という言葉があり、時代小説という言葉がある。
このふたつは、どこが違うのだろう。

ひとつには、時代小説というと、江戸時代を舞台にした小説であり、歴史小説とは、それ以外の時代(日本に限らない)を舞台とした小説だ、と分類する事ができる。

そしてもうひとつ、時代小説とは架空の人物をメインとして展開し、エンターテイメント性の高い小説、歴史小説とは実在の人物を主な登場人物とし、歴史st駅事実を物語の筋が関係する限り忠実に再現した小説、という分け方もあるのだ。

前者の分類法に従えば、このシリーズは間違いなく時代小説だ。このシリーズに限らず、佐伯泰英の、江戸時代以前を舞台にした小説は全て時代小説となるだろう。
しかし、後者のやりかたで分類した時はどうなるだろう?
もちろん、エンタテイメント性の高い佐伯時代小説らしく、本シリーズもまた、架空の人物である主人公(およびヒロイン)が、あり得ないほど奔放な活躍をする物語ではある。
しかし、同時に、他シリーズに比べて最も多数の、歴史上実在し、かつ、政治的に活躍した人が登場し、主人公自身もそれらの人々の活躍を助け、あるいは阻むために大活躍する事になっている。
だから、もしかするとこのシリーズは、佐伯時代小説の中で最も「歴史小説」に近い物語なのかもしれない。

さて、本巻ではいよいよハリスが将軍との謁見にむけて動き出す事になる。
というか、ハリスが強く要望する益軒にむけて、日本側が大きく動き出すと言った方が良いだろうか。
これは、もちろん、日本史上重要な出来事ではあるのだが、ハリスがどのように江戸へ旅したかというのは、あまり知られていないと思う。
なぜなら、謁見したというその事実が重要なのであって、そのためのプロセスは重要度がずっと低いからだ。
まあ、せいぜいがとこ、日本人に比べて大柄なハリスが乗物(貴人が乗る駕籠)に苦労したとか苦情を申し立てたという事が知られているくらいではないかと思う。
(おかげで、むしろ私の脳裏には、『ギャグ漫画日和』に登場したとんでもないハリスの行列が強いインパクトをもって何度となく甦ってくるほどだ。……おめでとうギャグ漫画日和の方のハリス。君は立派なインパクトをもたらした!)

もちろん、座光寺籐之助は架空の人物で、彼の活躍もまた、全て架空の出来事。
一方、ハリスは実在だし、ハリスが将軍と謁見したのも史実であり、そのために尽力した役人たちも実在。その道中と、籐之助たちの活躍が、実にうまくないまぜらrていて、史実とフィクションのつなぎ目がどこにあるのか、ぱっと見には気づかないほどだ。
いや、継ぎ目が見えたとしても、それは実に華々しく楽しくカヴァーされていて、読者は幻惑されてしまう。

歴史小説を書く作家にとって、もちろんそういう継ぎ目をカムフラージュするところが腕の見せ所になると思うのだが、佐伯泰英にあっては、カムフラージュではなく、舞台上のマジシャンのように、派手で華麗な動作で読者を巧みにめくらましするのだ。
たとえ、手品には種があるとわかっていても、マジシャンの妙技にほれぼれとしてしまうように、本作もまた、「わかっていても凄くドキドキする」非常にエンタテイメント性の高い歴史小説だと思う。


謁見 交代寄合伊那衆異聞 (講談社文庫)/佐伯 泰英
20010年4月15日初版
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2010-04-29 21:30:31

『鋼の錬金術師 (25) 』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

hとつ、疑問がある。
例の「扉」のある空間(?)だが、あれはどのようなものなのだろう。
純粋に想念の、というか霊的なものであるならば、そこに「肉体」が保存されるという事は可能だろうか。
まあ、アルの肉体がそこにある、というのは物語中の事実なので、可能であるとしよう。
ならば、そこには時間が流れていないのだろうか。
もし、時間が流れているおとするならば、肉体は代謝が続いてなくてはならないだろう。
飲食物がない状態で、どれくらい保つだろうか。
あるいは、単に時間の流れが全く違うのだろうか。
これが一番、ありそうな説明なのかもしれない。
しかし、そこに鋸asレ手いる肉体の状態は、衰弱ぶりからすると、一週間。
なんらかの方法で水分補給が全く立たれているわけではないのなら、一ヶ月。
しかし、手足の爪ののびぐあいは、もうちょっと長く見えるんだよな。うーん。

全体の流れは、まだ内乱真っ最中、そして「扉を開いた事のある錬金術師」を親玉がとうとう5人確保するに至るわけだが、その帰趨はまだまだわからない。


鋼の錬金術師 25 (ガンガンコミックス)/荒川 弘
2010年4月22日初版
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2010-04-28 21:20:58

『BLEACH (44) VICE IT』

テーマ:冒険・アクション
BLEACH 44 : 邪悪

東仙と藍染は良くも悪くもワンセットだ。
愛染が一見不可解である分、東仙は一見わかりやすいように見える。
(但し、なにごとも藍染のため、という一点を除外すると、東仙にも相当不可解に見える部分は残る)。

正義をも(あるいは正義こそが)悪だ、と言い切る東仙。
死神として、護廷十三隊の隊長である、という、ある意味頂点を極めた存在でありながら、虚の力を求めて自らバイザードになる。
狛村はこの事をさして堕落だと非難するが、はたしてそうなのだろうか。

狛村の言うとおり、死神としての観点に立つならば、虚を滅する事が存在意義である以上、滅すべき存在を自分から求めるのは堕落であるのに間違いない。
しかし、死神という枠を越えて、何らかの理由で、より強い存在となる事を臨むのなら、虚の力を取り込む事は堕落とは言えない。

もちろん、立場をかえればこのように視点がかわり、価値観もかわるのは当然のこと。

さて、実を言えば、尸魂界というところは、世界を三つに区分し、それぞれの役割を明確なものとして見ているわけだ。
つまり、生の世界であるところの、人間界、現世。
魂がなんらかの思いにとらわれるなどして変質したもの、虚圏。
魂が浄化され、再生をまつ場所である尸魂界。
秩序だっており、それを管理するのが死神という事になる。

これに対して、死神が虚と融合してしまったのがバイザードであり、虚が仮面、すなわち存在の「枠」をこえて本来以上の力を持ったのが破面。
だとするなら、藍染の目論見は、まず、この秩序を乱し、崩そうとしている、という事になる。

しかし、それは何故なのか?
まだ、理由が明らかになっていない。

一方、現世に戻る苺に対して、卯ノ花隊長から重要な情報が明かされようとしており、この結果、近々藍染の意図がもう少しはっきりしてくるのではないかと期待している。


BLEACH 44 (ジャンプコミックス)/久保 帯人
2010年4月7日初版
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2010-04-27 21:06:13

『八丁堀の火事』〈鎌倉河岸捕物控19〉

テーマ:歴史・時代小説

本巻ではふたつの事件が縄のようによりあわさりながら進んでいく。
ひとつは、さる大手古着屋の若旦那がとった奇妙な行動。
婚約期間中である彼、精太郎は初夜の床で不首尾とならないよう、事前学習のために吉原で太夫の客となったにもかかわらず、太夫には指一本も触れず(もったいないがこれはどうでもいい)、なんとその夜から、妓楼の男衆として住み着いてしまったという。
しかも、人のいやがる仕事を率先してやり、たちまち、「なくてはならぬ男衆」になってしまったとか。
結婚を控えて、大店の跡取りでもある彼はいったい何を考えているのか。

もうひとつは、八丁堀が火元の火事だ。
火薬関係を取り締まる与力のひとりが酒で身を持ち崩し、まあ要するにひどいアル中になってしまって、錯乱したあげく家族を斬り倒し、屋敷に放火したというのだが、どうもその火事の時、何かが爆ぜる音がしたという証言が出てきた。
これはひどいスキャンダルなわけで、上司である南町奉行は、下手をするとお家とりつぶしのうえ切腹申しつけられる事になってしまうのだ。
しかし、時の南町奉行は庶民の人望も高い根岸肥前守、耳嚢の著者その人だ。
この人を江戸の街が失うわけにはいかない。

ひとつめの事件については、犯罪とは関係ないが、不審なこととして金座裏が相談を持ちかけられたといういきさつで、亮吉が同じく男衆として潜入し、事情を探る事になる。
もうひとつの事件は、北町の鑑札を受ける金座裏とはこれまた直接関係ないのだが、事情により、南町に根毛され、探索に加わる事となる。

実は、これにもうひとつ、女道場主となっている小夜が相談を持ちかけた、鳥越神社の賭場の開帳をやめさせるという小事件があり、これは結局、寺社方が主体となって扱う事になるのだが、問題を寺社方に取り次いだ金座裏も協力する事になる。

面白いことに、これらの事件は、全て、北町奉行所の管轄下にある犯罪が全くないのだ。

まあ、町奉行所というのが単なる警察ではなく、市役所のような役割を果たしていたように、金座裏のような代々続いた岡っ引も、困った事があると何かと相談をもちかけられる存在という事なのだろう。

キャラクター面では、前巻で幼なじみの女に、ひどい目にあった彦四郎が禅寺での一ヶ月の修行から戻ってきて、ふたたび船頭として働き始めた、という前振りのあと、亮吉が吉原に行く事になるわけで、華やかな色町が舞台なのに、その裏方として、人とも思われない扱いを受ける事になって、のちのち、「禅寺での修行よりなんぼかつらい」などと述懐するのが面白い。
何も誘惑するものがない山寺で修行するより、あちこちに誘惑のネタがある色町の方が修行するには好適なんじゃないかというのが独楽鼠の主張なんだけど、これに彦四郎もあっさり同調するのは面白い。
確かに、それはそれで理があるようなあ。


八丁堀の火事―鎌倉河岸捕物控〈16の巻〉 (時代小説文庫)/佐伯 泰英
2010年4月18日初版
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2010-04-26 21:51:30

『イリアム (下)』

テーマ:海外SF・ファンタジイ

さて、下巻になると、いよいよ3つのグループが1つに集約されてくるわけだ。
木星圏の半生命ロボット、モラヴェックは、火星に突入することとなる。
しかしその途上、空中を走る戦車を駆るギリシア神の攻撃を受けて船は破壊され、マーンムートと、重傷を負ったオルフだけがかろうじて生き残り、傷だらけのブラックレディを操って火星地表……というか、水面に降り立つ。

一方、サヴィをリーダーとする一行は、オデュッセウスをアーダの家におろしてから、地中海盆地をめざす。
立入禁止区域であるこの地に入ったため、ハーマンらも要注意人物としてマークされる事になってしまうが、追っ手をかわしながら天空へそそりたつ柱をめざす。
旅の間に、サヴィが最後のユダヤ人であり、「最後のファックス」の時に抹殺されたのが彼女の同報であるユダヤ人たちであると教えられる。
柱に到着した3人は、一方通行の仕掛けを用いて、軌道リングに到達したが、そこは彼らの想像を絶する状態となっていた……!

そして、アーダの家に滞在するオデュッセウスは、無知なるままに安穏な日々を過ごしていた古典的人類に、講話を始める。
オデュッセウスの時代のギリシア的徳性を教えながら、実は彼らを戦争に備えさせていた。

では、神々の駒とされたホッケンベリーはいかに?
彼が神々のパワーゲームに翻弄される間に、とうとう、トロイア戦争はホメロスの叙事詩から逸脱を始める。
このため、ますます神々が激しい介入をする事になるが、それは歪みを大きくするだけの結果に終わる。
神々にコロされる事をおそれて逃げ回るホッケンベリーは、ヘレンをはじめとする女性たちによってその正体を暴かれ、彼女らの意図に協力しなくてはならなくなる。

このような流れが、火星において合一し、最後には人間の一大勢力が、とうとう神々に対して反攻する事になるわけだ。

と、いうことは、そもそもトロイア戦争が行われていたのが火星上?
マーンムートたちを救助した小さな緑色の人(LGM)たちが人類勢力に合流していくあたりを見ても、多分それが正しい。
だとすると、戦争の背景となる国々はどこまでが火星にあるのか?
すでに、神々がまがいものであることははっきりとわかっているが、ヘクトルやヘレンやアキレウスといった人々も、まがいものなのだろうか。
また、神々の正体は?
消えたポストヒューマンやヴォイニクスなど、謎はまだまだたくさんあるし、プロスペロやキャリバンといった、シェイクスピアの『あらし』の登場人物になぞらえられている存在についても、まだわからないところがたくさんある。

この状態で、物語は続篇である『オリュンポス』につながるのだが、分量でいくと『オリュンポス』の方がだいぶボリュームがあるようなので、全ての謎解きは続篇で!
いや、むしろ、このあとが本格的な始まりという事になるようだ。
実際、登場人物のひとりが、「ほんとうの戦争はこれから」と言い切っている事でもあるし。


イリアム 下 (ハヤカワ文庫 SF シ 12-11) (ハヤカワ文庫SF)/ダン・シモンズ
2010年4月15日初版
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2010-04-25 20:57:57

『イリアム (上)』

テーマ:海外SF・ファンタジイ

イリアムとはなにか。
とろいのことだ。
そう、トロイの木馬の、トロイ。
しかし、ここで語られるトロイは、ちょっと怪しい。
……いやいや。めちゃくちゃ怪しい!

さて、時は遠い未来なのだ。
太陽系は以下のような現状となっている。
まず、木星圏には、衛星それぞれの環境に特化された機械生命体が居住している。
ロボットというのとは、少し違う。
彼らには生体の部分もあるからだ。
そして、人類の遺した文学作品を分析し、解釈し、楽しむ能力はあるのだけれども、創造的な能力には欠けるようだ。

地球には数少ない人類が生存しているが、彼らの寿命はポストヒューマンなる謎めいた存在によって管理されている(ポストヒューマンは地球をとりまく2つの人工的な環状構造物に住んでいるらしい)。
僕、またはヴォイニクスと呼ばれる一種のロボットによって手厚く世話されており、働く必要など一切ない、高等遊民として過ごしているが、技術的どころか芸術的な営みも全くなく、知的な活動もほとんど行わない彼らは、すでに文字を読み書きする事すらできない。
公称される人口は100万だが、実際にはその1/3にも満たないらしい。
また、地上には、かつて塑体師と呼ばれた人々が再創造した恐竜や凶鳥などが闊歩している。
全体的に、衰退かつ停滞した状態にあると言える。

そして火星はテラフォーミングされ、そこには神々(と呼ばれる存在)がいる。
具体的には、ギリシア神話の神々だが、彼らの「神的な力」は、全て科学技術の産物であるようだ。
どういうわけか、彼らはトロイア戦争のさなかにある。
状況からして、どう考えても本来の神話の神々の「まがいもの」である彼らは、ホメロスの叙事詩の知識は一切ないらしい(但し、神々を支配するゼウスを除く)。
また、20~21世紀の学者(おそらくは、ホメロスを研究している学者?)を再生させ、一種の斥候というか、観察者として戦争のただなかに送りこんでいる。

物語の前半にあたる上官では、この3つの集団に視点が分散され、パズルのピースを集めていく事になっている。

で、どうも物語の焦点がそのトロイア戦争になるようなんだけれど、何故なんだろうな?
ひとつ確かなのは、このイベントがギリシア神話の、ほぼオールスター戦であるという事であり、かつ、神々がつのつきあわせて戦うという希有な状況であるという事だ。
決して、どちらが善でどちらが悪というわけでもない。
しかも、神々が人間のやることに干渉しまくるという、これも珍しいといえば珍しい状況だということだ。
もちろん、本来のトロイア戦争では、いわゆる「ギリシア神話」というものが実際には統計だった神々の集団というわけではなく、もともと、個々の国家や、一族、個人の守護神らであったものを強引にひとつのグループにまとめ、階梯づけたものであって、それが本来の形にそって、神々が自分の守護するグループの後ろ盾となって角突き合わせる事になった、というものなのだが……。

そういう混沌とした状況であるがゆえに、物語を左右する「状況」として作用するのかもしれない。


イリアム 上 (ハヤカワ文庫 SF シ 12-10) (ハヤカワ文庫SF)/ダン・シモンズ
2010年4月15日初版
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2010-04-24 22:10:25

『どろろ』

テーマ:ホラー

私はこの手塚作品をこよなく愛するのだが、その一方、これは失敗作ではないかとも思っている。
というのは、どろろにかかわるお宝が、単に他へ隠されている事がわかっただけで、確たる解決がないこと、百鬼丸の妖怪退治が完結していないこと、侍に対する反体制的な理想が、単に提示されただけで浮いてしまっていることなど、いろいろと宙に浮いたままの要素ばかりだからだ。

そもそも、これだけの要素が並行して存在する事が、物語の展開を混乱させるだけに終わっているようにも見える。

加えて、物語に含まれるアイデアのうち、男の子として育てられた女の子は、『リボンの騎士』のサファイア姫、あたかも肉塊のような姿で生まれた子供に義肢ならぬ義体を与えて育てるというのは『ブラック・ジャック』のピノコと同じであり、それぞれがユニークなものだけに、二番煎じ感が否めない。

であるにもかかわらず、この物語が強烈な印象を持っているのは、「妖怪に奪われた体の一部を取り返すために妖怪退治をする。妖怪をひとつ倒すたびに、体の一部が返ってくる」という設定のためだろう。
むしろ、ここを中心に据えて、最後までドラマを貫いてくれていたら、とても面白い妖怪ものになっていただろうに。
もしそうであれば、たとえば百鬼丸が、それまでは一種の透視力でものを見たり、声のかわりに強力なテレパシーで会話をしていたのに、体の一部を取り戻した時、その「差」に苦労をするというあり得べき状況が、もっと詳細に描かれていたかもしれない。
(これ、皆無じゃないけど、すごくあっさりと片づけられてしまっている)。

そして、この妖怪退治には、必然的に、百鬼丸にそのような過酷な運命を背負わせた実父、醍醐への復讐や、実の弟とのからみなども拘わってくるのだけれど、弟とはそれなりのドラマがあったにもかかわらず、父母との間にはドラマらしいドラマが展開されないというのも、肩すかしだ。

いっそ、浦沢直樹が『PLUTO』を制作したように、誰か、『どろろ』を再話してくれないものだろうか。


どろろ (第1巻) (Sunday comics)/手塚 治虫
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2010-04-23 21:11:16

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テーマ:その他
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2010-04-22 21:31:18

『ゼロ年代SF傑作選』

テーマ:日本SF・ファンタジイ

20世紀が、科学技術振興の時代であるとするならば、21世紀は情報技術振興の時代であるらしい。
まあ、これは、誰が考えても容易にたどりつく結論であり、事実、我々をとりまく「情報」というものは、テレビや新聞といった一方通行かつ送り手と受取手の間に距離のあるものから、急速に、高い双方向性を持つ、送り手と受けての距離がどんどん消失していく、そのためのメディアも、より身近で日常的なものになるという様相を見せている。

たとえば、全盛期半ばには、個人の情報管理は紙のカレンダーや手帳、日記帳といったものにとどまり、最も身近な情報伝達装置は、郵便と固定電話だった。
従って、合法的にせよ、非合法的にせよ、電話を通じて誰かの手帳の内容へアクセスするなどという事態はあり得なかった。
今や、スマートフォン(まあ、そこまでいかなくとも、PCサイトが閲覧できる携帯電話でもいい)の中にそういった情報を入れて持ち歩き、必要とあらば、赤外線通信なり、インターネットなりを通じて、簡単に情報のやりとりを、24時間いつでも思いついた時に、気軽に、する事が可能だ。

まさしく、今世紀の主役は、「情報」だと言える。

当然、SFの世界では先行してそういった世界が描かれてきており、とくにアメリカのSFでは、個人の人格が、そういった情報に含まれ、肉体はクローン技術を利用して思うがままに形成され……というような世界が、普通の状態となってしまった。

早川書房のSFマガジン編集部が選んだ、これらの作品も、確かにそういったムーヴメントに含まれているようだが、アメリカの作品とは、だいぶ毛色をことにしている。
そのキーワードが、どうも「少女」らしいのだ。
女、ではない。あくまでも、少女なのだ。

まあ、執筆している作家達はみな男であるから、それは、リアルな少女とはまた少し違ったものなのかもしれない。
そう、あえて言うならば、男という生きものがイメージする、架空存在としての「少女」。
女という性を供えていながら、まだそれに敢然に目覚めているわけではなく、従って、命を生み出し得る女≠母ではなく、女未満であるからこその危うさや曖昧さを見せていながら、明らかに、男ではないもの、その不可解さと不確定さ、そして変容性が、日本人がイメージする先鋭的情報社会を特徴づける決定的なカラーであるようなのだ。

収録作をあげておく。
----------
マルドゥック・スクランブル”104”……冲方丁
アンジー・クレーマーにさよならを……新城カズマ
エキストラ・ラウンド……桜坂洋
デイドリーム、鳥のように……元長柾木
Atmosphere……西島大介
アリスの心臓……海猫沢めろん
地には豊穣……長谷敏司
おれはミサイル……秋山瑞人
----------

とはいえ、それほど肩肘はらずに読んでもいい。
つか、肩肘はらずに読むべきだろう。
たとえば、幾つかは既存の長編の外伝にあたる。
あるいは、短編小説というより、むしろ散文詩のように美しいイメージの作品も1篇と言わず、あるのだ。
また、突き詰めて思索する事を悦ばず、まず、感覚のなかから何かをつかみとる事が、重要かもしれないという示唆も、幾つかの作品には、含まれているように思う。


ゼロ年代SF傑作選 (ハヤカワ文庫 JA エ 2-1) (ハヤカワ文庫JA)/S-Fマガジン編集部
2010年2月20日初版
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2010-04-21 20:37:19

『虐殺器官』 メタルギア・ソリッド、そして。

テーマ:日本SF・ファンタジイ

視力は「人間」の主たる入力器官である。
言葉は「人間」の主たる出力器官である。
生と死の境目は限りなく曖昧である。
人間は出力された言葉を脳内でイメージし、そこに含まれた情報をキーとして、遺伝子に組み込まれた行動を起動する。
残酷さと利己主義は、遺伝子に組み込まれた行動である。
愛と利他主義は、遺伝子に組み込まれた行動である。

以上が、本作の骨組みだ。
9.11を起点とするテロリズムは世界的に加速し、その対抗策として、あらゆるものに情報のタグがつけられ、追跡する事が可能な世界を舞台とし、陸、海、空、海兵に続く第五軍である合衆国情報軍の特殊部隊将校を主人公に据え、物語は展開する。

これは、あっというまに売り切れて入手困難となってしまった『メタルギア・ソリッド』小説版の作者による処女長編であり、一見ハイテクミリタリー小説に見えながら、人間ならぬ「人類の」生存行動を問うた物語なのだ。

主人公とその仇敵は、「自由」とその代償を論じながら終盤へと向かっていく。
なぜここで「自由」が出てくるのかについては、「9.11以後」がキーワードだ。
テロを防止するため、人は、情報タグによってライフログを管理されるという代償を支払い、これによって「テロからの自由」を手に入れる。
このように、必ず、自由には代償が伴うという主張のもとに、(人は)なぜ虐殺するのかという理由を説明しようとする。

ミリタリー冒険小説としての部分のみでも、充分にスリリングだが、この哲学的な要素がほどよく絡んでくることにより、物語のスリル度が大幅に増していると思う。
そして、ランボーのようにハードな主人公ではなく、一見ハードだが実は非常にセンシティヴな内面を持つ主人公を用いることで、より「現代の兵士像」に近いキャラクターとなり、物語はリアルさを増している。

人類は太古から、虐殺を繰り返してきたのだろうか。
だとしたら、どうして。
虐殺にはしるしか得られないものとは何なのだろうか。
そんなものは、あるのか。
そこから突き詰めていくなら、これは素晴らしいミステリとも言える。


虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)/伊藤計劃
2010年2月15日初版
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