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2010-02-28 22:22:33

『炎の神シャーラ』〈ダーコーヴァ年代記〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
手当たり次第の本棚-炎の神シャーラ

ダーコーヴァには独自の神話があり、シリーズの中で断片的に登場するが、シャーラ信仰が拘わってくるのは、コミンが衰退した時代の物語のみのようだ。
いずれにせよ、それは、ダーコーヴァがおおむねハスター家を中心とした低地地方と、アルダラン家を中心とした高地地方に二分割(実際には第三勢力のドライタウンがあるが、こちらはラランを持たない人々なので通常無視される)、という事になっている。
そして、物語のほとんどは低地地方が中心なのだから、仕方のない事なのかもな。

さて、高地地方及びアルダラン家は、コミンの七大氏族のうちに数えられながら、常に低地とは分離する方向にあって、コミン衰退期にはハスター家と異なり、率先して地球帝国と手を結び、ほぼ敢然に、低地地方とは分離独立してしまっている。
しかし、高地には、炉の民と呼ばれる金属加工民(人間なのかどうかいまいちさだかでない)がもともと居住していたらしく、かれらが崇めている女神が、シャーラだ。

この衰退期にあって、実はアルダラン家も、かつての勢力は持っておらず、当然、他の領主たちも力を弱めているため、無法者の跳梁がこちらでも激しくなっているようだ。
そのため、小さな領地のひとつ、ストーン城が無法者の略奪にあい、物語が始まる事となる。
もっとも、物語の前半は、盲目ゆえに身動きすらままならぬストーン卿が、緊急手段として、テレパシーの防御をする事ができない地球人の肉体をのっとり、山地へ呼び寄せるというのがきっかけだ。

ストーン家そのものは、『ホークミストレス』の中でちらっと言及があるけれども、スポットがあてられた事がないため、それがストーン家独自の力なのかどうかはわからない。
ただ、肝腎なところは、これによって潜在的に超能力を持っていた地球人がダーコーヴァの山地に迷い込み、他のストーン家の者、そしてアルダラン家が独自に育てていた若い監視者、デシデリア・レイニアーをまじえ、炉の民の集合意識を利用して、シャーラを「喚起し」、無法者の集団を滅ぼすというところにあるのだ。

ここでは、シャーラとは採鉱や鍛治の技につながる神格にすぎないように見えるが、シャーラ信仰に邪悪なものがあるという事が、すでに示唆されており、喚起されたシャーラの破壊的な力は、確かにおそるべきものとして描写されている。

ダーコーヴァの、これより少しあとの時代に、シャーラのマトリクスが大きな事件を引き起こすので、実をいうと、この物語は、時代をリjンクするエピソードにすぎないと見る事もできる。
実際、ここでは、ラリー・モントレーが、ヴァルダー・オルトンの養子として登場する。
つまり、ラリーとケナードがとんでもない冒険をした、その数年あとの話になるようだ。
また、デシデリア・レイニアーは、一世代あとの物語にも、マトリクスを扱う技術を持つ者のひとりとして登場してくるのだ。

しかし、この物語もまた、全体から見ると脇エピソードであったり、単なるリンケージ的な作品に思えたとしても、ダーコーヴァ人と地球人の関わりを描いたもののひとつでもある。
ストーン鏡に利用された男、ダン・バロンが、最後にどのような選択をするかという点には、注目しなくてはならないだろう。


炎の神シャーラ (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)/マリオン・ジマー ブラッドリー
1987年1月30日初版
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2010-02-27 21:06:04

『はるかなる地球帝国』〈ダーコーヴァ年代記〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
手当たり次第の本棚-はるかなる地球帝国

『禁断の搭』の終わりで、オルトン家の幼い世継となったヴァルダーは、近しい親族に地球人であるアンドリューがいたために、異文化に対する嫌悪感をあまり持たないコミンとなった、と結ばれている。
とはいえ、ヴァルダー・オルトンが登場する物語は、『禁断の搭』に先行して描かれていたためか、それらにはアンドリューの存在が示唆されておらず、いささかの齟齬がある。

とはいえ、ヴァルダー・オルトンが、事実地球帝国の技術にそれほどの嫌悪感を持たない人物として描かれているのは間違いない。
実際には、シリーズで最も大きな役割を果たすのは、ヴァルダーの息子ケナードなのだが、オルトン家と地球人とのかかわりは、アンドリュー以後にももうひとつあった。
それが本作で語られる、少年時代のケナードと、後にダーコーヴァでは地球帝国側の人物としてやはり大きな役割を担うとされる、ラリー・モントレーの出会い、そして二人の冒険なのだ。

たまたま、ケナードとそっくりのラリー(ダーコーヴァ風にはレリス)が、ゼンダラのオールドタウンで出会った事により、ふたりの少年は、一方が地球人の考え方などを知るため、他方はダーコーヴァの民情を知るため、ともに行動する事になるのだが、彼らがオルトン家の所領であるアーミダに向かう途中、無法者の襲撃を受けたために、ケナードとラリーはなんの手助けもなく、サヴァイヴァルするはめになるのだ。

無法者だけでなく、山頂に巣くうバンシーなども彼らの前に立ちふさがる。
ふたりは友情を育てながらも、同時に、イニシアティヴを奪い合い、早い話が、ケンカしながら互いの知恵や知識を頼りに、なんとか見方のもとへたどりつこうとつとめる。

その途中、ダーコーヴァの専従種族であるトレイルマンやチエリも登場し、物語を彩る。
トレイルマンについては、もうひとつの物語にもつながるが、チエリにしても、この時代の最後に非常に大きな存在として姿を現していくことになるため、このふたつは、他の作品のための伏線ととることもできそうだ。


はるかなる地球帝国 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)/マリオン・ジマー ブラッドリー
1986年10月24日初版
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2010-02-26 23:01:07

『禁断の搭』〈ダーコーヴァ年代記〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ

手当たり次第の本棚-禁断の搭 下 手当たり次第の本棚-禁断の搭 上

MZBは、〈ダーコーヴァ〉で、異質な文化の衝突を描きたかったと言われている。
それは、通常、SFでは「ファーストコンタクト・テーマ」と呼ばれるもので、全く異なる知的生命体は、当然、全く異なる文化を持っているという前提で、交渉を手探りで進める事から、相手の異質さを描き出す展開が期待されるものだ。
と同時に、そのテーマは、戦争ものではないから、異質な文化の持ち主と、どのようにすれば接点が得られるかを模索するという事が、次なる展開としてさらに期待される。

さて、全く異質な相手であるなら、互いに、あまりにも異なる外見や言動から、ともかく、「相手は自分と全く違うものだ」と最初に認識できるという有利さがあるだろう。
これに対して、むしろ、かなり似ているが異なる文化を持っている相手になったら、どうだろうか?
たとえば、日本人と韓国人(朝鮮人)と中国人は、欧米の人から見ると、ひとくくりにして「黄色人種」だったりするし、同じ漢字を使う民族とか、同じ儒教文化圏に属するとか、自分たちでも思っていたりするが、実は差異がかなりあるので、親しくつきあうと、そういうちょっとした文化的な差が、誤解を生む事がある。
実は、類似性が先に立っているために、この差異を双方が受け容れるのは大変だ。

MZBは、ダーコーヴァを通じて、「地球帝国」と、「失われた植民地の末裔であるダーコーヴァの人々」という、同じ地球人を祖先に持ちながら、全く違う文化を育てたふたつのグループを用いる事で、まさしくそういうタイプの衝突を描いてきたわけだが、ここでは、それを個人レヴェルに持ち込んだ事で、さらにスリリングで面白いドラマを作り出しているのだ。

それぞれ異なる理由をもって、搭を離れたデイモンとカリスタ、搭へ行くほどラランがあるとは自覚していなかったエレミア、地球人であるのに強いテレパスであるアンドリュー。
彼らは、まず、地球人であるアンドリューの異質さを、お互いにおりあうべく喪作しながら、辺境の冬という極限状態で、彼らがやむなく、「搭」の外では禁じられているマトリクス作業(超能力使用)を強いられるというシチュエーションを作り出し、まず第一には、前述のとおり、個人レヴェルでの文化的差異による衝撃を描き、第二に、コミンの力が衰えている今、「ダーコーヴァにおけるラランの使用(規制)には、どこかひどく歪んだものがある」と、主にデイモンに何度も感じさせることにより、コミン時代の終焉にあたって、なぜラランの力や技術がこれほど衰退しているのか、その理由を解き明かしてくれるのだ。

それは、有徳者ヴァージルの時代に作られた「盟約」がもとになっているが、はたしてそれらの掟は、当時そのままに用いられているのだろうか?
そうでないとしたら、なぜ、歪められてしまったのか?

もっとも、その理由については、本作だけで語られているわけではないので、なにゆえ「搭」の技術者たちが、当の外でラランを使う事に大きな反発を抱いていたかは、百王国時代を舞台にした三つの作品を読む以外に、理解する事ができない。
長い間、非人道的な兵器を作らされてきた彼らが、そこから解放してくれる「盟約」を得た時、どのような反動をもたらしたかは、想像にかたくない。
それが、300年以上も続くものなのかについては……。
まあ、いまだに「憲法」問題が解決していない日本の様子を考えれば、わからなくもない。

同時に、コミンと搭の歪んだ伝統の犠牲者であるディージの犯罪と、カリスタを性的に不能な監視者の状態から解放する手段をみつけられるのかどうかという双つのミステリが加わって、ドラマをさらにモリアが得る役割を果たしている。

実にみごとな構成であり、ボリュームもある。
本作は、しばしば、先立つ『カリスタの石』の続編として紹介されるけれども、シリーズ全体に対して位置する本作の重要性を考えれば、むしろ、『カリスタの石』が、『禁断の搭』の前日譚にあたるとみなすか、または両方をひとつの作品と考えた方が良いだろう。

また、地球人アンドリューがここで他でもないオルトン家の一員となったこと、本作終盤で、幼いヴァルターが後継者として指名される事から、後にその息子ケナードが地球人と大きくかかわっていく布石ともなっているところなどは、もはや、心憎い伏線と言うほかない。


禁断の塔〈上〉 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)/マリオン・ジマー ブラッドリー
禁断の塔〈下〉 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)/マリオン・ジマー ブラッドリー
1988年1月22日初版
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2010-02-25 21:45:11

『カリスタの石』〈ダーコーヴァ年代記〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
手当たり次第の本棚-カリスタの石

ダーコーヴァにおけるラランを用いた作業は、「搭」と呼ばれる拠点で行われるという事になっている。
私の記憶が確かならば、いつ頃からそれが置かれるようになったのかは邦訳された作品の中では、少なくとも、語られておらず、謎のままだ。
そこに、ラランを持つ者(地球帝国がダーコーヴァを再発見した時代には、コミンにつながる者)が入って、マトリクス作業員となり、そのための作業グループである「環」を作る、という事はわかっている。
しかし、シリーズの中で、ラランが用いられるのは、ほとんど、搭の外での話となっていて、実は、搭そのものが拘わる物語はほとんどないようだ。

そうすると、この『カリスタの石』と、それに続く『禁断の搭』が、最も、搭の世界に接近した物語なのかもしれない。
それでも、百王国時代のものと比べると、いろいろな祖語が見られるようだ。
もちろん、そのうちのいくらかは、時代が相当に経だっているという事がありそうなのだが、そこを考えini入れても、「え?」と思う事はある。

まあ、考えてみれば、百王国時代の物語が3篇あるだけでも作者にとっては本来予定外だったようだし、事実上、その時代と、シリーズ本来の時代との間に大きなミッシングリンクがあるのは、仕方のない事なのかも。

さて、本作では、偶然ダーコーヴァにやってきた地球人アンドリュー・カーが、偶然、非人類のキャットマンにさらわれたアリリンの若き〈監視者〉カリスタと好感したところから話が始まる。
なぜか、アリリンの〈監視者〉にしてカリスタの師であるレオニーも、親族も、双子の妹さえも、接触ができないのに、アンドリューだけはカリスタと交感する事ができるのだ。

この時代、なぜラランというものがあるのか、その起源は伝説の霧に包まれてしまっており、もちろん、ダーコーヴァ人は自分たちの祖先が地球人であるという事も全く知らない。
地球人もまた、ダーコーヴァ人が地球人の末裔であるかどうかということは、確証を得ていないのだ。
ゆえいん、ここで、平凡な地球人アンドリューに、強いラランの力が潜在していたという事が、シリーズ全体に及ぶ大切な要素となっているかと思われる。

一方、この作品だけに限るならば、面白味はもうひとつある。
原題は、THE SPELL SWORD すなわち「魔剣」なのだが、これは、カリスタの危難にあたって、半身不随の剣士と、武術の技を持たないラランの使い手と、そしてアンドリュー、この3人が融合してつくりだす奇跡的な「技」に由来している。
やはり、MZBはダーコーヴァという世界における、ラランという特殊な力を中心に、SF的なアプローチで物語を描き出したかったという事が、よくわかる。

これが、邦題の『カリスタの石』となると、焦点が、互いに生い育った世界が違うカリスタとアンドリューのロマンスの方へ移ってしまい、本来のSF味はその分薄れてしまうように感じる。
これはこれで悪いタイトルではないのだが、その点がちょっと残念。


カリスタの石 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)/阿部 敏子
1987年6月」26日初版
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2010-02-24 20:29:15

『イラスト・図説でよくわかる江戸の用語辞典』 時代小説のお供に

テーマ:その他

江戸ことばとか、江戸時代の用語とか、そういったものの辞典だの事典だのは、けっこう数が多い。
学術的なものもあれば、雑学的なものもある。
5~6年前からだろうか(藤沢周平ブームとだいたい合致する気がするが)、江戸が中高年層に静かなブームを呼んで、ますますそういった書籍やムックが増えたように思う。

なのに、なんだってまたこういう本が出たのだろう。

いまさら、新たにこういう本を売り出すとしたら、当然、新たに読者の興味をかきたてる要素がなくてはならない。

それは、サブタイトルが表示している。
「時代劇のお供に」、これだ。
小説やテレビ、とくにテレビの時代劇となると、べつだん江戸時代に詳しくなくても、また、現代人の目にあまりうぃあかんをおぼえないよう、意図的に変更したり、演出したりしている事もある。
それでも、「あれってなんだっけ?」と思う言葉はけっこう、あるものだ。

代表的な例を挙げよう。
テレビでは(また、小説でも)、岡っ引きが十手を持っているのはまあ当たり前の話。
しかし、ほんとにそうだったのだろうか?
ちょっと詳しい人なら、「いや、十手を持てるのは与力や同心だけで、岡っ引きは持てなかった」と言うだろう。
でも、ほんとのほんとに?

さて、それでは、本書で「十手」の項目を見てみよう。(→p197)

【十手】 じって・じゅって
各奉行及び町奉行所の【与力】【同心】、【八州廻】の持つ武器兼身分証明書のようなものdした。【町方】には朱色の房が付いたものが御上から与えられ、八州廻のものには紫か浅葱色の房が付いておりました。【勘定奉行】は紺、【寺社奉行】は白房を用いました。
【岡引】など武士以外の者に御上が十手を与えることはありませんが、与力や同心が与えたり、私物として持つ者がございました。それには房は付きません。

時代劇でメジャーな小道具や登場人物については、このように、比較的詳しく書いてある。

一応「辞典」なので、そんなスタイルで言葉が並べられているのだが、普通の辞典と違うところは、江戸の街でくらす善右衛門という貸本屋が、現代の我々をガイドしてくれるというスタイルになっており、そのため、説明の言葉が時代劇に登場する「番頭さん」のような話し言葉であるばかりか、ものによっては、チクリと皮肉をきかせていたり、ちょっとしたコメントが付け加えられているというのが面白い。

このため、辞典スタイルであるにもかかわらず、読み物としてもけっこういけてるのだ。

学術的な正確さを求めないようにとあらかじめ注意書きがあり、実際、「ん?」と首をかしげるような部分がないとは言えない。
けれども、現代人にとってわかりにくい、暦や時刻の感覚などが非常にわかりやすい図であらわされていたり、
笠、髪型、袖のいろいろ、袴、頭巾といった区別の難しいもの(やはり、おもにファッション関係)は、それぞれ種類別にまとめてコラム仕立てとしてあり、わかりやすく絵を並べていたり、
江戸時代の風俗に関するリファレンスとしてはなかなか優秀だと思う。

まあ、なによりも、この手のものは、読んで楽しいというのが一番。


イラスト・図説でよくわかる 江戸の用語辞典~時代小説のお供に~/江戸の時代研究会
2010年2月1日初版
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2010-02-23 23:47:55

『キルガードの狼』〈ダーコーヴァ年代記〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
手当たり次第の本棚-キルガードの狼 下 手当たり次第の本棚-キルガードの狼 上

百王国時代の物語、最後を飾るのが本作『キルガードの狼』だ。
ここで、これまでは伝説の人であった有徳者ヴァージルがちらりと姿を見せる。すなわち、ハスター家のもと、ラランを持つ貴族たちが盟約を結び、ラランを戦争に使わない事を誓約するのだ。
この誓約をたてた者が、すなわち後のコミンとなるわけだ。

シリーズのファンにとっては、世界観を支える歴史の要となる部分であり、その点で大変興味深い。
しかも、本作は、まさしく戦乱の時代の申し子とも言うべき男(戦士)の視点から物語られているため、諸侯が盟約に加わった背景として、いかにラランによる破壊的な武器が、彼らを追いつめていたかが、よくわかる。
シリーズに登場したララン兵器としては、粘着炎と溶骨粉がもっともメジャーだが、すでに、『ストームクイーン』の時代すら、より凶悪な兵器が発明され、使用されつつあった。

さて、MZBの読者ならば、彼女のもうひとつの代表作が、『アヴァロンの霧』である事は、先刻承知だろう。
こちらは、伝説では魔女とされた、アーサー王の異父姉モーガンの視点から、女の権利と神聖がより強かったドルイドの時代から、父権制のキリスト教へと社会の中心が移り変わっていく時代を見つめたものとなっており、刻々と制限され、おとしめられていき、同時に聖的な力をうしなっていく女性の、社会的な役割の転換を描いているとも言える。

これに対して、本作はまさしくその裏返しのような作品でもある。
戦乱の国々にあって、男であり、戦士である自分を中心にしか物事を考えられない男、そして貴族のネデストロ(庶子)として生まれたため、女性に対する根深いコンプレックスを持っている男が本作の主人公であるからだ。
彼はまさしく戦士の典型、つまりは英雄として兵士たちに憧れられるし、王からも評価されるが、ただ、自分に自信がないため人を信じる事ができず、女を傷つける事しかできない。

モーガンが巫女の修行をしたアヴァロンにかなりのところ似ている、アヴァーラの女司祭たちの島が登場するというのもあるが、シリーズをこえて、『アヴァロンの霧』とは鏡像のような作品に感じられ、その点でも大変興味深いのだ。

鏡像のような、あるいは双子のような……といえば、本作は、ラランによるマトリクス技術を用いた奇妙な召喚術が登場する。
これによって、主人公にそっくりの存在を呼び出すのだ。
(戦の天才が二人いれば、という夢をかなえる技術だ!)
世の中には細部までそっくり、寸分違わぬ複製のような存在がひとつある、というマトリクス理論にもとづくのだが、それがたまたま地球人なんだよな。
もちろん、失われた植民地であるはずのダーコーヴァが、銀河の人類により再発見される前の話だから、ダーコーヴァにいわば拉致された地球人にとっては、当初、何がなんだかわからない世界になるわけなのだが、あえてその手段をとらなければならないわけは、どこにあるのか。
実は、そこがいまひとつ釈然としない。
百王国時代のダーコーヴァ人とは全く違う視点を導入したかったのかもしれないが、残念ながら、それは不発に終わっているように見えるからだ。


キルガードの狼〈上〉 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)/マリオン・ジマー ブラッドリー
キルガードの狼〈下〉 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)/マリオン・ジマー ブラッドリー
1988年9月30日初版
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2010-02-22 21:00:46

『ホークミストレス』〈ダーコーヴァ年代記〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
手当たり次第の本棚-ホークミストレス 下 手当たり次第の本棚-ホークミストレス 上

ダーコーヴァ百王国時代の物語として、『ストームクイーン』に続くのが、本作『ホークミストレス』だ。
ストーリーとしては、男の社会で、本来、男の仕事とされている事に挑む少女が、暗中模索しながら自分の道を見出すというスタイルだ。
ヒロインの年齢が15歳くらい、少女から女性になるあたりという事もあり、これはジュヴナイルであるとも言うことができるだろう。
そのためか、過度に重苦しい描写もなく、今回とりあげた三作のなかで、もっとも口当たりの良い作品になっているように思う。

時代的には、百王国の騒乱はまだまだ続いている。
それでも、低地ではハスター家が最も大きな権力を握っているが、当のハスター家にお家騒動があって、王は玉座から追われ、簒奪者がそこに座っているという状態だ。
また、レロニスによる交配計画の影響も、まだ低地と山地を問わず残っているようだ。
但し、天候を操る力(ここでは、ストームクイーンの伝説がどこかで錯誤したのか、ロックレイヴンではなく、デルレイ家に伝わっていた力とされている)はすでに過去のものだ。
また、ドリリスの時代に、侵入者として到来したライドナウは、既にセライスを治める血筋として受け容れられている。

こんな状況を背景として、動物との共感能力である「マッカランの力」を持つロミーは、鷹匠(ホークミストレス)など、身分ある女のやる子とではないという理由で、鷹にさわることも、馬に普通の鞍をつかってまたがる事も父から禁じられ、自分が初めて鳴らした貴重な野生の鷹をとりあげられ、あまつさえ、大嫌いなタイプの男と婚約させられそうになる。

さて、ダーコーヴァでは、ラランの存在と同じくらい重要な要素としてシリーズをいろどる、〈剣の姉妹〉という組織がある。
自立者とも呼ばれる彼女らは、女の仕事も男の仕事も自分たちだけでやるし、武術家としても、兵士としても、動物を扱う仕事でも、高い評価を受けて、一種の傭兵として雇われる。
いろいろな理由で家族のもとから出奔した少女は、姉妹たちの中に飛び込むことになる。
実際、ロミーも一度は姉妹たちの仲間となるのだけれども、彼女は、姉妹たちのなかに埋没する事がない。
むしろ、姉妹たちの、つまり、女性だけの社会にも、ロミーはなじめないのだ。

しばしば、マリオン・ジマー・ブラッドリーは、フェミニストな作家だという評価を受ける。
しかし、もしかしたら、それは男性優位社会への反発が一見そうであるように見せているだけなのかもしれない。
過激なフェミニストのように、女性だけの社会や、女性が優位である社会も、彼女は是認したくないのだろうと思う。
むしろ、女性である事を否定せず、かつ、女性である事に縛られる事もなく、ただ、一個の人間としての自由を得るという事に、最も大きな価値を求めているのではないかと思えるのだ。

もし、それが正解であるならば、まさしくロミーこそは、シリーズ全篇を通して、最もMABの理想に近いキャラクターであるのかもしれない。


ホークミストレス〈下〉 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)/マリオン・ジマー ブラッドリー
ホークミストレス〈上〉 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)/マリオン・ジマー ブラッドリー
1988年7月1日初版
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2010-02-21 19:54:08

『ストームクイーン』〈ダーコーヴァ年代記〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
手当たり次第の本棚-ストームクイーン 下 手当たり次第の本棚-ストームクイーン 上

マリオン・ジマー・ブラッドリーの代表作ともいえる、ダーコーヴァ年代記に含まれる作品のうち、最も悲劇的な展開となるのが、この『ストームクイーン』ではないだろうか。
どちらかといえばフェミニスト的な作家である彼女の作品では、男性優位社会において、少女が苦闘しつつも、伝統的な「女性の役割」に縛られることなく、自らの道を見出していくというストーリーとなる事が多い。
しかし、本作では、「男の役割はこれ」、「女の役割はこれ」と慣習的に定められた社会において、その枠にはまりきらない若い男女が、ともに、犠牲となって苦しむ事になるからだ。
それは、権力というものに伴うプライドと傲慢さが生み出す悲劇となるわけだ。

つまり、この物語は、人の成長を描くことよりも、むしろ、権力にふりまわされる人間模様が前面に出ているという、珍しい作品という事になる。

さて、シリーズそのものは、本来、銀河に人類が広がっていく初期段階で、もともとの目的地にたどりつく事ができず、見知らぬ惑星に不時着して地球からは消息が知れなくなった入植地、ダーコーヴァを舞台としている。
この惑星には、人類の到来以前から、数種類の知的生命体が棲息しており、かつ、特殊な惑星風土により、ここで暮らさざるを得なくなった人類は、いやおうなく、一種の超能力をそなえる事となった。
しかも、永らく銀河の人類文明から気離反されていたため、ダーコーヴァ独自の文明を新たに発達させていったという履歴を持つ。
この社会が、あらためて人類文明と再接触するという文化的衝撃が、もともと作者の意図したドラマのベースなのだ。

それゆえ、ダーコーヴァの入植者が再発展させてきた文明の歴史については、凡百の疑似ファンタジイとなる事を避けるため、作者はタッチするつもりがなかったのだそうだ。
しかし、おそらくは、作者の予想以上にダーコーヴァに人気が出てしまったため、ファン心理として、
「昔の(人類が自分の出自を忘れていた戦乱時代の)ダーコーヴァについても知りたい」
という要望が、強くなってしまったんだね。

その要望にこたえる形であるために、いつもとは違う、変則的な展開をしているのかもしれない。

とはいえ、この戦乱の時代については、まず、本作があり、続いて『ホークミストレス』が続き、次いで『キルガードの狼』が控え、いかにしてダーコーヴァの「コミン」(超能力を持つ貴族階級)が形成され、超能力(ラランと呼ばれる)の使用に関する規則が設立されていったのかという歴史をたどる事ができるのだ。
こうした、歴史的な経緯をつかむためには、前述のような順番で三つの作品を読むのが良いように思われる。

登場する人物も、三つの作品がそれぞれ、少しずつ時代を違えているとはいえ、「過去にあったこと」として言及されていくため、微妙ながら、相互につながりがある作品にもなっているのだ。、


ストームクイーン〈上〉 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)/マリオン・ジマー ブラッドリー
ストームクイーン〈下〉 (創元推理文庫―ダーコーヴァ年代記)/マリオン・ジマー ブラッドリー
1988年3月18日初版
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2010-02-20 21:14:22

『修道士カドフェルの出現』〈修道士カドフェル21〉

テーマ:ミステリ

カドフェルのシリーズのファンであるなら、読み進めていった時に、この愛すべき修道士が、いったいどうして、シュルーズベリ大修道院に入る事になったのか、不思議に思った事があるだろう。
カドフェルはもともと十字軍兵士だった。
その旅は、冒険心からのものだったという事が、シリーズの途中で明らかになっている。
彼には彼なりの信仰心があるが、実は、十字軍に従軍したのはその信仰心が理由ではない。
その証拠に、彼は遠征が終わった後も地中海で兵士や船乗りとして働き、複数の女性と交わりを持ったようだ。

とはいえ、信仰心が全くなかったとは言えないだろう。
だからこそ、穴居kは修道院に入る決心を固めたのだし、修道士としてのカドフェルは、確かに、彼なりに確固とした信仰を持っている事がわかっているからだ。

そして、最大の謎は、彼の選んだものがシュルーズベリの修道院だったという事だ。
だって、カドフェルはウェールズ人ではないか?
シュルーズベリは確かにウェールズとの国教に誓い事がわかっているけれども、この修道院にいる他のウェールズ人修道士が、しばしば、シュルーズベリの街になんらかの関わりがあるらしいのと違って、カドフェルには全くそういう係累がない。
シュルーズベリとのつながりは、あkまでも、彼が修道しとなって以降のものだ。

まさしくその謎を解く物語が、ここにおさめられている。

シリーズ中最もページ数の少ない本巻は、3つの短篇がおさめられているが、その冒頭に置かれているのが、修道院に入る前のカドフェルが登場する物語であって、これを読むと、どうしてカドフェルがシュルーズベリを選んだのかがわかるのだ。
つまり、もノアgたりが始まるよりだいぶ前の話になるが、おなじみの人物もひとり登場する。
懐かしいヘリバート院長だ。
ラドルファス院長もとても魅力的だが、老いたヘリバート院長も魅力的だったよねえ。

このほか、修道院の会計士をめぐる物語と、ラベンダーによって真実があばかれる物語があり、いずれも人の心理を巧みに描いた短篇となっている。
イギリスの内乱の影響は、これらの短篇にはほとんど見られないから、むしろ、推理小説を楽しむという点では、、長編より楽しめるかもしれない。

ところで、現在も入手可能な光文社版に先立つ教養文庫版は、いかにも中世風の挿絵が随所に挿入されている他、他の艦より活字が大きく、字組がゆるやかな構成となっている。
物語のう゛ぉりゅー無によるものなのかもしれないが、なかなか雰囲気があって、いい。


修道士カドフェルの出現—修道士カドフェル・シリーズ〈21〉 光文社文庫/E・ピーターズ
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2010-02-19 21:19:26

『背教者カドフェル』〈修道士カドフェル20〉

テーマ:ミステリ

キリスト教用語としての「背教」はちょっと難しい気がする。
日本語の字義通りでは、教えにそむく事だが、それを宗教的な戒律に反する事である、と理解するならば、修道士としては、修道院の規則に反する事も、背教とみあんされるのだろうか。
物語はどうもそういう風に受け取れるが、いまいち釈然としない。

但し、原題は、Brother Cadfael's Penance であり、penance とは、贖罪、贖罪としての苦行、悔悛の秘跡をさし、いずれも、カトリックにあっては、教会から課されるものという意味を持つようだ。
ならば、ここでカドフェルは何を贖罪しなくてはならないのだろうか?

それは、カドフェルの履歴と関係がありそうだ。
彼がかつての十字軍兵士であったことは読者はもとよりシュルーズベリの人々も知るところだが、長年地中海で暮らす間に、カドフェルはマリアムという女性を愛しその女生徒別れてイギリスに帰ってきたのだ。
ところが、その時マリアムが身ごもっていたという事を、彼は知らなかった。
カドフェルとマリアムの息子オリヴィエは、長じて父の信仰を選び、十字軍騎士の従者として、奇しくも女帝モードの陣営に参じて来たわけだ。

その事は、当のオリヴィエにも秘密にされていて、知っているのはカドフェル本人とヒュー・ベリンガーしか知らない秘密だったのだよな。
ところが、なんとオリヴィエが敵陣の捕虜になってしまい、しかも行方不明になるという事件が発生した。

カドフェルは自分の手で息子を救出する事を決意し、ここにはじめてカドフェルとオリヴィエが父子である事があかされる事になる。

さて、これが問題だ。
今までカドフェルが解決してきた事件というのは、多かれ少なかれ修道院に関係した事だったので、院長の許可のもと、カドフェルは比較的自由に動き回る事ができた。
それはまた、修道院の権威をカドフェルも利用しつつ、という事でもあった。

しかし、今回は純粋にカドフェルの個人的な案件というわけ。
院長からは条件つきの許可をもらって出かけるが、早々に、その約束を破らなければ救出する事は不可能とわかる。
今まで息子を認知する事をせず、そうする事で、いわば人間として避けるべきではない責任を放棄してきたカドフェルが、その罪をつぐなうためには、自らの宗教的な誓いにそむかなくてはならない。

少し手前を振り返ってみると、かつて門前通りの教会に赴任してきた神父が、自らの宗教的な誓いを優先させて、教区民の魂を危険にさらし、また、反感を買った事を思い出す事ができるだろう。

ひとつの罪をつぐなうために別の罪をおかさなくてはならない時、
あるいは、誰かを救うために自分の魂を(宗教的な誓いにそむく事で)危険にさらさなくてはならない時、
人はいったい、どうすべきなのだろうか?

そして、カドフェルは無事オリヴィエを救出できるのだろうか。
また、その結果は?

シリーズ最後の長編は、最初から最後まで、やきもきさせられ通しとなる。
また、シリーズの隠れたテーマとなっていた、父と子の関係がとうとう中心に据えられたという事で、しめくくりにふさわしい内容でもある。


背教者カドフェル 修道士カドフェル20 文社文庫/E・ピーターズ
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