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2009-05-31 19:15:25

「ドラゴンズ・ワイルド」

テーマ:海外SF・ファンタジイ

まさかのアスプリン作品、新刊!
むむ、しかし、未訳のものが出ただけか……?
本作も、今まで未紹介だったアスプリン晩年の作品なのだが、次の巻が絶筆となっている、という事だ。

しかし、巻末の訳者解説を参照すると、本作に始まるシリーズも、かの〈マジカルランド〉も、共作者などが今後単独でシリーズを引き継ぎ、発表していく手はずが整っているらしい。
なるほど。
つまり、アスプリン自身の筆である事は当然望めないけれど、アスプリンがつくりだした世界を、これからも楽しむ事ができるというわけなんだね。

それもこれも、SFやファンタジイ、ホラーなどで、世界をシェアするというスタイルが根付いたアメリカならでは、だろうか。
もちろん、固定ファン層という「確実に売れそうな顧客」を手放すまいとする、いささか姑息な販売戦略ではあるのだが……(笑)。

さて、さてさて。
本作だが、ニューオーリンズというとても魅力的な街を舞台に、ドラゴンが活躍するという物語。
もっとも、ドラゴン……あの、翼があって火を噴く姿のドラゴンが出てくるのではなく、この世界では、ドラゴンたち、人間に変身して暮らしているらしい。
ある程度成長すると、変身したりもできるらしいんだけど、基本は人間として。
まあ、一応。

年季の入ったSFファンなら、ゼラズニイの『ロードマークス』のようなドラゴン小説を思い出すかもしれないが、さすがはアスプリン。
もっとライトで、ポップなテイスト。
ニューオーリンズが舞台という事もあるだろうけど、音楽も大道芸も出てきて、サンテリア(ヴードゥー)も出てきて、ギャンブルも登場する。
そういや、おさわがせシリーズもマジカルランドも、カジノやギャンブルが登場していた。
アスプリン、よほど好きだったんだろうか。
そもそも、タイトルにある「ワイルド」も、ワイルドカードという意味に取れそうだ。

しかし、どちらのシリーズとも全くかぶる事はないし、味わいもまた別だ。
うん、まあ、最初ちょっとヘタレに見える主人公が、だんだん成長してたくましくなっていくところは、アスプリン作品の共通項なのだろうけど。


ドラゴンズ・ワイルド (ハヤカワ文庫FT)/ロバート アスプリン
2009年5月25日初版
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2009-05-30 20:12:34

『とりぱん (7) 』

テーマ:自然と科学

鳥たちのいる日常。
そして、植物たちがある日常。
しかし、それは特別なものではない。

確かに、物語の舞台が東北の一県で、関東以南ではなかなかお目にかかれないかもしれない生物も顔を出す。
ニホンカモシカとか……!

とはいえ、あくまでもここに登場するのは、ごく一般的な家庭の住む普通の町並みの中で、目にする事ができる野鳥や植物だろうと思う。
つまり、それは、世界が特別なのではなく、世界を見る目が特別なのだ。
そして、その目は、非常に、詩人的であると思う。
あるいは、感性の鋭さは、畢竟詩人の魂に近づくのかもしれない。

さて、本巻の立役者は、めずらしくもヒヨちゃんだ。
そう、とりの家の餌台で傍若無人さを誇るあのヒヨドリ。
今までは、つぐみんをいじめたり、他の鳥を蹴散らしたりと、お山の大将ぶりというか、いじめっ子……とはちょっと違うな、ガキ大将ぶり(そうだこれだ!)を存分に発揮していたわけだが、そのヒヨちゃんが今回、みょ~な壁にぶちあたったようだ。

この手のキャラが困ってしまうところって、面白いんだよねえ。
そういうところ、鳥も人間も同じらしいよ。


とりぱん 7 (ワイドKCモーニング)/とりの なん子
2009年5月22日初版
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2009-05-29 19:29:40

『絃の聖域』  追悼・栗本 薫

テーマ:ミステリ
先日、栗本薫の訃報が伝えられた。
膵臓癌による病死という事で、60歳に手が届く前の、早世である。
日本一長い小説、ハヤカワ文庫JAの看板、作者のライフワークという事で、いずれの訃報も、追悼の言葉も、〈グイン・サーガ〉をとりあげている。

うん……。
この大長編が未完に終わったのは、ほんとうに残念な事だ。
なんのかんの言っても、どの巻から離れてしまったとしても、もし完結していたら、きっと、一度でもグイン・サーガを手にした事のある人であれば、完結編を読みたいと思った事だろう。
栗本薫を語る時、絶対に避けては通れない作品である事は間違いない。

しかし、栗本薫には、『セイレーン』があり、
『絃の聖域』がある。

ベスト5ではなく。
ベスト3でもなく。
栗本薫の、文句ない「ベスト」をあげるなら、それは私にとって、『絃の聖域』なのだ。

三味線、三絃、呼び方はいろいろあるが、やはり、最もメジャーな名前は三味線ということになろうか。
この邦楽器は、伝統的な邦楽器の中でも特殊なポジションを占める。
それは、この楽器だけが、江戸の町人文化と深く結びついている、という事だ。
貴族、あるいは逆に大道芸などをする「道の者」のものでもない、誰もが手にして楽しめる楽器というのが、三味線だったのだ。

それは、中国由来の楽理に縛られない、純粋に日本文化にはぐくまれた音楽と言ってもいい。

それを、日本人の美意識に添って開花させた場合、どのような世界が見えてくるのか。

本作は、素晴らしいミステリであると同時に、
またとない音楽小説でもあり、
その後さまざまな分野で名作や人気作を生み出した栗本薫の、原点であろうと思う。
〈グイン・サーガ〉を含め、全ての栗本薫作品は、その根っこを本作の中に持っている。

たとえば、作者が、これも終生好んだ、少年愛(今でいう、BL)ものとしても、本作ではそれが最もプラトニックで切ない形で登場している。

三味線は……。
芝居の下座音楽にも使われ、妓楼でも用いられ、語り芸にあわせるためにも用いられた楽器だ。
それだけ、表現力があり、情緒性も高い音楽だと言う事ができるだろう。
そう、三味線は。
「語る」事が大好きであった栗本薫の、シンボルのような楽器だった。
栗本薫は、ほんとうに、語る事が好きな人だったよね。

『絃の聖域』をはじめとする、たくさんの作品をありがとう、栗本薫。
そして、今は、最上の絃の音と、冥福がありますように。


『絃の聖域』(伊集院大介シリーズ) 栗本 薫 作(講談社文庫)
1982年12月15日初版
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2009-05-28 18:52:19

(ネタバレ版)『ハリー・ポッターと死の秘宝』

テーマ:海外SF・ファンタジイ

ローリングは人間像を描くのが巧みであり、この物語は、とくに、家族愛がテーマとされていると思う。
実際、形式がファンタジイであるという点を除けば、本作にファンタジイらしさはないと言ってもいい。
もちろん、要素はある。
魔法も、魔法的生物も登場する。
不気味な仇敵もいる。
しかし、それらの、「魔法的」な背景は、決して充分に説明されていない。
もちろん、説明されていないのは物語の筋に重要ではないからだ、と考えられるだろう。
ならば、そう、そういった魔法的要素は、物語にとって「重要ではない」わけで、そこが、本作の、ファンタジイであるかもしれないが全くファンタジイらしくないところ、と言えるだろう。
あえて極論すれば、この物語には、魔法が登場する必要性はなかった。
ただ、魔法も魔法的生物も、全て、修飾として用いられているのであり、その域を出ていないのだ。

警告しよう。
そのため、本作は、ファンタジイ読みには、全力でお奨めできない作品だ。

しかし、最初に書いた通り、巧みに描かれた人物を楽しむという点で、まことに面白い物語だ。
中でも、全篇を通して最も興味深い人物が、スネイプであろう。
魔法界に生まれた(おそらく純血の)親と、全くのマグル生まれとの間に生まれ、
家族の愛情をまともに得る事がなかった。
卓抜した魔法の才能を持つ者という点で、
なんとスネイプは、ヴァルデモートことトム・リドルとも、主人公ハリー・ポッターとも、同じ条件を備えている。
この二人の間に立ち、最後まで、実際にどちらの陣営についているのか判然としないスネイプは、ヴァルデモートとダンブルドア、両者の信頼を最後まで得ていたという事が、すでに偉業を打ち立てているといってもいい。
(二人とも、欺くには非常に困難な人物だ)。

そして、スネイプは、自ら、徹底的に不幸な境涯を選んだ事で、単にヴァルデモートを敵とし、憎まれ役を演じつつ影ながらハリーを護るという事以上に、勇敢かつ忍耐強い人物でもあった。
スネイプの、リリー・エヴァンズ(後のリリー・ポッター)への執着は、ストーカーじみたきらいはあるものの、
「最愛の人が、不倶戴天の敵と結婚してしまった場合、その忘れ形見を、彼女への愛のみを理由として」
守り抜く事は、普通できるだろうか。
その子のために、自分の人生を完全に犠牲とする事はできるだろうか?

単なる妄執ではなかったという事は、スネイプの守護霊が、リリーのものと同じ牝鹿であった事に証されている。
とくに、その牝鹿が、リリーの夫にしてスネイプの大嫌いなジェームズの守護霊、牡鹿と相応している事を考えれば、余計に強い証拠となっているだろう。

この物語における、幸福の絶対条件である「愛情溢れる家族」は、スネイプに与えられる事がなかった。
おそらく、スネイプは、彼なりのスタイルで、ハリーと、ホグワーツを愛していたのだろう。
しかし、それを堂々と披瀝する事すら、彼には許されていなかったのだ。
愛情というのはときに憎悪より、強い感情となる。
それを表にあらわさないでいる事ほど、辛い事はない。

スネイプの報償は、ただひとつ、19年後に、ハリーとジニーの次男が、アルバス・セベルスという名を与えられたという事に尽きる。
二人の間に生まれた子は、ハリーの両親の名を、長男、長女が与えられているが、次男は、その二つの名に匹敵するものとして、ダンブルドアとスネイプの名をつけられているのだ。
(しかも、ハリーにとって常に大切な師父であったダンブルドアと並列!)
ただこの一点によって、スネイプは生きている間得る事ができなかった、愛情あふれる家族の中によみがえったと言える。

ところで、その19年後だが、ウィーズリー一族の次の世代、ルーピンとトンクスの間に生まれたテディ、マルフォイの子らが、キングス・クロス駅に姿を見せて、彼らが健在である事を、そしてそれぞれ、幸せであるらしい事をうかがわせてくれる。
しかし、ここで、彼らがその時、何をして暮らしているのかという示唆は全くない。
ただ、彼らが幸せな家庭を築いている事がわかるだけなのだ。
これもまた、ハリー・ポッターの物語が、大いなる家族愛の讃歌である事の証拠であると思う。


「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻)/J. K. ローリング
2008年7月23日初版
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2009-05-27 20:04:43

(ネタバレ版)『ハリー・ポッターと謎のプリンス』

テーマ:海外SF・ファンタジイ


正直に言おう。
本巻で、私はこの物語に対する興味が減じた。
盛り下がった。
というのは、手前の巻に比べて、真面目な話、巻ごとのクライマックスが欠けていると思うからだ。

物語が7巻構成であるのは、ヴァルデモートの魂が7分割された事にあわせているのだろうし、だからこそ本巻は独立した巻として世に出たのだと思うが、しかし、本巻に関しては、絶対に、次巻とあわせて読まなくては面白くないはずなのだ。

それというのも、本巻において、ヴァルデモートが自らの魂を分割してあちこちに隠した事が語られ、それを探し求めるのが次巻『死の秘宝』になるからだ。
ヴァルデモートと死喰い人の暗躍も、2つの巻が全くつながっているため、その点でも続けて読まなければわけがわからなくなってしまう。

つまり……。
本巻は文字通り、最後の戦いの前哨戦に徹しており、クライマックスは、『死の秘宝』の、しかも下巻まで待たなければならないのだ。

タイトルにある謎のプリンスも、比較的すぐにわかる仕掛けで、今ひとつ感が免れない。

しかし、前巻におけるシリウス、本巻におけるダンブルドアの死は、物語全体にとって重要な流れを作る。
すなわち、影ながらハリーを守ってきた人々が揃ったその瞬間から一人ずつ欠けていくという事、
それが持つ意味を考えなくてはならないのだ。

そもそも、この物語では、「母」が絶対的な護りの役割を果たしているのに対して、「父」は保護者であるというだけでなく、導く者でもある。
ゆえに、主人公は、成長するために、「父」を超えて行かなくてはならないのだ。
ハリーの場合、仇敵に匹敵する者となるため、より多くの守護とより多くの導きが必要とするだけに、その「導き」を全て超えていかなくてはならないわけで、しかも成年に達する「17歳」までに促成されなくてはならない。
だからこそ、ハリーが必死に追いつき、乗り越えるために、「父」たちは、ハリーを導き、かつ、命を落としていかなくてはならないというわけ。

物心つく前に、そもそもハリーは実の父を喪っているが、
その後、まず、名付け親でもあるシリウス。
本巻において、ダンブルドア。
次巻でも、ルーピンが倒れ、スネイプも倒れ、あたかもヴァルデモートが分霊箱を一つ一つ喪っていく事に対応するかのごとく、「父」をハリーは喪い続けていく。


ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)/J. K. ローリング
2006年5月17日初版
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2009-05-26 19:24:10

(ネタバレ版)『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』

テーマ:海外SF・ファンタジイ

血のつながった家族は、良くも悪くも「選べない」。
何者にもかえがたくはあるが、選べないゆえの悲劇も発生する。
ハリーにとってのダーズリー一家は、さしづめそこにあてはまる存在だろう。

一方、友達は、お互いに選んでなるもので、共に在るためには、双方が努力しなくてはならない。
だからこそ、ある面で、家族より重要で大切なものになる可能性がある。
もちろん、ハリーにとって、その最たるものが、ロンとハーマイオニーなわけだけれど、ここでは、二世代にわたる「大切な仲間」が登場する。

すなわち、ダンブルドア麾下の「不死鳥の騎士団」であり、実はウィーズリー夫妻もそのメンバーだったわけで、それゆえに、彼らひとりひとりにとって、ハリーは、「生き残った男の子」という肩書きをこえて、大切な存在だった事は疑いようがない。
それゆえ、ハリーにとっては第二の父に等しいシリウスが命を落とした時、ルーピンも、マッド・アイも、本巻のラストでアーサー・ウィーズリともども、ハリーにとって(そして読者にとって)最も印象的な行動をとるわけだ。
ダーズリー一家のもとで過ごさなくてはならない時間が、ハリーにとって少しでも耐えやすくなるように。

もうひとつの仲間は、もちろん、ロンとハーマイオニーを中心とするDAこと、ダンブルドア軍団だ。
ヴァルデモートを相手に実社会で奮闘する不死鳥の騎士団に対し、彼らはホグワーツという俗世と隔離された社会で、ダンブルドアやハリーの敵にまわった魔法省と戦う事になる。

全体にこのあたりから、物語は暗さを増していくのだが、それでも、本巻は「学校内での戦い」があるために、大変、燃える(笑)。
そもそも、学園物の醍醐味といえば、学校が一丸となって、外敵と戦うというやつで、いわばハリーにとって楽園であるホグワーツが、魔法省に侵害されるという今回のシチュエーションほど、燃えるものはないだろう。
なにぶんにも、物心つく前から有名人であるハリーのこと、毎年なんやかんやと、誤解される事件が発生するし、今回も、セドリックの死で終わった前回からひっぱって、魔法省とマスコミ(日本でいえば朝日新聞みたいな立ち位置の、日刊予言者新聞)が、ぐるになって誹謗中傷するものだから、前半、大変辛い状況になるのだけれど、恐怖の少女婆さんアンブリッジが全校を敵に回した事により、ハリーの味方がどんどん増えていく。
パワーゲームとしては定石だが、やはりそういうプロセスは楽しい。

悪戯キングとして悪名高いウィーズリーの双子の活躍も、当然、ここが最高潮。
いいなあ、学校じゅうを飛び回り、爆発し、分裂する仕掛け花火!

まあ、それもこれも、アンブリッジ女史がみごとな憎まれ役を演じているからなんだけれどね。
これって、スネイプが不死鳥の騎士団の一員である事が明確となり、敵役としていささか弱くなった事を補う意味もあったのかもしれないが、なんといっても、スネイプはダンブルドアに逆らう事はなかった。
そういう意味で、彼は忠実はホグワーツの教員であり、間違いなく、ホグワーツの身内だった。
しかし、アンブリッジは外部から学校を乗っ取りにきた者だし、ダンブルドアさえ、一時ではあるが、校長の座から追放し、寮監を含む教師たちの頭をおさえる立場にのしあがるのだから、憎まれ役ここにきわまれり。
もちろん、マクゴナガル先生やフリットウィック先生といった、人気教師は、巧みに(?)、アンブリッジと敵対していくが、ここでも、旗幟を明らかにしない(というか、使命があるためそうする事はできない)スネイプの、微妙な立ち回り方が面白い。


ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 (携帯版)/J・K・ローリング
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2009-05-25 19:27:25

(ネタバレ版)『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』

テーマ:海外SF・ファンタジイ


ハリーの物語には、際だって父性の投影が見られるのだけれども、母性はどうなのだろう。
ハリーを守っている実の母リリーの魔法という前提があるために、彼の成長に関わる育ての母的存在は、父がわりの男たちほど明確に浮き上がって来ていないように思われる。

しかし、だからといっていない……という事ではない。
本巻のあたりからそれが顕著になってくるのが、ウィーズリー夫人。
旦那であるアーサー・ウィーズリー氏は、親切な近所の小父さんレベルだと思うが、彼女はまさしく、ハリーを息子同然に思っているのだ!
実際、不死鳥の騎士団本拠で物まねボガードと対決した時は、彼女が日頃怖れている事(もちろん、ボガードはその人が一番怖れているものに変身する)として、息子たちの死体が次々にあらわれる中、ハリーのそれも含まれていた。
残念ながら、最後の対決の時、彼女はまさしく、実の息子のひとりを喪う事になってしまうが、だからといってハリーにすげなくするような事はなかった。

だが、母性にもネガが存在するのではないか。
もしかすると、それはペチュニア・ダーズリーではないだろうか。
リリーの妹である彼女には、姉と違って魔法の才能がなかった。
(まあ、マグルの家系なのだから、そちらの方が当然だ)。
当初から彼女が見せる、激しい魔法嫌いの背景には、姉が才能豊かな魔法使いであったこと、そして彼女も実は魔法使いに憧れていたという過去がある。
欲しかったのに得られない魔法の子だからこそ、そして普通のマグルである息子の出来が悪いからこそ、彼女はあそこまで激しく分け隔てをしたのではないかと思う。
そして、悲しい事ではあるが、ペチュニアがそのような人物であったからこそ、リリーの愛による守護が、ハリーの上でより際だったものになったのかもしれない。
ハリーには過酷な事だけれどもね。

そしてまた、だからこそ、あたかも母親のようなウィーズリー夫人がハリーを支える存在として必要だったのだろうし、ハリーが初恋の人だったウィーズリー家の末娘ジニーが、ハリーと幸せな家庭を築く事ができたのだと思う。


ハリー・ポッターと炎のゴブレット 携帯版/J.K.ローリング

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2009-05-24 20:10:38

(ネタバレ版)『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』

テーマ:海外SF・ファンタジイ

本巻から、まさしくシリーズの佳境に入る。
ハリーたちは3年生となり、学校の外、ホグズミード村に出かける事ができるようになるし、
一方、ハリーの父ジェームズの過去とつながる人物が何人か現れ、
さらに、ヴォルデモートも具体的に復活のめどがたつ。

さて、本巻の勘所は、ハリーと父の関係にあるだろう。
もちろん、実の父ジェームズは、ハリーが1歳の時に死んでいるわけだけれども、ハリーがこれまで得る事のできなかった父性が、登場するからだ。
ひとりはなんといっても、ハリーの名付け親となったシリウスだ。
ジェームズの親友であり、ハリー1歳の誕生日におもちゃの箒を贈ったその人であり、ハリーに迫るヴォルデモートの危険がなければ(そして彼自身が落ちた罠がなければ)、ハリーの育ての親になったかもしれない人物だ。
なんと、若い頃の写真を見れば、見た目すらジェームズとシリウスは似ているとまで言われている。
同じ年であり、同じグリフィンドール生であり、性格もある程度似ていたのかもしれない。
まさしく、神話や伝説に登場する親友どうしのような二人組だったに違いない。

しかし、学生時代の彼らは4人組で行動していた。
残りの2人は、英雄的な2人に比べて、どちらかといえば、みそっかすタイプ。
だが、そのうちのルーピンは、シリウスが(そしてもしかするとジェームズも)与えようのなかったであろう別種の父性愛をハリーにそそぐ事になる。
そして、吸魂鬼という怪物から身を守るために、具体的に活躍するのはこのルーピンになるわけだな。
人狼である彼、「病気」の時期と月齢をあわせる事で、ハーマイオニーがその事実に気づくとされているが、どうしてどうして、実際には、名前からしてあからさまだ。
なぜって、ルーピンという名前そのものが「狼」をあらわすラテン語からきてるじゃないですか。
カタカナで書かれるとわかりにくいけどな。

そして、言葉があからさまというと、ルーピンが教える護身の魔法、「エクスペクト・パトローナム」、ここにも実は「父」という言葉が隠れている。
すなわち、patronum は、保護者を意味するラテン語由来の呪文と考えられるのだけれど、patr- に元来「父」の意味があるわけだ。
だからなのかどうか、ハリーが呼び出す事に成功した守護霊は、まさしく、父ジェームズが動物変身した時の姿、牡鹿だった。

ところで、本巻に隠された父性は、まだまだそれだけではないと思う。
たとえば、4人組のうち、唯一ヴァルデモートに寝返り、シリウスを陥れたペティグリュー(ワームテール)。
ジェームズやシリウスが完璧な人間ではなかったように、4人食いも、彼の存在をもって、完璧な父親像ではなくなる。
しかも、その「欠点」が、ハリーに負い目を作る事で、後にハリーの生存に大きな役割を果たす事になるのだから、ここにも裏返しの父性が見られると言えるかもしれない。

また、4人組とはやはり年齢が同じで、かつ学生当時は対立していたスネイブはどうだろう?
ダンブルドアに対してネガ的な役割を果たす彼も、実際には、二重スパイのような役割を果たしながら、ハリーを守った一人だった事が判明している。
物語を通して、徹底して汚れ役を担うスネイブも、あるいは、ハリーの「父」の一人であったのかもしれない。


ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 携帯版/J.K.ローリング
2004年11月25日初版(携帯版)
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2009-05-23 10:59:45

(ネタバレ版)『ハリー・ポッターと秘密の部屋』

テーマ:海外SF・ファンタジイ

表題に示された秘密の部屋が、いったい何に使われたものなのか。
何のためのものなのか?
それは、結局、明らかにされなかったように思う。
そこに怪物が潜んでいて、そこから出てきたものが、(マグル生まれの)生徒を襲い、あまつさえ殺してしまった、そしてそれはスリザリンに関係する事だ、という事しかわかっていない。

ホグワーツの4つの学寮は、学校を創立した4人の魔法使いの名前にちなむ、とされているが、その4人についてはそもそもあまり詳しく物語の中で語られていないんだよな。
しかし、スリザリンについては、本巻の中で、ハーマイオニーがある程度調べてくれているし、わかる事も出てくる。
非常にすぐれた魔法使いであった事は勿論だが、おそらくはそれゆえにか、魔法族の純血主義を主張していたという事がひとつ。

う~ん。
魔法族とはいったい、何なのか。
マグル(魔法を使えない普通の人間)と結婚して子供をなす事はできるし、魔法族の中にも、魔法を先天的に使えない人(スクイブ)が生まれるのだから、生物的には差異はなさそうだ。
つまり、魔法が使える家系かどうか、という事なのだろう。
すなわち、この場合の純血主義は、貴族主義とかなり近いものなのかも。

とはいえ、同じ言葉を用いるからといって、東洋的な貴族とヨーロッパ的な貴族では、意味合いが違う。
ゲルマン・ケルトの戦士階級から発展したものであり、基本的な概念は、
「力のある者が支配し、力のない者を保護する」
というところにある。
よって、まず、この階級に属する人は、自分がそのための力を持っている事を証明しなくてはならない。
そして、その力を減じるような行為は是とされない。
もしも、魔法の力が、遺伝されるものであるならば、この原則にてらして、純血主義は意味があるという事になる。

ハリーやドラコの時代に、その主張が、階級主義的なものに変移してしまっているのは、ゲルマン・ケルトの戦士階級から、近世のヨーロッパ貴族まで、彼らがどのような変遷をたどったか考えれば、なんら不思議な事ではない。

スリザリンのもうひとつの特徴は、蛇との親和性だろう。
蛇は、元来、智慧と深く結びついた動物とされている。
もちろん、魔法との結びつきも深い。
聖書では、エデンの園の蛇以外に、「神の預言者」であり、エジプト人的視点では「魔法使い」でもあった、モーゼとの深い関わりを見逃す事はできない。
ギリシア文明でも、アポロが奪ったとされるデルポイの神殿は、本来蛇に属するもので、予言(智慧)の聖所だったし、蛇を崇めていた痕跡があちこち、認められる。
しかし、宝物を守護する蛇たち(ドラゴンもバジリスクもその一種)を含めて、それら神話的な蛇たちの多くが、「退けられてきたもの」だし、「忌まれるもの」である事も注目しなくてはならない。
ゆえに、スリザリンもまた、忌まれる存在である事を回避できなかった。

物語の中では都合良く、蛇語をしゃべる能力(パーセルマウス)というものが登場するけれど、ならば猫としゃべれる能力とか、鳥としゃべれる能力が別途存在するわけではないようなので、おそらく、ハリー・ポッターの世界でも、蛇というのが、そもそも、特別な存在、智慧や魔法と深く結びついたものとして根源的に扱われているものと推測する。

さて、ハリーがなぜ、スリザリンやヴォルデモートと同じくそのパーセルマウスを持っていたのかという理由は、ハリーの中にヴォルデモートの一部があるからと理由づけられている。
それをもって、ハリーは、「スリザリンの後継者」と勘違いされてしまうわけだが、組み分け帽子がハリーをスリザリンに入れる事を考慮した事は、ハリーだけが知っている事実。
グリフィンドール生であるハリーが、パーセルマウスの一点だけで、なにゆえたやすくスリザリンの後継者と思われてしまったのか?
連続襲撃事件がハリーと関連があるように見えたからといっても……。
状況的には、ちょっと弱い気もするな。
せめて、一人くらい、対立候補はいても良かった。

但し、物語全体として見た時、象徴的な意味合いは深いかもしれない。
能力的には、ハリーは、スリザリンの後継者たり得たかもしれないからだ。
魔法族の中に、スクイブが多く生まれる時代(フィルチがこっそりと受けていたような通信講座まであるなら、それは結構な数の需要が見込まれていたという事になる。
つまり、魔法族の「魔法の力」は、いろいろな事情で、この時代、弱まっていた。
ハリーが中興の祖となり、新たな純血主義を主張する可能性も、ゼロではなかったのかもしれない。
その場合は、まさしく、ハリーがスリザリンの後継者となっただろう。
ヴォルデモートとの対比として、ハリーはこの試練を乗り越える必要があったとも言える。

もっとも、深く突き詰めるには、物語の方向性といささかそれる問題でもあり、だからこそ、ここで「スリザリンの後継者」がこんな風にハリーと絡む事は、ちょっと半端なようにも思えるのだが。

ところで、ハリーの花嫁を予定されているジニー(1巻でウィーズリー一家がキングス・クロスでハリーと遭遇した時に、彼女はハリーにひとめぼれしているのだけれど)、ロックハート主導のバレンタインのエピソードもあいまって、今回、さらわれる姫君の役割も果たしており、一応、ロンとハーマイオニーのカップルに対して、ハリーとカップルになる示唆を与えている事になるのだが、長らく彼女の気持ちが一方通行である事を考えると、初恋を貫き通したジニーって、かなり凄いかも……。


ハリー・ポッターと秘密の部屋 携帯版/J.K.ローリング
2004年10月22日初版(携帯版)
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2009-05-22 19:29:09

(ネタバレ版)『ハリー・ポッターと賢者の石』

テーマ:海外SF・ファンタジイ

ハリー・ポッターは、なぜ、マグルの家で育てられなければならなかったのか?
一応、表面的な理由が最初に与えられる。
それは、齢1歳にして魔法界の超有名人にしてヒーローとなってしまったハリーが、スポイルされる事がないように、というものだった。

しかし、血のつながった親戚が魔法界にいなかったとしても、信用できる養育者が魔法界にいなかたとは思われない。
たとえば、後にハグリッドは、シリウスが、自分の手でハリーを育てたいと言った、と漏らす。
もちろん、シリウスがそれを実行する事は無理だったわけだけれども、ジェームズ・ポッターには他にも盟友がいたし、不死鳥の騎士団だっていたはずだ。
スポイルすることなく、ハリーに魔法の英才教育をしながら、守ることもできたのではないだろうか。

なにもあんなダーズリー一家に……!
ねえ?

そもそも、リリー・ポッターの妹にあたるペチュニアがどういう人間なのか、事前にわかっていなかったはずはないのだ。
もちろん、その家族の事も含めて。

ダーズリー一家は、見事なくらい、醜く描かれている。
カリカチュアされていると言ってもいいほどなのだが、そのひどさは、下手をすると、ハリーをマグル嫌いにさせる危険性もあったのではないか。
そう、下手をすれば、マグルの醜さにうんざりし、かつスリザリン寮に入り、魔法の権威主義に染まり、第二のヴォルデモートになっていたかもしれない!
あり得ない話ではないと思う。

だが、ダーズリー一家が、笑ってしまうほどひどすぎるために、かえって、ハリーが、「マグル嫌いになる」ラインを超えてしまったのかもしれない。
マグルとも、魔法族とも、ある意味一線を画したポジションを得る事ができたのかもしれない。
そして、家族愛とは切り離されて育ったために、結果的には、二つの重要な要素をハリーは持つ事になった。

ひとつは、孤児院育ちのトム・リドル(ヴォルデモート)と同じくらい、孤独な育ち方をしたという事。
もうひとつは、喪われた家族というものが、ハリーにとって、最も渇望すべきものとなった、という事。
家族が欲しいと思う者は、世界征服は考えないものだ。
……たぶん。

そして、家族愛こそが、物語の底辺に流れる重要な要素にもなっている事は、特筆しておかなくてはならないだろう。
たとえば、ハリーを守っている強い魔法が、リリー・ポッターの母性愛に由来しているのも、そのひとつだ。


ハリー・ポッターと賢者の石(携帯版)/J・K・ローリング
2003年11月1日初版(携帯版)
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