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2009-03-31 20:14:37

『VINLAND SAGA (7)』

テーマ:歴史・時代小説
見かけも性格も、まるで少女のようだったクヌート王子が、とうとう覚醒する。
うん、やっぱり、「覚醒」というのが一番ぴったりする言葉なんだろうな。
「王の子として生まれた」ことの意味を自覚し、そこに付随する力と責任を、引き受ける覚悟を決めた、という事だ。

その時、北欧にもひたひたと押し寄せてきたキリスト教に対して、王子の吐く言葉が、新刊の腰帯のキャッチとして用いられた「神を古さぬ」という言葉だ。
これは、ちょっと面白い。
同じ不毛の地に芽生えて変化してきたキリスト教が、まず神への信仰ありきとするのに対して、寒く凍てついた土地より来たヴァイキングは、たゆまぬ努力で地を耕し、足りない分は船を出して交易も略奪もやる。神に頼るより、まず己の力でなんとかしようというスタンスがあるわけだ。

本作に登場するヴァイキングも、皆、多かれ少なかれ、個人の力に重きをおく、実利主義的な人々に見える。

物語は、ひとまず、王家の血肉の争いへと動いていくようだが、そこ、ここに見える、キリスト教徒たちとの関わり合いも、今後注目していくべきだろう。

もちろん、時代やそこに即した文化の中の人たちであり、主人公を取り巻くヴァイキングが、戦士でもある以上、彼らが英雄主義的であり、従ってプライドが高く、面子を大切にするという面もあるが(作者はその部分が嫌いだ、と述べているけれど)、そのプライドにしても、血筋や地位ではなく、あくまでも、個人の力に立脚しているという点は特筆すべきだろうと思う。

そのなかで、英雄を待望する親を見て育ち、その夢に失望したアシェラッドは、今後どのような影響を周囲に与えていくだろうか。
彼とても、彼なりに大変実利的な人物だが、おそらく、周囲と彼との差は、この「英雄否定」にあると感じる。


ヴィンランド・サガ 7 (7) (アフタヌーンKC)/幸村 誠
2009年2月23日初版
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2009-03-30 20:18:53

『幽霊狩人カーナッキの事件簿』

テーマ:ホラー
ホジスンによる心霊探偵物のシリーズは、最初に国書刊行会から、次に角川ホラー文庫から刊行されたが、本書、創元推理文庫版は、夏来健次による新訳、となっている。
末尾に付された『探偵の回想』は、それ以外の短編で扱った事件をまさしく回想する形なので、格別このシリーズのファンではない読者にとっては、
「ああ……総集編?」
というような感じのものであることを、お断りしておく(笑)。

まあ、それはともかく。
この物語の背景は、レコード(まだ蝋管!)、写真機などが登場し始めたそういう時代。
科学技術がこれから飛躍的に発展しようとしており、
かつ、ヨーロッパではオカルトが大流行。
そして、超能力や心霊現象も、科学で解明できると信じられていた時代だ。
魔術というものが、魔女や産婆、女性の呪術師兼薬草医といったような「うさんくさい弱者」の手から、教養ある男の手にわたり、これまた当時流行りのエジプト的要素をふんだんに盛り入れ、系統立てた「儀式魔術」に作り上げられ、一方、シュタイナーの神智学が隆盛した、そういう時代……。
そんな世界を背景にしている物語だ。

主人公カーナッキが用いるのは、作者による架空の魔術理論やオカルトの書物だが、そこにもこういった背景が色濃く影響している。
今から見れば、レトロにすら思える、真空管使用の電気式五芒星陣や、超常現象としての音声を録音するのに使う蝋管レコードなど、まさしくそれは、カーナッキの生きた時代では最先端のものだった!

しかし、カーナッキの活躍するところ、必ずしも、毎度幽霊や超常現象が登場するというわけではない。
中には、超常現象を演出して、悪巧みや悪戯をしようとした、という事件も含まれている。
(そういえば、かの時代は、インチキ霊媒師が跳梁する、降霊会ばやりの時代でもあった!)。
完全に超常現象だけの話もあれば、そういった「演出」をあばきだすという話もあるが、
他の作家の作品と一線を画しているのは、こういう悪戯と、実際の超常現象がからみあった事件もある、というところだろうか。

ある場所に伝わる薄気味悪い言い伝え通りの事が起こり、カーナッキが招かれる。
実は、別の人物画、ある狙いをもって、言い伝え通りの現象を起こそうと仕掛けをしていた事をカーナッキが解明する。
しかし、どこをどう辻褄をあわせても、不可解な要素が残る。
それはいったい、なんだったのだろう……?

何もかも、気味の悪い超常現象でした、というのも、それはそれでホラーだけれど、
こういう二段構えも、なかなか背筋をじわりと寒くさせてくれるものだ。

私自身は、ホジスンのホラーは海洋物の方が好みだけれど、カーナッキのシリーズも、やはり捨てがたい。

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礼拝堂の怪 The Thing Invisible
妖魔の通路 The Gateway of the Monster
月桂樹の館 The House among the Lawrels
口笛の部屋 The Whistleing Room
角屋敷の謎 The Sercher of the End House
霊馬の呪い The Horse of he Invisible
魔海の恐怖 The Haunted "Jarvee"
稀書の真贋 The Find
異次元の豚 The Hog
探偵の回想 Carnacki,The Ghost Finder
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幽霊狩人カーナッキの事件簿 (創元推理文庫)/W.H. ホジスン
2008年3月28日初版
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2009-03-29 23:12:52

『舞姫 テレプシコーラ 第2部(2) 』

テーマ:音楽・舞踊
主人公とは、すべからく、苦労するものと決まっている。
したがって、六花も、すんなりローザンヌで成功できるわけはない。
だが、かといって、全く何もないのでは物語にならない。
そのあたりの配分が、作者はほんとにもー、小憎らしい演出をしてくれる。

茜がひいていた風邪は、六花にうつってしまうのか。
(だとしたらその影響は?)
コンクールはどう進むのか?

山岸涼子の代表作、『アラベスク』でも、天才的なバレリーナがヒロインだったけれど、彼女の場合は、平均よりも身長があり、かつ、エキセントリックな踊りができるという特徴が最初に提示された。
それが、最後は、典型的な、純粋なクラシックもみごとに踊れるのだ、と結ばれる。

ならば、六花は?
彼女には、バレリーナとして不利になる股関節の問題がある。
しかし、振り付けの才能があるという事が第1部で提示され、それは、発想力があるという形で第2部にも引き継がれている。

要素は『アラベスク』と違うようであって、似ているとも言える。
だからこそ、今後どう展開していくかという事が、とても注目される。

はたして、本作は『アラベスク』を超えるものとなるのだろうか。
単なる、発表された時代の差だけ、という事になるなら、残念。


テレプシコーラ 第2部 第2巻 (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ)/山岸凉子
2009年3月29日初版
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2009-03-28 19:48:25

『異館』〈吉原裏同心11〉

テーマ:歴史・時代小説
中国の武侠小説の第一人者、金庸。彼の小説が大ヒットを飛ばした原因のひとつが、それまで純然たる男の世界だった武侠というジャンルに、女武侠を登場させた事だからだという話を、以前、耳にした事がある。

同様に、佐伯泰英の時代小説も、女性が大活躍する。
彼女らの良いところは、良くも悪くも、単に男と肩を並べるというのではなく、女性ならではの視点から、活躍してくれるという事だ。
たとえば、幹次郎の姉さん女房である汀女や、引手茶屋の主を務める玉藻、などなど。
本巻では、陰謀の犠牲になった異母兄の仇を討とうとする女壺振り、お千が、美味しい役どころを担う。

しかし、面白いことに、吉原を舞台に、遊女たちを支え、守る、吉原会所の男たちの物語であるにもかかわらず、ここに登場する常連キャラクターの中に、遊女は一人しかいない。
すなわち、薄墨太夫だ。
この、希有な花魁を別にすると、あとは様々な遊女が、登場しては去っていく。
それどころか、吉原を襲う事件や災厄の犠牲となって、うたかたのように消えていくのだ。
所詮、それが浮き沈みの激しい遊女の世界という割り切りなのだろうか。
いや、それにしては、一回限りで殺されてしまう遊女ですら、あたかも目の前に立っているかのようにその姿が浮かぶのは、いいなあ、と思う。
決して、筆が饒舌なのではない。
おそらく、キャラクターのそれぞれが、早くにいたるまで大切に描かれているからなのだろうと思う。


異館―吉原裏同心〈11〉 (光文社時代小説文庫)/佐伯 泰英
2009年3月20日初版
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2009-03-27 20:37:12

『猫たちの神話と伝説』

テーマ:自然と科学
『犬たちの神話と伝説』に続いて、同じ著者が送り出した、今度は猫の話。
構成は犬の方と基本的に同じなのだが、犬が、さまざまな用途(狩猟とか版をするとか見張るとか捕まえるとかそりを引くとか)に使われるのに対して、家猫は滅多にそういう役割をふられる事がない。
というか、何かの役割をふられる事はあるのかもしれないが、そういった特定の用途のために品種を改良されるという事がなかったようだ。
従って、品種のなりたちや用途が本書内で説明される事はほとんどない。
だが、それだけではない、
犬の本にあったような、特定の品種と、どこぞの神話を結びつけるような、牽強付会ともとれるやり方が、本書の方では見られないのだ。

そのかわり、こちらでは、猫にみられる、ある面と、それを良く示していると見られる品種を結びつけて語っている。
それも、品種より、むしろ、猫一般の特徴のそれぞれに重きを置いている。
これは、犬の本とは全く、逆。
たとえば、『犬たちの神話と伝説』では、章のタイトルはこのように記された。

グレート・デーン
 透視力を持ったドイツ犬

しかし、本書では、このように記されているのだ。

介護の猫
 ロシアン・ブルー

……ね?

犬は実用ありき、猫はイメージありき……?
う~ん、そういうところもあるのかもしれないが、どうも読んでいると、著者は、犬を愛している事は勿論としても、猫には、「めろめろ」になってるように見える。
たとえば、随所に、猫のしっぽが動くと人間は猫をかまわずにはいられないというような事が書かれていたり。
(そうか~。しっぽゆら~ん)

しかも、犬の方は、同族である狼やジャッカルに対して、あまりいい顔をしていないのに、猫の本では、同族であるパンサーや虎(とくに虎!<まんぞくげ)についても、愛おしげに書かれている。
(そうか~。しっぽゆら~ん)

余談だが、なぜか、本書には、猫を愛した作家たちの中に、ゼラズニイやアンドレ・ノートン、ハインラインといったSF作家の名前があげられている。
とくにゼラズニイ。
うぅ~む。なぜ?
犬をとりあげてる犬好きのSF作家だってたくさんいるのに……(笑)。
いや、いいんだけどね。
(しっぽゆら~ん)

そういえば、猫の方が、アジア由来の品種が多いのだろうか。
(単に、アメリカで知られている種類として、という事になるはずだけれど)。
エピソードにもアジアのものが多く、しかもどういうわけか、俳句と禅がよく顔を出す。
(そうか~。しっぽゆら~ん)

勿論、以上の印象には、私こと「とら」が、ネコ科だから!
という先入観も、あるのかもしれない。
あくまでも「かも」だけどね。
(しっぽのさきっちょ、ぴくり)


『猫たちの神話と伝説』 (ジェラルド&ロレッタ・ハウスマン著 池田雅之+桃井緑美子ほか訳 青土社)
2000年10月30日初版
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2009-03-26 20:56:14

『犬たちの神話と伝説』

テーマ:自然と科学
このタイトルから、どんな本を想像するだろうか。
犬族にまつわる神話とか伝説を集めた本?
たとえば、クーフーリンやル・ガルー、フェンリルにマナガルム、アヌビス神や、人間の皇女を花嫁にした「ばんこ」、などなど。

しかし、上に上げたような名前は、本書にはほとんど出てこない。

え。
犬の神話とかじゃないの?

うん、ちょっと違うんだ。
まあ、そういうものも収められてはいる。
しかし、本書のスタンスは、犬の品種ごとに、その血統や歴史、イギリスまたはアメリカでいかにその血統が認められたか、どんな犬なのかという事が主体であり、その品種の犬について伝えられている逸話、あるいは、その品種がいた(またはそこから来たと思われている)土地に伝わる神話や伝説に登場する犬が、「その品種ではないか」という推測がプラスされる。

言い伝えについては、いささか牽強付会なところもあるし、秋田犬の項目を見ると日本人なら誰しも「む?」と首をかしげたくなるような記述があるとおり、全て額面通りに受け取るのはちょっと危険に思える。

しかし、著者は、何よりもまず、動物行動学者だ。
従って、そういう逸話などは、「おはなし」として楽しみつつ、それぞれの品種について楽しく読むというのが、この本の最も良い使い方であろうと思う。
また、どの品種の犬が、人間とどうかかわろうとするかについても書かれているから、もしかすると、犬を飼う前に参考に出来るかも?


『犬たちの神話と伝説』 (ジェラルド&ロレッタ・ハウスマン著 池田雅之+伊東茂ほか訳 青土社)
2000年10月15日初版
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2009-03-25 21:03:37

『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』

テーマ:ホラー
海外ホラーが好きな人には、ブラックウッドの名前は当然聞き覚えがあるだろうし、はずせない作家かと思う。
しかし、ブラックウッドの作品中、同じジョン・サイレンス博士を主人公とする短編は、何本もあるにもかかわらず、これまで1巻本として読む事ができなかった。
逆に、名作と言われる『古の魔術(妖術)』や、『秘密の礼拝』は、あちらこちらのアンソロジーにおさめられているため、どこかしらで「それは読んだ」という経験のある人が多そうだけれど、それ以外のサイレンス博士ものって読む事ができなかったのでは。

だが、ここにようやく、日本でジョン・サイレンス博士の物語を1冊の本でまとめて読めるようになったわけだ。
めでたい。

しかし、こうして並べてみると、博士が猫と犬を有能な助手として使っていたり、
猫の街を訪れた人の物語があったり、
あるいは人狼を扱う物語があったり……。
サイレンス博士ものではないが、ブラックウッドは、幽霊馬が登場するホラー短編なども書いていて、なんとも動物好きな人なのだなあ、と思う。
とくに、猫と犬の両方が大活躍する、冒頭の『霊魂の侵略者』などは、猫好きにも犬好きにも、わくわくするかもしれない。
(犬のがちょっと優遇されているけど)。

さて、主役であるジョン・サイレンス博士の用いる用語は、かなり、神智学臭い。
もちろん、ブラックウッドが生きていた時代に、その手のムーヴメントがあって、シュタイナーと神智学が大きな影響を与えていたという事もあるし、芸術家、とくに作家や詩人がそのムーヴメントには多数加わっていたという背景もあるが、そのあたりについては、本巻の末尾で、朝松健がわかりやすく解説してくれている。

思えば、そもそも心霊博士という役どころそのものが、当時の、オカルトや魔術がブームであった状況から生み出されたものなのだろう。
勿論、今でも、心霊っぽいものを研究している人はいるだろうし(別の学問の名前を冠した博士か、研究家か、あるいは別の職業かもしれないけど)、心霊学という名前も残ってはいると思うけれど、あわせて「心霊博士」はな……ちょっと、ないんじゃないかと思うのだ。
レトロな響き。
うん、でもやっぱり、それが物語の舞台となる時代にはぴったりでもある。
今では、そういう雰囲気もまた、魅力のひとつとして感じられるだろう。

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事例1 「霊魂の侵略者」
事例2 「古えの妖術」
事例3 「炎魔」
事例4 「秘密の崇拝」
事例5 「犬のキャンプ」
事例6 「四次元空間の虜」
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心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿 (創元推理文庫)/アルジャナン ブラックウッド
2009年1月30日初版
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2009-03-24 19:03:31

『ジャンヌ・ダルクまたはロメ』

テーマ:歴史・時代小説
歴史小説の魅力のひとつは、歴史上実在した人物を、歴史書からでは読み取る事が難しい素顔や、思いがけない横顔を描いてくれるという事だろうと思う。
であるとするならば、この短編集は、まさしくそういう欲求をかなえてくれるものだと言えるだろう。

舞台は、中世~ルネッサンス時代のヨーロッパ。
登場するのは、ジャンヌ・ダルク、イザベラ女王、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

いずれも偉大な人々として記憶されているのだが、ほんとうに彼らは語られているような人々だったのだろうか。
それとも、歴史として記憶されていたのは、虚像だったのだろうか。

おそらくは、彼らもまた人間であった以上、語られているように偉大な部分もあっただろうし、逆に、それにそぐわぬ欠点もあったのだろう。
そう、たとえば、こんな物語も……。

『ジャンヌ・ダルクまたはロメ』
ジャンヌ・ダルクは、平凡な村娘だったと一般に言われているけれど、異説もある。
さる貴人の落としだねである、というような。
また、「フランス側」にとっては聖女であってけれど、「イギリス側」にあっては魔女とされた。
それはどういうからくりによったのだろう?
ところで、聖女と魔女の区切りってなんだと思う?

『戦争契約書』
中国中心の文化圏にはなかった事だけれど、西洋の中世においては、戦争というと、身代金が重要だったのだそうだ。
貴族という肩書きがあるならば、下は貧乏騎士から上は大国の王様まで、捕虜にされたら身代金と引き替えに解放されるというシステムがあった。
しかし、これって結構たいへんだったらしい。何しろ、封建社会では、貴族たるもの、主君のために戦争に参加する場合でも、戦費は自腹なのだ。もちろん、身代金も自腹。あー、いや、身分が高くてもこれは大変なわけで(というのは、身分が高ければ当然身代金もあがるわけで)、しかも、当然、当時は保険なんてものはなかった(笑)。
そんな中、戦争に参加した貧乏貴族の、ちょっとした人生劇場。

『ルーアン』
ジャンヌ・ダルクがなにゆえ一方では聖女であり、一方では魔女とされたのか。
それは、大いに当時の政治を反映したものだった。
つまり、聖女である事がフランスには次ごうが良く、魔女であることが、イギリスにはつごうが良かった。
しかし、本来、聖女か魔女かというのを判断するのは、教会でなくてはならない!
その時、「教会は」どのように動いたのか?
困ったことに、この時代、教会もまた、世俗の権力を争う一勢力であり、ゆえに……。

『エッセ・エス』
スペインのイザベラ(イザベル)女王というと、日本ではそんなに馴染みがないかもしれないけれど、それまでは数々の王国に分裂していた現在のスペインにおいて、カスティリア王国の王室に生まれ、結婚によって隣国アラゴン王国と時刻を結びつける役割を果たし、それによって「スペイン」の礎を築いた人。
そういうと、なんだか凄い女傑のようだけれど、彼女の結婚にはどんな背景があったのか。
それを、後日、ある老貴族が振り返って語る。

『ヴェロッキオ親方』
ルーヴェンスの絵というのが、実際は、その工房で多数の弟子たちによって製作されていたというのは、こんにちの日本でもわりと有名なのだろうか。
しかし、それは別段ルーヴェンスに限った事ではなかった。
というのは、そもそも、芸術家という概念は、近代のものであって、それまでは、どれほど芸術的であろうと、それは工芸であり、従って、それらを作ったり演じたりする人は、職人だったんだよ。
たとえば、ヴァグナーには「ニュルンベルクのマイスタージンガー」という作品があるけれど、その楽劇にあるとおり、楽人はマイスター、すなわち、親方という称号を与えられるわけで、これはまさしく、職人であることをあらわしている。
ここに登場する親方も、現代ならば、プロの画家と呼ばれたであろう人。
その人と、ある弟子のエピソードが、本作だ。

『技師』
築城術というのは、あたりまえだけど、戦争に使われる兵器や戦法が変われば、それにあわせて変わっていかないと、実用にならなくなってしまう。
しかし、新しいものというのは、だいたい、新奇なほど美しくは見えないものだ。
大砲が戦争に使われるようになって新たに考案された「稜堡」は、日本だと函館の五稜郭、あんな感じの、上から見たら素敵な形をしているものなのだが、新たに登場した時、どのように見えたのだろう(笑)。

『ヴォラーレ』
世の中には、多方面に才能を見せた人がいて、そういう人が、ある一分野で凄く有名になったとすると、その人が示した他分野への興味というのは、なんとなくけなされがちなものだ。
「あなたはAが凄いじゃないですか! BなんかにかかっていないでAをやてtくださいよ」
「あの人がもっとAに力を入れてくれていれば、こんな事ができていたかもしれないのに」
と、まあ、いろいろ。
でも、当人が何を望んでいたかは、また別の話。
ああ、でも……空を飛ぶのってやっぱ、夢の原点のひとつだよなあ。


ジャンヌ・ダルクまたはロメ (講談社文庫)/佐藤 賢一
2006年2月15日初版
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2009-03-23 21:27:55

『十の罪業 Black』

テーマ:ミステリ
『十の罪業』、こちらが後半の、BLACK だ。
といっても、原初が「赤」と「黒」に分かれているわけではなく、これはあくまでも日本版の仕様と思われる。
単純な上下巻でないところがいいね。

ところで、このアンソロジーに原稿を寄せている10人のうち、何人の作品を読んだ事があるだろうか。
勿論、どの程度海外ミステリに手をつけているかによると思うが、最も多くの読者を抱えているのが、スティーヴン・キングかも。
だが、読了した時には、はたしてどの作家が気に入っているだろうか!

『永遠』 ジェフリー・ディーヴァー
警察小説と言った時に、主人公はどんなプロフィールを持っているだろうか。
編者であるマクベイン自身が持っている人気シリーズのような警官が、第一番。
最近では、ここに、検死官とか、鑑識がレギュラーとして顔を並べるようになってきた。
しかし、あまりにも変わった職業は、そもそも人に知られていないし、その分、描くのが難しいと思われる。
であるにもかかわらず、ディーヴァーが選んだのは、なんと、統計学者。
統計学者がなんだって警官、それも刑事に?
当然、そこから話を始めなくてはならない。
しかし、中編という限られた紙数の中で、巧みに(そしてあっさり)それを解決し、数学と数字を扱う者らしい切り口で、とんでもない事件を解決していくのだ。
事件そのものも、何段かの構えになっているので、余計に面白い。

『彼らが残したもの』 スティーヴン・キング
原書の(C)は、2005年になっている。
勿論、原稿はそれより「前」に構想・着手されている。
だからなのだろう、9.11を扱った者が何編か含まれているが、これもまた、そのひとつ。
語り手は、キングだ。
キングというのは、ほんとうに幅の広い作家なのだけれど、本作は、ミステリというよりはホラー、ホラーというよりはダークファンタジイ、あるいは、レクイエムの一種と言える。
しかし、そこはキングであるから、ありきたりの追悼ではない。
シュールなくらいの展開でありながら、異様な胸の痛みを感じるのは、主人公が、とんでもない偶然で9.11を生き残った人物だからだ。

『玉蜀黍の乙女(コーンメイデン)-ある愛の物語』 ジョイス・キャロル・オーツ
玉蜀黍の乙女とは、豊饒をもたらすための宗教儀式にかかわる、役割の事だ。
(作者は、幾つかのアメリカ原住民の儀式を参考に、架空のものを作り上げたと書いている)。
これは、思春期の少女たちの危なげな世界を描いているとも言えるし、
犯罪の被害者や、無実の容疑者が、どんなひどい目に遭うかという話でもあり、
それにもかかわらず、確かに、「ある愛」がどのように再生するかという物語でもある。

『アーチボルト-線上を歩く者』 ウォルター・モズリイ
社会主義とか共産主義というのものは、既にほとんど、時代遅れになってしまったらしい。
ならば、無政府主義というのは、どうなんだろう。
これって、もはや、現在進行形では耳にしない言葉のような気がするが。
しかし、もしもアナーキストが現代社会に生き残っていたなら、どんな事をするのだろう?

『人質』 アン・ペリー
これは、北アイルランドが舞台だ。
そしてこのタイトルとくれば、推測がつくように、北アイルランドにおける、カトリック勢力とプロテスタント勢力のせめぎあいが、物語の背景となっている。
だが、だからといって、ジャック・ヒギンズばりの冒険小説になっているのではない。
主人公は女性だし、しかも、プロテスタント勢力の領袖である、ガチコチ頭の夫に、長年忍従してきたというキャラクター。
彼女はいったい、どういう戦いぶりをみせるのか。
なかなか、興味深い。


十の罪業 BLACK
創元推理文庫M ン-6-2
2009年1月30日初版
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2009-03-22 18:15:13

『十の罪業 Red』

テーマ:ミステリ
エド・マクベインの〈87分署シリーズ〉といえば、日本でもファンの多い警察小説だ。
刊行しているのは、ご存じハヤカワ文庫HM。
しかし、その最後の作品は、創元推理文庫から出されている。

なぜか?

それは、マクベイン最後の87分署ものが、書き下ろしの中編として書かれているからで、
しかも、マクベインが編んだミステリのアンソロジー、『十の罪業』におさめられているからだ。

巻頭で、マクベインは、いかにこの思いつきが面白く、かつ原稿を集めるのが(意外に)大変だったかを語っているが、いやはや。
それにしたって、錚々たる作家が並んでいる。
その数は、十人。

中編10本は、文庫本としてあまりにボリュームがありすぎるのか、5本ずつわけて、Red と Black として登場した。

『憎悪』 エド・マクベイン
アイソラ……。
『警官嫌い』の頃に比べると、この町も、ずいぶんと様相が変わってしまった。
そう、架空の街であっても時の流れとともに、様相は変わるのだ。
だが、ひとつだけ変わらない事は、そこが多数の人種の住む町だという事であり、そこには、不幸にも人種的偏見が存在するという事で、そういう偏見は、たやすく、憎悪を生み出す。
今回、キャレラたちが追うのは、イスラム系のタクシー運転手の連続殺人事件。
ああ……9.11は、不幸な事件だし、間違いなく、アメリカ人にとっては大きな負の記念日に違いない。
そして、これまた間違いなく、アメリカ市民として生活する多数のイスラム系市民は、そこから来る偏見と憎悪にさらされているのだろう。
偏見が偏見を生み、憎悪が憎悪を生み出すシステムを、巧みに描きながら、そういった「社会的問題」に踊らされる事なく、犯罪捜査に挑むキャレラたちは、まさしく、プロフェッショナルだ。
だから、87分署は面白い。

『金(かね)は金(かね)なり』 ドナルド・E・ウェストレイク
犯罪者ドートマンダー登場。
ふふふ。警察官が主人公の物語のあとに、犯罪者が主人公の物語が続く。
彼もまた、プロフェッショナルなのだが、決してスーパースターではない。
たとえば、同じ犯罪者であるとしても、怪盗ルパンとは全く違うキャラクターなのだ。
何しろ、ドートマンダーはとっても有能だけれど、別に全然スタイリッシュではないし、何より、ツイていない。
今回は、他の仲間から紹介されたヤツにもちかけられたヤマを踏む事にするのだけれども、何しろ全く知らない相手なものだから、どこまで信じていいのか、お互い手探り状態になる。
相手の裏をかこうとする、犯罪ドッグファイトが楽しい。

『ランサムの女たち』 ジョン・ファリス
そして、今度はサスペンス。
とっても有名な、しかし秘密めいた画家がいる。
その作品は人気がうなぎのぼりなのだけれど、描かれた人物画のモデルは、常に匿名で、正体がわからない。
その画家に、モデルになってくれるよう頼まれた女性と、その婚約者である刑事が主人公だ。
謎めいた画家と、その身辺に出没する、ナイフを持った黒衣の女。
はたして、ヒロインの前にモデルとなった女性たちは、今はどうしているのか?
婚約者の身を案じて、プライヴェイトな捜査を始める、危なっかしい新米刑事は、次々と怖ろしい事実を知る事になる。
二人の目を通して、場面がうまく切り替えられていき、テンポのいいスリリングな仕立てになっていて、ぞくぞくする。

『復活』 シャーリン・マクラム
ミステリとも、サスペンスとも、ちょっと違う。
確かに、ある意味で、犯罪が描かれているのは確かなんだが、追求する人もいなければ、裁く人もいない。
南北戦争前後の南部の街を舞台に、医学校にまつわる、ちょっとおどろおどろしい物語が語られる。
しかし、全体が、古い映画を見るかのような、ちょっとセピアでちょっとスロウな感覚に包まれていて、なんともいえず、不思議。

『ケラーの適応能力』 ローレンス・ブロック
殺し屋でも、人間なんだよ。
……うん。
前世紀末頃から、犯罪小説で殺し屋というと、社会病質者がどうとかという話になるのが、ちょっと流行になっていたように思う。
ここでも、そんな話をしながら、主人公であるケラーは、
「俺は殺し屋だけど、ビョーキじゃない」
と主張する。
確かに、殺し屋という殺し屋が全てそういう病気だという主張は、それはそれでナンセンスなのだろう。
この物語も、9.11の影が色濃く落ちている。
死ぬこと。
殺すこと。
それを、ケラーなりに、哲学しながら(あくまでも、ケラーなりに、だぞ)、ある仕事に挑むのだ。
車の助手席に鎮座する、犬のぬいぐるみがちょっとかわいい。


十の罪業 RED
創元推理文庫 Mン-6-1
2009年1月30日初版
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