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2009-02-28 20:06:04

『偽小籐次』〈酔いどれ小籐次留書11〉

テーマ:歴史・時代小説
「芸は身を助ける」なんていう言葉がある。
勿論、普通は、なんらかの芸があるから、食べていけるという風なニュアンスで使われる。
しかし、今回の小籐次に関しては、その芸があったために、ニセモノとホンモノの区別がついた、そういう事になっている。
それにしても、名前が知れ渡ればニセモノが出るのは世の常とはいえ……。
逆を言えば、ニセモノが出るほど、小籐次の名が(またまた)上がった、という事なんだけどね。

そんな偽小籐次の暗躍とともに、もうひとつ、江戸の武士社会を震撼させる事件が起こる。
政次剥きの事というより、むしろ、経済の方面の事。
そう、これも、佐伯時代劇お得意の仕掛けだ。
時代劇作家は数あれ、それぞれ、得意とする要素があるわけだけど、佐伯泰英は、「剣劇」と、「経済」、この2Kだと私は思う。
かたやスーパーマン的剣客がその剣技の冴えを見せ、かたや背景の大名家あるいは江戸そのものを、いろいろな経済上の事件が襲って、そのふたつの要素が渾然一体となっていく。

それにしても、小籐次って佐伯作品の中ではきっと一番風采の上がらない主人公だよなあ。
顔のたとえは、もずく蟹。
カニのようにひしゃげた感じの顔で、もずくというからには、月代も頬や顎も、つんつく、無精髭(それと無精髪? なんていうんだろう)……想像すると、「かなりひでぇ」。
これが、旨い酒をたっぷり飲んだ時とか、ふっと、慈顔になるというんだな。
かねがね、どんな感じかと思っていたけれど、本巻のラストの方で、小籐次のマドンナであるおりょうさんが、的確に描写してくれる。
……野地蔵のようだ、と。

まあ、最近は、都会では見るチャンスなんてないけれど、路傍で雨ざらしになっているお地蔵さんの、よく見ると優しい顔つき……って、なんか想像できるだろう。

で、偽小籐次が、常に、「鋭い目つき」と描写されるのが、これと対照的。
勿論、偽小籐次が生きてきた背景を思えば、当たり前の事なのだが、それならば、なぜ、苦しい半生を送ってきた小籐次が、野地蔵のような慈顔を得る事ができたのか。

その理由は、おそらく、本シリーズの魅力を構成する要素そのものだ。


偽小籐次―酔いどれ小籐次留書 (幻冬舎文庫)/佐伯 泰英
2009年2月10日初版
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2009-02-27 20:01:58

『茨文字の魔法』

テーマ:海外SF・ファンタジイ
童話というものは、大抵、素敵で、大人が読んでも魅力的な夢なのだけれど、時々、思う事がある。
ほんとうは、もっといろいろ、あってもいいんじゃないの……?

大人が読むファンタジイというのは、そういう土壌から育ったものもあるのだと思う。

ならば、この物語は、マキリップ流の『いばら姫』という事も、できるかもしれない。
童話『いばら姫』における「茨」は、まさしく、「魔法」「眠り」「保護または封印」を象徴しているが、ここでも、まさしく、茨はそれらを申し分なく体現しているからだ。

これは、母と娘、妻と愛人、女王と婢が蔓植物のように絡み合う物語であり、その背景には壮大かつ終わらない征服と無敗の王が君臨しているし、王国の権力をめぐる、男たちの争いがあるのだが、それはあたかもガラスに映る影のごとく、遠くにあって儚いものに見える。

ヒロインは、おそろしく広大な図書館の中で育てられた孤児の一人。
彼らは書記(司書の下にあって研究の下働きをする人々)という専門職に育てられる。
彼女、ネペンテスも、謎の文字や言語を解読する才能をもって、図書館に仕えているわけだ。
そんな彼女がめぐりあい、どうしようもなく惹きつけられたのが、「茨文字」で書かれた一冊の本。
それは、魔法のようであって魔法のようではなく、「アクシス(軸)とケイン(蔓)」という一組の征服者について書かれたものらしかった。

おりしもその国は、内乱と、思わぬ侵略者というふたつの危機に見舞われる瀬戸際で、
君主としてはなんら教育を受けていない即位したばかりの14歳の女王が、それに対処しなくてはならないという状況。
そして、彼女は国祖にあたる夢見人から、「茨に気をつけよ」というメッセージを受け取るのだ。

勿論、アクションなどはひとつもないし、もの凄くはなばなしい魔法が登場するわけでもなく、不思議な生物が活躍するという事もない。
それなのに、何故か、ネペンテスともども、不思議な茨文字に絡め取られていくかのような物語。
茨の中から、どのような魔法が真の姿を現すのか。
茨は何を封印しているのか。
それは、終盤に近づけば、次第に見えてくるけれども、ラストはやはり、どきどきするものだ。


茨文字の魔法 (創元推理文庫)/パトリシア・A. マキリップ
2009年1月9日初版
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2009-02-26 20:34:46

『無面目・太公望伝』

テーマ:日本SF・ファンタジイ
無面目……。
といっても、
「いや、面目ない」
と誰かが恥じ入っているわけではない。

読んで字のごとし。
思い切りストレートにそのまんま。
顔のない神が本編の主人公で……。

こらそこーっ。
クトゥルーの眷属ではないから、そのつもりで( ‥)/

合いそうだけどな。
諸星大二郎の絵柄で、クトゥルー神話。

ともあれ、ほんとのほんとに、顔がない。
物語の中で紹介されるところによると、宇宙が始まった時、原初の「太極」から誕生し、その太極の中にあった智慧を持っており、ある山の上で、ずううううううっと、思索に耽っている。

これに、筆で、目鼻を描いてしまったというところから事件が始まる。
永遠にそのまま思索にふけるだけだったはずの神が、「顔」を得てしまったために、だんだんと人間になっていってしまう。
簡単に言うと、そういう物語なのだが、これがなかなか深遠な展開なのだ。

すなわち、
「人間に五官がなかったら、はたして人間たり得るのか?」
という命題がそこにあるからだ。

だからこそ、五官を得てしまったこの存在、「無面目」がだんだんと人間化してしまう過程が面白いのだ。
たとえば、顔を得てしばらくして、「目というものは案外不正確」と感想を漏らすところなどは、なんとも興味深い。

勿論、人里に下りる途中、人間の生理的な営みがわからなかったり、お金を知らなかったりというのはちょっとクサいのだが、五官を得たあと、この存在がだんだんと人間の「心」を得ていく、半ば以降は、慄然とするところもあり、読んでいて飽きない。


無面目・太公望伝 (潮漫画文庫)/諸星 大二郎

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2009-02-25 19:45:02

『死者の短剣 惑わし』

テーマ:海外SF・ファンタジイ
ビジョルドといえば、大抵のSFファンは、まっさきに、マイルズ・ヴォルコシガンを思い浮かべてしまうだろう。
あれはいいね。
名作だね。
間違いなく、ニュー・スペースオペラを代表する作品のひとつだ。
うん、そんなイメージだ。

ところが、ここ何年か、発表され、日本にも紹介されているものは、ファンタジイが多い。
今回の、『死者の短剣』(本巻は4部作の第1巻)も、先の展開はわからないながら、現時点ではファンタジイ色の濃いものとなっている。

しかも、思いっきり、ロマンス色も濃厚なのだ。

えええ~。
ビジョルドなのにっ?

うん。
ビジョルドなのに(笑)。

しかし、ヒロインであるフォーンは、のっけから、思い切り虐げられた娘として登場する。
なんと彼女は、勇気を出して処女を捨てたあげく、ただの一度で妊娠してしまい、しかも相手にはそれを打ち明けてもひどくはねつけられてしまい……。
家出をしてきたばかり、とぴうスタート。

そして、フォーンとのロマンスをはぐくむ相手は、かなり年上だし、生き方が全く違う民の一人だし、戦傷のため、片手がない。

なるほど、こういうキャラ設定は、いかにもビジョルドではないですか?
主人公が、一般社会や、そこでの社会常識に対して、いろいろなハンディキャップを抱えているというのは、ビジョルド作品の定石ではないか。
もちろん、それをいかに乗り越えていくかというのが、ドラマなのだし。

また、いろいろな点で違うこの二人を結びつけるものが、大変面白い。
ファンタジイ好きなら、小躍りするような興味深さだ。
というのは、この世界における「悪鬼」を倒す事ができる唯一の武器が、
「Aさんの骨を元に作り、そこへBさんの『死』を封じ込めた短剣」
というものなのだ。
これを通じて、死を知らない悪鬼に、「死」そのものを送りこんで滅ぼすというのだけれど(ね、面白いだろ)、その武器を作るために、そもそも、二人の死せる人が関わっていなくてはならない。
で、これを帯びる人は、もうひとつ、まだ「死」の詰まっていない空の短剣も持っていて、自分が死ぬ間際にそこへ自分の「死」を封じるという習慣なのな。
ところが、もしもその短剣に、「他の何か」が入ってしまったら……?

どうです、トラブルの予感がしませんか(笑)?

もちろん、物語としてはまだまだ起承転結の「起」であるから、この先の展開がどうなるのか、とても楽しみなのだが、さて、ロマンスとこのミステリイ、どちらを楽しむ?


死者の短剣 惑わし (創元推理文庫)/ロイス・マクマスター ビジョルド
2009年12月26日初版
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2009-02-24 20:21:13

『BLEACH (37) 』BEAUTY IS SO SOLITARY

テーマ:冒険・アクション
BLEACH 37:美は独尊なり

過去の物語は、一応ここで幕を閉じる。
既に今まで示唆されてきていた事が、かなり解明されるのだが、しかし、それは全てではない。
たとえば、一護の親父の事は、まだ語られていないからだ。
(そこが早く知りたいんだけど。俺)。

しかし、護廷十三隊の錚々たる面々がいよいよ決戦!
という手前で展開された過去話であるから、まあ、適度なところでくくって終わらせているな、とも思う。

それだけに、決戦は、魅せてくれそうだ。
しょっぱなの、山本総隊長「じじい」がかっこいいぞ。
いつかこういうじじいになってみたいと、切に思う(笑)。
(私の理想は、いつまでも若く、ではなく、かっこいい老人になろう、なのだ!)

そして、少年ジャンプの傾向として、必ず群像劇となるのだけれど、この作者は、実に、キャラの立て方がうまい。
決戦ごとに、ちゃんと、いろいろなキャラを交代で描いていくのは定石だが、よくもまあ、これだけ大人数のキャラを、きっちり、その都度必要な背景つけて、浮いた設定にもならず、演出するなあ、と思う。
本巻で目立つのは、サブタイトルと表紙の通り。
綾瀬川の戦いは大変スタイリッシュかつスラップスティクなものになっているのだが、それは、勿論、「今回だけの登場かもしれない敵」である、シャルロッテがいいからだ。


BLEACH 37 (37) (ジャンプコミックス)/久保 帯人
2009年2月9日初版
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2009-02-23 19:56:43

『ガラスの仮面 (43) 』

テーマ:その他
「惰性で読んでいます(ぼそり)」
としか、言いようがない。
なぜなら、内容もまた、惰性だからだ。

もちろん、マヤと亜弓の演技スタイルが既に定まったものである以上、これは仕方のない事なのかもしれない。
そうなのかもしれないが、しかし……!
物語が、マンネリである事に、変わりはないんだよなあ。
とくに、話が紅天女に入ってからは、山奥でのエチュードを、今回そのまま、なぞっているも同然なので、余計に、惰性であるという印象が拭いきれないのだ。
エンタテイメントとしては、やはり何かもうひとつ、フレッシュな要素が欲しいところ。
マヤの恋愛にしても、真澄と桜小路くんの間で揺れるのは、これまた、前々からの話を引きずってるわけで、決してフレッシュな展開とは言い難い。
あんまり先にも期待ができないが、それでも、終わるまでは読んでしまうんでしょうな。


ガラスの仮面 43 (43) (花とゆめCOMICS)/美内 すずえ
2009年1月30日初版
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2009-02-22 19:40:23

『天翔の矢』〈ヴァルデマールの使者3〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
いよいよ、タリアがハードゥーンでどんな目に遭ったのかが明らかに……!
というわけで、これは、思い切りダイレクトに、創元推理文庫Fのシリーズとつながっている。
ちなみに、C-NOVELS版しか読んでいない人のために注釈しちゃうと、このすぐあとが、
『運命の剣』下巻の後半につながる。
ここで、女王補佐であるタリアが、レスウェランの宮廷に、大使として現れるからだ。
そして、その後のエルスペスを主人公とする三部作の結末が、再び、このハードゥーンに戻ってくるというわけ。

まあ、そういうわけでして……。
かつて、第1巻が教養文庫A&Fから出た時、第3巻のタイトル ARROW'S FALL と知って、なんかやなタイトルだたな~と思った事を憶えているが、実際、この巻で、タリアはほんっとに酷い目に遭うのだ。
このあたり、同じヴァルデマールの物語でも、創元推理文庫の方でタルマ&ケスリーのシリーズを読んでいる人なら先刻承知の事だけれど、こういった文化の中で、女性が男性と肩を並べて冒険をする場合のリスクを、ラッキーはほんとに容赦なく描く。
それでも、実際のヨーロッパなどでは女性の進出があり得なかったような仕事に、ここではずいぶんたくさんの女性が従事しているのは間違いないんだけれどね。

ヴァルデマールは、ある意味、鎖国している国で、あまり外の国の事が知られていない。
たとえば、ここで初めて彼らが遭遇する魔法は、実際には外の世界ではそれほど珍しいものではない。
(逆に、使者たちが使う心理魔法は、ヴァルデマールの外では、あまりメジャーではないようだ)。
勿論、ありふれているというほどではないけれど、いろいろな種類の魔法使いがいろいろな仕事をしている事は、他のヴァルデマールの物語のたくさん登場する。

いやいや、それどころか、実際には、かつてヴァルデマールでも使者が魔法を使っていた……!
これは、本シリーズの冒頭で、タリアが隠れ読んでいる魔法使者ヴァニエルの物語という形で触れられている。
なぜそれが喪われたのかとか、そういう事は、エルスペスの物語を読まないとわからない。

ともあれ、本巻をもって〈ヴァルデマールの使者〉三部作がようやく全て翻訳された事で、教養文庫版で『女王の矢』を知ったファンは、よーうーやーくー、物語を全て知る事ができたわけだし、タリア~エルスペスにつながり、ヴァルデマールの魔法に関する「ヴァルデマール近代」の物語は、ふたつの出版社(教養文庫は出版社がもうないので別)をかけて、ようやく全てつながった事になるのだと思う。

勿論、そうなると、タリアが憧れたヴァニエルの物語は~?
という事になるのだが、それはどうやら、このC-NOVELSから、次に出る予定らしい。


天翔の矢―ヴァルデマールの使者〈3〉 (C・NOVELSファンタジア)/マーセデス ラッキー
2009年1月25日初版
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2009-02-21 19:38:37

『銀のなえし』〈鎌倉河岸捕物控八の巻〉

テーマ:歴史・時代小説
なえしって何だ?
タイトルを見た時から、そう思っていた。
花で「おみなえし」ってあったよねえ。
うーん、でもあれは、「おみな・えし」だから、「なえし」と略すとは思えない。
種明かしをすると、それは、表紙絵で政次が持っている得物の事なのだ。
といっても、ちょっと見には、十手にしか見えないが、よーく見れば、十手の、鉤になったところがない。
町人の護身用武器のひとつで、十手と同じような使い方をし、相手の腕などを打って萎えさせるところから「なえし」と呼ばれた、と物語中で説明される。
ここまでくればもうストレートに、金座裏の親分が金流しの十手を持つ、そのペアとしてあわせた得物なわけだ。
そして、実際に、若親分として政次が活躍し始める事になる。

下駄貫の事はあったにせよ、金座裏は、さしたるトラブルもなく、政次を若親分として、すんなり迎え入れたように見えるので、読んでいてもストレスはないが、政次自身は、まさしく今が大変な時なわけで、かなりの気負いも見える。
勿論、若々しく爽やかな気負いだ。

そこに、政次が通う剣術道場での勝ち抜き戦、同期生的な剣術仲間が金座裏へ訪ねてきて江戸漫遊を楽しんだり、全体に、若々しい雰囲気が横溢している。
あわせるように、しほの行く先も次第に(というより、急速に?)現実味を帯びており、このあたりの展開、磐音よりずっと早いようだ。


銀のなえし―鎌倉河岸捕物控〈8の巻〉 (時代小説文庫)/佐伯 泰英
2009年2月18日新装版初版
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2009-02-20 21:01:48

『下駄貫の死』〈鎌倉河岸捕物控七の巻〉

テーマ:歴史・時代小説
佐伯泰英は優しいなあ、と思うのだ。
それも、決して、べたべたに優しいのではない。
きりっと筋が一本通った下に、明確な優しさを見せてくれる。
これまでも時々、佐伯泰英作品を池波正太郎作品に引き比べてきたが、そういった、優しさの滲み具合は、池波作品より、あからさまで柔らかいように思う。

政次がいつ金座裏の跡目として正式に披露されるのか、周囲は(そして多分読者も)やきもきし始めている、そんな間も、手先の中では、不満が芽吹いている。
これは、既に、板橋宿で仁三が親分の婿養子になろうという時、先行して出てきた問題で、いよいよそれが金座裏でも、というシチュエーション。
最初から政次を疎んじていた下駄貫が、その先鋒……と言いたいところだが、残念ながら、不満を抱いているのはこの時点で、下駄貫一人なのだ。

これは、本シリーズが若者の群像劇であり、かつ、佐伯作品の主人公が、ほとんどの場合、「他人に好かれる人徳」を持っている事を考えれば、容易に推察はできる。
そして、タイトルにもあるのだからネタバレにはならんと思うが、その嫉妬のあげく、下駄貫は死に向かって突き進んでいく事になる。

さて、そもそも、佐伯泰英が時代劇作家へ転向した時、物語の読者としては、サラリーマンを想定していたのだそうだ。
さまざまなストレスにさらされているサラリーマンが、たとえば通勤の間、電車の中ででも広げて、浮き世の憂さを忘れる事ができるようなストーリーを心がけたと聞いている。
そこで、べた甘にならないところが、凄いところなのだろう。
つまり、物語の中にも、適度に「いやな奴」とか、「悪い奴」を出していく。
しかし、彼らはいかにも職場のどこかにいそうなキャラクターであるし、あるいは、自分がそこに該当してしまうかもしれない。

下駄貫も、そういうキャラクターだ。
捕物が好きで、好きで、家業をおっぽりだして金座裏の手先になった男。
そうして二十年もつとめあげてきた老練な「兄さん」だ。
決して無能ではない。
むしろ、彼は彼なりの才気もカンもある、優秀な手先なのだ。
だからこそ、後継としてまだ若い政次が連れてこられた時に、たとえようもない嫉妬を憶えるのだ。
しかも、おそらく、下駄貫は、自分が、金座裏の親分になれるような器ではない事も、身にしみて知っていただろう。
そういう器だと思っているなら、いっそ、金座裏にはとどまらなかっただろう。
だからこそ、余計に嫉妬してしまう。
(能力を見込まれてよそから引き抜かれた)ぽっと出の若造に、自分の頭を飛び越えられるという事が、耐えられないのだ。
金座裏には下駄貫あり、という事を、認めてもらいたかったに違いない。

どうですか?
いそうでしょう。
もしかしたら、自分が該当しちゃうかも、と思った人は、心の中でちょっとだけ手をあげて。
そんな、どこにでもいそうな、あるいは、誰でもそうなってしまいそうな、そういう「道を踏み外した人物」を描く事が、佐伯泰英はうまいなあ、と思う。

そして、そういうキャラクターであればこそ、下駄貫の家族も、金座裏の一統も、(下駄貫を救うには間に合わなかったとしても)、とても優しいのだ。
決して、下駄貫のした事を隠したり庇ったりするというのではなく。
ただ、下駄貫の事を正しく理解し、偲ぶという点で、優しいのだ。

たとえどんな人物であろうとも、人間は、真に孤独では生きられない。
(社会的な生き物とはそういうものだろう)。
孤独でなくなるためには、人は自分を他人に、理解してもらわなくてはならない。
だからこそ、下駄貫が周囲に理解されるという事が、この物語の「優しさ」になる。


下駄貫の死―鎌倉河岸捕物控〈7の巻〉 (時代小説文庫)/佐伯 泰英
2009年2月18日新装版初刷
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2009-02-19 17:31:13

『きみの血を』

テーマ:ホラー
ヴァンパイアは、何故、血を飲むのだろうか。

え。ヴァンパイアだからじゃないの?
そんな風に、思わず問い返したくなるような、あまりにもストレートな問いだろう。
もちろん、
「血というものが、生命の象徴であるから」
といったような、オーソドックスな答えを出す事はできる。
また、そこから広がって、血ではなく、同様に「生命の液体」と見なしうる精液を飲むものもあれば、「精気」を盗むというパターンも出てくる。

しかし、スタージョンは、ここで、並み居る「ヴァンパイアもの」作家が全く言及しなかったものを、まさしく生命の象徴として関連づけている。
うん、言われてみれば、確かにそれは、生命の象徴でしかあり得ない。
しかも、これは、次の質問とも深く関わるものとなる。

ヴァンパイアは、何故、人(しかもしばしば、異性)を襲うのだろうか。

同性愛者でない限り、大抵のフィクションで、ヴァンパイアが襲うのは、異性のようだ。
ゆえに、ヴァンパイアには、性的なイメージがつきまとう。
そこからなのか、しばしば、吸血についても、エロティックな連想が付け加えられたりする。
しかし、よくよく考えてみると、それが本当に「性的」なものなのかは、疑問が残る。
何故なら、ヴァンパイアの吸血行為は所詮吸血行為なのであって、快感があろうとなかろうと、セックスに至るわけじゃない。
暴論かもしれないが、マッサージだって快感を得られるし、ある意味性的な含みがあったりするかもしれないが、セックスではない、ゆえに性的な行為とは言えない、というのと同じではないかと。

その一方、ヴァンパイアが人間を吸血鬼にした場合の両者の関係とか、
吸血行為という点でヴァンパイアと同様の、魔女と使い魔(ファミリアー)の関係を考えると、
そこには性的なものとはまた異なる、別の絆が浮かび上がって来る。

語られてみれば非常に納得できる、ヴァンパイアのある側面に、搦め手から切り込んだ作品であり、通読するとむしろつまらない物語にすら思えるけれども、読み込めば読み込むほど、味わい深く、戦慄がはしる、怖い小説なのだ。

文庫新刊当時の腰帯では、こううたっている。

「幻想的作品で知られるSF界の巨匠による幻の傑作!
エロティシズムに彩られた変種のヴァンパイア小説。」

ん~。
まあ、ブラム・ストーカーが描いたドラキュラのような吸血鬼とは、確かに全然、違う。そういう意味では、間違いなく、これは変種のヴァンパイア小説だ。
しかし、ヴァンパイアの本質にこれほど鋭く踏み入った小説は、他にないだろう。

そして最後にもう一度。
「ヴァンパイアはなぜ、人の血を吸わなくてはならないのか?」
それは、ヴァンパイアが、寂しい魔物だからだ。
心の奥底に潜む寂しさが、ヴァンパイアを生み出してしまうんだよ、きみ。


きみの血を (ハヤカワ文庫NV)/シオドア スタージョン
2003年1月31日初版
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