1 | 2 | 3 |最初 次ページ >> ▼ /
2008-11-30 20:25:38

『黙契』〈交代寄合伊那衆異聞8〉

テーマ:歴史・時代小説
上海から寧波へ。
そのままずうっと、異国の旅を続けていそうな勢いの藤之助と玲奈だったけれど、そういえば、彼等は日限を切られていたのであった!
つまり、今回の渡航は極秘の事だし、それは、「蟄居」を銘ぜられた2ヶ月の間に限った話だったんだよなあ……忘れてたけど!(笑)

その事実を、つい前巻のあたりまでは、藤之助たちも忘れてたんじゃないかと思うくらい。
しかし、ようやく上海での事件にもかたがついて、藤之助と玲奈は、長崎に帰ってくるのだった。

しかし、2ヶ月も不在にしていたのだから、藤之助が帰ってくるとあれば、それを迎える敵味方も忙しくなるわけで、
一方、藤之助と玲奈は異国で味方だけでなく、敵も作ってきたわけで、
なんと、そういう「敵」の刺客が、長崎にすぐさま姿を現しちゃうのであった。

出島のある長崎だけあって、後半では、藤之助、西洋の剣士とも、日本の剣術家とも、渡り合わなくてはならないってこと。しかも、それぞれ全く別個に闘うのではなくて、藤之助的には渾然一体と、それぞれの経験をいかして闘うという面白さもあり。
サーベル(但し、あとになって「フルーレ」と言われている)のまねを、日本刀でできるものかという疑問は浮かんでしまうが、まあ……普通はできないとしても、天才にはできた(しかも、藤之助は体格もあるし)、と捉えておくのが良いのかもしれない(笑)。

さて、そもそも渡航が極秘の事であったりなど、あちらこちらに隠し事の多いこの物語だが、タイトルの「黙契」とはどれを意味するのだろうか?
隠し事も約束事も多いだけに、そのなかで、ことさらタイトルにまでのぼせられるようなものって事になるな。

そのとおり。
ある重大な出来事が、巻末で待っている。
藤之助と玲奈の運命やいかに!


黙契―交代寄合伊那衆異聞 (講談社文庫)/佐伯 泰英
2008年11月14日初版
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-11-29 23:41:08

『半七捕物帳 (一) 』

テーマ:歴史・時代小説
捕物帳といえば、時代劇のその他のジャンルと違って、どうもテレビドラマのイメージが強烈。
銭形平次だってそうだし、それ以外にもほんとにいろいろあって、半七もそのひとつ。
しかし、あくまでも『半七捕物帳』は岡本綺堂の小説が最初にあって、それをドラマ化したものだという事は……時代劇ドラマが好きな人には常識かもしれない。
でも、読んだ事のある人は、どのくらいいるだろうか。

さて、そういう自分も、長らく小説の方は手にとった事がなかったのだが、それは、あまり書店の店頭で目にする事がなかったという理由がひとつ。
たまたま、先日、春陽文庫版を手に入れたが、Amazonによれば光文社時代文庫版もあって、こちらの方が新しいようだ。画像が全部出てくるし!
……しかし、ここはあくまでも、読了した春陽文庫版にリンクをはっておく(笑)。

この『半七捕物帳』、本邦における「捕物帳」の嚆矢なのだそうで、作者岡本綺堂が、シャーロック・ホームズに触発されて書いたものだという事だ。
ふむふむ。
シャーロック・ホームズね。
当然、事件の解決にあたる岡っ引の半七は、日本におけるシャーロック・ホームズをめざしたキャラなわけだが、時代は明治の東京ではなく、江戸時代の、江戸。(まあ岡っ引だしね)。
それはいいが、シャーロック・ホームズが、(そしてホームズに触発された多くの探偵小説が)、いわばリアルタイムかそれに近い形で筆記者に事件を物語っているのに比べ、『半七捕物帳』は、半七が現役を退いてからずっとあと……、維新を経て明治の東京になってから、なのだ。

ここが、面白いと思う。
単に、探偵なり怪盗なりが、晩年、若い頃の事件を振り返って物語るというのではない。
その「かつて」と、物語る「今」の間に、激動の時期があり、社会がすっかり様変わりしているというところがポイントだ。

ひとつには、このために、東京のある時代にくらす読者が、半ば異世界である江戸について、いちいち語り手である半七老人の解説をもらいながら読む事ができるのだし、
その分、かわった江戸の風物がリアルに飛び込んでくる事もあり、
さらにいうと……。
すでに、明治時代そのものが、江戸と同様、戦後以降の読者にとっては、半ば異世界なのであって、
そういった明治の風物も、興味深く読めるという面白さもあるのだ。
読者は、明治と江戸という、ふたつの「異世界」を、同時に楽しむ事ができるというわけ。

慣れないと、江戸の風物に囲まれた物語の中にすぐさまはまるわけにはいかないかもしれないが、明治と江戸、ステップを踏んで異世界に入る面白味は、はまるとなかなか抜けられない。


半七捕物帳〈1〉 (春陽文庫)/岡本 綺堂<
1999年10月10日初版
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-11-28 23:41:07

『陰陽師 瀧夜叉姫(下) 』

テーマ:ホラー
平将門……。
歴史上のこの人物には、どのようなイメージがまつわりついているのだろうか?

うちはもともと、先祖代々関東・東北という家柄で、そのせいもあるのかどうか、平将門といえば、英雄というイメージが強い。
朝廷と貴族社会に弓引いて、武士階級のために立ち上がった英雄のイメージだ。

実際、将門は江戸で神に祀られている。
だが、有名な「首塚」は、祟るという事でも知られている。
それはそうだ、「朝廷への恨み」をあれだけ呑んだ男なのだ。

しかし、と思う。
それはつまり、調停側から見た時、将門はまさしく怨霊であるに違いない。
おそらくは天孫族ではなく先住の「蝦夷」の末裔であるだろうし、それは古事記に「さばえなす」と記されている「もの」ども、「土蜘蛛」と呼ばれた人々と同一のものでもあるのだろう。
神話の時代から存在した、(天孫に)まつろわぬものたちの、エッセンスのようなもの、それが平将門だった、と言う事もできるのかもしれない。

まさしく、そうなるべき「器」であった人物を、この物語では、二人指し示しながら、更に、歴史の必然としてではなく、人為的にその状況を導いたとんでもない人物を設定している。
これをもって、単なる説話集をベースにしたホラーとか幻想譚なのではなく、歴史ミステリとしても読める作品に仕立てられているのだ。

だが、それならば、なにゆえタイトルは将門ではなく瀧夜叉であるのか。
これ、江戸時代にはそれなりに(歌舞伎などで)知られた話だったのだろうけど、今はあまりメジャーな伝説とは言えないよな。
簡単にいうと、これ、将門の遺児である娘の復讐譚なのだが、そのストーリーに辻褄をつけていこうとすると、いろいろと語られていない部分が大きい事にすぐ気づく(まあ、舞踊劇ってそういうものだし)。
将門を登場させるに際して、あえて瀧夜叉姫をもってくるところは、なかなかに、にくい。
語られざる瀧夜叉姫をだんだんと前面に出してくることによって、将門の異形性、その影に潜むものの非人間性が、きわだって描かれる事になるからだ。


陰陽師―瀧夜叉姫〈下〉 (文春文庫)/夢枕 獏
2008年9月10日初版
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-11-27 22:25:32

『陰陽師 瀧夜叉姫 (上)』

テーマ:ホラー
安倍晴明という人物は、相当に喰えない男だったらしい。
天才的な陰陽師であった事は疑いをいれないが、決して、「いい人」と断言する事ができなかった。
ましてや、聖人でもなんでもない。
皮肉も言えば、意地悪な事もするし、かと思えば、常人のように情に狂うところもあり……。
言ってみれば、トリックスター的な存在だったのだと考えられる。

ならば、その晴明の好敵手であった道満は?

晴明が喰えない人物であったのならば、道満もそれに匹敵するような人物でなくてはならないだろう。
宮廷おかかえの陰陽博士ではない、民間の陰陽法師であったという道満については、詳しい事が何もわかっていないに等しいが、日本の最も有名な符のひとつである「ドーマン」が、道満に由来し、同じく晴明に由来すると言われる「セーマン」とセットで呼び習わされるものである事は注目に値する。

であればこそ、晴明の物語を書くにあたって、キーポイントとなるのは、この道満というキャラをどのような男に作り上げるか……という事ではなかろうか。
晴明をヒーローに仕立てるあまり、道満を卑小化するのはあまりにつまらないし、かといって、ただ邪悪なものにくみする存在とするのも、物語のスケールを小さくしてしまうだろう。
というより、晴明という男をそれによって小さくしてしまうのだ。

その点、このシリーズの道満は、いけてる!
巻を重ねるごとに、「いけてる」度が増している。
考えてみれば、もともと、夢枕獏は、ぶっとんだじいさんキャラを出すのが得意な作家だ。

道満のようなキャラを描かせるには、うってつけじゃないか。

ここに登場する道満は、充分にダークだし、飄々としていて、喰えなくて、公の「正邪」に照らせば、邪にくみする事も多いかもしれないが、それはあくまでも、道満自身の道理に従った結果であって、実際には「邪悪」とは言えない。(この時代の民衆が、貴族にとって、ある意味、人ではない存在に近かった事は心にとめておかなくてはなるまい)。

道満がいきいきしているからこそ、本シリーズの晴明はよりスケールの大きなキャラとして成立する。
ふふふ……いいよな、道満。


陰陽師瀧夜叉姫 上 (1) (文春文庫 ゆ 2-17)/夢枕 獏
2008年9月10日初版

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-11-26 23:24:39

『太陽の中の太陽』〈気球世界ヴァーガ1〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
正直、最初のシーンから、絵が宮崎駿の絵で浮かんでしまった。

永遠に飛び続ける空中都市だよ?
そのまわりを飛び回る空中バイクに羽ばたきグライダー。
空中都市からなる公国を護る軍艦ならぬ「艦軍」は、木造船。
それらはひっくるめて、巨大な風船のような世界の中にあり、
そこでは永遠に空気が動いていて、小さな小惑星以外、地面というものがなく、
森ですら、巨大なブロッコリーのように、四方八方へと育つのだ。

そう、これが「気球世界」。
あたりいちめん、気球が飛び交う世界という意味ではなく、気球の「中の」世界、という意味なのだ。

しかし、なんといっても「中」だからね。
そこに住む人々が頼りにするのは、人口太陽をおいてない。
(さすがに、中に恒星系があるわけではないのだ)。
これがないと、暗く冷たい「冬空間」となってしまい、住むには非常に過酷な状態となる。
だからこそ、国にとって、自前の太陽を持つのはとても大切なことだ(ていうか、太陽を持たないと国としてなりたたないのだろう)。

しかも、都市は(国も)、全て浮遊している……ということは、世界の中を動きまわっている、ということ。

そんな中、主人公はある帝国に征服された地方の都市国家エアリーのレジスタンスの、生き残りとして登場する。
国を滅ぼし、エアリーの太陽に点火しよう(独立の印!)としていた母を、太陽ごと滅ぼされたヘイデン。
その罪を征服軍を率いていた提督に負わせ、復讐を望むのだが、奇しくもその提督率いる艦隊に乗り込んで、あるとんでもない作戦に巻き込まれながら、だんだんと彼の目は世界の隅々までとらえ、いろいろな事を考えるようになっていく。
ここらへんは、成長物語の定番でもある。

そして、ここが定番であるだけに、背景世界のユニークさが、めちゃめちゃいきてくるわけだね。

本作は、三部作の第1巻なのだそうで、従って、一応物語として完結をみてはいるけれど、本巻ではあまり触れられていない部分が、続く巻で読めそうだという期待も残る。
そりゃね、こんなユニークな世界なんだから、一冊で終わるのはもったいないというものだ。


太陽の中の太陽 (気球世界ヴァーガ) (ハヤカワ文庫SF)/カール・シュレイダー
2008年11月25日初版
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-11-25 21:55:39

『彷徨える艦隊 旗艦ドーントレス』

テーマ:海外SF・ファンタジイ
王様になりたい、社長になりたい、大統領になりたいっ。
……そんな風に思うのは、何も知らない子供の頃のこと。
地位には責任が伴う事がわかってくると、だんだん、そんな望みは持たなくなる。
大人になるって、ちょっと悲しい。

しかし、だからこそ、望まずして<ここ重要
大変な地位を差し出され、身の丈に余る重責を負わされる事になった人物の活躍に、心躍らせてしまうのだ。

本書は、腰帯に、
「戦争SFの最高峰登場!」
とありまして、
巻末の解説では、意図的に仕組まれたと思える本作の帆船小説的要素(わかる人は、読めばぷぷっと笑う。ほほえましい)などについていろいろと述べてあり、
それはそれで確かに大いにうなずけるのだが、もうひとつ重要なのは、これが、ミリタリーものの定番も踏襲しているということ。
すなわち、使い物にならない軍隊を、一人の指揮官が、いかに精鋭部隊に育て上げるかという、あれだ!

解説者が言うとおり、「困難な状況下での指揮権委譲」というのは、確かに、帆船小説の定番中の定番で、それだけでも帆船小説ファンは自動的に燃えてくるのだが、
だめだめ部隊から精鋭を育てるというのは陸軍ものの定番で、これはこれでその筋のファンが燃えるのであり、
これだけで「ミリタリーSF好きです」な読書家には、
「とりあえず本を持ってレジへ走れ」
と言うところだが、そうそう、これ、SFでもあるので、主人公がいきなり放り込まれる、膠着した状態の戦争を続けているらしい2国家の影に、謎の異星人らしき存在がちらついてるのだ。

そう、ちらつく。
ちらつくだけ。
まだその姿はかけらほども明らかにされていない!
……どうだ。
先が読みたいだろう(読む前から)。

まあ、いろいろな意味で軍隊色が強いから、そういうのがだめな人には全くおすすめできないけれど、
それが好きな人は、
「とりあえず本を持ってレジへ走れ」
……あ。
また言っちゃった。


彷徨える艦隊 旗艦ドーントレス (ハヤカワ文庫 SF キ 6-1)/ジャック・キャンベル
2008年10月25日初版
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-11-24 20:49:48

『機動戦士ガンダムU.C (6) 重力の井戸の底で』

テーマ:冒険・アクション
いきなり、潜水艦のシーンから始まるのだ。
いやあ、さすが福井晴敏だなあ……と、そのリアリティ溢れる潜水艦描写にはまってしまえば、あとはいつのまにか、ミリタリーノベルの世界にのめりこんでいる。
宇宙でも空でも地上でも。
そうそう、ガンダムといえば、やっぱり、複数の軍勢がモビルスーツを中心にぶつかりあう、軍事ものでもあるわけで、ガンダムのそういう要素を、福井晴敏の筆がたっぷりと味わわせてくれるというわけ。

これが、ガンダム本来の姿であるアニメーションであるならば、一瞬のコマの、一瞬の表情であらわされるような事も、文章となると、全てテキストで表現しなければならない。
饒舌すぎても読むのがつらく、あまりに「見えるもの」だけを書き連ねられてもリアリティがわかない。
そこには、適度に、視覚以外の感覚(たとえば、聴覚や触覚、嗅覚)、そして心理描写も含まれていなければならない。
そのバランスが、福井晴敏は絶妙。
モビルスーツの手が、マンションに吹っ飛ばされてくるシーンなど、モビルスーツを用いた市街戦ならこうもあろうかというリアルさだ。

そういうさなか、ユニコーンガンダムは、次の封印を解くべく、首都ダカールに降り立つのだが……。
なんかこの封印、巻を重ねれば重ねるほど、黙示録の「七つの封印」を彷彿とさせるなあ。
とすると、今回ラストで登場する黒い機体は、四騎士の一体にあたるような代物なのか。

ところで、単なるミリタリー小説ではなく、きっちりガンダム小説でもある本作、たとえば、少年バナージの揺れ動く心は、連邦軍の、ネオ・ジオンの、現地ゲリラの心に触れ、揺れ動く。
その心の動きと、意志の貫き方は、まさしく、ガンダムの醍醐味というところ。
ついでながら、ファースト・ガンダムのファンなら、おそらく、にやっとするようなお遊びがある。
くすぐり方もうまい!


機動戦士ガンダムUC (6) 重力の井戸の底で (角川コミックス・エース 189-7)/矢立 肇
2008年10月26日初版
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-11-23 19:06:22

『護られし者 2 代償』

テーマ:海外SF・ファンタジイ
主人公たる、3人の若者……
特に、アーレンとロジャーは、逆境のただなかにいる。
片や、母がわりの人にも、恋人にも、あの手この手で引き留められながら、護符使いの戦士である配達士への道をかたくなにめざし、片や、片手の指が半分ないという、芸人にとっては致命的な障害を負い、また、師匠の没落に苦しめられながら、それでも独り立ちの旅芸人をめざす。

アーレンは、結果的に、希望通りの配達士たるべく、街の外へ一歩を踏みだし、そのために過酷な運命と直面する事になるのだが、にもかかわらず、より大変そうだったのは、その一歩を踏み出すまでのところ。
いや、もちろん、踏みだした「あと」が、楽だというのではない。
ただ、それは、彼が自分で選んだ過酷さだという事。
その手前の苦労というのは、障害となる人たちに悪気がなく、ただ、彼を危険なめに遭わせたくない一心だというのが、始末に悪いのだ。

非常に無情な言い方をするならば、母がわりの人であれ、恋人であれ、アーレンを危険な目に遭わせたくないというのは、
「それによって彼を喪う事に耐えられない」
という、彼女ら自身の勝手さによるものだ。
それによってもたらされる、自分の苦しみが嫌。自分がかわいいのだ。
しかし、そうと切って捨てられないのは、かりにそのような自分勝手な部分が大きかったとしても、やはり、アーレン自身を苦しませたくないという思いやり「も」含まれているからに他ならない。

男のロマンは女にはわからない、としばしば言われる事があって、そういう言い方に反発をおぼえる女性もいる事は承知だけれど、だがしかし。
「自分が生きているという実感を得るために”も”、スリルを好む」
という特性は、どちらかというと、男にあらわれやすいものだし、なんでそんな馬鹿な真似をする必要があるのか、という問いは、女から出される事が多いようにも思う(笑)。
このあたり、やはり子供を産み育てる事に関する機能の差に左右されているのであろうか(わからん)。

そして、まさしくその「男女差」に対して、母がわりであるエリッサが、アーレンの恋人に、ひとつの回答を与えるところは、興味深いと思う。

一方、ロジャーの悩みというのも、なかなか複雑なものだ。
親方であるアリックは、母を見殺しにした人でもあり、ロジャーを育て、芸を教えてくれた恩人でもある。
ロジャーの失態で宮廷を追われる時、(そうしなくても良かったにもかかわらず)その道をともにしてくれた人でもある。
ただ、今現在はどうしようもなく身を持ち崩して、そのためにロジャーはとんでもなく苦労をしている。
恩も恨みも深い相手という事だ。
これが血のつながった家族であるなら、「しかたない」と諦める事もあるかもしれないけれど、全く血のつながりなどない他人だったら?
だからこそ見捨てられるか。
だからこそ見捨てられないか。
……非常に、難しい問題だ。

薬草師の道をめざすリーシャも、それなりの苦労を積んではいるのだろうけれど、本巻では、さほどの出番はなく、主にこのふたりが、難しい心の問題と、生活の上での苦労を抱えて、悩み苦しむところが読みどころ。


護られし者 2 (2) (ハヤカワ文庫 FT フ 16-2)/ピーター V.ブレット
2008年11月25日初版
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-11-22 18:12:01

『うそうそ』〈しゃばけ5〉

テーマ:日本SF・ファンタジイ
風が吹けば桶屋が儲かる……のではなく、風が吹けば若だんなが倒れる。
ことほどさように体の弱い若だんな、江戸時代の事だから、そんなに虚弱ならば湯治でもいかがですか。
幸い、カネも、自由になる時間もあるんだし。
と薦めたいところだけれども、なんと湯治に行くだけの体力もない若だんなだったのだ!

あえて過去形で書いたわけだが、というのも、本巻ではその若だんなが箱根へ湯治に行く事になるからだ。
箱根ならば、小田原まで船で行けるし、そのあとは駕籠を雇えばいいよねと、そういう判断になったのだけれど、それはそれとして、いちおう、「そのくらいならなんとかできるようになったかも?」というくらい、若だんなは元気にもなったのだな。
人なみの基準からはすごーく下だけれどね。

そのはずなのに、行った先の箱根では、妙な事件に巻き込まれ、健常な人であってもぐったりしちゃいそうな状況が次々襲ってきて、若だんなの災難が続く。
実際、今までになく、若だんなの肉体的な負担が大きい一方、そこをなんとかがんばる若だんなというのが、おそらく順番に読んできた読者にとっては、
「ああ、若だんなもこんなに立派(?)になって……」
と、目頭をおさえたくなりそうな成長(!)ぶり。

江戸をはなれ、陶然、いつもの常連キャラクターのほとんどが出てこられない状況下で、シリーズ中、本作をおす人と、いつもよりつまらないという人と、なんだか二つに分かれそうな気はするが、まあ、たまには気分転換で良いのじゃないかな。
しかも、「旅」という非日常にあって、むしろ、若だんなが日頃から抱えている悩みがぐぐっと表にせり出してくる。
それは、今回の事件と大きなかかわりのある箱根の山神の娘(お比女ちゃん)にも共通する事となっているが、
「自分がそこにいる意味はなんなのか」
というやつだ。

人は、社会的な動物であるから、社会の一員であるために、他人に認められたいという願いがあるし、それに関連して、誰かの訳にたちたいという欲求も、ある。
幼い子供ならいざしらず、ただ保護され、愛されているだけでは、自分の存在理由など、見いだせるはずがない。
だからこその、「自分探しの旅」になるわけなんだけど。
はたして、若だんなは……。
お比女ちゃんは……。
どのようにして、「自分」を探す事ができるのだろうか?
というのが、本巻の(あまり隠れていない)テーマ。

神の娘という立場に過大なプレッシャーを感じているお比女ちゃんにむかって、
がんばろうにもそのための体力が決定的に不足している若だんなが説く言葉は、つきつめていけば、
「小さな事でもやれる事からちょっとずつやっていけばいい」
というものだけど、この、下手すりゃいかにも教訓くさい言葉を、教訓くさくなく口にできるのは、やはり、若だんなの人柄というか、風が吹けば倒れるというとんでもない体の弱さから起因するものであるわけで、うーん、言葉には、まこと、それを口にすべき「ひと」というのが、あるものだなー。

ある意味、プレッシャーとかストレスを日々感じている現代人の読者は、お比女ちゃんに通じるところが大だと思うので、連休中は文庫版『うそうそ』で、若だんなと遊んでみてはどうだろう。
本を読む気力はちょっと……という場合は、週を改めての事になるが、11/29日にドラマの第2弾も放映されるらしいよ。


うそうそ (新潮文庫 は 37-5) (新潮文庫 は 37-5)/畠中 恵
2008年12月1日初版
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2008-11-21 23:12:51

『とりぱん (6) 』

テーマ:自然と科学
この漫画は、作者が自然と親しむ日常を描いたもので、この「日常」というやつが、大きなポイントになってるんだな。
なぜなら、誰にとっても「平凡」であるはずの日常を魅力的に描くには、非常に鋭い観察眼と、詩人のセンスが必要になる。

実際、巻を重ねるにつれて、そういう「詩的」な視線で語られる事が多くなった。
なんでもない空の色や、ふとした季節の移り変わりのとらえかたは、コミカルな鳥たちや植物たちの生活(そして街の風物まで)の合間、合間で、ぴかりと光るものを感じさせるのだ。


とはいえ……(笑)。
漫画であるし、コミカルな部分が楽しいのは、この漫画の第一の特徴であるわけで、今回は常連と化したつぐみんやひよちゃんの他、、もの凄く珍しい鳥たちの幼鳥とか。
間違いなく、今回は、鳥たちがメイン。ふくろうや雀の巣作り、子育ても登場する。

番外は、ニホンカモシカと……。ふきのとう。
街の風景になるのだが、だんだんディスカウントされちゃうふきのとうが置いてある場所、そのミスマッチ感と、「繰り返しによるギャグ」には、笑える。
これが演出ではなく日常のスケッチというのが、いいわけですな。


とりぱん 6 (6) (ワイドKCモーニング)/とりの なん子
2008年11月21日初版

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 |最初 次ページ >> ▼ /

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。