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2008-07-31 19:55:08

『QED 龍馬暗殺』〈QED7〉

テーマ:ミステリ
QEDといえばいつもいつも民俗学的な要素たっぷり……でもたまには歴史ものか?
なーんて匂いのするタイトルではあるが、それでもやっぱり、民俗学的要素はたっぷり。
それを交えて、現実に起きた連続殺人のみならず、龍馬暗殺の謎にまで手をのばそうというのだから、まあ、面白いと言わなければ嘘だろう。

さて、このシリーズなのだが、ここからヒロイン奈々の妹、沙織が、レギュラーとして登場するようになる。
どうやらこれはあまりにも進捗の遅い主人公たちのロマンスを加速させるという目的もあるらしい。少なくとも、物語中の沙織はそう宣言しているような感じだが、さてさて?
また、この娘が、かなり頓狂なキャラなので、従来のトリオの予定調和的になってきた動きをひっかきまわす役割も担っているようだ。

坂本龍馬といえば土佐(高知県)、幕末の志士というと京都という連想ができるが、今回の舞台は高知県の方。ああ、いいね、海の幸も酒もうまくて……。どこでも飲み会発生となるトリオあらためカルテットにも最適な舞台だ!(いや、テーマはそこじゃないんだが)。
生憎、彼等が向かうところは、土佐でも山奥なので、出てくるのは地酒と山菜料理くらいだ。

む、土佐の山の中っ?
と目をきらつかせた人は、「その筋」に興味のある人ですな?
そうそう、あのあたりには物部村なんてものがあって、いざなぎ流呪術なんてものが伝わっているそうだ。今では、わりと有名かもしれないけれど。
この、ちょっと特殊な呪術に作者が食指を蠢かせないわけがない……と言いたいところだが、そこはダイレクトに書かないのが高田崇史。
探偵役のタタルは、まさしくその物部村に「行ってきたところだ」と言いながら、ヒロインたちに合流するという趣向。
殺人事件の発生する村は、物部村からやや離れた山中と設定されており、
「平家の落人である物部村」との関わり合い、そこで扱われる御霊の背景をうまくつなげていき、
ついでながら龍馬暗殺に関しても、日本のふる~い御霊思想につなげていくというのは、手腕だろうなあ。

彼等が、奇しくも閉じこめられる事になってしまった過疎の村(なんとこれが嵐の山荘テーマになっていて、本格ファンなら「ふふふ」と笑みを浮かべそうな、そういうシチュエーション!)、そこに伝わる独特の祭祀を、解き明かすのがけっこういけてるのだ。
勿論、それは、作者の仮想したものであるだろうけれども、うまいこといざなぎ流と関わっているようで関わっておらず、かつ、作者得意の御霊信仰につなげつつ、しかも現実の人間の心理に絡めていくというのが、一筋縄ではいかない筋立てになっているので、どんどん面白く読めるというわけ。

坂本龍馬は人気の高い志士とはいえ、幕末ファンでも一応皆さん特定のごひいきがあることと思われ、中には(私のように)、「龍馬は嫌いじゃないけど、どうでもいいやー?」という人もいるであろうが、それでも、本作は面白く読めるし、幕末という激動の時代を、いささか変わった切り口から眺める事ができるという、秀逸さも持っているのだ。


QED〈龍馬暗殺〉 (講談社文庫 た 88-12)/高田 崇史
2007年3月15日初版(文庫版)
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2008-07-30 20:15:57

『QED 竹取伝説』〈QED6〉

テーマ:ミステリ
竹というと、日本人にはとても馴染みの深い植物で、昭和の初期くらいまで、生活雑器に使われる竹製品の比率は非常に高いものだったという。
日本最古のファンタジイである『竹取物語』も、ヒロインを発見したのは「竹取の翁」であって、つまり竹を育ててそれを生活のもとでにしている人、という事だったのだろう。

もっとも、いわゆる「竹」は日本にはもともと自生しておらず(自生していたのは、笹あるいは篠竹という、あの細くて小さいやつ)、非常に早い時代に、東南アジアか中国南部あたりから持ち込まれたのであるらしい。
最初は貴族が観賞用にしていたのだともいうが、日本にどんな民族がどんな風に渡来し続けたかを考えると、必ずしもそればかりとは言えないかもね。

いずれにせよ、竹は繁茂しやすい植物だし(このせいで竹林の手入れって凄く大変らしいよ)、あれはなんつっても、「木」ではなく「草」の一種で、毎年ぼこぼこと生えるものだから、とってもとっても、なくなるという事は多分ない。
もちろん、自然の植物だから、竹を使って作ったものは、ぽい捨てしても環境に有害になるなんてあり得ない。
そして、軽くて中空で、おまけにところどころに節があるという特性から、いろいろなものに加工しやすく、日本全国に広がったのも、当然といえば当然だろう。

時代劇を見れば、必ず、竹のひしゃくや竹の水筒が出てくるし、おにぎりは竹の皮に包まれてるのを目にするね。
金属だの樹枝のものが出るまでは、樋だって竹だったというし、物干し竿も竹。
顔、ざる、などなど、竹で作られていたものをあげれば枚挙にいとまがないが……。

その一方、竹はふつー山とか、田畑の邪魔にならない辺地などに生やされるのが普通であって、竹器を作る人も、自然、農民ではない人々……山野に住む、被差別民になっていったようだ。
実際、太平洋戦争くらいまでは、山から、竹製品を戸別に売りに来る人が田舎にはいて、明らかに普通の村民とは差別されていたという話を、私は、母や祖母が実際に見聞きした話として聞いている。

で、あるのだが……。
『竹取物語』の竹取の翁を、そこに結びつけて考える事は、した事がなかった。

歴史ミステリというよりは、むしろ、民俗ミステリとも言うべき本シリーズ、この巻では『竹取物語』、かぐや姫の話がモチーフになっている。
シリーズの通例として、そういった民俗的背景と、現実に発生する事件が重なって動いていくのだけれど、う~ん。
今回は、殺人事件そのものが、それなりに猟奇な要素を含むにもかかわらず、不思議な事故として描かれていくために、いまひとつ強く訴えかけてくるところがなく、かぐや姫の正体暴きに興味が引き寄せられてしまう。
勿論、そのあたりは好みもあるとは思うけれど。

さて、高田崇史は歴史/民俗的なテーマが好きで、従って歴史上の人物や実際の土地をよく物語の中に出してくるわけだが、何かの都合で実名を出さない場合……ていうか、架空の名前を使う時は、かなり奇をてらっている、いやむしろダジャレをするクセがあるらしい。
例を挙げると、ヒロインの奈々が、7月7日の七夕生まれで、「棚旛奈々」なんてのは最たるものだろうが、今回の舞台となる八王子の奥多摩より、尼川と、そこにかかる「鵲橋」というのも、いささか出来すぎてるだろう。
あからさまにモデルだろうな、という地名はなくもないが……(笑)。
まあ、そういうあからさまさも、「実在の人物や地名ではありません」と語っているかのようで、良いのかもしれない。


QED 竹取伝説 (講談社文庫)/高田 崇史
2006年3月15日初版(文庫版)
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2008-07-29 19:33:14

『仮宅』〈吉原裏同心9〉

テーマ:歴史・時代小説
大炎上した吉原が、外での仮宅営業に入る……。
万事格式張った吉原という場を離れれば、ざっくばらんな商売をするとあって、仮宅営業は大流行り……というのは他の佐伯作品でも何度か触れられているのだが、
こちらはさすがに、吉原そのものを舞台に展開するシリーズとあって、
そうなった時の、吉原を支える人々がどうなるかを描いているのは面白い。

もちろん、小説のことだから、作者が手に入る限られた資料をもとに、充分な想像をはたらかせているものと思うけれども、大門外の茶屋などは、再建の目処をたてようもなかったり、女郎衆と異なり、男衆などの裏方は、仮宅営業中はリストラされてしまったり。
なるほどそういうこともあろうかと膝を打ちつつ、そんなところもリアルに描いていく作者の筆が、ちょっと気持ちいい。

一方、取り囲む塀のない仮宅では、吉原にいる時ほど、女郎衆の出入りも厳しく制限しようがなく、気持ちがゆるむというところをついて、足抜とも拐かしともとれる謎の失踪事件が相次ぐ、というところから話が始まる。

勿論、その裏には、悪辣な事を企む一派が控えているのだが、今回は仮宅営業という事も手伝ってか、悪事の親玉は単発的。
そして、今後もちょこっと顔を出してきそな、ひょうげた人物が登場する。
これがなかなかユニークな人物なので、今から再登場が楽しみ。


仮宅―吉原裏同心9 (光文社文庫 さ 18-21 光文社時代小説文庫)/佐伯 泰英
2008年3月20日初版
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2008-07-28 20:30:18

『サファイアの薔薇 (下) 』 または 『神々の約束』〈エレニア記6〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
〈エレニア記〉は本巻をもって、堂々と完結する。
ストーリー上は順調にボスが一人ずつ倒れていって、大団円となるわけだが、ラスボスである邪神アザシュより、むしろその手前の人間たちの方がドラマティックなのは、基本的にファンタジイで、かつ英雄譚であっても、本作が人間たちの物語であるから、なのだろう。

もっとも、それを言うならば、エディングス作品では、登場する神々もまた、きわめて人間的だ。
今回、主人公らが騎士団に所属していて、彼等が本来信仰する(べき)神が、なんとなーくキリスト教的なものに設定されているようなのは、興味深いことだが、そのためか、「エレネの神」は、アフラエルの言葉で描写される事はあっても、最後まで、キャラクターとして登場する事がない。
これは、スティリクム以外の神々まで登場する、続編〈タムール記〉まで見ても変わる事がないのだ。

ある意味でこれは面白いが、ほとんど全てのキャラクターが、魅力ある存在として登場するエディングス作品としては、少し残念さを感じる部分でもあり(いや、かといってエレネの神が登場しちゃったら、その設定は大きく崩れてしまうかもしれないのだが)、
強いて言うと、微妙な欠点として残ってしまうように思える。

とはいえ、〈エレニア記〉そのものは、最後の対決部分で、段階的に、人間の仇敵をひとりひとり、違った風に滅ぼして行く事で、物語として大いに盛り上がり、成功していると思う。
スパーホークのライヴァルであったマーテルの最後と、マーテルの部下にして、ある重要な人物を倒す事になったアダスの末期は、本当に見物だし、敵としては小物であっても、唯一の女性であるアリッサ王女の最後も、なかなか趣がある。

さて、ラストでスパーホークはアフラエルの導きにより、手にした大いなる力を放棄する事をある意味強いられるのだが、この部分は、〈タムール記〉のラストと二重になっていると見るべきだろう。
すなわち、「神々は人間を超えうるかもしれないものであり、かつ、人間は人間以上の力を持ち得ない」という、一見矛盾した特質を、〈タムール記〉まで通して、描きたかったのだろうと想像する。


神々の約束―エレニア記〈6〉 (ハヤカワ文庫FT)/デイヴィッド エディングス
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2008-07-27 19:51:21

『サファイアの薔薇 (上) 』 または 『聖都への旅路』〈エレニア記5〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
うーん、こうしてみると、やはりハヤカワ版はタイトルがいまいち。
ぴたっとこない気がするのだが、まあ今はこちらの版しか手に入らないので仕方がない(笑)。
古本屋などでスニーカー版が手に入るようならそちらをお奨めする。口絵もあるしね。

さて、原書ではスニーカー版通りのタイトル『サファイアの薔薇』で、こちらはその前半にあたる。
『聖都への道』となってはいるが、うーんうーん……。
実際には聖都カレロスを舞台として、前々から問題のひとつにあげられていた、総大司教選挙がとうとうメインテーマになってくるのだ。

日本ではあまりメジャーなテーマではないけど、アメリカの小説などでは、別段政治ものや経済ものでなくても、しばしば「選挙運動」が面白いテーマのひとつとしてとりあげられる。
これは、政治のスタイルや、社会科教育のありかたによる差なのかもしれないけれど、総大司教選におけるやりとり、はっきりと陣営がふたつに分かれている事もあり、わかりやすく面白い。
架空の世界の事だけれども、いちいち引き合いに出される「教会法」が、なかなかもっともらしかったり、
みょ~に煩雑で普段なら「うぜえっ」と言いたくなりそうなものを、うまく利用しちゃったり。

また、この選挙戦が行われているカレロスは、スパーホークの敵(といってもゲームでいえば中ボスクラス)の、マーテル率いる軍勢に包囲されてるなんていう、世俗的な危機にも直面していてこれをなんとかあしらいながら、かつ、公式のラスボスであるアニアス司教を出し抜こうという、そういう駆け引きになってるわけ。

いいねー、やっぱりエディングスはそういうとこを軽妙に描いていくのがとてもうまい。

さらに、このあたりからいよいよ、女性陣が強さを見せはじめる。
なにしろ、エラナが登場するからだ。
白に近い金髪で色白の美少女エラナ。
これが、幼少時にスパーホークから得た薫陶のよろしきを得て、実にしたたかな政治家だったりする。
いささか演出過剰だったり、
あまりに色が白いので、頬を紅くするため「つねる」なんていう少女らしいところもあわせもっているんだけど、彼女の魅力の前には、イオシアのおれきれき(そして後にはタムールのおれきれき)ならずとも、ぞっこん、参ってしまうだろう。
年齢としてはだいたい同じ頃であるらしい見習い騎士ベリットが、一目惚れしてしまうのもむべなるかな。
……エラナが、また、スパーホークひとすじで、ベリットには見向きもしないんだけど。

父親と娘ほど、とまでは言わないものの、かなーり年齢のはなれたこのふたり、なかなか面白い組み合わせなのだ。


聖都への旅路―エレニア記〈5〉 (ハヤカワ文庫FT)/デイヴィッド エディングス
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2008-07-26 15:17:07

『ルビーの騎士』 または 『永遠の怪物』〈エレニア記4〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
原書/スニーカー版の第2巻後半、ハヤカワ版では第4巻にあたるこの部分では、 いよいよスパーホークらのべーリオン探索(うむ、騎士物語らしい響きだ!)が、成就へ向かって動くわけだが、
エレニア王家の家臣という世俗的な立場と、
聖騎士という宗教的な立場と、
いわば二重の身分を持つ主人公ならではの、凝った困難が次々に降りかかってくる。
まあ、もともと、エラナ女王の毒殺未遂と、
総大司教の選挙、
いずれも政治的な事柄だけれど、これがまた、前者は世俗的、後者は宗教的(宗教界的)な事件であるわけで、
そこを、敵の親玉であるアニアス司教が、聖俗あわせて結びあわせているわけで、
ここらあたりが、キャラクター群の軽妙なやりとりでライトに見せながら、
背景としてはかなり複雑なゲームを展開できるという事で、物語を面白くしているのだ。

しかし、こういった「政治的なかけひき」は、万人が好むというわけではない(笑)。
キャラクター群のやりとりだけでそれが薄まるわけではなく、もうひとつ、邪神アザシュと、それの危険な手下である、シーカーの脅威が、もう一種類の味付けになっている。
そういや、シーカーというのは、昆虫に近い生き物、と描写されているのな。
そういえば〈ドラル国戦史〉でも、敵は昆虫人なわけだが、エディングスは昆虫が嫌いなんでしょうかね。
まあ、「血の流れていない」生物だから、非常に人間ばなれしているといえばそうなんだけれども。

一方、グエリグをはじめとするトロールや、トロールと同じ地域に棲息する人喰い鬼(オーガー)は、明らかに人間と違うものではあってもかなり人間に近い生物として描かれている。
ここらへんの対比も、ある意味面白い。


永遠の怪物(エレニア記4)/デイヴィッド エディングス
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2008-07-25 20:12:06

『ルビーの騎士』 または 『四つの騎士団』〈エレニア記3〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
騎士と旅といえば、打てば響くように「探索!」と答える人は、騎士道物語のファンだろう。
残念ながら、スパーホークらは、アーサー王宮廷の騎士とはかなり違うが(そもそも、宗教団体に属する一種の宗教者なのだが)、それでも、本巻はまさしく、そういった聖なる探索の巻となっている。

まずは、この先〈タムール記〉まで続く楽しい仲間の残り、四つある各騎士団からの代表が、仲間として溶けこんでいくし、ペロイの首長クリングも姿を見せる。
探索するものは聖杯ならぬべーリオンで、広いラモーカンド国の、いったいどこにそれがあるのか、差し迫るエラナの死と、エレネの総大司教の座をめぐる争いというタイムリミットに脅かされつつ、
かつ、邪神アザシュの手下である魔物に命を狙われつつ、
時には古戦場で死霊魔術を使い、500年前に倒れた戦士を呼び起こしつつ……!

呪宝の探索というものがテーマになっているからかもしれないが、ある意味、〈ベルガリアード〉よりずっと正統的なファンタジイに近い雰囲気が濃厚で、そのくせ、キャラクター群の軽妙なやりとりはエディングス節として健在なのだから、うん、〈エレニア記〉は面白いね、と感じざるを得ない。

しかし、騎士たちをよそに最も活躍するのは、ある意味、泥棒少年であるタレンで、後にセフレーニアが信奉する幼い女神アフラエルの特徴が明らかになってくるにつれ、なぜ、タレンがこれほど大活躍する物語であるのか、非常に納得できるようになる。


四つの騎士団―エレニア記〈3〉 (ハヤカワ文庫FT)/デイヴィッド エディングス
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2008-07-24 19:44:21

『ダイアモンドの玉座 (下) 』 または 『水晶の秘術』〈エレニア記2〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
ここでいよいよ、 エディングス作品の特徴ともいえる、主人公と周辺キャラ取りそろえての旅が始まる事になるが、〈ベルガリアード〉が各国を代表する戦士であったとするなら、今回は、エレネ人の持つ各国それぞれに設置されている騎士団の代表選手+α、という事になっている。

さて、この作品世界では、あらかじめ、多数の神々が世界に存在し、それぞれの神は、それぞれの信徒集団(通常、一民族)を抱えて独自の宗教となす、という前提になっている。
従って、読者にとっても、この世界は多くの神が存在する世界というのがデフォルトなわけだ。
ゆえに、(特に日本人読者にとっては)、どの宗教が「真」だという事は、ないはず。

実際、主人公たちが所属する騎士団は、必要に迫られて魔術を学ぶため、エレネ人ではない、スティリクム人の魔術師から魔術を学んでおり、それゆえ嫌われ者であるスティリクム人に同情的であるし、エレネの神以外の神が存在するという事実も許容している節がある。

ところが、改めて〈エレニア記〉を読めば、聖騎士以外のエレネ人宗教家は、エレネの神への信仰が「真の信仰」であると信じており、他の民族の信じる神の存在を認める事ができず、また、他民族をエレネの神への信仰に導く事が義務であると思ってるのだ。

エディングスが、あえてキリスト教諷刺のためにこの物語を書いたとは思わない。
しかし、ここに、キリスト教の歴史への揶揄がある事は間違いないだろう。

実際、教会が排斥したさまざまな「非キリスト教的」な技術や知識は、十字軍と、その頃に盛んになった騎士団(修道騎士、つまりこの物語で言うところの聖騎士)によって、東方世界からもたらされたり、「逆輸入」されたりしているからだ。
たいていその事実は、キリスト教史観から語られるが、いわばこの物語は、それを「外から」見たようなイメージになっていて、そこらへんが、英米の読者にはかなりうけたのではないかと想像する。
実際、最初は、騎士たちとそうではない宗教家との「意見の違い」から始まる一種の軋轢は、フルートや、今後登場する女神アフラエルによる揶揄として、どんどんエスカレートしていく事になる。


水晶の秘術―エレニア記〈2〉 (ハヤカワ文庫FT)/デイヴィッド エディングス
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2008-07-23 20:23:29

『ダイアモンドの玉座 (上) 』 または 『眠れる女王』〈エレニア記1〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
十二振りの剣の上に横たえられて運ばれ、そのままダイヤモンドに玉座ごと封じられる美しき女王……!
瀕死の彼女を護る十二名の騎士と一名の女魔術師は、仲間がひとり倒れるごとに、増大するリスクに耐えなくてはならない。彼等の命が、女王を延命させているからだ。

うわあ。
なんという素敵にトラジスティクで、ファンタスティクなイメージなのだろう。

〈タムール記〉は、だいぶんこきおろしてしまったが、〈エレニア記〉のこのイメージはやっぱり、いいと思う。
そう考えると、何がどうあってもこの作品は〈エレニア記〉から読むのがあたりまえだし、今ではこうしてハヤカワ文庫に両方とも新装版が収録されているのは、喜ばしいことだ。

ちなみに、『ダイアモンドの玉座』(上巻)が、スニーカー文庫収録時の本巻のタイトル。ハヤカワ版が『眠れる女王』となる。
どちらが良いかは純然たる好みだが、スニーカー文庫版(嶋田洋一訳・米田仁士画)は、原書3巻のタイトルをそのまま素直な日本語にしていて、3巻を6分冊としたハヤカワ版が(他のシリーズの新装版などと同様)全くオリジナルのタイトルをつけているのとは異なる。
物語の展開を考えれば、スニーカー文庫版の邦題(すなわち、原書に則ったもの)の方が、わかりやすく、ストーリーにも沿っていて良いと思う。

まあ……スニーカー文庫版とハヤカワ文庫版の違いといえば、ある意味、表紙絵とこのタイトルくらいなのだけれども……(笑)。
しかし、スニーカー文庫版は、スニーカー文庫らしく口絵(グエリグですよ)がついてるし、中表紙がちょっとペーパーバックっぽいデザインで、ばーんと英語のタイトルが大きくレイアウトされてたりするのがなかなか良いのだ。
このスタイル好きなんだけどねえ。

さて、者がtりの本筋に話を戻せば、ここでエレニア国の状況がおおむね全て説明され、スパーホークとエラナをはじめ、ヴァニオン、セフレーニア、カルテン、ベリット、タレンなど、〈タムール記〉の最後に至るまで重要な登場人物となる面々が既に顔をそろえており、物語の中に引き込む力も万全で、実に気持ちの良いスタートと言えるだろう。


眠れる女王―エレニア記〈1〉 (ハヤカワ文庫FT)/デイヴィッド エディングス
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2008-07-22 21:31:07

『天と地の戦い』〈タムール記6〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
いよいよの大決戦、
いよいよの大団円。

決戦の方は、軍隊を展開している範囲があまりにも地図上で広範囲なせいか、これもまた、〈ベルガリアード〉~〈マロリオン〉に比べると、ひとつひとつが逆にコンパクトになってしまって、迫力に欠けるようだ。
べーリオンの好敵手たるクェレルという魔物が、異世界の強大な生物を連れてきてしまった事も、カラードがそれをやっつける簡便な方法を思いついた事もあって、逆効果になってしまっているかも。

とはいえ、大団円への持っていき方はいかにもエディングスだし、最後は昇進の数々と、結婚式(およびその示唆)の数々が待っているし、
そのさなかに、ヴァニオンが騎士身分を抛擲すること、
スパーホークが、一度手にした強大な力を手放す事という、いかにもヒーロー的な展開をした後に、
「でもやっぱり普通の平凡な人間がいいよね」
というあたり、ポルガラがごく普通の家事にいそしむ姿を彷彿とさせ、エディングスが描く「幸せな生活」というものをかいま見せているのも、いい。

しかし……。
通して読んでも、結局のところ、
「アフラエルかわいい」
しか残らないのはいかがなものか……!(笑)

まあそれはそれでいいのだけれど、結局のところ、面白さでいうと、〈ベルガリアード〉を越えてはおらず、物語の展開としては、ちょっと発想が半端になってしまっていて、あまり成功した作品とは言い難いのではないかと思う。


天と地の戦い (ハヤカワ文庫 FT エ 1-49 タムール記 6)/デイヴィッド・エディングス
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