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2008-02-29 20:58:56

『反逆者の月2 -帝国の遺産-』

テーマ:海外SF・ファンタジイ
どうせほらを吹くならば、でかい方がいい、という。
その点、本作はまぎれもなく、「どでかいほら」だ。
前巻では、主人公が、なんともいきなり、衛星サイズのどでかい宇宙艦の艦長となるべく拉致られる、というのが発端となったわけなのだが、今回、彼コリン・マッキンタイアは、もっと、とんでもないものを引き受けるはめになるのだ。

ふつうに考えたらありえねー。

ある意味都合良すぎ。

しかし、それを何のためらいもなく、堂々とやってのけているところが、いっそキモチがいい。

しかし、本巻の真の主人公は、コリンの艦(を支配するコンピュータ)ダハクだとも言える。
結婚し、双子まで生まれたコリンとジルタニスにとって、なんとダハクは大切な友であり、家族にもなった。
名作スペオペ映画『スター・ウォーズ』で、ロボットのR2-D2が主人公の友であるように、
マッキンタイア一家にとってはそれが艦載コンピュータだというわけ。
コリン、タニ、ダハクのやりとりは、微笑ましくもあり、胸を突かれるシーンもある。
その好感度は、そうだなー、『ナイトライダー』の人気車載人工知能KITTと同じくらい。
読了した時、
「ダハクが自分のとこにもいたらなあ……!」
と思う人は、相当数にのぼるだろうと思う。

さて、物語の本筋はどうなっているかというと、いよいよ人類、つか、人類の住む銀河の敵アチュルタニと、人類はまっこうからぶつかりあう事になる。
バリバリ、艦隊戦である。
エネルギー兵器は嵐の如く乱れ射ちされ、
ミサイルの弾幕が薄いなんてことはあり得ず、
どちらの艦もずたずたになり、
どちらの指揮官も次々に失われ、
文字通り、戦闘宙域は白熱し、
デッドラインに次ぐデッドライン、
嗚呼……!
双方の、名のある戦死者(そして勿論、無名戦士たち)の冥福を心より祈る。
黙祷。

ミリタリーSF、それも艦隊戦が何より好きという人は、エンタテイメントとしてこれを楽しむ事をすすめる。
但し、緻密な戦闘シミュレーション的なものを求めてはいけない。
なぜなら、これ、何よりも先に、冒険物語(ロマンス)だからだ。


反逆者の月2―帝国の遺産― (ハヤカワ文庫 SF ウ 16-18)/デイヴィッド ウェーバー
2008年1月25日初版
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2008-02-28 20:35:25

『変化』〈交代寄合伊那衆異聞1〉

テーマ:歴史・時代小説
物語は、いきなり、地獄絵図から始まる。
安政の大地震により、江戸はまたたくまに阿鼻叫喚の巷となり、翌日、翌々日も余震が繰り返され、火事などの副次的な災害もあって、山のように人が死んだ。

なにしろ、将軍家のお膝元、殿様が江戸に出府中とあれば、国元の家臣は気が気ではない。
それは、旗本座光寺家も同じ事。
(なんと、珍しくも座光寺家は、旗本であるにもかかわらず参勤交代を命じられている稀な家のひとつであり、国元は信州伊那、となっている)。
江戸表の様子を知るために、なんと信州から江戸まで、走りに走り通した数人の家臣……。

駅伝じゃないぞ。
一人一人が伊那から江戸、全コースを走り抜くのだ。
宿泊はおろか、休憩もなし。
そんな超人的なっ。

中央本線全線とか考えても、鈍行で坐っていくだけだって現代人には疲れる行程だ。

それを、自前の足で走り抜いてしまうのだ。
とはいえ、さすがに、一人抜け、二人脱落し……。
休まず江戸屋敷まで走り抜けたのは、主人公本宮藤之助だけなのであった。

そう、その藤之助が、江戸に迫るほど、地獄絵図を目の当たりにするというわけ。
しかも、それだけではなく、たどりついた江戸屋敷にはなんと殿様がいない。
それも、吉原の女郎と一緒に、妓楼のカネを盗んで駆け落ちしたというのだからたまらない。
いやいや、それだけではない。
家を継ぐのに必要な家宝の刀まで持ち出しちゃってる。

ありえねーっ。

しかしそれがあり得てしまったのは、殿様が、もっと家格のたか~い家から養子に来た人であるという、事情があるんだな。
もともと放蕩息子だったらしいこの殿様、養子に入った家が、赤貧の田舎大名……にすら至らぬ、旗本家である事に、一瞬にしてうんざり。
実家からカネをせびり、もちろん、参勤交代など、言を左右して行わず、従って国元は見た事もない。
座光寺家の家臣と言葉をかわす事すら、ほとんどない。
思い切り、不良の殿様なのだ。

本宮藤之助は、家老の命をうけ、まだまだ地獄のような様相の江戸で、座光寺家出入りの岡っ引きの家に居候し、殿様の行方を探索する事になるわけ。

佐伯作品だから、もちろん、藤之助も、剣術の達人だ。
性格も天然なのだが、他の主人公たちに比べると、かなり熱血な傾向があるだろうか。

天災に見舞われた江戸という、かなり変わった舞台で、本宮藤之助がどのような冒険に乗り出すのか。
時代も幕末と、今までのシリーズに比べて最も年代がうしろにあたるというだけでなく、いろいろな点で異色となっていくので、いい加減、佐伯作品にも食傷してきたぞ、と思う人でも、改めて面白く読めるかも。

しかし、この時点で、どことどこが異色かを語ってしまうと思い切りあちこちネタバレになってしまうので、まずは読んでのお楽しみという事で。


変化―交代寄合伊那衆異聞 (講談社文庫)/佐伯 泰英
2005年7月15日初版
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2008-02-27 20:08:50

『殺戮迷宮』〈魔界都市ガイド鬼録2〉

テーマ:冒険・アクション
思えば、長い道のりだなあ……と、思う。
今や膨大かつ広大なものとなった、魔界都市新宿というワールドの、魁となった『魔界都市(新宿)』って、どのくらい前の話になるんだろう?
我々読者の時間としても、そして魔界都市新宿内の時間としても。
十六夜京也は、学生服姿の高校生として登場した。
収録されたのは朝日ソノラマ文庫で、まさしく、対象となる読者層の年齢にずばりターゲットをあてた主人公像だっただろうと思う。
実際、私も、おおむね、主人公と同じ程度の年齢(もうちょっと若かったか?)に、友人から借りて読み、主人公に共感してはまったおぼえがある。

しかし、菊地秀行と夢枕獏が、ソノラマの枠をこえてブレイクした時、魔界都市も爆発的な広がりをみせ、かつ、当時ノベルスでは最もメジャーなカラーであった、エログロバイオレンスに染め上げられていった。
もともと、グロテスクな妖物とバイオレンスの世界だったのだから、そこで開花したのも当然だと言えよう。
それに応じて、主人公は学生ではなく、『魔界都市(新宿)』では脇役であったドクター・メフィストであり(もっとも、当時のメフィストとは別人である気もしなくもないが)、せんべい屋の主人であり……というように、一個の大人となった。
後に、刑事や用心棒なども主人公を担うようになっていくのだが、これら、大人向けの(新宿)を語ってきた主人公は、いずれも、魔界都市の危険に命をさらされている人々を、救出する側であった事に注目したい。
新宿が魔界であり、常人では対処できないような危険があり、だからこそ、それに対処する一部の超人がいる、というフォーマットがあったのだ。

しかし、魔界都市の主人公はまたしても、様相を変えた。
シリーズタイトルにあるように、外道棒八(とみちぼうはち)は、観光ガイドだからだ!

もちろん、彼が新宿の住人としてもスーパーレベルの人物であり、
物語の中で、新宿が(そして新宿だけでなく世界が)とんでもない危機に見舞われ、
それを中心に、とてつもない戦いが繰り広げられる、というスタイルは変わっていない。

それでも、梶原区長ら、区役所の面々は、区外の人間が事件に巻き込まれる事で、新宿の「観光収入」が激減する事を恐れている。
なんと、今や、魔界都市は、観光都市でもあるというわけ。
だからこそ、主人公が観光ガイドであったりするのだな。
命の危険が決して減じたわけではないのだが……。

十六夜京也は知らず、秋せつらもドクター・メフィストも、屍刑事も健在でありながら、魔界が、もはや禁忌ではなく、存在を公認された本シリーズは、いわば魔界都市ワールドの第二世代にあたるのだろう。
ある意味、一国家よりも強力な新宿は、ますます国家内国家的になっていくのかもしれないが、それにしても、公認された(排斥されない)魔界は、どのように変化していくのだろう?


殺戮迷宮 魔界都市ガイド鬼録(リポート) (光文社文庫)/菊地 秀行
2008年2月20日初版(2004年12月ジョイ・ノベルス/実業之日本社 刊)
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2008-02-26 21:52:33

『王子と二人の婚約者』〈魔法の国ザンス11〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
今回のお話しの主人公は、ドルフ王子。
かの愛らしき王女、アイビィの弟にして、姿変え師であり、ザンスの王位継承者でもある。
年齢は、9歳。

9歳といえば、生意気ざかりであり、冒険を夢見る年頃であり、親とか年上のきょうだいとか、ともかく自分に干渉するものを
「うざいよ!」
と強く感じる年頃でもある。
第一次反抗期でも第二次反抗期でもないが、この年齢のあたりも、ある意味反抗期。
う~ん懐かしい。

ゆえに、そんなドルフの目を通して見るアイビィは、今までとは全く違った風に読者にも映る事となる。
傲慢!
居丈高!
イバリンボ!

(もっとも、どんなに「できた」お嬢さんでも、年の近い実の弟には……という事は、現実にもよくある事かも?)

ともあれ、平凡で干渉されまくりの毎日にうんざりしたドルフは、いい加減自分だって冒険の旅に出てもいいよな、と思うようになり、そのためのかっこうの目標が、失踪した魔法使いハンフリーの捜索というものだった。

さて、ザンスの王位を継ぐには、当代で最も強い魔法の力を持っていなくてはならない。
そういう魔法の力は、いろいろと融通もきくものが多いらしく、このシリーズに登場した王を見ても、トレント、ドオア、そして今回のドルフと、実に便利にその力をふるう事ができている。
ある意味、都合が良すぎるのだが、そこにうまく枷をはめていくというのが、本シリーズにおけるピアズ・アンソニイの手法であるようだ。

その枷とは、骸骨男のマロウだ。
ドルフの母イレーヌが、強硬に、息子の旅には大人の付き添いがなければならない、と主張した結果、イレーヌとドルフ、双方が納得できる人物として、マロウが選ばれたんだね。
前巻から登場したこの骸骨男だが、確かに、たっぷりと「大人の分別」を持っていて、常に冷静であり、精神も体も機転が利く。
……そう、体も!

誰かに腰骨のあたりを一蹴りしてさえもらえるなら、マロウはどんなものにも変わる事ができるのだ。
棒やロープはもちろんのこと、一夜を過ごせるテント小屋とか、水面を渡れるボートのようなものにまで。
これまたすごく都合のいい設定だが、他人の手(いや、足?)を借りなければならないというところや、マロウ自身の、ザンスともマンダニアとも違う価値観が、彼自身の「枷」として働いている。

このコンビに、中盤からはナーガ族の王女ナーダと、骸骨女のグレーシルが加わって、一風変わったカルテットを作る。
何しろ、誰かの目標を達成するにあたり、なんとなく集合した旅の仲間が、いろいろな役割をうまく果たしていくというのはザンスの常道なのだが、今回の場合、一行の半分が、仲間に話せない秘密を抱えているのだ。
その秘密のひとつに関して、ドルフは、知力と精神力と肝っ玉を駆使して大活躍するはめになる。
それは、彼本来の目的とは全く関係がないのだけど、ドルフが王となったあかつきには、重要な力の源になるかもしれないエピソードだ。

そういえば、物語の中ほどでも、ドルフはザンスの重要な存在のひとつに出逢い、ある誓いを求められる。
これまた、ドルフがいずれ王となった時に、大きく意味を持ってきそうなものなのだ。

実は、本巻では結局、ハンフリー捜索の手がかりしかつかむ事ができず、ドルフの探索は成功とは言い難い。
しかし、物語(または単にザンスの未来)に向けて、大きく意味を持つエピソードになっているのは間違いない。


王子と二人の婚約者―魔法の国ザンス〈11〉 (ハヤカワ文庫FT)/ピアズ アンソニイ
1996年11月30日初版
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2008-02-25 20:49:24

『悪魔の挑発』〈魔法の国ザンス10〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
ザンスの物語といえば、これまで、欠くべからざるものが、探索の旅に出る前に、情報の魔法使いであるハンフリーの城を訪れ(三つの難問に打ち克って)、探索のヒントを得る、というものだった。
今回も、まさしくそういう始まり方をするのだが……。
どっこい、本巻の主人公エスクと、仲間となるチェクスやヴォルニーがそこへたどりついてみたら、城はもぬけの空だった!

8巻、9巻でややマンネリになってしまっていたザンスだが、ここである意味、それを打破した事になる。
成人する瀬戸際にある主人公が、仲間を得て冒険をするというパターンはそのままでも、今回はなんらヒントを得る事なく、独力で難問を解決するという事になったからだ。

しかも、本巻では、今後のザンスにとって重要な役割を果たすキャラが最初から登場する。
それが、女悪魔のメトリアだ。
同じ悪魔でも、情報の悪魔であるボールガードとはだいぶ違う。

彼女は我が儘勝手で、自由奔放、気まぐれ、コケティッシュ、
しかもどこか間が抜けている。
彼女のレゾン・デートルは、人間の、なるべくならば男を、からかって困らす事だ。
……なんつか、理想的な女悪魔って感じのキャラだ(笑)。

作者本人も気に入ったのか、たとえばゴーレムのグランディのように、彼女は今後、ザンスの常連キャラとなってことあるごとに登場する事になる。
もちろん、本巻でも重要な役割を果たしているのは言うまでもない。
そもそも、エスクが旅に出る事になった大きなきっかけは、メトリアがエスクの大切な隠れ家を、わざと占領したからなんだし。

ところで、エスクは、人喰い鬼の血を1/4引いている。
すなわち、バリバリの息子であるメリメリの、そのまた息子なのだ。
そして、父のメリメリがそうであったように、わりと些細な理由からハンフリーの城を訪ねる事になった彼は、結局、他人の旅を手助けする事になり、それによって大いなる探索を成就する。

しかし、父の足跡を辿るようでいて(実際、エスクは、催眠ヒョウタンの中で例の五つの領域を歩き回ったりもする)、悪魔族と穴掘り族(及びその援軍)との戦争に巻き込まれるなど、よりユニークで華々しい旅をするので、全く、焼き直しという感じはしない。
おまけに、その戦争では、エスクは一方のリーダーとなるんだから、これはほとんど、これまでのザンスで王家の者が主人公になった時とかわらない働きをしている事にもなる。
すごいぞエスク。
人喰い鬼の家系にあっては、最も人間に近い、いわば「とるにたらない」者なのに。

そして、この「とるにたらなさ」感こそが、実はエスクの探索の旅の隠れた動機になっていた。
自分などいなくても、ザンスはなんらかわりないのではないかという不安感。
これは、秀逸だ。
なぜなら、十代の若者なら、その点に、とても共感しやすいんじゃないかと思うから。

すなわち、ザンスのシリーズにあって、エスクは、その平凡さがユニークな点となった、ってわけ。


悪魔の挑発 (ハヤカワ文庫FT―魔法の国ザンス)/ピアズ アンソニイ
1995年12月15日初版
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2008-02-24 21:33:01

『ゴーレムの挑戦』〈魔法の国ザンス9〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
人間(そしてザンスに暮らす人間に類似した知性体)は、社会生活を営む動物なので、そのため、必然的に、
「他人から認められたい」
という欲求を持っている。
つまり、社会の一員として認められなければ、ザンスにおけるアイデンティティがない……という事だからね。
これがなければ、生きていても仕方がないとさえ、思えてしまうかもしれない。

ゴーレムのグランディとて、同じことだ。
彼の場合は、もともと生命のない存在であったということと、非常に小さいという事が、そのコンプレックスに追い打ちをかけていた、というわけ。
もちろん、あの鋭い舌鋒も、そのコンプレックスの裏返しだったんだね。
ルーグナ城の庭などにいる、とるにたらない小さな生き物にすら、グランディはバカにされてしまう(少なくとも、バカにされたように感じる)。


もちろん、まわりの知人友人に尋ねれば、グランディのコンプレックスなど全く意味がない、と言われたに違いない。
しかし、コンプレックスっていうのは、いわば「自信のなさ」だから、いくら友人でも(または、友人だからこそ)、人に言われただけでは解消できるはずがなく、グランディも、他人に認められるため=自分に自信を持つために、なにかひとかどの事をしなければ、と思い立つ。

実は、ザンスの物語では、このような「俺はひとかどの者になるぞ!」的自分探しの旅が非常に多い。
しかし、たいていは子供や、成人間近の少年少女が主人公の場合なので、そういう欲求はごく自然な、あたりまえのものとして感じられる。

今回は主人公がグランディだからこそ、とくに、そのテーマが重要なものになるわけだ。

そこで、グランディが思いついたのは、前巻のラストで事故によりどこかへふっとばされてしまった、谷ドラゴンのスタンリーを探し出すということ。
アイビィの愛竜であるスタンリーは、3年たってもいまだに見つからないまま。
アイビィの寂しがる事といったら!

そこで、例の魔法使いハンフリー(若返り中)の助言を得たグランディは、なんと、アイビィのベッドの下の怪物に乗って出かける事になったのだ。

ザンスには、非常に多くの神話や伝説上の生き物が登場する。
本巻にも、ドイツ民話のラプンツェルが重要なゲストとして出てくる、という具合に。
しかし、ベッドの下の怪物というのは面白い!
そんな妖精や小人は、おそらく、どんな事典にも載っていないだろう。
なぜかって、それは、
「子供しか信じていないものだから」
これだ!

たとえば、日本の子供がなんとなーく、トイレを薄気味悪く思っていて、日本全国どこの小学校にもトイレにまつわる怪談があるように、
ベッドを使う欧米人の子供は、なんとなーく、ベッドの下が怖いらしいのだ。
実際、都市伝説でも、ベッドの下になにものかが潜んでいて、ペットの愛犬やなにかだと思っていたら実は……!
という話が何バージョンもあるようだ(ベッドに寝ていた人の手をなめた「ペット」が、実は家に忍び込んでいた強盗殺人者だったとか、そういうもの)。
トイレにいる「なにか」同様、ふつう、大人は、ベッドの下に何か怖いものがいるなどとは想像しない。
なので、それはあくまでも、子供だけのものであり、種族としての名前すらついておらず、「ベッドの下の怪物」と呼ばれる。
そんなものを登場させるなんて、ピアズ・アンソニイのセンスは素晴らしいと思わないか?

ベッドの下の怪物は、光にあたると死んで(?)しまうし、ベッド(の下)なくしては生きられないので、グランディはベッドも持って行かなくてはならない(笑)。
これを運ぶため、最初のとこだけ、ビンクとチェスターという、初期のキャラクターが再登場するのがほほえましい。
しかも、ビンクの援助は、一行と別れてからも、何くれとなく働くのだが、そのビンクの魔法の力、もちろん、グランディは知らないので、ところどころで首をひねる様子が、読者には楽しい(くすくす)。

ともあれ、ベッドを持っていかないと、というのは、なかなか面白いハンディでもある。

後半は、ジョーダンとレーナ夫妻がパーティに加わったり、例によって、巻の前後に登場するキャラがうまいこと絡み合ってくれる。
そしてラストでは、グランディに命を与えたあの魔王がまたまた出てきて、なんとその目の前で、グランディは仇敵と決闘する事になっちゃう。

そうは言ってもザンスのこと。
剣をもって丁々発止、というのではなく、頭を使った決闘だ。

ザンスが半分以上ダジャレで出来ているというのは、ファンの共通認識であると思うが、
ザンスという国、もうひとつの特徴として、非常に「パズル的」でもある。
そもそも、主人公たちが毎回最初に訪ねるハンフリーの城に入るところで、皆、頭を使わなくちゃならないんだけど、その後もなにかと、パズル的な問題を解かなくてはならないシーンが多い。
本巻では、それがいつもよりグレードアップしているのだ。
がんばれグランディ!
体がいくら小さかろうとも、頭を使う事ならば、そんなのは関係ない。


ゴーレムの挑戦 (ハヤカワ文庫FT―摩法の国ザンス)/ピアズ アンソニイ
1994年4月30日初版
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2008-02-23 21:09:17

『もやしもん (6) 』

テーマ:その他
今回のもやしもん、限定版のおまけはオリゼーのぬいぐるみ。
見たとこ、タオル地っぽい感じで、いかにももふもふで、大きさは「だっこサイズ」で、実にいい感じだったが、残念ながら、うちにはオリゼーのための場所がないのだ。
なので、手に入れたのは通常版である。

さて、前回に引き続き、フランスはワインの旅。
フランスに限らず、ヨーロッパにはあちこち、ワインの名産地があり、産地によってランク付けとか名付けの方式とかさまざまだし、そこを極めようと思えばほんとに大変そうなのだが……。

日本人的には、
「気に入ったものを好きなように飲めばいいじゃん」
などと思いつつ、
しかし、ヨーロッパでは、ワインの知識は教養の一部とも言えそう。
本巻でも、あちこちで手をかえ品をかえ、ワインの説明をしようとしているが、いくら醗酵漫画といっても、ワインの専門書なわけでなし、やはり漫画の中で何もかも説明しようとするのは無理がある。
「説明会」のところで、ラスト、ヒオチがあっさり言った通り、適切なものを適切な時に飲みたいなら、その都度、専門家(たとえば訪れたレストランのソムリエ)にお願いしちゃえばすむ事だ。

で、なおかつ、好きなワインを好きなように飲みたければそうすればいいんだし。

そういや、世界一メジャーなスパイ映画、007シリーズの、たぶん『ロシアより愛をこめて』だと思うが、ロシア人のスパイが、たとえどんな料理だろうと「ワインは赤」と突っ張るシーンがあるそうだ。
もちろん、共産圏(アカ)の人間だから、というギャグなのだが、たとえ魚料理であろうと、赤ワインが飲みたければ、飲んでもいい。
伝統ある、と思われているワインの世界であっても、これから変わっていく事はあり得る。
「結婚の危機」にあった長谷川、そして本巻で初登場の「白ゴスロリ」マリーの、幸福追求に対する回答の出し方を楽しみつつ、
「伝統だけが全てではない」
というのが、なんとなくいいなあ……と、本巻は結論しているようだ。

まあ、別に、一話完結式の物語ではなし、あえて結論を求める事はないわけだが。

とはいえ。
熟成させなくてもうまいものもあれば、
うんと熟成させることでうまくなるものもある。
世界はほんと、深くて広いよねえ。
本作の菌類は、たいてい、そんなスタンスであるようにも思える。


もやしもん 6―TALES OF AGRICULTURE (6) (イブニングKC)/石川 雅之
2008年2月22日初版
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2008-02-22 20:50:11

『幽霊の勇士』〈魔法の国ザンス8〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
ルーグナ城の魔法のタピストリー再び!
しかし、さすがにかつてのドオア同様、その「中」に入っていくのではない。
400年前の「歴史」を眺めながら、退屈王女アイビィが、幽霊のジョーダンに彼が生身の人間だった頃の話を聞かせてもらうという趣向。

したがって、珍しくも、物語のほとんどが、一人称によって語られる。

幽霊のジョーダンは、前々巻のラストにちょい役で登場しているのだが、1巻おいて、今回は主人公。
ザンスでは、しばしば、こういう事が起こる。

さて、生身のジョーダンは、ザンスの衰退期というか、混乱期というか、そういう時代に活躍したらしい。
ルーグナ城は荒れ果て、純粋な人間がザンス全体から減りつつある。
そんな中、恋よりも冒険の方がしたい年頃だったジョーダンは、結婚という「罠」から逃げだし、ルーグナ城めざして旅だったというわけだ。

その途中、鎖を巻きつけている幽霊馬のプーカと友情をはぐくんだり、
行き着いた先のルーグナ城では、恋とは別様の「罠」に陥り、王位継承者である魔法使いの争いに巻き込まれる事になってしまう。
しかも、そのために関わり合う事となった王の娘(シリーズの読者であれば周知の如く、ザンスの王位は、魔法使い級の力を持つ男でなくては継ぐ事が出来ない。世襲ではないのだ)に、いろいろとヒドイ目に遭わされてしまう。
なんといっても、彼女の母親は、悪霊族であり、性格もある程度、悪霊的なものを受け継いでいるらしい。

しかし、ジョーダンの旅する道筋が、メリメリの旅(人喰い鬼の探索)と、おおむね逆のルートを辿っているため、どうもいまひとつ目新しい気分になれないのは、難点。
王位継承者である魔法使いの秘密も、容易に察する事ができ、ストーリー的には、シリーズの中で、凡庸なものになるのではないかと思う。
巻数も9巻を数えたところなので、作者も読者も、だれてきている頃なのかも?
主人公ジョーダンの持つ魔法の力が、ちと「できすぎ」なのも、興をそぐ一因かもしれない。

ところで、日本人読者として気になるのは、やはり、プーカの鎖だろう。
キャラクターとしてのプーカは、誇り高く、かつ、凄くいいやつなのだが、なんで鎖を巻いているのか?
念のために、キャサリン・ブリッグズの『妖精事典』で、プーカの項目を参照してみたのだが、
確かに、馬の姿をとる事が多いとは書かれているものの、これは、イギリスのパックや、あるいはホブゴブリンとよく似た性格の妖精である、と述べられている。
シェイクスピアの『真夏の夜の夢』に出てくるあのパックだね。
馬というのは許容範囲としても、幽霊と妖精ではだいぶ違う。

で、鎖というのは、イギリスの幽霊に特有のものであるらしい。
これもメジャーな文学作品を持ち出すとするなら、ディケンズの『クリスマス・キャロル』には、鎖を巻きつけたりひきずったりした幽霊が登場する。
日本風に言うと、成仏できなかった死者の魂が幽霊になるという事で、成仏できないのは現世で罪をおかしたせいで、その罪のしるしが鎖(そしてそこにつながってるでかい錠前)、てことのようだ。

500歩ほど譲って、プーカが妖精ではなく幽霊であったとしても、
馬がなんで罪を犯した事になるのか……。
しかも、幽霊と書かれていても、このプーカには、ジョーダンがまたがる事ができるくらいの実体があったりもする。

……うーん。
ザンスのプーカは、こうしてみると、かなり謎めいている。
まあ、ザンスのプーカってうのは、なぜか鎖を巻きつけた、馬と似て非なる種族、と考えるしかないのかも。
「ザンスだから!」
という言葉をあまり都合良く使うのも、いかがなものかとは思うのだが……(笑)。


幽霊の勇士 (ハヤカワ文庫FT―魔法の国ザンス)/ピアズ アンソニイ
1992年10月31日初版
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2008-02-21 20:31:17

『イスタンブールの群狼』

テーマ:ミステリ
トルコという国の名を聞いた時、何を思い浮かべるだろう。
珈琲?
トルコ行進曲?
イスタンブール……?

こんな風な国ですよね、と明確に短文なりと書ける日本人は、たぶん、少ない。
それは、とてもとてーも、残念な事だ。
なぜかというと、トルコは、世界で一番の親日国だからだ。
そして、トルコの民の民族性は、たぶん、日本人の「サムライ気質(を好むという民族性)」と、互いに共感を覚えるところが多い。
ついでながら、トルコ語は日本語と同じ膠着原語なので、根本的な文法が同じだ。
極論すると、トルコ語の単語をある程度覚えれば、日本語と同じ順番で並べるだけで、なんとか話が通じる。
難点といえば、シャ、キャ、チャ、ギャ……といった各行の音が頻出するため、発音する時舌を噛みそうだというところくらいか。

さて。
トルコの良さとか素晴らしさについては、いくら話しても足りないのだが(私とて残念ながら知土家ではないが、少なくとも親土家ではある)、
小難しく感じるかもしれない話をいろいろとしたり聞いたりするより、
「そんじゃあまあ、トルコってどんなとこよ?」
と思った時は、面白い小説を読むのが一番だ。
そこでお奨めするのが本書だ。

これは、オスマン・トルコ帝国が、今まさに近代化しようかという瀬戸際あたり、
ヨーロッパではちょうど、ナポレオンがぶいぶい言わせていた時代、
その頃のイスタンブールを舞台とするミステリなのだ。
書いたのは残念ながらトルコの人ではなく、イギリスの人なのだが、著者紹介によると、ケンブリッジ大学でビザンツ帝国の歴史を学んだ人だということで、同地を旅行した時の旅行記も高い評価を受けているという。
実際、黄昏にある帝国の首都が、目の当たりにするように、等身大のキャラの視点で行間から目に飛び込んでくる。
そういや、イギリスは、数々の歴史ミステリの名作を世に送り出している国柄だっけ。

探偵役が、非常に、異色だ。
教養のあるフリーの宦官で、その立場柄、宮廷だけでなく、後宮「にも」出入りできるし、街で暮らしているから、一種の娼婦でもある踊り子のような層の人々とも交わる。
この時代には、亡国となってしまっているポーランドの大使とは、親しい友人だ。

念のために補足しておくと、イスラム文化圏における宦官は、中華文化圏における宦官とは全く違う立場にある。
彼らは確かに、(完全な)男でもなく、かといって女でもないのだが、だからといって蔑視される事はないし、多くは教養人であり、後宮のみならず、宮廷やその他の場所で重要な仕事にたずさわる。
もっとも、そもそも奴隷の立場というのが、イスラム文化圏と中華文化圏では全く異なる。
奴隷という身分であっても、一刻の帝王にすらなれてしまうのがイスラム文化圏。
一方、奴婢であったり、奴婢や宦官と家系的につながりがあるだけで、チャンスがあればすかさずバッシングされてしまうのが中華文化圏(身分制度に厳しい儒教文化のせいかも?)。

だからこそ、主人公である探偵役、ヤシムは、市井の人々から、旦那(エフェンディ)と呼ばれるのだし、そこには一片の揶揄もない。

また、今回の敵役、イェニチェリは、本来、白人奴隷兵からなる精鋭部隊の事だ。
マムルーク朝などもそうだが、イスラム文化圏では、優秀そうな子供を買い入れ、英才教育をほどこして、エリート的側近として用いる風習があったのな。
トルコの場合は、それが、イェニチェリ。
本作でも、オスマン帝国はイェニチェリの力によって建てられた、と説明するくだりがある。
しかし、どのようなエリート集団も、年数を経れば経るほど、腐敗堕落するのは常の事。
帝国末期には、もちろん、イェニチェリも形骸となってしまい、この物語からさかのぼること13年前、大々的に粛正されてしまった、という。

ところが、粛正され、なくなったはずのイェニチェリ残党は、まだ多数イスタンブール内に潜伏しており……。
このイェニチェリが関わっているらしい連続殺人事件が、新制の近衛軍周辺で発生する。
一方、後宮でも、皇帝の寵愛を得んばかりの女官が殺されるという事件が起こり、ヤシムはその双方を解明すべく、働く事になるわけだ。

背後には、トルコの宿敵であるロシアの影がちらついていたり、
後宮の事件と、町中(または軍周辺)の連続殺人が、関係あるような、ないような、
イェニチェリの影が跳梁しているような、していないような、
ミステリというより、サスペンスに近いような展開もあり、
実際、「宦官」などという肩書きからは想像もできない、荒々しい立ち回りの結果、ヤシムは2回も死に直面する事もあり、そう考えると、この小説、ハードボイルドでもある。

ともかく、トルコやイスタンブールの事など何も知らなくても、描写がていねいだから、安心して楽しめる、と思う。
もちろん、トルコなり、イスタンブールなりにある程度の知識がある人なら、随所で「にやり」とできるところがあって、更に楽しめるだろう。

そういや、良いミステリには、なぜか必ず、よだれの垂れそうな料理が登場してくるものなのだが、
本作にも、いろいろなトルコ料理が出てくる。
なんつっても、ヤシムは料理が趣味らしいからね。
馴染みの八百屋で野菜を買い込み、トルコ風に料理をし、そこに友人のポーランド大使が、きんきんに冷えたズブロッカを2本携えて、毎週木曜には食事をしにやってくる。
ヤシムがどんな料理を作っているか、匂いから当てるというのが、毎回のゲームであるようだ。

なお、本国では作者がすでに、同じ主人公による三作目に着手しているそうな。
日本でも順次訳される事を切に望む。


イスタンブールの群狼 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 15-1)/ジェイソン・グッドウィン
2008年1月25日初版
アメリカ探偵作家クラブ賞
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2008-02-20 21:30:26

『鵺女狩り』〈狩り12〉

テーマ:歴史・時代小説
佐伯泰英の時代シリーズは、適当な間をおいて、妖術使いが登場し、かなりけれん味がかったエピソードが登場するのだが、狩りシリーズでは本巻が、まさしくそれだ。
(とはいえ、前回は2巻手前の『役者狩り』だったから、わりと間をおかずして、怪しげなものがまたまた登場、と言った方がいいかも?)

今回はどんなバケモノが相手かというと、京の都に何百年も巣くっていたという鵺女というやつだ。
タイトルにも登場しているくらいだから、配下のものを率いて、どうどうと最初から最後まで登場しまくっちゃうのだ。
最近では、各種出ている日本の妖怪事典のような本が述べているような、「ヌエ」「ヤマチチ」「ウブメ」をまぜこぜにしたみたいなものだが、土俗の妖怪は地方差もあることだし、ここは「ヌエメ」という妖怪じみたものが京の都に昔から棲んでおりまして……。
と、そういう存在を容認して読むのが面白い。

しかし、それよりもシリーズとして白眉なのは、いつもなら息子を旅に送り出すだけの父、常盤秀信が、なんと一緒印旅をするという事だ。
いろいろな政治的妨害にもかかわらず、着実に出世の階段をのぼりながら、別段積極的に、派閥に入る姿勢も見せないわりに、ポリシーのない風見鶏でもないこの人、自然と、後の開国派につながる人脈に連なりつつ、筆頭大目付にまで出世のはこびとなり、その前に、
「自分が管轄するところでもある街道を自分で歩いてみたい」
などと言いつつ、伊豆へお遍路に出ると言い出しちゃう。
謹厳実直、計数に長けた能吏というキャラで今まで描かれてきたのだが、なんかいきなり、突拍子もない事を言い出した。息子もそのような目で見ている。

かくして、幕府の高官と、影仕事をする浪人姿の息子と、その愛犬がお遍路姿で伊豆へ道中する事になるのだが、もちろん、ほんとのほんとに常盤秀信はお遍路したかったわけではなく(いや、全くの嘘というのでもないようだけど)、勿論、その裏には、隠された目的があるというわけ。

しかし、自前の足で二人と一匹の旅をするというのは、やはり、それなりの情を深くするもののようだ。

いろいろな行き違いから、ほとんど親しく交わった事のなかった父子が、はじめて起き伏しを共にする。
こういう、ちょっと複雑な家族の情を描かせると、佐伯泰英は名人であると思う。
実際、主人公の超人的な剣劇がなければ、佐伯時代劇は、人情もののカラーが最も強く出るのかもしれない。


鵺女狩り (光文社文庫)/佐伯 泰英
2007年10月20日初版
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