1 | 2 | 3 | 4 |最初 次ページ >> ▼ /
2007-05-31 21:06:48

『王狼たちの戦旗 III 』〈氷と炎の歌2〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
前巻までで、おおむね、玉座を狙うものたちの顔ぶれがそろったところなのだが、そのためか、本巻は、各位が少しずつ歩を進めている、そんな展開だ。
風雲渦巻く天地ともなれば、渦の中心「たち」は、そうそう、迅速に動けなくなるものだ。

従って、むしろ、渦の「外」にいる女性たちの方が、今回は主体と言えるだろう。
たとえば、ロブの代理としてレンリーのもとに使者に立ったケイトリン。
逃げるあてなく、なんとか仇敵の目をかすめ続けるアリア。
この二人が、最も活躍する。

そして、レンリーに仕える虹の騎士のひとりとなったブリエンヌや、
ジョフリーのもとにとらわれたままのサンサ。
王位争奪者の中でも、一番遠いところにいるデーナリスが一番良く顔出ししているように思える。

彼女らは、決して、物語中の歴史で、本筋を歩いているわけではないのに、いや、それだからこそ、大きく動く事を許されているのだろう。
また、同様に、体が不具なものがそれに注ぐ。
今や王の手であるティリオンしかり、
ウィンターフェルで城を守るブランしかり。
しかも、ブランが不具になる原因となった事件が、いよいよ露見しようとしている!
そうしたら、ブランの身には何が起こるのだろう。
どうも、彼の身の上にも、数奇な運命が更に迫っているようだ。


ジョージ R.R.マーティン, 岡部 宏之
王狼たちの戦旗 3 (3)
ハヤカワ文庫SF
2007年5月25日初版
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2007-05-30 22:21:24

『デビルサマナー 葛葉ライドウ対死人驛使』

テーマ:ゲーム
思えば、数ある女神転生シリーズの中でも、『葛葉ライドウ対超力兵団』は、異色だった。
もともとの女神転生(真、を含む)、ペルソナ、デビルサマナー、そのほとんどは現代あるいは現代から後に連なる近未来の日本のどこかが舞台であり続けてきたと思うのだが、これに関してのみ、「大正時代」が舞台だからだ。

もっとも、現実の歴史とはちょっと違う、並行世界の「大正」では、あるのだが。

まあ、デビルサマナーシリーズになってから登場する「葛葉」という一種の組織が、歴史のあるものいう設定のようなので、確かに、過去へ話を持っていくというのは、できる事なんだよな。

もっとも、登場する悪魔(妖精、神々などを含む)は、先行するシリーズのあるゲームが元である以上、どうしても本作でも、カタカナ名前のものがたくさん出てきてしまうが、そこはしかたがない(これをなくすと、逆にゲーム世界とのつながりが薄くなってしまうかもしれない)。
お話としては、ゲームの超力兵団の、これは前日譚にあたる。

ゲームの中では、プレイヤーの「馬」になるキャラであるため、「葛葉ライドウ」という共通名はあっても、性格的には無色透明であるのだが、ここではれきとした小説の主人公であるため、当然、その「ライドウ」に、それなりの味付けがされている。
本作のライドウは、デビルサマナーとしてエリートであるものの、若く、純粋であり、世間のことは知らない。
大正浪漫の中で、このライドウがどう動くかは、読んでのお楽しみだ。
また、この手の近い過去を舞台とする物語では、よくあるように、幾人か実在の人物が顔を出し、それについてもちょっとしたお楽しみがラストで待っている。


蕪木 統文, 金子 一馬
デビルサマナー 葛葉ライドウ 対 死人驛使
ファミ通文庫
2006年11月10日初版
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2007-05-29 22:27:30

『ペルソナ3 オワリノカケラ』

テーマ:ゲーム
ポルターガイストは、思春期の子供が発する、強い情念が原因である。
なんつぅ俗説があるわけなのだが、まあ実際、通俗オカルトは情念がふか~くからむものであるようだ。
そういう要素とかかわりの深い作品世界だろうが、ペルソナを含む、女神転生シリーズは、そのストーリーが、若者の情念と切っても切り離せない。
また、そういう部分が、ファンの心をつかんでいるのかもなあ。

しかし、思うに、青春時代なんてのは、決して「爽やか」なだけではない。
むしろ、汗臭くどす黒いものが、たえず外に出ようと蠢いているのかもしれない。
「シャドウ」のように……。

さて、本作は、先月、「フェス」が発売されたばかりのゲーム『ペルソナ3』の小説版だ。
といっても、ゲームのシナリオに忠実なストーリーというのではない。
主人公が、巖戸台分寮に来る直前までの、一ヶ月の出来事をつづっているのだ。
(従って、ペルソナ3ではあるが、順平やアイギスのように、主人公より後に登場するキャラも、当然、出てこない)。

主人公にとっては頼りがいのある先輩となる、美鶴と明彦。
当然、この物語では、彼らが主人公だ。
ゲーム本編であかされる、彼らの「第一次活動時代」についても少し触れながら、本格的に大きな事件となる直前の、悩ましく、緊迫した状況を、主に明彦の目を通して、うまく描いている。

それだけだと、果てしなく重苦しくなるところだが、明彦という、「無敵でかっこいいが、実は人間的な弱みをがっさりと持っている」キャラの、弱点をうまく発揮させて、朴念仁ぶりを一種の「狂言回し」にしているところも、物語にめりはりを与えていて、良い。

また、美鶴の方は美鶴の方で、本編にもつながる、「世間知らずなところを克服したいという熱望」が、はしばしにうまく出せていると思う。

それでいて、このゲーム世界には欠かせない、一種の「切なさ」も織り込まれており、ゲームの外伝として、まず申し分のない佳品だ。



藤原 健市, 副島 成記
ペルソナ3 オワリノカケラ
ファミ通文庫
2006年11月10日初版
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2007-05-28 21:07:56

『親日派のための弁明』

テーマ:人文・社会・ノンフィクション
これは、昨日の記事とした『親日派のための弁明2 英雄の虚像 日帝の実像』に先立って書かれたものだ。
韓国では、有害図書に指定されたそうだが(発禁ということではないが、ビニールで封じられ、19歳未満の講読が禁止される、という事になるらしい)、さもありなん。
日本人ですら、目を剥くような、過激さを含む内容だからだ。

といっても、現代の韓国や、その歴史教育を弾劾するというような内容ではない。
客観的に見て、誹謗中傷は含まれていない、クールな文章であると思う。
ししかし、そこに披瀝されている考え方が、過激なのだ。

たとえば、戦後の日本人は、戦後独特の歴史教育により、
日本は20世紀半ばに、中国や朝鮮半島、台湾を侵略し、植民地としたのであって、敗戦後それらを手放し、また朝鮮/韓国などが独立したのは、当然の結果である、と、(ばくぜんと)考えている。
しかし、著者は、そこに爆弾を落とすのだ。
「実は、それは日本が正当に手に入れた領土を、当時の国際法に照らしても不当に奪われたのであり、実は、その時、大日本帝国は、日本(列島)、韓国、朝鮮、台湾などに分割されたのである」。
……分割。
……朝鮮半島が北朝鮮と韓国に分割されたのではなく、それ以外の地域を含む、大日本帝国が分割さrた。
おー(‥

確かに、それらの地域は、欧米によるいわゆる植民地とは違い、「内地」(そういえば、あくまでも内地であって、本国ではない)とおおむね同等に扱われ、近代化が進められていたのであり、とくに朝鮮半島は、いろいろな理由で、日本との同化政策が強く押し進められた地域だ。
実際の話、当時の朝鮮半島は、日本だったと言える。

いや、そんなはずないだろう?
民族も違うし、そもそも併合が行われるちょい前は、朝鮮半島は清国から独立もして、大韓帝国になっていたではないか?
しかし、それとて、ヨーロッパなどの歴史を見れば、いくらでも、「類似ではあるが違う民族が住む複数の地域がひとつの国を作った」例は、たくさんあるわけだ。

そういう視点に立ってみると、著者の論には、納得できるところがある。

いや、まあ、当時の朝鮮半島が、「日本の植民地ではなく、日本の一部であった」と主張する本は、日本人が書いたものにだって、いくらも、ある。本でなくとも、ネットでそう主張する人も、たくさんいる。
しかし、本書での著者の意見は、現代の韓国に生まれ、韓国の反日的教育を受けて育った人が、自らの国の歴史を振り返って、そのように述べたというところで、日本人読者への響き方が、違うのだと思う。

また、同じ理由で、現代の韓国人が、なぜこうまでも、反日的であるのか、読んでいくうちに、それも次第に、肌のところで納得できるように思える。
それは、現代の平均的な韓国人であるはずの著者が、「グローバルな視点から、改めて韓国と日本を見」て、冷静に論じようとしているからこそ、効いてくるものでもある。

ひるがえってみれば、日本人にしても、そこまで第三者的に、自らの近代史を見る事は、なかなかできないのではないか。
最近になって、日本でも、太平洋戦争に関するいろいろな「真実」が、これまたいろいろな形で、出回るようになり、いわば、不当なまでに貶められてきた歴史が、ある程度まで「回復」されてきている、その途上にある。
ということは、我々自身も、近代日本史については、歪曲されたものを教えられてきたのであって、(もっとも、反韓・反中ではないのだが、むしろ「反日」なのだが)、その点で、韓国人の歴史教育の事を嗤う事はできまい。

本書及びその続編の存在意義は、まずなによりも、
たとえ、韓国国内で、大きな批判や攻撃を浴びるという結果になっていたとしても、
このような本が、「韓国で」上梓されたという事実だ。
続編の方でも振れられているのだが、政府やマスコミは代弁する事がなくとも、著者とある程度同じように考える人が、少しずつ、韓国でも増えてきているという事を示しているという点だ。
(そもそも、著者に共感する人が全くいないのであれば、このような本が出版される事はあり得ない)。

そして、本書を読みつつ、
「ああ、韓国も変わってきてるんだねえ」
で終わる事なく、日本についても、同じように、当時の世界情勢を冷静に鑑みつつ、再度、振り返ってみる必要があるのではないかと思う。


金 完燮
親日派のための弁明
扶桑社文庫
2004年11月30日初版
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2007-05-27 22:38:43

『親日派のため弁明2 英雄の虚像、日帝の実像』

テーマ:人文・社会・ノンフィクション
日本人は、あまりにも長い間、中国や半島二国といった、「おとなりの国」に興味を持って来なかったように思う。とくに、半島二国については、
「そういえば、なんかそういう国があるね」
と思ってきた人が、多いのではないか。
実際の話、中国や韓国について、何か知っていますか、と質問を投げかければ、困って首をかしげる人が日本人の大多数なのではないか。

さもなくば、いわゆる「韓流」のファンであるとか、
またはネットの日韓掲示板などに出入りしているとか、
非常に狭い一面のみを、強烈に知ってしまっているというケースが多いかもしれない。

いずれにせよ、日本人のほとんどは、たとえば、朝鮮半島の歴史について、ほとんど知るところがないだろう。なんなら、大きい書店にぶらりと入って、歴史書(世界)のコーナーを見るがよろしかろう。
イギリス史だのフランス史の本は、いくらでもみつかるだろう。
中国史関連も、たくさんありそうだ。
なんなら、 インド史の本なども、みつかるかもな。
しかし、朝鮮史とか韓国史はどうですか。

出版はされているものが、あるのかもしれないが、並んでいる確率は、たとえるなら中国史に比べて、はるかに低いのだ。

いまだ、日本人は、半島については深い興味をいだかず、かつ、知りもしないという事ではないか。

そして、こういう「無知」な状態に、中国や韓国、北朝鮮の「主張」が飛び込んでくる。
基本的な知識がないため、彼らの主張が、ストレートに飛び込んできてしまう。
ゆえに、政治家ですら、それらに、馬鹿正直なほどストレートな反応をしてしまう。そういう事になっていはしないだろうか?

さらに、そもそも戦後の教育で、ほとんど日本人が、「自虐史観」に慣らされすぎてしまった、というのもあるだろう。
「何もかも、敗戦した日本が悪いのです」
だが待て。
冷静に考えてみよう。
戦争で、どちらか一方が、「一方的に」悪いという事があるだろうか?
また、そもそも、後世の価値観で過去の事件を批判するというのは、いかがなものか?

日本人はあまりにも、半島の事を知らないが、近年はテレビや新聞といったメディアに依存する必要がなくなり、インターネットで直接、情報を得るという事が可能になった。
そこで、「今まで知らなかった半島(そして初めて接する、反日的感情)」にうんざりし、アレルギーを起こしてしまう、というのも困った事ではないか。

いや……気持ちはわかるんだけどね。
しかし、ネットで見た一部の韓国人の言動だけを見て、一律、朝鮮/韓国人を「ヒトモドキ」などと侮蔑するのはいかがなものか。
レッテルを貼ること、とくに、このような見下しは、相手を侮る事であり、非常に危険だ。

いずれにせよ、プラス方向でもマイナス方向でも、「交流する」にあたっては、相手を知らなくてはならないし、何か問題になっている事があるのならば、それは冷静な目で見る事が必要になるだろう。

さて、近年、慰安婦問題などをはじめとして、今までとは違った目でそれらを見た本がいろいろ出てきたと思うのだが、本書は、その中でも白眉であると思う。
まず第一に、著者は、韓国で生まれ育ち、反日教育の洗礼も受け、それでいて、グローバルな視点から(これは、西欧史観であることを意味しない)、クールに資料を吟味し、論理的に問題を解き明かそうとしている、すばらしくバランス感覚に富んだ人だ。
内容は、タイトルから察せられる通り、今現在、韓国人が主張しているいろいろな「問題」に反論するというものなのだが、
非常に興味深いのは、そこで用いている資料の一部は、韓国で使われている教科書であったり、朝鮮日報であったりする事だ。

ある程度韓国に興味を持っている人なら、「あああの朝鮮日報!」というほど、朝鮮日報は、「日本に対して好意的ではない」新聞だ。(これは、創刊当時から、変わっていないようだ)。
教科書については、言わずもがな。
それらに掲載されている記事から、なにが捏造であり、なにが歪曲されているのかを論じていく部分などは、スリリングで、わくわくするものだ。
もちろん、「親日的ではない」メディアを論拠としているのだから、その重みは、ますます、増すというもの。
また、その資料の幅も、韓国内で出版されたさまざまな書籍はもとより、日本やアメリカを含む海外で出版されたもの、WEBサイトから得たものなど、実に幅広い。

一方、単に韓国の主張を論破するだけではなく、日本や日本人が実際にやらかしたかもしれない事は、それはそれとして、はっきりと指摘しているところも、好感が持てる。

もうひとつ素晴らしいのは、単に、日韓の関係について見るだけではなく、その当時の国際的な情勢、とくに、深い関わりのあった英米についても冷静に論じている事だ。
当たり前な話だけど、国際政治というのは、二国間の事であっても、当事者国だけを見て語る事ができない。
背後関係が必ずあるわけで、それらについても、冷静かつ広く、明示してくれるのだ。

単に、日韓併合時代と太平洋戦争および戦後について知るというだけでなく、国際政治の見方を知るという点でも、非常に知的興味を刺激してくれる本だ。


金 宇燮
親日派のための弁明〈2〉英雄の虚像、日帝の実像
扶桑社文庫
2006年9月30日初版
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2007-05-26 23:22:38

『花の日本語』 日本の花は文化なのだ

テーマ:その他
去年、花屋の店先で、唖然としてしまった事がある。
ちょうど今頃の季節だったが、紫陽花の鉢植えに、こんな札がついていたのだ。
「ハイドランジア」。
……それはどう見ても、紫陽花だろ!
目が点。
日本人が一般的に長らく使ってきた、普通の名前があるのに、そのカタカナはなにごとか。

それが新しい文化だと言われてしまえばそれまでだが、非常に寂しいものがある。

日本人は、そもそも、花を愛すること、他に例をみない民族であると思う。
たとえば、詩歌を古来作っていて、歌集だの詩集を多数残している民族は、世界各地にたくさんあるわけだが、その中に「花」の登場する割合を見てみるならば、たぶん、日本人が一番高いはずだ。

同じ花に、いくつもの「異名」を捧げているのも、日本人が比率的に一番高いと思われる。
そのほとんど全てが、「雅称」だ。
恋にことよせ、想いにことよせ、日本人は昔から、詩歌に数多くの花を詠い込んできた。
それはもちろん、それだけ生活の中に、草花が溶けこんでいたということも、あるのだろう。

しかも、大きな庭園を造れるような公家や武家だけではなく、庶民も、坪庭とか、軒下の鉢植えとか、近代以降になるのだろうが、盆栽とか……。
いろいろなやりかたで、草花を楽しんできたわけだ。

本書は、そういう、花の文化のなかではぐくまれてきた、さまざまな花についてのくさぐさを、エッセイとしてつづったものなのだ。
内容は、タイトルにあるとおりの、花の名前に始まり、その生物学的な特徴や、日本への伝来のしかたなどにも及ぶ。
もちろん、学術的には、
「いや、それは異説もあるぞ」
など、首をかしげるような部分もあるとはいえ、話題はなかなか広範であり、機知にも富んでいて、大変面白い。
しかも、その内容が、(不特定多数の)「人」というものに対する、暖かな視線から語られているのだ。

「花」ごとに添えられているカラーのイラストもなかなかステキで、楽しいだけでなく「ほっ」とする本でもある。
しかも、知的な興味も、適度に刺激してくれるのだから、言うことはない。

ちょっと疲れた現代人に、お奨めする( ‥)/


山下 景子
花の日本語
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2007-05-25 22:47:21

『ES』

テーマ:日本SF・ファンタジイ
これは、生まれながらに他人の思考を「のぞき見る」事ができ、さらに、それを「操作する」事ができる若者の物語である。

そう総括してしまうと、
「なんだ、よくある超能力ものか?」
と思えてしまうが、さにあらず。

主人公が「人工的に作り出された人間」であったり、
徐々に、自分と、他の人類の違いに悩んだりするとか、
まあそういう筋立ては、確かにオーソドックスでは、ある。

しかし、ここで、ヒロインを大脳生理学の学者に設定しているところが、新鮮。
彼女の目を通して、超能力者を、脳の機能から見ようとしているところが面白い。
もっとも、あまりにも専門的になりすぎないように抑制しているためか、残念ながら、つっこんだところまでは語られておらず、その点は(SFファンとして)残念に思う。

むしろ、後半、人間性により接近していく主人公と、ヒロインとの間ですれ違いながら歩み寄っていくロマンスの方が、心理描写としては面白い結果となっている。
主人公が「他人の脳(思考)をのぞける」という力を持つために、
「思考を読む事のできないタイプの人間であるヒロインに惹かれるのは、単に、思考が読めないために興味が尽きないからなのかどうかという、この主人公にしかあり得ない葛藤が絡んでくるからだ。
人物設定のこういう使い方は、実にうまい。

脳内の世界の描写なども、いかにもビジュアル的にアピール度が高く、漫画の長所を良く生かしているなあ、とも思う。
それだけに、ヒロインが彼女の専門分野をもうちょっと発揮できなかったのかと、そこのところだけが、残念。


惣領 冬実
ES (1)
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2007-05-24 22:37:27

『ダヤン、タシルに帰る』

テーマ:日本SF・ファンタジイ
人間と魔王の連合にヒビが入り、タシルが無事に奪還されてしまうと、残された問題は……つか、そもそもの事件であるはずの、雪の神による大雪害がクローズアップされるというわけだ。
わちふぃーるどにおける(そしてこの事件における)ダヤンの使命とは?
そもそも、ダヤンがアルスからわちふぃーるどへ来た……呼ばれた理由が、そのあたりにあったらしい。

そう、それは。
神々や人間、魔物や動物たちの争いごとにすっかり嫌気がさした雪の神は、わちふぃーるどの大地を、雪と氷におおわれた、冷たく清浄なものに還そうとしていたのだった。
そんな雪の神に、四季の美しさや、生き物の暖かさを伝えることが、ダヤンの使命だったのだ!

一方、その使命のはてに、ダヤンが「失われてしまう」かもしれない、と思い至ったマーシィたち。
イワンも、マーシィも、いやいや、タシルやその周辺のみんなが、ダヤンを救出するために、凄い働きをする事になる。
そのために「時の扉」を作り、それを使って、セが、最後の大魔法をかけようというのだ。

ダヤンは、雪の神の心を溶かす事に成功するのか。
時の扉の魔法は、正しく働くのか。
そして、その結果はどうなるのか……?

さて、基本的に、ダヤンの物語はファンタジイに分類されるものであるだろう。
しかし、今回は、(わちふぃーるどが舞台とはいえ)タイムトラベルを扱ったものになっていて、いささか古典的ではあるが、「タイムトラベルもの」としても、充分楽しむ事ができる。
つまるところ、時間をこえる手段こそ、マジカルではあるのだが、古典的タイムトラベルものには絶対欠かせない、
「実は、これこれがこれこれである理由は、なになにだったのです!」
という、奇想天外な解き明かしが、あっちにもこっちにも用意されているからだ。

それに伴って、これまでは謎の猫という扱いだったジタンについても、すっかり知る事ができるし、
雪の神のことや、
ヨールカの祭のいわれとか、
わちふぃーるどのファンには、楽しい事がいっぱい詰め込まれている。

ラストの大団円も、おみごと。

それにしても、バニラちゃんは、かわいい。


池田 あきこ
ダヤン、タシルに帰る―Dayan in Wachifield7
2007年4月30日初版
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2007-05-23 23:21:25

『ダヤンと王の塔』

テーマ:日本SF・ファンタジイ
思えば、前巻のラストは、魔物と人間の連合軍がタシルに攻め入り、タシルの街に住んでいた動物たちは敗走、ジタンまで重傷を負うという、クリフ・ハンギングなものだった。
その続きである本巻は、当然、タシル側の巻き返しになるのだが、そこへ、そもそもの事件である、雪の神による、「アルスとわちふぃーるどに、アビルトークを分割する」 事件が重なり、なかなかスリリングかつ、大変な展開になっていく。

いやもう、いつもの、絵本のわちふぃーるどからはちょっと想像できないような、スペクタクルになっているのが、凄い。
実際、タシル奪還作戦と、そのさなかに行われるグランと魔王とセ、三つ巴の対決などは、手に汗を握るシーンだ。

一方、魔王にとらわれていたセ(そして巻き込まれた魔女たち)を救うための、ダヤンと、魔女ボムの活躍は、これまたドキドキするような展開はあるものの、基本的に、明朗快活、コミカルなところもあり、ある意味、タシル奪還作戦より引き込まれてしまう。
また、セを元気づけるため、ダヤンがわちふぃーるどに来てからの、いろいろな想い出を話していくシーンは、絵本のダヤンを連想させ、ここはなんとも、ほのぼのとした、ちょっと切ない気分になる。

ジタンの妹バニラと、魔物のキマイラの関係なども、なんともいえず、良い。

そうしてみると、本巻は、喜怒哀楽をまんべんなく刺激する、実に楽しい本という結論になりそうだ。
(もっとも、シリーズの一部だから、この巻だけ読むというわけには、いかないのだが)。

さて、本巻をもって、魔物・人間・タシルとフォーンの森の間のいさかいは、大団円を迎えるのだが、もちろん、物語は終わりではない。なんつっても、ダヤンがこの冒険を始めた、そもそもの問題が、まるごと残ってるのだ!


池田 あきこ
ダヤンと王の塔
2006年12月15日初版
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2007-05-22 22:10:21

『狂乱家族日記 壱さつめ』

テーマ:その他
狂乱家族日記……なんとも、みょうてけれんで、いい加減にも思えるタイトルなのだが、実は、ほんとのほんとに、「名は体を表している」のだ。これが。マジで。

まあどのへんが狂乱なのかというと、
一家の苗字が崎。
お母さんの名前が華。
(ちなみに、表紙画像に登場しているネコミミ娘)。
あわせて狂乱。

……と、いう意味づけも、もしかしたらあるのかもしれないが。

なーんていうことはない、狂乱といえば狂乱であって、狂乱以外のなにものでもないという、そういう意味だ。

説明になっていないって?

ともかく、この一家は、ある超絶的な破壊神の末裔である、とDNAから鑑定された6人(正確には、3人と1頭と1体と1エイリアン)が、
「いったい誰が真実、破壊神の末裔であり、かつ、地球を滅ぼしそうな存在になるか」
という危惧のもと、
「できれば、この世を破壊したくないな~と思うようになったりしないかな~」
という理由で、〈なごやか家族作戦〉が立案され、
お互いに全くの他人であったにもかかわらず、乱崎という苗字のもとに、各位、新たな名前を名乗り、家族を形成する事になってしまうのだ。

まあ、お父さん役は、いちおう、普通の人間だ(という事になっている)。
しかし、お母さんはネコミミを持つ、「神として育てられ、神としてふるまってきた、神のような力を持つ(らしい)」存在であり、
長男はヤクザの跡取りとして育てられたが、実は男の体に女の心を持つ、すごい美形であり、
長女はとても心優しい小学3年生ながら、鬼の一族の間で虐げられながら育った子であり、
次男が人間の言葉をしゃべれる百獣の王であり、
三男が殺戮兵器であり、
それプラス、性別もなにもかも不明っぽい、クラゲのようなエイリアン。
そういう、狂乱的構成なのだ。

そういう、ヘンすぎる面子が、次第に、家族の絆を深めていくというのが、本作の内容。

いや、もう、ほんとに、キャラクターと、彼らの背後にある「設定」はとんでもないのだが、ストーリーはひたすら、午後のねむたい時間に放送されているような、ホームドラマなのだよ。
なんなら、『サザエさん』の世界、と言ってもいい。

ああ。
このミスマッチさ(笑)。
もちろん、そこが本作の面白味となっているわけだ。


日日日, x6suke
狂乱家族日記壱さつめ
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 |最初 次ページ >> ▼ /

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。