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2006-05-31 22:55:28

『中国の大誤算』

テーマ:人文・社会・ノンフィクション
黄 文雄は、台湾の人だ。
日本に留学して学位を得、日本語及び中国語を用いて、近代~現代中国について、多数の評論を出している。

中国系台湾人であり、
大学教育・大学院での研究は日本で。
このプロフィールから期待できることは、
・ 日本人や中国人より冷静な目で、日中関係を見る事ができるだろう。
・ 共産中国出身ではない中国人として日本人が持ち得ない視点を持っているだろう。
主に、このふたつだと思う。

もうひとつ、私が著者の語る事にかなり信頼を置いているのは、長年にわたって評論し続けている著者の主張が、常に一貫していること、
しかし、その内容は常に最新のデータに更新されているように読み取れるという理由でだ。

以上を前提として、
まず、本書は、日本や共産中国の新聞(そして新聞社系のメディア)を通じては実像を見分ける事が難しい、戦後の中国史を、わかりやすく解説してくれる本だ。

毛沢東以降の、共産中国のトップが、どういう背景を持ち、どういう政治をしようとし、実際にはどのような道をたどったのかが、かなり読みやすくまとめられているのだ。

また、現代の中国の「言動」を分析するために、古代から連綿と続く中国史そのものを、用いていること、
それは中国の史書だけではなく、たとえば西洋の学者の手によるものも参考としていること、
このふたつの要素があるため、ことさら、日本人にはわかりやすい内容となっているのだろう。

毛沢東以降、というより、20世紀から中国がやろうとしてきたことを、ほぼ時系列通りに分析しながら、(ある程度強い言い回しはあるものの)決して中国バッシングになることなく、中国と、そして日本にも、警鐘を鳴らしているのだ。

近年クローズアップされている、激しい反日運動などから、
「中国にはもうウンザリ」
と思っている人は、相当増えてきていると思うのだけど、テレビや新聞が伝える内容は、いまひとつ信頼できなかったり断片的だったりするため、それらの上辺だけを見て、感情的に
「あーやだやだ」
となってしまいがちじゃないかな。

しかし、感情的な応酬が良い結果を生むことはない。
(それは、個人的な人間関係にあてはめれば、即座にわかることだ)。
まずは、相手を知る事が大切だよな?
日本人がなかなか気づけない中国の一面を知るために、本書はお薦めだと思う。


黄 文雄
中国の大誤算
2006年5月25日新刊
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2006-05-31 11:35:05

トラックバック不具合に関するお知らせ

テーマ:その他
当ブログ内の不特定な記事に対して、
不特定のブログサービス(但しアメブロを含む)の、
不特定なユーザーから、
「トラックバックしようとしているが、トラックバックできない」
という現象のリポートをいただいています。

全面的にトラックバックができないわけではなく、一部のブログからできないようです(汗)。

最近の、恒常的なサーバー混雑によるものとも推測されますが、
日を改めて何度リトライしてもだめ、というケースもあるため、全く別の原因かもしれません。

本日、その旨アメブロ運営局には問い合わせフォームから調査依頼をしていますが、もし、同様に当ブログへのTB不具合を発見した方がおいででしたら、状況を教えていただけると助かります。
ご面倒ですが、よろしくお願いいたします。
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2006-05-30 23:03:36

『姑獲鳥の夏』

テーマ:ミステリ
『姑獲鳥の夏』は、ミステリであろうか。
それとも、ホラーなのだろうか。
一応はミステリに分類されるのだろうが、ホラー的な味わいも非常に強い。
そうだなあ。
レ・ファニュの『緑茶』を連想させるような、そんな味わいがある。
まあ、考えてみれば、ミステリだのホラーだのが、それぞれジャンルとして独立する前、これらは渾然一体としていた時期もあったんだよなあ。
そういう意味では、京極夏彦は、古い酒を新しい革袋に入れているのかもしれない。

もうひとつ、本作の特徴をあげるとすれば、それはやたらと饒舌であるということだ。
探偵役である「京極堂」が、博覧強記の読書家であり、あるものごとを説明するにあたって、非常に的確ではあっても、やたらと迂遠な話し方をするためだろうと思う。
実際、京極夏彦は、紙幅に制限のある短編では、当然、そんな書き方をしない。
従って、このスタイルは、決して「京極夏彦の、抜きがたいクセ」であるはずがなく、あえてこのようなスタイルを取っているのだろう。

しかもその能弁さたるや、
「異常に長く妊娠している女性がいてね」
という、本作の主人公(というか狂言回し、またはワトソン役)の関口が、口火を切ってから、
たとえば読者である私が、
(ああ、たとえば、弁慶とか……)
と、すぐに、思い当たるケースを連想する、ところが、文章がそこに到達するまでに、なんと50頁余りもかかっているのだ!

……長っ。

とはいえ、そのおそるべき饒舌さは、単なる「おしゃべり」ではなく、後々の展開のための前提として、一時余すところなく、役立っているのだからスゴイ。
つまり、50頁もかけてしゃべりながら、それは全く、無駄話にはなっていないのだ。

もちろん、そういう能弁さには、裏付けとなる該博な知識があるわけで、
それらは、聞く(読む)側にとって、100%頭に入るはずはないから、断片がばらまかれたパズルのピースのごとく、意識のあちこちに散らばっていく。
そして、京極堂が、ラストに至って、ようやくそれを絵として完成させてくれるという仕掛けなんだな。

しかも、その絵は、実はふたつあるのだ。
ひとつは、ウブメまたはコカクチョウという魔物についての、民俗学的な謎解きであり、
もうひとつは、「人間の認識力」という事を利用した心理的なトリックだ。
単にセットでお買い得というのでもなく、両方が巧みに影響しあって、複雑な味を醸し出しているのですぞ、お客さま( ‥)/
……って食べ物じゃないけどな(笑)。

難をつけるなら、心理学的なトリックの方は、いまひとつ裏付けが弱いような気がする。
そrが成立するための条件が非常にタイトであり、かつ、説明仕切れていないとも言える。

だが、結末に至る、巨大ジグソーパズル的な面白さと、
とくに、民俗学的な方の絵が、意外性に満ちていながら、非常に面白いために、その「難」が補われてしまっている。
なので、結果的には、やはり、
「いやー面白かった!」
で終わるというわけだ。

もちろん、単なる読者としては、全くそれでOK、だよな(笑)?


京極 夏彦
姑獲鳥(うぶめ)の夏
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2006-05-29 21:31:02

『やみなべの陰謀』

テーマ:日本SF・ファンタジイ
千両箱には、小判が千枚入っている。
じゃあ、もし、千枚入っていなかったら、どうなる?

もちろん、その足りない分は、どこかに持ち出されたと考えられる。

そう、それはほんとに、何の気なしに持ち出されたのだ。
ただ、「ある武術の奥義」を継承するための、試練に「使う」ため(賄賂じゃないぞ)。
一両といえば、決して少ないカネではないが、持ち出した人物が自分のために用立てられない額ではなく、翌朝には戻しておくつもりだった。

しかーし。
どこでも、お節介な人というのはいるもので、ともかく四角四面なある人物が、それを、面倒な上役の耳に入れてしまったからさあ大変。

と、なんだか定番の時代劇にでもありそうな(いや、実際、こういった勘定方のトラブルは、しばしばネタになるわけだが)、そういうシチュエーションだ。

しかし、これが立派に、ドタバタギャグ、いや、SFになってしまうところが、田中哲弥の天才たる所以である。

当てた対象を神隠しにしてしまうという、摩訶不思議な武術の奥義により、
侍が、
一両が、
千両箱が、
時空をあっちこっちそっちどっちへ、跳びまくってしまう。

おまけにその舞台となるのは、東京でも京都でも大阪でも福岡でも札幌でも仙台でも名古屋でもええ~と……
ともかく、政令指定都市には逆立ちしてもなれなさそうな(現地の方ごめんなさい)、いわゆる、カタイナカなのだよ。

しかも、そこが、暴走せる大阪による、浪速文化の侵略を受けている近未来(たぶん)が、舞台の半分を占めるのである。

時代劇あり、
サスペンスあり、
青春ものあり(たぶん)、
ロマンスあり(たぶん……)、
ええとつまり……。

「なんでもいいからともかくごたごたにぶちこんでやろうぜ」

というコンセプトで次々に短編を書いていったとしか思えないような、
そういう短編集なのだが、
読み終わってみると、ちゃんと、全篇でひとつながりの話になっているという(一応)。

さすが、『やみなべの陰謀』とタイトルに冠しているだけのことはある!


田中 哲弥
やみなべの陰謀
ハヤカワ文庫JA
2006年4月15日新刊(1991年電撃文庫版への加筆修正)
 どこを加筆修正したんだろう、と一字一句比べてはいけないのだろうな?(たぶん)
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2006-05-28 12:23:09

『仮面ライダーSPIRITS (9)』

テーマ:冒険・アクション
君は燃えているか。
君の魂は燃えているか。
男なら熱血しろ!

かように燃えてしまうのであるが、
思うにそれは、「昭和の魂」なのかもしれない。
苦しみ、裏切られ、あるいはどうしようもなく前方が暗い、
それでも、それだからこそ、戦う。
何かを守りたいからこそ、耐えて耐えて戦い抜くのである。

また、おそらくはそれが、昭和の仮面ライダーと、平成ライダーを分割するラインなのだろう。

そう考えていくと、今現在本作の主人公である仮面ライダーゼクロスこと村雨良は、まさしくそれを体現するかのようなキャラクターだと言える。

(昭和の)仮面ライダーが代々敵としてきた秘密結社を、更に支配するバダン。
バダン首領の「容れ物」となるべく造られた「カラダ」を持つ村雨は、まさしくそれがために、バダンの幹部として人類の殺戮を指揮し、たずさわった事があり、 「村雨良」の意識/魂は、いずれ放逐される運命にあった(あるいは、現在も、バダンの側からはその予定とされている)。

そういう意味では、仮面ライダー1号~2号の物語(近年、『仮面ライダー the First』としてあらたに映画化された)よりも、重い十字架を背負っているキャラクターだ。
そうであるからこそ、昭和の仮面ライダー全員をバックに、主人公をはれるのだ。
仮面ライダーの原点を、忠実に再現しているという言い方をしても良い。

さて、何かと戦い、苦しまなくてはならないという運命は、内容の差は激しくとも、実は誰の身の上にもある事だと思う。
日常、何かと戦っていない人間など、いはしないのだ。
たとえばそれは、仕事とか、仕事の上司・同僚・部下・取引先かもしれないし、
学校の同級生や先生かもしれないし、
または、単に自分自身かもしれない。
他人から見れば、卑小な敵かもしれないが、それがほんとに卑小なのかどうかは、本人にしかわからない事だ。

いずれにせよ、戦う事は、苦しい事だ。
クサい台詞かもしれないが、文字通り、そのためには血と汗と涙を流さなくてはならないのだ。

だからこそ、(フィクションとはいえ)、実際に血を流し、自らの体を、命を張って、「苦しみあがきながら」戦うキャラクターに、人は惚れるのだ。
そうして、少しでも、その「戦う力」をわかちあい、分けてもらえば良い。
だからこその、SPIRITS、「魂」であるだろう。


石ノ森 章太郎, 村枝 賢一
仮面ライダーSPIRITS 9 (9)
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2006-05-27 21:53:31

『流血惑星チャード』〈デュマレスト・サーガ11〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
デュマレスト11 30篇余あるデュマレスト・サーガ中でも、これは異色の作品だ。
というのは、ほんの偶然、デュマレストが意図せざるところで、彼は不慣れな戦争に突入している惑星に到着したばかりか、軍事で有名なサマルの貴族を装う事になってしまうのだ!(笑)

チャード軍元帥となったデュマレストは、正体不明の敵を相手に、素人兵士をたたき上げ、戦争する事になるのだが、これがなかなか、面白い「ミリタリーSF」になっているのだな。

しかも、本来軍人ではないデュマレスト(もちろん、自身の豊富な渡り者としての経験、サヴァイヴァル上の知識などを駆使して軍隊を指揮するわけだが)は、
見事に部下を指揮し、敵対する惑星本来の有力者を巧みにあしらいつつ、常に、自分の正体がばれる事をおそれている。

その綱渡り感覚は、他の巻の層倍だと言って良い。

しかも、謎の敵というのが、実に皮肉な、とんでもないものというオチがついているうえ、
いろいろと細かなどんでん返しがあるところも、面白い。

ところで、このチャードという惑星は、ロファイオという特殊な作物に経済全体がよりかかっているようだ。
これは、植民・開発されて間もない惑星ならば、充分にあり得る状況だと思うのだが、先住民との関係、作物の特徴など、シリーズをはなれたところでも興味深い要素が幾つかぶちこまれているのだ。
しかし、これはあくまでm、渡り者であるデュマレストの物語であるため、チャードもまた、ひとつの通過駅であるにすぎない。
書き込めば、チャードの物語そのものが、独立して楽しめそうな設定であるだけに、なんだかもったいない気がする。

もっとも、通過駅だからこそ、ある程度極端な特徴を持たせた舞台をしつらえる事ができるとも言えるのだが。


E・C・タブ, 酒井 昭伸
流血惑星チャード
創元推理文庫SF
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2006-05-26 21:58:19

ハリー・ポッターのワイルドカード

テーマ:海外SF・ファンタジイ
全7巻中、6巻まで既刊となった〈ハリー・ポッター〉シリーズのうち、最も謎めいたキャラクターといえば、やはり、スネイプ先生ではなかろうか。
はたして彼は、ハリーの味方なのか。
それとも、ヴォルデモートの手下なのか?
そもそも、困難な二重スパイという仕事を担っている人であり、実際にはどちらの陣営に属しているのか、いまもって、なんとも言えない。

魅力的だ。

性格的に難がありはするものの、スネイプは非常にすぐれた魔術師であり、
更に、その「どちらの陣営ともつかぬ」という特徴は、スネイプの大きな強みであり、弱みである。
いわば、トランプでいえば、赤陣営でも黒陣営でもない、ワイルドカード、すなわちジョーカーなのだ。

そういえば、トランプは、タロットカードが変化して作られたものだという。
その由来に従えば、ジョーカーは、タロットでいう、大アルカナの「愚者」に相当する。
愚者とは、知識を探求してアルカナ、つまり「真理へ至る道」をたどる旅人であり、また、足許の危険に気づかずして遠くを見つめる者だ。

実は、このシリーズの、裏主人公は、スネイプなのではあるまいか、とも思えてしまう。
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2006-05-25 22:24:00

『ハリー・ポッターと謎のプリンス』

テーマ:海外SF・ファンタジイ
ローリングは、実に、張った伏線を活用するのが巧みな作家に思える。
たとえば、3巻から登場し、5巻まで大いに活躍するシリウス・ブラックだが、今回改めて再読すると、1巻冒頭で、ハグリッドが駆っていたオートバイは「ブラック家のシリウスから借りた」事になっているではないか。
「お~」
「ほ~」
「ふぅ~ん」
というようなシーンは、他にもいろいろと、ある。

かように、断片をばらまき、再構成する事が巧みであるということは、おそらくミステリを書かせてもうまいだろうなあ、などと思いつつ(笑)。
最新巻は、その「分断と再構成」の力を存分に作者がふるった物語である。

それは、まず、かの闇の帝王が、魂を分割してさまざまなところに隠しているという仕掛けから始まる。
(実はそのうちのひとつは、すでに前の方の巻で物語られていたのだ!)

魂を自分の肉体から抜きだして別のところに隠し、そうする事で、一種の不死身性を持つという方法は、ヨーロッパ、とくにイギリスの民話にしばしば登場する。
たいていは、「悪い巨人」や、「邪悪な魔法使い」が、そのようにして自分の命を守っているのだ。
しかし、それらは、たいてい、ひとつの魂を一箇所に隠すんだよなあ。
容れ物を入れ子状態にしている事はあっても、隠すべき魂はひとつ。

しかし、ローリングはそれをちょっとひねって、魂をまさしく切り貼りさせてしまう。
そして、「それをやった」という推測につながる証拠として、ハリーはダンブルドアとともに、ヴォルデモートまたの名トム・マールヴォロ・リドルの生い立ちを、断片的に追いかけていく事となる。

ミステリを書かせてもうまいだろうと言ったが、この過程は、まさしく、ミステリで探偵が犯人の足跡を追うのと、ほとんど変わらない。
スリリングであり、サスペンスであり、また、不思議と、ヴォルデモート=トム・M・リドルを知るほどに、やるせなさも感じてしまう。

以前、ローリングは、物語が進むにつれてどんどん暗くなるという事をインタビューで述べているそうだが、まさしく、最終巻で実現されるであろう、ハリーとヴォルデモートの最後の対決に向けて、物語におけるハリーの周辺は、どんどん、暗く厳しいものになっていく。
ヴォルデモートの事を知るというのは、必要不可欠な、いわばハリーにとってのイニシエーション(成長儀式)なのだ。
今までハリーを陰から支えてきた大人たちが、ひとり、またひとり、ハリーから奪われていくだけでなく、
最後にハリー自身、ヴォルデモートとの対決に向けて、最も大切な人(人々)に、別れを告げなくてはならなくなる。

それは、ある意味で、かつてトム・リドル自身が言ったように、若き日のヴォルデモートと非常によく似たプロセスかもしれない。

しかし、ダンブルドアはハリーを導きながら、予言されている二人の対決について、繰り返し述べている。
それは、予言されたから成就するのではなく、あくまでも、人がみずからの選択の結果として、行わなくてはいけない、という事だ。
たとえ結果的に、それが予言の通りであったとしても、あくまでも、「個人の自由意志で成し遂げられた」という事が重要なのだ。

なぜだろう?

まず第一に、彼らが学び、日々研鑽している魔術というものは、「意志(精神)の力を原動力とする」というのが理由としてあげられるだろう。
実際、ハリーたちは6年生となって、呪文を口に出して唱えず、無言で魔術を行う訓練を開始する。これはまさしく、意志力で事を行っているというあらわれだ。
また「姿現し」の魔法の練習でも、まったく同じ事が説明されている。
「どうしても、どこへ、どうやって」の3Dの、トップに、「どうしても」というのがあるよな。
どうしても絶対、やらなくてはいけない、という意志力が、魔法の原動力なのです。

呪文があるから、
儀式があるから、
杖を定められたとおりに振っているから、
予言があるから。
それで魔法が成就するのではない。
まず何よりも、それを為そうとする「意志力」がなくてはならない。

そして、なにかを為そうとする意志力を強く持つことは、たとえ魔法使いでなくとも、人間として最も重要な事ではあるまいか。
また、それをなし得る事が、「独り立ちの大人になる」という一面なのだ。

ところで、そういうメインストーリーと絡むもうひとつの謎が、今回はタイトルとなっている。
すなわち、謎のプリンス(THE HALF-BLOOD PEINCE)。
ハリーがほんの偶然手に入れた、古い教科書の元の持ち主で、教科書にこの人物が細々書き込んだ事のおかげで、なんとハリーは、あの魔法薬学で、クラスのトップに躍り出てしまうのだ(笑)。
まあ、担当教師もスネイプではない、別の人になっているんだけどね。

しかし、いったい、プリンスとは何者なのか?
その手がかりが、全くないまま、ハーマイオニーはだんだんとプリンスへの反感をあらわにし、
ハリー自身はプリンスの記述にのめりこんでいってしまう。

ハーマイオニーによるプリンスの正体あばきも、なかなかミステリっぽくて面白いが、
何よりも、その正体そのものに、
「もしかしてあの人が……あの人が……あの人が……ああやっぱり!」
という、ミステリというより、むしろホラーに近い、スリリングさが潜む。

いつもながら、シリーズ全てを一本の糸で貫きとおす本筋の他に、各巻ごとの仕掛けがうまくサブストーリーとして絡んでいくところは、実にストーリーテリングとして巧みだと言うほかはない。


J. K. ローリング, J. K. Rowling, 松岡 佑子
ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)
2006年5月17日新刊
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2006-05-24 22:30:18

『エマ (7)』 エマ、ふたつの正統

テーマ:その他
思えば『エマ』が最初に私のまわりで話題になった時、それは、
「いやあ、この漫画は、正統派のメイドが主人公だよね」
というものだった。
つまり、ひとつのキャラクターとして演出された「メイド」ではなく、
実在の職業をそのままリアルに描いた「メイド」である、ということだ。

もちろん、実在の……と一口に言っても、時代や国によって当然差が出てくるのだが、婦人が生活していくための職業として「メイドになる」というのは、近代社会の特徴かもしれない。

すなわち、女性が「家庭」という枷から逃れる事ができる程度の生産性のある社会がなりたち、
かつ、領民ではなく、職業婦人である「メイド」を雇う必要と経済的余裕のある資産家階級が存在し、
さらに、日常を補助する技術が未発達であるため、家事のほとんどを人の手で行わなくてはならない。
そのような背景があってこそ、「メイド」という役柄が重要かつポピュラーになり得るわけで、
まさしくその時代が、英国においてはビクトリア朝という事になるのだろう。

実際、『エマ』の世界は、メイドの視点を通して(また、時にはお屋敷で生まれ育った紳士の視点を通して)、ビクトリア朝の魅力を、実にうまく描き出していると言って良い。
作者がビクトリア朝にいだく「愛着」が、1コマ1コマから、伝わってくる。

そして、もうひとつ正統的なのは、エマの恋物語だ。
背景のビクトリア朝ロンドンが物語の横糸であるとするなら、彼女の恋は、まさしく縦糸。
まず、カップルが身分違いであるという障害、
ストレートな肉欲につながらない「紆余曲折」がさまざまな面にある事で、逆に強調される、「秘められたエロティカ」。
恋物語のシチュエーションも、まさしくビクトリア朝的であるとともに、つかづはなれず、すれ違い、うまくいくと思えば別の障害が発生し、という筋立ては、恋物語そのものとしても、まさしく正統だろう。


森 薫
エマ7巻
2006年6月6日初版(発売中)
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2006-05-24 20:26:24

コメント削除の告知とポリシー

テーマ:その他

本日よせられた3件のコメントを削除いたしました。


日時   :2006-05-24 15:14:29
記事タイトル :ハリー・ポッターとなぞの騎士団
▼記事を見る▼
http://ameblo.jp/kotora/entry-10012794780.html

コメントをした人 :とらお
コメントのタイトル:とら
▼コメントの全文▼
とら、とら、とら~。
永遠のヒマ人、ここに死す

及び、

日時   :2006-05-24 13:25:02
記事タイトル :ハリー・ポッターとなぞの騎士団
▼記事を見る▼
http://ameblo.jp/kotora/entry-10012794780.html

コメントをした人 :新宿で働く女社長
コメントのタイトル:質問です
▼コメントの全文▼
あなたはホモですか


更にもう1件、

日時   :2006-05-24 13:39:03
記事タイトル :『武道選書 槍術』 槍はなぜ廃れたか?
▼記事を見る▼
http://ameblo.jp/kotora/entry-10001388803.html

コメントをした人 :ある武術家
コメントのタイトル:とらさん、はじめまして
▼コメントの全文▼
あなたは、ニートですか。


以上。
あえてIPアドレスはさらしませんが、全て同一のものであった事は記しておきましょう。
いずれも、記事本文とは全く関係がなく、かつ、「コメントをした人」に記されているハンドルネームは今まで同じ名前で書き込まれた事がなく、
従って、ブログ上では「初対面」とみなされるものですが、
コメントの本文は、初対面の相手にぶつけるものとしては非常に無礼なものである事がおわかりになるかと思います。

今後同様のコメントがあった場合は、発見次第すみやかに削除し、今回のような告知はいたしません。

また、かような行為を試みようとする人は、それがブログの筆者である私自身に対してのみならず、
このブログを読みに来るさまざまな人や、
場合によっては、このブログが置かれているアメーバブログのサーバーへの無駄な負担をかける事にもなり、したがって、不特定多数に迷惑を及ぼす行為である事をあらかじめ御想起下さい。

なお、本記事は告知として以上の意味を持たないため、あらかじめコメントとTBの受付はしない設定としています。ご了承下さい。

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