1 | 2 | 3 | 4 |最初 次ページ >> ▼ /
2006-02-28 22:00:00

『杖と翼 (1)』 アデル

テーマ:歴史・時代小説
杖と翼1 フランス革命。
それは、もちろん、近代史にギラギラと輝く、一大イベントである!

近代民主主義の原点であるのはもちろんだが、
遺憾ながら、このフランス革命は、非常に血みどろであった事でも、有名だ。
そう、あの「恐怖政治」という言葉は、フランス革命に由来していると言って良いのだ。

その立役者の一人が、サン・ジュスト。
非常な美貌と、怜悧な頭脳で、若くして議員となり……。
いや、これだけでも、
「まるで小説の主人公のような」
キャラクターだと思わないか?

しかし、フランス革命を舞台にした漫画は幾つもあれど、サン・ジュストに大きく注目した作品は、これが初めてではあるまいか。
それは、やはり、このキャラクターが、美しく賢くはあっても、その後どんどん、血にまみれていくという運命が(史実である以上)免れないからなのかもしれない。

その点、木原敏江は、
手で触れ、念じれば、瀕死の動物も鳥も、完治させてしまえるという、希有の能力を持つ少女、アデルを登場させる事で、毒を和らげる心づもりであろうかと思われる。
実際、1巻では、まだ幼いアデルと、議員になる前のサン・ジュストが出会うという物語になっていて、
ある程度フランス革命について知っている者ならば、その後の展開に、妙にドキドキしてしまうという仕掛けになっているのだ(笑)。

木原敏江は、既に、日本を舞台に『夢の碑』シリーズを世に出し、
日本史上、冷酷であったり、過酷であったりする人物を配しながら、
不思議な能力を持つ架空のキャラクターを出す事によって、物語をうまく演出し、史実の「冷酷な人」を、人間味溢れる、興味深いキャラクターとして扱う事に成功している。

それゆえ、ある意味でフランス版『夢の碑』とも思えるような、
サン・ジュストとアデルの物語は、1巻から大きく期待させるスタートを切っていると言えるわけだ。


木原 敏江
杖と翼 1 (1)
AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2006-02-27 22:00:00

『ムーン・コテージの猫たち』 猫と一緒、いつも一緒

テーマ:自然と科学
イギリスはロンドン郊外に、その田舎家はある。
およそ400年以上を閲した、家の名前は、Moon Cottage。
そこには、何人かの人と、何にゃんかの猫が住む。

これは、そこの住人の一人である著者、マリリン・エドワーズが描く、人と猫との生活の記録なのだ。

猫と一緒に暮らすことは、とてもすばらしい体験だけれども、一面、大変でもある。
たとえば、子猫をわけてもらいに車で出かけてみれば、帰り道、思い切り乗り物酔いしてしまう猫たちだったり、
休暇で旅行に出てみると、それはそれで、残してきた猫たちが、心配でたまらなくなったり、
そもそも、雌猫に子供を産ませるかどうか、悩んだり、
それに……。

なんつっても、猫の寿命は、人間より短い。
だから、かりに天寿を全うしたとしても、人は、猫に先立たれる運命だったりする。

でも、猫と暮らすことは、こういうこと。
それが、赤裸々に著されているだけに、
そして、なかなかリアルな鉛筆画のカット(多数)にも助けられ、
読者は、猫との生活の悲喜こもごもを、読み進むほどに、追体験する事ができるというわけだ。

実際、飾らぬ文体でつづられた猫と人の交流は、下手に猫の視点で見ようとしたりしていないだけに、すんなりと読者の心に入ってくるようでもある。

作中遭遇する、猫たちの誕生も死も、ひとつではなく、
ほほえましかったり、つらかったりするのだけれども、
それらが素直に描かれているからこそ、物語のリアリティが高く、余計に、登場する猫たちがいとおしくなるのだろう。


マリリン・エドワーズ, ピーター・ワーナー, 松井 みどり
ムーン・コテージの猫たち
AD
いいね!した人  |  コメント(8)  |  リブログ(0)
2006-02-26 21:20:00

『農夫ジャイルズの冒険』 トールキン小品集

テーマ:海外SF・ファンタジイ
J・R・R・トールキンといえば、『指輪物語』(映画のタイトルは「ロード・オブ・ザ・リング」)。その前段の物語として、『ホビットの冒険』および『シルマリルの物語(シルマリリオン)』が知られているが、他にもいろいろな作品があるんだな。

その中でも、佳品なのが、『農夫ジャイルズの冒険』なのだ!

本書の後書きにもあるのだが、オクスフォード大学で教鞭を執っていたトールキン教授は、同僚であるルイス(そう、あの『ナルニア国物語』の作者ですよ)と、特に仲が良かったのだそうで、しかも、竜の話をするのが大好きだったんだそうだ!

イギリスには、竜にまつわる物語が、たくさんある。
民話もあり、伝説もあり、近代以降のフィクションもある。
伝説ならば、聖ジョージと竜の物語がなんといってもトップに来るだろうし、
かのアーサー王も、ユーサー・ペンドラゴンの息子であり、このペンドラゴンというのが、「竜の頭」という意味なんだそうな。
フィクションともなれば、枚挙にいとまがないといってもいいだろう。
とくに、児童向けのファンタジイを書いている人ならば、一度くらいは、竜を扱った事があるんじゃないかという気がする。

しかし、面白いことに、ていうか、聖ジョージの伝説のイメージがあまりにも強いせいなのか、
そのほとんどが、「竜退治」の物語だ。
すなわち、イギリスで「竜」といえば、

すごーく膨大な財宝を寝床にしていて、
翼があって空を飛ぶ事ができ、
口からごぉっと炎を吐き、
人間を襲ってその肉を食い、(これをなだめるためにさしだされた、乙女の生贄をかっさらい)
槍、あるいは特別な剣をもった騎士(英雄)に斃される事になっている。

これが「竜」にまつわる、定番イメージと言って良い。
そのポイントを全てはずさず、なんともおかしみのある、軽妙な物語にしているのが、本作『農夫ジャイルズの冒険』というわけだ。

簡単に言えば、頼りにならない王様や騎士たちのかわりに、偶然勲功をたてる形となっていた「地元の英雄」、農夫のジャイルズが竜退治に向かう事になるんだけど、ちょっと皮肉で、すごく笑えるシチュエーションの連続。
読んでいて、ほんとに楽しくなってしまう。
庶民が、ちょっとした誤解から英雄の偉業を達成すべく送り出され、幸運と知恵でその危難をくぐりぬけるというあたりは、イギリス民話にもしばしば見られるものではあるが、何しろトールキンの手になるものだから、実にうまいこと、深い教養に裏打ちされたユーモアと「だじゃれ」がふんだんにもりこまれているんだよなあ。

さて、〈トールキン小品集〉とあるように、タイトルの『農夫ジャイルズの冒険』だけでなく、他に
『星をのんだ かじや』
『ニグルの木の葉』
この2篇、そして
『トム・ボンバディルの冒険』と総タイトルをつけた、16篇の詩がおさめられている。そのうちのいくつかは、いろいろな意味で、ホビットと関係の深いもので、その証拠に、「赤表紙本におさめられていた詩」と説明されている。

『星をのんだ かじや』は、非常に美しいフェアリイ・テールで、現代(20世紀前半)的に洗練されてはいるが、イギリスの妖精譚らしい、静謐で、不思議で、運命的で、ちょっとばかりアイロニカルでもあり、ハートウォーミングでもある、そういう物語。

これに対して、『ニグルの木の葉』は、寓話的な要素が強いかもしれない。
また、ややキリスト教的なにおいもする。
とはいえ、はっきりとイエス・キリストや神の国が示されているわけではなく、不思議な、想像の地が登場したり、そこへ通じる道に鉄道が関連するあたりは、やや、ナルニア的な香りもあり、〈ナルニア国物語〉の最終巻、『さいごの戦い』ラストあたりを想わせたりもする。
並行して読むと、作者同士の交流を重ね合わせて、なかなか面白いかも。

詩は、ビルボやサム、メリーにピピン、それにフロド、彼らを思い出しながら鑑賞すると、すごく楽しいと想う。
01 トム・ボンバディルの冒険
02 トム・ボンバディル 小船に乗る
03 さすらいの騎士
04 小さな王女さま
05 月に住む男 鈍重の巻
06 月に住む男 軽薄の巻
07 岩屋の巨人
08 巻貝のペリー坊や
09 ミューリップ族
10 象
11 ファスティトカロン
12 猫
13 影の花嫁
14 秘密の財宝
15 海の鐘
16 最後の船

タイトルを並べただけで、「岩屋の巨人」が、サム・ギャムジーの即興詩として登場した事を思い出す人もいるだろうし、もちろん「象」は、『指輪物語』(瀬田訳)で登場する”じゅう”のことだ!

本書は、全篇にわたり、中世風の絵を思わせるカットがちりばめられているが、詩の「猫」のみは、なぜか、かなりリアルな猫の絵つき。
装幀やデザインも、楽しめる本となっているのが嬉しい。


J.R.R. トールキン, John Ronald Reuel Tolkien, 吉田 新一, 早乙女 忠, 猪熊 葉子
農夫ジャイルズの冒険―トールキン小品集
AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2006-02-26 17:43:33

『世界六大宗教101の常識』

テーマ:人文・社会・ノンフィクション
日本人は、特定の宗教に入信して、意識的に宗教的な日常行動を行っている人が少ない。 だから、いまひとつピンとくる事が少ないと思うんだけど、世界的にみて、宗教的な確執というのは、あっちにもこっちにもそっちにも、頻発しているのだ。

たとえば、ソ連が崩壊して長らくたった今、世界の「悪役」は、もっぱらイスラム諸国のどこかが担っている形だが、これも、欧米のキリスト教社会と、中東のイスラム教社会のぶつかりあいになるわけで、
その根底には、キリスト教的文化とイスラム教的文化の「差」……本書の言い方に従えば、常識の違いが、存在するわけだ。

そもそも、宗教とは、人の社会行動をコースづけるものであり、従って、宗教は社会を構成する「グループ」としてとらえる事ができる。
逆に言うと、ある社会の行動特性は、その社会で優位を占める宗教を理解すれば、わかりやすいとも言える。

ところが、宗教について考える時、
まず第一は、「宗教学」というか、「神学」というか、
その宗教の内部から、宗教の求めるものやその宗教なりの真理について考える学問を通じて、理解をしようとする事になるか、同じくそれを外から見て、
「この宗教は、他の宗教と比べてどうこう」
みたいな考え方をするというのが、まず第一であろうと思う。

もうひとつは、宗教を歴史の点から見る事で、その宗教が政治的に果たした役割を考えるというやつ。
または、歴史を勉強する時に、そこに影を落とす宗教についてもちょっと覚えておこうか、という感じ。
たとえば、大航海時代の影には、キリスト教の大きな宣教活動があったとか、
そういうような事は、学校の教科書にも載っていたりするよな。

しかし、神学とか宗教学は、宗教が社会に与える影響を考える時に、いまひとつ客観的とは言えず、
歴史の中で見る時には、あまりにも断片的すぎて、実態がつかみにくい。
結局のところ、
キリスト教は~、
イスラム教は~、
仏教は~、
な~んとなく、漠然としたイメージはつかめていても、ほんとはどういうものなのか、教えてくれる人や本は少なくはないだろうか。

その点、本書は、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、仏教、道教、神道の6つを、社会学的にとらえ、
かつ、最初にその本質をずばりと一言で言い表す事で、
非常に理解しやすく、かつ、スピーディーに把握する事を可能にしている。
例として、各宗教の章それぞれの、1番目の項目のタイトルをあげてみよう。

第1章 「ユダヤ教」の教えと常識
ユダヤ教の神は「正義」と「復讐」のために怒る

第2章 「キリスト教」の教えと常識 1
ユダヤ教徒キリスト教を対立させた「愛の概念」

第4章 「イスラム教」の教えと常識
イスラム教の根本は唯一神アッラーに「帰依」すること

第5章 「道教の教えと常識
多神教である道教のキーワードは「道」

第6章 「仏教」の教えと常識 1
仏教が他宗教と異なるのは「慈悲」の強調にある

第8章 「神道」の教えと常識
神道の基本は「祀り」であり、神と人々との共存をめざす

どうだろう?
これだけでも、
「ああ、そうか!」
と手を打つ人がいそうな気がする。

宗教というものは、人の思考の根本を方向付けるものであるばかりか、その人が属する「社会」の傾向までも決めてしまうため、たとえば、個人として、
「いや~、私は教会になんか行かないし、別に神なんか信じていませんよ」
というアメリカ人がいたとしても、その人が所属する社会が基本的にキリスト教文化であるならば、
「キリスト教文化」というものがもつ根本的な考え方、たとえば宗教は一神教が多神教よりも優位であり、
神→(天使)→人間→動物  あるいは  天国→人間の世界→(煉獄)→(地獄)
というような、縦型の宇宙観をインプリンティングされている、とみなす事ができるだろう。
その人の価値観は、「正義はひとつ、真実もひとつ」というような、一神教的な考え方がベースになっている可能性がとっても、高そうだ。

対して、多神教の国、たとえば日本人であったら?
神はあそこにもここにもそこにも宿っている、あるいは愛用の茶碗だってもしかしたら、「神になってしまう」かもしれない!
別に、
「う~ん? 別に近所の神社の氏子じゃあないですし、私はシントイストじゃないですよ」
と言っていたとしても、根本的には、そういう思想がインプリンティングされているだろう。
なぜなら、神道の考え方は、教義や習俗として以前に、日本人の精神文化に広く浸透しているからだ。
個人が意識していなくても、たとえば、
「悪かったことは水にながしてなかったことにしよう」
と考えた事が、一度でもあるという人は、とても多いだろうけれど、これもまた、神道の影響によるものだ、と著者は述べている。

それぞれの宗教について、本質的な部分をわかりやすく解説しながら、かつ、それを社会とも結びつけて解説しているところに、本書の価値があるのだ。
宗教と、社会(国とか民族とか)は、実は、それぞれ、単独では理解しきれないもののようだ。
両方をあわせて見ていく事で、「その社会がどのような指向性を持っているのか」がわかってくるというわけ。

単に、キリスト教とは、イスラム教徒は、仏教とは、なにか。
というのではなく、本書は、キリスト教社会とは、イスラム教社会とは(以下略)、いかなるものなのかという事をわかりやすく教えてくれる。
読了したら、世界の様相が、それまでとは違った風に、見えてくるかもしれない!


大澤 正道
世界六大宗教101の常識―世界の宗教の教義と歴史が面白いほどよくわかる
パンドラ新書
いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)
2006-02-25 23:20:10

『抱朴子』 東洋式錬金術のマニュアル!

テーマ:秘術・魔法・呪術


西に錬金術があるとするならば、東には煉丹術がある。
このふたつは、人工的な金を作るというのを踏み台にして、不老不死の霊薬を求め、かつ精神的な修養をも取り入れて、神とか仙人とか、まあそういったような、「超存在」になろう!!
……と、めざしている点が、とてもよく似ている。

そして、煉丹術というか、
「これであなたも仙人になれます! ぜんぜんバインダー式じゃない、かなりむつかし~いテキスト」
が、『抱朴子』という本なのだ。
いわば、その道の、「必修科目」。
実は、煉丹術というか、仙人になるための方法も、後代になるとさらにいろいろ変化していくし、一般に不老不死の霊薬と考えられている「丹」が、そこに占める割合は、だんだんと小さくなっていくのだが、

「きみ、仙人になりたいんだって? なら、少なくとも『抱朴子』は、おさえておきたまえよ!」
とその道の先輩に絶対言われる本であるのは、間違いないのだ。

ただーし!
丹を作る方法が説明されているからといって、実施するのは禁物だ。
なぜって、ここに述べられている
「とりあえずエッセンスを教えちゃうよ、丹の作り方」
を一読すれば、一目瞭然。
丹の原料は、丹砂。
つまり、丹を精製していくのならば、その過程で、たっぷりと、水銀をカラダに取り入れる事になってしまう。
実際、この丹薬を用いたために、あえなくも中毒死してしまったという悲劇は、山ほどあるそうだ。

まあ、だからといって、
「せんせー、それじゃあぼくは西洋の錬金術の方をやります」
と、転向するなかれ。
アチラも、ちゃ~んと、水銀と硫黄をベースにあれこれやることになっているのだ。
水銀中毒の危険性は、煉丹術とおっつかっつであろう。
(そんなところが共通していなくてもいいのになあ?)

とはいえ、心身の修行について書かれた「内篇」は、やはり読んでそれほど面白くない。
毒だ危険だスリリングだ、と感じるからこそ、丹の練り方などを説明した「外篇」の方が面白く感じてしまうのだろう。


葛 洪, 本田 済
抱朴子〈外篇 1〉
抱朴子〈外篇 2〉
抱朴子 (内篇)
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2006-02-24 23:03:31

『美しき凶器』 メダルという名のキョウキ

テーマ:ミステリ
美しき凶器 メダル。それも、できることならば、オリンピックの金メダル。
いやしくもスポーツ選手であるならば、メダルはどれほどの魅力にうつるのだろうか。
運動会の徒競走が、本来そうであるように、スポーツは、すべからく、「1等賞」である事が全員の目標となるものだよな。
それを、極力フェアな状態で競う事が、本来、スポーツの精神であろうけれども、
残念、現在のアマ・スポーツ界は、そんな状況だとは到底言えない。

オリンピックにしろ、商業主義に
政治的圧力に、
多々、翻弄されているのが現実。
そこまでして、人は、(そして国は)、メダルがほしいのだ。
だからこそ、ドーピング問題なんかも起きるのだろうなあ。

ドーピングの基準や、検査の実施方法についても、いろいろ変化しつつあるわけだが、これって、いたちごっことも言われているらしいね。
そういう、スポーツ界の暗黒面を舞台にしたのが、このミステリなのだ。

ドーピングに手を出してしまった事のある、5人の、世界選手権クラスの元選手。
彼らと、
彼らにかつてドーピングを指導したスポーツ医師、
そして その医師が全力を傾けて作り上げた、ドーピングによる一種のサイボーグ。
医師の殺害によって、運命が坂道を転げ落ちていく。

タイトルの『美しい凶器』とは、まさしく、スポーツのために鍛え上げられた肉体美を指す。
だが、単にそれだけではなく、
美しさの影に潜む狂気が、いくつも絡み合って、むくむくと蠢いているのが面白い。

実際、連続殺人事件にからむアスリートらの見せる、美しさの裏の醜さ、
あるいは、ドーピング・サイボーグである「タランチュラ」の、非人間的性を思わせる行動など、
読み進むにつれ、いかに現代のトップレベルのスポーツというものが、「人間的ではない」ものなのかが、にじみ出てくるのは、怖ろしくもある。

オリンピックが、日本人にとってようやく盛り上がりを見せている今、本作を手に取ると、興味深いかもしれない。


東野 圭吾
美しき凶器
光文社文庫
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2006-02-23 22:18:01

『日本怪奇小説傑作集』 ひたすら妖しき世界に遊べ

テーマ:海外SF・ファンタジイ
怪奇小説は、はたして「ホラー」とイクォールで結ばれるだろうか?
否、断じて否。
もちろん、恐怖という要素は存在する。
だが、怪奇とは、真の暗闇とは違う。
そこはかとない光、それが黄昏の光でも、月の光でも、あるいは星、または蛍、そんな光でも良いのだが、なにかしら光らしきものもあり、「誰そ彼」と言うがごとく、見えるような見えないような、不思議と不条理、あるいは奇妙さ。
そういうものが渾然一体となっている世界。
それが、怪奇小説の世界だ。

そして、今回で完結する『日本怪奇小説傑作集』は、まさしく日本の、
妖しく、
怪しく、
奇しく、
アヤシイ、
美しくも怖ろしく、
怖ろしくも不気味で、
不思議な、わけがわからないような、
そういう、日常のスキマのような、
「怪奇」な話を厳選して集めたものなのだ。

おおむね、年代順に選ばれてきているため、3巻は、昭和中期くらいまでに発表された短編小説が並んでいるようだ。

目次--------------------------
お守り(山川方夫)
出口(吉行淳之介)
くだんのはは(小松左京)
山ン本五郎左衛門只今退散仕る(稲垣足穂)
はだか川心中(都筑道夫)
名笛秘曲(荒木良一)
楕円形の故郷(三浦哲郎)
門のある家(星新一)
箪笥(半村良)
影人(中井英夫)
幽霊(吉田健一)
遠い座敷(筒井康隆)
縄-編集者への手紙-(阿刀田高)
海贄考(赤江瀑)
ぼろんじ(澁澤龍彦)
風(皆川博子)
大好きな姉(高橋克彦)
------------------------------

もし、「ホラー」を求めて読むと、いささか期待はずれかもしれない。
だが、「あやし」の世界を求めるのならば、きっと、全篇、堪能できる話だと思う。

私がとくに気に入っているのは、たとえば、『名笛秘曲』。
情景をつぶさに想像するなら、かなりスプラッタな話なのだが、それが「昔話」として伝えられているため、やるせなく、はかない、不思議な美しさが、その物語の中に咲く花々に託されて、伝わってくるのだ。

たとえば、『箪笥』と、『遠い座敷』。
日本のふる~い家がまとう、独特の雰囲気が、そこに漂っているかのようだ。
あるはずがない、あり得ない、そんな風景が、妙にリアルに感じられる。


紀田 順一郎, 東 雅夫
日本怪奇小説傑作集 3
創元推理文庫F
2006年12月16日新刊
いいね!した人  |  コメント(9)  |  リブログ(0)
2006-02-22 16:14:57

『プ~ねこ』 2月22日は猫の日

テーマ:その他
プ~ねこ。
なんとも不思議な響きがするよね。
クマのプーさんならぬ、ネコのプーさんなのか?
いやいや。
プ~ねこのプ~は、プータローのプ~である。

表紙をめくると、カバーの折返しに、こんな風に説明されている。

-------------------------
文字どおり定職を持たないネコのこと。全成ネコの98パーセントほどを占める。残りの2パーセントはサラリーネコ(USJに勤務しショーに出演など)、家事手伝いネコ(じき嫁に行く)、小説ネコ(夏目漱石や奥泉光らに小説を口述筆記させる)などがいるもよう。
-------------------------

すなわち、仕事をしないで、一日ぶら~っとしている、そんな猫。
中身は、4コマ漫画とストーリー漫画が半々くらいだろうか。
4コマの中身が、実に良い。
笑えるなかに、ちょっと含蓄もあったりする。

画像では文字が読みづらいと思うので、表紙に掲載されている4コマでネコがしゃべっている台詞を書き写そう。

(1) 日本では プライドは捨てるものだが
(2) 欧米では プライドは飲み込むものなのだそうだ
(3) 飲み込める程度のちっぽけなプライドなら 最初から捨てたりなんぞせぬわっ!!
(4) [右] (ゴクリ……)
(4) [左] (何か飲み込んだ……)

これは、そんな自由で哲学的(?)な、プ~ねこを主人公とする漫画、というわけだ。

ストーリー漫画(?)は、ネコも出てくるが、人間が一応メインであったりする。
しかし、それは路上生活ならぬ、瓦上生活をいとなむ少女であったり、
リストラされた主夫とその娘であったり、
人間でありながら、なかみはやっぱり、プ~なネコっぽい人々だ。
瓦上生活の少女なんて、まず設定が、ありえね~っ なわけだけれど、不思議と、
こういう女の子がほんとにいたら面白いなあ、いるかもなあ……などと思ってしまう、
「あり得ないリアルさ」
とでもいうような雰囲気を持っているのだ。

そう、シュールというのとは、ちょっと違うんだな。
状況は、絶対あり得ないはずの事でも、なんかごくふつうに、日常の一コマとして、あり得るんじゃないかと感じさせてしまう、奇妙な説得力がある。

しかし、そうは言っても、この作品の魅力は、やはり4コマの方にあるだろう。
はしばしに、非常に「をたく」的なテイストを盛り込み、
なおかつ、ネコという生き物への愛情がじんわりと隅々まで浸透していて、
ニヤ~と思わず鳴き声を漏らしてしまう。

腹を抱えて笑うとか、ニヤリとするとか、そういうのではない。
強いていえば、チェシャ猫的味わい。
不条理な中にも、変な親しみと微妙な距離感があり、そうだなあ、擬音であらわすなら……
にへ~
とでもなろうか。

とりあえず、書店で手にとって、表紙と裏表紙の4コマだけ読んでみるのもテだろう。
透明フィルムのカバーで、中が読めなくても、この2つだけはその場で読めます。
(でも、個人的には、裏表紙カバーおりかえしにある、ほんとの猫写真使ってるらしい4コマが、すげー好き)。


北道 正幸
プ~ねこ
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2006-02-21 22:59:23

『帝都少年探偵団』〈帝都探偵物語外伝〉

テーマ:冒険・アクション
面白い。どんどん読めます。
大変すばらしい、ワンパターンの、二次創作であります。
むー(笑)。
ここらへんが、ちょっと、微妙か。

真面目な話、物語は、面白く転がっていくと思う。
外伝ということで、探偵事務所の面子が(というより、主人公の重要な相棒である「渡」が)、どうやって集まってきたか、という話だから、シリーズの読者にとっては、実においしい話であることは言うを待たない。

しかしなあ、なぜこうも敵役がワンパターンなのだろう?
「またか」
と言いたくなるほど、銃弾が通用しない不死身のモンスタアが、敵役の手駒として登場する。
もういいって。
それは飽きたから!(笑)。
ひねってくれよ。
たのむよ。

そして、カリガリ博士(そして眠り男ツェザーレ)の登場。
ぐはー。
元ネタが、すごく古い映画である事は認めよう。
だが、それは非常に有名でもある。
名前からして、非常に印象的だろ。カリガリ博士。

要するに、それは、作者のオリジナルではなく、他人のオリジナルってことです。
著作権上は、すでに問題ないのかもしれないが、安易に出して良いのか?

まあね、この世界は、先のエンタテイメント上の有名なキャラが全て実在する、という想定のもとに書かれているようなのだよな。
良い例が、シャーロック・ホームズや明智小五郎なわけだが……。
でもなあ、たとえば、アメコミの『リーグ・オブ・レジェンド』みたく、はなから、世界のヒーロー、オールスター総出演と銘打っているわけではなく、
あくまでも、「名探偵木暮十三郎」が活躍する物語、ということなのだから。
そういうのを軽々しく持ってくるのは、あざとい。

もちろん、作者は楽しんでやっているのだと思う。
だが!
やるなら、もっと、読者にもオマージュを感じさせるやりかたにできないものでしょうかね?
本作なら(そしてシリーズの他の作品でも)、別に、それらの有名キャラの名前を借りる必要は、全くないと思う。むしろ、それらの名前を出さない方が面白いのではないか?

そこらへんの、
「すでにある名作からの借用と、それらの扱い」
これが、まるっきり、二次創作作品に思えてしまうのだな~。

残念。


赤城 毅
帝都少年探偵団―帝都探偵物語外伝
光文社文庫
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2006-02-20 21:20:35

『稲生物怪録』 なんだかとってもヘンな怪異

テーマ:神話・伝説・民話
『稲生物怪録』……近年、かの荒俣宏によってにわかに有名になったこのハナシは、なんだかすご~く、ヘンなのだ。

時は、江戸時代。
日本の、とある田舎の、とある(それほどの身分ではない)武士の家。
あー、ちなみに、浪人ではない以上、武士の家は、すべて借り物のはずなんだな。
お殿様が屋敷を家臣にたまわり、家臣はそこに住む、という事になっていたようだから。
(よーするに、今でいう、官舎ということだ)。

ひょんなことがきっかけで、なぜかこの屋敷に、みょうてけれんな化け物が、出るわ出るわ。屋敷に住む少年武士が、毎晩この怪異と対決(?)した記録というのが、これ。
現代のフィクションではなく、ちゃんと、江戸時代に報告されたもの、ということなのだが……。

むかしむかしの物の怪とか、怪異とかっていうと、
水木しげるのマンガに登場してそうな、一ツ目小僧やからかさおばけ、ろくろくびにむじな、
そんなものを思い浮かべてしまうよな?
ところが、ここに出てくるのは、
まったく、民話にも説話にも語られていないような、
ヘンな、
異様な、
むしろ、現代のホラーに語られている方が似合うかのような、
「怪異」のオンパレードなのだ。

いきなり生臭い水が部屋に溢れてきたかと思うと消えてみたり、
天井からヒョウタンみたいなものが、ぶわぶわぶわぶわっとわいてきたり、
石に手足がはえて、家内をずりずりと一晩中這って歩いていたり。

共通するのは、どことなく、突然変異した生物の一部を見ているようなものが多いということ。
みょうになまなましく、ぶよっとしていて、ついでになまぐさそう。

いや、それだからこそ、ホラーの地道なブームが続いている今、ホラーファンが興味を持ってしまうようなハナシなのだと思う。

ゆえに、そういったものが、江戸時代にあったらしい、という事の方が、むしろ、不思議に感じてしまう。


荒俣 宏
稲生物怪録―平田篤胤が解く
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 |最初 次ページ >> ▼ /

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。