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2005-04-30 12:45:45

写真を上手に撮る方法~撮影指南の本

テーマ:その他
カメラっていうやつに、子供の頃から、凄く憧れていた。
中学に入って、ちょっと「写真部」なんてやつに所属してみて、その頃、親父のお古のカメラをもらったんだよな。
そりゃあもう、撮りまくった!
自分で現像するのも面白かったし。

で、その頃から今まで、何を中心に撮ってきたかというと、「花」と「風景」だったりする。なぜかというと、人物写真が嫌いだからだ。

これは、自分が写真写りが良くないっていうのがあるし、そもそも自分の外見が好きではないっていうのもある。
(まあ、自分の外見がすごい、良い! なんて思ったら、それはそれで、キモチワルイという気はする)。
観光地で人の写真を撮る、そいつを後で見る、なんていうのも、
「どの写真にもうつっている作り笑いやわざとらしいポーズ」
ってやつが嫌いで、友人や家族の写真であろうとも、自ら撮った事はない(笑)。

で、動物とか鳥の写真というのも、それはそれで撮りたいのだけど、これ、満足のいくように撮るためには、それなりの機材が必要なんだよな。
例外的に「人を撮ってもいい」と思えるスポーツ写真でも、同じこと。
お金がかかります( ‥)/
しかも、持ち歩くのだって、かなーり、大変なのだ。
写真の器材って、重いんだよね(笑)。

その点、風景と花ってやつは、相手がじっとしていてくれるし、工夫すれば、レンズ付きフィルムでだって、すごい、良い写真が撮れるのだ。
だから、好き。
また、花ってやつは、同じ木や茂みでも、毎年違う表情を見せてくれるのがいい。

とはいえ、花を撮るにもそれなりのテクニックはいるわけで、たまーに気が向くと、こんな本とか、雑誌などを、買ったりするわけだ(笑)。
ページを開いて、読む。
「ふむふむ。なるほど~。こういう手があったか!」

そりゃもう、上達指南の本なのだから、いろんな小技裏技が、たくさん載っているわけだね。
機材なしでも、これならできる、みたいなやつだって、たくさんある。

だが、しかし。

風景とか花の写真なんて、それこそ、それ専門のカメラマンじゃあるまいし(いや、専門のカメラマンだとて)、毎日撮るものじゃないだろ。
そうだな、せいぜい、月に1~2度が、いいとこだ。
(携帯のカメラで、ぱしっと撮るやつは、除く)。

てことは、ほとんどの場合、本で読んだテクニックは、忘れてるのだ(笑)。
おぼえていても、1%くらい。
考えようによっては、授業でもなんでも、教わった事の1%が身に付いていれば、御の字なのかもしれないが(笑)。

そういうわけで、まず、撮りまくります。
デジカメの場合、フィルム代と現像代を気にしなくてすむので、今はともかくデジカメで撮りまくる。
撮りまくった後に、写真を眺めつつ、後で気が向いた時にもう一度本をめくってみたりする。

で、思わず、
「あーっ。この技を忘れていた……!」

……ありがち(笑)。


著者: 江口 慎一
タイトル: 花撮影の上達―光の選択が最優先!
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2005-04-29 15:27:33

『ビッグ・バッド・シティ』〈87分署シリーズ49〉

テーマ:ミステリ
87分署シリーズといえば、言うまでもなく、警察小説の金字塔。
で、警察小説といえば、普通は、
「警官が事件の謎を解くタイプのミステリ」
と定義されるものじゃないかな。

では、そういう警察小説の中で、87分署シリーズは、どこがユニークなのだろう?
なんたって、文庫で数えてすら、これが49冊目だぜ?
この巻数にして、マンネリを感じさせず、読者が飽きずに読めるというのはスゴイことだ。どこにその理由があるのだろう?

それは、87分署シリーズが、常に変わらず、
「アイソラという都市の、日常」
を描いているからだと思う。
しばしば、アイソラそのものが、このシリーズの主役だ、などと言われるのだけれど、単に主役というだけじゃないんだよな。
ここでは、何かひとつの事件が、特別な中心となる事が、ないんだ。

警察小説を含め、ミステリでは、たいてい、
「ある特定の、ひとつの事件」
これを解決するものとして、話が進むものだ。
ところが、87分署では、そうじゃないだろ。
必ず、複数の事件を、分署の刑事たちが手がけている。
また、刑事の身辺でも、家庭的な事件が何かしら起こったりする。

87分署シリーズの正体は、警官の日常であり、アイソラの日常であり、アイソラ市民の日常なのですな。
日常というやつは、平凡だけれども、どこか、人を「はっ」とさせるような小さなイベントの連続でもあるわけで、それを描いている事が、87分署シリーズをユニークなものとしているのだろうし、魅力にもなっているんだろう。

とはいえ、「中心的」な事件は、一応、あるわけですね。
今回は、修道女殺し。
修道女というと、白と黒の長い服にベールをかぶって……という、ステロタイプなものを想像してしまいがちだけど、現代の修道女は、そうでもない。
普通の服を着て、奉仕活動をしている場所の近くにアパートを借りて一人暮らししている、なんて事もある。
(日本でも、現在はそういう形であるケースが、あるらしい)。

それでも、修道女らしからぬ事というのは、あるわけで。
「彼女は酒を飲むのか?」
「彼女は借金をしているのか?」
多少のお酒を飲む事はあるでしょう。
お金のことを口にしない修道女はいません。
「上司」や「同僚」にあたる修道女は、そう答えはしても、
「度をすぎてそんな事をするはずがない」
言下に否定する。

ましてや、修道女が豊胸手術など?
そんなミスマッチな事が、どうしてあり得るのか?
……修道女はすでに、イエス・キリストと結婚した状態にあるのだから、胸を大きくして、男を誘惑する必要なんか、ないはずなのに?

日常を描くシリーズの面白いところは、人がえてして、レッテルをはり、
「こういうグループの人は、こういう行動を取る。これこれのケースはあり得ない」
と考えるところを、少しずつ、突き崩していく点にあると思う。

また、いかな宗教離れの進んだ現代といえども、やはり、人の心の中には、どこかしら、
「聖職者は、キタナイ事や悪い事はしないものだ」
という、そこはかとない先入観があるんだな。
(だからこそ、そういう道からはずれた聖職者のニュースにはショックを受けたり、ことさら、いやらしい事件として語りたがるのだ)。
そして、人間は不思議なことに、
「聖なるもの、清らかなもの」
これを見ると、なぜか、むしょうに、汚したくなる衝動に駆られる事が、あるみたいだ。

そういう、人の持つ複雑な心境も、修道女殺しにかけて、うまくストーリーを染めているように思える。
宗教をなんとなくバカにしながらも、どこかで信じていたい気持ち。
宗教に身を捧げる事が、理解できないという気持ち。
また、聖職者の素顔を、うっかりのぞいてしまった時のような、なんとなく後ろめたいような、そんな気持ち。

自分の中にも、もやもや~っとしながら、どこか、ちょっとうなずきたくなるようなものも、端々に感じてしまう。

そういえば、「もやもや」はもう一種類、この話の中で繰り返し現れているな。
それは、
「やむにやまれず、他人を殺してしまう」
ということ。
いろいろなケースが、手をかえ品をかえ、コラージュされているのだけれど、それもまた、微妙なところで修道女殺しに関わってきているのが面白い。

思えば、人間の「日常」って、平凡なようにみえて、とても複雑なものなのかもな。


著者: エド・マクベイン, 山本 博
タイトル: ビッグ・バッド・シティ
ハヤカワ文庫HM
2005年3月31日文庫新刊
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2005-04-29 11:25:57

『薔薇の名前』 文庫化してくれっ

テーマ:ミステリ

ハードカヴァーの難点は、3つある。
まず第一に、収納に困ること。本をため込むタチの者にとって、これは重大な問題なのだ(笑)。占有するスペースも、重量も、ハードカヴァーは、ばかにならない。
第二に、携帯性が悪いこと。通勤通学移動中、これらの「利用可能時間」に、ポケットやカバンから、サッと取り出して読む。ハードカヴァーだと、この芸当は不可能だ。ましてやラッシュアワーの電車などでは、広げる事もままならない。
そして最後に、単価が高い。ダイレクトに、財布に響くのだ(笑)。

だから、ハードカヴァーを買うというのは、よほどの事なんだよな。
優先順位が高いのは、当然、図版や写真を見たりする必要があるものだ。
早い話が、専門書だね。

文芸書は、なるべく、文庫化されるまで、待つようにしている。
別に文芸書は、でかい紙面である必要がない。
むしろ、持ち歩いて何度も再読するために、軽便な大きさの方が望ましいだろ。
読む速度も当然専門書などよりずっと速いので、コストパフォーマンスの問題もあるわけで。
(ここらへんが、冒頭にあげた三つの条件にみごとにあてはまってくるわけ)。

幸い、私が待っている本のほとんどは、比較的たやすく、文庫化されるものなのだが、これだけは違う。
『薔薇の名前』。
新刊で出た時から、ほしくてほしくてしようがなかったのだ(笑)。
でも、今まで読んだ事のない作家だし、ハードカヴァーで買うのは、ためらわれる。

中世。
修道院。
図書館。
そしてミステリ。

興味を刺激する4つのキーワードがそろっているのだけれど……。

しかも、どういうわけか、いまだ古本屋で見た事がなく、近隣の図書館にもないのだ(笑)。
単なるタイミングや、巡り合わせの問題かもしれないが、いつまでも「高嶺の花」でいられると、よけいに、
読みたくもあり。
いまさらハードカヴァーで買おうとも思わず。


創元のことだから、いずれは、と待っているのだが(笑)。
そろそろ、文庫化してくれないものですかねえ(‥


著者: ウンベルト エーコ, 河島 英昭, ウンベルト エーコ
タイトル: 薔薇の名前〈上〉
タイトル: 薔薇の名前〈下〉
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2005-04-28 20:36:52

『テコンドー』

テーマ:武道・武術
テコンドーは、去年のオリンピックの時に、話題になったよな?
その前から、
「蹴り技の豊富な韓国の格闘技(または韓国空手)」
という事で、ちらちら噂を耳にしたりして、興味を持っていたのだ。

で、オリンピックのテコンドー、見たわけですが。
正直、実戦的な格闘技であるとは、到底、思えなかった。
でもまあこれは、国際競技にするため、ポイント制とかウェイト制をとるなど、
「スポーツ風にあわせた」
からかな、とも思った(笑)。
防具もつけていたしね。

一方で、本を見たから、わかるというものでもないだろうけど、とりあえず。
「立ち」「蹴り」「突き」「受け」、簡単な約束組手のようなものまで載っているという事で、この本をつらつらと、見てみる事にした。

ところで、韓国という国は、遺憾ながら、なんでもかんでも
「これは我が国(うりなら)起源のものだ!」
と、主張する悪いクセがある(笑)。
とりあえず、自分のところが起源という主張を支持する為に、史実を無視したり、歪曲したり、証拠を捏造したりして声高に叫ぶという事が、いろいろな方面から言われていて、なんだか、と学会がとりあげる「ちょ~」な本の著者たちみたいなのだが……。

テコンドーも、
「始祖が松濤館空手を学び、それを参考にして作り上げた」
これが定説であると思うけれど、逆に、今、
「日本の空手はテコンドー起源だ」
と主張をしているらしい(笑)。

武士文化のあった日本(本土)、薩摩の支配に抵抗して独自の武術をはぐくんだ琉球のような文化に比べて、儒教思想が強く、肉体労働(武術も含む)をさげすんだ韓国文化が、こういったものを
「自分とこが先」
と主張するのは、そこからして無理があるように思うのだが。
さて、内容はどうだろうか?

立ち方、拳の握り方は、ほとんど空手と一緒。
手刀、足刀なども使う模様。ほうほう。
「指先(ソンクッ」というのがあって、
「これはテコンドー特有の部位」と説明してあるのだけど、はい、ここは間違いですぞ( ‥)/
写真にある手の形からしても、これは間違いなく、貫手です。
空手でも、中国武術でも、貫手は使う。
うちの流派(沖縄空手・上地流系)などでは、むちゃくちゃ多用します(笑)。

う~ん、こういうミス(なのか?)を見つけると、内容に懐疑的になってしまうが、続けて見ていこう。
まずは、蹴り技。
バレエのバーレッスンのごとく、バーを利用して練習するようです(‥
これは、なるべく、高い蹴りを出そうとするためなんだろうか。
いや、まあ、練習方法にケチをつける気はないんだけど(笑)、巻頭に、
「また攻撃や防御した瞬間は、後ろのカカトを上げてはならない。なぜなら、バランスを失い、攻撃や防御の部位が目標に亜tっする瞬間に最大の力を出せなくなるからだ」
と説明してあるにもかかわらず、
「カカト浮いてます浮いてます!」

カカトを上げてはならない、というのは、空手でもうるさく言われる。
理由は、この本の巻頭で書いてある通りで、カカトが浮くとバランスが崩れやすくなるし、蹴りの力も出ないのだ。
なのに、様々な蹴り技の解説で、使われている写真に、あちこち、カカトが浮いているものがあるのは、なにゆえ? やはり、なるべく高い蹴りを出そうとする努力の結果なのだろうか。

蹴りを出す時に、上半身が後ろへ傾くというのも、うちの流派などでは、
「蹴りの力が発揮できない」
という理由で堅く禁じられるのだけど、テコンドーの場合、そこらへんはどうなのかな?
ほとんど全ての蹴りで、状態は後ろへ傾いている模様。
実際、上半身を後ろへ傾ければ、その分、蹴りは高く伸びます。
……やっぱ、高く蹴る事を最優先にしているのか……?

う~む。
じゃあ、突きはどうよ?
見てみると、空手をやってる者の視点では、どうもテコンドーの突きって腰高のように思える(笑)。
なんでだ?
いや、腰高でもそれはそれで、術理にあっているのなら、いいのではないか?
そう思いつつ、さらに写真を見る。

……突きを出す時。
空手でいうと、正拳の中段突きにあたる基本の突きをする時に、前足の膝がのびてますね(‥
つまり、これ、腰が入っていないんじゃなかろうか。

朝鮮半島の舞踊は、日本舞踊が腰をかなめにして踊るのとは違い、肩をかなめにするという。
舞は武に通ずというが、ここでも、両文化の差が出ているのか?
しかし、やはり気になる(笑)。
前足の膝が伸びているという事は、そこに下段蹴りをくらったらオシマイではなかろうか?
「膝が伸びていると、怪我の原因になる」
とは、古武道でもよく言われる話。
実際、膝が伸びてると、足をすくわれやすく、蹴り折られやすいと思う。

あ、まてまて、ルールによっては、これを反則ととるのもあるかもな>下段蹴りで膝を攻撃する
確か、空手の大会でもそういうルールをとる場合がある、と聞いた憶えもある(‥
しかし、そいつは、破壊力が高いから、試合で使う事は禁じられているってことで、当然、実戦的な思想からは、回避する事を考えておかなきゃならないものだよなあ?

テコンドーは、演武を見るとなかなか派手やかでカッコイイのだけれど、本を見て、考えていった場合、どうもイマイチ、実戦的ではないように思える。
テコンドー同士で試合した場合はともかくとして、他の国の武術と他流試合をしたら、どうなるんでしょう(‥
テコンドー選手の体勢は、少なくとも、非常に崩しやすく見えるのだが。

もちろん、あくまでも、オリンピックの映像と、テレビなどで放映された資料映像と、この本をつらつらと読み、写真を見た感想でしかないのだけれども、テコンドーって、武術または格闘技というより、もっとスポーツ性に偏重しているように感じられるなあ。
あるいは、武術が発達する文化的下地がなく、ことさら、「外見の良さ」を重視するように思われる、韓国文化の生んだものとして、典型的なものなのかもしれないけど(笑)。

残念ながら、現時点で、(私にとって)
「やってみようか~」
と思える「武術」でない事は、確か。


著者: 黄 進
タイトル: テコンドー
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2005-04-28 19:03:21

『スヌーピーの英和辞典』楽しい初級の英和辞典

テーマ:辞典・事典・図鑑

4月は、新しい事を始める季節。
今、現役の中学1年生は、(たいていの場合)初めてとりくむ英語に、
「げ~」
となってるんじゃないかな。

なんで「げ~」なのか。
そりゃ、教科書が、全然面白くないからだよ
正直な話、面白い英語の教科書って私は見た事ありません。

そのせいか、最近、学校用のものではないけど、語学教科書としてある程度面白い英語の教科書っていうのは、いくつか、出てきたね。

それでも、まだ、
「いちいち、辞書を引くのが、いやだし」
という難点は、残っていたと思う。

だから、辞書も、面白いのを使えばいいのです(笑)。
これなんかは、どうだ?
『スヌーピーの英和辞典』は、だいたい、中学生が勉強するレベルの単語を収録してある。
全ページ、あちこちに、スヌーピーやチャーリー・ブラウンがおどってる。
そして、しちめんどくさい解説がついていたり、わけわからん例文があったりは、しない。

至極シンプルに、
◇英単語
◇単語の意味
◇わかりやすい例文

以上でなりたっている。
他にも、初心者に親切な設計がいろいろと見られるぞ。

たとえば。
発音記号のうしろに、仮名表記があったりとか。
どうですか? あの発音記号、読み方わかんね~よ、という人でも大丈夫!
また、ものによっては、カンタンな類語もわかるようになってる。

ついでながら、これに掲載されている例文、暗記しておけば、英語力をつけるのに、非常に役立つだろうと思われる(笑)。
かなり、活用度高いですよ。

ところで、中学生英語ってやつは、「きちんとわかってさえいれば」、それだけで、日常会話をしたり、普通の本やWEBサイトを読むのに、充分なシロモノなのだ。
だから、もう高校だって卒業しちゃったけど、やっぱ英語は勉強しとこうか、という人にも、この辞書はけっこうお薦めじゃないかと思う。

とりあえず、ぱらぱらとページをめくってみて、面白そうなイラスト(どのページにもある)をみつけて、
「これにしとこうか」
と思った単語の、例文を読んでみる。
使えそうと思ったら、何度か繰り返して読んでおく。
そんな事、するだけで、英語の苦手意識がなくなるかもしれないぜ?

著者: チャールズ・M・シュルツ, 山田侑平, Charles M. Schulz
タイトル: スヌーピーの英和辞典―カラー版
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2005-04-28 13:29:27

『PLUTO』2巻 アトム登場

テーマ:日本SF・ファンタジイ
1巻のラストで、まだ、アトムの「顔」は登場していなかった。(*)
だから、いったい、どんなアトムが出てくるのだろうと思っていた。
そうか。
こんな少年か……。

アイスクリームをおいしそうに食べるアトム。
最新式の人気おもちゃをうらやましそうに見るアトム。
それは、驚くほど、
「人間の子供らしさ」
を見せている光景だけれども、アトムが一番、その
「人間らしさ」
を見せてくれたのは、ゲジヒトの「記憶」に、隠れて涙を溢れさせるアトムである。

ところで、手塚治虫が『鉄腕アトム』を描いた時代に比べれば、現在の科学の発達ぶりは、
「当時予想したほどではない」
かもしれないけれども、
「当時予想できなかった、幅」
を、見せていると思う。
だから、当然、現代改めて描かれる「アトム」の世界は、いかにも金属めいた体つきをしたロボットも登場するけれども、いろいろな意味で、より有機的な、「人間臭さ」を持っているのが当然だ。

実際、今までのSFは、メディアを問わず、ロボットを、より人間と見分けのつかないものにしようと努力をしてきた(笑)。
機械工学の粋を極めるだけでは飽きたらず、より精巧な人工頭脳を与え、より有機的な外観を与え、また、それらの理由付けも最新科学に基づいたものにしようと、そうしてきたわけだ。
そして、人間に近づけようとするあまり、ロボットに、
「自らがロボットであること」
すら、忘れさせようとしてきたかに思える。

『PLUTO』のスゴイところは、実を言うと、
「非常に人間らしい見かけを持ったロボット」
が登場するのに、それらのロボットが、自らをロボットとしてきちんと自覚していること。
そして、どんなに人間と見分けのつかない外見をしていても、ロボットであることによる優れた機能を露呈する事に、なんのこだわりも持っていないという事なのだ!

ロボットであるということの、屈辱感もなければ、優越感もない。
いかにも自然体のロボットであるというのが、素晴らしいと思う。
それでいて、涙をあふれさせるアトムのように、その「人間らしさ」も、他の作品に群を抜いて、素晴らしい。

また、そのようなロボットが、人間社会の中でどのように扱われ、どのように生きていくのか、それが問題の焦点となる事を、示唆する筋運びになっているので、ロボットSFが昔からテーマとしてきた、
「人間とロボットとの関わり」
これについても、今後どのように描かれていくのか、非常に興味がある。

でも、よほどのポカがない限り、この作品はきっと、画期的なロボットSFになるはずだ。

著者: 浦沢 直樹
タイトル: PLUTO (2) ビッグコミックス

(*) アトムの表情が、まだ、動いていなかった、という含みです。
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2005-04-27 18:09:01

『影のオンブリア』

テーマ:海外SF・ファンタジイ
双子は、古来、神秘的な力を持つとされていたそうだ。
でも、生まれながらの「半身」を持たなくても、人は誰でも自分の「分身」を鏡の中に持っている。
たとえば、影。
あるいは、鏡像。
人ばかりでなく、いわば、森羅万象全てが、そういう「分身」は持っているわけだよね。ならば、「都」なんてのは、どうかな?
やっぱり、影とか、鏡像を持っている……と、思う?

ちょっとモノがでかすぎて、想像できないな。
でも、あり得ない話じゃ、ないような気がする。
そんな、「都の影」を主人公にした物語が『影のオンブリア』という作品なのだ。

そう、ここに登場する人物群は、一応、「亡くなった大公の妾妃」という女性が主人公の立場にあるのだけれども、彼女を含め、登場人物全員が、「都」の中にたゆたう「影」の一部にすぎない。
あくまでも、オンブリアという
「かつて華麗であった都」
この、「影」が物語の主役なのだ!

ところで、その「影」っていうやつだが。
いったい、どういうものなのだろう?
「光あるところに影がある」(ちゃらら~)
影は、本体の存在をあばくものであり、本体の、思いもかけぬ長所や欠点を見せるものでもあるけれども、とらえどころがなく、光の加減によって、色や形が変幻するために、影が伝えてくれる情報を正しく受け取る事が、非常に難しい。

まことに、この物語も、全体が影におおわれ、影に翻弄されているので、読者は、まるで、鏡の迷路にでも迷い込んだかのように、惑乱してしまいそうだ(笑)。
そういえば、鏡像もまた、「影」の一種だな。

いちおう、話の筋は、死せる大公の幼い忘れ形見をめぐる、お家騒動という形をとっているのだけれど、少年のまわりに交錯する人々も、いろいろな「影」をもち、とても正体がつかみにくい。
ラストのラストまで、影に幻惑されるような、そういう話だ。

ていうか、その、「影の魔法」を取り去ってしまえば、至極単純なストーリーなのではあるまいか。
幼い少年が大公の地位につく。
モンスター的な女摂政が立つ。
多数の嫡流に連なる人々が、摂政を除こうとし、幼い大公を、あるいは別の人物を傀儡にしたてようとする。
またその一方で、大公の死を演出した者もいる。
幼い大公の味方は、ただのふたりであり、そのふたりがなんとか手をとりあって陰謀を排除し、大公を守り通す。
……たぶん、これで本筋は正しいはずだ(笑)。

ところが、その実体を、無数の影がとりまいているために
(知っての通り、ひとつの本体にたいして、影は必ずしもひとつとは限らない)
話がややこしく、目がくらまされてしまうのだ。
また、その目くらましが、話を面白くしている、とも言える(笑)。
そう考えると、ふつうは、光に照らされるくさぐさのものが、物語をいろどるアクセサリーになるのだけれど、この物語では、逆に、影たちがその役割を果たしているのだろう。

非常に幻想的で、
「ああなるほど、世界幻想文学大賞受賞作かあ」
という肩書きに恥じないものではあるけれど、気軽なきもちで読むには、ちょっとツラい気もするなあ。

著者: パトリシア・A・マキリップ, 井辻 朱美
タイトル: 影のオンブリア
ハヤカワ文庫FT プラチナ・ファンタジイ
世界幻想文学大賞受賞作
2005年3月31日初版
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2005-04-27 16:46:24

『風の博物誌』 風を見よう、風を聞こう

テーマ:自然と科学

風は、目で見る事ができない。
においをかぐ事もできない。
味わうこともできない。

いや、ちがうよ、目にみえるでしょう?
においがあるでしょう?
そう思うかもしれないけど、実は、それ、風が動かしたものや、運んできたものが見えたりにおったりするんだよね。

だから、風はふしぎで、そして、魅力的でもある。

今年の関東は、例年になく、風が強い。
これほど風が強いと、ちょっといやになる事もあるけど、それでも、私は風が好きだ。
野山の風景を楽しむのに、風は、なくてはならないからね。
ほら、「風光明媚」って言うだろう?
目で見るための光だけでなく、風も、ぜったい、必要なものなんです( ‥)/

そんな「風」のこと。
風のはたらきや、風の防御、風を役立たせること、などなど。
風に関する、ほんとにいろいろなことを集めた本がある。
風のことを知りたければ、この本を見るが良い。
気象学の本を読むより、よほど、風と仲良くなれるような気がする。

昔からの、風にまつわる民俗からはじまって、天然自然のなかの風や、人間がつくったものとまじわる風など、いろいろな、風のもたらす「姿」が、写真と文でつづられている。

著者: 吉野 正敏
タイトル: 風の博物誌
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2005-04-26 20:37:02

『竜神の高僧』〈ベルガリアード物語3〉

テーマ:海外SF・ファンタジイ
ベルガリアード物語の第3巻。いよいよガリオンの旅は、
「普通じゃない人」が住んでいる土地へと入っていくのであった。
え? ニーサだって充分普通じゃなかったって?
ごもっとも( ‥)/
でも、ニーサはまがりなりにも、他の国々と通交を保っていて、習慣はすごーくヘンだったとしても、蛇になったサルミスラ以外は、やっぱり、特別な能力などは持たない、地上に住む人間だった、と言えるのだ。

一行は、まず、一人のマラグ人もいなくなってしまったマラゴーを抜け、アルダー谷へ!
巻頭で語られる神話を振り返ってみれば思い出すだろうけれど、アルダーは神々の長兄で、唯一、「自分の民」を持たなかった神様だよね。
そのかわり、アルダーは、弟子を持った。
たとえば、ベルガラスとか。
ちなみに、アルダーの弟子は、男なら名前のあたまに「ベル」。
女なら、名前のあたまに「ポル」。
これがくっつけられるんだそうだ。

てことは、ベルガラスは昔はガラスという名前で、
ポルガラは、ガラだったわけだな。
(じゃあ、ガリオンはどうなるか? ほら……ベルアガリアード物語ってシリーズ名からもわかるじゃないか)。

このアルダー谷は、今後も時々登場する場所だけれど、なんとも居心地が良さそうだ。
延々とつづく、牧歌的な風景。
あるていどの距離をおいて立っている塔は、それぞれ(男の)アルダーの弟子が住んでいる。
なんでも、アルダーの弟子(魔術師)は、塔に住む事が決まってるんだそうだ。
いや、ベルガラスの話だし!
ほんとにそういう決まりがあるかはわからないけど、ともかく、そういう風に塔が立っている(笑)。
でもって、普通の人間の「家」がそうであるとおり、これらの「塔」も、住人の性格によって、中はいろいろとみた。その証拠に、ベルガラスの塔なんて。
笑うぜ、きっと。

階段の途中が、ちょっと壊れてたりとかな(笑)。
「なおさないんですか、ベルガラス」
「そこは、そうなっている状態が、わしは好きなんだ!」
……負け惜しみじゃないんですかねえ?
まあ、ある程度散らかった状態が居心地がいいっていうのは認めるけどな。
実際、ポルガラを中に入れたら、たちまち塔の内部はきれいに片づきそうなものだけど、ベルガラスは、それが、絶対に厭、だと思っているようだ。

うん、確かに。
結婚するまでは、母親に。
結婚してからは奥さんに。
勝手に、自分の居場所を片づけられたくないものだよなっ!
片づけられると、ものがなくなったりするんですね(‥

そして、当然、ベルガラスの兄弟弟子なんかもいろいろ出てくるわけで、何しろ魔術師っていうのはえらく長命なものだから、全員、どこかしら、強いクセがあるようだ。
ベルガラスとポルガラを中心に、彼らの、みょ~にアットホームな雰囲気が、笑える。
普通、ファンタジイなどに出てくる魔術師って、エキセントリックなだけでなく、人嫌いで、他人と仲良くやるなんて思いもしなかったりする方が多いじゃないか?

いや、百歩ほど譲って、他人と交わる事を苦にしない魔術師を引っ張り出してきたとしても、だ。
これほど、ほほえましいホームドラマを展開する魔術師たちは、絶対にいないと断言していい。
なんか笑えます。
もっとも、考えてみると、クセの強い人間が集まってホームドラマをやるっていうのは、アメリカのテレビドラマの定番かもしれないけど(笑)。

そして、この「ホームドラマの地」(本当)を抜けると、またまた面白いところへ出るのだ。
それは、ウルゴ。
神話の時代、いろいろな理由で半端ものになってしまった人々が、兄弟神の父神に訴えて、自分たちの神になってもらいました、というのが、ウルゴの民。(神様の名前が、ウル)。
彼らはなんと地底に住んでいるのだ。
『指輪物語』に登場するドワーフの岩窟都市と、なんとなく似ていない事もないけれど、別段小人たちというわけではないし、ウルゴにはウルゴなりのユニークさが、ちゃんとある。
地底の音楽は、なんともいえず、想像すると美しいです( ‥)/

で、最後に一行はクトル・マーゴスへ。
いよいよ敵地へと乗り込んでいく事になるんだけど、どう考えても、この巻の中心は、アルダー谷とウルゴだ。この二箇所の面白さは、マラゴーとクトル・マーゴスに圧勝してるのだ。

それにしても。
これって、ほんと、「旅行記ファンタジイ」だよなあ。


著者: デイヴィッド・エディングス, 佐藤 ひろみ
タイトル: 竜神の高僧
ハヤカワ文庫FT
2005年4月31日リニューアル新刊
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2005-04-26 13:30:12

『幼稚園べんとう』っていつからできたんだろう?

テーマ:グルメ・料理・ドリンク
今の時期、書店をぶらっと見て回ると、雑誌とか実用書のコーナーで目立っているのが、こういう本だ。
『幼稚園のおべんとう』。
ここに、
「ママのてづくり」とか、
「すぐにできる」とか
「カンタン」
みたいな形容詞がつくようだけど、ともかくも、幼稚園のおべんとう、なのだ。

表紙を見るだけで、
「うお。マジ? マジ作んの、こういうやつ?」
そう思ったこと、ない?

私が幼稚園の頃は、こんなおべんとう、持ってきている子はいなかった。
もちろん、私も作ってもらった事はない。
いったい、いつ頃から、こういうおべんとうが登場するようになったんだろう?

しかも、「ようちえん」……。
てことは、小学校になったら、なしですかい。
(いや、ふつー、小学校からは給食があるのか)。

なにかこう、大人になったらもうだめなんですよ、という意味で、「おこさまらんち」に通じるものが、あるような気がする(笑)。

でも、実を言うと、私は大人になってから、この「幼稚園べんとう」を食べた事があるのだ。
学生時代、バイト先にパートに来ていた人に、やけに気に入られて、
「職場の息子にお弁当~♪」
と、土曜日の昼飯時になると、おべんとうをふるまわれたからだ(笑)。
なんでも幼稚園だか保育園だかに通っている子供と、旦那さんに、いつもお弁当を作ってるんだけど、土曜だと旦那さんが会社に行かない。
だから、その分をあげるね、という事だったらしい。

いや、それはもう、手がこんでいて、なんつぅか、かわいい。
色も形も味も、おこさまむけ。
もっとも学生時代はまだ食べ盛りだったし、ありがたく毎回いただきましたが、今考えると、旦那さんも、ああいう弁当、会社に持ってってたのだな(すげー)。

今の季節、この手の本が並んでいるのを見ると、学生時代のそんな事を思い出す。

著者: 主婦の友社
タイトル: 幼稚園べんとうカンタン大活躍レシピ450―かわいい!おいしい!パパッとできる!
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