寿建設 社長ブログ

福島県福島市にある建設会社です。
会社や現場の取り組み、
日々の仕事や取り組みの中での
エピソードや思うことを綴ります。


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昭和41年3月17日、当社は「寿建設株式会社」として設立された。
本日で丸50年である。


大分県出身のトンネル工事の親方で、大成建設専属のトンネル班として各地で工事に従事してきた祖父・鼎(かなえ)。



世紀の難工事と呼ばれた黒部川第四発電所(通称・黒四)に参画し、
世界でも稀有といわれたマンモス地下発電所(200mの地下にL=125m、W=22m、H=41mの空洞を建設)、

34度勾配という超傾斜勾配斜坑で815mのインクライン (下から掘削)、

そして160度の地熱と戦う高熱隧道、

というとてつもない難工事の施工を担当した。


この時の実績が認められ、福島市の栗子トンネル工事に乗り込んで来た(当時は森崎工務所と名乗っていた)のが昭和38年。


トンネル掘削中の昭和40年4月1日、大学を卒業した父・俊紘が入社することになる。


そして約1年後の3月17日に寿建設株式会社を設立し、本社を福島と定めたのである。


当時故郷の大分県のトンネル屋たちの間では、「みちのく行ったか、それみたか」という言葉があったという。東北に行った親方はみな失敗して、裸になって故郷に戻ってくるというジンクスがあったのだそうだ。当然祖父に福島に永住する意志はまったくなく、工事が完成すればまた次の現場へ引っ越すつもりで家族は福島市南沢又の借家住まいであったらしい。


しかし、会社を背負うことになった新入りの父は、周囲が全て山の盆地である福島市はトンネル屋が住むには格好の地と思い、福島に永住の覚悟を決めたいと祖父に提案した。さらには個人企業から株式会社として法人化し、会社名も「森崎」という個人名を外すことも決意した。

父によると、高校時代の漢文の授業で「寿」という文字が「長生きす」と読むと習ったことを思い出し、成長を続ける会社にしたいという思いで「寿建設」にしたいと祖父にお願いしたという。


あれから50年。


現在47歳の私は、産まれた頃から現場の宿舎で生活していた。
小学校の途中までは、常に現場の作業員さんたちと宿舎生活であった。


私が入社してからの22年でも何度か危機的状況を経験したものだが、それ以前も何度も経営危機に直面していたそうだから、よくぞ50年を通過出来たものである。


しかも下請け専門のトンネル屋としてのスタートが、地元ゼネコンとして「国土交通省工事成績優秀企業 」というありがたい認定の最中での50年目である。


祖父もきっと喜んでいるに違いない。
まずは会社の歴史を支えて下さった先輩たちに感謝したい。
そして、次の100年に向けて第一歩を踏みたい。

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