跳ねうさぎの日記

やっとお着物着られるようになりました。
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おはようございます~

今日は私の55回目の誕生日なのですブーケ1

 

おとといから主人が帰省してまして、この2日間自分のペースでゆっくりさせてもらって何よりのお誕生日でした・・・といっても何をしたわけではないのです。特別なことはスパークリングの苺のワインを買ったことくらい、あと、家事をほとんどしない・・・

だからいまとっても汚いです(;^_^A

そろそろ掃除に取り掛からなければ・・・

 

一昨年春に亡くなった母と一緒の誕生日なのです。

生きていれば85歳、実家を売って片付けて、父の引越しやなんか大変な思いをしたのにも関わらず、未だに本当に亡くなったということが飲み込めない感じです。

 

『母が重たい』は母と娘の関係が、世間的に言われているような良い親子関係ではないということを題材にして出された本のタイトル、もう数年前になるかしら・・・

本の中の母娘関係は、母があまりに干渉しすぎて『重たい』と感じる娘の本心を吐露したものになっていましたがー

『母が重たい』私は重たいというよりは、距離感がありすぎて『君臨する母』の方がニュアンス的には近いかしらと思います。

母と同じ誕生日ということで今日は母のことを少し・・・

 

母は器用でなんでもそつなくさっさとこなす人でした。『できる』確固たる信念と実力があったから、持っている意見もはっきりとしていて、会わない人はばっさり切る、少々のトラブルなど気にもかけない、そんな感じ。もたもたしたのが嫌いなので、私のことも、幼いころから「もう、誰に似たんだろうか」などといって、最初のうちは口うるさくいろいろ言っていたけれど、高校生になったあたりくらいから、何も言わなくなったのは、きっとあきらめていたんだろうと思う。

 

子供会の活動とか、PTAのこととか、そんな自分の時間を無駄にするようなことが大嫌いで、選出されてもなんのカンのと理由をつけて断っていました。そのあおりがいつも子供である私にきて「あんたのお母さんはちっとも協力しない」などと言われて子供ながらにそのことがとっても傷ついて・・・そういういきさつがあるので、いつのころからか、私は受けられるものはすべて受けようと思うようになったのです。

いまになって思うと、母はとっても綺麗で目立っていたので、女同士のやっかみ、みたいなのがあったのかもしれません。

 

百貨店の外商がしょっちゅう家に来ていて、バーゲンというものを一切買ったことがありません。お洒落にお金をかけることを惜しまない華やかな母に私が大学にあがろうかというときに「百貨店の婦人服のセレクトショップで店長を探している」という話がわき起り、それまで専業主婦だったが母がそのセンスを買われて就任することに・・・。

頭を下げることが嫌いな母に、そんな客商売ができるのだろうかとふと不安が頭をよぎりましたが、それから数年間セレクトショップの店長として、仕入れ先の社長や、高額な商品を買う大手の顧客などの人間関係を広げて、母はパワーアップしたように見えました。

そして、お店で培ったノウハウとバージョンアップした人間関係をそのままかっさらって自分のお店を立ち上げたのです。

売上を伸ばした自分に見返りが少ないと不満を漏らしていました。もうその頃は結婚して実家を離れていましたから、詳しいことは知りませんが、きっと母のことだから、自分の思ったままをストレートにぶつけて思ったようにならなかった末の判断だったのでしょう。それによってどろどろと渦巻くトラブルが沸き上がっていたことは容易に想像がつくでしょう。

そのころ流行りはじめていた、自宅の一室をサロン風に開放して、ゆっくりお茶を飲みながらおしゃべりしながら輸入品のお洋服やバッグなどをお買い物するというスタイルは暇を持て余したセレブの奥様方の心をガッチリと掴んでお店は繁盛しました。たまに、以前から習っていた懐石料理を、自慢の高い器でふるまったりと、母はとっても楽しそうでした。

ときとして辛辣なきつい母でしたが、迷いのある人にはそれが指針となっていたのでしょうか・・・

 

私とあまりに違い過ぎるので、距離を置いていたのは母の方じゃなくて私の方だったのかもしれません。

子供が生まれて忙しくしていたのに、その頃お店が一番だったので、子供の面倒もあまり見ずに、義母の方がよくお手伝いしてくれて随分と助かりました。

東京にもよく仕入れに行っていましたが、たまに欧州にも行って、もともとは専業主婦が急に忙しくなって、体を壊したことがきっかけで、それでも、15ねんくらいはお店をしていたのかな、

ついていた顧客もどんどん歳をとったり、病気をしたり、家族を看たり、そんな周囲の環境が変わり始めて、一時の勢いをなくしてしまいました。

買い集めた器もお料理して振る舞うお友達がいなければ出番がなく、

そう思うと少しもの悲しい感じがしますが、晩年は私の4人の子供たちが帰省するたびにたくさんご馳走を作って待っていてくれました。

 

はっきりした性格だったので、トラブルも多い人でしたが、帰省したついでに母の墓参りをした主人が「先に誰かお参りしてくれたのか、もうお花が入ってた」というのを聞くと、少ないお友達がそっとお墓参りをしてくれたんだと少しばかり胸をなでおろすのでした。

 

母手作りの木目込み人形です。

お床に飾りました

 

 

 

 

 


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