こころのいばしょ、じぶんのありか。

いっぽずつ、自分らしく生きていくために。

感じたこと
考えたこと
気づいたこと

すべての自分を認めてあげるために、

その先にある「答え」 にたどり着くために。


テーマ:
今年も夏休みが終わり、
息子くんも、おとといから学校が始まりました。

「夏休みは8/31まで」というのが、
自分が子どもの頃は、当たり前だったはずなのですが、
最近は、なんか違うみたいですね。。。これっていったい、いつからなんだろう?


さてさて、今年も、
いつの間にか、夏休みの恒例行事となってしまった、

夏休みを利用して、
「地方の古い電車を乗り回す(←by息子語)」を、目的とした旅行を
息子と二人でしてきました。


もの心ついた頃から、
なんでもかんでも電車に結び付けていた息子くんも
ここ最近、野球にも興味を持ち始め、

今年の春からは、ついに
ご近所の少年野球チームに入ったのでした。


そんな息子くんからの今年のリクエストは、
なんと、「甲子園」。
高校野球を生で見たいとのことでした。


相変わらず、距離に対する抵抗感とかない人です。
願望のままです。

お父さんは、関西方面ほとんど行ったことないのに。。。



で、どんな感じの旅にするのか、
これまでの二人旅で、
「息子くんの希望」に合わせて
「電車のヤリクリ」をすることの大変さを、
身をもって学習した父は、

息子くんに
「どれだけ遠くに行くのか」だとか
「時間がどれくらいかかるか」だとかを
把握してもらおうと思い、

「ポケット時刻表」なるものを、買い与えてみたのでした。


たぶん、
いわゆる電車マニアの素質も、持ち合わせているに違いない彼が、

自分で乗る電車だとか、どの路線を使うかだとか、
旅の予定だとかを、
少しでも把握して、自分で考えて決めてくれたら、

それは、それは、こっちは楽だよな~という
淡い期待と
切実な願いと、

そして、お父さんが「どんだけ大変なのか」を理解してもらいたく、

しかし、表向きには、
「子供の自主性を育てる」ってことをメインとして。


で、しばら~く、その時刻表を、興味ありげ~に眺めていた息子くんは
「うわぁ、この路線の始発、〇〇時〇〇分だ!」
「終電は〇〇時まであるよ、おとうさん!」
と、なんだか嬉しそう?

って言うか、
なんで興味がそっちなの?
どうして、そんな極端なとこしか見ないの?という、
相変わらず斜め上~な着眼点を展開してくれ、


旅行の計画を一緒に考えようとしても、
「その日、行けるとこまで行って、その場所で泊まれる宿を探す!」
などと、言い出す始末。


テレビとかの旅番組の企画に、影響されすぎです。。。


夏休みの、それもお盆前に
そんな行き当たりばったりの旅を、子連れで決行するなんて、
「無謀」に片足を突っ込んだ度胸は、
残念ながらお父さんは、持ち合わせておりません。


そもそも、
子連れの旅に、そんな面白い展開とか、
ハプニングとかは、いりません。安全第一です。


。。。で、今回も結局、いままで通り、
ネットの「検索」のお世話になりまくって、
お父さんは、計画を練ったのでした。



かくして、今回は甲子園で夏の高校野球を2日間観戦して、
神戸から→徳島→高松と移動し、
最後は寝台特急(サンライズ瀬戸)で帰ってくるという
(結局、移動時間多いよね。。。な、)旅となったのでした。


そんな感じで、
やっぱり、インターネットってありがたいな~と
実際、現地に行ってみないとわからないな~を、
繰り返しながら、

自分自身は親に、こんなことしてもらった記憶ないのに、
「よくやるな~我ながら」などと、

そんな思いに浸りつつの旅でした。



かつて、自分も、
小学生の頃、地元の野球チームに入っていたけれど、

親父にプロ野球の試合とかに
連れていってもらった記憶って、ない。


逆に、今でも、覚えているのが、
自分が小学生の頃の「親父とした約束」と、
それにまつわる、いろんな記憶。

たしか、
小学3、4年生ぐらいのとき、
プロ野球のナイターに連れていってもらう約束を、
親父としたのを覚えている。

どんな経緯だったのかは、忘れてしまったけれど、

後楽園球場に(←当時は当然ドームではなく)
ナイターに連れて行ってくれると、約束してもらった。


なのに、
結局、行けなくて、
なんだか、うやむやになって、

その後、全然関係ないところで、
「私との約束を守らなかったこと」が、

よくわからない、引き金となり、

お父さんとお母さんがケンカしている。。。そんな記憶の断片。


なんか、妙に、痛い記憶。

こういう思い出は、
何回反芻してみても、決して慣れない。

むしろ、薄れて欲しい記憶のザワザワ感ほど、慣れない。


実際、今年のゴールデン・ウィークには、息子を連れて
東京ドームに野球を見に行ったけど、

たくさんの情報が集められる、今のご時世でも、
チケット取るのは、なかなか面倒だった。
(時期も悪かったし、計画たてたのも遅かったし)


ましてや、ウン十年前、
東京まで2時間以上かかる千葉の田舎に住んでいた、あの状況で、
「巨人対阪神」のチケットを購入することって、
よっぽどのことがないと、難しかったよな~と、今なら思う。

それこそ、子連れでナイターは無理だろうな、と思う。
(その頃、ロッテは千葉じゃなかったし。。。)


でも、

子供の頃の要求に応えてくれなかった、私の親父と、
こうして、息子のリクエストに(もう、ホント必死ですが)応えている私と、


ここに「差」って、ないと、今は感じる。


時代も違ったし、
情報量とかも違うし、
いろいろ便利だし、
そういうモロモロを含めたとしても


表面に見える、
「やってること」は違ったとしても、

根っこにあるものは、
何だか「同じ」だという気が、今はしている。


かつては、
親父に、というか、両親に対して、
納得できず、恨んで、怒っていると感じていた。
そんな時も、あった。確かに。


だからこそ、自分の子供には
「絶対、同じ思いだけはさせない」と、
力みまくっていた頃もあったけど。
(まあ、子育てには、今も、まったくもって余裕などないのですが。。。)


自分の子供には「同じ思いをさせたくない」は、

もう、自分自身が「あんな思いはしたくない」と、

実は、一緒なんだと思う。


今、父親としての私が、

息子の希望を叶えるために、妙に手を抜けないこと、
どうしても、あれもこれも詰め込んでしまうこと、
旅先でワガママを言う息子に対して、本気で怒ってしまうこと、


そんな、
どうしても余裕のなくなってしまう瞬間に現れてしまう

どんなに隠そうとしても、消えることのない、

譲れない「何か」は、


かつての、親父の息子だった自分が、

あのときは、きっと、
「別にナイターなんて、どっちでもいいよ」ぐらいに流して、
飲み込んだであろう、
その言葉の奥の、ずっと奥に、


実は、ずっと、流れ続けていたのではないかと思う。


かつての自分が「別に・・・」と流そうとしたものと、
いまの自分が必死に守ろうとしているものの

その「重さ」は、同じかもしれない。


自分が無力な存在だったとか、
そうすることしか選べなかったとか、
そういうコトでは、なく。


「ちょっとした行き違い」ぐらいに思い込んで、
当たり前に流そうとした、その想いの本当の重さを、

他ならない自分自身が、本当は、
身をもってわかりたいのかもしれない。


いま、
親という、かつての自分とは違った立場で、
もう一度、子育てだとか、家族だとかに直面することで、

イロンナコトを見せてもらって、

かつての自分の中で起こっていたことに、もう一度、
向き合わされているのだと思う。


それは、
「学び」と呼ぶには、もう痛すぎるぐらいの「生」の感覚で、
いつでも「待ったなし」なんだけど。


ごまかし切れなくて、
逃げ切れなくて、
あぶりだされて、
飲み込まれて、

救われているのだと、思う。


「あのとき」見つけられなかった何かを、
もう一度、見つける機会をもらって。



本当に望んでいること、希望と、

もう二度と味わいたくないこと、絶望は、

根っこでは繋がって、同じところに在るのではないかと、思う。


だから、まとめてフタをして、封印することが出来てしまうし、

それは、もう、不自然なくらい、跡形もないかのように
「もう、すんだこと」にすることが、
「これまで無意識に信じ込んだ流れ」にとって、
ある意味、自然なのだと思う。


あのとき、「ない」と自分に信じ込ませようとした

そうすることで、実は、守り続けていた「何か」

そんな「自分のしたこと」から、

ずっと「逃げ切りたかった」のかも、しれない。



ネットで、下調べした以上に、

暑い、暑い、炎天下の甲子園で、

息子と観戦していた試合の終盤


9回裏1点差、一打同点場面で代打が送られる。
(後ろのおじさんが、キャプテンの登場だと解説してくれる)


そして、ヒットを放ち、見事同点!!


大興奮の甲子園で、

「息子にイイモノを見せてやれた」と思いつつ、

せっかくだから、
「あの選手は、きっと自分を信じてたんだね」とか
「あきらめないで、努力した結果だよね」的なことを、
言おうかどうか考えている、私に向かって、


息子くんは、嬉しそうに、言い放つ、

「すごいね~!あの人!!ちょ~運がいいね~!!!」

え~そこなの?君は?!


たぶん、彼の現時点での言いたいことと、
持ち合わせているボキャブラリーでの
(あと、彼の中のマイブームと)

いまの正解は「そこ」なんだろうと思う。

(その後、延長10回に相手チームに4点ぐらい入ったときは、
「相手のチームもみんな、ちょ~運がいいね~」みたいなことを言っていたし。。。)



君の中に在るものが、何なのか、

何を感じて、

何を表現したいのか、

何を我慢しているのか、


「君の世界の中こと」は、

お父さんにはわからない。


それは、いつか、自分で見つけて、自分で何とかしておくれ。


でも、
そうは言っても、

そんな風に、あまりに無防備だと、
そんな危なっかしい生き方をしていると、
いつか痛い目に会うんじゃないかと、

それこそ、
「お父さんがした思いを、しないように」

どうしても、何かを伝えておきたいと思ってしまう。



お父さんが、どんなに「君が困らないように」
考えを巡らしてみても、
策を練ってみても、
先回りして注意をさせようとしてみても、

その「枠」の中に、君はいない。

それは、もう、知っているのだけれど。



ただ、
君が、いつか、

それこそ、
「お父さんが、これまで経験してきたように」
迷い、見失い、行き詰まって

それでも、
あきらめきれず、もがいて、
還ってこようとする、自分の場所の

何の根拠もない、理屈も通じない、理由もない、

君の中の確信の、

その、ひとかけらに、


お父さんと一緒にいたこの時間が含まれていたら、嬉しい。





甲子園











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