こころのいばしょ、じぶんのありか。

いっぽずつ、自分らしく生きていくために。

感じたこと
考えたこと
気づいたこと

すべての自分を認めてあげるために、

その先にある「答え」 にたどり着くために。


テーマ:

先日、宇多田ヒカルさんの対談を、

NHKの番組で観る機会がありました。

 

基本、我が家のテレビのチャンネル権は、

小学生の息子と幼稚園の娘が独占&奪い合い状態なので、

この対談のことも、放送が終わってから知ったのですが、

 

たまたま、ネット経由で、

宇多田ヒカルさんの出演した番組の記事を読み、

 

その中での

宇多田さんの言葉に衝撃を受けて、

それをそのまま、SNSで投稿してみたら、

これまた親切な友人が、ネット配信でまだ視聴できることを教えてくれ

すべりこみで、観ることができました。

(↑今は、終了しちゃっています、もし観たい方がいたらスミマセン)

 

 

~以下、記事より宇多田さんの言葉を引用します~

 

「自分が親になって子供を見ていておもしろいなと思ったのは、
生まれて最初の体験とか、人格のいちばん基礎となるものとか、
世界観とか、形成されていくじゃないですか。
なのに、その時期のこと自分では、完全に記憶がない。
つまり全て無意識の中にある、闇の中にあるみたいな。
それをみんな抱えて生きてて、
そこからいろんな不安とか悩みとか苦しみが出てくると思うんですよね。
なぜ、私はこうなんだ? なんでこんなことをしてしまうんだ? とか。


自分が親になって自分の子供見てると、

その最初の、自分の空白の2、3年が見えて来るっていう。
(略)

自分がどこにいるのかふわって見えた瞬間っていう感じが、
ずっと苦しんでいた理由みたいな、闇の、わからないっていう苦しみ、
何でこうなんだっていう苦しみがふわってなくなった気がして、
それこそいろんなものが腑に落ちるというか......。」

(NHK『SONGS』糸井重里との対談で)

 

~引用ここまで~

 

 

ネットの中で、たまたまこの言葉を見つけ、

衝撃を受け、(で、勢いで投稿してしまった)

 

番組を観る前は、

「どうやって困難と向き合ったんだろう?」

「復帰するための何かきっかけは、あったのかな?」みたいな、

久しぶりの(不思議な)高揚感を持ちつつ観たのですが、

 

番組を観はじめた数分は「アレ?」っていう感じでした。

「あ、歌が入るのね?」

「全部対談じゃないんだ。。。」みたいな。

 

 

何もわかっていなかった私が

勝手に勘違いしただけ、の話なのですが、

 

宇多田ヒカルさんが何年ぶりかにテレビに出るんだから、

フツーは歌ってるとこがみたいよね。

これまでの活動とか振り返るよね。そーゆーのが観たいよね、みんな。

っていうか、番組名「SONGS」じゃん。

 

 

私が勝手に期待していたのは、

彼女が

「どうやって乗り越えたのか?」

「何を受け入れたのか?」

「前に進めるようになった、そのきっかけは?、方法は?」

そんなことを、無意識に求めていたのだけれど、

 

なんだか、思ってたのと違~うって感じだった。

でも、すげーおもしろかった。

「まあ、でも、そういうことになるのかもな」とも、思った。

 

 

ふたたび、歌手としての活動をはじめた宇多田さんの、

以前より、もっと、自然でいい感じな姿が、

ある意味、答えなのかもしれない。

 

 

私個人は、彼女の大ファンというワケでもないし、

これまでの彼女に関して、世にでているものをチェックしたワケでもないので、

(↑失礼な話ですが、彼女の歌もすべては聴いていないです)

あくまで、個人的な見解であり、

以下は番組から「私が勝手に受け取ったこと」なのですが。。。

 

 

宇多田さんは、15歳でデビューして

歌手として華々しく活動して、

 

それこそ、

まわりの人の望む、期待に応え続けて、

 

そして、それが出来なくなって、

 

いわゆる壁にぶつかった状態みたいになって、

音楽活動から距離を置き、

 

これまで味わえなかった

「普通の人」が過ごしている日常生活を

「普通の人と同じように」送り、

 

お母さんの死と、

ご自身のご結婚と、

お子さんの誕生と、

 

そんな流れを経験しながら、

 

「自分が、いったい何をしているのか」、その原点にたどり着いたのだという。

 

 

人生に、行き詰まってしまったとき、

思うように進めなくなったとき、人は、どうしても

「なんで、こうなったんだ」とか、状況を責めてみたり、

それこそ、

「何が悪いんだろう」って考えてしまいがちになると思う。

 

そんな「受け入れ難い」「苦しい」状況は、イヤだし、ダメだし、

抜け出そう、排除しようと、何とかしようと

考えてしまうのは、当たり前なんだけど

 

 

でも、そこから

「わたしは、なぜこうなんだ、こんなことをしてしまうんだ」って、

自分の生き方の原点に立ち返ったこと

 

自分が「なぜ、そんな生き方をしているのか」

その原点にある、自分を動かす無意識の衝動に繋がったのだと、

私は思った。

 

 

それを、ほぼ自分の力で、というか、

自分の感覚を頼りに、

感性の指し示す方向をたぐり寄せながら、たどり着いたのなら、それは、

信じられないぐらい凄い、本当に。

 

 

 

「私の原点は母だった」

そんな言葉を、番組の中では使っていたのだけれど、

 

宇多田さんにとって、

「自分にとって、お母さんは何なのか」

「お母さんにとって、自分は何なのか」

 

ずっと、自分の中に存在したであろう

「わからないことすら、うまく、わからない何か」に

何か、自分のこれまでの生き方に繋がる本質的なものを

見つけたのではないかと思う。

 

 

「私にとって、巨大な存在」と表現していた、

お母さんが「自分にとって何なのか」「自分から、どう見えていたのか」は、

 

それこそ、歌手としての(偉大な)母親の存在だとか、

家族としての(まわりとは違う)在り方が、

幼い頃の彼女に影響を与えたとか、

そんな「外からも見える」

わかりやすい、結び付けやすい原因だけでは、埋まらないのかもしれない。

 

それらは、もちろん影響がないはずはないのだけれど、

 

自分自身が置かれてしまった環境や、

その中で、自分が「されたこと」「してほしいのに、してもらえなかったこと」を、

どんなに分析して、吟味しても埋まらないものがあるとしたら

 

その埋まらない「空白」に、

「闇」は生まれるのかもしれない。

 

 

見えやすく、ある意味わかりやすい「まわりのこと」よりも、

彼女が、そんな環境の中で「何を感じていたのか」

「自分の内側で起こっていたこと」を

 

そんな、かつての幼い自分ではわからなかった何かを

「闇」として意識したこと、それだけで十分スゴイ。

 

そして、

その「闇」の存在自体を「悪いコト」「不都合なコト」のように扱い

対処したり、変えようとしても、

かえって行き詰まるのかもしれない。

 

 

幼い自分には、とうてい理解できない、把握できない何かを

幼い自分は、全身で受け止めようとしたのなら、

 

どうにも手に負えない「何か」が、

でも切り離すことの出来ない自分の一部とも言える「何か」が

まるで、「闇」のように、

「闇」として認識するのも難しいぐらい、当たり前に無意識の片隅に、残っているとしたら。

 

 

宇多田さんと、お母様やご家族との関係について、

詳しいことは

知る由もないのだけれど、

 

それこそ、自分が空っぽになってしまうまで、

「みんなの望むこと」をして磨り減ってしまったことや、

自分の居場所を、うまく見出せない孤独感とか、

どこに向かっていっていいのか見失ってしまって

もう、これまでと同じことが出来なくってしまう閉塞感は

 

生まれ育った環境の中で、イロイロなものを無意識に

背負った結果かもしれない。

 

ただ、

その、いつのまにか辛く、困難になってしまった状況を

乗り越えたり、解消したり、自分の奥底にある本心を抑えてまで受け入れるのではなく、

 

その理由を

不満や欠乏感の出所とも言える「自分の内側」に向けたこと

 

自分の感情に対して

「なぜなんだ」「どうして、そう思うのか」と問い続けたこと

 

それこそ、

「闇の中」に、自分の「無意識に抱えている問いの答え」を、求めたのだと思う。

 

 

 

「私にとって巨大な母の存在」や

「自分の家族が他とは違う」ことは、

幼い女の子にとって、居心地が良いとは言えないと思う。

 

でも、

そんな自分の外からの要因を、分析してみたり、

かわいそうだとか慰めてもらっても

解決しないものがあるとしたら、

 

そんな過去の状況が、霞んでしまうぐらいの

成功や賞賛を得ても

埋まらないものがあるとしたら、

 

無意識の中に存在する「自分の中の何か」が

自分を突き動かしているとしたら、

 

振り返ってみて「なぜ、そんなに苦しそうなのか」と思えてしまう

「行き詰まってしまう生き方」でさえも、

そうすることで「埋められる何か」があると、無意識に信じていたのかもしれない。

 

 

 

自分を突き動かしたであろう、

切り離すことのできない「満たされなさ」があるのなら

欠落した感じを生み出した原因の理由は、自分の外側にはない。

 

欠落を生み出したその原因を知っているのは、

「何が、そこにないと思い込んだのか」は、自分にしか、わからない。

 

 

 

その無意識に「ない」と、思い込んでしまった何かを

彼女は、これまでの人生の様々な経験を通して

見つけたのかもしれない。

 

 

彼女が自分の家族を持ったこと

自分自身が母親になったこと、

「お子さんの存在」は、大きいと思う。

 

 

お子さんと過ごす時間の中で、

 

いま、

自分と、自分の息子との時間の中に「ある」確かなものと、

その空間に自分が存在することこそが、

 

かつての、母と自分との時間にも

「ない」と思い込んでいた何かが、

本当は「あった」という確信に、繋がったのかもしれない。

 

 

それが、

いまの、前よりもずっと彼女らしい「自然な存在感」になって

あらわれているのだとしたら

 

 

ふたたび歌手としての活動をするために

平穏な生活を手に入れるために

 

何かを乗り越えたとか、

過去を受け入れたとか、

そんなこととは、すこしだけ違うのかもしれないと思った。

 

 

いままでが、どうだった

あれが間違っていたのではないか

もっと、こうすれば良かった。。。みたいなことを問いただして、

 


困難を、乗り越えようとしたり

まだ認めたくないものを、受け入れようとしたり

足りない何かを手に入れるために、前に進もうとしたり

 

そんなことが、どうしても出来ないときが、訪れたのなら

 

「なぜ、自分はこんなことをしてしまうのか」

自分の中の「闇」と向き合う必要があるかもしれない。

 

 

自分が産まれた、その瞬間に無意識の「闇」が生まれるのなら

 

その「闇」が、「自分にとって何なのか」を知ることが、

 

「自分が決めた自分の存在の意味」に繋がっているのだと思う。

 

 

 

「満たされていない」と

自分の中に生まれた欠落を埋めるためにしたことと、

 

「満たされている」ことに気づき、

でも、だからこそ、誰かにしてあげたいと思うことは、

 

その奥にある根っこでは、繋がっているのかもしれない。

 

だから、彼女は、また、うたを歌いはじめたのかもしれない。

 

 

わたしが、

今回のアルバムの中で、一番好きなのは、

「終わったー」と、「始まっちゃったー」

(終わっちゃったー、始まったーかな?)が、いっしょに訪れる感じがする

「花束を君に」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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