明日からSantorsoで開催されます。ここ最近のトピックスは自分にはあまりしっくり来ていないのでどのように展開しているのか今後どのような方向に向かって行くのか興味があります。ただ会場のTeatro giovanileは建物が古くて椅子が硬いのであまり好きではないのですが…
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実践者としての道

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イタリアに来て約2年、長い様で短い様で…もうすぐ今年もマスターコースが開催されます。

僕がイタリアに来て感じたのは自分は実践者としてのセラピストを目指しているんだということ。

日本に居た頃にはとにかくがむしゃらに何でも吸収しようとして自分が何になりたいのか良く分からなかった。

同じように一緒に学んでいた仲間も生活状況や職場の状況によってだんだんメンバーが変わって行った。

おそらく今年も沢山の若いセラピストがマスターコースに参加し一定の満足感を得て帰って行くんでしょう。皆、頭一杯に知識を詰め込んで…

でも僕は今は前とは違う、実践者として自分の治療行動を如何に制御するかにより興味があるし、頭の中だけで考えた行動に変化しない知識は、実践の中で使えないことを知った。Perfettiは教授で医師で、昔は実践者だけど今はPante先生や、Rizzello先生、Marina師匠とセットで認知運動療法の発展に貢献できるんであって、セラピストで実践者を目指している自分がPerfetti教授を目指すべきでないのは明白だと思う。言葉で書くと当たり前だけど、それが分かるのに10年かかった。おそらく昔は“先生良く勉強してるね、熱心だね”っていう他人の賛辞を無意識に求めていたのかもしれない。それは今も少なからずあるけど、患者さんの身体機能の変化が伴わなければセラピストとしての自分の進歩は無い。

道は非常に厳しいけれど、自分のセラピストとしての幸せや成功が患者さんや認知運療法を共に学んでいく仲間と共有しその上に成り立つものになるようにゆっくり、しっかり進んでいこうと思う。

若いセラピストの熱気を利用して、その経済的基盤の上に成り立つ循環システムは経済的には有用かもしれないけど、文化的、実践的には意味をなさないかもしれない。でも、それが無ければ僕は認知運動療法に出会うことも出来なかったかもしれない。

とにかく、現在の日本での認知運動療法が常に机上の空論で展開されないで訓練室の実践の中で展開され始めることを願っている。各言う自分も自分の訓練の精度を挙げるように実践者としてもう少し、この非経済的な生活に耐えながらイタリアで学んでいこうと思っている。(でも3カ月毎に日本に滞在しないといけないからおそらく日本でも少しずつ何かを始めてみようと思ってはいるけど)


なんか煮詰まってしまっていたからこんな愚痴っぽいブログ更新になってしまいました。


2011年は肺炎というハプニングで始まったけど、でも病室から見たイタリアの夕焼けはものすごく綺麗で涙の効果もあり、一生忘れられないものになりました。今年もハプニングだらけの人生を楽しむぞ!

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肺炎

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新年早々、肺炎を起こして救急外来を受診して入院する事になってしまいました…と言ってもここはイタリア、友人のAldoの助けなしには入院もままならず、もしかしたら死んでいたかも!

本当にAldoには感謝してもしきれません。

最悪の一日で入院費用もどれくらいかかるのか想像も出来ないけど、ある意味、人生の中で一番、美しい日でした。人の優しさに本当に触れることが出来たから…

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