メルマガ購読・解除
ふあーむ月報「小柴物語」
   
バックナンバー
powered by まぐまぐトップページへ
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2016年12月02日(金) 06時00分00秒

意地と誇り、その必要性と限界と

テーマ:外出先にて

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

30数年ぶりに

 

会津若松を訪れました。

 

 

言わずと知れた

 

戊辰戦争の一舞台

 

会津戦争でおおくの悲劇を生んだ町は

 

独特な空気感を持つております。

 

 

 

 

 

 

以前に比べて

 

きれいに整備された会津

 

 

地元の経済活動と 観光産業の両立を狙い

 

活発に改良を加えられてるふうでした。

 

 

私、一男子として

 

会津人と 薩摩人には

 

そこはかとない憧れを抱いております。

 

 

自分がそこには遠く及ばない

 

ナヨナヨした人間だと自覚してるからこそ

 

コンプレックスの裏返しとして

 

会津人と 薩摩人には

 

憧憬を抱いております。

 

 

 

 

 

 

意地と誇り の象徴の様な

 

この二藩

 

 

戊辰戦争では敵味方に分かれ

 

血で血を洗う戦闘を繰り広げましたが

 

そういう凄惨な状況になったのも

 

意地と誇りが 極度に高い者同士が

 

相まみえたからなのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

「ならぬことは ならぬものです」

 

 

一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
一、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
一、虚言をいふ事はなりませぬ
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです

 

 

会津の男子は 6歳になると

 

「什(じゅう)」という

 

少年団の様なものに入り

 

10歳からの藩校教育に備えます。

 

 

その什で教えられる訓が

 

これ。

 

 

かの有名な

 

「ならぬことは ならぬものです」

 

 

非常に堅苦しいと思うか

 

律として美しいと思うか

 

今の時代はむしろ

 

什の教えが少し求められる気が

 

いたします。

 

 

 

 

 

 

 

世の中、局面によって

 

求められる態度は変わります。

 

 

訓を身につけるのは良いことですが

 

場合によっては

 

自分の逃げ場として

 

訓を悪用する人も大勢います。

 

 

そして出る言い訳が

 

自らの責を負わずに

 

訓のせいにしてしまうという。

 

 

「だって、(だれそれ)がそう言ってたもん!」

 

 

子供が時に発する

 

見苦しい言い訳ですが

 

たいした歳をとってもなお

 

これを発する人がいるとは

 

まったく嘆かわしい限りですね。

 

 

この見苦しさを営々と顧みない

 

そういう方と席を同じくした日には

 

周囲は非常につらい思いを強いられます。

 

 

 

 

 

 

山口県萩市の方とお話しすると

 

旧藩校流れの学校は言わずもがな

 

市内学校はすべからず

 

吉田松陰先生の訓を

 

学校で唱和しているそうです。

 

 

決して呼び捨てではありません。

 

ごく自然に 当たり前に

 

吉田松陰 先生 と

 

敬称が付けられます。

 

 

会津でも

 

什の教えは現代に引き継がれ

 

主要な部分は教えられてるそうです。

 

 

会津人と仕事をした方が仰ってましたが

 

信義が強く 親孝に厚いとか。

 

 

取引相手としては

 

非常に頼りがいのある人たちだ

 

と聞かされました。

 

 

 

 

 

 

人が育つ際

 

その芯となる部分を形成する時期は

 

遮二無二でも

 

一生通用する価値観を

 

叩き込むことが必要かもしれません。

 

 

世の中は 予想だにしないことの

 

連続です。

 

 

いちいち頭で考えていては

 

状況に対応できません。

 

判断の遅れが人に迷惑をかけ

 

場合によっては

 

人に危害を与える原因を

 

自分が作ることも ママあります。

 

 

そんな時は

 

体で反応する事が求められ

 

その源は

 

人としての芯 だと思います。

 

 

 

 

 

 

意地と誇り

 

人に信用してもらうには

 

必要不可欠なものです。

 

 

が、しかし

 

その弊害もありまして

 

訓を盲信してしまうと

 

いや狂信してしまうと

 

今度は状況変化についていけません。

 

 

どんな前提条件でも

 

どんな境界条件でも

 

解は同じになる。

 

 

自分はおろか

 

行動を共にする人たちも

 

危険にさらされることになります。

 

 

「思考停止」 と言われる状態ですね。

 

 

状況は変わっているにもかかわらず

 

周囲の意見や具申を聴き入れず

 

ただひたすら 自分の世界に閉じこり

 

内向きな安寧に終始する。

 

 

非常に迷惑に人間となります。

 

 

 

 

 

 

人が育つ過程で

 

芯となる訓は 絶対に必要。

 

 

ただし、ある時期からは

 

対外処理能力を育む環境が

 

さらに必要と思います。

 

 

一通り教わった後で

 

ぽっと社会に放り出されて

 

自分の芯と 世間の風との

 

対比を図るのです。

 

 

そうして、芯の使い道を経験してこそ

 

ほんとうに訓が身に付くのではないか

 

私はそう思います。

 

 

 

 

 

 

世間知らずの盲信者

 

あなたは大丈夫ですか?

 

 

誰それが言ったから

 

誰それに教えられたから

 

誰それの言葉だから

 

 

弱ってる人間が簡単に陥る

 

典型的な自己喪失状態です。

 

 

それをつけ狙ってくる人が

 

世の中には大勢います。

 

 

そういう人のなかで

 

家族を守り 子供を育て

 

次の世代を送り出すには

 

自分自身の芯と 適応能力を

 

いつも監視している必要が

 

あるのではないか。

 

 

会津戦争の戦跡を見ながら

 

避けられなかった死

 

避けられた死

 

当人の責任

 

大人達の責任

 

などなどに思い耽った私たちです。

 

 

 

 

 

 

自分の試しどころ

 

あなたは意識して生きてますか?

 

 

わたしたちは、毎日毎年

 

意地と誇りの 必要性と限界について

 

畑から問われ続けています。

 

 

答えは、死ぬまで・・・

 

いや、死んでも出ない気がいたしますが

 

人生の課題として

 

生き様と照らしながら

 

答えを探し続けたいと思ってます。

 

 

探し続けることが

 

答えの一つだと思いますので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイスブック 「小柴 孝志」

フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」

 

 

 

 

「小柴物語」12年間の足取りが このページに凝縮されています!

 

 

<北海道 小柴ふあーむ 公式ホームページ>

~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2016年12月01日(木) 06時00分00秒

土地の声に耳を澄ませる力

テーマ:外出先にて

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

 

北陸、東北

 

戊辰戦争では

 

賊軍と呼ばれてしまいました。

 

 

一夜にして世の価値観が変わり

 

正悪が入れ替えられて

 

しまったわけです。

 

 

 

 

 

 

だからと言って

 

どちらかが邪悪を

 

働いたかと言えば

 

そうではなかったのです。

 

 

どちらも先に見ていたのは

 

日ノ本の安泰。

 

 

ただその見ていた方向と

 

見えていた範囲が

 

互いに違っていたということ。

 

 

どちらも日ノ本を

 

第一義に考えていたのは

 

同じなのです。

 

 

 

 

 

 

今般、新潟から会津若松へ

 

阿賀野川を遡り 峠を越えて

 

入りました。

 

 

その道のりは まさに

 

官軍の辿った 道のり。

 

 

もともとは越後から

 

物資を供給する街道でしたが

 

その道が侵攻ルートになったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

農業に就いてから

 

旅の途中、移動の途中で

 

目に入るものが変わりました。

 

 

風景というより

 

人の営みに関する事どもが

 

ガンガン見えてくるのです。

 

 

町屋の形

 

蔵の数

 

集落の形状

 

階級の名残

 

田んぼの枚数

 

畑の大きさ

 

用水の方向

 

新道と旧道の交錯

 

 

次々と現れる集落の匂いに

 

目と心を奪われます。

 

 

 

 

 

 

目に入る一つ一つが

 

その集落の歴史であります。

 

 

人々の喜怒哀楽が詰まった

 

歴史であります。

 

 

道一つ、水路一つ

 

畔や 堤に

 

話し合いがあって

 

人手がかかり

 

炊き出しがあり

 

持ち出しがあり

 

竣工までに世代をまたぎ

 

供用開始の折には

 

村を上げての大祭り

 

だったはずです。

 

 

 

 

 

 

むかしは、藩政に乗る事業はわずかで

 

多くの農業基盤は

 

百姓たち自身の手出しにより

 

進められたそうです。

 

 

それに比べて今はどうでしょう?

 

国費による9割補助で基盤は整備され

 

議員や首長を通して

 

所轄官庁へ意見具申が出来て

 

農村や国土の改良は

 

弛まず進められています。

 

 

 

 

 

 

農業に就いてから

 

国政や行政を

 

一方的に全面否定する気が

 

無くなりました。

 

 

町人が考える以上に

 

農村では国と農民が密接に関わり

 

水を治め 山を治め 田畑を広げ

 

国土開発と生産増強に努めています。

 

 

とても各経営の集まりで

 

受け止められる規模でなく

 

行政の方針が無ければ

 

成り立ちません。

 

 

 

 

 

 

戊辰戦争では

 

そうした平地や田畑、街道が

 

官軍の道のりとなりましたが

 

これが異国の軍隊に侵されないとも

 

限りません。

 

 

現に北海道は

 

昭和20年代のうちは国際的に

 

分割論が現実的なオプションとして

 

テーブルに乗っていましたから。

 

 

私たちもひょっとしたら

 

生まれていなかったかもしれず

 

あるいは今ごろ

 

ロシア人として暮らしていた

 

かもしれないのです。

 

 

 

 

 

 

 

旅の通りすがり

 

行く先々で気が付く

 

歴史の数々。

 

 

そこに暮らした名もなき人々の

 

生きた証が

 

田畑や水路や土手に

 

残っています。

 

 

 

農業に就いて

 

よかったあ!

 

 

旅が以前より数倍

 

有意義となりました。

 

 

しかも物言わぬ土地から声が聞こえる

 

そんな感性を身に付けられましたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちの50年後

 

私たちの畑を使ってる人は

 

何かを感じるだろうか?

 

 

できうれば

 

静かに声を発するような

 

生きた畑でいて欲しいなあ。

 

 

代表と二人で歩きながら

 

土地から聞こえる いにしえの声に

 

耳を傾けながら

 

代表二人で会津若松に

 

向かいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイスブック 「小柴 孝志」

フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」

 

 

 

 

「小柴物語」12年間の足取りが このページに凝縮されています!

 

 

<北海道 小柴ふあーむ 公式ホームページ>

~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2016年11月30日(水) 06時00分00秒

古町に教えらるる「外を知るから、今を知る」

テーマ:外出先にて

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

最近、旧街道を歩く人が

 

増えています。

 

 

東海道や中山道は

 

言うに及ばず

 

日本中の隠れた街道を

 

踏破する人が増えてます。

 

 

それは日本人にとどまらず

 

外国人に大ウケの兆し。

 

 

インバウンドは消費経済だけにあらず

 

日本人自身が忘れかけている

 

日本独自の街道文化が

 

外国人によっても見直されています。

 

 

 

 

 

 

部落、古町、町家、街道

 

なんとも趣ある言葉の数々。

 

 

そこに祭りが加わると

 

日本の社会が完成します。

 

 

古い町並みを舞台にした

 

町じゅう総出の祭り

 

考えただけでワクワクしますね。

 

 

 

みんなで一つのことをする

 

あの感覚!

 

最高のお酒をいただく為の

 

壮大な演出とも言えます。

 

 

 

 

 

 

町 が残っているところには

 

人が根付くと思います。

 

 

一度は離れても

 

再び戻ると思います。

 

 

DNAが

 

そうさせる気がいたします。

 

 

 

 

 

 

人が暮らすということ

 

人が生きるということ

 

それは、場所を選ぶということ。

 

 

東日本のあちこちを

 

訪ね、泊まり、暮らし

 

どこにも共通するものが

 

ありました。

 

 

一度離れた若者が

 

ふたたび家族を連れて戻ってくる町は

 

絶対に潰れていない。

 

 

なぜなら

 

考えの多様性を支える根拠を

 

自らの中に見出しているから。

 

 

一度、世間の水を泳いで来て

 

その何たるかを肌身で学習している。

 

 

だからこそ見える町の意義を

 

明確に自覚している。

 

 

だから帰郷後も軸がぶれることは無く

 

町での暮らしが生き様に昇華し

 

地域にエネルギーを波及している。

 

 

世間と故郷

 

外と内を知るからこそ

 

いまに自信が持てている。

 

 

古い街並みにも

 

ところどころに熱い魂を

 

感じることが出来るんです。

 

 

 

 

 

 

街道を移動していて

 

道の作り、町家の風情、蔵の配置

 

などを見るにつけ

 

そこの経済活動が伝わってきて

 

古ぼけた雰囲気の中にも

 

脈々と魂を繋ぐ 熱い血を

 

感じます。

 

 

 

 

 

 

 

一度、世間を旅して

 

冷や飯を食い

 

冷や水を浴びせられ

 

泥水も飲まされ

 

それだからこそ見えてくる

 

故郷の善悪両面。

 

 

そういう人がいる町は

 

強い!と思います。

 

 

生き残るには

 

古き良きものを残すには

 

熱いロマンと 冷徹な視点が

 

必要です。

 

 

無知が集まり

 

仲良し子よしで

 

いいね!いいね! では

 

前に進めません。

 

 

 

 

 

 

古い町並みで

 

脈々と残る 工芸店や酒蔵。

 

 

「おいで、おいで・・・」 と

 

軒下の暗がりから

 

こちらを誘う空気に満ちてます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裏の路地や 帳場では

 

そこで生きると覚悟を決めた

 

働き盛りの男女が

 

黙々と今に集中しています。

 

 

外を知るから 今を知る。

 

静かな力が 漲っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイスブック 「小柴 孝志」

フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」

 

 

 

 

「小柴物語」12年間の足取りが このページに凝縮されています!

 

 

<北海道 小柴ふあーむ 公式ホームページ>

~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)
2016年11月29日(火) 06時00分00秒

「骨は還すもの」と悟りたり

テーマ:どう思う?

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

冠婚葬祭ほど

 

これといった絶対解が無いものは

 

ありません。

 

 

宗教や地域によって

 

当然、考え方もやり方も違い

 

同じ宗教でも異なります。

 

 

こんな狭い日本でも

 

冠婚葬祭の話が出ると

 

「我こそは正統派なり!」 と

 

互いに譲らぬ喧騒に陥りやすいのが

 

冠婚葬祭のしきたりです。

 

 

 

 

 

 

皆さんは

 

ご自身のルーツを

 

ご存知ですか?

 

 

本家がどうこうという

 

上辺の形式ではなく

 

歴史と連携した

 

己がゆかりを。

 

 

それを知るには

 

お寺で過去帳を調べるのが

 

一番です。

 

 

いまのお寺から

 

その前のお寺へ

 

さらにその前へと。

 

 

行政が御交誼だった時代

 

いまの戸籍管理に相当する役目を

 

お寺が担っていました。

 

 

住民を土地に縛る役目もあり

 

それに宗教が利用され

 

地縁として機能したわけです。

 

 

お寺に行けば

 

自分らの過去が

 

すべて分かるようになってます。

 

それが、お寺本来の

 

存在意義でもあるのです。

 

 

 

 

 

 

葬る

 

ということ。

 

 

水葬、土葬、火葬

 

鳥葬とか、風葬とか。

 

 

いずれにも共通しているのは

 

自然に還すこと

 

先祖に還すこと。

 

 

土葬を例にとれば

 

同じ区画に何代にもわたり

 

御遺体を重ね重ね

 

埋葬するそうです。

 

 

盛り上った土饅頭が平らになったら

 

次の御遺体を葬る。

 

そのサイクルがだいたい

 

人の一世代なんだそうです。

 

 

死して 天に帰り 土に還る。

 

同じ土に、まさしく同じ土に

 

先祖代々脈々と還りつづけて

 

一つの土を形成する。

 

 

まさしく、還る過程が

 

大切にされています。

 

 

 

 

 

 

御骨

 

大切にしてますか?

 

 

故人の御骨は

 

もはや俗世の価値観を離れ

 

冥土の世界に漂います。

 

 

むしろ

 

漂わせてあげねばなりません。

 

 

俗世の 俗人的な所有欲で

 

御骨を取り扱っては

 

いけません。

 

 

それでは、魂がかわいそう。

 

 

死んでなお 俗世の所有欲に

 

翻弄される御骨の悲劇

 

サスペンス劇場でもよくある光景ですが

 

あまりにも愚かであると

 

言わざるを得ません。

 

 

信仰心ある者には

 

考えられぬ所業でしょう。

 

醜悪の極みと映りますね。

 

 

 

 

 

 

お墓の中で

 

骨壷を取り払われ

 

先祖とともになれる。

 

なにより、両親や連れ合いと

 

渾然一体となれる幸せ。

 

 

納骨とは

 

そういう意義があります。

 

 

遺された者の手から放して

 

故人が仲良くしたかった人たちの元へ

 

還してあげましょう。

 

 

葬儀とは違った

 

新たな旅立ちの時

 

それが

 

御骨を還す時

 

つまり、納骨。

 

 

 

 

 

 

ゆかりのある あの人たちの顔が

 

そこにはたくさん浮かんでいました。

 

その中には亡き母の顔もあり

 

このたび加わった亡き父が

 

生前のように ほころんだ笑顔で

 

手を振っていました。

 

 

そこに確かな存在を

 

感じました。

 

 

骨壷を出て

 

祖父母や母と一体となり

 

ニコニコしてる父の笑顔が

 

そこにありました。

 

 

地元を離れて70年

 

やっとわだかまりの無い世界で

 

親に甘えられる時が来たんだね。

 

 

 

 

 

 

 

おつかれさま。

 

 

煙を立てながら

 

お墓に収まって行った父を見て

 

「御骨は還すものだ!」

 

そう心の底から

 

理解できました。

 

 

生まれ育った この風土に

 

還られてよかったな、と

 

手を振ってる父に

 

微笑み返しました。

 

 

 

 

 

 

 

帰りの道すがら

 

地元の風景や気配を

 

肌身で感じました。

 

 

そして、70年のあいだ

 

父に望郷を訴え続けさせた

 

故郷の力のなんたるかを

 

教えてもらえました。

 

 

あなたは還るべき土が

 

ありますか?

 

 

私たち?

 

私たちは残念ながら

 

本流から外れましたから

 

これから、その土を

 

選ぼうと思います。

 

 

いや、農業者なのだから

 

その土を 作るのが 育てるのが

 

本務ですね。

 

 

がんばりましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイスブック 「小柴 孝志」

フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」

 

 

 

 

「小柴物語」12年間の足取りが このページに凝縮されています!

 

 

<北海道 小柴ふあーむ 公式ホームページ>

~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016年11月28日(月) 17時23分37秒

26年目の弥二喜多珍道中、舵の奪い合いは続く

テーマ:外出先にて

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

早いもので

 

私たち夫婦も

 

銀婚式の歳を迎えてました。

 

 

銀婚式をなにやら特別なことと

 

持て囃す場合もありますが

 

私たち夫婦にとっては

 

「あ、そう・・・25年ですか

 

くらいの至って日常の一年でした。

 

 

 

 

 

 

この25年

 

要約すると

 

ひと塊ではなく

 

大きく3つに分かれる

 

25年でした。

 

 

なので、ぜんぜん長く感じない

 

のだと思います。

 

 

 

 

 

 

海外赴任の私でしたから

 

結婚してまず別々に暮した1年

 

 

そして生まれたての長男を連れ

 

さらに二男を授かった

 

異国での暮らした4年

 

 

ここまでの5年間が

 

最初の ひと塊。

 

 

 

 

 

 

帰国後

 

家を建て 父を迎え

 

新たな職場で頑張れた

 

8年間が ふた塊 となります。

 

 

 

 

 

 

そして、言うに及ばず

 

父と別れ 会社を辞し

 

家族を連れて北海道へ

 

 

まったく未知の世界の農業経営を

 

地縁血縁の無い土地で興して

 

いまに至る12年が みっつめの塊。

 

 

息つく暇の無い

 

走りっぱなしの25年でしたね。

 

 

 

 

 

 

今回、畑を終えてから

 

小さな旅に出たことが

 

なんと夫婦で内地へ渡った

 

最初のことになりました。

 

 

いままで

 

代表だけで帰朝してたことはありましたが

 

二人揃っての渡海は初めてとなりました。

 

 

そもそも

 

二人揃って泊まりに行くのが

 

この3年ほどで やっと出来たばかり。

 

これまでは 子育て全力投球で

 

持てる体力のすべてを

 

子育てや学校へ振り向けていました。

 

 

自分たちに少しだけ使えるようになった

 

この3年ばかり。

 

それが嬉しいというより

 

ホッとしたというより

 

何か一抹の虚無感をともなう

 

妙な感覚が 不思議です。

 

 

 

 

 

 

海を見て

 

なにを感じるか。

 

 

会社という巨大船を離れ

 

代表と二人で漕ぎだした 小舟。

 

 

海に落ちたら瞬く間に溺れ死ぬだろう

 

小さな子供を三人乗せて

 

あちこちの小さな港をハシゴしながら

 

わらしべ長者のように膨らまし

 

あるいは バッタもんを掴まされたり

 

ちょっとした波で落水したり

 

舵とりや 漕ぎ方で ケンカを重ね

 

それでも潮に流されぬよう

 

目指す岬 目指す灯台から

 

目を離さず漕ぎ続けてきました。

 

 

 

 

 

 

自営業に入ってから

 

船の旅が 妙にしっくりきます。

 

 

たまには飛行機も乗りたいけれど

 

船旅の自分達だけの時間が

 

なんだか楽しみやすくなってます。

 

 

昨年は 父の見送りで

 

苫小牧~仙台 を二往復しましたが

 

その船旅の最中に読み返した

 

メロンの栽培技術書から得た洞察が

 

ことしの好成績の起点になったりしています。

 

 

 

船旅途中で

 

読むこと 考えること 眺めること

 

多忙の日々の中に

 

自分を強制的に取り戻せる

 

良い時間を提供してくれます。

 

 

 

 

 

代表にしてみたら

 

私との結婚は

 

人生のジェットコースターに

 

同乗したようなもの。

 

 

平凡な人生には興味が無い。

 

常識にも興味は無い。

 

 

そう言って連れ添ってくれた代表ですが

 

まさかここまでの波乱になろうとは

 

予想してなかったでしょうね。

 

 

しかも自分自身が

 

主たる戦闘力となる人生など。

 

たぶん、便乗者なら という

 

注釈つきの常識否定だったことでしょう。

 

 

 

 

 

 

それでも

 

とくに記念日にこだわらぬ代表は

 

こうしたささやかな船旅にすら

 

心底喜んでくれました。

 

 

華やかさには興味が無く

 

むしろオリジナルに誇りを持つ。

 

 

そういう価値観であればこそ

 

私の様な独特な男とも

 

付き合ってくれているのだと

 

強く思います。

 

 

なんだかんだ言って

 

二人とも 常識懐疑派

 

是々非々 臨機応変 現実主義。

 

なにより

 

迎合より 理念を尊ぶ。

 

損得より 誇りを選ぶ。

 

 

こうした価値観を

 

共有できているからこその

 

これまでの25年だったのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

引っ越しを 6回重ねてくれた 代表。

 

そのたびに

 

必要に応じて割切って

 

大変な作業を請け負ってくれた代表に

 

ただ感謝するのみです。

 

 

車の中 船の中

 

相変わらず 揉めながらの旅。

 

それでもリタイアせずに

 

旅をし続ける 弥二喜多珍道中。

 

 

これからも

 

末永くお願いいたしますが

 

どちらが船長で どちらが漕ぎ手か

 

その結論はもう少し

 

話しあいましょうね

 

代表さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイスブック 「小柴 孝志」

フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」

 

 

 

 

「小柴物語」12年間の足取りが このページに凝縮されています!

 

 

<北海道 小柴ふあーむ 公式ホームページ>

~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016年11月27日(日) 22時24分15秒

来た道を帰る サケの遡上が如く。

テーマ:外出先にて

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

北海道では

 

サケの遡上が

 

季節の風物詩です。

 

 

海で、川で

 

水面を黒ずませて

 

ゆらりゆらりと白波を立て

 

4年と言われる回遊を経たサケが

 

生まれ故郷の川に

 

帰って来ます。

 

 

 

 

 

生まれた場所を離れて

 

世を回遊するのは

 

人とて同じこと。

 

 

世に棲む多くの人たちは

 

サケと同じように

 

故郷を離れて 大海原へと

 

出かけていきます。

 

 

 

 

 

ある者は 挫折し

 

ある者は 行き倒れ

 

またある者は 刃に倒れる。

 

 

回遊するサケを見ると

 

自分を重ね合わせる人が

 

多いと思います。

 

 

だからサケの遡上って

 

あんなに人の心を引き付ける

 

のだと思います。

 

 

 

 

 

父は故郷の高校を卒業して

 

海路、小樽へたどり着き

 

旭川の卸問屋に

 

就職しました。

 

 

そこで家庭を持ち

 

店を開き、そして畳み

 

面倒を見たお店に面倒を見てもらい

 

静岡で私たちと しばし同居し

 

転身に伴って 福島へ。

 

 

行った先々で

 

お友達を作って

 

交友を重ねたあたり

 

さすが末っ子と思わせます。

 

 

 

 

 

昨秋、流転の先の福島で

 

父は最期を遂げましたが

 

その御骨を今回

 

生まれ故郷に還すことが

 

出来ました。

 

 

御骨を抱えて辿ったルート

 

図らずも 父が辿ってきたルート

 

でした。

 

 

小樽から 新潟へ

 

市内で道を見失って

 

忽然と現れた 母校

 

そして、故郷へと。

 

 

すべて導かれたような

 

偶然の連なりでした。

 

 

母校の前に出た時は

 

「親父、ここに連れて来たのか?!」

 

と、思わず叫びました。

 

 

一つずつ 絡んだ紐をほぐすように

 

出てきた道を 再び遡った

 

納骨の旅でした。

 

 

 

 

 

 

帰ることは

 

還ること。

 

 

始まりには

 

必ず終わりがある。

 

 

生きた後に

 

還られる場所を持てるのは

 

幸せなことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

父は回遊を重ねたのちに

 

家族みんなが待つ故郷へ

 

還ることが出来ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイスブック 「小柴 孝志」

フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」

 

 

 

 

「小柴物語」12年間の足取りが このページに凝縮されています!

 

 

<北海道 小柴ふあーむ 公式ホームページ>

~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016年11月22日(火) 06時38分23秒

「信用」を与えられる、ということ。

テーマ:地域にて

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

会社を辞めて13年

 

北海道 小柴ふあーむ

 

おかげ様で創業以来

 

12年目のシーズンを終えることが

 

出来ました。

 

 

そして

 

世間様からあらたに

 

信用を付与いただくことになり

 

このたび大型の設備投資を

 

敢行することとなりました。

 

 

 

 

 

新規就農の

 

最も辛いことは

 

作業とか 技術とか 販売とか

 

そうした経営の表面的なことではなく

 

「信用」という深い部分の

 

欠落にあると思います。

 

 

 

 

 

農業に限らず

 

事業者皆さんが

 

そうだと思います。

 

 

信用を付与されること。

 

 

剝き身の個人事業主となれば

 

必ず立ちはだかる壁が

 

「信用」だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

農業界においては

 

地縁血縁を基盤とする

 

協同組合や部落が

 

相互に助け合いながら

 

経営しています。

 

 

しかし、私たちは

 

どこの馬の骨とも分からぬ

 

ポッと出の新参者。

 

 

旧来の農家がやって

 

上手くいかないものを

 

キラキラした目でやってきて

 

早々上手くいくわけがない。

 

 

そんな雰囲気の中で

 

経営を回して行かねばならんのが

 

新規就農の置かれる立場です。

 

 

 

 

 

一つ一つ、積み重ねます。

 

色々な種をまき

 

少しずつ温めて 育て

 

実を取りながら

 

次の種につなげます。

 

 

育てているのは作物のみにあらず

 

経営の種も

 

育てているのです。

 

 

 

 

 

 

 

ゼロから始めた事業

 

取引先の皆さんから信用され

 

市場の皆さんに信用され

 

地元の人から信用され

 

行政から信用され

 

なにより

 

お客様から信用され。

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつらなら、大丈夫かも。

 

と言っていただけるようになるまで

 

踏ん張り切れるかどうか。

 

 

それを試されての

 

信用だと思います。

 

 

 

 

 

 

今般

 

トラクターを新車で購入いたします。

 

初めての大型投資です。

 

 

今後の事業展開を考えると

 

経営の安全保障を確保せねば

 

なりません。

 

 

主幹が単一ではとてもリスキー。

 

時間が残されてるうちに

 

バックアップを確保してこそ

 

経営の安定です。

 

 

 

 

 

 

 

そして、なにより

 

この投資に向けて

 

裏で動いてくれた関係者がいました。

 

 

信用の裏付けを

 

その立場の出来る範囲で

 

援護してくれました。

 

 

これがなにより

 

嬉しくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

設備投資は

 

大きなものだけでなく

 

小さなものも継続的に

 

行わねばなりません。

 

 

投資の出来ない経営では

 

お客様への価値の提案など

 

出来るはずもありません。

 

 

なぜなら

 

自らの価値に 価値を見出してないから

 

おカネを回せないんですから。

 

 

私たちは

 

私たちの考える価値に

 

おカネを回します。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

日本じゅうの皆さまに

 

共感の輪を広げたいと

 

考えてます。

 

 

今般の一連の調整は

 

経営基盤の周りにも

 

共感の輪が出来つつあると感じた

 

一つのエピソードでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイスブック 「小柴 孝志」

フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」

 

 

 

 

「小柴物語」12年間の足取りが このページに凝縮されています!

 

 

<北海道 小柴ふあーむ 公式ホームページ>

~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016年11月21日(月) 22時18分30秒

【無事御礼】けが病気なく、今年を終えられました。

テーマ:圃場にて

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

11月18日

 

北海道 小柴ふあーむ

 

今シーズンの現場を

 

クローズ出来ました。

 

 

 

 

 

 

日本中から御贔屓いただいた皆様に

 

心より御礼を申し上げます。

 

 

おかげ様で

 

代表と私、ふたりとも

 

無事故で現場作業を終えることが

 

出来ました。

 

 

ひとえに皆さまからいただいた勇気で

 

集中力と情熱を切らさず

 

生産と販売に傾注できた賜物と

 

心得ております。

 

 

 

 

 

今年の成果に慢心することな

 

来年もより一層の

 

仕上がりとサービスを実現すべく

 

丁寧な仕込みをすでに始めてます。

 

 

畑の営みをぜひ共有いただいて

 

ふたたび小柴ふあーむのこども達で

 

季節を耕す物語を味わっていただけたらと

 

代表とともにお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

今年の秋は10月を境に

 

様子が一変しました。

 

 

9月の温暖な日々に対して

 

10月後半からの急激な低温化

 

そして、初雪からいきなりの

 

あわや根雪?と思わせる

 

長く続く強烈な寒波。

 

 

私たちの撤収作業も

 

予断を許さぬ緊張感に

 

包まれていました。

 

 

 

 

 

そんな中

 

新しい器材の導入や

 

改善した手法によって

 

二人での作業効率も

 

さらに向上を遂げて

 

今まで以上のスピードで

 

完結する事が出来ました。

 

 

皆さまからいただいたお代を

 

積極的に投資へ回すことにより

 

品質向上はもとより

 

作業性向上も同時に果たして

 

その浮いた力量をさらなる改善努力へ

 

振り向けられております。

 

 

 

 

 

一年に一度

 

代表が最高の笑顔を見せる時が

 

あります。

 

 

そう、それは

 

一年の現場作業を終えて

 

クローズ宣言を遂げる時。

 

 

二人でいっしょに

 

シーズン締めくくりの記念写真を

 

撮る時です。

 

 

数々の名笑顔が

 

この13年にありました。

 

 

そして今年の笑顔は

 

これまででも屈指の

 

素晴らしさとなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

その理由は言わずもがな。

 

技術、生産、販売 の

 

三拍子が目標に近い成果となり

 

なにより

 

お客さまからの手応えが

 

最も大きいシーズンでしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんのおかげで

 

経営体力も徐々に上向き

 

少しずつ高度を上げられそうな

 

見通しが出てきました。

 

 

技術が付き

 

知恵が付き

 

基盤が付き

 

信用が付き

 

勇気が付き。

 

 

畑から生み出される

 

小柴ふあーむのこども達 が

 

そのすべての源として

 

日本中の皆さんと私たちを

 

繋いでくれた結果です。

 

 

 

 

 

 

今度とも

 

代表と私と こども達

 

どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて

 

ご好評頂いた 熟成 メルヘンかぼちゃ

 

御贔屓、誠に有難うございました。

 

おかげをもちまして

 

御用意したメルヘンかぼちゃは

 

すべて完売となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年のメルヘンかぼちゃは

 

いかがでしたか?

 

 

ホッコリから シットリへ

 

移り変わる食感を

 

堪能いただけたのではないかと

 

確信しております。

 

 

来年も御期待に応えるべく

 

土作りから丁寧に仕込んでまいります。

 

どうぞ変わらぬご愛顧を賜れますよう

 

宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイスブック 「小柴 孝志」

フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」

 

 

 

 

「小柴物語」12年間の足取りが このページに凝縮されています!

 

 

<北海道 小柴ふあーむ 公式ホームページ>

~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016年11月09日(水) 16時18分02秒

重さにに 強いハウス、弱いハウス

テーマ:どう思う?

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

 

11月9日

 

北海道に 暴風雪警報が

 

発令されています。

 

 

小柴ふあーむ も慌てて

 

一部ハウスの撤収を急ぎました。

 

 

全8棟のなかに

 

雪のような外荷重に弱いハウスが

 

5棟含まれているんです。

 

 

 

 

 

 

積雪

 

ハウスに積もる場合

 

天頂から横肩にかけて

 

天井一面に降り積もる

 

縦方向の分散荷重となります。

 

 

降雨量1mmで 積雪1cm

 

と言われています。

 

 

この換算で行くと

 

新雪の比重は 約0.1 となりますが

 

実際にはその半分 約0.05 が

 

実状に近いようです。

 

 

つまり

 

降雨量で10mmの降雪があった場合

 

積雪は20cmにいたる

 

かもしれないということです。

 

 

 

 

 

 

ハウスの耐荷重を考える時

 

積雪量は問題ではなく

 

天井に堆積する重さが重要です。

 

 

仮に一晩で降雨量10mm相当の

 

降雪が予想される場合

 

それはハウスの天井 1平米あたり

 

10kgの重さが乗るということです。

 

 

降った水分は雪雪として

 

落ちずに居座りますからね。

 

 

ハウスの骨格は

 

鉄パイプで出来ていて

 

間隔は70cmで打ち込んでます。

 

 

これに当てはめると

 

一晩で10mm相当の降雨量が

 

ハウス天井に降り積もると

 

パイプ一区間が支える荷重は

 

約50kg と推測されます。

 

女性一人が骨一本ずつに

 

ぶら下がる計算です。

 

 

 

 

 

 

ただこれも

 

人がぶら下がるのは 集中荷重であり

 

雪の重みは 分散荷重です。

 

 

ハウスの断面形状は

 

弧を描いたアーチ状。

 

 

鉄パイプのしなりが荷重と闘い

 

左右の反力が相殺しあって

 

最後は地面根元部の曲げ応力で

 

形状保持の限界が決まります。

 

 

 

 

 

 

さて、重さに強いハウス

 

重さに弱いハウス。

 

 

その違いはどこにあるか?

 

 

答えは、アーチ部分のふくらみと

 

内部応力の強さです。

 

 

技術用語で「プリロード」というのですが

 

ハウスを建てる時に

 

パイプを敢えて強くしならせて

 

結合しておくのです。

 

 

こうして内部応力を持たされた骨格は

 

その分だけよけいに

 

荷重に抗する事ができるんです。

 

 

あくまで

 

地面根元部の曲げ応力が

 

十分であれば、という前提ですが。

 

 

 

 

 

 

 

なのでハウスが雪の重さで潰れる時

 

内部応力が無い場合は 天井部から

 

内部応力を仕込んだ場合は 根元部から

 

ということになります。

 

 

今回、小柴ふあーむ の暴風雪対応は

 

8棟中 5棟を優先しました。

 

 

写真で見て お分かりのように

 

ビニールを降ろしたハウスの断面は

 

降ろしてないハウスに比べて

 

平べったい形となってますね?

 

 

屋根のこう配が作る

 

荷重の分解もさることながら

 

骨格内に仕込まれた内部応力も

 

見逃せ得ない素性なのです。

 

 

 

 

 

 

材料や構造を勉強してみると

 

不思議にも人間と似たような原理が

 

見出されることが多いものです。

 

 

無駄に太い骨が強いわけでもなく

 

細くてもしなりのある骨が強かったり

 

それ以前に熱処理の良し悪しが重要で

 

緻密な焼入れと 丁寧な焼戻しに

 

勝るものは無いとも言えるし

 

さらには、不純物の少ない素材を

 

手早く引き伸ばすことが

 

すべての基本だったり。

 

 

大事なのは

 

目に見えないところの作り込み。

 

 

高性能を支える根拠ある条件と

 

最後の限界を決めるのは

 

こうした、目に見えない作りこみであり

 

それは生産者の理念そのものであり

 

生き様が伴っていないと

 

不可能な作り込みなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

表面的な 付け焼刃は

 

もってのほか。

 

表面だけ形を整えても

 

素材や熱処理を補うことはできないし

 

中途半端なバッタもん商売になってしまいます。

 

 

私たちは モノづくりを通して

 

世の中と関わろうとしています。

 

 

そんな私たちにとって

 

バッタもん商売は視野の外

 

目指す姿の対極にあるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熟成 メルヘンかぼちゃ

 

残りわずかながら

 

少々の在庫を用意して

 

駆け込みの御注文に備えています。

 

 

 

 

ホームページのショップコーナー

 

こちらから、お申し込みください。

 

 

<北海道 小柴ふあーむ 公式ホームページ>

~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

 

 

 

 

 

 

 

クレジットカードにも対応して

 

お手軽に手続きいただけます。

 

 

いまなら

 

ご注文 ~ 即日発送!

 

中一日でお届け可能です。

 

 

 

 

 

ことしの秋の稔り

 

いつも通りの上出来です。

 

この機会にどうぞお試しくださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイスブック 「小柴 孝志」

フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」

 

 

 

 

「小柴物語」12年間の足取りが このページに凝縮されています!

 

 

<北海道 小柴ふあーむ 公式ホームページ>

~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

いいね!した人  |  リブログ(0)
2016年11月05日(土) 22時44分48秒

10年掛かりで仕上げたメロン、手に取るのは あなた!

テーマ:メロン

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

雪の中

 

今季最後のメロンが

 

出かけて行きました。

 

 

そしてこれが

 

今季最後の出荷にもなりました。

 

 

 

 

 

 

大きくて 重くて 甘くて

 

とっても厳しい時期の

 

高難易度のメロンです。

 

 

この時期のメロンは

 

道内でも最も遅い収穫で

 

北海道の最後の1軒になることも

 

あり得る時期です。

 

 

 

 

 

 

栽培条件だけでなく

 

経営的メリットが見逃せない要素。

 

 

これは工業では当たり前のことですが

 

一つの経費

 

一つの資材

 

一つの型

 

一つのライン

 

一つの技術

 

 

これをどれだけ使い回すかで

 

イニシャルコストを下げようとします。

 

 

量産効果、と簡単に言い表しますが

 

内実はそんな簡単なものではなく

 

基本に戦略思考が伴わないと

 

製造業としての主軸が成り立ちません。

 

 

この時期のメロン生産には

 

そうした経営的メリットを手に入れることと

 

同時に品質向上と安定という

 

お客さまにとってのメリットへの布石も

 

兼ね備えています。

 

 

厳しい条件下で蓄積された技術や戦略は

 

春から夏へのメロン生産の基礎技術へ即反映され

 

またかぼちゃ生産にも展開されて

 

事実、収量と単価は以前に比べて

 

相当向上し安定してきました。

 

 

 

 

 

 

この時期のメロン

 

多くの先輩農家が挑戦し

 

去って行きました。

 

 

すぐには手応えが無いからです。

 

 

私たちが始めてからも

 

幾人もの先輩たちが

 

見切りをつけて行きました。

 

 

 

 

 

 

 

そんな中

 

今年の当該地域では

 

小柴ふあーむが 大トリを務めました。

 

 

堂々の4玉クラスを含めて

 

羊蹄山麓から最後のメロンを

 

小柴ふあーむ から送りだしました。

 

 

今年の出来上がりは

 

指導を仰いだ先輩にも

 

恥ずかしくないものと思います。

 

 

最後まで粘り続けた

 

新参者ならではのしつこさ

 

それが結実した

 

今年の秋です。

 

 

 

 

 

 

かれこれ、10年。

 

昨年などは最悪のうちの一つ。

 

見事な失敗作でした。

 

 

でも

 

小柴ふあーむ の持ち味は

 

失敗をも徹底的に分析することです。

 

 

そして、昨年は

 

父の見送りの為に

 

東北・福島を二往復して

 

しかも病院詰めを含めて

 

都合10日間の時間が生まれました。

 

 

その時に、基本の指導書を

 

改めて読み返していたんです。

 

 

最初から最後まで

 

すべてのページを

 

読み返しました。

 

 

そして身近な失敗作の分析結果と

 

念入りに照合したんです。

 

 

その結果導き出した結論

 

少々大きな決断を伴った結論が

 

今年の結実の原点になってるんです。

 

 

ですから

 

ある意味、ことしの技術的突破は

 

亡き父の加護があったとも

 

受け取れるのです。

 

 

父との最期の会話がメロンについてであり

 

それが大きなモチベーションになったのは否めず

 

また、最期の時に読み返してた指導書が

 

隠れていた啓示をもたらしてくれたし。

 

 

断絶があったとはいえ

 

何かにつけて

 

導きがあったことは

 

今となっては因縁であります。

 

 

 

 

 

 

この技術とモチベーション

 

そして成功体験を

 

来年以降の私たちに定着してこそ

 

本当の技術、本当の戦略化になると

 

考えています。

 

 

10年かけて手に入れた成功体験。

 

これを逃してなるものか!

 

来年のメロン生産は

 

必ず飛躍するはずです。

 

 

その結実を手に取るのは

 

もちろん、皆さんです。

 

 

いまから、宣言します。

 

その結実を手に取るのは

 

皆さんです。

 

そうなるように

 

今から仕込みを始めています。

 

 

どうぞ、ご期待下さい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

熟成 メルヘンかぼちゃ

 

残りわずかながら

 

少々の在庫を用意して

 

駆け込みの御注文に備えています。

 

 

 

 

ホームページのショップコーナー

 

こちらから、お申し込みください。

 

 

<北海道 小柴ふあーむ 公式ホームページ>

~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

 

 

 

 

 

 

 

クレジットカードにも対応して

 

お手軽に手続きいただけます。

 

 

いまなら

 

ご注文 ~ 即日発送!

 

中一日でお届け可能です。

 

 

 

 

 

ことしの秋の稔り

 

いつも通りの上出来です。

 

この機会にどうぞお試しくださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイスブック 「小柴 孝志」

フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」

 

 

 

 

「小柴物語」12年間の足取りが このページに凝縮されています!

 

 

<北海道 小柴ふあーむ 公式ホームページ>

~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

いいね!した人  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。