たかみんの脳みそ混乱記

落ち込んだり悩んだりした時間を忘れない。優しさやいたわりをもらって支えられて生きていることを忘れない。
他人に追い越されたり置いていかれても、自分なりに歩いて行こう、そうしよう。


テーマ:
この記事は数日でアメンバーに引っ越します


ごめんなさい、毒を吐きます





私は小林○央さんのブログは見ていない
市川○○蔵さんのブログも見ない。


私だけではなく、
私と同じ病気の仲間(患者会や入院中に知り合った人達)も
皆、誰一人
彼女のブログを見ていない。

多分、彼女のブログを読んで
「いいね」を出来るのは
健康な人か
同病であっても彼女ほど悪くは無い患者が多いのでは?

今日のネットニュースで
彼女が5日ぶりにブログを更新した事、
体調がかなり悪い様子が報じられていた

10歩あるくのもやっと
一日中横になっていた…など

相当に具合が悪いのでしょう





その
後の
いつか…


終わりが来るのは、
本人もご家族も
ブログの読者達も分かっているんでしょう?
(彼女に限らず私自身も明日は我が身の状態ですので、不適切発言をお許しください)


そのブログ、
私は見る事が出来ない

彼女の具合がひどく悪い様子も
次第に弱っていく様子も
知りたくはない

病を持つ者は(私自身も)
皆それぞれ生きる為に闘っている

リアルの患者友達とも
時々会っては互いに励ましあっているのだが、
小林麻○さんのブログの話題になると
皆一様に暗い顔になり口が重くなる

彼女が弱っていき
○に向かっているのは明白なんだもの
(私も友人達もみんな同じだけどね)

だから
見たくない!
彼女の姿から『自分達の末路』を想像しても
楽しい事なんか何もないのだ

彼女が段々弱っていくのを
読者の人達は何を思って読んでいるのだろう。
ファンだから応援?
たくさんのいいねで彼女を応援するため?

でもさ
そのネットニュースにはこう書いてあったの

コメントには
体調を心配する声の他にも
『キツイときに更新してくれてありがとう」…
などの声が、と。

誰の為にありがとう?
『私達ファンの為にサンキュー』ってこと?

もしも私が彼女のファンだったなら
『ブログなんてしばらく放っておいて、
自身の治療と療養に専念してほしい。
お子さん達やご家族との時間を大切にしてほしい』というだろうな。


まぁ、金銭面がどうの…という
様々な事情も漏れ伝わっているので
ブログは収入源として必要なのかもしれませんが…。

でも今日のような
MAX具合が悪いというその記事に
『いいね』をつけるなんて
私には到底出来やしないのだ。


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4月15日〜よ・い・こ   (*⁰▿⁰*)

こんな記念日があったんですね

↓↓↓↓↓↓↓




よい子だね~って褒められると嬉しいよね!

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私は褒める側の立場(母親なので)です


子供って  褒めると

本当に嬉しそうな顔をします


その顔を見ていると

褒めた側まで幸せな気持ちになるのよね


ただ

↑↑↑↑よい子の日は語呂合わせなので気にしませんが

私は我が子に「よい子だねー」は

あまり使わないです


だって

よい子の反対は

悪い子なんだもの  ガーン(T-T)


それに

良い、悪い、は目に見えないので

自閉症スペクトラムの我が家の息子達には

良い子だね〜は逆に分かりづらいのです


そこで私は

相手の行動(行為)こちらの気持ちありがとう

などで伝えています



あれ?〇〇を片付けてくれたの?

お母さん助かるよ〜

ありがとう!とか


〇〇が上手に出来てるね

なかなかやるじゃないの〜

すごいよ!なんて具合かな


こちらの気持ちが

息子達に伝わっていると良いんだけど…


そういえば

とある有名な幼児用教材のCM文句に

『みんないいこだよ!!』というのがあったのですが、

ホッコリするような安心感

とでも言いますか…

暖かい褒め言葉だった気がします


子供の頃の自分が言われたら

嬉しかっただろうなぁ


そう思うからこそ

私は誰かを褒めたくて仕方がない

褒めフェチ(?)なんだと思います


今日はよい子の日

なので…

皆さんも

誰か身近な人を

思い切って褒めてみませんか?














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マリモ育てたことある?

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マリモ育てたこと…
もちろんあるさ!
(〇〇さ…は方言です、すみません)

今も長男トッポの部屋にあるのさ!

でも何年もほったらかし…
育てているの?死んでるの?!
Σ('◉⌓◉’)

{7CB96B26-BBBD-4C07-A2F6-29E08A177487}

↑↑↑↑↑↑↑
今、見たら
やはりマリモ君はヤバイ状態に(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
とてもじゃないが、見せられません
(写真左から、海苔の佃煮・マリモ小瓶2個・カンガルー?!)


私の故郷に住む人達は
一生のうちに一度は必ず
瓶詰めのマリモを手にしてるんじゃなかろうか?

子供の頃のお土産の定番だった気がする

クマの立体の形のプラスチックケースに入ったバター飴(クマは貯金箱に)、

シャケを咥(くわ)えたポーズの木彫りの熊、

ペナントだっけ?長〜い三角形のペラペラした飾り(大きいあんちゃんの部屋の壁にたくさん貼りつけてあった)、

『努力』とか書いてある重そうな石…

修学旅行での男子のお土産の定番だったのは
何故か『木刀』…我が家には二本あった(あんちゃん達が一本ずつ買ったから)。

その木刀を握って
家の裏の防風林(ぼうふうりん)の中を駆け回り
小さいあんちゃんの剣道の相手をして覚えた
素人怪しい剣術を繰り出しながら 
『強くなりたい』『忍者になりたい』と
本気で思っていたんだな、
そして今でも思ってる!!

『強くなりたい!!』てさ
ᕦ(ò_óˇ)ᕤ



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たくさんの命を飲み込み
大切な人との別離をもたらし
なんでもない日常を一瞬にして非現実の別世界にしてしまった
あの日あの時

明日も続くと思っていた『当たり前』を
非情なまでにあっさりともぎ取って行った力

喜びの中にいた人達を孤独へと
元々孤独だった人には更なる孤独を
ギリギリで生きていた人は
最後の力をも奪われてしまった

あれから六年
あの日の事は忘れられない

我が子を守る事だけを必死に考えて過ごした日々

私が住むのは海の町だが
たまたま我が家は山側にあり
海までは車で20分以上離れていたので
我が家は大きな被害を免れていた

だが、
震災直後にライフラインが止まった為
テレビも見られず
山に阻まれラジオもよく聞こえない状況…
ガソリンも無駄に出来ず時々エンジンをかけて車内で暖をとったり、携帯電話を充電したが、

私が海側の町に何が起きたのか知ったのは
停電が復旧した
3月12日の午後の事だった

津波?!
一体何が起きたの?!
本当にこれが私の知っているわが町の海なのか?

大きな船が道路に転がり
建物も破壊され
残骸が残る無残な姿に変わり果てた町の姿

人的被害をがほとんど無かったのは
地震の発生に伴い避難が迅速に行われたおかげらしい
(『チリ地震の時の津波』を年配の方々からよく聞かされていたのも良い結果になったのかもしれません)。

震災発生時、我が家の長男トッポは
社会科見学で海の施設へ行っていた。

電話もパンク状態で携帯は繋がらず
引率の先生ともなかなか連絡が取れない

どこにいるのか、息子達が無事なのかやっと分かった時は
安堵で涙がでた。

津波を避けて避難した息子達は
引率の先生達に守られ
自衛隊の救助の手も借り
誰一人怪我もなく
3月12日の夜、暗くなってから全員元気に親元に帰って来た



あの震災では
学校や保育園などから親御さんの元に帰れなかった
たくさんの子供達がいました

こどもも、大人も、
愛する人のところへ戻れなかった方々が
あまりにもたくさんいらっしゃり…
被災地の復興はまだまだで…

『もう6年』なんて言わないで

前を向いて歩いていくには
深すぎた傷が
少しでも癒されていなければいけないの

傷は見えるものだけではなく
見えない傷はさらに深いの

傷ついている人の横には
寄り添う人がいてほしい

傷が癒えたり勇気が湧いて来たら
きっとまた立ち上がり
もっともっと強く生きていける


今日は、心を寄り添い
静かに祈ろう








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昨年末からの体調不良と
冬休みに突入した息子達の世話に追われて
ブログをしばらくお休みしておりました。

このブログにご訪問下さった皆さん
昨年中は暖かい言葉やいいねやペタを
ありがとうございました。

皆様から力をいただいて
『今日一日を乗り越えよう、それを繰り返して明日につなげよう』と
頑張る事が出来ました。

時々激しく落ち込んだり
体調不良で動けなくなったりで
長期にお休みしてしまう不定期更新のブログですが、
皆様いつも本当にありがとうございます。

鳥今年もよろしくお願いいたします鳥



今の体調は相変わらず
ノロノロのヨロヨロですが
低空飛行飛行機をキープして
今日も落ちずに飛んでいます!

私のブログネームの『たかみん』は
大好きな鷹からとりました。

幼少期に
大空を悠々と飛ぶ鷹を
憧れを持って眺めて育ちました。

身体の病気で死にかけた時、
子供達には
お母さんは死んだら鷹になるよ
空の上からあなた達を見守るからね
と言いました。

幼かった二男マリオは
ママが鷹になるなら僕はチーターになるよ
ママが飛ぶのに疲れたら
僕の背中に乗せてあげる
と言いました。

生まれ変わっても
大空を自由に飛び回る鷹にはなれないかもしれないけれど、

この不自由な重たい体に
終わりが来るその時まで、
せめて心だけは
あの鷹のように
強く逞(たくま)しく
そして虐待の記憶からも解放されて自由に!
そう思うのでありました。

アレ⁈今年の目標ができちゃった?
なんちゃっててへぺろうさぎ

新年もすでに二週間が過ぎてしまいましたが、
皆様にとって
今年一年が良い年になりますように!!








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この記事は大変不愉快なものなので
後日アメンバー限定へお引っ越しいたします。
私の心を強く保つために
あえて記事にしましたが
人を不愉快にさせるものは本来は記事にするべきではないと思うので。

最近は心身ともに体調が不良です。
少しの間、ブログをおやすみいたします。

本文はこちらから
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓




実家の母から久々に手紙が来た

分厚い封筒の中身は見なくても分かる

それはこの20数年間、いつだって

呪いの手紙だったから



携帯は着信拒否、固定電話は常時留守電設定で相手を確認してから掛け直すようにしてから早数ヶ月……

実家の親は最初の頃は留守電に罵声を残していたけれど、
そのうちメッセージを残さなくなった。
留守電に切り替わるとすぐに切れる無言電話…
おかげで電話がなる度に過呼吸の発作を起こすようになってしまった




お願いです、お母さん、
私の事はもう
死んだと思って忘れてください。

お母さん、あなたはどうせ
私の事など最初から愛していなかったのだから…

お前さえ生まれなければ
お兄ちゃん達をつれて
こんな暴力夫とは離婚する予定だったのだと、
あなたは幼い私に
そう言って
激しい折檻を繰り返していたではないですか。

お前はお父さんにそっくりだと
全ての憎しみを
私にぶつけていたではないですか。

私の結婚が決まった時、
お前はもうこの家の人間ではないから
帰ってくるな、
困った事があっても助けてはやらない、
お前の帰る場所などもうないのだ、

全ての荷物を
持っていくか、いらないものは全て処分して、
出て行け…と
鬼の形相で吐き捨てたのは
あなたの方ではないですか。

お前がいなくなってせいせいした
これからは他人だと
憎々しげに吐き捨てたのは
あなたではなかったのですか?

孫が生まれてからは
孫の顔見たさに「帰省をしろ」…と言い
一年に一度だけは帰省させてくれましたね。

私の子供達の事を
赤ん坊のうちだけは可愛がってくれましたね。

私の事はいらない娘だとしても
孫を可愛がってくれた事を嬉しく思っていたのに…
あなたの孫は私が生んだたった二人だけなのに、

孫達の障害が分かると
こんなキチガイはいらない、普通になるまで二度と帰って来るなと、
今すぐ出て行けと、真冬の猛吹雪の夜に私達を追い出したのはあなたではありませんか。

あの日はお父さんの誕生日でしたね。
私と子供達はサプライズでケーキを注文していたから、
雪の中をケーキ屋さんに取りに行き
何も知らない子供達は
「おじいちゃんお誕生日おめでとう」とニコニコしていて、
サプライズに喜ぶ父と、苦虫を噛み潰したような表情のあなたと、私達親子でケーキを食べましたね。

父に本当の事を言えず
『急に用事ができたから今夜のフェリーで帰ります』と伝えたら
父が「こんな猛吹雪ではフェリー乗り場まで行くのは無理だ」と止めてくれたのに、

あなたは無言で私達を睨みつけていましたね。

どうして急に帰る事になったのか分からずに泣き出したトッポとマリオをなだめて
帰り支度をしながら
私も泣きました。

ひどい吹雪でホワイトアウト状態の夜の田舎道の運転は命がけでしたよ。

どこが道路なのかも分からないような
ひどい状況の中を泣きながら運転したんですよ。

途中で何度もスリップし
路肩の雪山に突っ込んだ時は『死んだ』と思いましたよ。

フェリー乗り場まで行くのに、いつもの二倍の六時間がかかったな。

やっと真夜中のフェリーに乗り込み
翌朝着いたら
出勤前の夫が出迎えに来てくれていました。

私の泣きはらした目を見て
「おかえり、大変だったな」と、
それだけ言って子供達を抱き上げてくれましたよ。

私はこの土地で
新しい家族と幸せに暮らしているのです。

だからお願いです
どうか、もう
私の事は忘れてください。

あなたが捨てた『いらない娘』は
死んだのです。

あなたの望み通り、消えたのです。

呪いの手紙は
封を切らずに返信しました。

あなたの怒り狂う顔が目に浮かび
毎日怯えてくらしています。

私はあなたの『感情のゴミ箱』として育てられたけれど、
今尚、あなたからの支配に怯え
考えただけで体が硬直し手が震えてしまうけれど
私の今の家族を守る為に
強くならねばと思う。

眠れぬ夜を過ごし
不安でパニック発作をおこしながらでも 
くじけそうな心を抑え
勇気を奮い起こすのだ












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鬼コーチの転勤先の病院へ
ついて行った結果、
私は初診時の診察前の段階で既に
打たれ負けたボクサーのように
ボロボロになり
真っ白に燃え尽きていた

パニック発作で心臓バクバクのまま
やっと呼ばれて診察室へ
そこで見たものは……


へ?  あなた誰なん⁈
別の鬼ですか⁉️

というぐらい
印象が変わってしまった
主治医だった。

だがそれは
転院前の前回受診時に
ある程度予想していた
想定内の事ではあった。



数年間通った以前の病院の診察室では
其れ程広くない診察室に
壁に沿ってPCデスクが置かれていて
鬼コーチは患者に対して
横向きに座っていた。

私が主に見ていたのは
鬼コーチの左側の姿だった。

診察室に入った時には必ず
鬼コーチは回転イスをクルッと回して
患者に正面から向き合い
おはようございます
一ヶ月間、どうしていましたか?
質問する。

その言葉に答える形で
診察が始まり、
私が話し始めると
鬼コーチはPCに向かって
会話の内容を打ち込む。

これは…という場面では
手を止めて
こちらに向き直し、
私の目を覗き込むようにしながら
言葉を引き出したり、
また時には
自ら考えさせるような
私が『宿題』と例える
厳しくもあり暖かくもある言葉を投げかけてくる。

それが以前の病院での
やりとりだった。

その病院での最後の診察時(以前の記事で最後と書いた後に薬の調整でもう一度受診していた)、
私は鬼コーチに
自分の不安をぶつけていた。

私はいつも先生を
額縁の中の絵の人物のように
同じ背景(診察室)の中で
同じ向き(左側)の姿で認識してきました。

新しい病院の見知らぬ場所で
先生を見た時に
同じ人物と認識して
今までと同じように
心の内を話す事はできるでしょうか?

先生の中身が同じだと
確信できるか自信がないのです。

そう打ち明けた私に
鬼コーチはニヤリと笑い、

では、新たに
『初めまして』とやり直しましょうか?
それでも良いのですよ  
言ってきた。

うーん……それは
今までの積み重ねが
ゼロになってしまうので嫌です  
と答えるしかなかった。

なぜ私がそんな不安を持つのかというと、
それは、相手の中身が見えない事への
強い不安感によるものなのだ。

私自身が自分の中に
何人もの人格を抱えている事に起因する
相手の正体が分からない事態への
猛烈な不安なのだ。

不安に駆られた私は
鬼コーチに提案をした。

合言葉を決めませんか?
『山』『川』ってヤツです!!

それには鬼コーチも笑ってしまった。

大丈夫です、
私は変わりません。
私は私のままで
今まで通りにお会いします。
合言葉は無し、
次に会った時には
今日の続きを……。

そうして以前の病院での
最後の診察室でのやり取りは終了していた。



さてさて、
転院先の初診の診察室に話はもどり……

そこにいたのは
あなた誰?
鬼コーチもどき?でありました。

額縁の絵の変わりようは
想像以上だったのだ。

そこはまるで
校長室のようだった。
天井まである重厚な家具に囲まれた
広くて立派な部屋

そのど真ん中に
ドカーンと構えられた
立派な机は
正に校長室か重役室か…

そのどデカくて立派な机の向こうに
あの鬼コーチが
真っ正面(机の向きからいって当然だけど)から
こちらに向かって座っていた。

白衣も以前のような
動きやすくてスタイリッシュなタイプの物ではなく
“白い巨塔”かよ⁈  な
いかにもお医者様…に変身していた。


パニック状態で入った診察室で
お偉い先生風の
鬼コーチもどきと対面した私は
緊張のあまり

おはようございます
たかみんと申します
よろしくお願いいたします…
初対面そのものの挨拶を
ぶちかましてしまった。

鬼コーチは
なぜだか
ふふふっと
静かに笑った…ように見えた





つづく










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精神科の主治医(鬼コーチ)が転勤した。
同じ市内の
これまた大きな病院へ。

私はこの土地の出身ではないし、
現在治療中の身体の疾患を患うまで
病院通いをした事はほとんどない。
(高熱や腹痛を起こしても野生動物のように丸くなってじっとし、一晩すぎれば自然と治っていたのです)。
そんなわけで、鬼コーチの転勤先の病院にも
初めて足を踏みいれた。

正直、、、撃沈した

歴史のある古い病院なのだが、
数年前に改築し、今風の大変素敵な病院になっていた。

それが逆に私にとっては
刺激が強すぎて恐ろしい環境なのだ。

まず、ロビー(エントランス?)は
外に向けて全面ガラス張り
しかもロビーの広さが半端じゃない…
田舎の病院のくせに
100人以上は楽々入りそう…
マリオの学校の体育館より広いかも。

そのだだっ広いロビーの両端には
巨大なテレビが配置され
それぞれが別のワイドショー番組を大音量で流していた。

天井は高く吹き抜け
老舗の精神病院のイメージを覆す
素敵なホテルのエントランスみたいな雰囲気に

私は撃沈したわけであります

広い、天井高い、
まぶしい、刺激が強い、
その状況にたくさんの患者が順番待ちをしていて
ベンチには空きスペースもない…。

私は男性恐怖症なのだが
その日の待合室にはなぜだか
ガタイ(体格)の良い
いかつい感じの男性陣がいっぱいいらして、
体調が悪いのか皆さんイライラで
病院スタッフに大声で怒鳴ったり
雑誌を見ながら貧乏ゆすりをしていたり…

あとは
誰彼構わずに大声で話しかけてくる
おばあちゃま……。

人混み恐怖でスーパーの買い物さえ
脂汗を流しながらの私には
その状況は無理すぎた。

だだっ広く仕切りのないロビーは
患者を一望出来るので
安全を図る為に必要なのだろうと理解した。

でもさ、
そういう環境が怖くて不安で
日常生活に支障をきたしている患者の為に
静かに過ごせるコーナーや
男性恐怖症の女性の為の別部屋も
用意してほしい。

結局、初診の日
私はロビーが怖くて
逃げ場を求めてフロアーをウロウロしながら逃げ回った。

トイレにも行ったが一人で占領も出来ない為、
静かそうな廊下の端に落ち着きかけたら
そこは
隣接するデイサービス施設と
入院病棟への連絡通路だったらしく、
頻繁にスタッフが行き交う場所だった。

看護師さんを捕まえて
「この環境が凄く怖い、どこか静かな所で待たせてもらえませんか?」と伝えたが、
帰ってきた返事は
「そういう場所が無い」というものだった。
「もう少しで中に呼ばれるから待って」と言って
看護師さんは去って行った。

あぁ、そうだね、
ここは精神科なんだもの
こんな患者日常茶飯事なのでしょう、チクショー

またもや廊下に逃げて行ったが
もはや
心臓はバクバク、
呼吸困難で息が出来ず、
その場にいるのが怖くて
逃げ出したい強い不安感に襲われ

その場に倒れこんでしまった。

そこに通りがかったのが
精神保健福祉士(PSW)さん。

事情を話したところ
ご自分の職場の
『医療連携室』に案内してくれた。
 
静かで落ち着いた事務室で
片隅には面談コーナーのテーブルとイス。

そこに座らせてもらい
診察に呼ばれるまで待たせてもらった。

その間、PSW氏は
私がパニック発作を起こした理由を
聞き取ってくれた。

私だってわかってはいるのだ。
ホテルのような素敵なロビーが
心を前向きにするだろうことを。
月に一度の通院しか出来ない患者さんに
少しでも
明るく華やかな気持ちになってもらう効果があるだろうことを。
鬱や不安や不眠症は日中に陽の光を浴びることで
脳内のセロトニンの量が増えて
症状が緩和するだろうことを
世間一般の
「精神科=鉄格子」のイメージを払拭し
心の病に苦しむ人やその家族が
勇気をだして通院して来られるように
環境整備と地域へのイメージ戦略も必要なんだろうことも、
わかってはいるんだ。

ただ、
病院が怖くてパニック発作がでてしまうと
通院出来なくなってしまう、
それって本末転倒……

PSW氏は真剣に聞いてくれ
看護師とドクターにも話しておくと
言ってくれた。
ありがたや。

やっと看護師に呼ばれ
診察前の問診で血圧測定をしたら…
150!!
はぁぁ?
私、平常時は100を切って90台の
低血圧なんですが⁇‼︎
そんな数値、人生初だし Σ('◉⌓◉’)

鬼コーチの診察にたどり着いた時には

真っ白に燃え尽きて
おりましたとさ




つづく















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読んで不愉快な気持ちになる方がいると分かりつつ、
ある事を決断出来ずにいる自分の
心の整理のために書こうと思う

長文です、すみません



私は被虐待児(虐待を受けて育った子ども)だった

結婚して実家を離れるまでの
二十数年間、
実の両親から
心身共に暴力を振るわれて暮らしていた。

夫とは遠距離恋愛で
結婚の話を両親に切り出した時には
激しく文句を言われたが、

「結婚したら転職して引っ越し、
御実家の近くに住みます」と
夫は一世一代の大芝居を打って
私の両親を丸め込み、
地獄のような実家からの脱出を
成功させてくれた。

海を越えた遠い地へ嫁ぎ
故郷へは戻らなかった事で
「娘を盗まれた」と
夫もまた私の両親から憎まれている


私への攻撃は
(手紙や電話を使い)
離れて暮らしてからも続き、
物理的な距離が離れていても
私は常に怯え不安で眠れず、

たとえ眠っても
両親から暴力を振るわれる悪夢を見て
悲鳴をあげながら目覚める日々を送った。

私は自分自身を大切に思えず
心の底にいつも
消えてしまいたいという
暗い願望を抱えていた。

その願望はある時
唐突に現実となる。
細胞が変異して悪性の腫瘍になったのだ。

この時私は安らぎを感じた。
「あぁ、これで
クズのような自分の人生と
おさらば出来る」と思った。
その考えこそがクズなんだろうけれど

けれども
どんなにクズでも
二人の息子と夫を思うと
死ぬには少し早すぎる…
思い直して治療を受けた。

治療は正直キツかった。
それより何より、
お金もかかり苦労もかけて
家族には本当に迷惑な話だったと思う。

予後はそれほど良くは無いけど
こうして生きているだけでも
ラッキーだ。

そして
今年の出来事だが、
両親からの攻撃に疲れ果てた私は

自分の為にも
そして愛する家族を守る為にも
両親と決別する事にした。

連絡手段を絶っただけだが、
簡単に行き来できない距離がある為、
事実上の絶縁状態となった。

その件についての胸の内については
また別の機会に書くとして
今は絶縁の事実だけで…。



そしてここからが
悩みの本題である。

現実問題として
私は両親よりも夫よりも
先に死ぬに違いない。

その時起こりそうな事を
シミュレーションしてみた

ダメだ、これはいかん。

私の血縁(両親と二人の兄)は皆
遠く離れた所に住んでいる、

さらに
息子は二人とも障害があり
結構手がかかる。

夫にかかる負担は大きいだろう。

そこで考えたのが
『献体をする』
という事なのだ。

献体とは
医学・歯学の大学における解剖学の教育・研究に役立たせるため、自分の遺体を無条件・無報酬で提供する事をいう。(公益財団法人  日本篤志献体協会ホームページより抜粋)

要するに
医・歯学生の解剖実習に体を提供し
医学へ貢献する行為なのだが、
その為には
各都道府県にある献体団体
(もしくは献体を受ける大学の医学部)へ
事前に連絡して登録をする必要があるのだ。

私が献体を希望する理由は三つ

①『役に立たないダメな自分』と思って生きてきたけれど、最後に『人の役に立ちたい』

②実家と絶縁した故の、死後に巻き起こる諍いをひとまず先送りに出来る

③息子達の心の混乱(特に知的障害のある次男マリオ)を最小限に抑えたい……


書いてみて気づいたが、どれもこれも
自分勝手な言い分だと思う。

純粋に医学への貢献や
社会への恩返しなどの理由で登録している方々から
お叱りを受けるかもしれない。

でも、私には
これが最善の方法のように思われるのだ。

ホームページなどで調べると
私の住む地域の窓口は
〇〇大学医学部の解剖学教室になっていたので
先日思い切って
問い合わせの電話をしてみた。

そこで聞いた事は
献体登録には身近な近親者(血縁者など)からの
了解が必要だという事(揉め事が起こらないように事前に話し合う)。

 献体後は
2〜3年後に火葬を済ませたお骨が
遺族へ返されるとの事だった(地域によっては供養塔がありそこにお骨を納めてくれる所もあるらしい)。

そのお骨を引き取る人がいる事も
登録の条件だと教えられた。

登録をすれば私は安心すると思う。

ただ、一番の近親者である
配偶者(夫)に
この話を切り出せないでいるのだ。

ここ数年の夫は
家事や子供達のフォローなどを
積極的に手伝ってくれている。

先日も長男トッポに付き添って
遠路はるばる東京まで行ってくれた。

慣れない夜間高速バスで一睡も出来ず
それでもトッポをしっかりサポートして
帰宅した時にはクタクタになっていた。
私が行っていたら
今頃は疲労でぶっ倒れていたかもしれない。

こんなに
頑張ってくれている人に
献体の登録に同意してサインしろ…なんて

言う勇気が無いのだ。

まだ40代の夫に
これ以上、明るくない未来を見せたくないのだ。


自分勝手な私の気持ちを押し通すのか、
死後の儀式は
遺された人達の為にあると理解して
自分の気持ちを表に出さないのか……

私は
深く深く
悩んでいる………






























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