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長い努力の道のりの先に、一つの結果に結実する時を迎えました。

 

「国連教育科学文化機関(ユネスコ)は2017年10月31日(日本時間)、歴史的価値の高い文書などを対象にした「世界の記憶」(世界記憶遺産)に、江戸時代の朝鮮王朝が派遣した外交使節「朝鮮通信使」に関する資料の登録を認めたと発表した。
審査を行った国際諮問委員会(IAC)の勧告を受け、ボコバ事務局長が78件の登録を承認した。「世界の記憶」の日本国内登録は計7件となった。
朝鮮通信使は朝鮮国王が徳川将軍家に派遣した使節団。対馬(長崎県)や江戸を経て、徳川家康が祭られる日光東照宮(栃木県)まで、一行が通った地域に外交文書や行列の様子を記した絵などが残っており、日韓の関係自治体や民間団体が共同で計333点の登録を申請していた。」
 

朝鮮通信使の世界記憶遺産登録。

朝鮮通信使が通った日本の市や町を主にして、川越唐人揃いパレード実行委員会を参加している「朝鮮通信使縁地連絡協議会」と韓国釜山で朝鮮通信使行事を積極的に進めている釜山文化財団という日韓両国の団体が共に申請したものでした。

世界遺産の申請は主に当該国が申請しますが、二か国二団体が申請というのは、ほとんどありません。
草の根で活動してきた両国の関係者は、ついに実現した登録に、喜びを分かち合っていたのだった。

そして、世界記憶遺産登録が決まってわずか2週間後というタイムリーなタイミング、お祝いムードに包まれて、今年は例年以上の注目を集めることになった。

2017年11月12日に開催された、第13回「川越唐人揃い」『復活!唐人揃いー朝鮮通信使ー多文化共生・国際交流パレード』。

主催:川越唐人揃いパレード実行委員会

12時 蓮馨寺にて開会式

12時半 パレード出発 蔵造りの町並みにて

14時~ 蓮馨寺にて交流広場

朝鮮通信使から始まった川越唐人揃いですが、現代は多文化共生・国際交流をテーマに、

世界中の民族衣装を着てパレードするものへと進化を遂げています。

午前中からメイン会場である蓮馨寺境内では、世界各国の民族衣装に身を包んだ参加者が今か今かとその時を待っていた。

蓮馨寺がメイン会場となっていることの川越的意味合いの大きさ。

歴史と由緒ある蓮馨寺という場が、川越唐人揃いはじめ、「かわごえ国際交流フェスタ」など国際交流の場ともなっているという事実がある。

川越唐人揃いは、蓮馨寺を出発して街をパレードするイベント。パレードの中心となるのはやはり一番街。現在の一番街は様々な国の人が観光に訪れているのはご存知の通りで、

普段から通りでは外国語が聞こえない日はないほどで、川越は実は国際観光都市。

外国人観光客が着物を着て街を散策する光景も増え、川越の様子は様変わりしました。

 

蓮馨寺境内では、開会式が近づくとより華やかさに包まれていく。

まさにカオス。。。毎年見ていても圧倒される光景。

出発前、広場に一斉に集まっているその時こそ、川越唐人揃いの真骨頂で、各団体の参加者が交流し、お互いに写真を撮り合い自然と国際交流が始まっている。

日本人が着物を着た時に高揚するのと同じように、他のどの国の人も、自分たちのアイデンティティーである民族衣装を着るとテンションが上がるのは同じ。言葉は通じなくても、通じ合う部分はある、境内に笑顔が溢れます。

12時に始まった開会式は、川越唐人揃いパレード実行委員会江藤代表、川越市川合市長はじめ、釜山文化財団代表理事、かつての朝鮮通信使の子孫など来賓の挨拶があり、スピーチの中で世界記憶遺産登録のことが何度も挙がり祝福ムードに包まれていた。

実行委員会代表、江藤さんの挨拶。

「2017年11月12日の今日、第13回川越唐人揃いパレードが歩くこの街並みは、1700年の江戸時代の道幅そのものであり、江戸の中心に店を出すほどの大店が軒を連ね、多くの人々が歩き買物をしていたのです。そして、川越氷川神社の祭礼には、朝鮮通信使の仮装行列『唐人揃い』や、東南アジアの象の模型が練り歩き、なんと巨大なサンゴの山車まで出て人々を驚かせました。まさに異国情緒いっぱいの祭りがこの場所で繰り広げられたのです。それは間違いなく今日の唐人揃いパレードそのままだったに違いありません。秋の日の一日を、平和を実現し隣国と仲良く交流し合った歴史を体感しましょう!」

川越唐人揃いのキーパーソンと言えるのが、上の写真、かつての川越の豪商、榎本弥左衛門。

今考えると、榎本弥左衛門の存在が今の川越の国際都市に影響を与えたとも言え、書き記した書物がやがて後世にこんなに大きな役割を果たすことになるなんて、当時の弥左衛門さんは想像もしていなかったでしょう。

現代の榎本弥左衛門を毎年のように演じているのが、元町一丁目にある「幸すし」の長島威さんで、元全国すし商生活衛生同業組合連合会理事、そして2017年11月3日に発令された「秋の叙勲」では、旭日双光章を受章したことは新聞等でも取り上げられて記憶に新しい。

榎本弥左衛門も元町一丁目に店を構えていたことから、現代の元町一丁目に店を構えている長島さんが演じ続けている。

 

12時半になるといよいよ境内の参加者はパレードに繰り出していく。周辺の道は交通規制がかけられ、蓮馨寺から昭和の街を真っ直ぐ北進し、一番街の札の辻まで進んで折り返してきます。

パレードはまず横断幕を先頭に、楽隊、清道旗、正使、副使、傘持ち、従事官、上官、女官、幟旗隊といった、かつての朝鮮通信使を再現した行列から始まる。続いて参加団体が後に続いていく。

賑やかに伝統楽器を演奏しながら、踊りながら、歌いながら、手を振りながら、通りを進んでいく各参加団体。

・けやき学園

「通信使の楽隊を模した子どもたちの衣装と迫力ある演奏をお楽しみください。」

 

・子ども通信使

「将来の国際友好をになう子どもたちが可愛く歩きます。」

 

・榎本弥左衛門

「川越の豪商。1655年の第6回朝鮮通信使を江戸で見学。『覚書』に書き残す。」

 

・朝鮮通信使(三使・上官・女官)

「三使:正使は釜山文化財団代表理事の柳さん、副使は自転車通信使として何度も来日している朴さん、従事官は元埼玉県弁護士会会長の田中さん」

 

・誕古団(テゴタン)

「豊年豊作を祈る韓国の伝統音楽を通して日朝・日韓の友好を願う。在日コリアン・韓国人・日本人のグループ。」

 

・カトリック埼玉西部有志の会

「『世界のみんな兄弟さ、隣人さ、友達さ』と、フィリピン・ベトナム・日本、みんなで踊り、合唱します。」

 

・埼玉朝鮮初中級学校

「さいたま市大宮区にある在日コリアン3世、4世が通う民族学校。民族の心である朝鮮舞踊を披露します。」

 

・平和の翼コーラス

「うたごえを平和の力にと願って歌っています。在日コリアンや韓国の市民合唱団との交流も続けています。」

 

・日朝協会 東京・埼玉・群馬県連

「日本と朝鮮、両民族の友好を深め、相互の平和と繁栄に貢献することを目的に活動しています。」

 

・はなこりあ

「久しぶりの参加。『はな』は『ひとつ』の意味。よさこい鳴子踊りとアリランをミックスした『よさこいアリラン』を披露。」

 

・ベトナムグループ「シンチャオ」

「川越在住のベトナム人と日本人のグループ。民族衣装アオザイの中には、元ベトナム副大統領からの贈り物も。」

 

・現代の朝鮮通信使あいち

「2013年から活動をはじめた、朝鮮通信使を現代に蘇らせたいという愛知県の在日コリアンと日本人のグループ。」

 

・ロクセラーナ

「中近東で発祥した世界一古い踊りとされるベリーダンス、ぜひ蔵造りの街並みでお楽しみ下さい。」

 

・民族衣装

「世界の民族衣装を着て平和と友好をアピール。今年の衣装の中には戦争を逃れて川越に来たものも。」

 

・NPO川越きもの散歩

「毎月28日成田山川越別院の『のみの市』で着物散歩。今年は児童養護施設出身の若者が振袖を着て参加します。」

 

・埼玉エイサー隊

「沖縄大好き埼玉県人が集合、いちゃりぽちょてー(一度会ったら皆兄弟)・命(ヌチ)どう宝がモットー。」

 

・ペウレ・ウタリの会

「『若い仲間』の意。アイヌ民族と多民族の交流・親睦を願い1964年に発足。今年5月、釜山の朝鮮通信使祭りのパレードにも参加。」

 

・越中おわら友の会

「富山県八尾町の越中おわら節を愛し埼玉・東京で活動。300年の歴史を持つ哀調をおびた歌と踊りをどうぞご覧下さい。」

 

一番街の蔵造りの建物の街並みと国際交流パレード、一瞬ギャップを感じつつも、いや、この街並みにこそ実はしっくりくることにも気付く。

着物が似合う街川越。日本の着物も民族衣装なら、世界中の民族衣装も似合う街川越である。

蔵造りの建物の街並みにはそれだけの大きな包容力があるよう。

各国の民族衣装が通りを埋め尽くす光景に沿道の人から感嘆の声が聞こえます。
川越唐人揃いパレードは、昔の唐人揃いを今に復活させただけでなく、多文化共生・国際交流パレードと広く捉えているのが特徴で、だからこそ、これだけたくさんの団体が参加して毎年賑わっている。

そして、規模が大きくなり、広範囲に意味が広がっていく時こそ、原点も忘れてはならない。

川越唐人揃いの基になり、世界記憶遺産にも登録された朝鮮通信使とは、一体どういうものなのか?川越と朝鮮通信使、歴史的に直接的に結びつかない両者が、現代に川越でパレードが催され、「復活!」とタイトルに冠されているのはなぜなのか??

「朝鮮通信使」。

朝鮮通信使は江戸時代、江戸幕府の将軍襲名などの時に江戸に招かれていた朝鮮からの正式な使節団のことで、200年間(1607年~1811年)に実に12回も江戸に来ていました。(単純計算すると17年に一度)
一行は400~500人にもなる大使節団で、学問・文化・芸術の第一人者が半年から一年をかけてソウルから江戸にやって来ていました。
朝鮮通信使行列の様子はとても華やかで目を引くものだったので、宿泊した各地で民間交流が盛んに行われていました。

 

通信使の行程は、ソウルを出発すると対馬に渡りました。
そこからは対馬藩が同行して瀬戸内海渡って、大阪まで船で移動。
大阪からは幕府の用意した川御座船に乗り換えます。
京都からは陸路で江戸へ向かい、江戸城で国書を交換しました。

ソウルー釜山ー対馬ー壱岐ー相島(藍島)ー下関(赤間関)ー上関ー下蒲刈ー
鞆の浦ー牛窓ー室津ー兵庫ー大阪ー京都ー彦根ー大垣ー名古屋ー静岡(駿河)ー
箱根ー小田原ー東京(江戸)
ソウルから江戸へ辿った通信使一行の旅程は、今の時代とは比べ物にならないほどの苦難の旅でもあった。だからこそ、一行が通過する様子を見学する江戸時代の人の目には強く印象に残ったのだろう。

一生に一度かもしれない通信使の到来を、多くの人が熱狂的に迎え入れ、その影響力は、往来した沿道だけでなく、遠い地域にまで及びました。
文献や絵だけでなく、人形や祭りとして残っている地域が数多くあります。

川越唐人揃いの盛り上がりを見ると、川越にはかつて朝鮮通信使の一行がやって来ていたことを思わせますが、実は、上記通信使が辿ったルートを見てもらうと分かる通り、朝鮮通信使は江戸を目指して来たもので、川越には一度も来ていません。ルートからは完全に外れているのです。

朝鮮通信使は1636年、43年、55年の3回、日光東照宮に行くため江戸から日光へ向かいました。

ですから埼玉県東部の草加・越谷・春日部・栗橋など日光道中を通過しましたが、

埼玉県西部の「川越には来ていません」。

川越と朝鮮通信使を繋ぐ糸とは・・・??


その答えは、江戸時代隆盛を誇った川越の豪商の存在にあります。

榎本弥左衛門のことを少し詳しく紹介しましょう。

江戸時代の川越の豪商、榎本家の四代目の人物、「榎本弥左衛門(えのもとやざえもん)」は1655年に、第6回朝鮮通信使を江戸で見物します。
この時の華やかな行列の様子を驚きをもって「榎本弥左衛門覚書」(東洋文庫)という日記に書き残し、川越の町人たちに伝えました。

榎本弥左衛門は、当時の川越を代表する豪商。
新河岸川の舟運を利用して商いを拡大し、代代塩の仲買人だった榎本家をさらに大きくし、江戸日本橋にも店を構えていました。

市立博物館に行くと、弥左衛門の肖像などが展示されています。川越商人の中でも重要な人物でした。

そしてその後、江戸時代の川越氷川祭(今の川越まつり)の練り物として、朝鮮通信使を再現した仮装行列、「唐人揃い」を、榎本弥左衛門の名主町である本町(現在の元町一丁目)が披露したのです。川越氷川祭の華やかな行列は川越の町衆の目を惹き、本町で代々行われるようになり、唐人揃いは祭りの定番になっていきました。

1700年頃の川越氷川祭では、朝鮮通信使の仮装行列である「唐人揃い」と呼ばれる練り物が出されました。(「唐人」というのは中国人ではなく広く外国人を指しています)

また、川越氷川神社には、唐人揃いが描かれた「氷川祭礼絵巻」や実際の通信使を描いた「朝鮮通信使行列図大絵馬」も奉納されており、川越町人の進取の気性と異国情緒を楽しむ心意気を感じ取ることができます。

江戸時代の川越氷川祭に見られた唐人揃いですが、明治時代以降この行列は姿を消します。
長い歴史の堆積の底に埋まっている状態が続いていた。
それからおよそ100年以上経った現代。

かつての川越氷川祭の唐人揃いを復活させ、多文化共生・国際交流にテーマを拡大したイベントにしようと、有志が集まった実行委員会が「日韓友情年」に第1回川越唐人揃いを開催したのが、2005年のことでした。

実行委員会代表の江藤さんと事務局長の小川さんは元高校の先生で、二人が中心となって復活させた川越唐人揃い。「復活!」というタイトルは、まさにかつての川越の歴史を復活させたから。

(黄色いジャンパーが実行委代表の江藤さんと事務局長の小川さん)

他の地での朝鮮通信使の催しは行政が主導することが多いのと比べ、川越は民間主導で唐人揃いを運営しているのが特徴。民間の草の根の活動とはまさにこのこと。

朝鮮通信使が通った道にある街が盛り上がるのは分かりますが、朝鮮通信使が来ていない川越でこれだけ盛り上がることが凄いことで、実行委員会の想いが全て、13回も続いているのは驚異的です。

 

「蔵造りの建物の街並みを背景に多文化共生・国際交流のパレードしたい」


その想いをエネルギーにこれまで続けてきました。

周りで支えるボランティアの数も大勢いて、このイベントに懸ける想いはみんな熱かった。
年々規模も拡大し参加団体も増えていった川越唐人揃い。

毎年趣向を変えて開催していて、ある年には釜山からのゲスト20人以上を日本に招待して参加してもらったこともあった。

やがて、朝鮮通信使ゆかりの地が団結して立ち上がり、世界記憶遺産申請の話しが具体的になっていく。川越唐人揃いパレード実行委員会ももちろん、その一つに加わっていった。

2014年、川越唐人揃い記念の10回目の年は過去最大の規模で開催。

例年は1日だけの開催ですが、この年は川越唐人揃いパレードと合わせて、二日間に及ぶ内容になっていた。
11月9日のパレード前日、11月8日川越市民会館大ホールで開催されたのが「朝鮮通信使ゆかりのまち全国交流会 in 川越」。

200年以上にわたって平和友好の文化交流を継続した朝鮮通信使を、ユネスコの世界記憶遺産登録を目指そうと、朝鮮通信使が実際に辿った16の自治体や40以上の市民団体が一堂に介する全国交流会でした。

毎年開催しているもので、2014年の会場が川越だったのです。

それまでの開催は朝鮮通信使が辿った自治体を会場にして行われていましたが、

朝鮮通信使がやって来ていない街で開催するのはこれが初めてのことでした。

こんなことが実現したのは、毎年大規模に開催して注目を集め続けている川越唐人揃いの発信力の大きさに他ならない。

「朝鮮通信使ゆかりのまち全国交流会 in 川越」では、
◎ゆかりのまち観光展
◎釜山(韓国)・対馬の展示即売会
◎朝鮮通信使日韓友情ウォーク、ユースウォーク写真展
◎朝鮮通信使画員展 など

13時45分記念講演「東国武蔵の民際交流」高麗神社第60代宮司 高麗文康氏
15時10分チョン・シンヘ舞踊団、南山ノリマダン
15時40分川越唐人揃いものがたり
趙寿玉氏の舞、幸町囃子会、朝鮮通信使正使、上官、民族衣装、ヒッポファミリークラブ、
川越西高校合唱部ほかの出演という内容でした。


(2014年11月川越市民会館大ホール「朝鮮通信使ゆかりのまち全国交流会 in 川越」。

 

朝鮮通信使を日韓友好・国際交流の旗印にしようという日韓の草の根の活動はこれまで数えきれないほど行われてきました。

第一回の朝鮮通信使(1607年)からちょうど400年を記念した2007年には、「21世紀の朝鮮通信使ソウルー東京 日韓友情ウォーク」が行われた。
朝鮮通信使が辿った2000キロの道のりをウォークする試みでした。
日本人、韓国人、在日韓国人ウォーカーが共に歩いて草の根交流し、ゴールである東京に着いた時にはみな昔からの友人のように親しくなっていました。
2009年には第2次ウォーク、2011年に第3次、2013年に第4次と、一年おきに行われています(第4次ウォーク2013年4月1日~5月20日延べ参加人数2193人)。
2015年は日韓国交正常化50年を記念して、第5次日韓友情ウォークが開催。
さらに、この「日韓友情ウォーク」から派生する形で生まれたのが、「ユース朝鮮通信使」です。

2013年11月16日から10日間、現代のユース朝鮮通信使として日本を訪れた韓国の大学生46人は、江戸時代に日本を訪れた朝鮮通信使が大阪から江戸までたどった道を実際に歩いて追体験し、日本の晩秋のウォークを楽しみました。

2014年の「朝鮮通信使ゆかりのまち全国交流会 in 川越」では市民会館のロビーにその時の様子が写真展示されていました。


大学生は、朝鮮通信使が訪れたお寺を訪問、書き残したたくさんの詩文に目を奪われ驚いていました。精進料理を食べ、茶道を体験、旅館に泊まって露天風呂も楽しみました。
同じ世代の日本の大学生たちとさまざまなテーマで討議して、
日韓の「違うところ」と「同じ部分」も知ることができた。
和服を着て街歩きを楽しみ、日本の家庭に止まってホームステイも行いながらのウォークでした。

また、この人の存在も見逃せない。
「自転車通信使」として、川越唐人揃いに合わせて、釜山ー大阪ー東京ー川越まで一人自転車でやって来た朴成培(パクソンベ)さん。ゴール地点の蓮馨寺に到着するとそのままパレードに参加するという演出を何度も魅せていました。

川越style

(2013年の時の自転車通信使朴さん)

2000キロもの行程を自転車で走ってきた朴さん。

元ソウル市役所職員で、2011年にも川越唐人揃いパレードに合わせて、釜山から川越まで自転車通信使として来ました。朴さんはその後も自転車通信使としてではなく、朝鮮通信使の役として毎年のように参加しています(2017年も参加)

他にも、朝鮮通信使ゆかりの地を訪ねるツアーなども開催してきて、世界記憶遺産登録に向けた機運を高めてきました。

川越唐人揃いは、2014年の節目の大台10回目も盛大に催し、これを通過点として2015年、2016年と回を重ねてきました。

(2016年11月「川越唐人揃い」)

「川越唐人揃い」というその日だけを見れば、賑やかで華やかなパレードですが、その奥にあるのは実行委員たちの熱い情熱と深い信念で多岐にわたる活動。

そして、これまでの努力が実り、2017年10月に世界記憶遺産登録が正式に決定したのでした。

 

川越唐人揃いを通して川越を見ると、回を重ねるごとに川越は国際観光都市として色濃く変容してきたことに気付く。

外国人観光客の増加、対応を強化、リアルタイムで生活していると感じられないですが、確かに色んなことが起こっていて一年サイクルで見るとガラッと姿を変えている川越の表情もある。

外国人観光客だけでなく、川越在住の外国人の数も多く、

埼玉県在住のタイ人のコミュニティ、タイ人クラブなどの活動も活発になっています。

(「日タイ修好130周年in埼玉」2017年10月8日 名細市民センター 埼玉県在住タイ人クラブ

https://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12319141894.html

そして2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて。

川越は外国人観光客の受け入れを整えているところで、民間でも、ホームステイ型民泊を始めようとする動きは活発になってきている。

その一つに、「古民家 恵比寿屋」さんです。

(「恵比寿屋」築130年の古民家が川越の新スポットになっていく

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12173192354.html

 

川越唐人揃いは、通りに交通規制をかけて開催している大規模イベントだけあって、街の認識が、行政や大きな組織が主催しているものと受け取られがちですが、いえ、内実は市民有志が集まった民間主体の実行委員会による手作りイベントなのです。
民間主催のイベントで、蓮馨寺の中央通り、一番街、大正浪漫夢通りまでを交通規制かけることが画期的で、しかしこれは簡単なことではなく、多くのハードルをクリアーして形にしているものです。(交通規制したいと言ったって警察署が簡単にOK出さないのを想像すれば分かると思います)

運営を知れば知るほど、川越の民間主催のイベントで最も運営が大変なのがこのイベントなのでは?と思います。
今ではいろんな団体が参加するようになり、川越最大の国際交流イベントになっています。

今年の唐人揃いに向けても、夏には実行委員会が本格的に始動し会議を重ねてきました。

同じイベントであっても、運営の段取りは毎年一から積み上げていくようなもの。昨年からの改善点、新たに直面した問題など、詰めなければならないことが毎年多岐にわたる。

実行委員会の会議は定期的に行われ、より良い川越唐人揃い開催のために活発な議論を重ねていきました。

綿密な準備の上に、第13回目の川越唐人揃いを迎えていた。

(2017年11月川越唐人揃い実行委員会会議)

 

一番街を埋め尽くす民族衣装の参加者、一番街の各地では参加団体によるパフォーマンスが行われ、本部前では友好セレモニーが始まりました。

釜山文化財団代表理事柳さんと榎本弥左衛門役の長島さんが親書を取り交わす。

 

13時半過ぎ、一番街のパフォーマンス・友好セレモニーが終わると、一路蓮馨寺へ。

仲町交差点を左折して大正浪漫夢通りから蓮馨寺へ帰って行きました。

 

そして14時から蓮馨寺境内は交流広場として、参加団体によるパフォーマンスが続く。

パレードをして帰って来て終わりではなく、なにより参加者同士が交流して仲良くなること、こうした発想を持っているのが、実行委員会の江藤さんと小川さんのメッセージを感じさせる。

 

閉会式では、蓮馨寺粂原住職や釜山文化財団の柳さん、協力に関わっていた市立川越高校の生徒のスピーチが続きました。

川越唐人揃いもフィナーレの時を迎える。テゴタンの演奏に合わせて輪になって踊る大団円です。

川越唐人揃いは、パレードが華やかで目を惹くものでありますが、交流という意味では、スタート前・ゴール後の境内の交流がなにより色濃い。

このイベントの本当の姿、価値に触れるなら、やはり蓮馨寺会場の熱を肌に触れること。

参加者同士、言葉を交わさずとも踊りながら打ち解け合う関係は、既にに国・地域の境はとうの昔に超越しているようだった。

2017年11月12日(日)世界記憶遺産登録に沸いた第13回「川越唐人揃い」、無事に幕を閉じたのでした。

 

そして、物語はこれに終わらない。。。

川越唐人揃いの盛り上がりが最高潮に達するのが・・・打ち上げ。
スタッフもパレード参加者も、飛び入り参加者も混ぜこぜになって、交流を深める場。

 


それに、釜山文化財団の代表理事が長島さんにサプライズでネクタイをプレゼントする場面もあり、すぐさまそれを着用する長島さん。台本にないこんなやり取りが真の国際交流にも見えました。

パレードの熱気はここでも引き続き、いつの間にかパフォーマンスタイムが始まりダンスの輪は続いていきました。

川越唐人揃いパレードにおいて、特に運営側の話しにフォーカスしたのは、このイベントがこの先どこまで続くのかという本音を実行委員長が漏らしているから。華やかな表舞台の裏も知ってもらいたい。
続くのかというより、気力・体力面で続けられるのか。。。
来年は開催すると宣言していますが、この先も川越に国際交流の灯りは在り続けて欲しいと思います。

交流ダンスの輪は、いつまでも続いていったのでした。


 

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本川越駅と一番街のちょうど中間辺りにある蓮馨寺は、

賑やかさの谷となって、静かな時間をいつも湛えているオアシスのような場所となっている。
年に一度、ここから国際交流を発信するイベントがあります。

2016年11月13日(日)復活!唐人揃い─朝鮮通信使─ 多文化共生・国際交流パレード
「川越唐人揃い」。
 
12:00~15:30 

12:00~蓮馨寺にて開会式
12:30~15:00 蔵造り通りパレード&パフォーマンス
15:00~15:30 蓮馨寺にて交流広場

12回連続天気が良いというのは、川越のイベントでもなかなか例がないこと。

朝鮮通信使は1636年、43年、55年の3回、日光東照宮に行くため江戸から日光へ向かいました。

ですから埼玉県東部の草加・越谷・春日部・栗橋など日光道中を通過しましたが、

埼玉県西部の川越には来ていません。

朝鮮通信使は江戸時代の日本人にとっては一生に一度あるかないかの貴重な異文化体験でした。

川越の豪商、榎本弥左衛門(えのもとやざえもん)は、1655年に江戸で朝鮮通信使を見物し、

華やかな行列の感動を「榎本弥左衛門覚書」(東洋文庫)という日記に書き残しています。

その後、1700年頃の川越氷川祭礼(川越まつり)では、

朝鮮通信使の仮装行列である「唐人揃い」と呼ばれる練り物が出されました。

(「唐人」というのは中国人ではなく広く外国人を指しています)


かつての唐人揃いを今に復活させ、

様々な国、地域の人が助け合える「多文化共生」という現代的なテーマを掲げて、

一大国際交流パレードになっているのが川越唐人揃いです。

パレードの中心となるのはやはり一番街。

現在の一番街は、様々な国の人が観光に訪れているのはご存知の通りで、

通りの至るところから外国語が聞こえ、

外国人観光客が着物を着て街を散策するなど、風景は様変わりしました。

状況は、川越駅観光案内所の小松さんが普段話している通り。

小松さんが主宰する異文化交流クラブのことを書いた中でも、観光案内所のリアルを聞きました。

(「異文化交流クラブ川越」2016年9月22日異文化交流サロン もっこ館カフェテラス

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12206120931.html


そして2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、

川越は外国人観光客の受け入れを整えているところで、

民間でも、ホームステイ型民泊を始めようとする動きは活発になってきている。

その一つに、そう、恵比寿屋さんです。

(「恵比寿屋」築130年の古民家が川越の新スポットになっていく

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12173192354.html


外国人観光客だけでなく、川越在住の外国人の数も多く、

埼玉県在住のタイ人のコミュニティ、タイ人クラブは毎年3月に小江戸蔵里でタイフェスを開催している。

「小江戸タイフェス」2016年3月26日~27日第3回KOEDOアジアフェス小江戸蔵里

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12144169016.html

こうしたイベントを通した国際交流も活発に行われていて、

今回の川越唐人揃いや国際交流フェスタなどが代表的なところ。

(「かわごえ国際交流フェスタ」と「川越唐人揃い」2015年11月15日蓮馨寺

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12097280630.html

 昨年は、両イベントが同日に蓮馨寺にて開催されていましたが、

今年は川越唐人揃いが11月13日、国際交流フェスタが11月20日と分かれ、

国際交流イベントが二週に亘って川越から発信されました。

中でもやはり、この川越唐人揃いは、通りを歩行者天国にして行われることもあり、

川越の国際交流イベントとして最大で最高の盛り上がりを見せるものです。

 

パレードのスタート・ゴール地点は蓮馨寺。

この場所が会場となっていることは、いろんなものを物語る。

川越の歴史と由緒ある蓮馨寺という場所が、国際交流の場となっていることの意味。

和の文化であり、国際交流、今の川越の在り様を映すようです。


朝早くからパレード参加者たちは境内に集まって、準備を進めていく。

この日のためのとっておきの衣装を身にまとい、晴れの舞台へ飛び出していく瞬間を待ち構える。

境内には、

かわごえ国際交流フェスタが同時開催されたような出店の多さはないですが、

唐人揃いお馴染みの埼玉県在住タイ人クラブのタイ料理の出店が広場を盛り上げる。

屋台出店にパレード参加に、タイ人クラブはもう欠かせない存在のよう。




 


時間を追うごとに参加者が広場に集まってきます。

いろんな国、地域の国際色豊かな色とりどりの衣装に溢れ、国際交流にふさわいい雰囲気。


 


 


今回パレードに参加するのは朝鮮通信使をはじめ、13ほどの団体が通りを練り歩く。

アジアを中心にして世界各国の民族衣装が揃い、日本からはもちろん着物の団体の参加も。

さらに注目は、今年初参加となる越中おわら友の会があります。

そして一番の話題としては、1607年第一回朝鮮通信使の正使を務めた呂祐吉、

その11代目にあたる呂運俊さんが今年のパレードで正使の役を担います。


開会式が近づくと、境内はより華やかさに包まれていきました。これが、川越唐人揃いの毎年の風景。

カオスで圧巻。。。

それぞれの団体ごとにパレードしていくわけですが、

出発前に広場に一斉に集まっているその時、、、

実はこの時が、川越唐人揃いの知られざる魅力で、

各団体の参加者が交流し、お互いに写真を撮り合い、真の国際交流が生まれる。

日本人が着物を着た時に高揚するのと同じように、

他のどの国の人も、自分たちのアイデンティティーである民族衣装を着るとテンションが上がるのは同じ。

言葉は通じなくても、通じる部分はある、境内に笑顔が溢れます。

おたあジュリアとNPOきもの散歩。



けやき学園とタイ人クラブ。



友情ウォークと朝鮮通信使上官。



タイ人クラブと朝鮮通信使上官。


12:00~蓮馨寺にて開会式、実行委員会代表の江藤さんや川合川越市長、

正使、榎本弥左衛門役の挨拶があり、通信使・参加団体の紹介へと続いていきました。



「毎日多くの方がこの小江戸川越に集まります。関東周辺だけでなく、全国からも多くの人が訪ね、

この情緒ある街を楽しんでいます。しかも今や海外からの客も多くなりました。

観光協会発行のガイドブックは英語・ポルトガル語・中国語・韓国語・タガログ語まで揃っており、

最近タイ語も出たようです。さらに、多文化・国際交流の場所となっています。

江戸時代の川越商人たちは海外にも関心を持っていて、

インド・東南アジアの織物や開国後はイギリスから糸を輸入して綿織物=川越唐桟を作り一躍人気を博しました。この『唐』の文字を使った行列が、川越氷川祭礼の付け祭の唐人揃い行列でした。

徳川家康が隣国との友好なくしては平和はないと考え、朝鮮との国交回復を行い、

善隣友好の朝鮮通信使が始まりました。

そして川越商人たちは、その朝鮮通信使を実際に目で見て、川越で仮装行列を始めた。

唐人揃いパレードは、この精神を現代に生かそうと始まりました。今年で12回目になります。」



1607年第一回朝鮮通信使の正使を務めた呂祐吉から11代目にあたる呂運俊さんが挨拶。


開会式を終え、いよいよ境内を出発していく。参加者のどの顔にも、期待と緊張の色が見えます。
境内を出て通りを埋め尽くした民族衣装の人たちの光景に、居合わせた沿道の人から歓声が上がる。

12:30~15:00 蔵造り通りパレード&パフォーマンス
蓮馨寺を出発したパレードは、歩行者天国になった中央通りを北上して行きます。

横断幕が先導し、けやき学園の楽隊、

プラカードを持った子ども通信使が続き、清道旗、

そして榎本弥左衛門、おたあジュリアがゆっくりと歩いて行きました。

それに、朝鮮通信使の正使、副使、従事官、ケグリ、ピョンアリ、上官、女官、幟旗鯛が続く。


江戸時代、今から310年ほど前に、川越氷川祭において、思い思いの出し物をこしらえ、仮装し、

行列して楽しみ賑わいました。その中でも、本町が出したのが「唐人揃い」です。

パレードのみならず、現在、皆さんが歩いているこの道は、江戸時代の道幅そのままです。

唐人揃いは、当時の祭りでも人気であったようで、

先頭には白い象の大きな張りぼてまで登場していたそう。

それを見ようと、町人が鈴なりになっている姿が、三芳野名勝図絵に残されています。

さあ、どうか遥か、江戸時代の唐人揃いを見る思いで、パレードを見守ってください。

聴こえてきました、この音色は朝鮮通信使楽隊の音楽です。

昔の朝鮮通信使でも、楽隊が音を鳴らしながら先頭を歩きました。独特のラッパです。

江戸時代の人々はこれをとても気に入り、全国各地の人形に、ラッパを吹く楽隊の姿が残されています。

今回、演奏しながら歩いているのは、桶川市にあるけやき学園の生徒さんたちです。


一番街に特設された本部前、次にやって来たのは、子ども朝鮮通信使です。

パレードの進行を追いかけるように沿うのも楽しみですが、

全ての参加団体を見るのなら定点で待ち構えるのがいい。

昨年初めて、子ども朝鮮通信使が誕生しました。とても人気で、今年も登場です。

参加している子どもたちは公募によるもので、川越igoまちキッズの他に、川越以外からの参加もありました。


続いてやって来たのは、川越商人の榎本弥左衛門です。

この人がいたからこそ、川越で唐人揃いを見る事ができた。

役を務めているのは、元町一丁目自治会推薦の長島さんです。


榎本弥左衛門のことをもう少し詳しく紹介しましょう。

江戸時代の川越の豪商、榎本家の四代目の人物で、

彼は1655年に江戸に来た第6回朝鮮通信使を見物しました。

そして、華やかな行列の感動を川越の町人たちに伝えました。

川越氷川蔡において、この行列を真似した「唐人揃い」が、

江戸時代の本町(現在の元町)で代々行われるようになっていった。

市立博物館に行くと、弥左衛門の肖像などが展示されています。川越商人の中でも重要な人物でした。


弥左衛門の隣にいるあでやかな着物姿の女性が、

江戸時代に神津島に島流しにあった、おたあジュリアです。

実は、おたあは、豊臣秀吉が朝鮮に出兵した時に、まだ幼かったおたあは、

小西行長の兵隊に連行され、そのまま日本で育った女性です。

キリシタン大名だった小西行長のもとで洗礼を受け、おたあジュリアと言われるようになりました。

関ヶ原の戦いの後、徳川家康が引き取り、その後、キリシタン禁止令が出ましたが、

信仰を捨てなかったので神津島に流されたのでした。

おたあジュリアは、医学や薬学にも優れていて、島人に尊敬されたようです。

今では、毎年5月に神津島では、おたあジュリア祭が開催されています。


さあ、ここからは朝鮮通信使本隊です。開会式で挨拶した、呂運俊さんがやって来ました。

呂さんの410年前の先祖が第一回朝鮮通信使の正使です。

昨年、呂さんはなんと、先祖が辿った苦難の道、

ソウルから東京までを日韓友情ウォークの仲間と走破しました。


賑やかな音が聞こえてきました。朝鮮半島の伝統芸能を魅せるチーム「ケグリ」です。

鐘や太鼓をかき鳴らしながら進みます。

古くから伝えられる農民たちの祭りの伝統リズム。躍動的に明るいリズムです。


何か、重々しいスタイルの一団がやって来ました。これは朝鮮通信使の上官です。

この上官のスタイルは、韓国歴史ドラマでも目にすることも多く、

参加しているのは一般応募の人たち。荘厳な足並みが目をひきます。


ここからは様々な参加団体が続きます。

華やかな民族衣装の一団は、埼玉県在住タイ人クラブです。
 

『タイ人クラブは、埼玉県を中心にタイと日本の文化や伝統を共有し、文化交流を深めている団体です。

主な活動は、在東京タイ王国大使館から支援を受けた各種イベントの主催や、

ボランティア活動、タイ語教室、タイ料理教室などを行っています。

これらを通して日本人とタイ人の親睦を深め、互いの文化を尊重して平野友好に寄与したいと思っています。

私たちは、この日のパレードをとても楽しみにしていました。

プミポン国王の喪に服する期間であることから、舞踊の披露は控えますが、

タイ4つの地方の、特徴ある民族衣装をお楽しみください。』


タイ人クラブの後には、今回初参加となる、越中おわら友の会がやって来ました。
 
『越中おわら友の会は、富山県越中おわら節愛する仲間の会です。

おわらには、他にはない特徴的な歌詞があります。

一つは五文字冠りと言われる26文字の上に五文字をかぶせて36文字にして歌うもので、

この歌い方は、八尾独特の味の濃いものです。もう一つは文字余りです。

七七の調子を何段も重ねて長唄のようにして、最後の五文字で収まるようにして歌うものです。

踊りは昔から豊年踊り、音曲は三味線の爪弾き、胡弓の流れるような音、太鼓が低く響きます。

これらが一体となって、おわらが成り立ちます。』


川越唐人揃いでは、お馴染みとなった参加団体はいくつもありますが、

『民族衣装』チームは毎年のように参加しているので、目にしたことがある人も多いでしょう。

世界各国の民族衣装を見ることができるのは、このイベントならではです。


 

『私たちは毎年、世界各地の民族衣装を着て、平和と友好をアピールしてきました。

今年は連続10回目の参加という節目の年となりました。

本日着ているのは、世界各地の伝統的な民族衣装です。

中には、戦争や災害を逃れて川越にやって来た衣装もあります。

民族衣装を通して、民族間の理解を深め、友好の輪を広げていきたいと思います。』


その後ろから来たのは、こちらも唐人揃いお馴染みのNPOきもの散歩。

着物を着て参加し、着物の素晴らしさをアピールしました。
 

『きものを身近な暮らしにとりもどそうと、毎月28日に成田山川越別院の骨董市できもの散歩を開催。

子どもたちにも着物を体験してもらうイベントも企画。

タンスに眠っている着物を着て川越の町を一緒に歩きませんか?』


次にやって来た民族衣装も目を見張るものがあります。

アイヌ民族の衣装に身を包んだペウレウタリがやって来ました。
 

『ペウレ・ウタリの会は、1964年夏、阿寒湖畔で働くアイヌと和人の交流から生まれ、

今年で60周年を迎えます。

アイヌ民族と非アイヌ民族の交流を続け、アイヌ民族の言語・舞踊などの文化を学んでいます。

アイヌ民族の先住民族としての権利を確立し、差別や偏見のない社会を作るために活動を続けています。』


アイヌ民族から、がらっと変わるのも国際交流パレードならでは、

すぐ後ろからやって来るのは、ベリーダンサーチームのロクセラーナです。華麗な舞いを魅せながらのパレード。
 

『ダンスを通じて地域を明るく!と、

地元川越を中心に踊っているベリーダンスチーム、ロクセラーナです。

エジプシャン、ジプシー、サイディー、ボリウッドなど、中東ダンスを幅広く、

ベールや剣、ジルなどの手具を使いながら紹介しています。』


子どもたちの軽快な太鼓とダンスが続きます。朝鮮学校です。
 

『埼玉朝鮮初中級学校は大宮区にある埼玉県内に在住する在日コリアンが通う民族学校です。

生徒たちはみな、日本で生まれ育った在日コリアン3世、4世です。

学校ではハングルやコリアの歴史や文化を学ぶと同時に、日本語、英語、日本と世界の歴史も学びます。今日は朝鮮舞踊部の生徒が皆さんの前で華やかな民族衣装をまとい華麗に踊ります。』


そして日朝協会も毎年のように参加している団体。
 

『私たち日朝協会は、在日の朝鮮半島の皆さんと友好関係を結ぶために活動を行っています。

唐人揃いパレードに参加するのも年中行事の一つになっています。』


いろんな国の人が集まった、カトリック西部地区有志の会。
 
『私たちは、埼玉県西部地域のカトリック教会信徒の有志の集まりです。

日本人だけでなく、韓国、フィリピン、ベトナム、スリランカ、ペルー、ブラジルなどから人たちが集まっています。最初にアーメンハレルヤなどを歌い、フィリピンルソン島の華麗な民族舞踊を披露します。』


日韓交流として、これだけ強い草の根活動はあるでしょうか、友情ウォークの面々がやって来ました。
 

『「21世紀の朝鮮通信使 友情ウォークの会」です。

2年に一度、日本人・韓国人・在日韓国人が一緒にチームを組んで、朝鮮通信使の道である、

ソウルー東京2000キロを歩いています。

海峡を挟んで2つの首都を結ぶウォークの定期開催は、世界に例がありません。

昨年の第五次ウォークは4月1日にソウルを出発、5月22日に東京日比谷公園にゴールしました。

全コース踏破は日本隊21人、韓国隊8人の計29人。両国合わせて2627人が参加しました。』


躍動的な太鼓の音が聞こえてきました。

あの太鼓は・・・そうです、こちらも唐人揃いに欠かせない埼玉エイサー隊です。

今年はパレードのトリを務め、最後方から行列を盛り上げます。
 

『ハイサーイ!私達、埼玉エイサー隊は沖縄大好き人間が集まり、

2000年に結成されました。今年で12年目を迎える団体です。

沖縄の人の絆を大切にする心、平和を愛する広く多くの人に伝えることができればと思い、

日々活動しています。

エイサーの最後は通常集まった人全員で、思いを一つにかき混ぜるため、

カチャーシという踊りを踊って締めます。今日もみなさんと一緒に、

平和の想いを一つにするカチャーシを踊りたいと思っています。

チューヤ イッペー ユタサルクトゥ ウニゲーサビラ(今日はどうぞ、よろしくお願いします)』


こうして本部前を通り過ぎて行ったパレード参加者たち。

この後はパレードは一番街の北端、札の辻まで進み、折り返して来ました。

パレードが終わると、一番街の3ヶ所にて各チームがパフォーマンスを魅せる時間です。

歩行者天国になった一番街は、パレード参加者で埋め尽くされ、

のみならず、観光客でもうすでに川越まつりのような状況になっていました。

観る側とパレード側と両者が分かれているところから、入り混じって、まさに現場の草の根交流が始まる。

この日が川越唐人揃いと知らなかった人もいたでしょう、

川越に来た観光客も突然の出来事に目を丸くしているようでした。

歩行者天国になっている開放感もあって、交流は深まり、

時の鐘も覆いが外されて本当の姿を現し、背景にして記念写真を撮る人が続出していた。

和の街であり、そして、国際交流の街であることを実感してもらえたのではないでしょうか。



パレードの後はパフォーマンスタイムへ。

そう、川越唐人揃いは、パレードを「歩いているのを観る」というだけのイベントではなく、

パレード後に一番街3ヶ所で行われるパフォーマンスも目玉となっているんです。

先ほどパレードの様子を見た通り、どのチームも歌に演奏に舞踊に、

パフォーマンスで魅せることができるチームばかりなのです。

川越まつり会館前のC会場では、

埼玉エイサー隊、友情ウォーク、ロクセラーナ、カトリック西部地域の有志の会がパフォーマンス。


 


そして、埼玉りそな銀行前のB地点では、

友好セレモニー、けやき学園、友情ウォーク、越中おわら友の会、けやき学園、タイ人クラブのパフォーマンスとなっていました。

まず冒頭、毎年行われている川越唐人揃いの大事な友好セレモニーでは、

かつての朝鮮通信使と同じようなセレモニーとして、

日本側は榎本弥左衛門さん役が、

韓国側は呂運俊さんがお互いの親書を見せ、交換して友好を深めました。



さらに、子ども通信使も直筆のメッセージ、

「かけはしになりたい」としたためた書を披露し大役を務めました。
 


その後のパフォーマンスは、今年初参加の越中おわら友の会に注目が集まり、

最後のタイ人クラブは、喪に服している期間ということで、

いつもの舞踊は魅せず、国歌斉唱を静かに行いました。

その涙ながらの歌声に、観客から大きな拍手が送られました。


 


 




14時半に全ての地点のパフォーマンスが終わると、

また横断幕を先頭にしてパレードは蓮馨寺へと帰って行く。

中央通りを直進して帰る組と大正浪漫夢通りから帰る組、二手に分かれます。
  


蓮馨寺では、15時から川越唐人揃いの最後の盛り上がり、交流広場がスタート。

ケグリが音を出し、みなが鐘の前に集合する。

蓮馨寺粂原住職の挨拶などがあり、パレードが無事に終わったことをみなで確認する。

朝から交流を続けた参加者たちは、共にパレードし、

夕方、パレードが終わる頃にはさらに打ち解けているようでした。

川越唐人揃いは、パレードが華やかで目をひくものでありますが、

お互いの交流というところは、

スタート前の交流、ゴール後の交流が、なによりそれを表しています。

一番街で見る様子も見所として外せませんが、

このイベントの本当の姿、価値に触れるなら、やはり、蓮馨寺会場を見てこそです。

参加者の打ち解けた関係は、すでに国・地域の境を超えて、みなが繋がり合う感覚を持っていた。


特別ゲストの李政美さんがけやき学園の子どもたちと歌を歌い、

ケグリの先導によってみなが輪になって歩き、踊る大団円へと続いていきました。

この輪こそ川越唐人揃いで、このために今日があったようなもの、

それぞれの国の踊り方で、でもみな繋がっているようで、世界が一つになっていた。



 


 


 


 


2016年11月13日(日)復活!唐人揃い─朝鮮通信使─ 多文化共生・国際交流パレード
第12回「川越唐人揃い」。

このような国際交流イベントが川越で12回も続いていること。

来年はどんな輪を最後に見ることができるでしょう。

草の根から大きな輪を描いていきます。


 

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事前の雨予報はどこへやら、朝から雲間から光が射しこみ、今日は良い天気になりそうだった。

 

境内のあちこちにいろんな国の言葉に色とりどりの民族衣装。

さまざまな国の人、音楽、雑貨、香りがこの場で混じり合う。

川越に居ながらにして世界旅行に旅立っているようで、

お寺の落ち着いた雰囲気とのギャップが堪らない。

一日いても飽きず、一日居てこそ楽しめるイベントです。

 

普段から川越の一番街には外国人観光客の姿は多く、外国人在住者も多い川越ですが、

 

川越が一年で一番国際色溢れる日が、毎年11月に蓮馨寺で開催されている、

「かわごえ国際交流フェスタ」と「川越唐人揃い」です。

 

 

■11月15日(日)「かわごえ国際交流フェスタ」

蓮馨寺10:00~16:00

■11月15日(日)「復活!唐人揃い─朝鮮通信使─ 多文化共生・国際交流パレード 唐人揃いパレード」

蓮馨寺~一番街12:00-15:30

12:00~蓮馨寺にて開会式
12:30~15:00 蔵造り通りパレード&パフォーマンス
15:00~15:30 蓮馨寺にて交流広場

 

この二つのイベントが同日同地に合わせて併催されていて、

 

ともに国際交流・多文化共生を謳っています。

かわごえ国際交流フェスタの主催は、「かわごえ国際ボランティアの会」で、

国際ボランティアの祭典と位置づけるこのイベントは、今年で9回目の開催となりました。

国際ボランティア団体が一つの場所で交流を深めることを念頭に始まったもので、

異文化交流のイベントとして川越で老舗的な存在。

もともとの発端は、2007年2月。

川越市国際交流課の市民講座、

「国際ボタンティアリーダー育成講座」修了生の有志が集まって作った会が

かわごえ国際ボランティアの会。

会では地元川越や海外で活動しているグループや個人のボランティア活動を紹介、

支援活動に取り組んでいます。

また、外国籍市民のための「生活ヘルプデスク」をクラッセ川越に開設し、生活相談活動をしています。

会のイベントとしてかわごえ国際交流フェスタを企画、以来毎年開催しています。

各地に国際ボランティア活動に取り組んでいる団体はあります。

その取り組みを知ってもらうこと、その国のことを知ってもらうことが

なによりこのイベントが大切にしていることです。

参加している団体は、

・ジュレー・ラダック

北インドのチベット文化圏・ラダックとの国際交流や自然エネルギー支援を行っています。

ラダックはヒマラヤ山脈に囲まれた標高4000m前後の秘境で、

バランスの良い発展を共に考え活動しています。

 

・日タイ文化交流川越市民クラブ

 

2007年、日・タイ修好120周年記念の年に発足しました。

タイ語と日本語を相互に学び、タイ料理や日本料理を一緒に作りながら

双方の交流と親睦を育てていこうとしています。現在会員は50人ほど。


・埼玉県在住タイ人クラブ
埼玉県とその周辺地域において在日タイ人コミュニティを強くし、

タイの歴史ある伝統と文化を普及する活動を行っています。

 

・NPOアジア砒素ネットワ-ク

バングラデシュ、中国、インド、ネパールなどアジアの砒素汚染の被害に直面する地域で、現地の住民、NGO、政府と協力して、水供給や患者支援などの取り組みを行っています。

 

・コポトッコ・バングラデシュ

 

コポトッコはバングラデシュの川の名前で、毎年洪水の被害を受けている地域です。
この地域で古着や文房具、食料品を配る活動を2004年から行っています。
今は被災地の女性向けの職業支援、子どもたちの教育支援も行っています。


・キューバに自転車を送る会
ガソリン不足が深刻だったキューバへ自転車を送って励まそうと1994年に発足。
キューバとの交流を深めるために、キューバ旅行なども企画しているそう。

また、現地の日系人会長を日本に呼んだりして、相互交流をはかっています。

 

・国際協力機構(JICA)・地球ひろば

 

JICAはODAのうち、「技術協力」、「有償資金協力」、「無償資金協力」の3つの分野を担っています。約100ヵ所の海外拠点を窓口にして、アジア、アフリカ、中南米など、

世界150以上の国と地域で支援活動を行っています。


・インドネシア家族の会

日本で暮らすインドネシア人と日本人の交流の場作りや、

日本に研修に来るインドネシア人のサポートや悩み相談などを行っています。


・在日朝鮮埼玉青年商工会

青年商工人をはじめとする30代の青年ネットワークで、

教育、経済、生活をサポートする団体です。

 

・川越市姉妹都市交流委員会

 

1983年に設立し、川越市の国内外の姉妹都市、

ドイツ・オッフェンバッハ市、アメリカ・セーレム市、フランス・オータン市、

北海道中札内村、福島県棚倉町、福井県小浜市などとの相互交流の活動を行っています。

 

・クムスタカ リンク

 

・尚美学園大学国際交流会

・東京国際大学

・大東文化大学

 

境内のどこにいても常に聞こえてくる音楽。広場では各国のパフォーマンスが繰り広げられています。
・フォルクローレ(リオ・アンディーノ)
・ジャワ舞踊
・カザフスタン民族舞踊(中央アジア友の会)
・カポエイラ(カポエイラ・ナサォン)
・チリダンス(フォルクロリコ チリ

 

・タイダンス(埼玉在住タイ人クラブ)

雑貨ブースを見ると、アジアン雑貨のお店の出店が並びます。

久しぶりに川越に帰ってきたアジアンギャラリーグリーンクラフトさん、

かわごえ国際交流フェスタではお馴染みとなっています。

サニーサイドテラスさんも一緒に出店していて、

ベトナム雑貨の優しい風合いの雑貨が並んでいました。


 

雑貨の横の癒しコーナーでは、

 

川越で本場タイの古式マッサージが受けられる「ヌアッド・ケア・トゥクトゥク」さんの出店も恒例です。

トゥクトゥクで特に珍しいのは、

タイ北部に伝わる奥義「トークセン」というマッサージ。

木槌を使って振動で体に働きかけるもので、川越で唯一受けられるのがトゥクトゥクです。


一つ一つのブースを見ていくと、もう完全に気持ちは川越でなくなっていくよう。

国際ボランティ団体の活動紹介に、それだけでなく

その国ならではの食べ物も提供したりと、異文化を身近に感じられます。



 

 


 

飲食ブースで賑やかなのは、やっぱり今年もこちら、

 

日タイ文化交流川越市民クラブと埼玉県在住タイ人クラブ。
タイ人の皆さんはいつものようにタイの正装で臨み、
元気のいい呼び込みで活気あるブースは、次々とお客さんがやって来る人気ブースでした。








埼玉県在住タイ人クラブは、かわごえ国際交流フェスタのフード部門と

川越唐人揃いパレードの参加団体、両方に参加していて、

二つのイベントの目玉で象徴的な存在です。

境内に大勢のタイ人が駆けつけています。

ちなみに普段の一番街でも、外国人観光客でタイ人は特に多い。

タイ人クラブには、タイ人だけでなく日本人も参加していて、

日本人がタイ人講師のタイ語教室に通っていたり、

逆にタイから来た研修生などに日本語を教えたり、お互いに交流を深めています。

さらにタイ料理には、川越の南大塚から「サバーイ・サバーイ」さんの出店もあり、毎年の恒例です。

サバーイ・サバーイは今月開催された街バルinなんつかでも地域を盛り上げました。

 

 

(「街バルinなんつか2015」南台商栄会11月6日、7日開催

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12094280744.html

 

そして、タイ人クラブといえば、2015年3月小江戸蔵里で開催した「タイフェアin川越」も懐かしい。

 

(2015年3月 最終日ミニタイフェアin川越第二回KOEDOアジアフェス

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12005435190.html

タイ人クラブは、来年のタイフェアの計画も進めていて、

2016年3月末に再び小江戸蔵里で開催する予定です。

自分たちの主催イベントだけあって気合十分、あの熱気、盛り上がりがまた帰ってきます。

 

時計を見ると、いよいよ12時になろうとしています。いよいよあのイベントが始まる時間となりました。

 


 

 


蓮馨寺の広場には民族衣装に身を包んだ人たちが続々と集まり、

より色合いが強まり、カオスはさらに深まっていく。

もうここが、川越はおろかどこの国なのかも分からなくなっていく瞬間。

奏でられる楽器も種類が多くなって、音の混じり合いが激しくなっていきます。

10時から始まった「かわごえ国際交流フェスタ」は蓮馨寺を会場に、

12時からの「川越唐人揃いパレード」は、ここをスタートとゴール地点としています。

 

特に唐人揃いパレードの開会式が行われる12時頃に来ると、

蓮馨寺の広場はさらに国と言葉が混じり合い、ありえないほどのカオスにくらくらします。

広場いっぱいにパレード参加者が埋まると、いよいよ開会式が始まりました。

鐘楼の前には朝鮮通信使の装いに身を包んだ人たちが座っている。

実行委員会代表の江藤さんの挨拶に、

朝鮮通信使正使や榎本弥左衛門役の方の挨拶へと続いていきました。





川越唐人揃いの基になっている「朝鮮通信使」というのは、江戸時代、
将軍襲名などの時に江戸に招かれていた朝鮮からの正式な使節団で、
200年間(1607年~1811年)に実に12回も来ていました。
一行は400~500人にもなる大使節団で、学問・文化・芸術の第一人者が
半年から一年をかけてソウルから江戸にやって来ていました。
朝鮮通信使行列の様子はとても華やかで目を引くものだったので、
宿泊した各地で民間交流が盛んに行われていました。

ソウルー釜山ー対馬ー壱岐ー相島(藍島)ー下関(赤間関)ー上関ー下蒲刈ー
鞆の浦ー牛窓ー室津ー兵庫ー大阪ー京都ー彦根ー大垣ー名古屋ー静岡(駿河)ー
箱根ー小田原ー東京(江戸)

朝鮮通信使は、江戸まで来ていましたが、川越へは一度も来ていません。

ルートからは完全に外れているのです。
ではなぜ川越に伝わったのか?
その答えは、当時の川越の豪商の存在にあります。

川越の豪商、榎本弥左衛門(えのもとやざえもん)は1655年に、
江戸へやって来た第6回朝鮮通信使を見物します。
この時の様子を驚きをもって細かく日記に記し、
華やかな行列の様子を川越の町人たちに伝えました。

榎本弥左衛門は、当時の川越を代表する豪商。
新河岸川の舟運を利用して商いを拡大し、
代代塩の仲買人だった榎本家をさらに大きくし、江戸日本橋にも店を構えていました。

そして江戸時代の川越氷川祭礼(川越まつり)の練り物として、
朝鮮通信使を再現した仮装行列、「唐人揃い」を
榎本弥左衛門の名主町である本町(現在の元町一丁目)が披露したのです。
華やかな行列は町衆の目を引き、唐人揃いは祭りの定番となっていきました。

 

時が下って1826年の川越氷川祭礼の絵巻物にも川越町人たちが、
通信使の仮装をして歩いている姿が描かれています。

 

その様子を現代に甦らせ、

国際交流・多文化共生という広いテーマにして開催しているのが、川越唐人揃い。

今年の新機軸として、子ども通信使が新たに加わり、

恒例となっている自転車通信使も、ソウルから東京まで自転車でやって来ました。

 

開会式が終わると、横断幕を先頭にして朝鮮通信使が続き、その後に各団体が歩いていきます。

 

音を出しながら賑やかに境内を出発。

蓮馨寺から北に進み、一番街方面へ。

ゆっくりと一歩ずつ歩を進める一行は、

かつての朝鮮通信使を想起させるような華やかさと賑やかさがありました。





歩行者天国になった一番街に来ると、沿道の人の数が増え、次々にカメラを向ける。

パレードは、

清道旗、

榎本弥左衛門と朝鮮通信使正使、

朝鮮通信使の副使、従事官、

おたあジュリア、

上官、

女官と続きます。



 

 

 

ここからは一般参加団体。このイベントには、様々な団体が参加しています。

 

パレードだけを見ていると賑やかではありますが、

どんな団体か分からない部分もあると思うので、改めて紹介します。

民団埼玉

『在日韓国人の皆さんで構成される「民団」は、在日韓国人の生活支援をはじめ

地域住民として地域社会発展のために地域の活動に積極的に参与し、

また事業を推進している団体です。

また、日本と韓国の親善交流をより深めるための活動も行っています。

今年は日本と韓国の国交正常化50周年の年にあたり、

韓日の親善友好をより深めるための様々なイベントが日本全国で開催されました。

日本生まれの在日2世、3世が中心となる民団は、これからも韓日の友好親善の架け橋となる活動に

力を注いでいきます。』


日朝協会

『日朝協会は創立以来韓国・朝鮮と朝鮮民族に対する謝った見方の是正と、

真実の姿の紹介に努力してきました。

そのために、韓国・朝鮮の紹介、文化、経済などの様々な面からの交流促進のために努力しています。

2000年以上と言われる日本と朝鮮半島の関係歴史の掘り起こしや、

相互の歴史・文化の正しい理解と発展のために努力しています。』


平和の翼コーラス

『うたごえを生きる力、平和の力にと願って謳っています。

韓国の市民合唱団や在日コリアンのみなさんと、歌を通じての交流を15年近く続けています。

朝鮮の歌「故郷の春」、日韓ワールドカップ共催でも謳われた「翼をください」、

韓国のシンガー「ソン・ビョンフィ」さんが作った「並んで歩かなくても」を謳います。』


 

 

朝鮮学校

「埼玉朝鮮初中級学校は大宮にある民族学校です。250名の園児、生徒たちは

埼玉県の各地域から通っています。

生徒たちは学校で朝鮮の文字、言葉、歴史、文化を学びながら楽しい学園生活を送っています。

今日は朝鮮舞踊部の生徒が皆さんの前で華やかな民族衣装をまとい華麗に踊ります。」


ロクセラーナ

『ダンスを通じて地域を明るく!と、

地元川越を中心に踊っているベリーダンスチーム、ロクセラーナです。

エジプシャン、ジプシー、サイディー、ボリウッドなど、中東ダンスを幅広く、

ベールや剣、ジルなどの手具を使いながら紹介しています。』


民族衣装

『世界各地の民族衣装を着て、パレードで平和と友好をアピールします。』


NPO川越きもの散歩

『きものを身近な暮らしにとりもどそうと、毎月28日に成田山川越別院の骨董市できもの散歩を開催。

子どもたちにも着物を体験してもらうイベントも企画。

タンスに眠っている着物を着て川越の町を一緒に歩きませんか?』


舞人(まいんど)

『埼玉県日高市を拠点に、日高・川越・飯能・小川・鶴ヶ島・坂戸・所沢などの

世代を超えたメンバー86人とともに「よさこい」を楽しんでいます。

2016年は日高市及びその周辺地域に関連する高麗郡建郡1300年の年。

舞人はよさこい出演と同時にPR活動にも寄与し、地域を盛り上げています。』


 

 

カトリック川上有志の会

『私達は、地元のカトリック川越協会、近隣の上福岡協会のカトリック者のグループで、

カトリック川上有志の会を名乗っています。

多くの外国人家族、この日本で人間らしく生きようと日々努力されている方々と、

友情・連帯・平和を分かち合いたいと願っています。

その願いを日本人、外国人が一緒になって「世界のみんな、兄弟さ!隣人さ!友達さ!」と歌います。

また、フィリピン女性グループ川越「カサビ」と上福岡「アガメがフィリピン民族舞踊を踊ります」』


ペウレウタリ

『ペウレ・ウタリの会は、1964年夏、阿寒湖畔で働くアイヌと和人の交流から生まれ、

今年で60周年を迎えます。

アイヌ民族と非アイヌ民族の交流を続け、アイヌ民族の言語・舞踊などの文化を学んでいます。

アイヌ民族の先住民族としての権利を確立し、差別や偏見のない社会を作るために活動を続けています。』


 

 

ヒッポファミリークラブ

『ヒッポファミリークラブは、「言葉と人間」をテーマに、

多言語の自然習得と多国間交流の実践を行っています。』

多文化・多様性に開かれ、多世代で同じ活動を楽しんでいます。

10歳から一人で海外にホームステイにいくことができ、中でも韓国との交流は、

韓国語の導入と共に34年になりました。毎年200人を超える人たちが交流を楽しんでいます。

今日のパレードには、埼玉の高校に通うメキシコの留学生も参加しており、

皆さんとの出会いを心から楽しみにしています。』





 

 

21世紀の朝鮮通信使ー友情ウォークの会と両輪でかける自転車通信使

『21世紀の朝鮮通信使ー友情ウォークの会は、2年に一度、

日本人・韓国人・在日韓国人が一緒にチームを組んで朝鮮通信使の道である

「ソウルー東京2000キロ」を歩いています。

5回目になる今年は、4月1日にソウル・景福宮を出発、5月22日に東京・日比谷公園にゴールしました。

全コース踏破は、日本隊21人、韓国隊8人の計29人。部分徒歩も含めて、

両国合わせて2627人が参加しました。

隣国同士の首都を結んでの定期開催される世界で唯一のウォークです。

52日間寝食を共にする「歩く旅」は、良い絆な友情を育みます。

次回、第六次は2017年4月開催です。一緒に歩きませんか?』

 

両輪で駆ける自転車通信使とは、日韓国交正常化50周年記念イベントとして

 

日韓両国から自転車愛好家が参加して、朝鮮通信使の道を走りながら交流を深めました。

10月11日にソウルを出発し、11月1日に東京に到着しました。



埼玉エイサー隊

ハイサーイ!私達、埼玉エイサー隊は沖縄大好き人間が集まり、

2000年に結成されました。今年で12年目を迎える団体です。

沖縄の人の絆を大切にする心、平和を愛する広く多くの人に伝えることができればと思い、

日々活動しています。

エイサーの最後は通常集まった人全員で、思いを一つにかき混ぜるため、

カチャーシという踊りを踊って締めます。今日もみなさんと一緒に、

平和の想いを一つにするカチャーシを踊りたいと思っています。

チューヤ イッペー ユタサルクトゥ ウニゲーサビラ(今日はどうぞ、よろしくお願いします)

 

 






河越藩狐衆

『和装、狐面好きが高じてついにサークル化した河越藩狐衆。

最近では狐衆による、よりすぐりのハンドメイドの作家やパフォーマンスを募り、月に一度、

狐による狐の「~狐宵市~」を開催。人と妖しの交流の場を開催中。

各地の狐を集めながら、イベントやパフォーマンスを含め、

見て楽しい・・・参加して楽しいをテーマに街並みに溶け込む新しい着物の楽しみ方や

狐面の楽しみ方を広く人間界に広めたく、去年より唐人揃いパレードに参加を決意しました。

どうぞ皆さま、暖かい目で見守って下さいませ。

今年は江戸、吉原より日本独自の文化である「妖怪」を広く世界に発信するために結成された

「大江戸妖怪おもてなし隊」が応援に駆けつけてくれました。』


タイ人クラブ

『タイ北部では、踊りはフォンと呼ばれ、ティーは傘という意味です。

「フォンティー」は、タイ北部チェンマイ地方中心の踊りで、美しいタイ北部の女性が

傘を使ってゆったりとしたテンポで踊ります。』

 

一番街の各地点では、参加団体によるパフォーマンスが披露され、

 

埼玉りそな銀行前では友好セレモニーが行われました。

榎本弥左衛門と朝鮮通信使の方が挨拶し、お互いに贈り物を交換し合う。

かつての国際交流を今の時代らしいやり方で国際交流を実現しています。


 

 

 

セレモニーの後はこの地点でもパフォーマンスが行われ、

 

一番街は計3ヶ所でパフォーマンスが披露されて賑わいました。

 

 


14時半頃には一番街から来た道を戻り、

交通規制が解かれる15時前に蓮馨寺に戻って来たパレード。
全ての団体がまたここに集まると閉会式が行われ、

最後に交流タイムとして参加者で輪になって踊りました。

始めは初対面だった団体同士も、パレードを通していつしか仲良くなって、

この瞬間が川越唐人揃いのクライマックスであり、一番の国際交流の時間でもありました。








 

 


「かわごえ国際交流フェスタ」と「川越唐人揃い」

また来年も、11月に蓮馨寺にて同日開催される予定です。

川越が一年で一番色彩が濃くなる日、

古い町並みが残る川越は、国際交流が盛んな町です。


 

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