「川越style」

webマガジン川越styleは、「小江戸川越」のお店や人、イベント、行事、風景、文化、川越の熱い動きを伝える情報発信サイトです。過去記事もぜひどうぞ。


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お茶をもっと身近に感じるために、河越茶をもっと知るために。


2016年10月23日(日)一日を通してお茶を深める体験ツアーが開催されました。
 「中世の茶を歩く~河越茶を学ぶフィールドワーク研修2016」9時半~17時
 【主な行程】
川越駅(東武東上線)集合、ウェスタ川越9時30分発、
10時~10時40分 茶園見学(下赤坂小野文製茶園)~
11時20分~13時 蔵の街並み(昼食・茶そば寿庵)、自由行動・散策
13時30分―15時 河越館跡・常楽寺、上戸小学校(資料館)、史跡公園
 ~15時半 中院(狭山茶発祥碑)
16時~17時 南公民館(講義(株)十吉 林さん)河越茶と河越抹茶を使ったお菓子でおやつタイム付き
 

この研修を企画したのは、日本茶インストラクター協会埼玉県支部。

昨年に続き2回目をとなった河越茶研修。

今回はバスを使い、フットワーク良く、歴史のみならず現代の河越茶は?

というところに視点をあてたフィールドワーク。

最初から最後までお茶お茶お茶、

茶畑見学、講座といろんな切り口で河越茶を掘り下げていく体験は、

お茶好きには堪らない一日だったでしょう。


日本茶インストラクター協会埼玉県支部としての活動は、

お茶を学ぶ講座・研修を開いたり、イベントでお茶の淹れ方教室を開催したり、

毎月のようにお茶にまつわる活動は展開しています。

一昨年は狭山茶の生産地入間市のお茶の現場を巡るバスツアーを企画し、

昨年は河越館跡を訪れたり、中央公民館で講義や抹茶体験を行ったりしました。

昨年に続き今年のテーマも河越茶。

埼玉県支部長の安藤さんは、立場上全国の支部長などとも交流があり、

地元のお茶のことを知っていることが強みであることを実感していました。

「お茶の教科書には、『河越茶』というのはほんの一行しか出てこない。

しかし、歴史も伝統もあるお茶で、埼玉県の日本茶インストラクターなら、

埼玉のお茶として狭山茶、河越茶のことをきちんと把握しておきたい」と話しています。

埼玉のお茶産地としては他にも、横瀬町や春日部市、鶴ヶ島市も知られています。

ちなみに支部長の安藤さんは、埼玉県のお茶を普及する活動に従事する傍ら、

川越の一番街にあるお茶屋「長峰園」さんのスタッフでもあります。


(「長峰園」茶農家だからできること。そして特別な空間 和芳庵(わほうあん)へ

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11746059221.html


河越茶研修に参加していたのは地元川越のお茶を深く体験したいという人のみならず、

神奈川、千葉という県外の日本茶インストラクター協会の会員の参加もあり、

埼玉のお茶、河越茶を知ろうと意気込んでいました。

参加者を乗せたマイクロバスはウェスタ川越を出発し、

駅から遠ざかるようにして川越所沢線を南へ進んで行く。

少しすると周囲の風景が変わっていき、建物が少なくなり、畑が両側に広がるようになる。

窓の外に見える風景に、

「街中から少し来ただけでこんなにガラッと変わるなんて!」と参加者から声が上がりました。

川越は市街地の賑わいから少し離れただけで、田んぼや畑が広がる街であることは

外から見る人には意外に映るかもしれませんが、それが川越の姿。

特に今向かっている小野文製茶さんがあるのは、

川越の農を支える一大生産地である福原地区にあり、その風景に参加者はきっと驚くはず。

川越所沢線から細道を入っていき、川越の原風景のような一面畑が広がる中に、

小野文製茶さんの工場と茶畑がありました。

バスから降りる一同、さっきまでとは空気感が全然違うことにすぐに気付きました。
 


 

川越では多くのお店で「河越抹茶」を使用している文字を見かけると思いますが、

その河越抹茶が作られる現場がどういうところかご存知でしょうか。
古くからお茶の産地だった河越は、歴史的背景から、
上戸の河越館跡や中院辺りで河越茶は作られているのだろうか、そう思う人も多いかもしれません。
河越茶のルーツとしては河越館にありますが、

そこから広がり、埼玉県西部地区(川越、狭山、所沢など)を中心と「旧河越領」にある茶園でつくられています。

その中で、現代の「川越市」でお茶を作り、工場を構えて加工している農家さんは、5軒。

河越館跡近くの鈴木園さんに、そしてなんと、

この福原地区に残りの4軒の茶園が集まっているという事実があります。

集まっているというか、再開発されなかった地域で結果的に残ったというべきか、、、
しかし、現代の川越市のお茶の産地は福原地区であることに変わりはありません。


小野文製茶さんの小野さんに詳しいお話しを伺う。

差し出されたお茶がまさにここで作られたお茶で、参加者から「美味しい!」と声が漏れました。




「お茶の栽培は明治時代の後期頃、私の曽祖父が始めたものでした。
最初の頃は専業ではなく、野菜栽培や漬物屋を営んでいて、その後にお茶専業に行き着いたようです。
この辺りの川越の下赤坂の開拓が始まったのが、350年くらい前といわれています。

何もない原野に現在の栃木方面などから人がやって来て、開拓していったらしい。古いところでは12、3代続いている家があります。

昭和30年代頃にはこの辺りもお茶を栽培する人は多くて、昼夜工場が動いていたような状況。

時代と共にお茶から野菜栽培へと移行していき、

川越市の野菜生産量のかなりの部分を担っているのは福原地区です。」


福原地区で生産されている野菜は、

ほうれん草、小松菜、カブ、とうもろこし、枝豆、さつま芋、人参、里芋などなど。


地区の開拓が始まった350年前というと、川越氷川祭(川越まつり)が始まった頃です。。。

さらに三芳町の三冨より開拓が早かったという話しにも驚きました。

三冨の農家さんと同じように、この辺りも、

家があり、家の裏は林、家の前に細長い畑が続き、

短冊状に農家の家が並んでいる三冨独特の風景は見られます。


ちなみに小野さんは、川越Farmer’s Marketに出店している農家さんでもあり、12月4日にも出店予定。

(前編「川越Farmer’s Market」12月13日(日)開催 蓮馨寺

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12107286406.html

そして、話しが逸れますが、いや、これも福原地区の農の豊かさが感じられることですが、

一つ見逃せないものを付け加えると、

この時小野さんがお茶請けとして出してくれたのが、蒸かしたさつま芋。。。

さつま芋にも参加者は「美味しい!」と感激していました。

このさつま芋というのが今年収穫された新芋で、

ここからすぐ近くにある畑、戸田さんが作ったものでした。

 

戸田さんも川越Farmer’s Marketお馴染みの農家さんで、

ほうれん草やさつま芋の生産者として知られます。

同じ地区内に野菜農家がたくさんいて、お茶農家も集まり、

福原地区の農の豊かさが伝わるでしょうか。


参加者にとっては、お茶農家の畑に来ることはレアな体験、一つ一つに歓喜の声を上げ、

こんなティッシュボックスがあるんだ!とこれにも反応。。。
 


外に出ると、小野さんが茶摘道具の歴史的変遷を見せてくれます。

昔はこういう道具で摘んでいた、という話しに、

参加者からは見た事ない道具が出てきて驚きの声が上がっていました。
 



 


そして、目の前の茶畑で実際の作業の様子を見せてくれることに。


 


 


これが抹茶の原料である碾茶畑です。なかなか見れない光景に歓声が上がる。


この小野さんの碾茶畑は、今年の春に収穫様子を見に来ました。

(2016年春、シートに覆っていた河越抹茶の原料、碾茶が姿を現す。

シートを被せることでアミノ酸が増幅し旨味が深くなる、抹茶作りには欠かせない工程なのです。
シートを外した茶葉は・・・煎茶になる茶葉の色を明らかに違い、もう黒々とした濃い色になって、
鼻を近づけるとこの青臭さはまさに抹茶。
この時、シートを外した小野さんは茶摘みに取り掛かり、この後、

関東唯一の碾茶工場である「狭山碾茶工房 明日香」にて茶葉は河越抹茶になっていきました。

この春収穫したこの碾茶が、今年の河越抹茶の新茶に含まれていることになります。


河越抹茶が作られている明日香とは、どんなところなんでしょう??

明日香は、川越の南大塚から西に少し進んだ狭山市にあり、
そこに旧河越領で栽培された碾茶葉が集められ、河越抹茶となっています。

以前この場所に、川越のお店が体験、見学に訪れていました。


 

(「2015年5月河越抹茶の茶摘み体験」河越抹茶の産地を訪ねる

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12036393456.html

上の工房がまさに、河越抹茶が作られている現場です。


その後、河越茶研修の一行は再びマイクロバスに乗って、来た道を戻って来る。

川越所沢線を真っ直ぐ来ると、畑の風景からあっという間に建物が密集する風景になり、

その劇的な変化に、さっきまで一面畑だったのに。。。!とここでも驚く参加者。

小野文製茶さんから車で15分ほどでウェスタ川越の集合場所に戻り、

今度は北へ、一番街へと向かっていったのだった。
 


 


お茶の生産現場から、今度は河越抹茶を使った食べ物を頂こうという内容です。

今の一番街に来ると、もう、河越茶、河越抹茶が百花繚乱に咲き誇っていることが分かる。

いろんなお店で河越抹茶を使った飲食が提供され、

さつま芋と並んで川越を象徴する大きな存在にまでなっているのが分かる。

中でも埼玉りそな銀行向かいにある蕎麦屋「寿庵」さんは、河越抹茶を使った茶蕎麦が有名。

お店は現在、喜多院店、新富町店、そしてこちら蔵の町店の3店を展開しています。


 

寿庵さんの茶蕎麦のこだわり。

川越の地ということで、開店当初から茶蕎麦の茶を地場産でと考えていたそうですが、

品質上合わず、長い間宇治抹茶を使用していました。

近年の河越抹茶の品質を確かめ、3年前蔵の町店で茶蕎麦の茶の原料として採用し、現在に至っている。

寿庵さんは、宇治抹茶と河越抹茶の違いとして、

宇治は味が濃く苦味が強く、強い緑色であるのに対して、河越は爽やかな風味、明るい緑色であることを挙げています。

この日は河越抹茶を使った茶蕎麦と新蕎麦からなる二色蕎麦を一同で頂きました。

茶蕎麦は抹茶の香りがほのかに立ち上がり、

今見てきた畑で作られた碾茶からこの蕎麦が作られているのだな、と

生産と商品までの流れをほんの数十分で体験できるのはある意味この上なく贅沢な体験。


 


昼食後は13時集合まで自由行動となり、それぞれ一番街散策へ繰り出していきました。

中でも多くの人が気になっていたという、

札の辻の長峰園さん2階にある和カフェ「和芳庵(わほうあん」。

ここでは抹茶にお菓子がついたセットがあり、

特に着物を着た人が一休みする定番スポットになっています。




河越抹茶に、河越抹茶を使った五家宝。まさに河越抹茶尽くしです。

茶蕎麦に抹茶と、お茶の時間を過ごした後は、現代の活発な動きから遡って、河越茶のルーツを探しに。

過去へタイムスリップしていきます。


川越橋から入間川を越えてすぐ、上戸小学校横にある河越館跡に辿り着いた一行は、

「ここが河越茶発祥・・・」と感慨深げに見上げ、脚を踏み入れて行きました。

河越茶のルーツは、川を越えたこの場所にある、

先ほどの一番街からそれほど遠くなく、すぐ近くにルーツに触れることができます。







(お茶が植えられている)

河越茶にのちに繋がっていくキーパーソン、河越氏は、

平安時代の終わり頃にこの地に館を構えました。

河越氏は、源氏や北条氏といった、その時代の権力者と密接な関係を築き、南北朝時代まで活躍しました。

河越氏がいかに有力な武士だったのかということは、

鎌倉時代の初めに河越重頼の娘が源義経の正妻に選ばれたことからもよく分かります。

やがて、源頼朝と源義経が対立すると、河越重頼らは義経縁者であることが災いして滅ぼされるなど、

一時は衰えます。


それでも鎌倉時代中頃になると、権力者との結びつきを強め、かつての勢力を回復していきました。

しかし、応安元年(1368)、鎌倉府と対立した河越氏は、

平一揆を組織して河越館で挙兵することになりました。

その結果、河越氏は戦いに敗れ、歴史の表舞台から姿を消していきました。


微かに残る遺構を確かめながら、日曜日だけ開放されている上戸小学校の資料室を訪ねる。

資料室には、これまでの発掘調査によりここで出土された貴重な茶道具などが展示されています。

茶臼がこの地中から出てきたなんて、なんというロマン溢れる話しでしょう!



お茶を飲む習慣(喫茶)というのは、平安時代の初めに唐から伝わったといわれています。

当時の茶は、主に寺院での修行や儀式に用いられていました。

やがて、鎌倉時代に入ると、武士の間にも喫茶の習慣が広がり、

茶の栽培も広がっていきました。

川越と茶のつながりは古く、南北朝時代の書物には、

最上とされる京都栂尾などに次ぐ全国の銘茶産地の一つとして「武蔵河越」という名が記されています。

河越茶は狭山茶の起源とされていますが、

いつ・どこから伝わったのかは明らかではありません。

しかし、当時茶をたしなむことができた階級は武士や僧侶に限られていた点、

河越館跡の発掘調査では、天目茶碗、茶臼、風炉などの茶道具が出土している点を考えると、

河越茶の成立と振興には、河越氏が深く関わっていたと考えられます。

近年の調査では、河越館跡から出土する輸入陶磁器は、青磁や白磁の碗・皿といった食器だけでなく、

屋敷内を彩る高級陶磁器も出土しています。

中でも青白磁の梅瓶は床の間を飾り、武士の権威を象徴する器でもあります。

また、河越館からは火災の跡が残る遺物が多数出土することになりました。

これらは、平一揆の際に、河越館が火を掛けられた痕跡と考えられています。




 



河越茶のルーツを探る旅、その後は再び市街地に戻って来て、

中院にある石碑「狭山茶発祥之地」を見学。


最後にはまたウェスタ川越に戻り、

河越茶の過去から、現在、そして未来へと展開していく。
河越茶・抹茶の卸会社である「十吉」の林さんにこれまでのお話しを聞くことに。

河越氏が河越茶の発祥に関わっているとしたら、

河越茶、河越抹茶を復活させ、ここまで広めてきた十吉は、まさに河越茶の中興の祖と言えるかもしれません。



ちなみに十吉の林さん達は、こうした講師として呼ばれるのみならず、

(もちろん本業である河越茶を広めるために駆け回っている他に)

自分達主催、河越抹茶を使うお店を対象に、

河越茶・河越抹茶により親しんでもらおうというイベントを毎年開催しています。

今年は川越のお店を招いて河越抹茶を使った茶道体験会を開いていました。

こうした体験を通して、直にお客さんと接するお店の人達に河越抹茶の理解を深めてもらとうとしていた。


(ウェスタ川越「茶道体験会」NPO法人河越抹茶の会2016年6月1日

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12167842017.html

河越抹茶を使用するお店の人たちはみな地元意識が高く、

自分たちがお店を構える川越、

歴史的ストーリーのある河越茶を知りたい、盛り上げたいという思いを持ち、

このような体験に積極的に参加している姿があります。

今、これだけ河越茶が川越で広がっているのは、林さん達の努力にプラスして、

お店の発信によるところも大きいと思う。

昨年、一昨年と、お店の人による体験会として行われたのが、

河越抹茶の原料である碾茶を生産している農家さんを訪ね、

自分たちの手で茶摘みしてみようというもの。



(「2015年5月河越抹茶の茶摘み体験」河越抹茶の産地を訪ねる)


そして、十吉が未来へと続く新しい河越茶として発信していこうとしているのが、紅茶。

これから販売するという紅茶の試飲会が行われました。







河越抹茶は今年の新茶の季節を迎え、いろんなお店で使われていくでしょう。

河越茶、河越抹茶の展開はこれからも広がっていきます。






  


 

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春から季節が一つ進み、

店頭に並んだお菓子の顔触れも、少し変化していました。

今の時季限定の夏らしい涼しげな水まんじゅう、

彩の水玉(抹茶)、

彩の水玉(赤茄子)、

彩の水玉(ゆず)、

彩の水玉(小豆)の4種類が並んでいました。
 





7月14日和菓子店「彩乃菓」で開催されたのが、
「美味しい日本茶の淹れ方講座」。

『いつも飲んでいる日本茶を美味しく頂く方法とは?
日本三大銘茶の1つ「狭山茶」を題材に普段飲み慣れた日本茶を勉強して
皆さんで一緒に煎茶を淹れたり冷茶を淹れたりして楽しみましょう♪
和菓子屋ならではの日本茶と和菓子のマリアージュも楽しんで頂きます!』

講師は、日本茶インストラクターで有り昨年“農林水産大臣賞”を受賞した
狭山茶の老舗茶園「奥富園」の奥富雅浩さん。
お茶を知り尽くしている茶農家自身がお茶の淹れ方を教えてくれるという特別な企画でした。


彩乃菓といえば、2016年3月のオープン以来話題騒然となっているお店で、

川越の和菓子界に新たな風を送り込んで今勢いに乗る気鋭の和菓子店です。

お店があるのは、連雀町にある蓮馨寺の山門から横断歩道を渡ってすぐ、立門前通りにあります。



  


(「彩乃菓」四季の彩りと菓子の彩り 新しく誕生した川越の和菓子店

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12154132751.html


二階のカフェスペースに集まった参加者に、

まずは奥富さんからほうじ茶の水出し茶が振る舞われました。

暑い日にさっぱりとしたお茶に、参加者から「美味しい~!」と喜びの声が。
 





 
「今日のほうじ茶は750mlのポットに15gのお茶を入れています。冷蔵庫で冷やしながら水出ししました」
今日参加者にまず提供するお茶にこれを選んだのは、

暑い外から冷蔵の効いた室内に入った時に、

「ほうじ茶は体を体を冷やし過ぎない効果があるんです。室内の温度の変化を考えてほうじ茶にしました」。

反対に緑茶などは体を冷やす効果があるのだという。

生産者自ら語る話しに、惹き込まれていく参加者。


奥富園さんといえば狭山市で15代続く茶農家であり、

煎茶はもちろん、手間のかかる抹茶の原料である碾茶も栽培しています。

以前、河越抹茶を使う飲食店の人たちが碾茶の茶摘体験を行っていましたが、

あの時みんなでやって来た茶畑というのが、まさに奥富さんの畑だったのです。



(「河越抹茶の茶摘み体験」河越抹茶の産地を訪ねる 奥富園

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12036393456.html


摘んだ葉は、奥富園さんから歩いてすぐのところにある狭山碾茶工房「明日香」にて抹茶にされます。


(狭山碾茶工房明日香より)

川越の街の飲食店で、「河越抹茶」と書かれているものは、

すべてこの工房で作られている抹茶のことです。

もちろん、彩乃菓で使用している抹茶も明日香で作られている河越抹茶で、

彩乃菓の小島さんは「河越抹茶をしっかり味わってもらいたい」と、

お菓子にふんだんに河越抹茶を使用して、その抹茶感は特に飛び抜けていると思います。

そして、彩乃菓で一、二を争う人気のお菓子というのも抹茶を使ったもので、濃茶大福。

川越で和菓子といえば素材としてさつま芋が定番ですが、

今はそれに加えて河越抹茶が急激に伸びていて、今を象徴する二大素材と言えます。

ここで少し河越抹茶について踏み込みますが、

川越の飲食店、それに茶農家である奥富さんなど様々な人が口を揃えて言うのが、

「あの二人は後世に河越抹茶の中興の祖と評価されるはず」、

河越抹茶を復活させた川越Plusの二人のことをそう話す。

歴史が途絶え、街の記憶からも消え失せていた河越のお茶を、

復活させるのみならず、わずか数年でここまで川越に浸透させたのはとんでもない功績。

二人が動いていなかったら河越抹茶はなかったし、

もちろん今の川越のお茶のムーブメントも起こっていなかった。

中院の「あの石碑」も、地域の人にとってはきっと今でも

「どういうこと?」という認識のままだったでしょう。。。


(「河越茶Rebornプロジェクト」復活させた男たちのストーリー 川越で極上の河越抹茶

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11780014390.html


(中院にある石碑、「狭山茶発祥之地」)

「狭山茶の前にあった河越茶はもともと、

仏教の儀式で使うために中院の周りに植えられていたのは始まりと伝えられます」と話す奥富さん。

ここから河越茶は広まり、河越の地ではお茶は途絶えましたが狭山で生き残り、劇的な発展を遂げました。

ちなみに埼玉にお茶が入ってきたのは、平安時代の河越ともう一つ、

ときがわ町の慈光寺にも同じ時期に同じお茶が入っていたことが、DNA鑑定で判明しています。


話しを戻すと、彩乃菓では二階のカフェで提供しているお茶も奥富さんのお茶を使用していて、

小島さんがどれだけ奥富さんのお茶を信頼しているか伝わってくるよう。

また、奥富さんのお茶の販売も彩乃菓で行っています。

という、普段の両者の繋がりからお茶の淹れ方講座は企画されました。

オープン直後から「カフェスペースでいろんなイベントをやりたい」と話していた小島さんですが、

お茶のイベントは念願だったもので、オープンからわずかの期間で実現させました。

小島さんと奥富さんの繫がりは、実はお店をオープンする前に遡り、

2015年11月に蓮馨寺で行われた第一回小江戸川越お菓子マルシェ、

和洋を問わず川越のお菓子店が集い、多くの人で賑わったイベントでしたが、

あのイベントにお茶の出店で来ていたのが奥富さん。

そのお茶に惚れ込んでいた小島さんが出店オファーを出していたのでした。


 


 


(第一回「小江戸川越お菓子マルシェ」2015年11月3日(祝)蓮馨寺で開催

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12080821308.html

この時はまだ彩乃菓オープン前で、

イベントの中で小島さんは、ふじ乃の販売を手伝いつつ、

お菓子にまつわるクイズを出す役を担当していた。



(小江戸お菓子マルシェ奥富さんの出店)


さらに、彩乃菓さんは、2016年7月3日の川越Farmer’s Market出店。

お店で人気の赤茄子(トマト)大福一本で勝負、そのトマトの生産者である榎本さんとコラボ出店しました。
また、彩乃菓の二階カフェスペースでは

「みんなでワイワイ和菓子作り教室」を開講し、

彩乃菓のお菓子を作る「四季彩菓ふじ乃」の川上さんが講師として来ました。

 






(「川越Farmer’s Market2016夏 後編」2016年7月3日蓮馨寺

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12178471293.html


お菓子の新提案を続ける彩乃菓さん、

お菓子やお茶にまつわるイベントも積極的に開催し、今話題の中心にします。


カフェスペースでは、奥富さんがこの日用意したお茶を参加者に見せる。

お茶の淹れ方教室として用意したのは、「深蒸し茶」でした。

普段奥富園でも彩之菓でも販売しているものと同じです。


「お茶にはいろんな種類があって、蒸し時間によって浅蒸し茶や深蒸し茶があります。

浅蒸し茶の蒸し時間が30秒ほどで、この深蒸し茶が120秒ほどの蒸し時間です。

そして、お茶はそれぞれ淹れ方が違います。お茶を飲む時に気に掛けて欲しいのは、

浅蒸し茶なのか、深蒸し茶なのか、それを分かった上で淹れてもらいたいと思います。

浅蒸し茶を深蒸し茶の淹れ方で淹れたり、

深蒸し茶を浅蒸し茶の淹れ方で淹れると本来の味が出ないことがあります」


深蒸し茶の特徴としては、蒸し時間を長めに取っていることで味が出やすくなっている。

淹れる前に、奥富さんから急須のレクチャーも。

急須の内側に網がぐるりと張ってある、帯網(おびあみ)の急須がお勧めだそう。



「急須の質によってお茶の味が全く変わるんです」と話し、

さらに急須についてのワンポイントアドバイスが、

急須を湯通しした後に、完全に水滴を拭き取らないでおくのもポイントなのだという。

「急須の中を見てください。水が少し残っていますね。

お茶はお湯の温度が低い方が旨味が出やすいです。

この状態でお茶を入れると、お茶の旨味が出てくるんですね。

いきなり急須にお湯を入れる前に、こうしておくと味が引き立ちます」

へえ~!なるほど!と参加者から声が上がる。

お茶はティースプーンで擦りきりいっぱいの2gが一人分。


さらに、お湯も一旦湯飲みに入れて、

今日の深蒸し茶なら温度を65℃~70℃くらいに冷まします。

冷ましたお湯を急須に入れてから30秒、

時計を見ながらきっかり30秒経った後、湯飲みにお茶を注ぎました。




始めに奥富さんが見本を見せてくれ、その後
教えてくれた同じ手順通りに淹れ、そのお茶を飲んでみると・・・

「!!!!!?」






参加者一堂、「美味しい~!!」と感動の声を上げていました。

温度と時間、

ちょっとした一手間で淹れ方を変えるとこんなに美味しくなるなんて。
一煎目の旨味充分の味から二煎目の深み、渋み、そして三煎目・・・と止まりませんでした。。。
お茶に合わせた彩乃菓さんのお菓子が、
河越抹茶の大福にカステラ、水まんじゅうの3種類も用意されて、
お茶とお菓子のマリアージュを参加者一堂楽しんでいました。



お茶ってこんなに美味しいものなんだ、

改めて堪能した「美味しい日本茶の淹れ方講座」でした。


今後も彩乃菓では、お菓子はもちろんのこと「様々な展開をしていきたい」と話す小島さんは、

2016年8月6日にはなんと、音楽イベントも企画している。
豊かな倍音と浮遊感あふれる癒し系ウィスパーボイスが注目を集め、

「TOKYOの ため息」と称されるジャズシンガーのリュウ ミホさんが、

待望のニューアルバム『Call me』のリリースを記念してライブツアーを実施。

その第1弾が「彩乃菓」に決定。
今回は、アルバムメンバーで有り巧みな音を弾くスペシャルなギタリストの

鈴木直人さんとのデュオで演奏するそう。

川越Farmer’s Marketとしても、蓮馨寺で開催する際には
お茶の淹れ方教室はぜひ開催したいところ。
お茶の淹れ方教室に、和菓子作り教室に、楽しみが広がっていきます。


彩乃菓は、地元川越の食材を優先して使い

「四季の彩り」と「菓子の彩り」を表現している和菓子店。

冒頭にあるように、菓子の彩りは店頭を見れば一目瞭然、水まんじゅうが夏を知らせてくれる。

そして。

四季の彩りとして、小島さんがまた渡してくれたお店のショップカードにも、それは表われていた。。。

確かに以前、「四季のよってショップカードの色も変えていくつもりです」と話していた。

目の前の蓮馨寺の桜が満開を迎えたちょうどその時に開店した彩乃菓。

あの時のショップカードは桜のような薄ピンク色。

これからしばらくして蓮馨寺の木々の葉が深く青くなってくれば、

ショップカードは緑色に変わっていき、

秋になればショップカードは紅葉の黄色に色づき、冬になれば青色に変わっていく。

そうやって変えていくつもりなのだ、そう確かに小島さんは語っていた。

改めて今の季節のショップカードを見て、ここにも季節が巡っていることドラマチックだった。


(4月のショップカード)

 



(7月のショップカード)


四季を感じる、四季を楽しむ、
移ろう季節と共に、楽しみが広がっていきます。


「彩乃菓(あやのか)」

川越市連雀町10-1

10::00~17:30

049-298-4430

水休

http://www.ayanoka.com/


 


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身近にお茶を感じてもらうだけでなく、

ディープな川越に触れることができる貴重なイベントが「茶あそび彩茶会(さいちゃかい)」。

今年でなんと6回目の開催となり、この時期の恒例イベントとなりました。

6月12日(日)「彩茶会」市内各所
10:00~15:00
料金:前売2,500円/当日2,800円、全部で4席体験することができます。


川越各地の名所が一日限りの即席であり本格的な茶席に早変わりし、お茶体験できるというもの。

川越はお茶のイベントも多い街ですが、

彩茶会は規模・来場者から川越を代表するお茶のイベントです。

彩茶会で肝となっているのが、普段着でお茶を体験してもらおうというもの。

正式なお茶のお作法を大事にするイベントももちろんありますが、

彩茶会にも普段のお茶の生徒さんたちも数多く訪れていましたが、

それ以上に彩茶会においては普段の形を少し崩し、まさに茶あそびという名の通り、

お茶に親しみ、遊んでもらうことが念頭にあります。


この彩茶会の何が凄いのかというと、

めったに入れないような川越の名所にこの日だけ入れて、

しかもそこでお茶を楽しめるというところなんです。

川越散策とお茶体験が一緒になったような夢のイベント。

これだけの川越のスポットとタイアップできるのは、

彩茶会に関わる川越藩火縄銃鉄砲隊保存会の寺田会長の尽力の賜物です。

(「徳川家康公の鷹狩り行列」川越百万灯夏まつり2015年7月26日

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12055783449.html


こちらが今年の茶席になった場所です。

以前と比べて場所も増えて一大イベントになってきた感があります。


・川越市立博物館 方円流(煎茶/立札席)藤崎美園
・川越城本丸御殿 琵琶や邦楽演奏で語る歴史物語

仁恵衣舟/すなが寿々女/仲林利恵

・時の鐘(福呂屋二階) 裏千家(立札席)町田宗知

・陽気づくめ川越教会 甲冑出陣席(麹甘酒)寺田図書助

・山崎家別邸 表千家 三澤宗千

・仲町観光案内所 表千家 宮寺宗節

・旧鶴川座 手織体験 川越工業高校

・熊野神社 SOTO茶会/新感覚の茶の湯の提案

・蓮馨寺 本堂 方円流(煎茶/立札席)丹波祥園

・蓮馨寺 客殿 静海苑 抹茶席

・蓮馨寺 講堂二階 裏千家(立札席)埼玉平成高校茶道部

・中央公民館分室 遠州流 榎本宗雅

・岡田畳本店二階たたみショールーム ミステリー茶席 壷中庵 堀内宗長


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・川越市立博物館 方円流(煎茶/立札席)藤崎美園









・川越城本丸御殿 琵琶や邦楽演奏で語る歴史物語

仁恵衣舟/すなが寿々女/仲林利恵









・時の鐘(福呂屋二階) 裏千家(立札席)町田宗知












・陽気づくめ川越教会 甲冑出陣席(麹甘酒)寺田図書助













・山崎家別邸 表千家 三澤宗千










・仲町観光案内所 表千家 宮寺宗節










・旧鶴川座 手織体験 川越工業高校







・熊野神社 SOTO茶会/新感覚の茶の湯の提案









・蓮馨寺 本堂 方円流(煎茶/立札席)丹波祥園













・蓮馨寺 客殿 静海苑 抹茶席











・蓮馨寺 講堂二階 裏千家(立札席)埼玉平成高校茶道部









・中央公民館分室 遠州流 榎本宗雅












・岡田畳本店二階たたみショールーム ミステリー茶席 壷中庵 堀内宗長













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お茶席の静謐な時間があった。

ふっと肩の力を抜いて、心の落ち着きを取り戻させてくれるような時間。



2016年6月1日、ウエスタ川越の2階和室で行われたのが「茶道体験会」。
河越抹茶の普及活動を行っているNPO法人河越抹茶の会主催による勉強会で、

川越市内でお茶教室を開いている裏千家の山本先生に、

「お茶席」の作法の初級編を教えてもらいながら、お茶に親しんでもらうという内容。



特にやはり、河越抹茶を使用している飲食店が多く参加していました。

河越抹茶を使用するお店の人たちはみな意識が高く、

自分たちがお店を構える川越の、歴史的にも大事な河越茶を知りたい、盛り上げたいという思いを持ち、

このような体験に積極的に参加している姿がある。

今、これだけ河越茶が川越で広がっているのは、お店の発信によるところも大きいと思う。

昨年、一昨年と、河越抹茶の原料である碾茶(てんちゃ)葉を生産している農家さんを訪ね、

お店の人たちが自分たちの手で茶摘みする体験会を行っていましたが、

今年は趣向を変えて、河越茶を使った茶道体験会。

それぞれにお店の営業がありつつも、それでも毎回多くの参加者があることが、

なにより河越茶、河越抹茶がムーブメントになっていることを表しているよう。





(「2015年5月河越抹茶の茶摘み体験」河越抹茶の産地を訪ねる

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12036393456.html

摘まれた碾茶葉は、関東唯一の碾茶工場である「狭山碾茶工房 明日香」にて河越抹茶になります。
抹茶を作る工房というのは関東に一軒しかないという事実に驚くでしょう。
明日香は、川越の南大塚から西に少し進んだ狭山市にあり、
そこに旧河越領で栽培された碾茶葉が集められ、河越抹茶となる。


今年の茶道体験会の会場となったウェスタの和室には、

茶道の道具も揃っていて、すぐに茶席を設けることができる。

だけでなく、他にも和室では書道教室なども行われて、和の体験ができる場所となっています。

近代的な建物の中の奥に、このような部屋があることが新鮮な驚きで、

まさにこの日の参加者も、2階の通路を歩いてきた奥の扉を開いた先に、

このような和の空間が眼前に広がったことに歓声を上げていました。



時間差で続々とやって来ては体験していく参加者。共通点は、河越抹茶を使っている飲食店。

この時間は、一番街の「茶和々」さん、喜多院近くで茶蕎麦を提供している「寿庵」さん、

時の鐘がある鐘つき通りにある「Lightning Cafe」さん。

(Lightning Cafeさん)


同じく鐘つき通り、時の鐘の横にある和菓子店「福呂屋」さん。


(「福呂屋」和菓子を通してこの場所にしかできない川越の体験を

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11767594197.html

会場となったウェスタ川越の一階に入っているパン屋「カフェ&ベーカリーどんなときも」さんでは、

河越抹茶を使ったパンを作り、抹茶ラテも提供しています。



(「カフェ&ベーカリー どんなときも」ウェスタ川越 どんなときも美味しいパンを!

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12157092651.html


茶道体験会では3人がこちら側と向こう側に向かい合って座り、お互い交互にもてなします。

まず、山本先生がお茶を点てる見本を見せ、しなやかな所作でお茶が点てられていった。

茶碗に茶杓で抹茶を入れ、湯を注いで茶筅(ちやせん)で攪拌して泡立てる。
「茶筅は手首のスナップを効かせて動かすのがポイント」と話し、
充分に泡立ったらそっと静かに茶筅を引き上げる。

その時、抹茶らしい緑の香りが和室に漂いました。

先生の手首の動作を真似する参加者。

初めてお茶を点てる参加者もいて、どきどきした表情を見せていた。

こちら側に座っている人たちが先に口にしていたお菓子は、

河越抹茶の会がこの日のために用意したもので、上野の「うさぎや」さんの上生菓子でした。



「優しい甘さですね」と好評の声。

ちなみにドラ焼きで有名なうさぎやさんが新たに始めたのが「うさぎやcafe」で、

お店で提供しているお茶は狭山茶、

上記お店の人たちが茶摘体験に訪れた奥富園さんの煎茶を使用しています。

(うさぎやcafe)


お菓子を食べ終わった後に、向かいに座っている人がお茶を点て、目の前に差し出す。

もてなす方は茶碗の正面を相手に向けて置き、
もてなしを受ける方はお茶が出されたら手をついて軽く一礼します。
右手で茶碗を取り左手の手のひらで受けます。
「いただきます」という気持で茶碗をささげ持ち、
時計回りに茶碗を回してからいただきます。
茶碗の正面を避けてお茶をいただく。
飲み終わったら茶碗の飲み口の汚れを右手の指先で軽くふき取り、
茶碗をひざの前に置いて拝見します。
右手で茶碗を取り 左手のひらの上で時計と反対回りに回して正面を相手に向けます。
右手でお茶が出された元の位置に返して一礼する。








「お手前頂戴致します」

「結構なお手前でした」。

お茶の豊かな時間に浸る参加者たちでした。

別の時間では、和菓子店彩之菓さんも茶道体験に参加していて、

「和菓子に関わる者として、貴重な体験をさせて頂きました」と話していました。




(「彩乃菓」四季の彩りと菓子の彩り 新しく誕生した川越の和菓子店

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12154132751.html


河越抹茶を使用しているお店というのは、今や川越だけでなく

各地のお店でもその味が評価されて使われています。

中でも川越ではもう抹茶を使うなら河越抹茶、というくらいの支持、浸透度を見せている。



(「CAFE ANTI」おからと豆乳の優しいドーナツ 外はサクッ中はモッチリ

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11530278414.html



(「やき菓子 野里」自分を大事に。人を大事に。八幡通りにある焼き菓子専門店

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11573146131.html

これらのお店はほんの一例で、全部を挙げたらきりがないくらい、

川越で知られた人気店たちがこぞって河越抹茶を使っている現実があります。

お菓子に使うことが多い抹茶で、河越抹茶の広がりを別の切り口で言うと、

昨年大盛況だった第一回「小江戸お菓子マルシェ」に出店していた川越の和洋菓子店のほとんどが、

抹茶は河越抹茶だったという事実を伝えるだけで、今どんな状況になっているかが伝わるでしょうか。


(第一回「小江戸川越お菓子マルシェ」2015年11月3日(祝)蓮馨寺で開催

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12080821308.html


お店の影響力の大きさ。

川越ではお店で「河越抹茶」を使用しているという上のような文字を見かけると思いますが、

その河越抹茶が作られる現場というのがどんなところかご存知だったでしょうか。
古くからお茶の産地だった河越は、歴史的背景から、
上戸の河越氏館跡や中院辺りで河越茶は作られているのだろうか、そう思う方も多いかもしれません。
現代の河越抹茶は、埼玉県西部地区(川越、狭山、所沢など)を中心と

「旧河越領」にある茶園でつくられています。
中でも、今の川越市でお茶を作っている農家さんは現在5軒ほど。
上戸にもいるし、そしてなんと、川越南部の福原地区に4軒もお茶農家が集まって、

というか残っているんです。
現代の川越市のお茶の産地は福原地区、これを言うと川越の人はみんな驚くのですが、

しかし、これが現実なんです。

その一つ、川越Farmer’s Marketにも出店している「小野文(おのぶん)製茶」さんでは5月、

河越抹茶の原料である碾茶葉にシートを被せていた期間が終わり、

シートを外し、これから茶摘作業が始まるところでした。



シートを被せることでアミノ酸が増幅し旨味が深くなる、

シートを被せる被覆栽培(ひふくさいばい)というのは抹茶作りには欠かせない工程なのです。
シートを外した茶葉は・・・煎茶になる茶葉の色と明らかに違い、黒々とした濃い色になって、
鼻を近づけるとこの緑の香りはまさに抹茶。





シートを外したら一斉に茶摘みに取り掛かり、熟成期間を経て、11月頃に河越抹茶になっていく。

抹茶の新茶というのはその季節なんです。

心豊かになる茶道の時間の奥には、こうして畑で生産する人がいて、農があること、

これは忘れてはならない事実であります。






ウェスタ川越の和室では、立場が入れ替わって今度は反対側の人がもてなす側に。

お菓子を食べ終わった相手に、お茶を点てて差し出します。










抹茶、河越抹茶の魅力に改めて引き込まれ、

この抹茶を使っていくことに自信を深めていった参加者でした。
古くからお茶の町だった川越は、今再び隆盛を誇ろうとしています。

お茶、抹茶がさらに生活に身近なものとなっていくはずです。


「NPO法人河越抹茶の会

https://www.facebook.com/kawagoematcha/?fref=ts





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この期間でこれだけ広がってきたことに、
やはり、という思いを噛み締めています。
川越の河越抹茶のことは、復活させた男たちのストーリーを以前記事にしました。

「河越茶Rebornプロジェクト http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11780014390.html

復活させた経緯などはあの通りですが、
今、当時と違うのは、河越抹茶を使用するお店が格段に増えていて、
川越市内外合わせて50ほどのお店で取り扱われている状況になっているそう。


川越では以前から商品に抹茶を使用するお店はたくさんあっても、
他産地の抹茶を使っていることが多かった。
それしか選択肢がなかった中で、河越茶の歴史を掘り起こし現代に甦らせた話しに皆さん共感し、
河越茶、河越抹茶を広めていこうと応援していることからどんどん広がりを見せていった。
「川越に河越抹茶があるならそちらを使った方が川越らしい」
「あのお店が河越抹茶凄くいいよ、と言っていたので使ってみた」
など川越のお店の方々はみんな河越の抹茶に興味津々。
中には当記事を見て問い合わせた

バウムクーヘンのノリスケさんやパティスリー ル・アンジュさといったお店もあって、
そしてなんと川越のみならず、市外のお店でも河越抹茶を使用するところも多くあり、

質の高さで選ばれているのが分かる。


街の中でこのようなタペストリーを見たことあるのではないかと思います。


これが表示されているお店のものは、正真正銘河越抹茶を使用している証拠。
あるいは商品に川越抹茶ではなく「河越抹茶」と記されているものは、この抹茶を使用しているものです。
川越のいろんなお店で「河越抹茶の○○」という商品を見るようになり、

それが普通の光景のようになっている今の状況は、

いかに河越抹茶が浸透して街に解け込んでいるかが分かります。

最近の川越の大きなトピックスとして、2015年5月31日に開催された「川越パンマルシェ」がありましたが、

(川越パンマルシェ2015 http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12034416581.html


出店パン屋さんの中にも川越ベーカリー楽楽さん、ブーランジェリュネットさんなど
普段から河越抹茶を使用しているお店は多くあります。
特にCAFE ANTIさんの河越抹茶の思いは深かった。

(CAFE ANTI http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11530278414.html


そして、河越抹茶を使用するお店が集まった河越抹茶の会による、

河越抹茶の元となる甜茶畑の茶摘みに行こうと企画されたのが昨年5月のことでした。



昨年は、生憎の雨で畑は見学のみとなりましたが、
あの日は河越抹茶を使用するお店が揃って産地を訪ねるという画期的な1ページとなりました。
「ぜひ来年も来よう!今度は茶摘みしたい!」
と話し合った面々は、一年後にリベンジすると誓った。

河越茶とは、古くて新しい、新しくて古い、

知る人ぞ知る川越のお茶、河越茶です。


かつての川越は、お茶の名産地でした。

南北朝時代、武蔵河越は天下の茶所として

人々が名をあげる茶の名園五場(全国銘茶5場)の一つだった。

川越の中院に830年頃にお茶の木が植えられたことから、

河越茶と呼ばれるようになったという説があります。

関東の有力武将も愛したこの地のお茶「河越茶(抹茶)」は、

戦国時代になると、栽培していた寺院・武士が衰退すると共に姿を消していきました。

衰退した河越茶の系譜で生き残ったのが狭山茶。

実は両者は密接な関係にあるのです。

銘茶と呼ばれたかつての河越茶にならい、

旧河越領内茶園で丁寧に栽培された高品質の茶葉を厳選し、河越茶は新たな姿で現代に甦りました。


2015年5月。


今年も一面が深緑に染まる茶摘みの時季がやって来て、この日は天候にも恵まれ、

皆さん「今年は茶摘みができる」と喜んでいました。

都合が合わず来られなかった方もたくさんいて、「行けなくて残念!」と語るお店も多かった。

それでも同日に河越抹茶を使用しているお店がこれだけ集まっていることに熱意を感じる。


「今年は絶好の茶摘み日和だね」

「この辺りは自然溢れるところで、川越のすぐ近くとは思えない」

など和気あいあいと話す一堂。


ここは旧河越領内である狭山市にある「奥富園」。

河越抹茶の元である碾茶の栽培が行われ、

碾茶だけでなく、煎茶なども含め様々な品種が栽培されています。

お茶作りに携わり45年になる奥富さんは、

抹茶作りにはもう23年取り組んでいます。

河越抹茶の原料となる碾茶(てんちゃ)を生産している農家さんは現在10軒ほど。

10軒の中の、旧河越領内の茶園で生産された碾茶を使用して河越抹茶は作られています。

奥富園さんで栽培された碾茶は、

すぐ近くにある碾茶工房「明日香」でに運び込まれ抹茶が作られます。


埼玉のみならず、関東の抹茶作りの歴史はそのまま、

奥富さんたちが取り組んできた道のりを振り返ることでもあります。


今から20年以上前、平成3年に奥富さんは抹茶の試験研究を始まって、

その時に京都の方に抹茶にはどういう品種の茶木がいいのか訊ねて、

勧められた品種をここで栽培したことから始まりました。


そして、この事実に驚かれる方は多いと思いますが、

抹茶を作ることができる「碾茶工房」というのは、

関東では唯一狭山にある明日香だけなのです。
以前は、関東で碾茶が栽培されても、抹茶を作るためにわざわざ京都などに葉を送り、

抹茶にしてもらって送られていたという状況だった。
それが今は、狭山の明日香で奥富さんたちの手によって日々抹茶が作られ、

出来上がった抹茶はすぐに各地、各店などに送られ使われています。

奥富さん達が試行錯誤で作り上げた、熱い情熱のこもった碾茶工房明日香。

まさに灯台下暗し、川越からすぐ近くに抹茶を作る工房があることに驚きます。


(茶摘みの前に奥富さんの説明を聴く一堂)


集まった顔触れは各地から、多様なお店の方がいました。

パティスリール・アンジュさんは西武新宿線南大塚駅前にあるお店。

以前からスイーツに河越抹茶を取り入れていて、お店では既に定番人気となっている。
ル・アンジュさんは、川越のパティスリーではまだまだ珍しいことですが、
食材の生産者を訪れることに積極的。
共に川越Farmer'sMarketに出店するという園から野々山養蜂園さんの現場を訪ねたりし、
「自分が使う素材の生産の現場を見るのは楽しいし大事」と話します。
また、以前は川越いちご園すじのさんのイチゴの現場にも訪れています。

(川越いちご園すじの http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11992214560.html


一番街にあるバウムクーヘンのノリスケさんは昨年に続いての参加。

(昨年雨の中碾茶の香りを嗅ぐノリスケさん)

今年は天候に恵まれたということで、茶摘み装備万全で参加。
河越抹茶を使用した抹茶バウムクーヘンはお店ですっかり定番となっています。

小江戸蔵里と時の鐘の近くに2店ある大学いも川越いわたさんも

河越抹茶はチーズケーキに使用していて、今回の茶摘に参加。
時の鐘の横の和菓子店、福呂屋さんも今年も参加して気合十分です。


奥富さんの挨拶の後、では行きますか!とそれぞれに大きな籠が渡され、

いよいよ碾茶畑に入って行きます。

煎茶の茶摘み体験をさせてくれる茶園はあったりしますが、

碾茶畑の茶摘み体験は非常に珍しいこと。

産地によってはその畑をあまり人に見せたくないと考える茶園もあるそうですが、

奥富園さんでは、河越抹茶の会の熱意に応え、応援するという意味も込めて、

お店の人たちによる碾茶畑の茶摘み体験を受け入れています。


茶畑の一角に・・・

シートで厳重に覆われた箇所がある。

日光を遮っている独特な雰囲気は、パッと見ただけでは茶畑とは思えません。

そこが、碾茶畑。

茶木を覆うことで葉の色が濃くなり、艶が出て、アミノ酸が増幅する。

入口を開いて中に入っていくと、

「おお、これが碾茶か」

「色がめちゃくちゃ綺麗だね!」

など一堂から感嘆の声が漏れます。碾茶畑を前へ前へと進んでいく。







鮮やかな色に目を奪われる。

奥富さんが早速、「木を横に倒して葉を引く感じで摘む」というコツを実演してくれます。
「今日皆さんが摘んだものを品評会に出品する」という奥富さんの話しに、

緊張しつつもやる気に溢れる面々。


この日の茶摘みは、なによりここに至るまでの奥富さんの日々の管理があったからこそ。
「茶葉は一年に一度しか取らないので、良い芽を取るには繊細な作業が求められます。

特に夏の管理が大事なんです」
夏の間に虫に喰われてしまうと、枝が細かくなっていってしまうそう。

茶木は昨年9月頃までに長く伸びてきて、大体2月下旬になると摘芯(てきしん)を行います。

摘芯とは、発芽が早く茶枝の先端近くに伸びる柔らかい部分を、一本一本剪定すること。

先端を摘むことで、そこに向かう養分を下に向かうようにでき、芽が均等に伸びるようになる。


「人間の兄弟で言うと、最初の長男だけが栄養を取ってしまうと均一にならない。

最初の芽を落とし、下に揃った芽が5つくらい出てくるものが品質的にも良い葉になるんです」

と話す奥富さん。



始めは恐る恐る葉を摘んでいたお店の方々でしたが、
すぐにコツを掴んでスイスイ摘んでいたのが大学いも川越いわたさん。


向かいにいたル・アンジュさんも丁寧に摘んでいて、
ノリスケさんは「茶摘み楽しいですね」と笑顔。

それぞれが自店で使う河越抹茶になる素材を目にして、感慨深げに葉を摘んでいました。
時間が経つにつれて、だんだんと口数が少なくなっていき仕事モードになっていく一堂。


2時間、集中して茶摘みすると籠の中は葉で埋まっていました。
こうして摘んだ葉が実際に抹茶になっていきます。
お店で抹茶の状態だけを見るよりも、畑の現場に来ることでより素材の理解が深まる、

そしてこれをアピールしていこう、そう思いを新たにしたお店の方々でした。







その後、茶園から歩いてすぐのところにある、

碾茶工房「明日香」に足を運ぶ一堂。

ここが実際に抹茶を作っている工房です。



明日香は奥富さんをはじめ、

5軒の農家が協力して設立・運営している工房。

川越の街中で見かける「河越抹茶」はここで生まれています。


明日香は抹茶を作るためとても効率良くできている工房で、

この工房自体、奥富さんが設計に関わってオリジナルで作ったもの。


煎茶などはセンサーを使って機械化できますが、
抹茶作りは全て機械化できるわけではなく、長年の経験で培った人間の勘で作る部分が多くなります。

煎茶と抹茶製造の違いは、
煎茶は葉を蒸した後に揉んでから乾かしますが、抹茶の場合は蒸した後、

揉まないで乾かし、細かくして挽きます。
抹茶作りで大事なのは、茎や葉脈を綺麗に外すよう気をつける。
それらが入ると抹茶にした時に色が黄色くなってしまうのだそう。

抹茶は熟成させるので新茶の時季は11月となります。
長い時間熟成させることで味に厚みが出ます。

明日香ができるまでは、関東には一つも抹茶を作る場所はなく、
この地で抹茶作りが始まったきっかけが、
平成元年に稲荷山公園で開催された、国民文化祭・埼玉大茶会でした。


広い芝生の上で行った野点は大変好評で、
翌平成2年からは「狭山大茶会」の開催へと続いていきました。
「狭山大茶会」はもう25回になるイベントで、
お茶を身近に楽しむイベントとして定着しています。

毎年多くの方で賑わうなか、市内外の茶道家の方から、

「狭山はこんなにお茶の産地なのに抹茶がないのは惜しい」

という声が上がるようになりました。
お茶のイベントには抹茶があった方がいい、
それもできれば地元で作られた抹茶で大茶会を楽しみたい、と。

そこから当時の狭山市長が、狭山で抹茶を作れないかと呼びかけ、
平成3年から抹茶の試験研究が始まりました。


狭山で抹茶作り・・・
夢が具体的な形になろうと進み始めましたが、
抹茶作りならでは難しさに直面することになります。
葉を揉まないで乾燥させるのは既存の機械では難しく、

奥富さんは、

「やはり碾茶のための専用の工房を作りたい」
そう思うようになっていった。
そこからオリジナルの設計で抹茶製造工房を建設することになっていきます。

手前から機械が並んでいる順番で工程が進んでいきます。


今回も丁寧に製造工程を説明してくれる奥富さん。

お茶はボイラーで蒸してから、冷却機で乾かします。
ここで葉に蒸し露が付いていると葉同士がくっついて色が悪くなってしまうため、
しっかりと表面を乾かしてくっつかないようにパラパラにする。
「一枚一枚の葉をパラパラに乾かすために、これだけの高さが必要なんです。
この高さに合わせて建物を設計しています」


大きなバーナーで乾かし、3日間掛けて蒸す。
表面だけ風で乾かすのではなく、芯の水分まで完全に出して乾かします。
レンガを使うことで、無理をしないで乾かすことができるんです」
そしてパイプを通って、乾いた葉は下に落ちる。




室内には大きな冷蔵庫があり、
中はひんやり大体4度くらいに管理されています。
最終工程となる粉末加工の現場がここにありました。
一回に5キロ入れ、中で回され挽かれると抹茶ができ上がる。
回す時間はなんと5時間。大事なこの工程は、
「粉末加工は本当に難しい」
と奥富さんが言葉を漏らすほど、手間のかかる工程です。

粉末にしたら、最後の仕上げにふるいにかけて、
粉と、粉になっていないものを分けます。
ふるうのは2回行い、合わせて1時間以上かけて丁寧に行います。
ふるいもオーダーメイドで作ってもらったものだそう。
「もっとこういう道具が欲しい、もっとこうしたら美味しくなるはず」
今でも日々見直し、
美味しい抹茶作りを追求しています。

奥富さんがいて、この工房があるから、
今自分たちは抹茶に親しむことができている。
お店の方々は、抹茶作りの大変さを噛み締めるようにじっと耳を澄ませていました。


河越抹茶がここまで広がってきたのは、

使うお店の方々の応援に、製造する奥富さんたちの熱意があるから。

これからますます川越で河越抹茶は広がっていくと思います。

その香り、味わいをどうぞ楽しんでください♪


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