「川越style」

webマガジン川越styleは、「小江戸川越」のお店や人、イベント、行事、風景、文化、川越の熱い動きを伝える情報発信サイトです。過去記事もぜひどうぞ。


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暖かい空気が桜の木を撫でる。境内の桜の木々の蕾もだんだんと膨らみ始め、

いよいよ川越にまた春がやって来ようとしています。

2017年3月17日蓮馨寺で開催されたのが、

「野澤松也 創作浄瑠璃 弾き語り 小江戸川越“蓮馨寺”ライブ」。

『小江戸川越〜和文化の根付く街並み〜で、
野澤松也の浄瑠璃を聞きにいらっしゃいませんか?』

会場の蓮馨寺は, 室町時代に創建された歴史ある浄土宗のお寺です。趣のある佇まいは感動的で浄瑠璃にもぴったり。

 

会場となった蓮馨寺には、山門から左手に二階建ての講堂があります。そこが今回の舞台。

 


歌舞伎の義太夫三味線方として活躍の三味線奏者、野澤松也師匠が川越に帰って来た。

1年ぶりの川越でのライブ、今回で三回目となりました。

一回目は小江戸蔵里のレストラン八州亭で行われ、昨年が二回目、そして今年、と回を重ねてきました。川越で上質な和の音色を聴くことができると毎回好評です。

時間:15:30〜17:00 (15:00 開場)   
<演目>

①古典『本朝廿四孝〜奥庭狐火の段』
(ほんちょうにじゅうしこうおくにわきつねびのだん)   
②創作浄瑠璃『雛祭春乃夜夢如』
(ひなまつりはるのよゆめのごとし) ・浄瑠璃のお話
・三味線のお話

 

<野澤松也プロフィール>
野澤松也(広島県出身)
『重要無形文化財総合指定保持者。1974年 国立劇場第1期文楽研修終了。野澤松之輔の内弟子となる。同年4月、国立劇場文楽公演で初舞台。1979年より歌舞伎の三味線方として現在に至る。2004年「創作浄瑠璃の会」、2016年「三味似粋人ジャパン」設立。松竹歌舞伎で舞台を務める傍ら、ライフワークとして、昔話や民話、土地に伝わる話等を浄瑠璃風にアレンジした作品に作曲し、弾き語りで伝えている。』

1955年 広島市生まれ
1969年 母の勧めで三味線を始める(当時一四歳)
1972年 国立劇場第一期文楽研修生になる
1974年 研修終了。野澤松之輔の内弟子となる

同年四月、国立劇場文楽公演で初舞台
1979年 松竹歌舞伎に入る

国立劇場『仮名手本忠臣蔵』で歌舞伎の三味線方として初舞台
2004年 『創作浄瑠璃の会』設立

創作浄瑠璃の弾き語り活動開始
2016年 『三味似粋人ジャパン』設立
現在、松竹歌舞伎(東京 歌舞伎座、国立劇場、新橋演舞場、京都 南座、、大阪 松竹座、名古屋 御園座、福岡 博多座、等)で演奏。
同時に、国立劇場研修生講師、学習院大学非常勤講師を務めるなど、演奏家、講師として活動中。
<創作浄瑠璃>
『広島咲希望花カンナ』、『友情泣赤鬼物語』、『送り拍子木』、『役者演閻魔大王』、『降積雪六傘地蔵』、『おいてけ掘』など。

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Matsuya Nozawa
『Kabuki Gidayu shamisen performer . As Takemoto renchu (Takemoto company). Preservers of Important Intangible Cultural Properties by Minister of Japan.
As his lifework , Matsuya Nozawa compose and arrange and create the Japanese folk tales and Japanese folk stories as Joruri , convey by singing playing Gidayu shamisen . (as a storyteller) 』


「創作浄瑠璃」について。
今から13年前 2004年に行われた、「後の月の会」にヒントを得て創作浄瑠璃は作られました。古典の義太夫は時間が長く、詞の意味が分かりにくく、母音のオン使いが複雑でストーリーが分かりにくい為、敷居が高いと敬遠されがちです。

これでは、これからの日本を背負って行く子ども達に日本の伝統文化を分かって貰う事は難しいと思い、誰でも知っている、昔話や土地に伝わるお話を浄瑠璃風に書き下ろし、節を付けて弾き語りする事にしました。(15分以内)これが創作浄瑠璃です。

歌舞伎の舞台で三味線を弾く野澤松也さんは、もっと沢山の方に、歌舞伎や文楽、浄瑠璃を親しんでいただきたい、との思いで、ライフワークとして全国各地で公演をし、学校や幼稚園、老人介護施設などでも演奏をしたり、実際に三味線に触れて頂いたりしています。

 

松也師匠が2016年に立ち上げた「三味似粋人JAPAN」のコンセプト。
『日本の伝統文化を、広く子ども達や一般の方に知っていただき、海外には無い日本の魅力を発信していく』

そして、スローガンとして掲げているのが・・・

 

「日本の伝統文化は地球を救う!」
“ Shaminist Japan” , which slogan is Japanese traditional culture save the earth !!

 

大それた言葉と思われるかもしれませんが、いや、よくよく考えてみると、本当にそうかもしれないと思わされる昨今。

世界的な空前の「和」ブームは、ここ川越でもひしひしと感じること。

蔵造りの街並みの一番街では、外国人観光客を見ない日はないというくらい押し寄せていて、着物をレンタルして街歩きを楽しむ外国人の姿も増え、着物を着て、和菓子を食べ、お茶を飲む、外国人の姿もまた川越の日常風景になりつつあります。

音楽も邦楽を習いたいという外国人は多く、

和は単に一過性のブームというより、世界に今求められているもの、行く末のヒントにしているようなところがあるのかもしれない。

自然観、相手を思いやる、和特有のバランス感覚、どれをとっても確かに今の世に必要とされているものばかり。

また、三味線の音色も「1/fゆらぎ」と言われていて、聴いているだけでリラックス効果、癒しに繋がります。
1/fゆらぎ (エフぶんのいちゆらぎ)は、蝋燭の炎の揺れ方、月光の揺らぎ、人の心拍の間隔、小川のせせらぐ音、木漏れ日、蛍の光り方などが例として挙げられます。

松也師匠も話していたように、老人介護施設などで演奏すると、聴いている人たちが演奏が進むにつれて生気を取り戻し、表情が紅潮していくことがあるという。

音に影響され、心も身体も活性化していく、

そんな現場を間近に見て、さらに各地へ赴く演奏ツアーにも一層力が入るのでした。

 

歌舞伎の舞台の合間を縫って、自身の活動にも積極的な松也師匠は、

川越ライブの日に至るまでに、全国各地で弾き語りライブを開催してきました。

2017年2月19日は福岡福岡市にある「松楠居(しょうなんきょ)」での弾き語りライブ。

ライブでは、演奏以外にも浄瑠璃のお話しや実際に触ってもらっての体験なども大事にして毎回恒例となっている。

 

 

(松楠居の弾き語りライブ)

 

2月26日には京都市にて「創作浄瑠璃弾き語り“如月 京町家”ライブ」
<演目>
古典『花競四季寿〜鷺娘』 
創作浄瑠璃『友情泣赤鬼物語』。

 

(創作浄瑠璃弾き語り“如月 京町家”ライブ)


3月11日(土)には兵庫県西宮市にある「極楽寺」での「野澤松也 創作浄瑠璃弾き語りライブ in 西宮“極楽寺”」。

 

(極楽寺での野澤松也 創作浄瑠璃弾き語りライブ in 西宮“極楽寺”)


3月14日江戸東京博物館ホールにて行われた 『「伝統って新しい」〜三味線皮の新素材を弾いてみませんか!』。
第一部 プロによるカンガルー皮の三味線演奏
第二部 体験タイム
第三部 シンポジウム(新素材の研究発表)

 

 

 

そして迎えた3月17日、川越ライブ当日。

川越は、都内など関東演奏ツアーの一つとして位置づけられていました。

一年ぶりの川越ライブを待ちわびていた人たち、

開場時間になると、続々と参加者が講堂に集まってきました。着物姿の人も多く見られ、川越らしい。

川越のライブ開催では、川越の人たちが縁の下で支えていたことも大きい。

川越ライブの世話人を務めていた工藤さん、

2014年8月の川越のミュージカルカンパニー「すてっぷ1」(飛翔ひかるさん主宰)の「ハムレット」で共演した仲間の須賀さんをはじめ、飛翔さんなども応援していた。

また、受付などイベント運営を手伝っていたのが、一番街にあるレンタル着物店の「れんたるきものや 寛kan」の大島さん。

 

 

(「れんたるきものや 寛kan」着物をもっと身近に 川越で着物を着て街歩きを楽しむ

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12256234476.html

いろんな人が、松也師匠の川越ライブ実現に向けて動いて実現していた。

川越で三味線?歌舞伎??と思われるかもしれませんが、川越の状況は昨年来新たな局面を迎えています。大きな転機となったのが、2015年川越駅西口にオープンした「ウェスタ川越」。

1700隻収容の大ホールでは、これまで川越では上演されることのなかった公演が行われるようになり、そう、歌舞伎もその一つ。

まさか川越で歌舞伎が観劇できる時代が来るなんて。。。以前と比べたら隔世の感があります。

2016年9月1日には大ホールにて「松竹大歌舞伎 中村芝雀改め 五代目 中村雀右衛門襲名披露」上演、

今年は、2017年4月1日に「市川海老蔵 古典への誘い」が上演予定となっています。

街の中で歌舞伎に触れる機会が増え、三味線への注目も広がりつつある。

川越の街を見渡せば、和の文化が昔から根付いていて、今また大きな注目を集めるようになっていることはご存知かと思います。

着物、和菓子、河越茶、落語、盆栽、蔵造りの町並み、骨董市・・・歌舞伎に繋がる和の素地は既に至るところにあり、歌舞伎や三味線が入っていてもなんら不自然ではない。

また、今回の会場が蓮馨寺というのがなんとも因縁深いということが挙げられます。

蓮馨寺という場所自体がまず三味線の音にぴったり、周りの「昭和の街」の雰囲気にも実によく合う。

ちなみに、昨年の松也師匠の創作浄瑠璃弾き語りライブ会場が、蓮馨寺からすぐ近くの「大黒屋食堂」さんで、今年はさらに多くの人の参加が見込まれたことから、蓮馨寺を会場としました。

 

 

(「大黒屋食堂」ご飯の美味しさに改めて感じ入る 昭和の街と共に歩んだ3年間

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12191160127.html

そして、蓮馨寺で外せない話しといったら、「旧鶴川座」の存在です。

蓮馨寺山門から伸びる立門前通りにある古い芝居小屋は、現在は立入り禁止になっていますが、かつてはそう、歌舞伎も巡業していた場所でもあります。

明治時代に建てられた鶴川座は、幾多の時代の波に揉まれ、近年は廃墟同然となっていましたが、市民の手によって館内が綺麗に掃除され、映画の上映会も行われるまでになった。

いや、あの映画を上映するために綺麗にしたと言った方が正確かもしれない。

それが、2013年11月30日、12月1日旧鶴川座」で上映された「映画 中村勘三郎」です。

映画は、歌舞伎役者の中村勘三郎さんが亡くなるまでを追ったドキュメンタリーで

芝居小屋再興に尽力した勘三郎さんを称え、この映画を川越で、鶴川座で上演したいという市民が立ち上がって企画されたものでした。

鶴川座という場所でこの映画が上演されたという事実は、川越的に大きな意味を持ちます。

川越style

 

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(旧鶴川座で「映画 中村勘三郎」上映会 ここで演じてもらいたかった。。。

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11716658206.html

 

川越的ストーリーがたくさん内包しているこの日のライブ、

いよいよ開演すると、世話人の工藤さんの挨拶に続き、
日本文化研究家 萩本摂子先生の解説によって演奏作品の理解を深めます。

 

 

「野澤松也 創作浄瑠璃 弾き語り 小江戸川越“蓮馨寺”ライブ」

<演目>

①古典『本朝廿四孝〜奥庭狐火の段』
(ほんちょうにじゅうしこうおくにわきつねびのだん)   
②創作浄瑠璃『雛祭春乃夜夢如』
(ひなまつりはるのよゆめのごとし) ・浄瑠璃のお話
・三味線のお話

 

まずは、創作浄瑠璃『雛祭春乃夜夢如』

 

 

 

 

そして、演奏だけでなく三味線のお話しを交えて場内一体となる雰囲気を作っていきました。

 

 

 

二曲目の演奏は、古典『本朝廿四孝〜奥庭狐火の段』。

この選曲には、松也師匠のちょっとした粋な計らいが潜まれていました。

狐をモチーフにした曲は、蓮馨寺という場所を意識してのことでした。

蓮馨寺で狐と言えば・・・??

そうです、狐たちのお祭り、「狐宵祭(こよいさい)」がこの境内で12月に行われています。

蓮馨寺で演奏するなら狐が面白い、茶目っ気のあるチョイス、

それに河越藩の狐たちも引き寄せられて、陰で聞き入っているようでした。

 

 

 

(第三回「狐宵祭」蓮馨寺2016年12月11日関東狐の年越し準備大合わせ祭

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12229574845.html

 

古典『本朝廿四孝〜奥庭狐火の段』。

 

 

 

 


今回のライブは、松也師匠のライブに初めて来たという人も多く、また、浄瑠璃を初体験したという人も多かった。

終演後には三味線体験等してもらい、松也師匠との交流も楽しんでいました。

川越の街に響く三味線の音色、回を重ね、これからさらに広がっていくことでしょう。

 

各地で引っ張りだこの松也師匠の怒涛の関東ライブツアーは、川越の翌日からも続いていきました。

翌、3月18日には「野澤松也 創作浄瑠璃 弾き語りチャリティライブ in “バー&グリル銀座スイス築地店”」。飲食店までも会場にしてしまう柔軟性。
古典『曽根崎心中~天神森の段~』
創作浄瑠璃『雛祭春乃夜夢如』

このライブは切り絵の神様「百鬼丸」さんとのコラボレーションでした。

 

 

(野澤松也 創作浄瑠璃 弾き語りチャリティライブ in “バー&グリル銀座スイス築地店”)


さらに翌3月19日には、表参道Sansanにて「やってみよう!伝統芸能ワークショップ」開催。

新しく楽しい試みで「浄瑠璃」に迫っていこうとしました。
松也師匠の創作浄瑠璃ミニライブから始まり、演目は「天晴桃乃鬼退治」(あっぱれもものおにたいじ)。桃太郎の話しです。
参加者全員で「創作浄瑠璃 浦島太郎」を創り、浄瑠璃の世界に親しんでもらったのでした。

 

 


(やってみよう!伝統芸能ワークショップ)


3月20日には台東区にある蔵前4273で
「浄瑠璃にゅうもん!〜野澤松也・創作浄瑠璃弾き語りライブ〜」開催。

『浄瑠璃や歌舞伎への興味を深めよう
情景や人物描写、感情を「音楽」で表現する魅力に迫る60min。』
・花咲爺さん「白狗心繋花咲翁」
(しろいぬこころつながるはなさかおきな)
・ひな祭り「雛祭春乃夜夢如」
(ひなまつりはるのよめのごとし)

 


(浄瑠璃にゅうもん!〜野澤松也・創作浄瑠璃弾き語りライブ〜)

 

また来年・・・川越でのライブに乞うご期待!

 

「三味似粋人ジャパン  Shaminist Japan」

https://www.facebook.com/nozawamatsuya/?fref=ts

 

「日本の伝統文化は地球を救う!」

“ Shaminist Japan” , which slogan is Japanese traditional culture save the earth !!

 

 

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本川越駅から北へ直進、現在拡幅工事が行われている中央通りを進んで行く。

県道と交差する連雀町交差点まで来ると、町並みの雰囲気ががらりと変わることに誰もが気づく。古い建物が残され、昔にタイムスリップしたかのような感覚に。
そこが、川越の昭和の街。

「川越中央通り『昭和の街』を楽しく賑やかなまちにする会」が発足して今年で3年。
今、いろんなところで耳にするようになり、また、会が主催する催しに遊びに来たことがあるでしょう、昭和の街。確実に川越に浸透してきた取り組みです。

このお店を伝えることは、お店の枠に収まるものではなく、

「昭和の街」自体を伝えるものになるはずだった。
昭和の街に2014年2月にオープンしたのが、「大黒屋食堂」さんです。

蓮馨寺を越え、さらに進んだ左手に見えてきます。

 

 

街の定食屋さんという雰囲気を漂わせながら、素材の吟味は怠りなく、安心して食べられる。

お昼のメニューは、日替わりで様々な顔ぶれが登場。

また、魚の定食が大黒屋食堂のうりでもあり、

大き過ぎず小さ過ぎず、脂の乗りが良い中くらいの大きさを吟味し、旨味がたっぷり感じられる魚にこだわる。これも日替わりで内容が変わっていくので、今日はどんな魚だろう?メニューを見るまでのお楽しみ。

ある日の魚定食は・・・


 

とにかくご飯とお味噌汁が美味しいお店で、食べるといつもホッとするような気持ちになる。
ガス釜で炊かれたご飯はふっくらと美味しく、ご飯が美味しいと感じる感性の日本人でよかったと感じ、お味噌汁を一口すすって、はぁぁとホっとするような息を吐くと、さらに和食の深みにいざなわれていくよう。

魚の身を口に運べば、シンプルに調理された焼き魚の旨味に感動し、

付け合わせの野菜の漬物やお浸しにもまた、ご飯が進む。

そしてまた、お味噌汁のお椀を手に持ち・・・ご飯を箸ですくう、と

和食ならではの、和食だからこその楽しみは続いていきます。

お料理は素朴だけれど、身体の中にすっと入ってくるような自然さがあって、

肩肘張らず、安心して普通に食べられるということのありがたさがありました。

気取らずシンプルだから、「改めて感じる」、ということが多いお店。

改めて、ご飯ってこんなに美味しいものなんだ、

改めて、お味噌汁ってこんなに美味しいもの!?

え!あじの開きって、何この感動的な美味しさ。

一つ一つに、改めて感じる、がありました。
ご飯を中心にして、ご飯を美味しくいただくために周りのおかずが考えられていて、一汁三菜という日本が生んだ発明的食の黄金バランスがここにあります。
和食がユネスコ無形文化遺産に登録されましたが、それは決して格式や敷居の高いものではなく、こうした気軽に食べられる日本食こそ、世界に誇る日本の文化なのではないかと思います。

甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、このバランスが和食なのだなと感じ入りながら、また次の逸品に箸が進む。

 

別の日には、トマト煮込みを。

安定の美味しさ、こうした煮込み料理だってお手の物なのです。

一年中同じものがあるよりも、その時ある素材を使って調理するのもまた、和食らしい。

そう考えれば毎日日替わりのなんと楽しいことか。明日は何が出るのだろう。

そうそう、バランスというのは、味覚のことだけでなく、量のことにも触れないといけない。

それだって和食の心得のはず。

大黒屋食堂さんの食事の量は、がっつりとした山盛りの量ではありません。

提供者が、初めから廃棄を前提とした量を用意するのではなく、お客さんが食べきれるだろう量を考えて用意する。一粒残らず食べるという、日本人が昔から大切にしてきたもの、慎ましさがある。

大黒屋食堂さんは、埼玉県が推し進めている食品ロスや食品廃棄物を減らす

「彩の国エコぐるめ事業」

https://www.pref.saitama.lg.jp/a0507/eco-gourmet.html
の協力店に登録しています。

そうした話しを伺いながら、そうか、と気付いたのです。あの茶碗に盛られたご飯のことを。

全体の量のバランスが良いのは、あのご飯が要だったんです。

食べきれる量のご飯が盛られ、その分量に合わせて付け合わせの量も決められている。

中心のご飯から広がったバランスによって成り立っていた定食だったのです。

やっぱり、ご飯が扇の要なんだ。

大黒屋食堂の隣にあるのが、奥様の実家、大黒屋米穀店。

中央通りが開通した昭和8年からお米屋さんを営んでいます。大黒屋食堂のご飯は、お隣の大黒屋米穀店から。米屋の厳選したお米を使用しているのもうり。

そうそう、大黒屋米穀店では、昨年面白い試みとして、現代美術とのコラボレーションも行っていました。

昔ながらのお米屋さんと現代美術・・・斬新な組み合わせでした。

 

(「プレ・蔵と現代美術展2016」2016年11月13日(日)~23日(水・祝)

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12219553772.html

 

大黒屋食堂は、定食だけでなく、手作りスイーツや14時から登場する、生地から手作りのピザにも注目したい。

 

 

夜になれば、これまた日替わりで、その日だけのメニューが登場します。

今日はどんなメニューかな、それは行ってからのお楽しみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、大黒屋食堂さんがご飯屋さんという枠組みにとらわれていないことは、
お店で様々な雑貨販売や教室を開催していることでも伝わります。
ご飯屋さんでこれほど広い展開をしているお店も珍しい。。。

 

 


毎月、店内でニットカフェ「minamiwaニットカフェ」が行われているのはお馴染み。

 

 

 

minamiwaさんと言えば、ニットの祭典「KAWAGOE Knit Park」にも講師で来ていて、

今は川越では大黒屋食堂さんを拠点にしている。

 


(「KAWAGOE Knit Park」編み物フェスティバル2015年10月3日開催
http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12080529627.html


さらに、第一金曜日14時~17時は、占い師ゆきのいずみさんによる占い鑑定の日。

大黒屋食堂で飲食すると、オラクルカード・たとっろカードを10分1000円で鑑定してくれます。

 

そして、(意外な新事実かもしれませんが!)実は大黒屋食堂さんの二階の部屋も教室の会場に様変わりする日があって、陶芸教室、ヨガ教室などが行われいるんです。
階段から上がるとそこには、The昭和の畳の部屋、時間の流れ方がゆったりする和室で、陶芸教室が行われています。

 

 

 

 

 


岩澤さんの奥様は実は陶芸家という顔を持つ人であり、あの大黒屋食堂の食事を支えるのは、全て手作りからなる食器たちだという事実も忘れてはならないこと。

さらにお店には自身作の陶器コーナーもあって、気に入った焼き物を家に連れて帰ることもできる。

 

 

確かに、そういえば・・・と後になって気付くのは、

食べている最中ではなく、食べ終わった後のことかも。

空になった食器になって初めて、ああ、味のある食器だったのだな、とそこで分かる。

食べる前でも、食べている時でもなく、食べ終わった後に気づく良さというのが、なんとも良く、食器という存在の本質的な立ち位置を表しているよう。

決してそれ自体が目立つわけではありませんが、でも、

しっかりとお料理を受け止め、静かに支え、和食の美味しさに大きく寄与している食器たち。

きっと、何年、何十年経っても使い続けられるだろうし、そういう意図のもとに作られた食器だということに気付きたい。

 

 

 

 


また、別の日には二階ではヨガ教室も開催されています。

各教室の詳しい内容はお店にお問い合わせください。


しかし、いろんな展開を見せる大黒屋食堂は、どれもこれも緩やかに繋がっているような統一感があって、それが大黒屋食堂の良さ。

ご飯屋さんという枠に収まらないのは、きっと、二人の素顔が関係しているはず。

大黒屋食堂の岩澤夫妻のことを一言で紹介するなら・・・

「クリエーター夫妻」と言えばいいでしょうか。。。

それぞれが作家であり、独自の世界観を確固として持っている。そんな二人が一緒にお店を始めたなら、それは、普通のお店になるはずもなく。。。新しいスタイルのご飯屋さんがここにある。

その片鱗は、例えば、あの陶器コーナーからも察せられ、

また、お店に置いてある本棚を一目見れば、並んだタイトルに只者ならぬオーラを感じると思います。

 

このタイトルを選ぶというのは、相当な眼力の持主のはずだった。

大黒屋食堂の二人を掘り下げると・・・

奥様は生まれも育ちも大黒屋米穀店で、陶芸の道を志し、陶芸教室を主宰し、自身の作品作りも熱心に行っていた。

大黒屋食堂を開いてからも、教室の会場をこの二階に移して開催し続けています。

 

夫岩澤勝己さんは、実は、驚くかと思いますが・・・日本シナリオ作家協会会員の脚本家としても知られ、これまで手掛けた作品は、

脚本「新・極道(やくざ)渡世の素敵な面々2/きりとりブルース」1999年10月23日 / 映画
脚本「借王(シャッキング) ナニワ相場師伝説」1999年7月24日 / 映画
脚本「平成金融道 裁き人」1999年3月27日 / 映画
脚本「借王(シャッキング) THE MOVE/沖縄大作戦」1999年2月20日 / 映画
脚色「新・極道(やくざ)渡世の素敵な面々〜女になった覚えはねぇ!」1998年11月7日 / 映画
脚色「借王(シャッキング)3」1998年7月4日 / 映画
脚色「借王(シャッキング)4」1998年7月4日 / 映画
脚色「実録 新宿の顔2 新宿愚連隊物語」1997年3月15日 / 映画
脚色「実録 新宿の顔 新宿愚連隊物語 第1部」1997年3月15日 / 映画
脚色「Morocco 横浜愚連隊物語」1996年5月4日 / 映画
脚色「Morocco 横浜愚連隊物語2」1996年5月4日 / 映画
脚本「マネーギャング 極楽同盟」オリジナルビデオ
脚本「借王(シャッキング) 狙われた学園」オリジナルビデオ
などで知られる。今でも、週に一度シナリオの専門学校で教鞭を執っています。

お店では、映画をテーマにしたイベント、「映画夜話in大黒屋食堂」を開催していて、
お料理やお酒を楽しみながら、映画のお話をしましょう、というイベント。
第一夜は2016年7月23日19時~(お料理とワンドリンク付き)
話しのお相手は岩澤さん、取り上げた作品は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。
11月20(日)に開催された「映画夜話in大黒屋食堂」第二夜、テーマ作品は「シン・ゴジラ」でした。

(2016年9月、「昭和の街の感謝祭」より)

岩澤さんはもともと、大学時代に自主映画を制作していたことから、将来は映画監督になりたいと夢見ていた。大学卒業後、書き溜めたシナリオを持ってビデオ制作会社に就職。

会社としては企業向けのビデオを多数作り、順風満帆な生活を送っていましたが、それでも、胸の内では「映画を作りたい」という思いがふつふつと沸き上がっていた。

退職後、シナリオライターとして独立。日本シナリオ作家協会会員となり、知り合いの縁から、映画・ドラマ・オリジナルビデオのシナリオに携わるようになっていきました。


しかし、不思議に思うのが、シナリオライターから一転しての、大黒屋食堂開店。

一体なぜ・・・??

奥様の実家が米屋という繋がり、現大黒屋食堂の場所が空いていたという事情、いろんな要素がありましたが、一番大きかったのが、お店の前、中央通りの道路問題で会議に参加していたこと。いつの間にか自分が主導するような立場になっていたことから、

「この場所でお店を開けば地域の問題にも取り組める」

大黒屋食堂をオープンさせたのでした。


大黒屋食堂さんがある昭和の街は、2014年6月に「川越中央通り『昭和の街』を楽しく賑やかなまちにする会」を発足させ、以上の経緯から岩澤さんが初代会長に就き、様々なまちづくりの取り組みをしてきました。

大黒屋食堂が2014年2月オープン、

昭和の街の会が2014年6月発足、歩を合わせるように同じ時期に誕生し、両者は切ってもきてない関係にあります。

岩澤さんは、ずっとエンターテインメントの世界で生きてきた人なので、楽しいことをしようという熱意、行動力が飛び抜けている。

会として、定期的にイベントを開催しようと始めたのが、毎月8日の「呑マルシェ」で、

確かにあのイベントは、昭和の店々の軒先に雑貨・ワークショップなどが出展した光景は、画期的でした。これからの川越は昭和だ、昭和の街にスポットライトが当てられる時が来たことを喜び、期待が膨らんでいった時期でした。

その後、呑マルシェはなくなり、毎月18日の「ごえんの日」へ受け継がれていきましたが、

呑マルシェの功績というのは大きかったことは忘れないでおきたいこと。

2014年6月8日、記念すべき第一回呑マルシェの時の様子をあえて載せておきます。

 

 

 

 

(「川越昭和の街 呑マルシェ」川越の昭和で毎月8日にマルシェ開催

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11876626727.html

こうして振り返って思い出しましたが、第一回の時は、大黒屋食堂さんで音楽LIVEも開催されていたのでした。この時に現場を駆け回っていた会の会長である岩澤さんと初対面し、

昭和の街を盛り上がていきたいと語るその熱意に、圧倒されたのを昨日の事のように憶えています。

この前話した時も、そういえば一回目の呑マルシェの時に話したねとお互い振り返っていました。

以来、呑マルシェは毎月開催を続けていった。
昭和の街がここまで広まったのは、その積極的な発信の姿勢だったのだと思う。
川越で既に定着している毎月18日は、「川越きものの日」。それに合わせて昭和の街は毎月18日は「ごえんの日」と定め、昭和の街のお店で食事・買い物をしてくれた人に五円玉の「福銭」とプレゼントしています(先着順)。もちろん、大黒屋食堂さんはごえんの日参加店なので、18日に食事をすると福銭がもらえます。

 


(「ごえんの日」毎月18日は川越昭和の街 ごえんの日 福銭サービス

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12239801771.html


また、一年に一度、「川越中央通り『昭和の街』を楽しく賑やかなまちにする会」の主催による、昭和の街で盛大に行われる一大イベントと言えば、「昭和の街の感謝祭」。

もちろんこのイベントも、岩澤さんは会長として中心的に動いています。
今の時代のお洒落な雰囲気のイベントにあえて背を向け、昭和というテーマをもとにしたイベントは、会場には赤提灯が下がり、ビールにおつまみ、蓮馨寺境内は巨大野外ビアホールと化していました。Tha昭和!!

 

 

(第三回「昭和の街の感謝祭」蓮馨寺と周辺商店街 2016年9月10日

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12199339321.html

 

昭和の街の取り組みは各方面から熱い視線が注がれるようになり、

まちづくりの事例として岩澤さんはシンポジウムなどに呼ばれて話す機会もあります。

 

 

「小江戸川越初雁フェスin HATSUKARI STADIUM」9月22日川越青年会議所

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12204021257.html

その時の様子から一部抜粋。『ちょっ蔵お出かけ!まちかど情報局』でお馴染み、みかねぇとのやり取りです。

岩澤「江戸、明治時代を感じさせる一番街と、大正浪漫夢通りの大正時代。

うちの街の昭和の街は、親しみある街として広まっていって欲しいと思います」。
みかねぇ「昭和の街は観光地としてはこれから発展していく場所ですよね。

この前番組で取材させてもらった時に、若い力がどんどん出てきていますね」。

岩澤「ええ、そうなんです。若い人がお店をどんどん開いていて、カッコイイお店も多いんです。オンボロな街だけどいいお店は多いんですよ(笑)」。


大黒屋食堂さんは、蓮馨寺で川越Farmer’s Marketを開催する時には毎回、川越産お野菜を使ったスペシャル野菜定食を提供してくれていて、きっと今年も用意してくれるでしょう。
蓮馨寺境内のフード部門が完売しても、こうして周辺のコラボ店でスペシャルが食べられるので、今年は積極的に紹介していきたいと思います。
さらに、夏のファーマーズでは、昭和の街を巻き込んだある企画が水面下で持ち上がっていて、
あれは実現したらとてもわくわくするものになるでしょうね。
 

3年になる昭和の街の取り組みと岩澤さんの動きを振り返って、

また大黒屋食堂に帰ってくれば、あの温かいご飯が待っていてくれる。

 

川越中央通り「昭和の街」を楽しく賑やかなまちにする会は3年、

大黒屋食堂も3年、街を変えてきたこの3年。

この先、一体どんな展開が見られるのか。

岩澤さんの胸の内には、昭和の街でお店を開きたいという人を支援していく体制作りなど、

様々なアイディアが去来している。一つずつ確実に。

 

さあ、次の3年もまた、昭和の街は動いていくことでしょう。
 

「大黒屋食堂」

川越市仲町5-2(西武新宿線本川越駅 徒歩10分)
11:00~21:00
定休日水曜日
049-227-3290

 

ふっと、次はなににしようと迷いながら、

野菜の漬物に箸を伸ばす。

じわっと広がる味を噛みしめ、

また、ご飯が進む。

 

食べ終わると現れる、素朴な小皿。

やっと出会えた優しい小皿。

うん、ここまで味わって、大黒屋食堂の食事なのだと感じ入る。

全て食べ終えて静かに箸を置く、それは感謝なのか祈りなのか、

静かな感情が湧き上がって、

自然と言葉を発している。

 

ご馳走様でした。

 

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この日だけ、店々の店先に下げられる五円玉、いや、ご縁玉。
それを目印に、街歩きを楽しむ人たち。
ご縁をキーワードに、昭和の街が新たな試みを始めています。

 

 


毎月18日は、川越昭和の街「ごえんの日」。
川越の中で特別な日として定着してきました。
昭和の街は、本川越駅から北へ真っ直ぐ進んだところ、
連雀町交差点から仲町交差点までの中央通りを昭和の街として地域を挙げてまちづくりをしています。
昭和の街では毎月18日をごえんの日と定め、
この日に昭和の街のごえんの日参加店で食事や買い物をすると、「福銭」がもらえるという取り組みをしています。昨年から始まったもの。
(福銭は毎月数に限りがあり、先着順、なくなり次第終了となります)

昭和の街のイベントと言えば、毎月8日に行われる蓮馨寺の呑龍デーに合わせて、
8日に呑マルシェを以前開催していましたが、現在はこれをやめ、
毎月のイベントを18日に、名前をごえんの日として開催しています。
ちなみに、昭和の街のイベントとしては、年に一度の集大成、毎年秋の「昭和の街の感謝祭」があり、

 

(第三回「昭和の街の感謝祭」蓮馨寺と周辺商店街 2016年9月10日

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12199339321.html
そして毎月の行事として、ごえんの日がある。という形になります。
18日は、川越の人なら、また、着物が好きな人ならすぐにピンとくるであろう「川越きものの日」と同日であり、
着物との相乗効果も今後発揮されていきそう。
きものの日とごえんの日、
2016年12月18日には、川越きものの日5周年イベントである「」とコラボして開催し、
きものの日とごえんの日双方が組み合わさって盛大に盛り上がりました。

 

 


(第1回「小江戸川越をきもので楽しむ日」2016年12月18日川越きものの日5周年記念イベント
http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12230547477.html
街にはレンタル着物店も増え、普段着でふらりと川越に来て着物姿に変身して散策する、
川越を着物姿で歩くというのは日常風景と言っていいほどになっています。
今後の18日も、例えば、着物姿で川越の街を歩き、きものの日協賛店で特典を受けながら、
さらに昭和の街のごえんの日参加店で福銭をもらうこともできる。ダブルでお得になるのです。

(きものの日協賛店の目印)
ごえんの日参加店の方は、着物姿に関係なく福銭がもらえます。

ご利益ある福銭をもらいたい、
ごえんの日参加店は、昭和の街の通りを歩いていればすぐに分かります。
18日には参加店の店先に、ごえんの日の福銭オブジェが下げられて目印になっています。
蓮馨寺にお参りして待ち歩きをスタートすると、山門向かいのお店、「レレレノレコード」さんの福銭目印を発見。

 

 

 


さらに、立門前通りに、ごえんの日の目印が下がっていることにすぐに気付く。
和菓子店「彩乃菓」さんです。ここで和菓子を買ったり、二階のカフェを利用すると福銭がプレゼント。

 

 


「福銭をどうぞ」
手渡された福銭は、いかにもご利益がありそう。
蓮馨寺の中央通りを北に進んで行くと、あ、ここに!こっちにも!といくつかのお店に福銭オブジェを見つけることができる。
可愛らしいオブジェが下がっている光景自体が可愛らしく、それを写真に撮る人の姿もよく見られる。
お店でもらった福銭は、縁や福を呼び込む御守りとして大切にとっておきたい。
そう、お守りとして。

さらに中央通りを進んでいくと、「福々スタンド」で福銭を発見。(!)

 

 


五円玉福銭というのは、単にお店にある五円玉を渡しているのではなく、
(おそらくそう思っている人も多いと思いますが。自分もそうだった)
そこにはまず地域ならではのストーリーがあり、そこから生まれたものであり、
街の歴史から生まれた、この地域でしか出来ないものでもある。
さらに商店街が手間を注いで行っているもので、いろんなストーリーが籠もっている福銭なのでした。
連雀町にある熊野神社は、毎日多くの人が参拝に訪れる由緒ある神社で、新年の初詣も多くの参拝者で賑わいました。
境内入り口の足踏み健康ロードはすでにお馴染みで、練雀町道灌の山車が展示されている神社でもあります。
そして、銭洗弁財天を目当てに来る人も多く、水でお金を清める光景もまた定番。




銭洗弁財天の参詣の仕方は、

まず、左の社、厳島神社(弁財天)にお詣りしてから、ザルに金銭を入れ、

竹のスノコの上に乗せ杓子で御神水をすくいかけるか、そのままザルを宝池に入れるかして、洗い清めます。

 

 

 

昭和の街では、ここで五円玉を清め、ご縁に恵まれますようにと紐で結び、福銭として18日に店々で配布しているんです。


五円玉は、商売人が店々で商売に使っている五円玉でという、そんなストーリーもまたいい。

 

 

 

(トシノコーヒーさんにて)

 

18日のごえんの日ではまた、福銭サービスと合わせて、蓮馨寺境内で「手づくり市」が開催されています。
呑マルシェの時から、ハンドメイド作品の出展はあり、形を変えて継続されています。
講堂前には出展がずらり。

 


毎月のごえんの日手づくり市は、きものの日5周年イベントのような周年イベントならではの規模感はありませんが、
作家さんによるハンドメイド作品の出展があり、その時にしか出会えないものが並んでいる。
着物姿で訪れる光景もよく見られます。

出展者の顔ぶれはその月により変わり、

今回は、ウニクス川越のにぎわいマルシェでお馴染みのW+chuckleさんが初出展していました。

 

 

 

 

 

 


ちなみに、蓮馨寺講堂室内では、きものの日に一環として、
無料着付けや着崩れ直しが受けられます。
他にも、川越唐桟の展示や無料休憩所などもあるので、きものの日には立ち寄りたい場所。

今月のきものの日は各種サービスはお休みでしたが、
代わりに開催されたのが、

川越きものの日実行委員会による「着物で初詣バスツアー」が開催されていました。

「きもので初詣」2017年1月18日(水)日帰り
○集合場所/時間: 蓮馨寺 10:00(集合)
○定員: 先着45名様
○参加料:お一人様¥2,500- (ランチ代・税 込)
※お土産に、紅赤茶(定価650円)を差し上げます。
○交通機関: 貸切バス
蓮馨寺・・・喜多院・・・川越氷川神社・・・小江戸蔵里 八州亭(ランチ)  解散 
※・・・バス移動
※喜多院・川越氷川神社では、集合写真撮影後自由行動
このような情報は、小江戸川越観光協会の川越きものの日のページにアップされるので、
ぜひチェックしてみてください。
「川越きものの日」

http://www.koedo.or.jp/%E5%B7%9D%E8%B6%8A%E3%81%8D%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E6%97%A5/

着物姿の参加者たちはバスで川越の名所を巡るツアーで、蓮馨寺に集合し、
喜多院、川越氷川神社、そして小江戸蔵里の八州亭でランチをするという内容。
川越で着物に関係する人のみならず、
川越以外、長崎、横浜、都内、所沢、東松山、蕨などからの参加者もいて、
着物で繋がったいろんな人が参加していました。
ツアーの冒頭では川合川越市長も参加者の見送りに来て、川越の着物文化をプッシュ。

 

 

ツアーから帰ってきた着物姿の人たちは、昭和の街で食事や買い物を楽しみ、福銭をお土産として大切にしまっていたのでした。
着物姿の人にも福銭サービスは好評で、きものの日と同日に合わせた効果は今後だらに大きくなっていくはず。

ちなみに、「きもので初詣」に参加していた人の中には、

2017年1月8日の小江戸川越七福神めぐりに参加している人もいて、

着物を着る人はとてもアクティブ、というか、着物を着るといろんな場に出かけたくなるのかも。

 

 

(「小江戸川越七福神めぐり」2017年1月8日川越の街にきもの姿を増やす会

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12237632059.html
きものの日とごえんの日、18日同日になったことでこのような相乗効果が生まれるようになりました。

昭和の街、この一帯は、本川越駅周辺と一番街のちょうど間に挟まれた地域で、
いい意味で再開発されずに昔のままのお店が残り続け、個人店だけが軒を連ねているという奇跡的な地域。
蓮馨寺を南北に中央通りが開通したのが昭和初期、その時に通り沿いに商店が立ち並んで商店街を形成し、
昭和の高度経済成長を迎えた時には、大変な賑わいで川越の中心地となっていた。
時代が移り変わり、商業の中心は川越駅・本川越駅へ、観光の中心は一番街へ、
周囲の状況が目まぐるしく変化していく中でも中央通りは変わらずに営々と在り、
気付けば、昭和の街は、
長い長い時間に醸成されて、独特の雰囲気をまとう地域へと新たな変貌を遂げていました。

建物の築年数で言うと、80年以上経っているものがたくさんある。

生活が商店街で完結し、生活の全てが揃う通りで、「商店街」の本来の姿が残ります。

単に建物が残っているだけでなく、創業当時のまま営業を続けている貴重さ。
 

平成時代もだいぶ時間が過ぎて、昭和の影が遠く薄くなってきた頃に、
もしかしたら、中央通りの雰囲気は人を呼ぶ資源になるのでは・・・
そんな意識が商店街を中心に生まれ、商店主が中心となって、

『中央通り「昭和の街」を楽しく賑やかなまちにする会』を発足させた。

再び賑わいのある通りにするため、

通りに人を呼ぶためにはどうすればいいのか、何度も話し合いを重ね、

達した結論は、ここに新たに何かを作るというのではなく、

すでにある町並みやお店という遺産を見直して、

どう生かしていくか、どう見せればいいのか、ということ。

このままの状態をこのまま見せる。

会では、古くからあるお店、建物が立ち並ぶ中央通りを「昭和の街」と命名し、

8日の境内の呑龍デーに合わせて、昭和の街で呑マルシェを開催始めたのが、2014年6月8日でした。

そして、蓮馨寺で年に一度「昭和の街の感謝祭」を始めて、大きく発信してきたこれまで。

地域には新しいお店も増えて、かつての活気を取り戻しながら、

新しい雰囲気の街に発展していきそうな昭和の街。

 

また昭和の街を歩いていると、福銭オブジェが目に入ってきます。
そろそろお昼御飯にしようか、せっかくだから福銭のお店で、
福銭オブジェに誘われるように扉を開いたのが、大黒屋食堂さん。

 

 



 

 

 

18日は昭和の街のごえんの日として、これからも続いていきます。
2017年2月と3月の18日は、なんと両月とも土曜日となっているので、さらに多くの人で賑わいそうです。

 

8の日は他の川越の行事と重なっていて、改めて整理すると、
・毎月8日、18日、28日→川越きものの日
・毎月8日→蓮馨寺の呑龍デー
・毎月18日→昭和の街ごえんの日
・毎月28日→成田山川越別院の蚤の市

 

今年はどう発展していくのか、ごえんの日をお楽しみに。

 

 

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「今年は12月11日に開催されるんだって」「12月11日ね。チェックしておこう。絶対行くよ!」
今年は開催されるのか、いつ開催されるのか、その時が来るのを今か今かと待ち構えていた狐達は、
日程が発表された直後から話は持ち切りとなり、各地の狐達から参加表明が相次いでいた。
今年も大きなうねりが生まれ、各地の狐達がここに集結しようとしていた、河越に。

こっそりと境内に足を踏み入れると、すでに多くの狐達が集まって歓談していた。
どの狐も長旅の疲れも見せず、邂逅を楽しんでいるようだった。
今年もまた、狐達のお祭りが始まろうとしていた。。。





2016年12月11日(日)連雀町にある蓮馨寺で行われたのが、第三回「狐宵祭(こよいさい)」。


今年もお寺の境内全部を使って、狐一色のお祭りが開催された。
主催はお馴染み、河越に棲息する狐達による河越藩狐衆。
回を重ねるごとに広がりを見せ、大きくなってきた狐のお祭り。時が経つのは早いもので、
今年で三回目となりました。
昨年のあの様子を覚えている人もいるでしょうか。
狐達の圧倒するようなパワーを感じたはずですが、
境内には、人人人・・・ではなく、全国津々浦々からやって来た(本当に!)狐狐狐が境内に溢れ、一日限りの交流を楽しんでいた。
昨年から会場を蓮馨寺としている狐宵祭は、狐による狐のためのお祭りで、
狐達が楽しめるものが境内一杯に広がっていた。
お祭りと言うと、人間ならば屋台に音楽にと種々の催しを想像するでしょうが、
狐達にとってもお祭りの楽しみは同じこと。
境内にはおめかしするための雑貨屋台が出て、美味しい食に、パフォーマンスなどを楽しみに、狐達はここで一日を過ごすのだ。
人間達のお祭り会場では、一つの場に一日居るなんて現実的でないかもしれないが、
朝集まって来た狐達の多くが、夕方お祭りの最後まで居て、人間的感覚ではあり得ないことに驚きつつ、そこは人智を超えた狐ワールドなのだ。
根底にあるのは、狐達にとっては狐宵祭は特別なお祭りで、格別な思いを抱いて来ているというのがある。
師走は人間界は年末年始の準備に何かと忙しくなる時季ですが、これもまた狐にとっても同じこと。
このお祭りで販売される狐雑貨を手に入れ、さらにおめかしをして、狐界も準備にてんやわんやと忙しくなる年末年始を無事に迎えたいと集まっている。
狐自体は今各地でその数を増やしてはいますが、というか、もともとたくさんの狐が棲息していますが、表に出てくるようになった狐は近年急激にその数を増やしている。
人懐こく、社交的である狐は、人に限らずいろんな生物を交流するのも大好き。
ゆえに狐のイベントには各地からたくさんの狐が毎回やって来る現象が起こっていますが、
ただ、狐のためのイベントはまだ数は少なく、関東でも数えるほど。
という事情から、河越がある意味聖地化して、これだけの狐が集まっているのだ。
関東でも数が少ない狐のイベントが、
なぜ、これほどまでに河越で根付き、盛り上がっているのか?
河越はもともと稲荷神社が数多くある街であり、
人の目に触れていないだけで、昔から狐は人間の生活に密接に関わって暮らしてきた。
近年になって河越の狐達によって「河越藩狐衆」が結成され、
狐による狐のためのお祭りとして盛大に開催されたのが、狐宵祭。第一回は2014の事でした。
あれ以来河越藩狐衆の動向をこっそりとウォッチし続けてきましたが、
彼ら(という言い方も狐に当てはまるのか?)の活動は日を追うごとにめざましく広がり、
年に一度の狐宵祭の他に、月に一度の小さな狐の祭り「狐宵の市(こよいのいち)」もすぐに始め、今に続いている。
これだけの話しでも、狐がいかに今大きなうねりとなっているのがお分かりいただけるはず。
2016年6月の狐宵の市一周年記念の開催の時には、狐に化けて元町二丁目の六塚会館に潜入しましたが、
とんでもない狐の数と熱気が会場を包んでいて、圧倒されたのを憶えています。
今、狐はここまでになっているのか。。。。

いや、狐の世界を奇異なものとして際立たせたいのではなく、狐も、人間と同じように暮らしていることを伝えたい。
人も狐もあるいは異界の者も、みな共存しているのがこの世。
考えてみれば、河越という街自体、歴史ある街で、いろんな者が棲んでいる街であるのは、皆さん日々感じていることでしょう。
異文化の交差点、異文化交流の街でもあることはご存知の通りです。
ここが面白いところで、河越の懐の深さでもある。歴史ある街なので保守的一辺倒なのかというとそうでもなく、
河越では国際交流イベントも頻繁に行われていて、
そう、この蓮馨寺では2016年11月には、「川越唐人揃い」、「かわごえ国際交流フェスタ」という河越を代表する国際交流イベントが開催されたばかり。
あの日も世界各国色の民族衣装を着た人たちがこの場に集まり、お互いの文化を知り、異文化交流を楽しんでいた。
人間達のあの色鮮やかな民族衣装に比べたら、狐の衣装なんてむしろおとなしいもので、
和がベースになった和テイストなので、街の雰囲気にもしっくり。

川越唐人揃いにしても狐宵祭にしても、
国際交流の舞台となる蓮馨寺、この場所を会場にできるという川越的意味の大きさ。(!)
蓮馨寺という、河越の中でも歴史と由緒あるお寺が、異文化交流のために、狐のために境内を一日貸している、
そこには住職の理解と応援があるし、人と狐などが境界線なく仲良く共存してこそ河越なのだという信念も含まれているようだった。
河越藩狐衆達も、「狐宵祭の雰囲気にぴったりな場所が蓮馨寺」と話し、この場所は譲れない。
お寺という落ち着いた雰囲気に浸り、集まれる喜び、「この場所だからより狐宵祭は楽しいの」と集まった狐達は口々に話していました。

狐達の集結に続き、バロックダンスにスチームパンクと、異界の人達の到着で境内は賑わいを増していく。
さらには・・・河越でお馴染みのキャラクター、ミケさんも駆けつけていた。
そう、2016年11月の二日間、「小江戸蔵里キャラクター祭り」を主催したミケさんです。
この日は・・・中市本店さんを抜け出してこっそり遊びに?いや、見回り役?なのか、
面を被って見事に狐に化け、雰囲気に染まりながらスムーズな運営を見守っていた。もう、人間以外はいるんじゃないかという大集合。
狐に化けている人間も含めれば、ありとあらゆる生物がここに集まっているようだった。
ミケさんがなぜこの場に?という疑問符は、川越を知る人にとってはすぐに合点がいくことかもしれない。
答えは、あの小江戸キャラクター祭りにあります。
キャラクター祭りで司会進行を務めていたのが、河越藩狐衆の紅狐さんだったことは記憶に新しい。
二人、、、いや、ミケさんと紅狐さんの二者は河越に棲む者同士昔からの知り合いで、
ミケさんがキャラクター祭りの司会を信頼する紅狐さんに頼んだことからのあの光景で、
そのお返しとばかりに、今度はミケさんが狐宵祭に協力していたのだった。河越の猫と狐の友情物語。
人間と猫、人間と狐、のみならず、
猫と狐も実は共存していることにも、河越の生物多様性を見るよう。
さらに境内には・・・キャラクター祭りお馴染みの「小江戸バットマン」も
「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!狐のお祭りを楽しみに来たぜ」と颯爽と参上し、交流は深まっていくのだ。


朝から集まり始めた狐達は、時間が経つごとに数を増やし、お昼頃には境内一杯に溢れた。





確かに狐達は街にたくさん居て、それらが一堂に会したらこうなったというだけで、常に共に暮らしていることをその光景は思い出させてくれる。
右を見ても狐、左を見ても狐、そして・・・前を見ればバロックの衣装、後ろを振り返ればスチームバンク、
この時空の混在さ、ここは平成時代か?今自分が何時代にいるのか分からなくなるような錯覚に陥る。
こんなことが年の瀬の川越で起こるなんて。。。なんていう異文化交流、もっと言えば異時空交流。
広場にもいわゆる「人」達は居ることは居るけれど、
みな異世界に迷い込んだことに足がすくみ、眼前に広がる光景に面食らっているようで、
ただただ遠くから見守るか、そっと参拝を済ませてお寺を後にしていくか、二つに分かれた。
それでも。好奇心というのは何者をも動かす。
中には興味を惹かれて狐に近づき、話し掛けたりする観光客らしき人もいて、いつの間にか交流が生まれているのだ。
それに留まらず、狐に手を引かれて違和感なく輪に溶け込んでいる人間もいて、なんという異文化交流でしょう。(!)
「川越は狐がたくさんいるんだね」と納得していたようだった。
そうなのだ、狐や異界の者達が集っている場は、みな交流するために集まっているもので、
人も狐も異界も関係ない、入ってしまえば意外にも、なんだかんだで一緒だねと打ち解けてしまうものなのだ。
そして気付くはず、存在に当初は気圧されるが、
しばらく見ていると・・・境内に居る者達みな、とてつもなくお洒落だということに。。。
なんなのだ、このハイレベルなお洒落センス。みな只者ではないことが伝わってくる。
狐の普段の格好は確認したことないが、イベントで見る狐達のファッションはいつも高度に洗練されていて、
人前に出るということに、あ、いや、狐前で出ることに、人間達より鋭く気を遣っているのが伝わってくる。
人間達の暮らしを見て、「あんな風に着物を着てみたい」、「あのファッション素敵だな」と日ごろから抱いていた思いを、
自分達のお祭りではここぞとばかりに思う存分発揮していた。その意気込みを想像したら、やはり、人間以上の熱量があるのは当然かも。
狐達は、着物、、、ではあるが創作的であり、アレンジした和服と言った方がいいかもしれない。
和を基にして、いろんな要素を大胆に採り入れ、自分だけのスタイルを作り上げていく、
その若いセンスが、和服の固定概念を軽々と飛び超えていく。和服もここまで自由になれるのだ。
見ていると、広場のあちこちで交流と共に写真撮影会が展開される。
それぞれがこの日のために用意した一張羅を着込み、これでもかとおめかしして、遠路はるばる河越までやって来た。
自分が一番おしゃれだろうと誇り、周りのファッションに刺激を受け、お互いに交流する。
来場者同士の交流が活発で、実はこれが今年の狐宵祭の特色でもあった。




その趣旨を河越藩狐衆の紅狐さんはこう説明していました。
「今年の狐宵祭は、狐だけでなくいろんな者たちが蓮馨寺にやって来ているの」。
狐だけでなく?
「そう、時空が捻じ曲がり、異界の扉が開いた結果、いろんな生き物たちが入り乱れて集まってきた。長年河越に居るけれどこんなこと初めてだわ。」
驚きを隠さない表情で紅狐さんは話していた。
ここに集まる者みんなのファッションを見て欲しい、広場全部ファッションショーと話す。そして紅狐さんも多くの狐達に記念写真を頼まれていたのだった。
狐だけのお祭りから、異文化交流へと発展を見せる狐宵祭。
各地からの狐の到着がひと段落した、時刻は12時、
河越藩狐衆が広場に整列し、開会の儀式が始まる。


出店者、出演者の紹介のあとに、黒狐さんが始まりの挨拶をして、狐達による狐達のお祭り、狐宵祭がいよいよスタートしたのだった。

狐宵祭の会場では、狐達が喜ぶ催しがたくさん。
狐達のお目当ての物販は、毎回人気の「狐面堂」さんや「だいきょ屋」さん、「リサイクルきもの 福服」さんが出店。
やはりこの日もこれを目当てに来た狐も多く、特にだいきょ屋さんの狐面を購入したいと、朝から長蛇の列が出来ていた。
特に朝早くから集結していた狐は、このだいきょ屋さんの狐面の抽選に並ぶためでもあったのだ。今回も凄い人気ぶり。。。
さらに講堂室内では、多数の人気作家さんの出店がずらりと並び、
狐達はあれもいいなこれもいいなと見て回っていた。
広場の一角には、お祭りには欠かせない即席茶屋が出現。
境内には普段から松山団子さんや太麺焼きそばのまことやさんもあるが、この日だけの出現となったのが、おとまち小江戸&ROTOM屋台。
おとまち小江戸秋まつりに河越藩狐衆の紅狐さん達が登場していた縁もありますが、
どうして人間体がここに見事に潜入できたのか?と訊ねると、
「紅狐さんの妖力で狐に化けられました。今日は狐さん達に喜んでもらおうとスペシャルメニューを作ってきましたよ!」と力強く語っていた。
狐達の好物だろうと、スープにお肉にドリンクに各種取り揃え、香ばしい香りを境内に漂わせる。
美味しいものに目がない狐達、
さらに長旅の疲れでお腹ぺこぺこになっていた狐達は、まずは腹ごしらえとばかりに行列を作っていました。
団子や焼きそばも狐には好評で、「おお、これが河越の味か!」、「これが河越のB級グルメか!」、「このスープ美味しい!」と土地の味を味わっていました。
人間同様、狐も団子や焼きそばが大好き、人の生活のすぐ隣で暮らしているが故に、人と同じ味覚を有するようになったのは必然かもしれない。
列が列を呼び、おとまち小江戸&ROTOM屋台は見事に完売御礼。
他にも河越の街にはどんな美味しいものがあるのだろう、と蓮馨寺から外へ繰り出して行く狐の姿も数多く見られた。

また、飲食屋台の横に目を向ければ、「狐癒処」という提灯が風に揺れている。
ここにも・・・昨年同様、人の目には見えないけれど、狐達が楽しみにしている屋台が出現。
特別に紅狐さんの妖力を借りて、狐の目にしか見えないものを見ることができた屋台は、
全国各地から来た狐達がその長旅の疲れを癒すためのお休み処として昨年に引き続き今年も出現していた。人間界的言葉でいうところの、マッサージです。
この狐癒処、、、ここだけの話しなのだが、実は知る人ぞ知る、
河越の仙波町にあるタイ古式マッサージ「トゥクトゥク」の皆さんが狐に変身して出展しているものだったのだ。
昨年もこっそりこの場所に出店していましたが、今年も見事に誰の目にも狐と成り変わり、次から次へと狐の身体の疲れを癒していたのだった。
もちろん普段は人間を相手にしているトゥクトゥクさん、狐相手の難しさもあるようだったが、
「この日のために狐マッサージを皆で研修しました!」と強い意気込みで臨んでいた。
運営を司る河越藩狐衆の面々も合間を見て狐癒処を利用し、「やっぱり疲れを癒すにはトゥクトゥクさんのマッサージが一番だよ」とご満悦でした。

境内に広がる、買い物や食に癒しに、そして他の狐達などとの交流を楽しむ光景、
普段は人目を憚って生きる狐達が、ここぞとばかりにお祭りを謳歌しているようだった。
以前と比べたら狐達は街に出るようになってきたが、こうも堂々と姿を晒し、楽しんでいる光景というのは本当に見れない貴重なこと。。。
そんなお祭りがここ河越で行われているという事実。
楽しそうな光景に、寒さを吹き飛ばすように、広場の気温はぐんぐん上がっていくようだった。
時間差で続々と河越に到着する者達で、いつしか広場は立錐の余地もないほどの賑わいに。
紅狐さんも「こんなにたくさんの狐や異界の人達に来てもらえるなんて。。。」と感慨深げに全体を見渡していました。
広場のあちこちでは、久しぶりの再会に歓喜する声、お互いの近況を話し合い、気になるファッションの狐などがいれば思い切って話し掛け交流が生まれる、
様々な人間模様・・・ではなく、狐模様が展開していて、河越藩狐衆達が願ったような光景その通りのものが広がっていた。
そうなのだ、もちろん、狐達が心置きなく交流できるよう、迎え入れる河越藩狐衆のおもてなしがあったことをここに記しておきたい。
お祭りとは常に、集まるだけでなく、集まった者を細心の心遣いでもてなす側がいてこそ成り立つのだ。

12時半、広場中央に空いた空間を取り囲むように狐達が集まり始めていた。
今か今かと待っているようだった。
境内を冷たい風が吹き抜ける。今年も狐達に楽しんでもらう催しとして彼らがやって来た。天心流兵法だ。
今回は第一部、第二部と二つの演武を披露し、最初の回は人型で行う。
人場は物音一つしない静寂に包まれ、固唾を呑んで狐達が見守る中、ゆっくりと天心流兵法の面々が姿を現した。
天心流兵法は流祖より武士の剣として、伝えられました。
江戸武士のしきたりより工夫され、立っては二本差での稽古を常とし、屋内では太刀を置き、小刀のみ帯びての刀法
また胡坐の技法や甲冑を着用しての介者剣術、外物として素槍、十文字槍、薙刀、鎖鎌、柔など豊富な技法を伝承する武術です。
一つ一つ迫真の演武を披露、広場中の者達がその世界観に一気に引き込まれていく。


















さらに続いて13時からの催しは、狐宵祭初めての試み。まずはバロックダンス。
河越藩狐衆の黒狐氏と親交のある、ベルサイユ狐王の使いとして、今回初の参加。
ベルサイユに宮殿が出来る前よりかの地に棲んでいた狐達が、宮殿での日々を除き見て、真似し始めたのを発端に、
ベルサイユの狐達はみんなバロックダンスが大好き。
ちなみに、日本でも小田急沿線の離宮にて大使館直営のバロックダンス教室があるので、
興味ある人は参加してみてはいかがだろうか。
生エレキヴァイオリン演奏に合わせて、華麗に舞う。






自分達のダンスを魅せた後は、「ぜひ一緒に踊りましょう♪」と周りに呼びかける。
思ってもみなかった展開に、狐達は一瞬たじろいでいたが、すぐに、「はい!」と手が上がってバロックダンスの輪の中に入っていった。
こうした場面では人間だと恥ずかしがってしまうものですが、
せっかくのお祭りなんだから楽しんでこそ、という狐達のこの積極性。
みなバロックダンスは初めての体験だったでしょう。
そのステップに「難しい。。。!」と弱音を吐きつつも、
しかし、教えてもらうことを必死に覚え、一緒に踊ろうと奮闘する狐達。
ただ、さすがの運動神経で、みな飲み込みが早く、しばらくすると違和感なく踊れるように。


狐とバロックというのも、考えてみればなんという取り合わせでしょう!
本来なら交わることのない時空の者達が、少しずつ融和し一つになっていく奇跡。
一つのダンスをみなで踊り終えた時には、確かな一体感が生まれていました。
その様子を見ていた他の狐達も、「自分も参加したい!」と名乗りを上げ、バロックダンスに挑戦していく。



時空が違ってもダンスという共通項によって一つになる、
川越でこれまで様々な奇跡的な異文化交流を見てきましたが、狐とバロックも間違いなくその一つに加わることになりました。
そしてスチームパンク。
時空を司る彼らが颯爽と現れ、広場のランウェイを歩くと、
そのファッションに会場からため息が漏れる。さあ、ファッションショーが始まる。
実はスチームパンクは、初回の狐宵祭にも遊びに来ていたのだが、今回は本格的なコラボとなり、時間旅行の合間を縫って蓮馨寺に舞い降りていた。
今回、狐に限らず、いろんな時空の者が終結できたのは、スチームパンクの面々が時空を捻じ曲げたからでもあったのだ。







スチームパンクとは、蒸気機関が高度に発達発展したもう一つのパラレルワールドの住人達。
ジュール・ヴェルヌの冒険小説『海底二万里』、SFアクション映画だと『ワイルド・ワイルド・ウエスト』、
アニメでは『スチームボーイ』や『天空の城ラピュタ』、『サクラ大戦』などのレトロでカッコいいデザインをSF要素としてフィーチャーしたのがこのジャンル。
そんな世界観を思い切り楽しんでいる時間旅行者のファッションショーです。
どちらもファッション性が高く、オリジナル性に溢れ、
周りで見守る狐達も、「このファッションかっこいい!」、「あの小物かわいい!」など声を漏らし、自身のファッションの参考にしているようだった。


















さらに今回は、蓮馨寺が会場であるけれど、蓮馨寺境内で全てを完結させず、ここを基点として展開を考えていた。
今までは祭りの全てが境内に詰まっていたが、
それだけに終わらせず、せっかく各地からやって来る狐が河越の街を知ることなく帰るのは残念なこと、
ここを起点として河越の街の散策に繰り出してもらおつとしていた。
狐宵祭、狐宵の市で恒例となっている 河越各地のお店に棲息する狐を探して回る「河越城下の狐探し」もこの日も開催。
お店に設置されたQRコードを集めるとカードが貰えるスランプラリーのような企画で、
「せっかく河越に来たんだから、QRコードを探しながら街を練り歩こう」
「河越ってどんな街なんだろう、歩いてみよう!」
蓮馨寺からQRコードを集めに出発していく狐達も多かった。
狐宵祭にしても狐宵市にしても、もう河越が狐一色に染まっていく。

今回河越に初めて来た狐もたくさんいたでしょう、もちろん昨年、いや、第一回から参加している狐はもっとたくさんいたはず、
当初から比べると、単に狐宵祭、狐宵市を楽しむだけでなく、
河越という街含めて楽しもうとする狐が増えているのは、河越藩狐週達の思いが浸透してきた結果かもしれない。
例えば、蓮馨寺目の前、山門から伸びる立門前通りには、和菓子店の「彩乃菓」さんのお菓子に惹かれて並ぶ狐の姿も多く見られた。
狐はお菓子にも目がないのだ。
・・・それと、小江戸バットマンも・・・気になって立ち寄っていた。
「ここのお菓子美味しいぜ!」と狐達に河越を案内するバットマン。
美味しい和菓子に、大満足の狐達、
さらにあちこちのお店でQRコードを見つけ、脇道に入って行っては「ここにも素敵なお店があるよ!」と見つけ出していく。
さすがの狐の嗅覚、河越ガイドには狐がいてくれると助かるかもしれない。
境内では、特設ブースにて紅狐さんMCによるラジオぽてとの公開収録が行われていた。



そして天心流兵法による第二部の演武の時間。
今度は人型ではなく、古武術ならぬ、狐武術として披露する。
二部目では技を狐宵祭バージョンにアレンジして演武を魅せる。







今年の狐宵祭、狐達は蓮馨寺で思う存分狐雑貨などを買い込み、
年末年始の準備を整え、みな大満足の表情を浮かべていた。
なにより、普段顔を合わせる機会の少ない各地の狐達の交流、時空の違う者達との交流を楽しんだ一日なのだった。

辺りはだんだんと日が翳り、そしてあっという間に境内は夕闇に包まれていった。
名残惜しそうに狐達は最後まで留まり、残された僅かな時間を噛み締めていた。
完全に日が暮れて、ついに今年の狐宵祭も終りの時を迎えようとしていた。
最後は、閉会のセレモニーとして再び河越藩狐衆達が整列し、舞いを奉納し、
黒狐さんが閉めの言葉を述べて幕を閉じたのだった。



これにて本当の終わり。
最後まで見届けた狐達は、また故郷へ帰らんと散り散りに去って行く。
「またここで来年会いましょう!」
「また来年!」
「それまでどうかご無事で!」
言葉を交し合い、それぞれの地へ旅立っていったのだった。
また来年、、、また来年、、、またここで集まれますように。

狐達のお祭が終わった川越は、(人間達の目からしたら)表向き何の変化もなくいつもの平穏な街が広がっている。
まるで、そんな日がなかったかのように。
しかし、よおく目を凝らして見れば・・・以前よりちょっぴりおしゃれになった狐の姿を捉えることができるはず。
『狐達は年末年始の準備を済ませたようだな』
さあ、私達も良い新年を迎えるために、年の瀬の準備に取り掛かっていかなくては。
狐と共に、街は明日もやって来るのだ。


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本川越駅から真っ直ぐ北に歩いて行くと、

連雀町交差点から少し雰囲気が変わっていることに気付く。

うん?通り沿いに何かが・・・ある。

あれは、Tシャツだ!通りのあちこちに白いTシャツが掲げられ、

風に揺れるTシャツが、イベントのポスター役を務めていました。
 




蓮馨寺に吸い込まれるように人が入っていく。

山門に立てられた幟が風にそよぎ、なにやら境内から・・・音楽も聞こえてくる。

誘われるように境内に入っていく人の波、

見渡すと、赤提灯が下がりテーブル・椅子が置かれ、

たくさんの飲食出店が並んでいました。
 



まったりとしていて、一目見ただけでいい雰囲気が伝わってきます。

どこのテーブルにも載っているのは、ビールなどのお酒に美味しそうな食べ物。そして楽しそうな会話。

まずは一杯ビールを注文し、さあ、おつまみは何にしようか。

目移りしながら、一つ一つ眺めていく、「これにしよう!」。

美味しそうなおつまみを手にして、テーブルで酒盛りが始まっていった。。。

今年も晴天に恵まれたイベント当日。

この日を待ちわびていた人も多かったでしょう、

いよいよこの季節、今年の開催がやって来ました。

蓮馨寺および周辺商店街にて開催された「昭和の街の感謝祭」。

 

9月10日(土)「昭和の街の感謝祭」11:00-19:00

主催:中央通り「昭和の街」を楽しく賑やかなまちにする会 
共催:川越名店街、中央通り2丁目商店会、立門前商栄会 
協力:蓮馨寺、川越蔵の会、コエドブルワリー           


これまで開催された二回も大盛況で、

昼から夜までずっと境内で過ごす人も多く、終始賑わっていました。


(第2回「昭和の街の感謝祭」2015年9月12日(土)

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12074677258.html

 

早いもので、今年で第三回目の開催。「昭和の街」を舞台に、年に一回の感謝祭です。

回を重ねるごとに内容が盛り沢山になって、ザ・昭和の濃さと共に、

野外巨大ビヤガーデンのような境内の雰囲気は、他では味わえない雰囲気のイベントです。

感謝祭、夜の19時までやっているのもポイントで、

日中よりも日が暮れ赤提灯の灯が浮かび上がる夕方からが本番かも。

2016年、今年の飲食出店の顔触れも強力で、

まず感謝祭に欠かせない存在といえば、川越が世界に誇るクラフトビール、コエドビール。!

さらにコエドなどのドリンクに合うおつまみの出店がずらり。

昭和の街の感謝祭は、ビヤガーデン、オープン酒場のような雰囲気と言いつつ、

ビールなどのドリンクはもちろん、食べ物のレベルが高いのがこのイベントならでは。

川越などのお店が特別出店していたりして、

通常のビヤガーデンとはスペシャル感が違ったかもしれません。

出店していたのは、

★コエドブルワリー コエドビール

……大人気のクラフトビール「COEDO」生ビール全5種類に加えて限定ビールも登場。
今年の限定ビールは RedAle (COEDO 1000 LABO)!
 



★がんばっぺ福島 福島牛串焼き、かき氷など
……福島の「おいしい」を届けに出店。

★ミオカザロ ロングソーセージ、ホットドッグ
……川越の自家農場で育てた小江戸黒豚を使ったソーセージ。



★長花亭 みそポテト、豚もつみそ漬け焼、かき氷
……3年連続!今年も出店。秩父みそを活かしたメニューを投入です。
 


★カフェ ハイブリット モヒート、ノンアルコールカクテル、コーヒー
……ラテアートを施したコーヒーと季節のカクテルを用意。

★テロワール キッシュ、焼菓子など
……川越神明町のお店「Terroirテロワール」さんは食材にこだわったお食事&カフェのお店。
今回は普段お店でも食べられるキッシュなどに加えて特別メニューも!


(「Terroir(テロワール)-cafe & wine-」川越のオーベルジュのような、休息の場所

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12127461269.html


★モバイルカフェPousse…ハッシュドポテト、もっちりプリン、ソフトクリーム
……キュートな移動販売車が目印。
人気№1はもっちりプリン!もっちり&とろける食感のプリン。

★トシノコーヒー…アイスコーヒー、アイスティー、河越抹茶オレ
……昭和の街にお店を構える自家焙煎珈琲のお店。
厳選した豆を独自の技術でおいしく焙煎したコーヒーです。
 


(「トシノコーヒー川越店」一粒の珈琲豆のポテンシャルを最大限に引き出す

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11962215471.html


 



コエドビールに美味しいおつまみ、とくればやっぱり欲しいのは音楽。

今回も蓮馨寺ステージでは緩やかな音楽が流れ、雰囲気を高めていました。
11:00 開会式 
13:00 アコースティックライブ Lilo
13:30 ABE-KOBA 
15:30  Lilo
16:00  ABE-KOBA
17:00  尺八の夕べ
19:00   閉会あいさつ

登場したLiLoさんは、先々月この場所でも演奏していたミュージシャン。そう、川越Farmer’s Marketです。


(「川越Farmer’s Market2016夏 後編」2016年7月3日蓮馨寺 

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12178471293.html

川越Farmer’s Marketに続いての出演、川越の顔的存在のミュージシャンは、

やっぱり蓮馨寺の緩やかな雰囲気に合う。感謝祭の実行委員がぜひ!と呼んだのも頷けます。

川越Farmer’s Marketとしては、蓮馨寺が大事なホームグラウンドであると考えていますし、

昭和の街のお店との連携は深めていきたい、

感謝祭にLiLoさんが出演していることが、彼が橋渡し役になってくれているような気もするんです。

感謝祭ではクラリネットの今泉さんとデュオを結成。

いつもと違った演奏で新たなLiLoワールドを展開しました。








さらに境内では、同時開催として、
昭和の街の手づくり市(11:00~17:00)が開催され、

各地から集まったハンドメイド作家さんが出店。





(末広町にある古民家整体・操体 無苦庵さん)



(カービングのARUNADAさん)

「昭和の街の感謝祭」は、昭和の街の商店街の人たちが中心となって運営していますが、

商店街のイベント、商店街が考えた商店街だけの、という閉じた感じがないのは、

いろんな人を呼ぼう!というオープンな空気があるからなのでしょう。

そこには、昭和の街にあるトシノコーヒーさんや彩乃菓さんなどは

各地のイベントに積極的に出店していることもあり、

いろんな場で出会った人たちを感謝祭出店に繋げていたという舞台裏がある。

昔ながらの商店街ですが、新しいものを採り入れていこうとするのも昭和の街の特長です。


境内にいろんな楽しみが詰まって、しかし、

昭和の街の感謝祭は蓮馨寺境内だけが会場ではないのです。

会場が、「蓮馨寺と周辺商店街」となっていたのがそれで、

ビールに合うおつまみは、蓮馨寺を出て周辺商店街でも手に入れることができたんです。
その名も・・・「おつまみを買出しに行こう !」企画。

★スナックれん 野菜てんぷら、揚げナス、揚げもち、ポテトサラダ 
★十一屋肉店 メンチ、コロッケ
★トシノコーヒー スパイシーソーセージ
★おむすびとワッフルの店福々スタンド トルティーヤチップス*ディップ2種付き
★川越らーめん こひや 自家製ぎょうざ、チャーシュー&穂先メンマセット
★轟屋 乾物専門店のおつまみ各種
★まことや 太麺やきそば
★レレレノ レコード チリコンカーン、自家製サングリア
★カフェアンジー スミノフレモネード*スタンプラリー用紙提示で100円OFF!

★福々スタンド トルティーヤチップス

おつまみ買出し企画にこれだけのお店の協力があること、

そもそも個人商店がこれだけあることが凄いことですよね。

これに加え、商店街のサービスセールも行われ、

3つのお店で買い物すると漏れなくプレゼントが貰えるスタンプラリーも連動していました。


蓮馨寺を出て、どこのお店でおつまみを買おうか散策してみる。

昭和の街の通りでは、同じようにチラシを手にした人たちが各お店を巡っていて、

こういう企画を通して新たな発見があるようでした。
 




福々スタンドさんでトルティーヤチップスを。
 


脇道に入った先にある十一屋さんで、コロッケを。
  


 


さらに轟屋さんで乾き物を買い、3種類のおつまみをゲットし蓮馨寺に帰ってくる。

この3つでスタンプラリー企画も達成しているので、プレゼントが貰え、

その一つにコエドビールがあって、と

それでさらにビールをゲット・・・なんとも贅沢なスタンプラリー企画です。


今年、特に話題沸騰だったのが、「コッペパンの無料配布&販売」です。
これは、境内にてコッペパンを無料配布し(なくなったら100円で販売)、

パンに挟む具を境内や周辺商店街で買って挟んでもらおう!という企画。

以前も昭和の街では開催したことがあったのですが、

前回の大反響を受けて、感謝祭でも実施することが決定。

境内の二回の配布では、コッペパンを受け取ろうと毎回長蛇の列が出来ていました。




(コッペパンを配布するスタッフももちろん、昭和の街のお店の人たち。和菓子店「彩乃菓」さんが明るく配布)

まず、このコッペパンが美味しいもので

(実は具がなくてもパンだけでも美味しい。。。)、

「どんな具を挟もうかな!」とコッペパンを受け取った人たちは、昭和の街に出掛けていきました。

「彩乃菓さん」で和菓子屋の餡を使ったあんバタにしてもいいし、

「福々スタンド」さんでクランベリーホイップを挟んでもいい。

「トシノコーヒー」さんのコーヒークリームや「大黒食堂」さんの焼きサバ、オムライスというのも珍しい。

さきほどの「十一屋」さんのコロッケを買えばコロッケパンにもなるし、

忘れてはならない、「まことや」さんの太麺焼きそばを挟めば、

太麺焼きそばパンにもしてしまえる。という自分で好きなスペシャルパンを作れる企画でした。
こういうことが実現できる、この昭和の街は凄い。
それだけ様々な個人商店が在る、残っているということでもあります。

コッペパンを受け取った一人に、川越を中心に各地でポリパン®︎教室を主宰している安藤さんもいました。

(ポリパン®︎「ポリ袋でかんたん!天然酵母パン作り教室」天然酵母ポリパン教室Olive

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12138832244.html

安藤さんはコッペパンを手にすると、昭和の街で、

トシノコーヒーさんでおつまみとして販売していたスパイシーソーセージを挟んで、

スペシャルホットドッグを作っていました。


他の人は彩乃菓さんであんバタにしていたり、十一屋さんでコロッケパン、

大黒屋食堂さんの焼きサバパンというのも人気で、カスタムを楽しんでいました。

具を作っているのはそれぞれが専門店でもあり、

この日特別に具を作っているというスペシャル感、

商店街企画としてこれほど画期的、わくわくする催しもそうそうないのではないかと思います。


東洋大学企画の「昭和の街ツアー&ウォークラリー」も開催され、

一ヶ所に留まらず、周辺地域を巻き込んだ形でイベントが開催されていました。



 

川越の、昭和。

本川越駅から北に進んで連雀町交差点まで来ると、

ここから先、町並みの雰囲気が急に変わります。

通りの両側にある建物は、長い時間を感じさせる雰囲気を漂わせ、

歩いているだけでまるでタイムスリップしたような気持ちに。

それもそのはず、通りにある建物、お店の多くが昭和初期に建てられたものなのだから。。。


南北に伸びる中央通りの開通工事が行われたのが昭和8年。

それに合わせて、通り沿いには瞬く間に商店が建ち並び、商店街になり、

昭和の川越の経済の中心地となって、人で溢れかえる通りとなりました。

そう、昭和の川越はここが主役だったのです。

生活に必要なものは商店街で済ますことができ、生活が商店街で完結するようだった通りだった。

昭和の街の大黒屋米穀店さんは、

「通りが開通してからこの辺りの賑わいは相当なものだったんですよ。

通りには昔、銀杏並木があって、近くにはデパートもあったし、

川越まつりではこの通りがメインストリートで人でごった返していたんですよ」と話す。

時代とともに、人の流れは駅周辺に軸足が移りましたが、

中央通りの商店街はそのままの形で営業を続け、今に至ります。

創業から営業形態を変えていないお店ばかりというのが凄いこと。

年数で言うと、既に80年を超えています。

今でも驚くほどの数の商店があって、

現在は3代目、4代目が中心となって、商店街が地域の生活を支えています。

今川越で、連雀町交差点から仲町交差点までの通りから周辺を見直す動きが活発になってきました。

これまでの川越は、

平成の川越の経済の中心は川越駅、本川越駅周辺で、

明治に建てられた蔵造りの建物が並ぶ一番街の町並みには観光客が大勢やって来て、

大正の建物が残る大正浪漫夢通りも既に定着しています。

駅と蔵造りの町並みという、明治と平成に挟まれるようにしてある昭和の街は、

かつて川越の経済の中心だった時代もありますが、今は素通りされてしまうことが多い。。。

ただこの通りには、魅力的な遺産がたくさん残っていることも事実。

遺産であり現役で、それも、余計な手が入っていない当時のままの状態で在ることは、

実は川越でも数少ない地域。ここには、リアルな昭和を見ることができる。

近年になって、この地域にある商店街の人たちが中心となって、

『中央通り「昭和の街」を楽しく賑やかなまちにする会』を発足させ、

会では、古くからあるお店、建物が立ち並ぶ中央通りを「昭和の街」と命名し、

昭和の街に訪れてもらい、川越にこんなところがあるんだ、と新鮮な発見、体験をしてもらおうとしてきた。

8日の境内の呑龍デーに合わせて、呑マルシェやごえんの日というイベントを開催してきて、

手付かずの昭和の雰囲気をアピール、

再び賑わいのある通りにするため、様々な活動を行ってきたこれまで。

通りに人を呼ぶために新たに何かを作るというのではなく、

すでにここにある町並みやお店という魅力を見直して、

どう生かしていくか、どう見せればいいのか、議論を深めてきました。

町並みに余計な手を加えず、

そのままの姿を見せることが、他では味わえない体験になる、

この町並みの素の姿である「昭和」というのが大きなキーワードです。


(昭和の街の大黒屋食堂さん)


(昭和の街の笠間さん)

明治、大正、平成が注目されてきた川越で、

今、川越の昭和にスポットライトが当てられる時が来たようです。

一番街の蔵造りの建物は、一時期コテコテの装飾で覆われ、

そう、それは蔵が見えないよう隠すようにしていた時もあった。今の大正浪漫夢通りの商店街もそう。

「蔵はダサい」「古い町並みはダサい」と一時的に見えても、

やがて時が経過すると、そのものの真の価値に気付き、見直され、

もとの姿に戻そうという運動が興っていった。そして今の町並みがあります。

振り返れば、それらは今全てが川越の財産になっているようなものばかり。

時を置かないと本当の価値が見えてこないのもあるでしょうし、

それだけでなく、本当の価値に気付いた後にきちんと残そうとするのが川越の人の良いところ。

川越の明治、川越の大正、そして。

昭和から30年近く経った平成の今、本当に価値にみな気付き始めてきたのかもしれません。

考えてみれば、

川越駅、本川越駅から北に行くと、平成から昭和の街、大正浪漫夢通り、一番街と続いていて、

4つの時代が地続きで繋がっているという奇蹟的な街というのは、本当に珍しいこと。

各地でまちづくりに関わる人たちが、

「川越のように、駅からすぐ近くにいろいろ見る事ができる観光地がある街というのは本当にない」

と口を揃えます。

昭和に光が当てられて、さらに魅力が高まりそうです。


そこで、時代の変化の面白さもあって、

数奇な運命、いや、いつだって時代は回り続けているのかも。

そんなことを思わせてくれたのは、まさに張本人が見つけた一枚の写真があった。。。

蓮馨寺山門向かいに、「1g」さん、「彩乃菓」さんが入る建物があるのはご存知でしょう。


 


(「彩乃菓」四季の彩りと菓子の彩り 新しく誕生した川越の和菓子店

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12154132751.html


時代は回るということを、この建物が印象的に象徴している事実がありました。
感謝祭の催しとして境内に設置されていた東洋大学による「なつかし写真館」は、

昔と今の昭和の街の様子を定点観測的に写した写真を対比させた展示。

見比べると、昔とはがらりと変わった景色も多いですが、

名残を残しているところも多く見られ、昭和の息吹は今も感じられるよう。


 


・・・、その時でした。なつかし写真館の一枚一枚に目を凝らしていた彩乃菓の小島さん。



その二枚の写真は、今彩乃菓が入る建物の昔と今を対比させたもので、

よーく見てみると・・・「あ!!うちのお店は昔和菓子屋だったのかな・・・!」。

1gさんがある場所は昔は食堂で、

彩乃菓さんがある場所は和菓子店?のように見える。

そうだとしたら、昔と同じお店の並びが今偶然にも再現されていて、この巡り合わせってなんだろう。

不思議な巡り合せです。


境内ステージでは、ABE-KOBAさんの演奏の時間へ。

心地良い音楽に会場が満たされ、またビールの杯が進む進む。。。





こうして、第三回となった昭和の街の感謝祭は、夜の19時まで続いていきました。
また、来年も開催予定となっていて、来年は一体どんなスペシャル企画が実現するでしょう。

普段の昭和の街でも定期的に催しが行われていくので、そちらもお楽しみに。
川越の昭和は、楽しい昭和。


「川越中央通り「昭和の街」を楽しく賑やかなまちにする会」

https://www.facebook.com/showatown/?fref=ts



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