「川越style」

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2014年7月26日、川越百万灯夏まつり。
昼間は穏やかな雰囲気が漂っていますが、
昼過ぎから夕方になってくると、にわかに街がソワソワし出し、活気づいてきます。
百万灯の名の通り、提灯に灯りが灯る頃がお祭りの本当のスタート。

16時。屋台が立ち並ぶ通りの先から威勢の良い掛け声が届いてきました。
男たちの声、笛が響き、それがどんどんこちらに近づいてきます。
屋台と人の合間を縫って現れたのは、大きな神輿でした。
川越の神輿連、若獅子会の神輿だった。


掛け声に合わせて揺れる神輿、目の前を通り過ぎ、

川越商工会議所の方へ進んで行きました。
掛け声と神輿が小さくなってゆくまで見送る。

川越百万灯夏まつり、土曜日の催しの目玉と言えば、

「みこしパレード」と名前がつけられた山車と神輿の競演です。

山車の方は、いくつかの町内が手作りで組み立てた
ミニ山車が街を練り歩き囃す。
その中で連雀町のミニ山車曳行の様子を前回伝えました。

連雀町のミニ山車曳行




神輿もこのお祭りの華で、夕方、提灯が灯る17時に神輿運行が始まり、
大正浪漫夢通りから商工会議所を曲がり、
仲町交差点から連雀町交差点へ戻るルートを辿ります。

神輿は大体毎年10基ほど出て、

それぞれが趣向を凝らした神輿を出して担ぎます。
神輿に伴走する形で各町内のミニ山車も協力して歩き、
神輿10基にミニ山車がそれぞれに着いて伴走し、
通りにいると神輿とミニ山車が次々と目の前を過ぎて行く。
神輿と山車の競演を楽しめる貴重な機会です。

連雀町交差点から遠く小さくなっていった若獅子会の神輿。
運行スタートはもうすぐです。。。



ここから真っ直ぐ離れることしばし。
祭りの喧騒が消えた喜多院駐車場に向かうと、

ここにも男たちの一団が結集していました。

あ、いや、漢(オトコ)たちの一団が今か今かと待ち構えていました。





閑静な雰囲気の場所に、ただならぬ熱気を全身から放つ漢たちの姿。
30人以上はいると思います。
そして、駐車場に誇らしげに鎮座されていたのは・・・神輿だった。




木を自分たちで組み、御神体として川越の地酒鏡山を乗せた手作りの神輿。
実は・・・彼らもこれから神輿運行に参加する一団なんです。

彼らの名前は

「霞笑和会(かすみしょうわかい)」。


その名の通り、川越の霞ヶ関を地元とする面々が集まった一団です。


企業の神輿が出ることの多い百万灯夏まつりで、

地域で集まった者で担ぐ神輿が出る例はほとんどない。


霞ヶ関をこよなく愛し、霞ヶ関で育った同士で今も繋がり、

霞ヶ関を盛り上げようと動いている面々。

地元の仲間で集まって、百万灯夏まつりで神輿を担いでしまおうとするくらい、

霞ヶ関を愛している。

山車よりも神輿を選んだのは、漢たちが熱を激しく放出できるのが神輿だったから。

祭りと漢、たどり着くべくして神輿にたどり着いた。


「霞笑和会」と聞いて、ピンと来た方いるでしょうか。

霞ヶ関と言えば・・・あの男。あ、すいません、あの漢。


そう、富岡竜一です。


モナミモータース 富岡竜一



自動車の修理工場と逆輸入車を扱うモナミモータースの

富岡さんのことは以前、冬に記事にしましたが、

あの時に彼が熱く口にしていたのが、霞笑和会のことだった。


「今年の百万灯で神輿担ぐのでぜひ見に来てください!」


約束を果たす時が来ました。

彼の勇姿を、霞ヶ関の団結力を、この目で確かめる時が来ました。


霞笑和会は、百万灯の「みこしパレード」には毎年のように参加していて、

2006年に初参加、今年でなんと8回目の登場となりました。

毎年自分達で神輿を組み上げ、

鏡山を御神体として担いできた。


(2013年は夕方からのゲリラ豪雨の中運行)




(2012年の様子)



(2011年はがんばろう日本ののぼりを立てての運行)



ほとんどのメンバーが、2006年の初期からいて、当時から毎回30人以上参加しています。

霞笑和会の揃いのユニフォームとして作った青と白の着物。



神輿担ぎがあまりにも激しいため、すぐに擦り切れてしまい、、

着物だけでなくふんどし姿で担ぐ人が多くなっている。

神輿のふんどし。

これだけの数のふんどし姿で担ぐ光景が見られるのは

この会だけです。


この日来ていたのが35人。総勢50人ほどになる霞笑和会。

祭りにふさわしい勇ましい格好をしている

現会長の恭淳さんは笑和会をずっと引っ張ってきた方です。

地元を愛する霞ヶ関人をまとめ上げてきました。



富岡さんと恭淳さんは同級生で霞ヶ関北小と霞ヶ関東中と一緒でした。
集まっているのは、ほとんどが

小、中の同級生に先輩、高校の同級生、当時からの付き合いがある仲間たち。
鯨井中、霞ヶ関中、霞ヶ関西中、川越西中、
それから今霞ヶ関で縁のある人たち。

現会長の恭淳さんと霞ヶ関駅前にある居酒屋あさひのマスターのまさおさんが、


「霞ヶ関には山車がない。夏まつりに神輿担ごうぜ!」と意気投合し、

富岡さんはじめ周りの仲間がそれに乗った。






霞ヶ関の地元愛と仲間意識は独特なものがあります。

小学校が一緒だった、中学校が一緒だったという縁で、

大人になっても続いている関係がある。

見ていると当時と同じような同級生同士の関係、先輩後輩の関係が今でもあるようでした。


川越の中でこういう関係性が残る地域って珍しい。

郊外でも、川越北部、東部、南部で上の年代ではなく30代以下で、

地元の仲間の繋がりがこんなに強く残る地域はないと思うし、

ましてや神輿を作って担ごうなんてノリにならない。
「地元の仲間」という言葉がこんなにしっくりくる地域はないですね。
川越西部、霞ヶ関は川越のディープです。




酒と塩で清めた霞ヶ関の神輿。

樽の中には鏡山が入っているのか・・・?

この神輿を見た人がみんな疑問に思う事。

答えはYESです。樽の中にはなみなみと72ℓの清酒が詰められている。

神木の重量と合わせると、ざっと150キロほど。

これを30人の漢で担ぎ、街を練り歩きます。


同じ駐車場の一角に、笑和会と雰囲気の違う人たちがいました。

彼らが用意していた神輿は、ペットボトルで作ったものだった。



手作りの神輿による学生の参加もあるのだと知る。

そして・・・学校を聞いて、驚きました。。。

東京国際大学の学生でした。


東京国際大学といえば、霞ヶ関にある大学。

笑和会と学生はこの時が初対面だったそうですが、

まさか同じ場所で設営し、同じ霞ヶ関繋がりだったとは。。。


霞ヶ関の二つの神輿が、川越のど真ん中で躍動する、

なんてドラマチックな展開でしょう。。。!

「地元川越を盛り上げたい。町おこしの一環で神輿制作と祭り参加を考えました」

と話してくれた言語コミュニケーション学部の皆さん。

2ヶ月かけて制作した苦心作です。


いよいよ出発の時。

会長が拡声器を使ってみんなを集めました。

出陣式が始まります。



「今年のやってまいりました、川越百万灯夏まつり。

神輿は重く、絆は硬く、皆さん今日は頑張りましょう。
今回で8回目の参加となりました神輿。
最初神輿やりたいね、と話しをしていて、
でもどこかに入って誰かの下でやるより、自分たちでやろう、

そうして始めた霞笑和会。思いもひとしおです」


そして今回で恭淳さんは会長を引退します。
新会長の章吾さんは、

「神輿やる前はやだやだと拒んでいたんだけど、

いざやってみたら神輿にハマった。神輿は最高に気持ちいい」
と話します。新会長となって、これからますます神輿を発展させていきます。


挨拶が終わると、一同の表情が引き締まりました。
さらに発する熱気が熱くなったいく。
「よし!じゃあ、みんな入って!!」
神輿の内側に続々と入る漢たち。
「気合い入れろよ!!」
「おお!!」
「よっしゃ、いくぞ!!」
肩にグッと神木を乗せる。グググとゆっくり持ち上がっていく神輿。



「うおおぉぉ!!」


肩に食い込み全身に神輿が覆い被さってくるような重さ。

この駐車場で神輿を組み上げた時、

鏡山を乗せるのは3人で余裕に持ち上げられた。
神木を含めたって全体の重量を人数で割れば、一人5キロほどのはず。


それなのに。


なんだこの重さは。。。!


体力に自身のある筋肉隆々の漢たちが悲鳴を上げる重さ。
毎年、あの樽がなんでこんなに重くなるのか、みんな驚きを抱くという。
神輿を担いだ翌日には

全身筋肉痛で一日中動けないくらいの状態になるそう。
今まで7回担いできても、毎回全身の痛みは変わらない。


本当は担ぐ前、
酒と塩で清めた時に、途端に神輿が重くなったことをみんな感じていた。


身に受ける重さに
「鏡山に神様が宿って重くなる」
一同が真顔で口々に話していたのは、あながち間違っていないようにも思える。


それが、祭りの重さ。


きっと彼らと同じ気持ちで、

川越の市街地を練り歩きたい霞ヶ関の神様が乗っかっているんだ、

その重さを噛みしめると言う。
霞ヶ関を背負って、川越のど真ん中で霞ヶ関を誇示しに行く。




喜多院駐車場を出た神輿は、

みこしパレードの会場となる連雀町交差点に向かいました。
スタート地点への移動なので、まだまだ穏やかな雰囲気に笑顔も見られる一行。





が、しかし。


この移動距離が以外にも長い。
だんだん口数が減ってきて、笑顔も消えていく。
10分も担いでいると、本当はしんどくなる神輿。

喜多院から持ってくるだけでも大変な道のりです。

ゆっくり進む笑和会の神輿。

視界の先の方から囃子が聞こえ(あの音色は雀会だなと思いながら)、

人の数も増えていき、提灯が目に入るようになってきた。
連雀町交差点近くに無事に神輿を運び込みました。


この場所は・・・14時に連雀町のミニ山車が降り立った場所。

時間差で山車と神輿が行き交いました。


川越百万灯夏まつりのみこしパレード、
ルートは大正浪漫夢通りを北に進み、

商工会議所を曲がって、仲町交差点から連雀町交差点へ戻る。

そしてまた同じ道程を進み2周します。
お囃子が乗るミニ山車と伴走しつつ、

様々な団体、企業の趣向を凝らした神輿で通りが賑わいます。



17時。
いよいよここからが本番です。

みんなの目つきが変わった。漢たちの祭りが今始まる。。。

みこしパレードがスタートしました!


『霞笑和会、行くぞ~~~~!!!』
との、掛け声とともに・・・いざ出陣!!!




「セイヤ!セイヤ!セイヤ!セイヤ!」

掛け声とともに進む神輿。

激しく上下に揺れる神輿、左右にも引っ張られながら連雀町交差点を曲がっていく。


「セイヤ!セイヤ!セイヤ!セイヤ!」

漢たちの大声に振り向く人、立ち止まって見送る人、
神輿は肩だけでなく、太ももに力が負荷がかかって痛くなる。
痛みで悲鳴を上げたいのを、
「セイヤ!セイヤ!セイヤ!セイヤ!」の掛け声で全て抑え込む。
これぞ夏祭り、という漢たち躍動感。




沿道から「鏡山が乗ってる!」指差して見送る人。

大正浪漫夢通りに突入していきました。


「セイヤ!セイヤ!セイヤ!セイヤ!」




神輿は、担ぎ手だけでなく、周りをがっちりサポートする人がいてこそ成り立ちます。
拡声器を握る先導役はずっと声を出し、掛け声を煽り、

担ぎ手達の弱気になりそうな気持ちを鼓舞し続けます。
掛け声に合わせて拍子木を打ち鳴らす人に、
大団扇で仰ぐのは、富岡さんの弟、モナミモータースの準さん、それに子どもたち。
担ぎ手たちの体を冷やすため、必死に団扇を仰いでいた。




大事な役として欠かせないのが、

神輿の前と横で神木を手で抑え込み動きを制御する舵取り役がいる。


30人の勇壮な漢たちが「セイヤ!セイヤ!」と全力で担ぐとそれはもう、

神輿は暴れ馬のごとく跳び跳ね、暴れます。


神輿を抑え込み、急ぎがちになる神輿を制止し、ゆっくり進むよう
前と横で動きをコントロールすることが重要となる。





2006年、「神輿を担ごう!」と意気込んだあの時、

みんな神輿を担ぐのはまったくの素人だった。
担ぎ方を知らず力任せにやっていたけれど、
毎年参加することで、今は肩が痛くならない担ぎ方を体得。


「肩に乗せて」上下させると、神木と肩の間に空間ができる。

そうすると肩に木がガチャガチャぶつかって激痛になる。
「腕全体にに巻き付けるように」して神木との隙間を空けないようにすると

痛くならないことを自然と体得した。


他の神輿を見てみると、企業の神輿だと丸広や武州ガスなどの神輿が出ています。


そして、同じ霞ヶ関から来た、あの東京国際大学の神輿も

大正浪漫夢通りで担ぎ上げていました!

ここに霞ヶ関の二基の神輿が揃って登場!




楽しそうに担いでいる神輿が多い中、

地獄のような顔をして担ぎ上げている霞笑和会。

35度にもなる酷暑の中、意識が朦朧とする中でも掛け声は忘れない。


「セイヤ!セイヤ!セイヤ!セイヤ!」

沿道の人から、あちこちで「頑張って!」など声援を掛けられますが、
担ぎ手たちは神輿に集中して

まったく周りのことが分からなくなるんだ、と振り返っていました。

目の前の一歩を考え、鏡山を最後まで担ぎ通すことだけを考えている。

その世界に没頭していた。


一緒に神輿を担ぐと、さらに仲間意識が深まると言います。
この重さに共に耐える関係、重みが結び付きを強くする。


通りで立ち止まっていれば、次々とやってくる神輿を見れますが、
当の担ぎ手たちは、他がどんな神輿なのか、どんな様子で担いでいるのか、

まったく分からないところにいる。
ただ、霞笑和会の神輿への声援は大きかった。
必死な形相で重そうに担いでいる姿に、

時に制御できなくなりそうになる瞬間に、

見ている人は神輿の迫力を感じているようでした。


仲町交差点から一直線に南下してくると、さすがに祭りのメインストリート。
通りに人が溢れ、神輿に声援を送り、

商店街の方が力水を浴びせてくれ、神輿に飛び入り参加する人まで現れました。


通りには浴衣の人が多く、裸の漢たちとの対比が際立ちます。










重い神輿が時間と共にさらに重くなっていく。全身が悲鳴を上げる。
重みを押し返すように、掛け声が鬼気迫るような激しさを増していく。
神輿の担ぎ手は、前から背の低い順に並ぶのが鉄則。

地面に平行ではなく、手前を低くして担ぎます。
だから手前はより重くなりますが、そこに背の高い富岡さんがあえて入っている。
前はやっぱり神輿の華。
ここは漢として譲れない、と手前に立ち続けていた。

富岡さんは、故郷霞ヶ関のことを

以前こう話していたことがあります。


「霞ヶ関は、市街地の人には鶴ヶ島?と言われるし、

鶴ヶ島の人には川越なの?と言われる。

川越まつりの時は蚊帳の外だし、祭りに参加している実感が全然なかった。

小さい頃は他の町の山車を曳かせてもらっていた」
それは、楽しくも疎外感をより深める体験でもあった。
自分たちのもので祭りに参加したい、

大人になった彼らはいよいよ行動に移す時が来ました。


「セイヤ!セイヤ!セイヤ!セイヤ!」








2周して2時間半の神輿パレードでした。
ヘトヘトになって座り込む一同。
誰も口をきけないくらい疲れ果てていました。
「重かった。。。」
やっと一言吐き出した言葉だった。声はガラガラでした。


神輿を担いでいると、よく言われることがあるんだそう。
途中で鏡山呑んでるの??と。
いや、彼らは最後まで鏡山には一滴も手をつけていませんでした。
御神体である鏡山は神聖なもの。
なんと、神輿が終わった後も呑む事なく、

そのままトラックで地元に持ち帰り奉納していました。
熱いハートに真面目な思い。


「川越の片田舎の霞ヶ関からパワーを送り、
皆様に沢山の『笑』顔のもと。揉め事や争い事などなく、平『和』に過ごせるように。
との熱い想いを込めて立ち上げたのが霞笑和会」


霞ヶ関の漢たちの躍動を見た川越百万灯夏まつりでした。


10回でも20回でも、これは続けていきたいと話します。

漢たちの神輿は、これからも続く。。。



霞笑和会2014、ここに完。。。!


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「はあ・・毎日祭りならいいのに・・・・・・」





って思いましたよ、この前のお祭りで。

川越で行われた百万灯祭り、

楽しかったー!


提灯が綺麗だったよ。すごく。

この祭りは

花火大会みたいな派手さはないんだけど、

いろいろイベントあったし、

結局祭りならなんでも楽しいもんだね。って思った。w




川越style

夕方はまだそんな提灯は目立ってなかった。

やっぱり暗くならないと雰囲気でないかも。






川越style

ドラマの「つばさ」で使われたお店。

当時の設定が再現されてたよ。

看板を見てください。「甘玉堂」になってるね(笑)。






川越style

あの緑のスイカが取れました。

って、

一体これ何に使うんだろう・・・・・・??

ま、まあ祭りなんだし、気にしない気にしない。

祭りでそんな事考えちゃだめだって。w

楽しければね。







川越style

日が暮れて来たらやっぱりいい雰囲気に

なってきたね~。


百万灯祭りは

そんなに屋台でないんだけど、

それはそれで

提灯を目立たせる事になるし

いいかなって思ったよ。






川越style

みんなでビール飲んで、焼き鳥食べてたら

もうあんま見て歩くのが

めんどくなってきた。(笑)



祭りなのに・・・・・・・


普通の飲み会のノリになってきたぞ・・・・w


やっぱり椅子に座っちゃうとそうなるわ。(笑)








いや、

でも、ここまでにいろいろ写真撮ってきたので

一気に載せるよー!!


この祭りは


「ん?ここってなんかの音楽祭??」



ってくらい

あっちこっちで音楽演奏してます。



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尚美学園の演奏はいつも楽しみ♪




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ノリノリに踊ってた所に乱入したら

ビールかけが始まってw

頭からかけられたよ。

ヾ(@^(∞)^@)ノ









しまいにはサンバまでやってますわ。


川越style

後ろの建物を見てください。

そうです。みなさんご存知


「甘玉堂」


です。



あの甘玉堂です。



甘玉堂の前でサンバ・・・・・・・・・





な、なんというコラボ・・・・・・・・・・・






「な、なんというカオス・・・・・・・・ww」


・°・(ノД`)・°・






少々の違和感も

そこはもちろん

祭りって事で・・・・・w


ええ、もうこの際

なんでも・・・・・・・


「祭りって事で片付けましょうよ。ww」




そうかあ・・・祭りってカオスなんだなあって

生まれて初めて祭りを理解できました・・・・・・w


でもそうかもね。そういうもんさ。











で、

いろんな音楽を振り返って見た所で、

再び飲みの席へ。(笑)


川越style

もうずっとここらへんにいますけど。ww

もうダメ。もう動けない。フラフラ。









20時に祭りが終わって

解散って事で

駅の方に歩いている時に・・・・・・・・・・・・・・・


ふと


後ろを振り返りました・・・・・・・・・・・・















川越style

ああ、綺麗・・・・・・・・・



ここから見るのが一番綺麗だったんだね。

すっと奥まで提灯並んでいるのが見える・・・・・

最後に綺麗な提灯見れて良かった。



なんでもありの雰囲気の中、

でもごちゃごちゃにならないのは

それは

提灯が絶対的に綺麗だからなんさ。


それのおかげで

全体をギュッとまとめてくれちゃうんさ。






だから、またいろいろやって欲しいな。






ええ、だから

来年も・・・・・・・


「カオス希望で!!!(笑)」





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