「川越style」

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2017年12月31日、23時。

静まり返った一番街、ただ、普段の夜の街と若干異なるのは歩く人がちらほらいること。

そこには話し声や笑い声も混じって薄っすらと明るい雰囲気すら漂っていた。

大晦日、初詣に向かう人たちが行き交う夜でした。

一番街を北に進み、喧騒すら耳に届いてくると、そこにあったのは、時の鐘。

時の鐘の周辺に人が集まり、既に準備が整い、これから鐘を搗きが始まろうとしていた。

 

大晦日恒例となっている除夜の鐘。

川越市内では、蓮馨寺や成田山川越別院など除夜の鐘を搗くことができる寺院は各地にありますが、ここ時の鐘でも行っている。

他の除夜の鐘と決定的に違うのは、お寺の鐘を搗く除夜の鐘と違って、時の鐘が時を告げる時計塔であること。全国的にも、時計塔の鐘を搗く除夜の鐘というのはめったに見られない、体験できないものです。

正確には時の鐘で「行っていた」、と言った方がいいでしょう、時の鐘はご存知の通り、耐震工事により立入り出来ない状況になっていて、もちろんその期間は除夜の鐘も中止されていました。

耐震工事を終えて今年は実に3年ぶりに行われました。

再び除夜の鐘が再会されて初の開催に、待ちに待った多くの人が時の鐘に詰めかけ、時の鐘で新年を迎えました。

「時の鐘の除夜の鐘」は、時の鐘がある薬師神社の「薬師講」主催でNPO法人川越蔵の会が全面協力して続けられています。時の鐘を潜った先に、神社があります。薬師神社です。

薬師神社を崇敬する周辺の氏子衆から成るのが、薬師講です。かつては薬師講だけで除夜の鐘を行っていましたが、近年の人手不足から蔵の会が協力する今の形になって続いています。

蔵の会が全面協力という実質であることから、他の寺院の除夜の鐘とは異なり、一般参加者向けの除夜の鐘というより、薬師講の人たち向けに行われ、一般向けにも、という建付けで行われています。

他の寺院の除夜の鐘では、当日の年越し前に現場に並ぶという段取りが多いですが、時の鐘の除夜の鐘は、大晦日の日中に一般参加者向けの整理券を配布し、それを持って深夜の時の鐘に来てもらい、整理券を持った人先着順で搗いてもらう段取りになっています。3年ぶりとあってさすがの長蛇の列であっという間に配布終了という盛況ぶり。そしてあの、夜の時の鐘の喧騒に繋がっていたのでした。

蔵の会と言えば、2017年11月には一番街の鍛冶町広場にて、「」を開催したばかり。

また、恒例となっている「長屋バー」も今年も5月のGWに開催する予定ですので、川越に遊びに来たらぜひ立ち寄ってください。

(2017年11月「川越の職人の技体験市」鍛冶町広場)

 

(「長屋BAR(バー)」年に二日間だけオープンするバー 本町の長屋 NPO法人川越蔵の会

https://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11843207873.html

時の鐘の除夜の鐘に備えるために。

舞台裏で会の活動があることにも川越人なら目を向けてもらいたい。。。
年越しの除夜の鐘に先立って、2017年12月7日に、恒例となっている蔵の会による時の鐘のお掃除会を行いました。「素」の時の鐘のままだと、内部は埃などが溜まっているため、除夜の鐘に気持ちよく除夜の鐘に参加してもらおうと、10人ほどの会員有志(一番街商店街のお店の人含む)が時の鐘内部の床や手すりなど丁寧に拭き・掃き掃除し、綺麗にして当日に備えました。

時の鐘の除夜の鐘は、事前の掃除と当日の運営、二つが一体となっているものです。

(2017年12月7日時の鐘お掃除会)

それまでのお掃除会と比べると、内部の埃が思ったほど多くないことに一同気が付きました。

今までは、時の鐘の内部に入ると、埃が舞うのが目に見えましたが、今回の立ち入りではそのような光景は見られず、綺麗な状態に虚を突かれような心境でした。

どういうことかというと、時の鐘の壁には今まで隙間があちこちに空いていて、そこから埃が入り込んで溜まっていく一方だったのに対し、あの耐震工事の時に壁の隙間もきっちり埋められたことで、外から埃が侵入することがなくなったのだろうと一同想像していました。

変化と言えば、実は時の鐘の壁の各所に小窓があったのですが、それが全て塞がれたことも変化で、これも結果的に埃などを防いでいるものと思います。

お掃除会でピカピカに磨き上げられた時の鐘内部、いよいよ、大晦日の除夜の鐘を迎えるのみとなりました。関わった面々は、最後に時の鐘の最上部、鐘楼部から川越の街の四方を眺め、3年ぶりの眺めに感慨ひとしおなのでした。

「蔵の街川越」という名称は、時の鐘から街を見下ろすとことさらに実感できる。これが、川越なんだと。

 

街を見守り、今でも街に時を告げている、

川越の代名詞、川越のシンボル、川越と言えば真っ先にこれが出てこなければならない、時の鐘。


「時の鐘」は市指定文化財で、高さ約16メートルの3層構造。最上層に約700キロの鐘がつるされている。江戸時代初期の川越城主・酒井忠勝が建てたとされ、以後、火災で3回焼失。4代目となる現在の鐘楼は「川越大火」の翌1894年、蔵造り店舗などを手がけた地元の大工、関根松五郎の設計で再建された。
時の鐘の今回の耐震補強を兼ねた改修工事は、実に57年ぶりの出来事。
工事は2015年7月から始まり、約18カ月間をかけ、約1億円で基礎部分の耐震補強や老朽化が進んだ屋根のふき替えなどを実施。工事中は仮囲いや素屋根が設けられ、一時は鐘楼本体が外部からは見えない状態で工事が進められていました。

生まれ変わった時の鐘は、2017年1月9日にお披露目の式典が催され、一般公開が再開されました。翌1月10日からは1日4回の鐘つきも再開され、川越の街に時を告げる鐘の音が響いた。
そして、工事から一年経った今、あの大規模工事などなかったかのように、過去から未来へ繋ぐ鐘の音を響き続かせています。

大きな歴史の流れの中で、あの工事期間はほんの一瞬の時間だったのかもしれませんが、川越的歴史的出来事だった、シンボルである時の鐘の耐震工事。

時の鐘の工事中の姿の変遷を振り返ります。

2015年9月。耐震工事が始まったばかりの時の鐘は、足元に囲いが造設され、これから工事が本格化していくことを告げていた。


外観の見た目としては大きな変化がなかった時の鐘ですが、年を越した2016年度になると、誰の目にも分かるような外観の変化を見せ始めていきます。2016年春から半年間の急激な変化が、街の大きな話題を呼び、工事の経過を観察する人たちが続出しました。

観光客にとっては、せっかく川越に来て時の鐘が工事中というのは残念に思ったでしょうが、別の観点から言うと、時の鐘の工事というのは、数十年に一度であろうレアな時の鐘の姿を見ることができる言うこともでき、それを知るからこそ、川越人は工事中の時の鐘の姿に逆ベクトルで盛り上がっていったのでした。

2016年4月、時の鐘を覆うように頑丈な骨組みがされ、いよいよ、今まで誰も見たことのない時の鐘の様相を呈していった。この姿は・・・打ち上げ台に設置され発射を待つばかりのロケットにも例えられていた。

 

2016年10月。





 

2016年5月。ロケット台の光景はここまで、やがて完全にシートで覆われて、中の様子は窺い知れない状況になっていく。ここからしばらくの期間は川越の街から時の鐘の姿が全く消え失せる時となっていった。古い建物の立ち並ぶ街並みに、巨大な覆いの塔がそびえる光景は、確かに異様。そして川越的レア過ぎて妙にテンションが上がっていった。

 

2016年6月。

 

2016年7月。



 

2016年8月。

 

2016年9月。事態はついに動き出した。外の覆いが外される時がやって来たのでした。上部が取り払われ、時の鐘の屋根部分がちらりと覗いている。一体どんな姿になって街に現れるのか、街の反応も敏感で、「ついに外された!!」と時の鐘に駆けつけて写真に収める姿が見られた。地元の人がこんなにも時の鐘の写真を撮るなんて、もしかしたら・・・後にも先にもこの時だったのかも、と今になって思う。

9月に変化があったのは、当然ながら川越まつりを意識してのことは川越の人ならみな知っていました。そう、つまり川越まつりまでに覆いを外せるよう工事を進め、まつりの時に生まれ変わった時の鐘を見せるためということだろう、と。そのスケジュール感にも川越人は胸を熱くさせ、工事に携わる職人たちにエールを送っていたのでした。

そして・・・運命の2016年10月某日夜。

人知れず、時の鐘に設置された覆いが外される工事が行われた。大がかりな工事ということで夜間に行われ、この現場を目にした人はほとんどいなかったでしょう。一夜のことでした。





 

翌日、日が昇り、時の鐘が誰の目にも捉えられるようになると、その姿に街が、あ!と驚いた。たった一夜で覆いが外され、半年近くぶりに、ついに時の鐘が川越に姿を現したのだった。歓喜した川越人たち。


ここからは一日一日が目まぐるしく変わっていったと言っていい。つまり、川越まつりの日からの逆算で、急ピッチで工事が進行していったのでした。




 

2016年10月、工事用のネットが剥き出しになっていた状態から、ここである施しがされたことに川越の人はめざとく気が付いた。

グレーの覆いが掛けられた変化に、「??」という反応を示しましたが、2016年10月14日川越まつり前日に、その真意が解って、みな膝を打って「なるほど!!」と感動の声を挙げたのでした。

工事中をそれと伝えずに、川越まつりの時にしっかりと時の鐘を見せる。

川越のまつりのために、なんという心憎い粋な演出だったのでしょう。

川越まつりの時には、街中が紅白幕で彩られる軒端揃えが行われます。

それを命名するならば、「軒端揃え 時の鐘スペースバージョン」。

職人たちの意地とプライド、心憎い演出、2016年の川越まつりで時の鐘がお目見えしたのは、そんな舞台裏があったことは語り継ぎたいエピソードでもあります。

そして、2016年10月15日、16日の川越まつりでは、見事に時の鐘を背景にした各町内の山車曳行が行われました。

(午後の部「川越まつり」他町曳き回し連雀町道灌の山車2016年10月16日

https://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12210790743.html

 

川越まつり後、時の鐘に組まれていた足場などは徐々に外されていき、2016年末に工事終了。2017年1月の式典を迎え、次の100年に繋ぐ時の鐘のリニューアルに街は歓喜したのでした。

という、時の鐘の歴史的耐震工事から一年。

迎えた2017年12月31日大晦日。時の鐘に集まった整理券を手にした参加者は、3年ぶりという以上に、まさか時の鐘の内部に入れるなんてと、どの顔も紅潮しているのが伝わってくる。
除夜の鐘当日はこれも蔵の会会員有志が運営に携わり、薬師講の皆さんを中心に、一般参加の方がスムーズに鐘を搗く段取りを支えました。

今年除夜の鐘運営のお手伝いに手を挙げたのは、15人ほど。

除夜の鐘のお手伝いしながらも、お手伝い側で楽しんでしまおうという気持ちも胸に。そういう気持ちがないと運営できないだろうという真実もある。。。

冬の深夜というのは半端なく寒い、特に時の鐘の最上部になると四方から風が吹きつけてくるため、凍えるような寒さに打ちひしがれます。

という時の鐘事情に詳しい運営の面々は、みなの寒さ対策も完璧で、雪国に飛び込んでいくような重装備で揃っているのはさすが慣れたもの、中にはカイロを4つも忍ばせている会員も。参加者が鐘を搗き終わるまで大体2時間近く。厚着はし過ぎてもし過ぎはない、という気持ちで臨んでいました。
除夜の鐘の運営としては、階段下で受付や列整理をする担当、時の鐘内部の2層目、3層目、そして鐘楼部分、各層に数人人ずつ人を配置してスタッフ間の連携プレーで参加者を案内していきます。

ちなみに、来場者が鐘を搗く時は、一斉に内部に入るのではなく、階段下に列を作って並んでもらい、少しずつ階段を上がって中に入って待機してもらう。なにしろ、時の鐘の中は狭いので、少人数しか入っていけません。

そして最上部の鐘楼部分には一組ずつ上がってきてもらい、鐘を搗いてもらう。

このような手間の掛かる除夜の鐘は、他の寺院の除夜の鐘とは全く違うやり方で、時計塔ならではでしょう。

23時半に時の鐘最上部の鐘楼部にて蔵の会原会長が、無事に催行されますようにと鐘楼部の床を塩と酒で清め、いよいよ、時の鐘の除夜の鐘を始めようとしていた。

階段を上がってくる参加者は、こわごわ慎重に階段を踏み上がって内部に入ってきました。

内部の階段は、急階段というかはしご的に真上に登っていく感じで、一段一段足元を確かめるようにして上がっていかなければならない。

だが・・・怖そうと言っても、やっぱりなかなか入れない時の鐘です。時の鐘の中に居ることに、「うわ、凄い!」などと声を漏らしている人がほとんど。声は楽しそうです。

ささやかな式典を終えて、いよいよ参加者によって108の鐘が搗かれていく。

一番に並んでいた参加者が搗く時には、

「10,、9、8、7・・・」とカウントダウンをし、「ゴーーン」

時の鐘の除夜の鐘の一搗き目が見事に打ち鳴らされました。

鐘の音の余韻が細長く街に残り、いつまでも尾を引くようでした。

目の前で打たれる時の鐘の音の迫力は格別で、地上で聴く音とは全く別物。

ここから次々と最上部に上がってもらっては鐘を次々に搗いてもらっていく。

家族、友達などグループで参加が多いのは3年前と変わらず、みんなで記念に参加というのはどこの除夜の鐘でもそうだったのかも。

時の鐘は、人が階段を上り下りすると揺れます。

それは頂上の鐘楼のところにいるとよく分かって、さらに強い風が吹いても揺れる。

ちょうど0時には、

「明けましておめでとうございます!」と時の鐘内で拍手が沸き起こり新年を迎えました。

全ての参加者が打ち終わったのが、1時半近く。今回も2時間掛けての時の鐘の除夜の鐘でした。

 

スムーズに鐘が搗かれていく段取りは、蔵の会の面々の連携プレーが冴え渡っていたことによることを最後にお伝えします。

階上から下に向かって「それじゃあ2人上がってきてください!」

「頭気をつけてください。すぐ上に鐘があります!」

「足元気を付けてください」

「手すりつかまってゆっくりでいいですよ!」と各所の担当が参加者のフォローをしました。

最後にはこの日手伝った蔵の会会員も鐘を搗かせてもらい、鳴り響く鐘の音に一年の始まりをみなで噛み締めました。お掃除会から当日の運営、やり切りました。


夜とはいえ、鐘楼から眺める川越の街に一同見惚れるように、「凄ーい!」「江戸時代にタイムスリップしたみたい」などの声を漏らす。

一番街商店街のお店が除夜の鐘の運営にも携わっており、普段見慣れた一番街であっても、時の鐘から見下ろす一番街は全く別のものに見えることに驚いていた。

改めて自分たちの街を見直すような心境になっていった。

この一番街では3月になれば第三回「小江戸川越 江戸の日」が行われ、一番街が和の雰囲気でいっぱいになります。

夜の一番街を見下ろしながら、さらに思いは2018年の川越へ。

今年は一体川越はどんな出来事が起こっていくでしょう。

たくさんの出来事が起こり、そこから別の出来事へ連鎖し、それらが繋がり合い、大きなうねりとなっていったりする、そうして出来る街の潮流が今年はどんなものになるのか。

今年もまた、賑やかな街川越になることは間違いないことです。

街の動きの中、いろんなことに関わり協力したりしながら渦中に身を置いて、現場からしか出ない言葉を紡いで街に残していきたいと思います。

今年もよろしくお願いします。

 

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穏やかな天気、平日の落ち着いた川越の一番街。

見上げれば、今日も時の鐘はいつものように川越の街をどっしりと見守っていました。



一年に一度の大掃除。

年末恒例になっている川越蔵の会による時の鐘の大掃除を過日行いました。
川越のシンボル、時の鐘は

階段が足元にありますが普段は立ち入り禁止となっていて、

鐘楼は現在は電動により、6時、12時、15時、18時の一日四回打ち鳴らされています。

昭和の始めくらいまでは、

二階部分に鐘つき守の方が住み込みでいて、

定時に頂上の鐘楼部分に登って鐘をついていたそう。

確かに二階部分であれば、4畳半くらいの広さではありますが寝泊りできそうです。


年間600万人以上の観光客が来られる川越で、

川越に来たら一番街同様、時の鐘を見る事で川越に来たことを実感する代表的な場所。

川越の象徴的存在です。

なぜ、時の鐘が川越のシンボルと言われるのか??

「時の鐘」は、寛永4年から11年(1627~1634)の間に
川越城主酒井忠勝が、城下多賀町(いまの幸町)に建てたものが最初といわれています。
現在の鐘楼は、明治26年(1893)に起きた
川越大火の翌年に再建されたもの。
創建された江戸時代の初期から、
暮らしに欠かせない「時」を告げてきた川越の時計塔です。

高さは16メートル。

この辺りは土地が高い、高い所に建てることで遠くまで鐘の音が響き渡るよう計算されていたと思います。


当初は、時刻を知らせることで規則正しい生活を徹底させる目的がありましたが、

その存在感と鐘の音色は人々の生活になくてはならないものになっていった。

また、川越の街のほとんどが消失した明治の川越大火の後、

まっ先に建造して復興の象徴としたのが時の鐘でもありました。

時の鐘が再び建つことで、ここから再興していくんだと奮い立ち、

そびえ立つ雄姿が心の拠り所となっていたはず。川越の復興のシンボルだったのです。

そして火事を教訓に、耐火建築である蔵造りの建物が建ち並んでいきました。

今の人からしたら見慣れた時の鐘でも、

そこにあるのは悲惨な過去と立ち上がった人々の姿、平和な日常の願い、

単なる時計塔以上の想いがあの建物には込もっている。

そういう歴史に想いを馳せ、紐解くことも大事ではないかと思います。

時の鐘を掃除することはいろんな意味で感慨深く、掃除させていただくという意識があります。

川越の歴史を見つめ、人々に見つめられ、

変わらず在り続ける時の鐘が、川越のシンボルと言われるのは自然なことです。


平成8年に、時の鐘は環境庁主催の
「残したい“日本の音風景100選”」にも選ばれました。

時の鐘をくぐると薬師神社。昔から薬師講が盛んな神社で、眼に御利益があるとされています。



大掃除当日は、蔵の会会員の中で都合の合う会員が10人ほど集まり、

(蔵の会は川越のまちづくりを考える市民の団体です)
掃除は、時の鐘の内部を各階に分かれ、分担して掃除していきます。

川越のシンボルではありますが、時の鐘が掃除されるのは・・・

実は一年ぶり。そう、去年の年末に掃除して以来となります。


時の鐘は、2階、3階、4階の鐘楼部分からなる建物で、

上にいくほど室内は狭くなっていく。

決して大きな建物ではありませんが、狭い中で4階部分まであるので、

階段は必然的に梯子のような角度になる。

急階段から内部に入ってみると、薄暗い空間ですが、

小窓や壁の隙間から光が射し込み、灯りがなくてもまったく問題ありません。



おや?と思ったのが、去年ほど床に埃が溜まっていない。

去年ここに入った時には、一歩歩くだけで埃が立ち上がり、

埃によって斜めに差し込む光の筋がくっきり見えたのです。

壁のあちこちに隙間があるので、

外から埃などが入ってきても外に出ていかず、ここにどんどん溜まっていく。

それと比べると、今年は全然綺麗だった。

これから始まっていく時の鐘の耐震工事のために、

今年は事前調査が行われたので、その時に少しは掃除したのかもしれない、とのことでした。


外は寒さで手がかじかみますが、時の鐘の中は寒さが緩む。

そして、木の香りが充満していることも特徴で、

狭い空間四方に古い木が迫っているので、独特な香りがあります。

そして、

立派な梁が通っていても、足元を見ると、床の隙間から下の光が漏れてくるので、

内心ひやひやしながら足元を確かめるように踏み進みました。




会員がそれぞれ持参したのが、箒や塵取り、バケツ、雑巾などお掃除用具一式。
濡らした新聞紙を床に敷いて、埃を集めやすくする。

雑巾は何枚も持ち込みましたが、どれもすぐに真っ黒に。

去年より内部は綺麗といっても、本格的な掃除は一年ぶりなので、やはり埃は積もっています。


特に今年大活躍したのが、集塵機。
仕事で使っている集塵機を持ち寄ってくれた会員がいて、

これが今までの苦労がなんだったのかというくらい、すいすいゴミを吸い取ってくれました。

これからは集塵機がもう欠かせないかもしれません。






鐘楼の4階から集塵機で埃を吸い取っていき、

細かいところは濡らした雑巾で綺麗にし、

夜、鐘楼を照らすライト周辺も入念に拭いて綺麗にしていきました。

これで夜のライトアップがさらに綺麗になるかもしれません。

地上から見上げる鐘は小さく見えますが、

実際間近で見る鐘楼は巨大です。

鐘楼の真下に床を拭いている時に、ちょうど12時を迎えました。

12時といえば、鐘の鳴る時間。

頭の真上で鳴る鐘の音は、耳が遠くなるくらい大きな音。

地上で聞く風情とは違ってみんな掃除モードになっているので、

真上で鐘が鳴ろうが動じず、黙々と作業を進めます。


鐘楼から下りて、3階部分も集塵機が大活躍。

床に溜まった埃などをどんどん吸い込んでいってくれました。



(狭さが伝わるでしょうか)


手分けして行ったので小一時間ほどで終了しました。

毎年参加している方はさすが手際がいいです。

(時の鐘の掃除に慣れているというのも凄い話しですね(笑))

また学生会員も率先して頑張ってくれて、頼もしい限りです。


掃除道具一式と共に、地上に降りて今年の時の鐘の大掃除は終了となりました。

内部がピカピカに綺麗になって、時の鐘も心なしか喜んでいるように見えました!

これで、新年を迎えられる気持ちが整った感じです。

市民の手で川越のシンボルを大掃除できることが嬉しいです。


川越にはいろいろと古い建物がありますが、

旧鶴川座や川越織物市場など、積極的に関わることで、

眺めるだけから、自分たちの街の財産を身近なものに感じられるようになります。


最後に、時の鐘を見る、から、時の鐘から見る、とどうなるのか。

それはタイムスリップしたのような感覚になるので、

より川越の原風景、時の鐘を感じられます。感じてもらえれば幸いです♪


時の鐘を下から上がっていき、

西と東の小窓から外の風景を見てみました。

まずは西の小窓から。雲っているのは小窓がそれだけ雲っているんです。。。






そして東、一番街方面。



時の鐘は、これから耐震工事が始まるので、

来年の大掃除はどうなるか分かりませんが、

丈夫な建物になって、これからも末永く川越の街を見守って欲しいですね。。。♪



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川越のシンボル、時の鐘がある鐘つき堂通りに真新しい建物が建ち、

今年オープンしたばかりのお店が、大学いも川越いわたさん。

この日も土曜日とあって、たくさんの観光客が川越を訪れて、時の鐘を見上げていました。

事前の予報では雨マークがついていたが、なんとか持ちこたえてくれそうな気配の11時。

既にいわたさんのお店の前には、この日の参加者が集合して、説明に聞き入っていました。





その話の中心にいたのは・・・覚えているでしょうか、

川越のちょっとディープな散策ツアーのガイドでお馴染みの、

小江戸川越のらり蔵りスタッフのぼー‰さん。

そのガイドの切り口は、観光客の方がよく利用するシルバー人材のガイドとは少し異なり、

一番街を踏まえつつもそこから裏路地に切り込んでいったり、知られざる川越へ引き込んでいく。

ツアーには、川越に住んでいて一通りめぼしい観光地は見てきた地元の人がこぞって参加しているのも特徴です。


普段何気なく見ている川越の風景の中に、

『よーく見てみるとそこには』という視点を持ち込み、

見過ごしがちになる魅力を再発見させてくれて、

川越の面白さ、奥深さに触れられる散策ツアーとなっています。

川越と名の付くツアーで、ここまで細かい視点でディープなのものは他にはありません。

毎回小一時間という行程も参加しやすく、川越ガイドの独自ポジションを確立しています。


よーく見てみると、という言葉はのらり蔵りの決めゼリフともなっていて、

ツアーの最中何度も出てきます。

参加者の方ももう心得ていて、特にこの言葉と指差しが出ると皆さんの表情が変わり、

指で差されたところを集中して見るようになる。

そこには実は知られざる川越が・・・というやり取りが定番となっています。


そのツアーに初めて参加したのが2013年の喜多院周辺散策でした。

(2013年夏小江戸川越のらり蔵りツアーより)


現在、「小江戸川越のらり蔵り (以下のら蔵)」というフェイスブックページでは、

毎日ディープな川越情報が発信されています。

川越にこだわり、川越の発信にこだわり続けている。

のら蔵スタッフのぼーさんは生まれも育ちも生粋の川越人。

喜多院目の前の宮崎医院で産声を上げ、

第一小学校、第一中学校、川越農業高校(現川越総合高校)という川越の一色で歩んできた方。


そして2014年8月9日には、本川越駅から歩いて5分のところにある、

大学いも川越いわたさんとコラボツアーを実現したことはここでも伝えてきました。

いわたさんのお店をスタート・ゴール地点として、1時間のちょっとディープな川越散策を行いました。





コラボが実現したのは、小江戸川越のらり蔵りのことはいわたさんも以前から知っていて、

のら蔵による川越の独自視点に注目していたことがありました。

そこから二人のコラボに至るのは、ある時ふとした立ち話から、

一緒に楽しいことしよう!とお互いの思いが噛み合ってとんとん拍子で進んだのだといいます。


いわたさんには、ずっと抱いていた思いがあった。

「物を売るだけではなく、他に喜んでもらえることを考えていました」と話し、

ぼーさんがお客さんとしてたまたまいわたさんに来店した時、

雑談している中で意気投合し、あっという間にツアー企画が決まっていった。

「話したらすぐに企画書持ってきてくれたんですよ(笑)」

と振り返るいわたさん。


あれから4ヶ月。

再びいわたさんとのコラボの話しが立ち上がると、

いつのもようにあっという間に企画書をまとめ上げ、のら蔵のぼーさんは形にしていきました。

それが、2014年12月20日に開催された、

「第二弾大学いも川越いわた×小江戸川越のらり蔵り

ちょっとディープな小江戸川越散策ツアー」でした。


いわたさんと今回話しをしていたのは、

「前回は新富町のお店をスタート、ゴールにしていた。

ぜっかくいわたさんが2号店となる時の鐘店をオープンしたのだから、新しいお店をスタート、ゴールにして

お店を盛り上げたい気持ちがあった。

もちろん、時の鐘周辺でも、地元の人が知らないちょっとディープな話しはたくさんある」

と語るのら蔵。

そして、多くの方が時の鐘店の前に参加者が集まっていたのです。


リピーターが多いのもこのツアーの特徴で、

前回参加した方も「今度は時の鐘周辺ということで楽しみにしてきました」と話し、

顔馴染みになった同士和気あいあいとした雰囲気があり、

今回初参加の方も多くいました。

共通するのはほとんどが川越在住者ということ。

川越に生まれ育ち数十年という方もいて参加者もちょっとディープです。

川越の人は一般的な川越散策ツアーには意外に参加しない、

在住者がこれだけ参加するのは極めて稀です。

今回も、あの決めゼリフは登場するのでしょうか。参加者の方もどこで出るのか期待していました。



今回のツアーで

「今日はこういう場所を歩きますからね」と冒頭に資料として渡されたのは、川越の地図。

それも・・・1979年の住宅地図でした。

ちなみに手前にある小さなカードは、

ちょっとディープな小江戸川越散策ツアーのポイントカードです。

一回参加するとスタンプを一つ押してもらえ、

集めると特典がもらえます。


そして参加者特典として、のら蔵手作りの鬼瓦とカゲ盛りのストラップもプレゼントされました。


スタート前の話しで、

「本日はご参加ありがとうございます。

今日のところは一番街には行かず、ちょっとディープな行程でいきます」

との話しがあり、こういう話しに川越在住者の瞳は輝く。


いよいよ、いわたさんのお店を出発して散策ツアーがスタートすると、

時の鐘と薬師神社の話しに触れたものの、

「では、こちらに行きます」と

時の鐘がすぐそこにあるにもかかわらず、逆方向に参加者を誘導するのら蔵。

どんどん時の鐘の姿が遠くなっていきます。さすがは、ちょっとディープな小江戸川越散策ツアー。

そして、細い路地を入ると、完全に時の鐘が見えなくなりました。

川越のシンボル、時の鐘の前を通らないなんて・・・

参加者の方々は戸惑っているのかと思いきや、むしろなんだから楽しそう。

「この細道は入らないなあ」と参加者から呟きが漏れつつ、

どこにいざなってくれるのか期待が高まっているようでした。


時の鐘の近くの路地を入って真っ直ぐ進み、そこからさらに細い路地を入っていく一行。

「へえ、こんな場所があったんだ」驚きの声が上がります。



ここでのら蔵が案内したかったのが、小さな湧き水だった。

昔からこの場所からこんこんと湧き出ていて、今で絶えず流れています。

大学いも川越いわたさんの新富町のお店の近くには小江戸蔵里がある。

蔵里は以前は小江戸鏡山酒造があった場所というのはよく知られた話しですが、

実は川越にはは他にも酒造会社がありました。

「この湧き水は本物です。向かいの幸すしさんのあのあたりに

『ときわ』という銘柄のお酒を作っていた酒蔵があったんです。

この大地から昔から水が湧き出ていたんです」




のら蔵が語る、川越は水の都という話しは、以前からのツアーでもよく出ています。

1457年に川越城を築城する際に、

一帯は湿地だったため埋め立てるのに大変苦労したという話しは現在に伝わっている。

その水の痕跡を探すようにして、川越と水の歴史をこれまでもツアーで話してきたのら蔵。

ここに流れる湧き水も川越を物語る一つの証拠、

知る人ぞ知る酒蔵の話しだけでなく、そこから川越の形成の話しまで繋げていきました。


川越style


川越style

(以前のツアーで歩いた喜多院周辺の水辺。水の都の痕跡?)


時の鐘スタートのツアーで、まっ先に小さな湧き水へ案内するところがのら蔵らしい。

この湧き水には川越の歴史が詰まっている。

川越を知ってもらうために大事なポイントがある、そんなメッセージが込められていました。


路地から広い道路に出て、市役所の前を通り過ぎていきました。

歩きながらも、ここは昔中華料理屋があった、とか

市役所の現在の駐車場の所に前川越庁舎があった、消防局があった、

コインパーキングの入口あたりに火の見櫓があった、などなど

雑談も面白い話しが満載でした。

また、参加者が川越在住者が多いこともあって、

「あの小学校出たんですよ」など、歩きながらも地元トークに花が咲きます。



市役所から川越城本丸御殿まで続く道はエピソードがたくさんある。

「本丸御殿が近いので、敵の侵入をできるだけ抑えるために

このような形態の道になっているのだと思います」

とクランク状になっている道を指差しながら歩いていくのら蔵。




一緒に歩いていた方がぽつりと言いました。

「この辺はかつてはお城の中だったんだよね」

そう、今一行は川越城の内部を突き進んでいる。

普段は歩いていてもそういうことは実感しなくても、

このツアーに参加していると改めて川越の重みが感じられるよう。

いつも思いますが、のら蔵ツアーに参加して歩いていると

川越の風景が変わる。

話しを聞いていると、だんだんと昔の川越が近くなってきて、

いつしかその中に入り込んでいるような感覚になる。

今川越城の中を歩いている、実感が迫ってくる。

そのことを参加者の方に言うと、確かにそうだ、と頷いていました。

と言い合っていたら、

「川越城内だけを重点的に歩くツアーもありだよね」

と応えるのら蔵スタッフ。


話しの内容のみならず、話し手の語り口、佇まい、

全ての要素で成り立ち、必要になるのがツアーガイドというものなら、

そこから風景を変えるツアーを実現しているのがのら蔵です。

川越城にあった霧吹きの井戸が、今は市立博物館前にある話しの後、

本丸御殿の前、初雁球場で立ち止まる一行。

そこは球場に入る入口の横だった。

なぜここに案内されたのか「?」が浮かんでいる参加者の表情。

初雁球場の入口に?ここにそんな重要なものがあったのか?何があるというのか。一同がいぶかしがる中・・・
おもむろに口を開く。

「2020年東京オリンピックがありますが、1964年に東京オリンピックがあり、

それ以前に東京オリンピックが計画されたものの、

太平洋戦争で開催されなかった幻のオリンピックがありましたね。

実はその幻のオリンピックの時に、この初雁球場が寄付されたんです」

まさか初雁球場が、幻のオリンピックと縁があったなんて、

そうだったんだ、と感嘆の声を上げる参加者一同。

それでも、この球場がそんな昔のオリンピックと繋がりがあることが信じられないのもまた事実。

まだ実感できない参加者の反応を見越したように、間髪入れずに、

これに注目してくださいと指差したのは、


「これは国旗掲揚台なんです」



「これ、何色になっていますか??」

そこで参加者から、ああ!と歓声が上がりました。




確かに五色です。昭和13年に作られたことが書かれています。

そのオリンピックが開催されていれば、この台で国旗掲揚が行われていたはず。

その台からは、どれだけオリンピック開催決定に沸きたったことか、当時の人の熱気が肌に伝わってくるようです。

今までこれに目を留めていた方もいたでしょう、

何かの記念碑なのかなと思いを巡らせた方もいたでしょう、

それが、幻のオリンピックと繋がっていたことを知っている川越市民がどれだけいるでしょうか。

参加者の方から、「全然知らなかった!」という声が相次ぎました。


初雁球場に眠るエピソードはまだまだあり、特にこの周辺の話しが今回は多かった。

球場前にかつて東武鉄道で貨物列車として活躍していた蒸気機関車が、

引退後はつかり公園に展示されていた話しにも、へえ!と一堂から溜め息が漏れます。


(当時のはつかり公園の展示風景の写真から。現在は宮代町に展示されているそう)



「この位置で、この向きで機関車が展示されていたんですよ。

よーく見てみると、地面に痕跡が残っていますよね」

ここでついに出ました、決めゼリフ。

確かにパッと見は分からないですが、よーく見てみるとうっすらと跡が分かります。

この位置に運んでくるために、先ほどのクランクを曲がってここまで来たという話しも

今からはもう想像できないような事実です。


その他に、『初雁の杉』の三代目となる杉へ案内し、三芳野神社へと続いていきました。



「三芳野神社の裏に、たいへん見事な杉の木がありました。
これを一名、『初雁の杉』と呼んでいました。
昔、北の空から飛んできた初雁が、
必ずこの杉の上で「ガァ~~」と三声鳴きながら、三度、グルッと回り、
南の方へ飛び去りました。
これは毎年のことで一度も忘れたことがなかったそうです。
そして、このことによって、川越城は「初雁城」と呼ばれるようになりました」


その三代目となる杉は・・・あっけないくらい小さい木でした。。。

拍子抜けする一同でしたが、歴史上の杉が今も続くことに感激していました。
霧吹きの井戸と合わせて、川越城七不思議の話しを織り込んでいくツアーでした。



三芳野神社は、童歌「通りゃんせ」発祥の地とも言われている。

「意外と知られていないのですが、この神社は菅原道真を祀っていて、

菅原町の菅原神社と同じなんです」

そこから、菅原町の菅原神社であった大名行列の話しへと展開し、と

一つの話しから次々と広がっていくトーク。


通りゃんせといえば、天神様の細道、

「それではここから天神様の細道を歩きます」との言葉に、

一同から、おお!という反応が起こります。

天神様の細道があることを初めて知る方、

どこかにある事は知っていても場所が分からなかった方、

いよいよその場所へ足を踏み入れるんだ、と足早になりました。



その道中も、本丸御殿からここが坂道になっているのは、築城の際に土で埋め立てたからではないか?

もともとこの辺りは湿地だった場所、

どこかから土を運んで台地にしたのではないかという説が披露されていくのら蔵。

その運ばれた場所の候補として、久保町の土を挙げていました。

久保町の川越日高県道は、よーく見てみると窪地になっている。

土をお城に運んだために窪地になった?

窪地から→久保町になった?など想像を刺激される話しが続きます。


そして、天神様の細道に潜入していく時には、

一行から

「通りゃんせ

通りゃんせ

ここはどこの細道じゃ

天神さまの細道じゃ」と口ずさむ歌が聴こえてきました。

という細道の場所はあえて伏せておきます。。。


銀杏の濃厚な香りが漂う富士見櫓跡では、

浅間神社の初山のことや川越田曲輪門跡、

富士見櫓跡から天気が良ければスカイツリーが見える話しなどを紹介しつつ、

ここにある階段に言及するのら蔵。

富士見櫓の階段を紹介するツアーは、まず他ではありえない。この切り口が独特です。


「踊り場をよーく見てみると、寄付をした昔の川越の商人の名前が彫ってあるんです」





細かい話しにこそこれまでの川越の人の営みが詰まり、

目の前の風景が変わっていくのだと気付きました。

そこに、このツアーの醍醐味がある。


ここから時の鐘に向かって帰っていくルート。

家老屋敷があった川越第一小学校には、校内に家老の松が今も残っていること、

この辺りにも堀を巡らせていたのではないかという話し、

かつて川越小学校の門は別の場所にあったという痕跡の案内、

よーく見ると、

日常の景色に昔の川越があちこちに混ざっていて、今と昔が混在していたことを知る。



「昔はここから生徒が入っていたのかもしれない。

同じような門跡は、川越総合高校の北側にもあるんです」


そして、真っ直ぐ進み、大学いも川越いたわさんの時の鐘店に戻ってきました。



11時にスタートしてから一時間、ぴったり12時に戻ってきたツアー、

時間厳守もさすがにのら蔵です。

時の鐘が、ごーんと12時の鐘が鳴り響きます。

お店ではいわたさんが到着を迎えてくれ、

参加者にいわたさん特製の紫芋を使用した温かい飲み物と小江戸スティックが振舞われました。

タイムスリップしたかのようなツアーから帰ってきて、時の鐘の鐘つきの音色を聴きながらほっこりと頂く、

さらに味わいが深まるようでした。

「美味しい~!」と皆さんの表情がほころびます。




コラボ第二弾、

「大学いも川越いわた×小江戸川越のらり蔵り

ちょっとディープな小江戸川越散策ツアー」も盛況のうちに幕を閉じました。

振り返れば、一時間の行程とは思えないくらい密度の濃い内容で、

よく知られた話しを踏まえつつ、よーく見てみるとという話しまで、

歩いている最中ずっと周囲を見回している感じでした。


参加者の方の道中の言葉として、

「全然気にしていなかったけどこんなのがあったんだ」

というのが多く聞かれたのが印象的だった。


全然気にしていなかった。


この場所には昔から何度も来ている、

この場所のことは知っているつもりだ、

知っているつもりだけれど日常の風景になってしまっている中で、

そこに、よーく見てみる視点を持ち込むことですぐ目の前に思いがけないものが現れる。

日常がひっくり返るような新鮮な驚きに、皆さん笑顔になっていました。


川越は細部こそ面白い。


よーく見てみると、知られざる場所はまだまだ川越にはありそうです。
こうして読んでみるだけで、時の鐘の見え方が変わっていたりしませんか??

そう、そういう感覚で一行はツアーのゴールに帰ってきていたんです。


これからも引き続き「小江戸川越のらり蔵り」は、

川越散策ツアーを積極的に企画していく予定で、本格的に、
観光案内と手作り土産の事務所兼店舗を構えていこうとしています。

今回のようなちょっとディープな散策ツアーから、

初めて川越に来られる方向けのツアーなど、いろんな対応を考えているそう。


ここで紹介した内容はツアーの触りで、実際に参加してみないと

川越の深さに触れられないのはもちろんのことです。

日々の情報発信は、フェイスブックページをお楽しみください。

小江戸川越のらり蔵り


ちょっとディープなツアーとしては、

いわたさんとの第三弾コラボするにしても、

時の鐘や新富町でもまだまだ話しのネタはある、

志多町の柳屋酒店とのタイアップで、江戸時代の川越をテーマにすることも企画の一つ。
これからも川越のいろんな場所で、日常風景を生き生きとしたものに変えるツアーを行っていきます。

来年以降の展開にも目が離せません。

合言葉は・・・


「よーく見てみると」




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「4年前まで、毎月のように風邪を

ひいてたんです。

インフルにも毎年のようにかかっていて。


最初は自分の体質を変えたいと、

食材にこだわるようになったんですね。


元気な食材のおかげで体も丈夫になって、

今ではまったく風邪ひかなくなりましたよ~。!


そんな自分を変えてくれた食材を使った

お店を開きたいと。

それがここの始まりなんです。」


そう話してくれたのは、

おにぎり屋さん『みれっと』の女将さんの加島さん。♪


以前はそんな病気になってたなんて。。。

今の元気で明るく話す姿からは
まったく想像できないです。(笑)


医食同源。

やっぱり食べるもので変わるんですね~。!


体をぽっかぽかさせるそのおにぎりに

隠された秘密とは・・・

そんな謎に迫るため

みれっとに向かいました。(*^o^*)


お米って凄いなあって

再確認です。


それではどうぞ♪


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

川越style
観光客で賑わうお馴染み川越の時の鐘。

この時の鐘がある通りに

みれっとはあります。


この通りのちょっと奥の方にあるので、

気づかない人結構多いかも。。。


それに・・・

営業が・・・

金土日だけなんです。(ノω・、)


いいお店なのにもったいない。
川越style
お店で扱う野菜などは、

全部自分たちで信頼できる農家さんを探してるそう。

それは時間と手間がかかる事だし、

調味料もみれっと特製の手作りですからね♪


営業日限定されてしまっても

仕方ないかなあ。


ホントはもっと営業したいそうだけど、

現状無理みたいです。。。


とにかく体にいいもの、

体をぽっかぽかさせる事にこだわるお店です。(-^□^-)


お得なランチもあるけど、

単品おにぎりを見てみますね。


メニュー表見て、おや?と思いました。(笑)
だっておにぎりといえば、

「梅」「鮭」「昆布」などの言葉を

想像してたんだけど・・・

川越style
今までのおにぎり屋さんのイメージを覆す

言葉が並んでます。wヾ(@°▽°@)ノ

「あまからG」

「鉄っちゃん」

「みれっとのお塩」

「焼きライスバー」

「玄米イタリアン」

「みれっと玄気」


どういう物かちょっと分かりにくいけど、w

これって
お米にこだわるあまりのネーミングなんだろうね。

そういうのは伝わってくる。!

(このネーミングは、

みれっとの小さな相談役が付けてるそう。

相談役・・・センスいいですね。(*^.^*))


この中から

焼きライスバーとみれっとのお塩を頼んでみます。

川越style
店内はカウンター席とテーブル席が一つ。

それに外にテラス席もありますよ♪


加島さんに聞いたら

ここのテラス席は

犬連れさん大歓迎だそう!


あ!

前に僕

ドッグカフェこの辺にありませんか?って

聞かれた事あるんだった。


その時は

「川越ベーカリー楽楽」のオープンカフェが思い浮かんだけど、

みれっとのテラス席も

今度から加えよう~♪
川越style
テラス席はこんな感じです。

ワンコと一緒にぽっかぽかおにぎりどうかな??(*^o^*)

それと

『ワンコさん、飼い主さんも食べられる

自家製"無添加 ささみジャーキー"好評販売中!!』

だそうですよ♪


玄米食から始めて

野菜や調味料にもこだわるようになった女将さんは・・・


「これらがみんな力あるものじゃないと

バランスが崩れてしまうんですよ。


力がない野菜は

調味料に負けてしまうとか。。。


それと大事なのはお塩。

自然食レストランの玄米食べても

体が冷えてしまう私は、

ここで使ってるお塩と出会って体質が変わりましたよ。


低体温・冷え性だった体を、

風邪知らずの丈夫な体にさせてくれた

玄米おにぎり。


それでは頂きま~すヾ(@°▽°@)ノ

川越style



川越style
下はシンプルな

『みれっとのお塩』。

加島さんがようやく辿り着いた

石川県の玄米です。


玄米といっても、もちもちとして柔らい。♪


これは

毎日食べたいおにぎりだなあ。(*^.^*)

毎日食べたら風邪知らずになるの分かる味。(笑)


と、ここで・・・

ご主人にもお話を聞いてみます。

(お店総出で協力ありがとうございます!w)


農薬を使わない玄米について

いろいろ聞かせてもらったんだけど、

もちろんそれはタメになる話でした。


ただ・・・

それよりも気になった事がありまして。(笑)


それが・・・


ご主人の肌が

もちもちとしてあまりにも綺麗だなって。。。


年齢聞いてびっくり!Σ(゚д゚;)

なんと今年還暦だそう。
川越style
みれっとの食材食べると肌も綺麗になるのかしら。(●´ω`●)ゞ

そんな事も考えてしまった。w


みれっとに来て

お米のパワーを再確認しましたよ~♪

やっぱり食材大事ですね。

加島さんによると

特に夜玄米食べるとデトックスにいいみたい。


僕も食材にこだわって

あんな風に綺麗な肌になりたーい。w(-^□^-)


『みれっと』

川越市大手町14-21

金土日 12:30~


川越style

しっかし、時の鐘の近くに

こんな素敵なお店があったとは。。。


話聞いてみないと

分からない事がたくさんありますね。

知る事ができてよかった。


最後は

↑この稲をご主人に持ってもらって・・・

川越style
最後までご協力ありがとうございましたヾ(@°▽°@)ノ


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昨日の記事で

「時の鐘」の横は団子屋さんだよ~って

超細かい事言ってしまったけど。。。w

(時の鐘は川越のランドマークね♪)


う~ん、あの団子屋さん

見過ごされるくらい

存在感ないのかなあ。


確かに

いも恋の方がずっとメジャーではある(笑)


↓でもちゃんと暖簾に・・・



川越style
オダンゴって書いてあるでしょ??(‐^▽^‐)

団子の田中屋さん。


このお店いつ頃から

やってるんだろう。

俺が物心付いた時には既にやってたし。。。

小さい時に食べたの覚えてるよ。(*^▽^*)


懐かしくて

たまに食べたくなる味。


でも

食べたいと思っても

これがまた

なかなか食べられないんだよね。(ノ_-。)


だっていつも

午前中で売り切れてしまうんだもん。w


この前お店通った時・・・


あ!

まだ大丈夫みたい!


川越style
おじさんが焼いてるのが

外から見えればまだ売ってる証拠です。(●´ω`●)ゞ


入ってみますね!


川越style

年季が入った建物だなあ。

うん、でも落ち着く感じ。


建物もそうだし、

おじさんがうちわで扇ぐ姿にも

安心感もらえます。(*^o^*)

しばし見とれてしまうわ。w


こういう雰囲気で焼かれた団子って、

それだけで

美味しさが倍増するようでね。

そんな感じしません??w


川越style
まん丸というか

少し平べったい感じだね。


形が微妙に不揃いってのが

なんともいい。(*⌒∇⌒*)


1本だけ頼んでみましたよ~。


そして・・・驚く事なかれ!


このお団子・・・


川越style
「1本60円なり。」


やす!Σ(゚д゚;)

安いから、

ここの団子はフラッと立ち寄って食べる

おやつ感覚です。w


おじさん、また団子焼く姿

見させてください。m(_ _ )m

微妙な力加減で

風量を調整する姿がカッコいいんです!ヽ(゚◇゚ )ノ


これからも

美味しい団子よろしくお願いします!



川越style


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


お店の外に自販機があるんだけど・・・

なんともお店に合ってるわ。w


川越style
コーヒー牛乳にフルーツ牛乳に牛乳(*^▽^*)

銭湯みたいな自販機です。w


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