「川越style」

webマガジン川越styleは、「小江戸川越」のお店や人、イベント、行事、風景、文化、川越の熱い動きを伝える情報発信サイトです。過去記事もぜひどうぞ。川越の一大叙事詩、川越を深く伝え尽くす。


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風が通り過ぎていくと苗がカサカサと音を立てて揺れる。
広大な無音の世界に、まだ小さな緑色の苗だけが揺れる音が、微かに耳に届くばかりでした。
また、この風景に出会えた。
2015年の川越のお米作りも始まっています。

2015年のみずほ農園さんの田んぼは、田植えからこの時で1ヶ月ほど経ち、

苗は順調に根と背を伸ばしていました。
今年の苗の生育は、天候で心配した時期もあったそうですが、

「無事に瑞穂の状態まで育ってくれてホッとしている」と話す。
ちなみに、今の時期の、緑色の苗が真っ直ぐ育っている姿が

瑞々しい稲穂ということから瑞穂と呼ばれます。

川越の南古谷地区の南田島、氷川神社に見守られながらあるこの周辺には、

昨年、苗植えから稲穂が実るまで見届けたみずほ農園さんの田んぼが広がる。

(2014年川越のお米が出来上がりました http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11910799308.html

川越の南田島は、300世帯以上あるうちの50世帯ほどが米農家という川越の一大穀倉地域。
中でもみずほさんの家は7代続く米農家で、30年前にお嫁に来て以来、毎年お米作りに携わっています。l


・・・と、そこへ。
「こんにちは」「こんにちは」明るい声が響く。
やって来たのは、川越を拠点に活躍するミュージシャンの

LiLoさんとバイオリンの飯田さん、飯田さんのお子さん。



「わあ!綺麗ですね」
「この風景癒されるなあ」
「なんだか川越じゃないみたい」

田んぼに降り立った3人は早くも田んぼの風景に引き込まれているようでした。
『川越じゃないみたい』という言葉は、

こういう田んぼに来る人みんなが口にするような気がします。
川越は周辺地域にはたくさんの田んぼが広がる街なのですが、
川越のイメージというと、

駅周辺の賑やかな様子や蔵造り町並みを思い浮かべる人が川越の人でも多い。
いや、川越駅からほんの2キロほど来ればこうした田んぼが広がり、

別の方向を見ればウニクス南古谷が臨め、
田んぼから川越駅前のアトレが見えるような距離で、
そこで何代にも渡って営々とお米を作ってきた農家がいることの想像力を

川越の人こそ大事にして欲しいと思う。

「アトレが見えるなんて、めちゃくちゃ近いんですね」
とLiLoさんは驚きの声を上げていた。


川越の田んぼの現場を見るのは、農家さんとの縁がないと見れない、そう考える方もいると思いますが、
実は川越は一般の人が田んぼに触れる機会が多い街でもあります。

2015年6月6日には、川越の吉田にある田んぼにて、

かわごえ里山イニシアチブ主催、川越Farmer'sMarket共催

「みなみかぜ いきいき田んぼの会の田植え」が開催され、
2反の田んぼの泥の中に入って手植えを行いました。

子どもたちはみんな元気に田植えを頑張っていました。



(みなみかぜ いきいき田んぼの会の田植えの様子)
他にも、川越の福田でも一般の人による手植え体験に参加することができる機会があり、

この春市内各地でたくさんの方が田んぼに入りました。


そして、この南田島の田んぼにも、

一見異色にもみえる、ミュージシャンと田んぼというコントラストがあった。
一面緑色に染まる景色に、LiLoさんと飯田さんの嘆息は途切れることがありませんでした。
「あ!オタマジャクシだ!」
「もう足が生えているね」
水の中を覗きこむと、まだ小さなオタマジャクシに、足が生えてきたオタマジャクシ、

それにカエルがあちこち泳いでいるのが見える。
さらに水の中や畦には、タニシ、ヤゴ、バッタ、イナゴ、ホウネンエビ、ミズグモに、

野生のカルガモも時に田んぼにやって来るのだそう。


畔を歩くと足元で何かが動く気配があり、それはみんな小さな命のきらめきだった。

田んぼは本当に生物多様性。

氷川神社の桜の木にはカブトムシがやって来るし、根の下は冬を越すための冬眠の場所。

イチョウの木にはコウモリも飛んできて羽を休めることもあるという。
「あ!またオタマジャクシがいたよ!泳いでった!」
川越在住のLiLoさんと飯田さんは、

こうして川越の田んぼを間近に見るのは今まで経験したことないことで、
ましてや農家さんと田んぼで話しをするなんて初めてのこと。
3人は、みずほさんの田んぼやって来るこの日をずっと心待ちにしていました。



氷川神社にある富士塚裏手から。「ほら、あそこに富士山が見えるんですよ」




野菜も育てているみずほさん。採ったばかりのキュウリをLiLoさんに手渡す。

がぶり。「凄い瑞々しいです!」




スタジオリハーサル前に田んぼを訪れた二人。
ミュージシャンが田んぼにいることに違和感を持ちますか??
いえ、こういうことはミュージシャンにとっても大事なことで、
特に、川越を拠点に活動している、と公言するなら川越のことを知っていて欲しいと思うし、
川越のことは川越の自然を知らないと川越の深いところにいけない。
LiLoさんも飯田さんも、川越が大好きだし、川越の自然も好き。
そういう方だと思っていたから、
川越の旬の農産物の販売や農産物を使用したお料理を味わい、音楽に耳を傾ける

「川越収穫祭」というイベントを2015年1月に企画した時に真っ先に出演をお願いしたし、

思った通り、収穫祭のLIVEは涙する方もいたほど最高でした。



(川越収穫祭2015冬より http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12040318265.html
あのイベントで、トークセッションに登壇したのがみずほさんで、
川越のお米作りのこと、田んぼや自然のお話しを聞かせてくれました。

農家さんにとってはずっと見てきた川越の風景でも、

観客である一般的な川越の生活者にとっては初めて聴く話しばかり。
自分たちの街にそんな話しがあったなんて!と息をのんで聞き入っていました。
特に、何ヵ月もかけて育て稲穂までつけた稲を、

台風でだめになってしまった話しには会場がしんとなっていたのが印象的。

あの収穫祭の場で、LiLoさんと飯田さんは

川越の田んぼを見てみたい、みずほさんの田んぼに行きたいと意気投合して盛り上がり、

今年の田植えが終わって落ち着いた頃に田んぼで会おう、と約束していたのでした。

ちなみにこの時に、いずれ川越Farmer'sMarketを開催することを見越して、

川越Farmer'sMarketのテーマソングを作って欲しいと、既にLiLoさんにはお願いしていました。


2015年春を過ぎ、田んぼでは水が張られていよいよ田植えが始まっていった。


そして、田植えが一段落した6月14日に古本カフェAgostoで行われた

「LiLo LIVE in Agosto」にはみずほさんも駆けつけて、

披露された川越Farmer'sMarketのテーマソング「HAVEST」を聞き入っていました。



(2015年6月LiLo live in Agostoより http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12040318265.html

あの場で、田んぼに行く具体的な日程を双方で合わせ、

ついにLiLoさんと飯田さんが田んぼに行く日が決まり、やって来たのがこの日だったのです。



みずほさん手作りのシソジュースをいただく。
「美味しい~!」とこの味に一番感激していたのは、

この日生まれて初めてシソジュースを飲んだという飯田さんのお子さん。
何度もおかわりして、飲み干してしまうくらい。自然の味を気に入ったようでした。
みずほさんの畑にも興味津々で、

「じぶんでしゅうかくする!」と言って採ったばかりのキュウリをガブリとかじり、

さらに採ったナスを大事そうに手にして走り回る姿は、
「なんだかトトロのメイちゃんみたいだね」
と一同笑顔に包まれました。



田んぼの畦道を歩いて行く。
AgostoのLIVEでは「カントリーロード」を熱唱したLiLoさんですが、
二人の演奏家は、まさに川越のカントリーロードをゆっくり歩きながら、風景を噛み締めているようでした。

田んぼで鋭気養い、いよいよ7月12日川越Farmer'sMarketのLIVEに臨みます。

実際に自分たちの目で見て、耳を澄ませ、感じたものは、

きっと歌にも生かされていくと思います。「HAVEST」がどんな雰囲気で演奏されるか楽しみです。


ちなみにみずほ農園さんは、川越Farmer'sMarketに夏野菜も出品します。

旬のお野菜をどうぞ。



「HARVEST」

『ずっと待っていたんだよ
君に会えるのを

ほんの小さな種の中にいる頃からずっと見てきたよ。

愛を注いだり
時に突き放したり
誰かに踏まれてしまっても
また太陽と恵みの雨を信じて、、

だれかの笑顔になるように
優しいこころ根付くように
やがて芽吹き花が咲き実る
そんな幸せの種

この場所にまた集まって
ぼくら太陽の子どもさ
生まれたての命
さぁ召し上がれ』



「川越Farmer'sMarket」

2015年7月12日蓮馨寺11:00~16:00

https://www.facebook.com/kawagoefm


音楽&トークセッション、ステージタイムスケジュール
11:00~尚美学園大学
11:30~シュガーブレッシング
12:00~LiLo&飯田理乃
12:30~川越のブランド豚肉「小江戸黒豚」の魅力を辻の吉野屋さんが語る!
13:00~吉野さんに伺う川越の野菜作り
13:30~野々山さんが語る川越の自然と蜂蜜のこと
14:00~尚美学園大学
14:30~シュガーブレッシング
15:00~LiLo&飯田理乃




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2014年11月、黄金色に輝く庭は人で溢れ、ここでしか出会えない雑貨が並んだ一日。



そして本格的な冬を迎え、年を跨いで2015年。

寒さが厳しくなる中庭の木々は葉を落とし、

枝だけとなった木々はまっすぐに上を目指し、

凛々しく立つ姿は来たるべく季節をじっと待ち構えているような強さを感じさせた。


2015年3月。

だんだんと肌寒さが緩んでくると、さあ待ってましたとばかりに、

庭の木々は色めき立ち緑色に色付き始めていった。

それはもう、通りを通るたびに、というくらいの速度で緑色が増し、緑色に覆われていって、

日に日に変化していく庭に思わず植物たちの息吹きが聴こえてくるようで、

ダイナミックな生命力が発散していました。

そして・・・2015年5月。

新緑のこの季節に、今年も栗原造園でオープンガーデンが開催されました。

西武新宿線南大塚駅から大田街道沿いにある栗原造園。

6年目となったオープンガーデンは、すでに地域の方に浸透し楽しみにされている方も多いイベント。

また、事前に通り沿いに開催告知の立て看板を設置していたこともあり、

目にされた方が問い合わせによく来られたのだそう。

この森でなにかイベントがあるらしい、その期待は地域を包み、

南大塚だけでなく、今は遠方からも来られるイベントとなったオープンガーデン。

あの庭が好きで、あの庭が好きな人の感性はみんな繋がっているようなところがあって、

庭だけでなく、「あそこに集う人が素敵」と今は言えるくらい幸せな空間。

木々たちは元気よく葉を覆い、入り口の銅葉色のシステナも明るさをプラスして、「どうぞ、いらっしゃい」とやって来る方々を迎える準備を整えていました。


5月16日(土)事前の予報では雨、当日も朝から本降りのような降り方で、

でも雨天決行と聞いていたので、実はそんなに悲嘆に暮れていたわけではなかったのです。

なぜなら、雨なら雨で、あの庭が雨に濡れた様子もまた見てみたい、

そんな気持ちがどこかにあって、

天気に合わせて姿を変える庭を楽しみたい、それだけでした。それに年によって植物の育ち方は変わるはずで、今年の今までの天候で今年だけの森がこの日に見られるものと思っていた。

おそらく、そう思っていた方が多かったんでしょう。

そして、そう思わせるイベントって川越に他にない。

雨ならではの体験もまた楽しみ、と思わせるくらいこの庭が知られるようになって、

この体験は特別なものだとみんなが実感していました。

オープンガーデンがスタートする頃には雨が止み、

先ほどまでの雨が嘘のように、10時にすでに大勢の人が集まっている光景がやはり栗原造園でした。









晴れた時の明るい緑のグラデーションもいいですが、

雨の時の濃い緑のグラデーションもまたいい。「むしろ雨の方が好き」と話す人もいて、

濃い緑が人の気持ちをしんとさせる効果を実感するようでした。
晴れていたなら、きっと子どもたちが駆けて賑やかな雰囲気になっていたでしょう。
雨に濡れた緑だからこそ静かにじっと居ることを楽しむ、

深い森の色合いに人は虜になっているようでした。


栗原造園オープンガーデン2015に出店していたのは、
パンのブーランジェリュネットさん、
コーヒーのTangoさん、
紅茶の時間の及川さん、
狭山のお菓子・ケーキのお店ナチュールさん、
さいたまの指扇からお弁当のほどほど屋エイトさん。

栗原造園で定期的にフラワーアレンジのレッスンを開講しているのが「ディシプー」さん。オープンガーデンにはお馴染みの出店。

お店は川越の仙波町にあり、ファンが多いお店です。


すぐ横には、オープンガーデン初出店のナチュールさん。

狭山にあるナチュールさんは、ナンツカからもすぐです。




自然と足がいろんな方向へ向いていき、起伏に富んだ地面を踏みしめていく。
一歩一歩歩くごとに見える風景が変わって、植物との出会いがあり、発見がある。
ふとした一角に15種類ほどの植物が植えられ、中を覗き見るとフェスカグラウカを発見したりする。
こういう発見が至るところにあるんです。
変化はとどまることを知らず、どこで立ち止まってどの方角を見ても景色は劇的に変わり、
絵になる景色はそれこそ無限に近いほどあるようでした。
さらに足が先へ先へと押し出されていきます。


「この先には何があるんだろう」
と口にしながら歩を進める方がいました。
「あ、こっちにもお店があるよ!いってみよう」

森のあちこちに解け込むようにしてあるお店、ずっと前からあるような佇まいに見えるのは、
やはり、森が全てのものを受け入れて懐に温かく抱くような、包容力があるからに違いない。
森の中を散策していて何か面白いものを見つけた、

この森のそこここにある植物との出会いのように、
お店との出会いも「発見」してもらう楽しみがありました。
あくまで主役は森、

13年ほどの歳月をかけてゆっくり育った森を

一番に楽しんでもらえるような抑制の効いた出店数で、
手仕事を大事にし、ナチュラル感溢れるお店があることがオープンガーデンが大事にしていることで、

ずっと変わらないこと。

建物の角を曲がると香ばしい珈琲の香りが。

川越の六軒町にあるTangoさんが淹れたて珈琲を提供しているのを発見しました。


Tangoさんの目の前にはニセアカシアの大木がそびえ、
傍に椅子が置かれて寛ぐ姿が終始見られ、
その先に発見したのは川越のパンの名店、「ブーランジェリュネット」さん。






この日はいつも以上にたくさんのパンを用意して、朝から多くの方が殺到していました。
栗原造園のイベントではお馴染みのリュネットさん。

川越Farmer'sMarketにも出品するという、

地域の農産物を使用したパンもこの日提供していました。

リュネットさんは、実は地域の食材をパンに取り入れることにも意欲的です。

「小麦粉は埼玉県産を使用したり、カンパーニュに川越の野々山養蜂園さんの蜂蜜を使い、

キッシュなどに川越で無農薬米作りされている高梨さんの玄米を使ったり、

川越のお味噌や抹茶は河越抹茶を使用したり、と地域の食材を取り入れているんですよ。

玄米を使うことでモッチリ感が出て食べやすくなるんです」


川越の南大塚、通称ナンツカに各地の数々の人気店が集まっていることに

毎回ながら信じられない思いになります。

森の魅力、栗原さんの人柄を思う。
つい先月、2015年4月に川越織物市場で「手づくり食市」というイベントがありましたが、
秋のアートクラフト手づくり市と合わせて川越を代表する大人気イベントです。
1000人超の人出で川越市街地が盛り上がった先月手づくり食市に出店していたお店が、

このオープンガーデンに何店も出店していて、ナンツカで見られることが奇跡的。


「紅茶の時間」さんは織物市場には毎回のように出店している方で、この日はホット、アイス、様々な紅茶を用意。
オープンガーデンをきっかけにして、ナンツカに初めて来たと話す紅茶の時間の及川さん、
「栗原造園さん、お庭の雰囲気いいですね」と紅茶でもてなしながら笑顔で話します。



さいたま市西区の指扇から出店していた「ほどほど屋エイト」さん。

お店はオープンして1年7ヶ月、自然志向の人の間で既に話題になっているお店で、

この日はお弁当、シュウマイ、野菜、手作りドレッシングなどを販売していました。







素材へのこだわりが半端ないほどほど屋エイトさん。
自身で畑で農作物を育てているほどで、
調理にも徹底的に手間をかけ、
小さな一品にも大きな手間をかけ、竹の葉で編まれたお弁当箱の中には、

食の豊かさと食べる楽しさに溢れていました。
「もともとリュネットさんから素敵な庭があるよ、という話して聞いていて、

栗原さんに直接出店の声をかけて頂きました」
と話します。

ほどほど屋エイトさんのお弁当を買いに来ていた一人に、

ナンツカのみならず川越を代表するパティシエ「ルアンジュ」の小野塚さんがいました。

「ちょっとお店を抜け出してきました」
ルアンジュがあるのは南大塚駅前、栗原造園とは目の鼻の先で、

この庭のイベントには今までもよく来ていたのだそう。

そして、ほどほど屋エイトさんとも以前から交流があり、と

庭に集う人たちはみなどこかで根が繋がっているようなものを感じさせます。


雑貨出店のメイアンさんは、
2014年11月の栗原造園のマーケットの出店者。

この日は雑貨の売上を寄付するというチャリティー出店していました。

(2014年11月森のおうちのマーケット あきからふゆのもり

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11956652872.html

ちなみに、メイアンさんが出店していた11月のマーケットのことは、
今号の川越情報冊子「カワゴエン」にも様子も紹介しています。


そして、先ほどちらりと話しが出ましたが、
7月12日の川越Farmer'sMarketには栗原さんも応援してくれていて、
そもそも11月の栗原造園のマーケットの際に、ここで相談に乗ってもらっていたのです。
そしてこの庭をサポートしている横山さんが

川越Farmer'sMarketで農作物販売のお手伝いすることにもなり、と
栗原造園の庭から話しは発展していったともいえます。
また、川越の自然溢れる林などで楽しいことできたらいいね、なんて語り合い、
ここは集うといろんな話しに繋がっていく森なんです。

これから坂戸の高麗川沿いの場所に、1.5haの公園を作るという計画している方とも知り合い、

これからの展開が楽しみ。

栗原さんも、
「オープンガーデンは6年目となって、この庭ことは着実に広がっているのを感じる」
と手応えを感じているそう。
イベント以外の時でも、庭を気になった方が覗きに来たり、普段から見学希望の方は
多くなっているそう。
毎週木曜日は横山さんがいたりして庭の話しを聞くことができますが、
それ以外の日でも人がいれば見学することができます。

今でこそ、川越の端っこ「はしかわ」のお店やはしかわで開催されるイベントは多くなりましたが、
ナンツカという場所で開催6年目となった栗原造園のオープンガーデンは、

まさにはしかわイベントの先駆けで今なおトップランナー。

川越の端にこれだけの人を呼ぶことができるのは他になかなかありません。


森は時間とともに姿を変えていくものだと、栗原造園の庭を見続けることで今回実体験できました。

今から二年前、2013年のオープンガーデンの写真を見返してみたら、

あぁ、そういうことか、と驚いた。今と同じように見えて全然違う。

(2013年オープンガーデンより)

この時と比べると、今の庭は格段に森感が深まっていて、

植物たちが自分達の意思で生きているかのような伸び伸びさを感じる。

始めは栗原さんが全て計算して植えた植物たち。
「庭を立体的にとらえ、どこから見ても楽しめるよう配置し、目に優しい濃淡の緑の
グラデーションを構成して、なにより部屋から見た時の景色を意識して空間を作っていきます。部屋から常緑樹が見えた方が癒されるし、それがどの位置にあればいいかを突き詰めていく」

土に根付いた木々たちは、
栗原さんがびっくりするくらい大きく育ち、
ブナの木は建物の屋根を超える勢い。
人の意思で植えても自然と淘汰されていく植物もあれば、思いがけず頑張って大きくなる植物もある。
植えられた植物はやがては自分達で生きるようになり、植物たちなりの在り方でそこにあり、
力強さは年々増していっている。

2015年の様子。もみじも力強さを増しています。

長い歳月を経て、森は今の森に育ってきました。

13年ほど前、この大田街道を通るたびに栗原造園は気になる場所だったんです。

当時は今のような森はありません。

今からは想像できないでしょうが、地面は土しかないような状態で、

でも素敵な建物が建っているのは地域で知られていた。

だんだんと庭造りが進んでいくと、

「お店ができるんじゃない?」など話題になることもありました。

やがて素敵な庭となって、画期的なオープンガーデンが開催されるようになっていく。

落ち着いた雰囲気のナンツカの地で、

オープンガーデン自体もゆっくり育っていって知られていくようになりました。


出店者自身も庭を楽しんでいるところがあって、

メイアンさんが「ここにいるだけで癒される」と話し、

少ししゃがんだ時に変わる景色もまた素敵だと教えてくれた。

言われた通りしゃがんでそちらを見ると・・・

木々の間から向こうの景色が垣間見え、遠くまで見通せるような設計となっていることを改めて知ります。

立っても座っても、どの角度からも絵になる景色になっていて、

いつまでも飽きないお庭でした。


終わってみれば今年も大盛況、たくさんの方がオープンガーデンにやって来て、

美味しいものを頂きながら庭を楽しんでいました。

栗原さんも、

「朝雨にもかかわらずこれだけの人に来て頂いて嬉しいです」
と話し、ほっと安心したようでした。

これからも庭の生長を楽しみにしています♪




かつて南大塚には、立派な大きな大木がありました。

大きな木はそれ自体で人に安心感を与えるもので、地域に親しまれていた木でした。

ところが道路拡張に伴い、あっさりと倒されてしまい、南大塚には象徴的大木がなくなりました。

・・・と、改めて栗原造園の庭を見ていた時に気付いたのです。

庭の真ん中に大きなブナの木がある。。。見上げた時の圧倒さ、安心感、

この地に人の手で植えられて、いつしか自分で生き始めてここまで大きくなっているブナ。

この木が南大塚のシンボルツリーとなっていくのではないか、

そんなことを思いながら見つめていたら、確信が湧いてきました。

おそらく、そうなっていく。もっともっと大きくなあれ。


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こもれびの道を進むと視界が開けて立ち並んだ建物が目に入った。
「今日はやることがいっぱいありますよ」
朝の9時半、校内の4号館前に集まった参加者に、

ヘルメットを渡しながら声をかけるインストラクターの方。
この日は学内教職員、学生、近隣の方など10人以上が参加した公開森林施業の日で、
まず午前中は木の枝打ち体験をしようということだった。
参加者の皆さんは、初体験の枝打ちに楽しみと緊張が入り交じったような表情だった。

東武東上線鶴ヶ島駅近く、川越の鯨井にある東洋大学川越キャンパス。

キャンパス内の森林を保全する「こもれびの森・里山支援隊」では、

昨年の6月から毎月のように校内の「こもれびの森」の公開森林施業を実施してきました。

この2月が今年度最後の施業となった。

2015年2月7日(土)「こもれびの森・里山支援隊 公開森林施業」
誰でも参加することができ、9時30分-15時30分(午前または午後のみの参加も可能)




東洋大学といえば、昨年は総合情報学部による「地域活性化プロジェクト2014」と題した
川越の「霞ヶ関」や中央通り「昭和の街」といった場所での、

学生による地域活性化の演習に取り組んでいた様子を記事にしました。
角栄商店街での子ども商店街開催、
昭和の街の呑マルシェに合わせて行った餅つきなど、地域の取り組みに積極的で、
また、校内の森林保全の動きも活発化してきました。


川越でいわゆる「森」と呼ばれる場所は今ではそれほど多く残っていませんが、
福原地区や大東地区などに今も森を見ることができる場所があります。
そこは、川越にこんなところがあったのか、と感動的な川越の意外な一面に触れることができる。
という川越最後の森は、「残っている」というより「残そうとしている」人たちがいるということであり、
そして東洋大学にも同じように残そうとしている先生や学生、近隣住民の方々がいます。
ここ川越キャンパスに残る森も、川越の中で広大で、かつ貴重な森です。



こもれびの森は、もともと川越キャンパスがこの地にできた1961年以前からある森で、

当初は地域の人が土地の境界の目印として植えていたような人工林が広がっていた。

川越キャンパス開設に伴い、地域の方160人ほどから土地を分けてもらって以来、

森はずっとそのままの姿で残り今に至ります。

「樹齢100年くらいの木がたくさんある」という森は、

これまで特に森林施業の手が入ることなく、藪状態になっていた。

そこから昨年、こもれびの森・里山支援隊が立ち上がりました。


生物多様性豊かな里山に再生しようと活動している「こもれびの森・里山支援隊」。

「地域ぐるみで取り組みたい」との意向から、大学の団体ではなく任意団体として活動しています。

川越キャンパスの敷地28.5haのうち、
約2割を占める6.2haの雑木林を大学と市民が協働で保全・活用するため2014年春に発足。

林野庁森林・山村多面的機能発揮対策交付金を受け、
森林所有者である東洋大学との協定を結んで、
主に鶴ヶ島駅からの通学路である「こもれびの道」周辺に広がる未管理のエリアを対象として
常緑広葉樹であるヒサカキやシラカシの下刈りやヒノキやコナラの枯損木の除伐を行おうとしました。

発足を記念した森の観察会が開催されたのが2014年6月14日。
観察会には23名が参加し、学内の「大越記念庭園」と「こもれびの森」を散策して、
雑木林の現状を確認しました。
また、観察会後に有志でコナラ等の幼樹の掘り上げと移植(仮植え)を行った。

(当初のこもれびの森の姿。上の写真とは別の場所、まさに藪でした)

2014年7月には、「キャンパスの森でクラフトづくり」を実施。


2014年9月は、
新西門付近の森の刈払い及び刈払いで発生した木・葉などの片付け、運搬


2014年10月は、
新西門付近の森の刈払い及び刈払いで発生した木・葉などの片付け、運搬。


2014年11月は、
こもれびの道南側の森の刈払い及び刈払いで発生した木・葉などの片付け、運搬


2014年12月は、
こもれびの道南側の森の刈払い及び刈払いで発生した木・葉などの片付け、運搬。


2015年1月は、森林空間の利用として、これまでの森林施業で伐採した木をチップ化する作業と
薪割りの作業を体験してもらいました。
薪割りは広葉樹のコナラで行い、割った薪や

ヒノキでできたチップも参加者に持ち帰ってもらった。

6月の観察会から始まり毎月のように行われてきた公開森林施業。

月を追うごとに森の姿が変わっていき、少しずつ里山に近づいていくようでした。

そして、2015年2月で今年度の施業は終了。また来年度からのスタートとなります。


こもれびの道から森に入っていく。土の感触がふかふかして気持ちいい。

ヒノキ、コナラ、山桜が立ち並んでいます。

今回の森林施業の指導にあたるのは、森林インストラクターの塚本秀貴さんと藤野珠枝さん。

まずは塚本さんから枝打ちの説明と実演があり、

枝打ちといっても、単に枝を切ればいいものではなく、細心の注意が必要だということを教えられる。

キャンパスができて以来、この森の木の枝打ちが行われるのは、これが初めてのことだそう。



(枝が伸び放題になっていて光を遮っています)


枝打ちする目的は、ひとつは、枯れ枝を落として病虫害の発生を防ぐこと。
もうひとつは、生い茂った余分な枝を切って林の中に光を入れ、
地面の草などの生育を促すこと。そうしないと、草も育たたず地面がむき出しになり、
雨で表土が流されてしまう。木そのものも成長しにくくなる。

そして、もうひとつ、質のよい木材を生み出す目的もある。

節のない木材をつくるために枝を落とすわけですが、これがコツのいる作業でもある。
幹を傷つけるほど枝の根元から切ると、そこから病原菌が入ることもあり、
そうなると木材が変色したり、腐ってしまうこともあって木材の価値がなくなる。
また、胴枯れ病にかかって樹木をだめにしてしまうこともある。
といっても、あまり幹から離して切ると、枝が残り、大きな節ができることになる。
枝隆(しりゅう=枝の付け根のふくらみ)と枝の境で切ると、
節は残るが病原菌の入る可能性が低くなる。


特に、まだ幹の小さい1回目の枝打ちはこの位置がよいという。
枝打ちの道具はナタ、ノコギリが使われます。
切り口を早く治癒し、病原菌の侵入をできるだけ防ぐため、
切り口をなめらかにすることがポイント。

材としての価値を追求するなら、厳密な目と職人技で

直径5cmくらいの時から定期的に枝打ちするわけですが、

こもれびの森では、材として切り出すのではなく、あくまで森林保全という観点に立っているため

林業家のような目とは違った方向で行っています。

それでも、枝打ちを失敗すると「木がダメになってしまう。木は人間よりずっと外界の変化に敏感なんですよ」

と塚本さんが話すように、

木を傷つけないため、

木の自然治癒力を妨げないために、きちんと見極めて枝打ちしていかなければならないと実感。

参加者の皆さんは真剣な眼差しで塚本さんの話しに耳を傾けていました。


1本の木の前に一同集まる。6メートルはあろうかという樹齢50年ほどのヒノキの木だった。
腰にベルトと安全帯を身に付け、木に一本梯子をかけて上がり、下から枝を切っていくことになった。

「枝打ちするのは初めて」と話す人が多く、恐る恐るという感じで一段ずつ上がっていく。

梯子は足をかけるだけで、両腕で木を抱きしめるようにして上がっていくと指導がありました。



下から順番に枝を切り、切っては別の人がまた上がって切り、と

代わる代わる枝打ち体験しながら切り上げていきます。

一本梯子は下から見ると不安定に見えますが、

安全帯があると固定されて、「思ったより安定してる」という声感想が多かった。

一本一本下から枝が落とされ、落とされるごとに、森の中に差し込む光が増して明るくなっていきます。

一本の枝を切るだけで森の環境が変わることに驚きます。


また別の道具として、梯子のさらに上に上がっていくための器具、

ワンステップラダーの取り扱いの説明がありました。

これは一つが一段として、何個か携帯して上がっていくもの。

今回は地面から上がっていく体験をしていきました。

木をどう上がっていくか上を見ながら設置する場所を決めていく。

もちろん、足が伸びる高さを考えて次の段を作っていきます。

片足をワンステップラダーにかけ、片足を木に巻きつけるなどして枝を落としていく。

ここでも、最初はおっかなびっくりの参加者でしたが、

「慣れるとやりやすい」との声が上がりました。

安全帯をしているので傍から見ている以上に安定しています。

何個か設置して、結構な高さまで上がる参加者もいました。






こうして、午前中の枝打ちが終わる頃、改めて森を見渡すと

明らかに明るさが変わっていて、森に入る光が多くなっているのが感じられた。

塚本さんも、「枝打ち、みんな初めてにしては上手だったよ」と声をかけていました。

一本梯子をかけた木も、枝が落とされてすっかり綺麗な状態になった。

梯子のさらに上まで枝が落とされています。

ここまでやれば、光が地面や木に十分に落ちて、木にとって住みやすい空間となり、

虫などが誕生すればそれを目当てに鳥がやって来て、といった命の循環が始まる。

ただ、一本の木を枝打ちするだけでも大変なことだったので、

里山に復活させるというのは地道な道のりが続く。

同時に落ち葉掻きも行い、袋に詰めていくと山のように集まっていました。

森にとっては一面に落ち葉が落ちているのは栄養が多過ぎ、

多少地面に残るくらいがちょうど良いとのこと。

「集めた落ち葉は近隣住民の方にも持っていってもらっているんです」

こもれびの森の落ち葉はふかふかして栄養豊富で人気だそうです。

お昼ご飯を食べた後は、午後の部、こもれびの道を挟んだ反対側の森へ移動しました。





こちらの森は植生が豊富というか、密林のような藪状態。

それでも、切るべき木は切ってあって倒されているので、その後片付けをメインに行いました。

また、ノコギリを使って木を実際に倒してみる体験があり、

受口、追口を作って倒してみると、

ギギギギをまるで悲鳴を上げるようにして木が倒れることに驚きました。

そして、細い木でも持ち上げてみると本当の重い!

こんなに重いものが地面からにょきにょき伸びていることに、改めて木の生命の大きさを感じます。

こちらでも2時間ほど作業し、終わってみるとこちらの森も見違えるように明るくなっていた。

今までまったく手がつけられていなかった鬱蒼とした森に光が入り、見通しも良くなり、

枝間から学校の合宿所の建物が見えることに、学校関係者の方が、

「おお~!合宿所が見える!」と歓声を上げていました。
手付かずの森が、地域ぐるみで一年をかけて施業してきた成果で、

森がだんだんと里山としての姿に変化してきている。


さらに、こもれびの森に隣接するグラウンドは

川越キャンパスができてすぐに作られたそうですが、

照明設備を撤去し、土を耕し、これから植林して森を作っていこうとしています。


校内の森であっても、川越に残された広大な森である。

地域ぐるみで誰でも参加できる公開森林施業としているので、

ぜひ機会があれば参加してみてください。

次回は4月に行われるそうです。


「東洋大学 川越 こもれびの里・里山支援隊」

http://www.toyo.ac.jp/site/ecocampus/62687.html





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2015年元旦8時過ぎ。県道川越所沢線から福原公民館向かいの道を入っていき、

ふくはら幼稚園隣にあるスポーツパーク福原には、

子どもから大人まで続々と人が集まってきて新年の朝日に照らされていました。


野球場よりも広いグラウンドには、

「明けましておめでとうございます」と言葉を交わす光景があちこちにあり、

8時15分から始まった受付で、ゼッケンやハチマキを受け取り、
300人以上がスタートに備えていました。





川越の元旦マラソンといえば、毎年恒例となっている福原地区元旦マラソン。
今年でなんと39回目を迎えました。
主催は福原地区体育協力員連絡協議会。


スポーツパーク福原近くからスタートし、ゴールは福原小学校。
川越所沢線の両側に広がる、どこか懐かしさを感じさせる川越の原風景、

これぞ福原地区というような畑や雑木林が広がるコース、全長約5,5㎞です。
川越でマラソンというと、

昨年11月30日に行われた小江戸川越マラソンを思い浮かべる方も多いと思いますが、
2014年で5回目の開催だった小江戸川越マラソンと比べると、

知名度では劣りますが歴史は遥かに圧倒しているのが福原地区元旦マラソンです。
参加は、予約不要で当日直接会場へ。

小学生以上なら誰でも参加することができ、保険代を含めた200円の参加費で走ることができます。


元旦から気持ち良く走りたい、という方は多く、

このマラソンが今では川越で唯一の元旦マラソンなので、市内外各地から参加者があります。


「このマラソンには毎年参加しています。年明けの恒例行事です。

福原の風景が気持ちいいです」と話す参加者。


「友人に誘われて初めて参加します。5,5㎞はちょうど良い距離ですね」
朝日に照らされた表情は、ワクワクしているのが伝わります。

すぐ近くに福原小・中学校があるので、子どもたちの姿も多く、

中には鶴ヶ島市からここまで走ってきて、そのままマラソンに参加する強者もいました。


そして、毎年参加している人にとって一番楽しみにしているものとして口を揃えて話していたのが、

ゴールの福原小学校で振る舞われるトン汁。
福原地区体育協力員連絡協議会(以下略、福原地区体協)の人たちが手作りで用意するトン汁は、

福原地区の農家さんが提供する里芋、ニンジン、ネギ、ゴボウ、大根などの野菜を使っているもの。
福原地区といえば、その土質の良さから土の中で育てる野菜の味は絶品です。


ふと、知っている顔がいるなと思ったら、福原地区下松原の農家さんの戸田さんでした。元旦にここで再開してお互いびっくりしました。
戸田さんが作るさつま芋畑のことは昨年伝えてきました。

2014年川越のさつま芋作り



戸田さんは、昨年4月から福原地区体協の理事として活動しています。
福原地区体協には、福原地区の22の自治会から数人ずつ選ばれた人たちが参加していて、

元旦マラソンをはじめとした地区の年間行事を支えています。




福原地区体協には、現在85人います。
この元旦マラソンは交通規制をせずに行っているので、

道を渡る箇所や交差点などには運営スタッフが数人ずつ立ち、ランナーを安全に誘導しています。


ちなみに、福原小学校の裏手には有機野菜を作っている永野さんの畑が広がっていて、

川越の中で農家さんが一際多い地区でもあります。


9時になると、グラウンドを埋め尽くすほどの参加者が集まり、熱気溢れる雰囲気に。
開会式の後に準備運動を行い、いよいよスタート地点へと移動していきました。




スタートはまず一般男女が走り始め、続いて10分後に小学生男女が飛び出していきます。
福原地区元旦マラソンは、

競技性よりも新年を気持ち良く迎える地域の行事としての特色があるマラソン。
もともと元旦マラソンが始まった経緯が、


「元旦に走りながら、地域の氏神様にお詣りしてもらおうという意図で始まったんです」


と話す福原地区体協の菊池さん。
コースの中には、下赤坂八幡神社と中福稲荷神社に立ち寄るよう組み込まれています。

39年前は、地域の人が中心に参加する地域の行事でしたが、
誰でも参加できるとのことから口コミで広がっていき、年々参加者を増やしてきました。
特に小江戸川越マラソンが始まる数年前、NHK FMラジオで放送された時に反響があり、

折からのマラソンブームの後押しもあって、目に見える形で参加が増えていったと言います。
さらには小江戸川越マラソンの時に

福原地区元旦マラソンのハチマキをして走ってくれる人もいて、口コミも大きな力になった。

毎年コツコツと開催してきて39回目。
マラソンブームが起きる遥か昔から続いていて、これだけの歴史があるマラソンは、
実は他には青梅マラソンなど数えるほどしかない。というものが川越の福原地区にあります。


「毎年このマラソンを走るのを楽しみにしています、と言ってくれる方が多くて嬉しいです」
と話す菊池さん。
このマラソンの、走る最中に神社2箇所にお詣りし、

ゴールにはトン汁が振る舞われるというユニークさは、全国探しても珍しい。


「ランナーの方に、このマラソンは雰囲気が温かい、と言われるんです」


それはなにより福原の風景の温かみだろうし、人の温かさ、風土の温かさだと思います。





視界一面畑が広がる風景。道の真ん中に参加者が固まります。

9時半、スタートの号砲が空に響きました。





福原地区元旦マラソン、コースは

川越所沢線を真ん中にしたらその東西の地域をぐるっと一周する行程。

その風景にも注目してください。

スポーツパーク福原近くからまずは南に向かい、雑木林の中を抜けて辻を右に曲がって進みます。


コース最初の大事なポイントは、下赤坂八幡神社。

畑の間の細道を駆けていって、木が生い茂る中にある神社に入っていきます。





境内では運営スタッフが待ち構えて、ランナーにお賽銭を渡しています。
五円玉を受け取ったランナーは、お賽銭箱に入れ手を合わせてお詣りを済ませる。


下赤坂八幡神社を出たランナーは、

川越所沢線の方向へ走り、これを越えて逆側の地域に進んでいきます。

途中富士山が遠くにちらりと見えました。

みなさん思い思いのペースで走っていて楽しそう、しかも沿道の家々の方の応援が温かいです。

元旦の朝早くから家から出て、「頑張って!」とランナーを応援する姿があちこちにありました。






福原地区は人口20000人。面積はかなり広く、南古谷地区に次ぐ広さです。

歴史も古く、もともと原野・林野だったところを、

1639年に川越藩主になった松平信綱が新田開発に力を注ぎました。

開発地域は9ヶ村に分けられ、開墾が始まった。

江戸初期に開かれて以来、代々続いている家が多く、

福原は団結力がある地域だと菊池さんは話します。


マラソンでお詣りする二つの神社以外にも、

平野神社や八雲神社、菅原神社に、枝垂桜が有名な明見院といった寺院もあります。

(明見院の枝垂桜)

それに、あちこちの道端には

馬頭観音、地蔵菩薩、庚申塔、弁財天など石仏がたくさんある地域でもあります。


この地域には中台囃子連と今福囃子連という、

川越まつりのお囃子に大きな影響を及ぼした二つの囃子連があり、

川越のお囃子の源流の一つをここに見ることができます。

まつりではそれぞれ、仲町の羅陵王の山車、六軒町の三番叟の山車に乗って演奏しています。


ランナーたちは、次のポイントである中福稲荷神社へたどり着くと、

ここでもスタッフから手渡されたお賽銭を握り締めて、お詣りしていく。

中福稲荷神社は広い境内に立派な神楽殿もあって、地域の大事な場所であることが分かります。


(中福稲荷神社へお詣り)


「この地域は地元愛が強い人が本当に多い。地域で何かあると、みんな自分のこととして関わってくれる」
と話す菊池さん。


福原地区の近年の大きな話題といえば、

2年前福原中学校の体育館で開かれた出張美術館がまっ先に挙げられるでしょう。

神奈川県にある真鶴アートミュージアムと人間国宝美術館が、

「日本を元気にしたい」と共同で行っているもので、出張美術館を全国各地で開いています。

福原中が全国5ヶ所目に見事に選ばれて、

岡本太郎、ピカソ、シャガールなど、

国内・国外合わせて100点以上の作品が体育館に展示されていました。

川越style


川越style


川越style


福原地区毎年恒例のイベントで、

地区最大のイベントといえば、10月の第一日曜日にスポーツパーク福原で開催される体育祭。
地区の全22自治会が参加し、いろんな種目で競い合う地域の大運動会です。
地域を挙げての体育祭は、霞ヶ関地区や大東地区にもありますが、
テントが30以上並び、参加が3000人以上に上る福原地区は、

川越で開催される体育祭として最大の規模です。

体育祭は戦前から続き、途中戦争で途切れた時もありましたが、

去年が67回目の開催でした。

今、菊池さんが福原地区体協とは別に設立準備しているのが、
福原地区総合型地域スポーツクラブです。
これは文部科学省が政策として進めているもので、
全国で地域に密着した、多種目・多世代・多志向のスポーツクラブを増やしていこうというものです。
川越でも、山田、芳野、水上公園の3地域でクラブが立ち上がり、
菊池さんたちは平成28年に設立する準備をしています。

昨年の活動としては、

狭山市にあるホンダ陸上部の方に福原に来てもらい、走り方教室を開催しました。
ホンダといえば毎年元旦恒例のニューイヤー駅伝の強豪で、2015年の大会では第4位でした。
ちなみに今年のホンダのニューイヤー駅伝には、

かつて箱根駅伝を走った東洋大学の設楽選手をはじめ、東洋大学出身者が4人走っていました。

走り方教室は2014年9月に福原小学校の体育館で開催し、
ホンダ陸上部から堀口貴史さんなどOBが5人が来てくれたそう。
(堀口さんは、2014年の小江戸川越マラソン一般の部トップでゴール)


「子どもたちはもちろんだけど、お父さんお母さんたちも大喜びでしたよ」
と菊池さんは笑顔で振り返ります。
今年も5月に開催するそうなので、また多くの方で賑わいそうです。



元旦マラソンは、二つの神社にお詣りしたら、ゴールである福原小学校へ走りこむのみ。

ここまで来ると、足が止まる人もいて、子どもたちは休み休み進んでいました。


5,5km、速い人だともうゴールしている頃でしょうか。

ただタイムより、初詣と走りはじめを楽しむものとして、

マイペースに楽しんでいる方が多いのが印象的です。

家族みんなで参加できるマラソンとして貴重なものでもあります。









次々とゴールする参加者のみなさん。

ゴールすると完走賞を受け取り、トン汁をもらうと美味しそうに食べていました。

「これが目当てで走ってるんです(笑)」

と話す方がいるほど、福原の野菜を使ったトン汁は好評です。

トン汁を振る舞う福原地区体協のみなさんも、次々に熱々のトン汁をよそって応えます。




福原地区元旦マラソン、元旦は毎年晴れることが多く、

39回目の開催も天候に恵まれ、来年は節目の40回目の開催となります。

福原の風景の中を走るマラソン、

ぜひ、2016年元旦の朝に参加してみてください。




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2014年8月。

川越の南田島は、一面緑の絨毯に覆われていました。



7月に、

10日から二週間ほど田んぼの水を抜いてカラカラにする、「中干し」した後に

今度は水を一気に注ぐと、このように稲は急激に伸びていく。
そして・・・稲は花をつける。

稲の花を見た事あるでしょうか??

8月上旬の午前中、「花が咲きましたよ!」連絡をもらって駆けつけると、
この時がちょうど満開の瞬間でした。



一面に可憐で綺麗な花が咲き誇っています。


注意して見ないと分からないくらい、小さくそっと咲いてる花。
普通に通りかかっても、緑の田んぼに花なんてどこに咲いてるんだろう?と思うほどですが、




稲の花が咲くのは一年のうちにわずか2、3日ほど。
午前中咲いたものが次の日には終わっている。

稲の花の満開の時、というより、満開の瞬間と言った方がいいかもしれません。

農家さんが知っているくらいの存在ですが、

知られざる可憐な花です。


白い花が風に揺れると花粉が舞い、

受粉すると実が少しずつ大きくなっていって、お米になっていく。



白い花が咲くと、

「あと半月もすれば穂が伸び始めるなというサイン」
伸びてくるとだんだん垂れてきて、
緑から黄色に変わってくる。
一粒一粒が、もみ、ぬか、白いお米の部分と形作られていきます。

そうして9月始め頃には一面黄金色になる。

そのために、
「今が一番大事な時なんです」
台風で稲が倒れることがなにより心配、ここから半月が大事な時なんです、と話します。


5月の田植えにも足を運び、

静かな風景に響く水の音

8月の稲の花を見にきた。

氷川神社周辺のみずほ農園さんの田んぼの米作りを追いかけた

2014年の米作りも大詰めを迎えました。


今年も夏も暑かった。。。

田んぼの水を触ると、完全に温水でした。
稲にとっては24、5度が最適だといいますが、それよりも明らかに温かい水でした。
午前中から時間が進めばもっと水は熱くなる、
だから水はずっと掛け流し続けるそうです。
水温の管理を気をつけ、
稲のための栄養を吸い取ってしまうホタルグサなどの雑草を見つけ次第除草をし、
これから終盤戦に臨みます。




川越の中でも新米の時期は少しずつ違って、
今泉や久下戸は8月20日頃には新米刈っているそう。


「あの辺りは4月に植えてるから収穫も早いんです」


南田島は300世帯以上あるうちの50世帯ほどが米農家という

川越の一大米作地域です。
7代続く米農家の家に30年前にお嫁に来てからずっと続けている米作り。



一面緑、いや、緑のグラデーションが出来ていました。
苗を植えた時期、品種、植え方により緑の色が変わり田んぼにグラデーションを作ります。

知れば知るほど、大まかな言い方でない

本当の表現に行き着きます。

緑のグラデーションに、満開の瞬間。


ここから空の機嫌を窺いながら、

無事に米になっていくことを願って。

実った時にまた来ます、と白い花に語り掛けて帰りました。



☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


2014年9月。

「今週末には稲刈り始めますよ」

稲刈り前の一番実った状態で連絡が入り、

稲の最後の姿を確認しに向かいました。



たくさんの穂をつけ垂れた稲たち。

黄金色に染まった田んぼは、これから稲刈りを待つばかりとなっています。


10枚ほどの田んぼは、

まずは、機械が入りにくい田んぼの隅を手刈りで刈ってから、
2週間かけてコンバインで稲刈りをしていきます。

あの白い小さな花々が、一粒一粒のお米となっていました。
風景としての田んぼは見ていても、
一つの稲の姿をこんなにまじまじと見つめたことは人生初のことでしたが、
稲というのは、粒の連なり方に稲の垂れ方に、
なぜこんなに可愛いんだ!という姿であることを再発見。
粒の連なりは似ていても、

麦やトウモロコシ(トウモロコシは稲科)と違うのは、
やはり「垂れる」ということでしょう。
お米を重そうにダラ~っと垂らして、それが風に揺れる様子は本当に可愛い。
そして風が吹けば、稲同士が触れあってカサカサと音を奏で、香りが鼻をくすぐる。
「実る」「連なる」という言葉は、お米の姿から来ていることを実感する。



田植えから見守った川越の田んぼも、いよいよ収穫の時を迎えました。
一面緑のグラデーションから、黄色のグラデーションへ。
確かに田んぼの違いで黄色の色も微妙に違う。
そして、黄色い田んぼにはほのかな香りが漂うことを初めて知った。
香ばしい穀物特有の香りが感じられます。
その香りを鼻いっぱいに吸い込むと、

安心するような、落ち着くような、全身が幸福感に満たされていく。
コシヒカリにキヌヒカリ、今年も豊作となり出来の良いお米となりました。

「瞬く間に黄色に染まっていったんですよ」
花が咲いたあと10日もしたら黄緑色に変わりだし、
8月下旬には真っ黄色になっていったと話すみずほさん。


稲刈りは、コンバインで稲刈りと脱穀を行い、
その後乾燥機に入れて14~15%くらいの水分量になるよう調節する。
乾燥が終わると籾すり(もみすり)し、籾を取ると玄米になります。
そして、精米してご飯となり食卓に並ぶ。
藁の方は粉々に粉砕して田んぼの肥料にする。


思い起こせば、
5月の田植えの時、みずほさんに小さな苗を見せてくれ、
「このくらいがお茶碗一杯のお米になるんですよ」と教えられました。





あの時はまだ、小さな草という印象ばかりで、

5本ほどのこんな少しの苗が一杯のお米になるなんて、と全然実感できませんでした。


苗たちを今見ると、分けつを繰り返し30倍ほどの大きさまで大きくなっていました。


穂先を手に取って見ると、丸々としたたくさんの穂をつけている。
あの苗たちがこんな姿になるなんた、と
その成長がたまらなく可愛らしく、
わずか4ヶ月でここまで変化する自然のダイナミックなドラマを感じます。


「稲の根っこは凄いんですよ。抜けないんだから」

米作りに欠かせない「中干し」という工程は、

7月に田んぼの水を全部一旦抜きます。
苗が植わっているのに水がない田んぼを見たことあるでしょうか。
水を抜くことで稲の根は水を求めて地下へ地下へ足を伸ばしていく。
それにより、がっちりと大地にまさに「根をおろす」。


引っこ抜いていいですよ、と促されて両手でエイヤ!抜こうとしたのですが・・・びくとしない。
表に出ているのは細い茎なのに、まるで大木のような強さを感じました。
可愛いだけじゃない、「芯の強さ」を感じた。

表の部分の倍以上の長さの根をおろしている稲。
命としての稲の強さは、稲刈りした後にトラクターで耕さないでおくと

刈ったところから二番手が生えてくることからも分かる。
食べられないが、伸びた二番手からも米はきちんとつくんだそう。
それをトラクターで土にすきこみ、

次の米作りの肥料となります。


捨てるところのない稲は、

もみは、湿気取りに、

ぬかは、ぬか漬け、油落とし、動物たちの餌、

わらは、肥料、縄、家畜の飼料、肥料、建築資材に使われている。


自然が相手の米作りだからこそ、
自然の変化には誰よりも敏感になると話すみずほさん。


田植えが終わった後も、毎日水の水位を細かく確認し、
暑さで水が少なくなっていれば水を入れ水量を増し、かけ流しにして水温を下げる。

「米作りは水の管理がとにかく大事」


以前から、米作りを通して感じていることがあると言います。

「この数年、温暖化の影響なのか気候が暑すぎて、水が温水のように熱くなるんです」

確かに近年夏は年々暑くなっているような感覚がある。
それを、米自身は一番感じているかもしれません。

2014年の田植えは5月、稲刈りは9月。


「昔は田植えは6月で稲刈りは10月だったんですよ。

ちょうど川越まつりの時。その時にお日待ちを行っていたんです」


それだけ今の気候は温暖化している。
自然相手の仕事だから気候にも敏感です。

今でも川越まつりのことをお日待ちと言ってしまう、と話し、
もともとは収穫に感謝する忌みでお日待ちがあり、10月の川越まつりがあった。

「上がれ上がれ」
ちょうどこの時、凧揚げに来ていた方がいました。

風に乗せて上げようとしている。

そっと応援するように見守るみずほさん。

田んぼは風通しが良いので、絶好のたこあけスポットでもある。
土日には畦道で凧を上げにくる人が多いそう。
「正月ともなれば、子どもたちがみんなで凧揚げしていますよ」


今までは寒さに強いということでコシヒカリを作る農家さんが多かったそうですが、
これからは暑さに強い品種に変えなければいけない時が来るでしょう、と話しています。
埼玉の気候風土に合わせて作れた品種、
彩のみのり、彩のかがやきあたりを来年は作ろうとしているそう。
本格的に温暖化の気候に向き合う時が来たということですね。


「その埼玉の品種はコシヒカリと実りは変わらず10センチくらい丈が短いんです。

10センチ違うと倒れにくくなるんです」


これだけしっかり根を張った稲も、
台風に襲われれば稲自体は倒れてしまう。
それが同じ方向に倒れればまだ機械で刈れますが、
風であちこちの向きに倒れたら、機械で刈れないので手刈りになる。

ふと、
これから台風が来るという時に、米農家さんはその時をどうやって迎えるんですか??という問いに、


「台風が来たらどうすることもできない。防ぎようがない。
どこかへ行ってくれと祈るだけです」
という答えが帰ってきました。


ある年には台風で何枚かの田んぼがだめになり、

「泣きながら焼却処分しました」
我が子のように育ててきた稲が、

一日の台風により自分の手で燃やさなければならない苦悩。

だから、「いただきますという言葉は軽くないんですよ」。
一粒一粒が子供のようで、一粒一粒に感謝を込めた、いただきます。


こうして、田植えから収穫までを追いかけて、

いたたきますの重み、

そして、川越市内にいまだたくさん残る伝統行事の意味を実感することができました。
4月には、豊作を願った春祈祷が行われていた。




春祈祷と足踊り

それは、単に形だけを残そうとする伝統ではなく、

「台風が来たらどうすることもできない。防ぎようがない。
どこかへ行ってくれと祈るだけです」

現在進行形の祈りがあったんです。

五穀豊穣、今年も実りに恵まれますように、

痛切な祈りが今でもお祭には込められていました。


川越は、風景を意識して見れば

田んぼがたくさんある街だということが分かります。
いや、田んぼばかりの街、というのが正確な言い方かもしれない。

平野で広い土地があり、遮るものがないので風が抜け、

風に揺れて稲の花粉が舞って受粉することができる。
米作りに適した土地がたくさんある。

そしてなにより、地名にもなっている
川に恵まれた地域であることがお米の街を作っています。

春、荒川からひかれ伊佐沼に溜められた水は、

九十川を通って南田島の田んぼを満たした。


9月、米作りは終わり、
伊佐沼の水門は開けられ溜められた水は

再び荒川に戻されています。
沼の水がひけば、あらわになった地面にいる生き物を餌にしようと

鳥たちがたくさん集まってくる。
米にまつわるダイナミックな水と生物たちの循環。

そうした繰り返しがこれまでずっと続いてきました。

荒川の水で、川越の土で育ち、

川越の空気を吸い、川越の風に揺られながらすくすく伸びた、

2014年の川越のお米。

他にも南古谷の県道両側に広がる田んぼがあり、

吉田、福田にも黄金色の田んぼが広がる。
同じ川越の中でも、入間川、荒川から水をひいている田んぼもあれば、
越辺川からひく田んぼもあって、

それぞれの地域で水系が違ってお米の違いになる。

川越産といっても多様性のある川越のお米。


改めて間近で見る稲穂は、「綺麗だな。。。」
ため息が漏れるほど綺麗だと思いました。


川越のお米は、新河岸駅から旭橋の近くにある斎藤米店や

直接農家さんから購入するか、あぐれっしゅ川越でも買うことができます。
田んぼの近くにあるお米屋さんには、

近くの田んぼのお米が並ぶことが多い。

そういう意味で斉藤米店は、この地域の田んぼから最短のお米屋さん。
今泉の出張所の近くにあるかとう米店でも川越産を扱っています。

川越は、一番街のような古い建物があり、

新しいお店も次々にでき、自然もある。

車で電車で、風景ががらっと変わる瞬間を感じることのできる街。


同じことを絶やさず繰り返していくことの大事さ。
一年のサイクル見守り、いただきます、の大事さを確認しました。


あ・・・気付いたら、

あの凧は風に乗って、ぐんぐんと空高く舞い上がっていました。

「上がれ上がれ」

みずほさんと見上げながら、ずっとその行方を追いかけていました。



2014年川越の米作り、

今年も豊作です。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*







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