「川越style」

webマガジン川越styleは、「小江戸川越」のお店や人、イベント、行事、風景、文化、川越の熱い動きを伝える情報発信サイトです。過去記事もぜひどうぞ。川越の一大叙事詩、川越を深く伝え尽くす。


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川越はまだまだ知られざる魅力が眠っているはず、

川越はもっとディープなはず、もっとディープな川越を知りたい、

そう願う川越人は多いと思います。

川越に残された『素の川越』に出会えるツアーとして、
小江戸川越のらり蔵りpresents「ちょっとディープな小江戸川越散策ツアー」は、

川越の中で独自のポジションを確立している異色の存在。
川越のディープな情報は日々「小江戸川越のらり蔵り」で発信され、

https://www.facebook.com/norakura.kawagoe0492


また、定期的に川越散策ツアーを企画していて、
2014年12月に開催されたのが、大学いも川越いわたさんとタイアップした時の鐘周辺ツアー。

(時の鐘周辺編の様子 http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11967704976.html


そして、2015年2月14日には、時の鐘から北へ進んだエリア、

一番街?いえいえ、一番街の札の辻交差点を通り過ぎてさらに北へ入っていく。

一番街から北へ行くとさらに歴史は古くなり、そこは
明治の大火を免れ、明治・江戸の貴重な建物が残る喜多町、志多町エリア。

志多町の「柳屋酒店」さんとタイアップしてこのエリアを掘り下げるというツアーを敢行しました。

「喜多町、志多町ツアー http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11990548808.html


小江戸のらり蔵りさんは、こうして記事にする以外にも、毎月に数本のツアーを開催していますが、

2月のツアーから4ヶ月、

のらり蔵りが掘り下げる次なるエリア、久保町ツアーに密着しました。

2015年6月20日、21日という二日間に渡って開催されたのが、

「知られざる久保町をのらり蔵り」。


今回のツアーの発端は、久保町通りにある蕎麦の名店、

「手打ちそば鎌倉」さんが以前からのらり蔵りの噂を耳にしていて、

「のらり蔵りさんの語り口でこの久保町を掘り下げて伝えて欲しい」とのことからタイアップが実現。

ツアーの集合場所とスタート地点が鎌倉さんとなっていました。

20日開催の方は14名ほどの参加で賑わったそうで、

ディープな散策を求めているのは地元の方が多い、とのら蔵さんは参加者の熱気を代弁する。

また、ツアーから帰って来た時に、鎌倉さんから特製お蕎麦が振る舞われるということも、

参加者にとっては楽しみになっていました。



久保町というのは、本川越駅からだと真っ直ぐ北に進み、

連雀町交差点を右折して鰻のいちのやさんがある松江町交差点を越える。

喜多院に向かう久保町通りがまさに久保町になるわけですが、

この地域でツアーを組むところがのら蔵らしい。他に企画する人はまずいません。

のら蔵さんにとっては、実は久保町は個人的に思い出深い地域でもある。

「第一小学校に通っていたので、成田山の境内を通って歩道橋を上がっていた。

この通りには昔からの馴染みのお店が多いんですよ」

小さい頃から見てきた街だからこそ、その変化を語ることもできます。


そして、今回のツアーは、のら蔵さんによる確信犯的に今までにない試みが行われようとしていて、

それが、ツアー内容が、

「一直線の道を行って戻ってくる」という行程だったのです。

一般的な散策ツアーというと、川越の街の中をぐるぐる回るイメージがありますが、

(今までののら蔵ツアーもそういう行程でしたが)

なんと今回は、一つの通りを進み、戻り、というだけの行程なのだという。

そんなツアー見た事ない・・・と、一同が戸惑っていると、

のら蔵さんが不適な笑みをたたえて答える。

「久保町の醍醐味は、この一直線の通りを深く掘り下げてこそ。

魅力が詰まった通りなのであちこちをよーく見てもらい、

日常的に見ている風景の中に面白いものを発見してもらいたい」

とこの斬新なツアーの核心を語る。

一体、どんなツアーになるのでしょう。


そして、今回はツアーの前にのら蔵さんから一枚の写真を見せられていて、

「この写真をよーく見ておいてください」という謎解きのような問いが出されていた。

その写真というのが、こちら・・・

至って普通の久保町の様子。この風景を目に焼き付けて、

どんな秘密が隠されているのか、その種明かしの時を期待したいと思います。


鎌倉さんからスタートした一行は、のら蔵さんを先頭に

まず久保町通りを喜多院方面へと歩いて行きました。

ここでは、全体の行程はツアーに参加して楽しんでもらうとして、

そのエッセンスを抽出して記事にしたいと思います。


歩き始めた一行は、鎌倉さんからすぐの所で立ち止まり、
「意外とみんな見落としがちなんですけど」と
のら蔵さんが指差した先にあったものは・・・
今や小江戸川越のらり蔵りである意味お馴染みともなっている、

あの石、と言えば分かるでしょうか。

前回も参加者の川越人を虜にしていた、石。


(2015年2月の志多町ツアーより、境界標を紹介より)


敷地と敷地、敷地と道路の境界の印としてひっそりと置かれた境界標の石は、

実は川越の街中のあちこちに残っている。

そのことに光を当て、現代に提示したのがのらり蔵り。
それが久保町にも残っていることをまず紹介しました。


この久保町にもあったとは。。。
皆さんの足元もよーく見てみると、こんなところにあったなんて!という発見があるかもしれません。
足元を見る視点を身につけたのらり蔵り参加者が後日、

「ここに石見つけました」とSNSなどで報告するのもお馴染みとなっています。
ただ、今回の久保町ツアーは足元がメインでないことは、

のら蔵さんの話しからすぐに分かりました。
「この通りは、昭和初期の建物がそのままの形で残っているんですよ」
と、古い建物が両側に点在していて、町並みこそこの通りの魅力だと語り、
下よりも上をよーく見るのが久保町散策のポイントとのこと。
昔から続く隆清堂などの建物を見上げる。


「久保町は、窪地になっているから久保町という地名になったという説もあって、

ちょうどこの歩道橋が窪の底になっている感じなんですよ」
と傾斜をみんなで確かめました。


(緩やかな坂道、窪地になっているのが分かるでしょうか)

街歩きのポイントとして、

「建物を見るなら反対側車線から建物を見るといいですよ。

特に久保町通りは車幅がちょどよく、反対側の建物が見やすい」と解説する。
道端にふとあるような地域の案内板も、

よくも悪くも更新されずずっとそのまま置かれているからこそ、
かつての町並みを伝える貴重な資料にもなっていたりする。
「ほら、ここは今はバーになっていますが、昔はお団子屋さんだったんですよ
今あるお団子屋さんと隣り合わせになっていたそうです。



さらに、
「久保町通りは以前は電気街だったんです」との話しに参加者からどよめきが起こる。
「今は一軒も残っていませんが、かつてはこの通りだけで3軒の電気店があったんですよ」
その話しはまさに商店街としてのかつての賑わいが想像できるよう。

のら蔵さんの子ども時代よく通っていたお店もあるそうで、久保町通りの生き証人でもある。
その電気店の一つが今、歩道橋近く人気のイタリアン「タヴェルナ・デル・ソーレ」で、
実は自分の中学生の同級生のお店、という地元ならではのネタも随所に散りばめられます。


横断歩道を渡って成田山へ。

喜多院の前を曲がっていく道がかつての大宮往還。

(今は喜多院へ続く参道ですが、この道をすぐ左折していたのが大宮往還でした)


成田山に足を踏み入れる一行、

すかさずのら蔵さんが一言でみなを過去の川越へいざなう。
「この境内で、古い川越の街を見つけられます」
どこだどこだ、と参加者が辺りをキョロキョロ見回しても、古い川越がどこにあるのか見つからない。
「ヒントは手水舎です」

ここか!とその周りに集まる。でも、ここに古い川越の街が??

不審がる一同を尻目に、
「答えをお教えしましょう」
と水をすくい、手水鉢の側面にかけると、文字が読みやすく浮かび上がりました。

お寺に寄進した人の名前と地名、

その地名を確認すると、「江戸町」「志義町」「喜多町」「猪鼻町」「宮元町」、

今はなくなっている川越の地名がごろごろ書かれていて、

昔の川越の町並みが目の前に浮かび上がりました。
これに終わらず、「こごもよーく見てください」と、

手水舎の傍にある「ある箇所」へ案内すると、
「入間郡霞ヶ関村」「入間郡古谷村」「入間郡小手指村」「入間郡堀兼村」「入間郡川越町」

といった地名が書かれていました。


もともと本行院という名で親しまれていたお寺が

成田山川越別院になったのは明治時代のことですが、

(今でも本行院という名前は残っています)

成田山との繋がりが残る印が、今の外壁に刻まれています。


歩道橋の近くの塀で、日常的に通る人も多いこの石壁に、

成田山という文字が刻まれているとは。。。

というか、こんな細かいところまで発見しているのらり蔵りさんのマニアックぶりもまた。


ここまで、鎌倉さんから成田山まで来て、

この後反対側の歩道から来た道を戻っていく。

本当に、1つの道だけを歩くツアーなのですね。。。

戻りながら反対側に建ち並ぶ建物を見上げます。

さきほど歩いた時は建物は見えませんでしたが、確かに反対側からだとよく見える。


(意匠もこだわっているのが分かります)





(外側が覆われていますが、風情ある建物が顔を見せている)

いちのやさんの松江町交差点から鎌倉さんに戻って来る。

その途中にも、「ほらここ、よーく見てください」と足元を指差し、

境界標が。最後の最後まで、あっと驚くような発見があった、「知られざる久保町をのらり蔵り」でした。

鎌倉さんに戻って来た一行、席に座りながら

「わずか1時間の行程だったけどディープだったなあ」と久保町の魅力に浸っていました。

わずか1時間であるし、歩いたのも

松江町交差点から成田山までの一直線の往復で、距離にしても1キロも歩いていない。

その中で、足元の石から見上げた建物まで、

久保町の魅力をディープに伝えるという芸当を魅せた小江戸川越のらり蔵りさんでした。

ただ、のら蔵さんに言わせると、

「知られていないだけで、久保町には面白いものがいっぱいある」

という。

まだまだ面白いものが出てきそうな予感です。


ツアーではまた、参加者にプレゼントがあるのが、のら蔵の毎回の恒例。

参加者に差し出されたのが一枚の写真でした。

ついにここで種明かしの時間となりました。

ツアー冒頭に示された問いかけを覚えているでしょうか。

「この写真をよーく見ておいてください」

この写真は現代の久保町通りを写したものですが、

のらり蔵りさんからのプレゼントの写真は、

かつての久保町通りを同じ場所から写したものだった。

そこには・・・

くらづくり本舗さんの看板が、かつてと今で白黒が入れ替わっている!

というのら蔵さんらしい、プレゼントでした。


小江戸のらり蔵りのお楽しみといえば、タイアップ店のプレゼント、

鎌倉さんからお蕎麦の提供があり、蕎麦をすすりながらも久保町談義に花が咲く一同でした。


今後の小江戸川越のらり蔵りの予定としては、

7月には本川越駅から歩いて五分ほどにある「ティーベリー」さんとタイアップして、

『水とパワーを求めて ~出世稲荷、東照宮などを巡ります♪』というツアーの予定。

大正浪漫夢通りにある沖縄物産店の「真南風」さんとのタイアップツアーや、

再び志多町の「柳屋酒店」さんとタイアップしたツアー、と

7月だけで毎週のように企画されています。

ますます展開が広がってきて、川越のディープな魅力を伝えていくツアーとして認知度も高まり、

小江戸のらり蔵りの今後が楽しみです。


「小江戸のらり蔵り」

https://www.facebook.com/norakura.kawagoe0492






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