「川越style」

webマガジン川越styleは、「小江戸川越」のお店や人、イベント、行事、風景、文化、川越の熱い動きを伝える情報発信サイトです。過去記事もぜひどうぞ。川越の一大叙事詩、川越を深く伝え尽くす。


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2014年10月26日、運命の日がやって来た。

川越中の期待を背負い、23歳の若者が命を懸けてリングに上がったのだ。


新日本キックボクシング

【日本バンタム級 タイトルマッチ】

<最強の挑戦者>
瀧澤博人(日本バンタム級1位)
VS
<無敗の王者>
重森陽太(日本バンタム級王者)

瀧澤選手がタイトルマッチまでに至る軌跡は、先月、今月のジムの練習にと密着してきました。

瀧澤選手が日々練習を積んでいるのが、川越駅から近い、ビクトリージム川越。

息を飲むような張り詰めた雰囲気の中、ハードなトレーニングと減量に取り組んでいた。

木暮代表との二人三脚の練習を追いかけました。





これまでの集大成として臨んだのが、10月26日のタイトルマッチだった。


当日は朝からバタバタしていた。

瀧澤選手は当日計量に臨み、契約体重53.52kgを一発クリア。

メインイベントである夜まで控えます。

そして、川越の南大塚駅前からは

チャーターした大型バスに乗り込み、後楽園ホールに乗り込んでいく応援団。

南大塚のみならず、川越や他地域の方も集まり、

この日のために駆けつけたのは、なんと400人。

大応援団で瀧澤選手の闘いを後押ししようと燃えていました。


日が暮れた後楽園ホール。

この日行われる試合は全12試合。17時から白熱の試合が行われていた。

後楽園ホールに足を踏み入れると、独特な雰囲気に体が飲み込まれる。





ライトに照らされるリングからは、なんともいえない神聖さがすぐに伝わってきた。

ヒリヒリするような緊張感が場内に充満し、居るだけで体が震えるよう。
骨と骨がぶつかるゴツッとした音、めり込むようなビシャッとした音が遠くまで聞こえてくる。

想像したくない痛みだ。。。
それに、印象的なのが、目。

リング上で相対する男の目は、

生で見ると良く分かったが、両者共血走っていて怖いくらいだった。

お互いに極限状態まで追い詰めた先に、このリングに上がって闘っていた。


時計を見るとまだ夕方の5時過ぎ。

瀧澤選手の試合まではまだまだですが、

すでにリングサイドの応援席には真っ赤なTシャツの応援団が続々と集まってきていました。

応援団は揃いの赤いTシャツを着用している。

背中には瀧澤博人、胸には南大塚応援団と書かれています。







そして応援団の皆さんは、今日のために応援グッズを手作りして用意していた。

ペットボトルに赤いテープを巻き、中にBB弾を入れ、

これを全力で振って盛り上げようとしていた。

さらに応援の仕方も徹底していて、事前に練習を重ねていました。

掛け声も紙に書き出し、皆さんに配っていました。

これらの応援を考え、一丸となって応援するために奔走していたのが、

瀧澤選手のお兄さん、瀧澤幸人さんです。

瀧澤選手の闘いを語る上で、幸人さんのサポートに触れないわけにはいかない。


「弟のために、出来る限りのことはしてあげたい」

と幸人さんがフェイスブックの応援団ページを更新、赤い応援Tシャツの手配、

応援団の方が何かあると話しを寄せるのが幸人さんなので、

一人で応援団の運営全てを取り仕切っています。

この時も、瀧澤選手の試合がまだずっと先の状況でも、

応援団が気持ちよく応援できるようサポートで場内を動き回っていました。


瀧澤選手と幸人さんの関係は、見ていても

兄弟の域を超えた親友、いや、それ以上の繋がりと強さを感じる。


「今回、弟がチャンピオンベルトを獲るために全力でサポートしてきました。兄弟だけどそれ以上の親友のような関係、小さい頃から仲良くて、仲良く仲良くなかった時がないくらいです。あいつの夢は僕の夢です。体調は万全、今まで通りやれば絶対勝てます!」


何から何まで幸人さんがサポートしているのが印象的。
「それでも、まだまだもっとこうしてあげられば良かったなというのはたくさんありますね」

と、どこまでも弟思いの幸人さんです。

場内で見守っている中に、応援団長、副団長、瀧澤選手のお母さんがいた。

お母さんのひとみさんは、

「怪我なく無事に終わってもらいたい」と緊張した面持ち。


瀧澤博人応援団は、瀧澤選手が

2012年11月25日プロデビュー戦を迎えるにあたり発足し、

これまで毎試合欠かさず応援に駆けつけている。
応援団長は、地域で頑張る若者を応援したい、俺達が立ち上げるから、と応援団を立ち上げた。


「最初は20人くらいで立ち上げた応援団。最初は南大塚の人くらいの規模だった。

それが試合を重ねるごとに人数も増えて、応援も熱くなっていった」


地域の人、地域のお店や会社が応援団やスポンサーに名前を連ねています。

そして、応援団長は仕事の傍ら、

市立川越高校野球部のヘッドコーチを努めていて(今夏、県大会決勝進出)、

後楽園ホールのリングをこう表現しました。


「僕ら高校野球にとっての聖地は甲子園。キックボクシングの聖地は後楽園ホール。

どちらも選ばれた者にしか立てない舞台。

初めて後楽園ホールに足を踏み入れた時、

雰囲気に引き込まれて、心が吸われていくように感じたのを覚えています。ここは特別な場所」


なにより、試合に来るたびに瀧澤選手が強くなり、成長していく様子に、

共に歩んでいるようで嬉しいと話します。

「デビュー戦の頃と比べると今はもう別人のよう。

パンチ、キックのスピードが以前とは比べものにならない。本当に強くなりました。」

そしてやはり、瀧澤選手とお兄さんの幸人さんとの繋がりの強さを、

あの二人は本当に仲がいい、といつも間近で見て感じるという。


副団長も毎試合応援に駆けつけている。

「彼は去年10月にタイの有名なジムに、一人で武者修行に行ったんです。

帰ってきたら意識が大人になって別人のように変わっていた。成長を目の当たりにしました」


狭山市などにあるラーメン店チャーシュー力も瀧澤選手を応援していて、

社長宅にある酸素カプセルに入るのが、試合前のルーティンにもなっている。

「地域の若者が頑張ってるので応援している。

以前と比べると、体も顔つきも考え方も変わって、成長しているのを感じている。

会場に来るのは今回は初めてです。

彼に言っていたのは、『タイトルマッチがスタートラインなんだよ』と。

試合を見に行くのはタイトルマッチの時、と話していたんだ」


川木ホールディングスの社長は、「今の木暮代表がチャンピオンの時から応援しています。

もう5年くらいの付き合い。瀧澤選手も応援しています。これからも応援していきますよ」と話していました。


プロデビューの時から見守っている方に、

瀧澤選手の応援団には、デビュー当時から見守っている方、

一年前くらいから数えて、もう4回試合に来ている方、

さまざまな方が応援団にはいます。

最も特筆すべきなのは、今回のタイトルマッチを機に応援団の数が一気に増えていったこと。
日本チャンピオンになる試合は話題性十分です。

友達から瀧澤選手のことを教えてもらって初めて応援に来た方がいたり、

瀧澤選手の応援をするために、この日初めて後楽園ホールに足を踏み入れた方もいたし、
生まれて初めてキックボクシングを見に来たという方もいました。
まさに、一人のスターの登場で世の中を変えてしまう良い例だと思う。




後楽園ホールにアナウンスが響く。
「第9試合3R分2分9秒KO勝ちです」
拍手に包まれる会場。試合はどんどん進んでいきます。緊張で足が震える。

心臓の鼓動が早くなり、音が聞こえてくるようだった。


第10試合が始まり、ソワソワする応援団、
「次ですよね?」「次だよ!」瀧澤選手の真っ赤な応援団がいよいよ動き出した。
「のぼりは2、3人で一本持つ形でお願いします!」
幸人さんの指示が飛ぶ。

瀧澤選手の応援団が400人なら、相手の重森選手も300人の応援団が駆けつけている。
1700席の後楽園ホールは、両陣営の応援だけでかなり埋め尽くされていました。
二人の試合はまさに、両陣営の応援合戦となるでしょう。
応援団の方が決意を込めて語ります。


「南大塚応援団は絶対負けない!応援で負けていたら話しにならないからね!!」



瀧澤選手の対戦相手、重森選手は、

長身を活かした右ミドルキック、右ローキックが得意な選手で、

肘やハイキックという怖い武器もある。

13戦して10勝3分、5KOのほとんどが肘やハイキックで決めている。


そして瀧澤選手は、アマチュアでは10戦し、2012年11月にプロデビュー。
本格的にキックボクシングをやろうと決めた時から、
「日本、世界チャンピオンになると決めて始めました」
頂点に立つことだけを胸に、練習に打ち込んできた。


瀧澤選手といえば、なんといっても代名詞は右ストレートパンチ。

彼のデビュー戦は、右ストレートのカウンターパンチ一発でKO勝ちという鮮烈なデビューを飾り、

以来右のパンチは瀧澤選手の大きな武器になり、「ストレートパンチャー」の異名を持つ。
そのパンチの威力は、本川越駅近くにある

小熊ボクシングジムへ出稽古に赴いて磨いた賜物だろう。
小熊会長は、弟9代、12代WBC世界フライ級チャンピオンに上り詰めた方。


さらに、ボクシング現東洋太平洋スーパーバンタム級王者の和氣慎吾選手に、

右ストレートの指導も受け、武器をさらに進化させてきた。


今回のタイトルマッチは、3分5Rで行われます。
延長はなく、勝負が決まらずドローであればチャンピオンの勝利となります。
つまり、ドロー防衛。
だから瀧澤選手は、5Rの中で相手をきっちり倒しにいく戦いが求められる。
そのことは木暮代表からも瀧澤選手に普段から伝えられている。
「ドローだと悔いが残る。せっかくのタイトルマッチ、悔いが残らないよう最後まで戦え」と。
相手も必死でくるはず、その中で戦略として、
引き分け狙いの展開に持ち込もうとすることも考えられる。
その時に相手に引きずられず、自分の戦いができるかどうか。


瀧澤選手は、これまで闘ってきた選手の想いも背負っていた。

プロで9戦闘ってきた瀧澤選手。
2012年11月25日
プロデビュー戦
2R2:32 KO勝利!!


2013年1月13日
プロ2戦目
判定3-0にて勝利!!


2013年5月19日
プロ3戦目
判定にて初のドロー!!


2013年8月25日
プロ4戦目
1R1:32 KO勝利!!


2013年11月24日
プロ5戦目
1R2:57 3ノックダウンKO勝利!!


2014年1月12日
プロ6戦目
2R2:54 TKO勝利!!


2014年4月6日
プロ7戦目
2R1:30 KO勝利!!


2014年5月18日
プロ8戦目
判定3-0にて初の黒星!!


2014年8月24日
プロ9戦目
延長4R判定3-0にて時期挑戦者決定戦を制す


「今まで闘ってきた選手の気持ちをパンチ、キックに乗せたい」


そう強く想うのは、単に闘ってきただけでなく、
瀧澤選手に負けて引退を決意し、リングを降りていった選手が3人もいるからだ。

自分の拳が選手としての道に楔を打ち込み、引退という重い決断を迫ることになった。

この拳には、これまでの選手の気持ちも入っている、

そのことを意識しないわけにはいかなかった。


19::45。ついに時は来た。


後楽園ホールのライトが消され、入場曲が流れ始めた。
「ひろ ひと!ひろ ひと!」
第11試合目、メインイベントとして青コーナーから登場した瀧澤選手。
応援団がのぼりを手にして階段の両側に並び、リングまでの花道を作りました。
入場曲は瀧澤選手自身の作詞作曲による「Trust」。




リングに上がる前にいつもの儀式、

「行ってきます」と応援団長、副団長と拳を合わせた。

ロープを越え、リングの中に入っていった。
会場のあちこちから声が上がる
「博人、いけ!!」「博人頑張れ!!」

相手陣営の応援も熱を帯びる、リング上、、そしてリング下の応援合戦も始まっていた。


「ただいまより、本日のダブルメインイベント、

第11試合日本バンタム級タイトルマッチ3分5Rを行います。

赤コーナー日本バンタム級王者、伊原稲城所属、重森陽太!

青コーナー日本バンタム級一位、ビクトリージム所属、瀧澤博人!!」


名前がコールされると、応援団からリングにテープが投げ込まれる。





リングを覆うほどのテープ、
自分の何十倍のテープの量にあっけにとられる重森選手、思わず苦笑いしていた。



始まった二人の死闘。

1R。

瀧澤選手のキックがあたる、「オオイ!!」会場から一発一発に絶叫がすぐに起こる。



相手とは離れず、近過ぎすぎず、自分の距離で戦う瀧澤選手。

近づくと相手の肘や膝が待っている。

しかし離れると前蹴りやミドルキックの危険もある。

自分の距離、自分の位置を常に取り続けていた。
この大舞台、そして応援の圧、雰囲気に舞い上がって地に足がつかなくなりそうなところを、

自分をコントロールし落ち着いて臨んでいるようだった。

目は鋭く、冷静だった。


「思ったほどでもない」
相手のキックを受けて確信していた。
「相手はミドルキックが強い選手。おそらくあのキックを受けたら腕や足を折られるだろう」
そう思っていたが、いざ受けてみるとそこまでの強さを感じなかった。
これならいける、自信が増していった。
なにより、右足が当たらないよう外す練習をこれまでずっと続けてきたのだ。


「ひろ ひと!ひろ ひと!ひろ ひと!」

そして、最も叫び声を上げていたのが、リング下で見守る木暮代表だった。


「いいよ!上振って!上振って!ガードして!くるよ!!」



ロープの近くまで迫り、瀧澤選手のキックが相手をとらえる。

バン!二人の汗が飛び散ってきた。

「一分経過!」


「立ち位置確認して!!パンチいいよ!散らしていこう!!」


「ジャブ!ジャブ!!集中して!!」


「ひろ ひと!ひろ ひと!ひろ ひと!」


「オオイ!!」


お互いの攻防が続き、その時は訪れた。。。


1R、ラスト20秒切ったところだった。

瀧澤選手の狙い澄ました伝家の宝刀、右ストレートパンチ。
木暮代表が初めて瀧澤選手のパンチをミット打ちで受けた時、

「いい右持ってるな」と感じ二人三脚で磨いてきた右ストレート、
赤い応援団400人分の重み、これまで闘ってきた選手の気持ちを加えて、

ミリ単位の隙を見逃さず相手の顔面をとらえた!

「効いてる!効いてる!いけ!!いけ!!」

追い込んでいく瀧澤選手。

ぐらつき、ダウンする重森選手。カウントが始まる。



応援席は総立ち、オオオオオ!場内が絶叫に包まれる。

無敗の王者、しかも今まで一度もダウンを喫したことのない王者から

右ストレート一発でダウンを奪ったのだ。


会場は最初から最後まで大絶叫の応援だった。


「ひろ ひと!ひろ ひと!」「ひろ ひと!」



2R。
パンチもよく出て、肘もキレ、お互い手数の多い攻防戦になった。
ここでも冷静に相手と絶妙な距離を保つ瀧澤選手。



「集中して!集中して!立ち位置!!」


「ひろ ひと!ひろ ひと!ひろ ひと!」

ずっと名前を呼んでいる応援団、パンチ、キックがあたるたびに「オオイ!」と絶叫が上がる。

相手陣営からも「ようた!ようた!」が聞こえ、後楽園ホールは700人の声がぶつかりあっていた。


「ハーフタイムだよ!」


「顎引いて!見えてる!見えてる!!」


瀧澤選手が流れを掴んでいた。

3R。
ここまで優位な展開が続き、応援団も「この調子なら勝てそうだ」そう思っていたのも束の間、
さすがはチャンピオン、重森選手が残り3Rになり息を吹き返して反撃が始まった。
瀧澤選手がコーナーに追い詰められる。
至近距離に詰めてカウンターで肘を狙っていたか、
しかし瀧澤選手も肘を出して応戦する。



インターバルでリング下に歩み寄るビクトリージム八木沼会長、瀧澤選手に向けて激を飛ばす。
「もっと蹴り、出さないと!そんなんでチャンピオンになれるわけないだろ!!蹴って蹴って蹴って、足折れてでも蹴れ!!」


4R。
「回って!回って!!」

「瀧澤散らして!!」

「1分経過!」

気持ちを振り絞って手を出す瀧澤選手、
だんだんと動きが鈍くなってきた。表情には疲労の色が見えてきた。

手が出なくなっていく。重森選手に押し込まれる場面が目立ってきた。
意識が朦朧とする中、瀧澤選手は遠くの意識にかすかに思い出していたことがあった。


「そうだ、あそこに書いてあった」


試合当日を迎える前、いつものように秩父の三峰神社にお参りに行き、おみくじを引いたのだ。
そこに書いてあったのが、『他の人の意見に耳を傾けなさい』だった。
相手のパンチ、キックをかいくぐりながら、瀧澤選手の意識はだんだんクリアになっていった。
その時思い出していたのが、以前瀧澤選手に送った言葉だった。


「瀧澤選手。
試合途中、瀧澤選手は苦しい時、辛い時がきっとあると思う。
そんな時、冷静になって周りの声に耳を傾けて欲しい。
そこには、赤いTシャツを着て
今までずっと瀧澤選手を応援し続けてきた南大塚の人たち、
川越の人たち、ファン、家族、いろんな人たちの絶叫が聞こえてくるはず。
その声を、自らのエネルギーに変えて欲しい。
次の一打の糧にして欲しい。
瀧澤選手の一打に気持ちを乗せ、
一緒に戦っている人たちがすぐ近くにたくさんいる。
一人じゃないことに気付いて欲しい。

会場に駆けつけた400人の大応援団、川越で応援する人たち、
ほんの少しでも、その人たちの顔を思い出して欲しい。
それがベルトを掴み取る、最後の一押しになっていくはず」と。


ハッと冷静に回りに意識を向けられることができた。


そこには・・・


リング下で「瀧澤、もっと散らして!足出せ!よし!いいぞ!!」

と絶叫しアドバイスを送る木暮代表がいた。
そして、リングサイドを埋めた真っ赤な応援団の大絶叫が聞こえてきた。




「ひろひと!ひろひと!ひろひと!」

鬼の形相で声援を送り、400人が瀧澤選手と一緒に闘っている姿を冷静に見ることができた。
「一人じゃないんだ」
再びグッと目に力が入り、
瀧澤選手の動きにキレが戻っていった。

試合はいよいよ佳境、最終ラウンドへと進む。


5R。
「瀧澤、動いて!集中!!集中!!」

「ジャブついて!いいよ!!」

「顎引いて!顎!!顎!!顎!!」

「瀧澤来るよ!準備して!!」

「オオイ!」



瀧澤選手の目は死んでいなかった。
鋭い眼光で相手をとらえる。


「オオイ!」


木暮代表がマットを叩きながら叫ぶ。
「気持ちで負けるな!!集中して!!あと2分頑張れ!!ジャブ!!ジャブ!!」


「蹴れ!蹴れ!蹴れ!蹴って!!蹴って!!」


最後の力を振り絞り、ロープ際で両者のパンチにキックが乱れ飛ぶ。
「あと10秒!!」

二人の意地がぶつかり合う。

この日のために辛い練習に耐えてきた、
チャンピオンになりたい、
多くの人の期待に応えたい、
小さい頃から格闘技が身近にあった。
「あんな舞台にいつか自分も立ちたい」K-1に憧れた小学生時代、
中学生で始めたキックボクシング、
高校生の時に引っ越してきて以来ずっと住んでいる川越、南大塚、
この街に支えられここまで頑張ってこれた。
赤い応援団が声を振り絞る。
応援団結成の時から、博人の夢は自分たちの夢、そう胸に刻んで声を枯らしてきた。
残り5秒。
パンチ、キック、歯を食いしばって最後の一打を出す。



そして。


後楽園ホールに響き渡るゴング、3分5Rの長い長い死闘が終了したのだ。
試合は3人のジャッジによる判定にもつれ込んだ。
興奮冷めやらぬ後楽園ホール、
死闘を繰り広げられた二人に惜しみない拍手が送られました。

両選手がリング中央に歩み、結果を待つ緊張の瞬間。
静まりかえる中、両陣営、会場の観客の目がリング中央に立つ二人に集まる。
固唾を飲んでその時を待っていた。
瀧澤選手が勝利するためには、0-0や1-1という判定ではダメだ、

判定で勝ち越さなければならない。タイトルマッチは、ドローだと相手の勝利になるのだ。
赤い応援団は祈るように手を合わせていた。


「ひろ ひと!ひろ ひと!ひろ ひと!」

「ようた!ようた!ようた!」



「ひろ ひと!ひろ ひと!ひろ ひと!」

「ようた!ようた!ようた!」


「判定の結果をお知らせします。48-47、青コーナー」


これで1-0瀧澤選手が先取した。

「48-48、ドロー」
ドロー、1-0のままだ。ウウウという声にならない声が会場を包む。
次の判定が相手にいくと、

1-1でドローになると、引き分けでチャンピオンの防衛が決まる。


「48-・・・49。青コーナー」


勝った!勝った!瀧澤選手の勝利だ!!


歓声が爆発する。「博人よくやった!!」


「以上2-0の判定をもちまして、

青コーナー瀧澤博人選手の判定勝ちにより、

日本バンタム級王者は瀧澤博人選手に決まりました」


判定の末2-0で、瀧澤博人選手が

新日本バンタム級新チャンピオンになった!!
その瞬間、瀧澤選手は天を仰いで号泣していた。。。
すぐにリングに駆け上がる木暮代表、二人が抱き合う。


川越にジムを構えて以来、師弟で歩み、日本の頂点に登り詰めたのだ。

涙が止まらない瀧澤選手。
かつて木暮代表が巻いていたこのベルトを弟子の瀧澤選手が取り返し、

再び川越にチャンピオンベルトを取り戻すことができた。
ビクトリージム八木沼会長がリングに上がり、祝福する。




そして・・・


八木沼会長がリング下に向かって声をかける。
手招きしたのは、お兄さんの幸人さんだった。
リングに上がった幸人さんが瀧澤選手に駆け寄る。

二人で抱き合い号泣する。



幸人さんは誇らしげに高らかに、弟の右腕を後楽園ホールに掲げてみせた。
「弟の夢は自分の夢、一緒に闘ってきた」
日本の頂点に立ったのだ。頂点から見える風景は特別なものだった。



お母さんや応援団長もリングに上がり瀧澤選手を祝福する。



これは、キックボクシングを始めてからの長い長い旅路の一つの到達点。
しかし、瀧澤選手の目はさらに先を見据えていた。
マイクを手にして場内に挨拶する。



「この勝利は、僕の力だけではありません。

支えてくれる皆さんと一緒に獲ったベルトです。

このベルトは、僕の師匠でありますビクトリージム川越の木暮代表が

もともと巻いていたベルトです。

なので、このベルトは僕の元にあることがふさわしいと信じて、

毎日辛い練習に耐えてきました」


時折涙を拭いながら言葉を続ける。


「ここは僕のゴールではありません。ここはあくまで通過点です。

重森選手はずっと無敗で、いつ世界にいってもおかしくない先取なので、

勝てるかずっと不安でしたが、絶対勝てる絶対勝てると言い聞かせて練習してきました。

僕の夢は世界チャンピオンです。

もっともっと練習して、

来年は世界タイトル獲りたいと思います。

僕には2つ上の幸人という兄貴がいて、ずっと支えてくれました。どうもありがとう。

応援してくれた皆さん、本日はどうもありがとうございます!」


会場裏では歓喜の渦。応援団に囲まれ、記念写真に収まる瀧澤選手がいました。
「いい試合してくれた」
泣いている応援団もたくさんいました。
身近で見てきたからこそ瀧澤選手の苦労を知っていた。
あの博人がチャンピオンになったんだ。




これまでの道のりを思い浮かべてみんなが感動の涙を流していました。
「瀧澤選手もそうだし、瀧澤一家がみんないい人。みんなが応援するのが分かる」
400人、川越で見守る人たちを含めて、みんなで掴んだ頂点なのだ。
瀧澤選手のお母さんと、「おめでとうございます」と握手をしたら、
握りしめていたハンカチがびっしょりに濡れていました。


幼なじみの塁選手も試合に勝ち、最高の形で一日を締めくくることができました。


さあ、川越に帰ろう。


この結果を待っていた人たち、一緒に祝福したい人たちが待つ地元川越に帰ろう。

バスに乗り込んでも横断団の熱は冷めず、興奮状態は続いていました。



首都高、関越を走り、そして川越ICから下りて、

故郷川越に帰ってきました。

外はもう真っ暗で深夜といってもいい時間。

それでもここから南大塚駅北口にある「安兵衛」へ乗り込み、祝勝会が行われました。

お店が休みのところを祝勝会のために開けてくれ、

豪華な宴席を準備して待っていてくれました。





瀧澤選手は、都内など何ヵ所かで開かれている祝勝会に顔を出していて、
深夜12時、いよいよ川越に戻って来る時間になった。

この時間まで瀧澤選手の凱旋を待ち構えていた応援団。
安兵衛の前に姿を確認すると、すぐに外に出て瀧澤選手を囲んだ。
ついにチャンピオンベルトが、後楽園ホールから川越の地に降り立ったのだ。

みんなで掴んだベルトを川越の夜空に高らかに掲げた瀧澤選手。

歓声と拍手で迎える一堂だった。




後楽園ホールの興奮が蘇ってくる、そして、

チャンピオンベルトが自分たちの地域、南大塚に、川越に今あることが

まだ実感できないような不思議な感覚になっていた。
恐る恐る触れるチャンピオンベルト、重い、やっぱり夢じゃない、

ここに現実にあるんだ。川越にやって来たのだ。
瀧澤選手と握手をすると、力が入らないながらも握り返してくれた、

歩くのも足を引きずっていて、それだけの激闘だったのだ。

瀧澤選手を迎えてさらに次のお店で祝勝会が続きます。

お店はもちろん南大塚、駅前にある「庄や」に移動して瀧澤選手を囲んで喜びを分かち合う。
庄やに入るとお店の方、お客さんに早速報告。

ここでも瀧澤選手の吉報を待っていた方がたくさんいたのだ。

テーブルに挨拶して回り握手を交わす。

おめでとう!!とお客さんから興奮の声が上がります。
庄やの方からお祝いに特大刺身の盛り合わせにお酒が振る舞われ、
ここでも盛大な乾杯が行われました。




「相手は強かった。圧力が凄くて、ミドルはやっぱり強かった。でも冷静に穴を見つけていきました」
と試合を振り返る瀧澤選手。

「自分の距離で戦い、相手の隙を見逃さなかった」と試合運びを語っていました。

その冷静な話しぶりが瀧澤選手らしい。


応援団の方が、

「博人、試合中、俺たちの声聞こえてたか?回りを見ろ!と叫んでいたんだ。

回りを見ろ、たくさんの応援があることを見ろって」

とガラガラの声で聞くと、
瀧澤選手ははっきりと、「全部聞こえていました」と答えた。

そして、

「応援席を見たら、みんな鬼の形相で応援しているのが見えました(笑)」と話し、

一同、そうだったよな!と盛り上がります。


ベルトを交互に持ち、「うわあ、重いなあ!」とチャンピオンベルトの重みを感じ合う一堂。



ふと。


勝利の余韻に浸りながら、話しに夢中になる宴席の中で、

テーブルに置かれたチャンピオンベルトがなんともいえない光景だった。
地域で応援し、まさに地域一丸となって掴み取ったチャンピオンベルトが、
地域のお店のテーブルの上に置いてある、
それはなんとも象徴的だったし、瀧澤選手の全てを表しているようでもあった。



瀧澤選手にとって、ここは一つの到達点だが、

しかし、まだまだ道は先へと続いている。
チャンピオンとして来年には防衛戦が待ち構え、

その後は世界に飛び立つか、これから復活するK-1軽量級を主戦場にするか、

いろんな道が目の前に広がっている。

選択肢が広がるというのは、こういうことなのだ。

頂きである日本チャンピオンになったからこそ、遠くまで見える風景があり、

いろんな選択肢が目の前に用意されていることを知る。


川越から日本のヒーローへ。

瀧澤博人選手の旅路はまだまだ続きます。

地元のヒーローをみんなで応援しましょう!

これからもよろしくお願いします。


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10月31日(金)Happy Halloween in 川越 city
16時~19時一番街周辺のお店約20件で仮装して、
「Trick or Treat!」と唱えるとお菓子がもらえます。



小江戸蔵里11月前半イベント



11月1日(土)一番街のイベント宵の市

(2014年9月の「宵の市 」の様子)
ねこまんま焼おにぎりの中市本店さんのミケさんは、1日~3日で登場します。
一番街はライトアップイベントと合同のため夜9時まで交通規制。
宵の市も夜9時までやっています。


11月1日(土)~23日(日)小江戸川越菊まつり
喜多院9;00~16:00
(11月1・2日は12:00~16;00、最終日11月23日は9:00~15:00)



10月30日(木)~11月3日(月・祝)食と音と灯りの融合~Kawagoe REMIX~

期間中さまざまな催しが用意されています。

・11月1日(土)~3日(月・祝)まちバル4
31の飲食店が自慢の逸品を提供します。


・11月1日(土)~3日(月・祝)Kawagoe Live
地元川越に縁のあるアーティストたちが、
川越の街を舞台にライブパフォーマンスを実施します。


・11月1日(土)~3日(月・祝)ライトアップ( ※一部12月25日まで)
今年のコンセプトは「カワノニワ」。
舟運で栄えた商人の町としての顔をもつ川越。
川はモノだけでなく、人、生活、情報も運んでいました。
そんな「カワ」の力を使って、水面のように キラキラとした「ニワ」として表現し
蔵のまちの夜を照らします。



11月3日(月・祝)第3回川越囲碁まつり&やさしいigo講座 蓮馨寺

一昨年、昨年に引き続き、第3回目となる川越囲碁まつり。
今回は、恒例の百面打ち、大盤解説会のほか、
囲碁の普及を図るため、初心者を対象にした「やさしいigo(囲碁)講座」を併催します。
①やさしいigo講座10:00~11:30 
②囲碁まつり13:00~18:00
●内容:百面打ち大会、特別対局・大盤解説会、やさしいigo講座、
小江戸まち歩き、まちなかコンサート


11月5日(水)~12月1日(月)川越市立博物館
「川越氷川祭礼絵巻」特別展示


11月8日(土)呑龍デー 蓮馨寺、呑マルシェ 昭和の街


11月8日(土)朝鮮通信使ゆかりのまち全国交流会 in 川越
川越市市民会館 大ホール13:30-17:00(13:00 開場)
ホ‌ールロビーにて開催
◎ゆかりのまち観光展
◎釜山(韓国)・対馬の展示即売会
◎朝鮮通信使友情ウォーク、ユースウォーク写真展
◎朝鮮通信使画員展など



11月9日(日)国際交流フェスタ 蓮馨寺10:00~16:00
さまざまな国の食や雑貨や音楽が出店します。


昨年の様子はこちらです。「国際交流フェスタ2013


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11月9日(日)復活!唐人揃い─朝鮮通信使─ 多文化共生・国際交流パレード
12:00-15:30


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唐人揃いパレード 12:00~ 蓮馨寺にて開会式
12:30~15:00 蔵造り通りパレード&パフォーマンス
15:00~15:30 蓮馨寺にて交流広場

2005年「日韓友情年」に、江戸時代の「唐人揃い」を
多文化共生・国際交流パレードとして現代に復活させ、今年が第10回目です。
このパレードは趣旨に賛同した個人・団体が、
民族衣装やパフォーマンスでパレードを盛り上げます。
川越町人の進取と善隣友好の精神を受けつぐこのパレードを、
歴史ある蔵造りの町並みでお楽しみください。

昨年の様子はこちらです。「唐人揃いパレード2013


今年の唐人揃いパレードには、知り合いが新しく登場します。

ベリーダンサーのLilaさん率いるベリーダンサーチームや、

狐の扮装したチーム、アジアフェスでお馴染みのタイ人クラブの人たちなど、

楽しい面々のパレート楽しみにしていてください。



11月15日(土)第11回小江戸川越素人ちんどんフェスティバル

川越クレアモール新富町商店街

小江戸蔵里
13時~(雨天決行)

11回目となる小江戸川越素人ちんどんフェスティバル。

今回は18チームがクレアモールを回って、お店を楽しく愉快に宣伝したり、

特設ステージにてパフォーマンスを披露します。



11月15日(土)河越流流鏑馬

国指定史跡河越館跡(川越市上戸192-1他)

正午~(雨天決行、荒天中止)

《当日の催し物》
12時~13時 民俗芸能(上戸芸能保存会・鯨井の万作保存会)
13時~13時30分 出陣式(於・常楽寺)
13時30分~15時30分 流鏑馬行事
15時30分~16時 上戸のササラ獅子舞(上戸芸能保存会)
※ 時間は目安です。進行状況によっては多少前後します。



11月15日(土)16日(日)アートクラフト手づくり市
川越織物市場10:00~15:00

川越style


川越style


川越style

個人的に好きなイベントです。

昨年の様子から雰囲気感じてみてください。「アートクラフト手づくり市in織物市場2013



11月15日(土)16日(日)かわごえ産業フェスタ2014
旧名称:川越産業博覧会(さんぱく)
川越運動公園9:00~16:00
川越運動公園
市内の産業が一堂に集う産業の祭典。


小江戸蔵里11月後半イベント



11月22日(土)栗原造園「森のおうちのマーケット ~あきからふゆのもり~」
10:00 - 16:00*雨天も一部開催

・Meilland's garden(主催)
アクセサリー、服飾小物、おとな/こども服、あじさいドライ他
・㈲栗原造園
お庭の相談受付、チャリティー販売
・ブーランジェ リュネット
ドイツパン他、焼き菓子、カフェ等
・Rose Style
プリザーブドフラワー、タティングレース他
・takamaru
布小物、おとな服他
・nana
おとな/こども服、小物
・tictic
バッグ、布小物
*Natural heartさんとのコラボ出店です
・S-Masa
ニードルフェルト、布小物、生活雑貨他
・Myrtle Green
アクセサリー、編み小物、インテリア雑貨他
・SUZURO
レジン樹脂アクセサリー、革小物他
・シーズニングラボ
シーズニングスパイス(オリジナルブレンド)、食品他
・dici peu
生花、苗物、フラワー雑貨、アレンジ受付
・3.11ガーデンチャリティ
素敵な作品の売り上げは全額チャリティとなります。
・ネイチャーゲーム
公益社団法人日本シェアリングネイチャー協会による、
お子様向けのゲームです。参加無料。


昨年の様子はこちらです。「栗原造園「森のおうちのマーケット あきからふゆのもり

川越style


11月30日(日)小江戸川越マラソン


11月30日(日)ぞうれっしゃがやってきた
Peaceやまぶきイベント川越市市民会館・大ホール
第一部「合唱構成 ぞうれっしゃがやってきた」
第二部 クレヨンハウス主宰 落合恵子さんのお話


11月30日(日)狐宵祭(こよいさい)

小江戸蔵里


イベント情報、企画立ち上げ等ありましたらお寄せください。


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川越には、実は自宅サロンをやられている方がたくさんいます。

 

強い想いを抱き、他にはないこだわりを持ち、一人一人大事に接する、

そんなサロンが川越にたくさんある。

 

そういう方は街中にいて、川越にここにこういうサロンがある、という情報が、

 

一覧で分かったり発信されるようなことも今までありませんでした。

見る側からも分からないし、

サロンをやられている方にとっても同じで、

サロン同士で今までほとんど交流はなかったし、

blogやfacebookで川越にたくさんサロンがあるのは伝わってきても、

どういう方がどこでどういう仕事をしているのか分からなかった。

 

「川越で個人サロンやられている方がたくさんいても、

 

今まで繋がることもなく、繋がりたくてもどうすればいいのか分からなかった」

と語る方がほとんどでした。

 

そんな時に、

 

 

「ランチ会やりませんか??」

 

 

という投稿が一つの台風の目になりました。

 

Facebookのグループ「フェイスブック小江戸川越会」に、白戸琢道さんが書き込んだところ、

次々とサロンの方からの参加表明が相次ぎました。

小江戸川越会は川越好きが集まるグループで、

2600人を超える巨大グループです。

 

川越情報が頻繁に交わされ、人の繋がりも生まれているグループで、

 

(ちなみにですが、8月に蔵里で行った「川越水かけまつり 」は、

小江戸川越会でボランティアスタッフを募集し、手を挙げてくれた35人の方で運営しました)

情報のやり取りだけでなく、リアルで人と繋がり、イベントまで主催してしまうような会になっています。

 

そして、白戸さんの書き込みに対し、

 

すぐにたくさんの反応が起こった。その様子もまた印象的でした。

ランチ会、それもマッチング交流会のような雰囲気に、

サロンをやられている方は「こういう機会を待っていた、自分の世界が広がるかもしれない」と

多くの方が手を挙げました。

 

呼びかけた白戸さんは狭山市出身、2012年都内の勤めていた会社を退職後、

 

人の輪をつなぐ「一級関係構築士」として

自身主宰のセミナーを都内で数多く開催してきました。

30~50人くらいの規模で10回以上開催し、

参加者をグループ分けした上でうまく交流できるよう会を運営してきた。

 

『同じようなことを埼玉、川越でもできないか』

 

 

それは密かにずっと思っていたことだった。

 

小江戸川越会に書き込んだ瞬間から、思いもよらぬ反響の大きさに、

「川越にこんなにたくさんのサロンがあるなんて」と驚いたと言います。

 

そして、「サロンの方を集めようとしたわけでないのに、こんなに集まった。

 

サロンをやられている方は繋がりを求めているんだ」というのも伝わった。
「サロン同士を繋いだら面白いことができそう」そう思うようになって、

ランチマッチング交流会という具体的な場を作るアイディアが固まっていった。


繋げば面白くなる、白戸さんのその本気度は、

参加表明してくれた方とは、なるべく事前に会おうと

あちこちに出向いて話しを聞いていった行動力からも窺えます。

1回だけの交流会ではなく、

繋がって、これからいろんな展開をしていきたい、

そのためにできるだけ多くの方と会って相手を知ろうとしていました。

 

川越でかつてない試みであるサロン同士のマッチング交流会。
しかも、これだけの人数が集まるのは、川越で初めてのことだと思います。

 

 

今回のランチマッチング交流会に共感し集まったのが、なんと総勢37人。

 

日時が合わなかった方も含めると、さらに多かった。

川越のみならず、都内・近郊市からも駆け付けた方もいます。

女性を中心に、自宅サロンであったり、教室を運営していたり、作家活動、表現者、

それぞれの活動をされている方々が集まりました。

 

会場となったのは、川越駅西口駅前にあるお店、

 

「だいにんぐきっちん零」。

ランチの時間を貸し切りで使わせてもらい、

細やかな気配りで会をサポートしていただきました。


11時開始から店内が参加者で埋まります。



 

 





今回参加していたのは、

・ハンドメイドとカエルグッズ☆ジュエルDeCoRe 輪織りバッグ あみぐるみ etc [販売・教室]
・MeridiLine経絡トリートメント&プリザーブドフラワー cocokara*marche
・リンパマッサージとカラーセラピー@川越のメザンジュ 梅田さん
・アダルトチルドレン卒業セラピー 岩田さん
・女性を内側から輝かせる☆ヒーリングサロンPomaikaiのLino
・オーラソーマ&マヤヒーリングサロン 裕美ペガサスジャーニー
・フーレセラピーゆらやぎ<足ふみリンパ・小顔・ハーブよもぎ蒸し・足ツボ・耳ツボ>
・ネイルサロン poche nail
・親子のためのフィットネス&フットケア ピラティスダイエット 岡田さん
・婚活占いカウンセラー
・MeridiLine経絡トリートメント&プリザーブドフラワー cocokara*marche
・Lila Berry Danceベリーダンス講師
・ママ起業 ツナガール

・入曽写真館
・Valentine オーナーセラピスト 大谷さん
・リラクゼーション ナチュール
・パセリデザイン
・ホームサロン みい
・ビーズアクセサリー販売・講師 tam.j
・ヒーリングサロン WASBY
・Ourson ポラセーツ カルトナージュおけいこサロン
・出張オーダースーツ大下さん
・コピーライター 杉山さん

・記念品で感動を創る ジーンファクトリー 仁居さん
・心と身体を爽やかに♪ リンパ出張サロン 岩田さん
・HEALH BEAUTIFUL CONSULTANT 赤塚さん
・オーガニックエッセンシャルズジャパインツ 久保さん
・整体サロン 武井さん
・日本統計気学会 方観子 小林さん
・ネイリスト 山本さん

地域としては、川越だと、新河岸、南古谷、藤間、新宿町、

旭町、砂新田、古市場、寿町、中台、神明町、笠幡、むさし野といった地域、

川越の中だけでも、さまざまな地域でいろんな方がいるのが分かります。

他には狭山市、所沢市、ふじみ野市、桶川市飯能市、都内、神奈川からも参加者がありました。

 

今回、みんな近い距離にいるんだ、とより感じ、可視化するために、

 

地図上に自身のサロンがある場所に付箋を付けていくマップ作りも行われました。

「へえ、意外と近いところにこんなにサロンがあったんですね」

など驚きの声が上がります。

 

そして、このランチ会の肝であるのがマッチングシート。

 

参加者にはそれぞれ、事前にアンケートに答えてもらって、

白戸さんによりマッチングシートが作られています。

そこには、

①名前(フルネーム)
②名前(フリガナ)
③職業等
④求めているスキル、コラボしたい人物像
⑤こんな人に出会いたい
⑥将来の夢
⑦動物占い
自分のことを知ってもらうために、他の人のことを知るために、

皆さんに細かく詳しく書いてもらっています。




お互いのことを知ろうと読み込んでいます。

 

例えば、「求めているスキル・人脈」には皆さんが書き込んでいたのは、

 

 

「東洋医学について深めたい」

 

 

「ツナガールでは、女性企業家いわゆる独身でもママでも輝く女性を

 

更に磨くために応援そして活性化させていく」

 

「現在、個人サロンをしているので、

 

その分野に詳しいコンサルティングなどをされたいる方にお会いしたいです」

 

「世界の人たちに愛されるジャパニーズスーツのスタイリングセンスを更に磨きたい」

 

 

「音楽などセッションしてくれる方」

 

 

「自分では気づきにくい「その人の才能や能力」をブランディングして、進むべき筋道を示していきたい」

 

 

「特に、ママさんや子供向けに活動されている方で、リーダーシップを取れる方」

 

 

「内側と外側から美しくなるアプローチをされている方」

 

 

「サロンも駆け出しなので、お店をされている方から少しお話が聞けると有難いです」

 

 

「業種を問わず一つ一つの信頼関係を大事にご縁をつないでいきたい方々と、

 

お会いできたら嬉しいです!」

 

「美容と健康をテーマにしたイベントをしてみたいので、一緒にできる方」
などなど、それぞれの想いを綴っていました。

 



このマッチングシートで面白いのが、⑦の動物占いを書いてもらうこと。
事前にサイトで自分の動物を調べてもらい、

スタートの時の席決めに活用していました。

業種もバラバラでなんといっても37人という大人数、

この会をどう運営していくか、白戸さんが考えたのが
4、5人程度のテーブルに分けること、それを似たような動物同士で座ってもらうことでした。

各テーブルにA~Fグループで分かれています。
白戸さんがグループ分けの真意を語ります。

 

「似たような動物同士だと話しが合いやすいし、

 

打ち解けるのも早いんです。座るグループ分けにとても大事なものなんです」

 

これまでも動物占いを使ったグループ分けを行って会を成功させてきました。
人柄タイプは、子鹿、狸、黒豹、羊。
結果タイプは、狼、猿、虎、コアラ。
直感タイプは、ペガサス、ライオン、チーター、象。

また、一人に5種類の動物が分かり、
最も自分らしく感じる性質である本質キャラ、
仕事などで人に見せようとする姿である表明キャラ、
物事を決断する時の性質である意思決定キャラ、
「こんな人になりたい」という理想の姿である希望キャラ、
ピンチの際に現れる潜在的な性格である隠れキャラ。
いろんな角度から自分を知ることができます。

 

 

白戸さんがランチマッチング交流会で考えていたのは、
まずは自己紹介しつつ名刺交換してもらい、雑談しながらランチを頂き、

 

席替えしてまた自己紹介と他己紹介をして交流していくというプランを練っていました。
単にランチ会というわけではなく、硬い異業種交流会でもなく、

その中間のような柔らかい雰囲気。

多くのサロンの方が、こういう交流会には初めて来た、と口にしていました。

会が始まる前からそれぞれのテーブルで、話しが盛り上がって意気投合していたのは、
やはり似たような動物同士というのがあったからでしょう。

 

会ったばかりなのにしっくりくる、ほんとに初対面?という声があちこちで聞かれました。
もちろん、動物占いをネタに、
「ああ、やっぱりこのテーブルは直感タイプの人が多いですね(笑)」
「ここはゾウって感じしますよね(笑)」など
話しが盛り上がったのは言うまでもありません。、
会の司会はブライダルやイベントの司会などをされている及川やよいさん。

 

続いて主宰の白戸さんから挨拶がありました。

 


 

このランチ会開催までには、

 

実は自身の足の骨折からの紆余曲折あり、フェイスブック小江戸川越会を知り、

ランチ会やりませんか?という投稿に繋がった、という経緯を話をされ、

そして、動物占いを使用する真意を語ります。

 

『統計心理学とは、動物占い、バースデーサイエンス、個性心理学などのモトとなる

 

心理学を統計で実証したものです。
誕生日とは、万国共通で生涯変わることのないデータです。
人の性格、好きなこと、嫌いなこと、意思決定基準、行動特性、得意分野、

その他様々な事と誕生日は、密接な関係があるのではないかという仮説を
25年以上、約100万人の統計データで実証した研究結果です。

 

最近のビッグデータも人の行動などを統計データとして分析することにより、
マーケティングを行っているように
統計データは根拠として信頼度の高い情報です。
この誕生日から先天的に持ち合わせている「人の素質」を知ることによって、
「人間関係の改善」「営業トークの使い分け」「自己分析」など、恋愛・ビジネス・家族円満など幅広い分野に役立てることが可能です』

 

だそうです。

始まった第一回小江戸川越ランチマッチング交流会、

各テーブルでは、自分がどういう仕事をしているのか話し、

また相手の話しを聞き、交流を深めます。

他の人の仕事のやり方、こだわりの話しに、

「なるほど、そういう考え方もあるんだな」と自分の仕事の参考になる、と頷いています。


お互いに住んでいる場所の話しになると、
「ええ!うちから近いです!」と驚きの声があちこちのテーブルから上がりました。
広いようで狭い川越。

また、サロンをやっていても他のサロンのことは伝わってこず、
知っていてもどう繋がればいいか分からず、
「近所同士でもお互い知らなかった」ことが多い。

 

特に、参加者の中で、新河岸だけで数人の参加者がいたことが驚きです。
・リンパマッサージとカラーセラピー@川越のメザンジュ 梅田さん
・MeridiLine経絡トリートメント&プリザーブドフラワー cocokara*marcheさん

 

・Valentine オーナーセラピスト 大谷さん

・ネイルサロン poche nailさん

新河岸にいても、お互い今までは交流がなかった。

 

そういう意味で、お互い「知る」ことができただけでも意味があるし、

 

こうして一堂に介したのは画期的なことだと思います。

 

同じ川越という地域に住む者同士、共通の話題はすぐに見つかるようで、

 

どこに住んでる、あのお店知ってる、どこの学校出た、

皆さんすぐに共通の話題を見つけ笑顔で話しが盛り上がります。
仕事の話しはもちろん、雑談で打ち解けていきます。

 

また、「あの人と繋がっているんですね!」
話の中から共通の知り合いがいることが判明したり、

 

初対面同士でも、繋がりを探していけばどんどん繋がっていって、

川越がさらに狭くなっていくようでした。

 

お昼になるとだいにんぐきっちん零さんのランチを頂きます。

 

ご飯を頂きながらも話は尽きず、各テーブルをぐるっと見ると、

確かにテーブルごとにそれぞれの雰囲気があり、タイプが似ているのが感じられます。

 

Aグループは、コアラなどでマイペース型。

 

「なんだかお互い癒される」と話す皆さん。

 

 


Bグループは、狼や猿などのタイプが集まっています。
「安心できる。説明しなくても分かってもらえる感じがする」



会には、フェイスブック小江戸川越会の会長、貫さんも参加。
わずか3年で2600人が集まるコミュニティに育て上げた人物です。

貫会長も、白戸さんが初めて小江戸川越会にランチ会の書き込みをした時から注目していました。

参加表明が相次ぐ様子に川越の新たなムーブメントを感じ、

自身も参加して会を応援しています。
貫会長がいたCグループには、

ベリーダンサーのLilaさんもいました。
Lilaさんは霞ヶ関と名細でベリーダンス教室を運営しています。
また、8月には生徒さんと共に小江戸蔵里でベリーダンスショーを行ったのは記憶に新しいです。


Dグループは、小鹿など。

・リンパマッサージとカラーセラピー@川越のメザンジュ 梅田さん。

梅田さんにこの会が行われることを教えていただきました。

・記念品で感動を創る ジーンファクトリー 仁居さん。

仁居さんは川越でいろいろなイベントを仕掛けています。

これから大きなイベントを仕掛ける予定なので、楽しみにしています。

 

Eタイプはチーターなど、直感タイプが多いグループでした。

 

「初対面同士でも気が合うというか、あるあるというポイントが一緒」とのことでした。

思い立ったらすぐ行動ですよね、と一人が言うと、

そうそう!と盛り上がるテーブルでした。

 

Fグループは、ライオンなど、こちらも直感タイプが多い。

 

 

そして全体を見渡すと、

 

それぞれの方が自分一人でサロン経営や作家活動などしている方々なので、
起業家同士分かり合えること、大事にしている根本は同じで

フィーリングが似ていてマッチしているようでした。

日常の生活を大事にするお手伝いをし、

気持ちの豊かさに繋がる仕事をされている方ばかりです。

笑顔が絶えず、柔らかく前向きな雰囲気に包まれていました。

 

午後は、何人かずつ隣のテーブルに移動し、席替えとなりました。

 

改めて名刺交換や自己紹介、

そして、今までの話しを聞いた上での

「この方はこういう仕事をされていて」と他己紹介をしていきました。

席替えをしても、やはりまた、

「ええ!家近いですね!」という話しがあちこちから聞かれます。


時間が経つごとに、話は深化し、

「一緒にこんなこともできそうですね」

「何かやりましょう」と新たな展開の話しが生まれていました。






 

こうして深い時間が過ぎていき、

 

お互いに、知る、ことができた小江戸川越マッチング交流会でした。

「楽しかったです!」と多くの方が話していて、

「普段交流する人とは違う人と知り合えた」と新鮮な体験だったようです。

最後はテーブルでできなかった方と名刺交換を行いました。




川越は、こだわりを持つ個人店が多い街です。
そして今、個人サロンが多い街として裾野が広がっている。

個人店も個人サロンも、人と人の繋がりを大事にして、川越という街の豊かさを作っている。


最後に、マッチングシートに皆さんが書き込んでいた

「将来の夢」を紹介します。


「ホリスティックな美しいクリニック」

 

「子どもの可能性を広げ、みんなを元気にする。そのためにもママが美しく!」

 

 

「ブライダルエステとプリザーブドフラワーでのブーケ及びコーディネート」

 

 

「ものづくりレクチャー的な本を出版できたらいいなと思っています」

 

 

「エステティシャンの協会が統一され、国家資格に!」

 

 

「個人のヒーリングの仕事を拡げていく事」

 

 

「ストレス社会に究極の癒しを提供する」

 

 

「フーレセラピーを広める」

 

 

「地元を盛り上げ、女性の生きる環境作りの構築」

 

 

「踊りで、天と地をつなぎ、全てをつなぎ、愛と喜びの世界を創造していきたい」

 

 

「川越を拠点に販売に力を入れたい」

 

 

「子ども向けにイジメやデートDVだとか孤独感だとかを無くすための潜在意識講座を学校で開く事」

 

 

「将来は、日本全国でロミロミ講座を開催して、
子供を育てながら、自立したい女性を応援することが私の夢です」

 

 

「将来も今も、家族みんなが幸せになること、自分の使命を感じそれを全うすること」

 

 

「自分はダメだ、と思っていたり希望を持てない状況にある方が、

 

自由に、大きく、自信を持って羽ばたく瞬間にできるだけたくさん立ち会いたい」

これははじめの一歩。ここからどう繋がっていって広がり、展開していくか。

面白いことがいろいろとできそうです。

交流会は定期的に開催していく予定だそうなので、

サロンやられていたり、作家活動などされている方はぜひ参加してみてください。

興味ある方がいたら、お伝えします。

MeridiLine経絡トリートメント&プリザーブドフラワー cocokara*marcheの小糸さんが、

自身のblogにマッチング交流会を振り返って綴っていました。
『これって凄いことです。
だって、Blog繋がりやFB繋がりだけでお会いしたことがない方々が
誘い合って、ここまでの大きな会になったのです。
「繋ぐ」ってやっぱり素敵なことば。
みなさん、目的を持って、意識が高い方ばかり。
輝いて見えました』

 

そして、主宰の白戸さんがランチ会終了後に

 

フェイスブック小江戸川越会に書き込んでいます。

 

『「足の指、骨折した」
しばらくまともに動けない。
どうしよう、、、。
昨日は、ランチマッチング交流会を行いました。
ちょうど一ヶ月前にこの会に投稿させていただき
呼びかけた時には、僕は左足の親指を骨折していました。
都内に行ってやっていた営業の仕事が
松葉杖では満足に動けない。
「なぜ骨折したのだろう?」と少し落ちこんでいました。
そんな時に、偶然にもFacebook小江戸川越会を発見しました。
地元で仕事がしたい。
都内で培ったノウハウを埼玉で活かす方法を見つけたいと思っていました。

 

そんな時に、今まで都内や全国10箇所ぐらいで実施していた
マッチング交流会をしようと思いました。

骨折で働けないので、なるべく予算を抑えるため
選択肢は「ランチ会」だと思いました。

会長の貫さんともご相談させていただく機会があり
「いきなり投稿してうまくいくのだろうか???」
と思いつつ、恐る恐る、投稿、、、。

この会の素敵な所なのですが、「いいね!」やコメントがつくのが早いし、
とても意欲的!!
あっという間に色々な繋がりが繋がりを呼び
お店も仲間も集まりました。

多くの方に投稿いただけそうなので、
昨日の会の詳細は割愛させていただきますが
「骨折」したことが幸いして、
僕は素敵な繋がりを得る事ができました。

「人間万事塞翁が馬」という言葉がありますが
目の前のできごとだけで一喜一憂せず
起きた事を何かのチャンスと捉えると
何かチャンスがやってくるんじゃないかという仮説がまた証明された不思議な1ヶ月でした。

みなさま、昨日はご参加いただけた方も
残念ながらスケジュールが合わなかった方も
Facebookで繋がれた事が嬉しいです。

これからも毎月ぐらいのペースで開催し
川越の輪をより強く、活気ある会にしていく一助になればと思います。
本当にありがとうございました。』

 

主宰として、皆さんがうまく交流できるよう

 

常に全体を見渡していた白戸さんの姿が印象的でした。

そして、だいにんぐきっちん零の釜本さんとの連携もあり、スムーズな運営が大好評でした。

 

そうそう、気が付いたら壁の川越サロンマップにも、

 

付箋がたくさん付けられていました。

可視化すると、川越にはこんなにサロンがあるんだ!と再発見になります。


こういう一覧を誰にでも分かりやすく、発信されていくとますます街は楽しくなりそうです。

これからの展開を楽しみにしていてください。


 

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川越まつり2014最終日。

川越まつり最終日 朝から午後の部


18時、夜の部がスタートした。連雀町の道灌の山車の曳き手はさらに増え、
「ソーレ!!」と掛け声に囃子に力強さが増す。





向かうのは北、仲町交差点へ山車を進めていく。
視界に先に見える交差点には仲町の羅陵王の山車が留まっている。
そこまで行って羅陵王と曳っかわせをやるか?
先触と宰領が話し合う。

「仲町はどうするんだろう」
「一番街へ行くと言ってます」
「まだしばらくいるの?」
「ちょっと確認してきます!」

走り出す先触。どうやら仲町は木やりの最中だったらしい。
戻ってきて、話し合いの末宰領が判断を下した。


「Uターン決定です!ここでUターンします!!」

決定が曳き手たちに伝えられる。
ここで待つよりもUターンして戻るルートを選択した連雀町。
そして本川越駅に向かって、今度は南下していくことになった。




途中、居囃子があると山車を止め、そちらに正面を向け曳っかわせを行っていった。
「連々会、前に集合!走って!走って!急げ!」
山車の足元に集結した連々会は提灯を乱舞させて曳っかわせを盛り上げる。
他の居囃子や川越まつりの総合本部分など一ヶ所一ヶ所で止まり、山車を向けていく。
そして、夜の部、初の山車同士の曳っかわせは三久保町の賴光の山車と実現した。




曳っかわせが囃子合戦と見ることもできるが、
本来は神の依り所である山車のすれ違いに、お互いに向けあって挨拶させようというもの。
それでも、
「少し前までは囃子合戦として負けた方が山車を先に向き直っていたんだよ」とのこと。


本川越駅前交差点に来ると、3台の山車が留まっている。
二台目の曳っかわせは、新富町二丁目の鏡獅子と相成った。




曳っかわせで演奏するのは、
連雀町の雀会はいろんな曲を演奏するが、
六軒町は「しちょうめ」という曲と決まっていたり、
仲町の羅陵王の山車に乗る中台囃子連は、
狐で「にんぱ」を演奏したり、と町内によりさまざまな形があります。


そんな、いろんな囃子が入り乱れる光景をみんなが期待していたけれど・・・
ここで数台の山車が待ち構えているだろうと進んできた本川越駅前交差点だったが、
待てど暮らせど他の町内の山車がやってこない。

大盛り上がりの曳っかわせをやるつもりだったけれど。。。


「山車がいないな。どこに行ったんだろう」口々に話す面々。


遠くを見渡しても山車の影も確認できなかった。
交差点を埋め尽くした人たちにとっても肩透かしにあった状況だっただろうと思う。
例年であれば、本川越駅前交差点は、

広い場所なので山車が集結し、入り乱れる曳っかわせが見られる。
それが川越まつりの最高潮になるはずだった。


しかし、しばらく交差点に山車を留めていたが、他の町内がやって来ない。

しびれを切らし、元の道を戻る判断が下された。
本川越駅から今度は北に真っ直ぐ進み、来た道を戻っていく。



「ソーレ!ソーレ!」
掛け声に囃子の演奏は途切れずに続いている。

道灌の山車を曳行しながらも、綱先では慌しさが増し、

さらにバタバタした状況になっていた。


川越まつり、最終日夜。
夜の部は18時からスタートし、会所に戻るまでの時間は3時間半。
ここまでで既に1時間以上過ぎていた。
他の山車はどこに行ったんだろう。


「ソーレ!ソーレ!」

通りの居囃子に一つずつ止まり、獅子舞などと合わせていく。

山車を向き直し、さらに前へ。


連雀町交差点が見えてくると、先触や山車責任者が全速力で走ってきた。宰領に伝える。
「通町の山車がこちらに向かってきてます!」
「向こうはどうするの?」
「本川越駅に来るそうです!」
「そうすると、どこかで当たるかな」
「はい、連雀町交差点で合わせようと話しました」
「分かりました」
そして、3台目の曳っかわせが連雀町交差点で行われた。
提灯が激しく揺れ、オオオ!という掛け声、囃子が激しく鳴る。




囃子の競演、連々会の掛け声、大音量の間を大声が飛び交う。

「宰領、南通町も来るそうです!」
「ここに?」
「はい!ここで南通町とも合わせる話しになりました!」
ゆっくりと山車の向きを変え、南通町の納曾利の山車ともすぐに曳っかせが始まった。

次々と山車が向き合う展開、沿道の人が歓声を上げる。




この時、連雀町交差点に仙波町も近づいてくる情報が入っていた。
話し合いが続けられたが、この時はタイミング合わず曳っかわせは見送ることに。
川越まつり、夜の部の山車に残された時間はわずか、他の町内も他の山車を求め、
どうも、この本川越駅から一番街の通りを行ったり来たりしているらしかった。

なぜそう動いていたのか、

この時は理由が分からなかったが、のちほどその事情が明らかになった。
そして、その事情により、

川越まつりにおいてかつてない光景が実現していくことになる。


中央通りを真っ直ぐ北に進む道灌の山車。
「ソーレ!ソーレ!」
蓮馨寺を過ぎ、仲町交差点が見えてきた。



ここからが2014年川越まつりのクライマックス。
川越まつりが始まって以来360年以上の先に続く、
今の川越人が作った、新たな伝説の始まりだった。。。


「ソーレ!ソーレ!」


仲町交差点が近いてくると、

いくつもの山車の提灯が見えてきた。囃子が重なっているのが聞こえる。


目を凝らすと、1台、2台・・・数台の山車が

仲町交差点という狭い辻に集まりひしめいているのが分かった。
仲町の羅陵王の山車、六軒町の三番叟の山車、

松江町二丁目の浦嶋の山車、新富町二丁目の鏡獅子の山車、
4台による曳っかわせがここで行われていたのだ。

囃子が飛び交い、山車の下で揺れる大量の提灯、掛け声。


そうなんです、本川越駅に山車がいなかったのは、ここに向かって集まっていたからなのです。
本来は、川越まつりの夜の曳っかわせ場所として、
本川越駅前、連雀町交差点、仲町交差点、札の辻交差点、と

一直線上の道の各所、あるいは松江町交差点に分散される傾向がある。

今年、仲町交差点にこれだけの台数が集まっていることは異例だった。
その理由を、現場で調整でした先触役が解説します。

「どうも道の事情から本川越駅前交差点を避けた町内がいくつもあったらしい」

そう、それで、道灌の山車が本川越駅前に進んでも、

他の山車とほとんど出会えなかったのだ。
他に行くところを探して、他の町内の先触は走り回ったことが想像できる。


運行ルートを予め決めていても、

どこで曳っかわせが行われるかは現場の状況で変わる。
その場その場の状況に合わせた判断を各町内の先触役や宰領、頭が行い続けています。


本川越駅を避けた他の町内は交差点から山車を東へ進め、

川越街道まで来ると北上していったらしい。
北上しながら、他の町内はどこに集まっているか走り情報収集し、

相手とすり合わせは何度も続けられていただろうと思う。


札の辻には幸町、元町一丁目、川越市の山車が集まっている。
連雀町交差点にも山車はそんなに集まっていないらしい。
それなら仲町交差点に行くしかない、

「今からそちらに行きます」と確認し合い、
交差点の中に山車をどこにどう置くのか事前に決め、4台の山車が集まったのだ。



この曳っかわせには、そんな舞台裏があった。

川越まつりの曳っかわせというのは、偶然山車がすれ違って起こるのではない。
現場で瞬時に変わる状況を見て、

お互いの町が時間と場所を擦り合わせて、調整の先に生まれるもの。


先触役の方が相手の山車に駆け、相手の山車がどう動くのか聞き、

すれ違う時に曳っかわせをやるのかやらないのか決め、
また自分たちの山車に走って戻ってきてすぐに宰領に伝え、判断を仰ぐ。

一回で話しが決まることもあれば、相手ともっと詰めないといけない話しが出ることもある。

そうすると再び駆け出し確認しにいく。


相手の先触役の方もこちらに確認に走り寄り、お互いに行ったり来たり走り回る。
山車は動いている、囃子も続いている。

山車を止めるわけにはいかない、つねに動いている状況で
瞬時に次の曳行を見きわめていかなくてはならない。
川越まつりではお互いの町のやり取りに、
ケータイやスマホといった機器は一切使われていないのです。

ここに昔ながらの川越まつりが色濃く残ります。
「他の町内の山車はどこにいるんだ」
「連雀町にはいないらしい」
「札の辻は無理だろう」
「そうすると仲町交差点か」

曳っかわせが川越まつりの華だとしたら、
こういう町同士のやり取りこそ、川越まつりの醍醐味といえる。
川越まつりを今に伝えるのは山車だけでなく、
町の人たちのやり取りにも、昔ながらの川越まつりがはっきりと残っています。


交差点にこれだけの山車が集まったのは結果的に偶然だが、

形にしたのはあくまで大勢の人が、マラソン並みに走り回った調整があったからなのだ。
道の事情という偶発性はあっても、

曳っかわせは町同士のコミュニケーションによる必然です。

ただ。

一つの交差点にここまで山車が揃うのは、

神様でも誰にも予想していなかっただろう。

この事態は完全に偶然、いや、神様の粋な計らいだったのか。。。

誰かが前方を指差しながら口にした。


「後ろからもう1台来てる!」


一番街方面からは新富町一丁目の家光の山車が、仲町交差点に向かってきていた。

川越まつりの夜の部には10台ほどの山車が出ています。

そのうちのこれで道灌の山車を合わせて6台がここに集まっていることになった。

残りは札の辻に集まっているだろう。

つまり、川越まつり最終日の夜、山車が入り乱れる曳っかわせが、

二ヵ所だけで行われているという異例中の異例なことが現場で起こっていた。
交差点に山車がぐちゃぐちゃに入り乱れ、混沌とした様相となっていく。
誰かが声を上げた。

「その後ろからも来てるよ!」

さらにもう1台、一番街から来ているのが見える。西小仙波町の素戔嗚尊の山車だ。

これでこの狭い交差点付近に7台の山車が集まったことになった。
祭りに来られていた方も町内の曳き手も、詰めかけた全ての人の声が興奮していた。
とんでもないことになった、言葉にならない声があちこちから上がる。

川越まつり、ここに近年稀にみる山車の集結になろうとしていた。

4台が集まる交差点から離れ、道の途中に山車を留める連雀町道灌の山車。
綱を手にしながら、みんな交差点で盛り上がる曳っかわせの様子を遠くから見つめている。
「あの中には入っていけないよね」

道灌の山車の選択としては、交差点から1台出たらそこに入っていくか、

あるいはこのままUターンするか。

四つ角であれば緻密な計算の上で、山車の留めようによっては5台くらいは入れる。

他の山車なら1台が抜けたらその空いた場所に山車を入れる選択もありえたが、
しかし、道灌の山車は川越で一番巨大なのだ。
もっと広い交差点、連雀町交差点だったらあり得たかもしれないが、

この辻に既に4台が向かい合わせになっている。これ以上は無理だろう。。。
ここに居合わせた誰もがそう思っていたし、

この4台による曳っかわせが、2014年の川越まつりのクライマックスだろうと、誰もが信じていた。

時刻は21時になろうとしていた。
川越まつりも終わろとしている。

21時40分頃には会所に戻らなくてはならない、そして22時に交通規制が解除される。
道灌の山車に残された時間を考えると、

このまま、来た道を戻る判断になるだろう。

あの中に加われなくても、交差点に集まった4台の曳っかわせは感動的で神秘的。

連雀町の人たちも交差点に駆け寄り曳っかわせに見とれていた。


これが川越まつりの一番の華、

ここが2014年の川越まつりのクライマックスだとみんなが心に思っていた。

交差点から囃子の音が落ち着く。4台による競演が終わったのだ。
曳っかわせが終わるのを確認し、道灌の山車も戻る、と思われていた。
思われていたが。。。


「綱、中に入れろ!」


綱を前方に張り始めた。
連々会の面々も山車の前に移動する。


「急げ!急げ!」

もうみんな、叫び続けて声はガラガラだった。
喧騒を切り裂けるように拍子木の音が聞こえてきた。


まさか・・・?


連雀町からだ。

「ソーレ!!!」

道灌の山車がゆっくりと交差点に向かって前進を始めたのだ。

交差点付近に進み、びたりと止まる。


左から入り込む道灌の山車、仲町交差点に集まった5台。
道灌の山車は交差点まで10メートルまで迫った。

そして。。。

誰もが思いもしなかった動きが始まった。


「ソーレ!!ソーレ!!」


山車はさらにそこからジリジリジリジリと前に進められ、他の山車ににじり寄る。



「ソーレ!!ソーレ!!」


まだ止まらない、辺り一面の歓声が大きくなる。

拍子木が打たれた。

なんと5台の山車がびったりと向かい合ったのだ!
狭い辻に巨大な山車が5台ひしめき合っていた。



Uターンして帰るだろうと構えていた連雀町の人たちもこれには驚いていた。
「まさにあそこに入っていくとは!」
5台はぴったりと寄り合い、カオスとなった中、曳っかわせが始まった。

連雀町の思ってもみなかった突っ込み、
それは頭の、空いているスペースを確認し、

入り込める場所があるか、角度は、など考慮した上で、
ここ入ってこそ祭りだろう、狭い所入れ込んでこそ川越まつりだろう、

その判断に宰領が最終的に了承し連々会など町衆に伝えられ、

町の総意として10メートルを詰めていった。

他の町内の町衆からも
「まさかここ入ってくるとは!」と大歓声。


仲町交差点にぶっこんでいったこの判断は、連雀町ならではで、まさに連雀町らしい。
そして囃子と提灯が入り乱れ、

5台の山車による曳っかわせが続いていった。
町衆の雄叫びが轟く。

2014年川越まつり最終日夜、終盤の曳っかわせ。


連雀町 道灌の山車
六軒町 三番叟の山車
仲町 羅陵王の山車
新富町二丁目 鏡獅子の山車
松江町二丁目 浦嶋の山車

曳っかわせ








道灌の山車が、あの狭い交差点に巨大な山車を入れ込んでいったのは、
2013年川越まつりで雨の中の曳っかわせに続く、感動的で熱いシーンでした。
長年祭りを見ている町内の方も、

「あんな凄い曳っかわせは30年ぶりかもしれない」と振り返っていた。
川越人が魅せた、伝説的な曳っかわせになった。

川越まつり、終了時刻はもうすぐそこだった。
「さあ、帰ろう!」それぞれの山車がそれぞれの場所に向けて曳かれていく。

「ソーレ!ソーレ!」


今日一番大きい掛け声が交差点に響き渡った。


「ソーレ!ソーレ!ソーレ!ソーレ!」

そして、道灌の山車も道を南下し
自分たちの町内へ、熊野神社の会所へ戻ろうと動き出した。
綱を手にするみんなの表情に、恍惚とした高ぶりがあった。
「まさかあそこ入るなんて。でもあれが連雀町だ」


連雀町と仲町の境で留められ挨拶をし、
沿道にある桟敷席など一つ一つで止まり、山車を向けて最後の挨拶をしていく。
また前に進んでいく。



2014年の川越まつりは、二日間で97万2千人の方が来られました。
全国から川越に来られ、また、

Ust配信により祭りのLIVE映像を世界中の方に楽しんでもらえたと思います。


今年川越の街を曳き廻された山車は21台。
全ての山車が、町内の方が大勢関わり、
曳行しつつ刻々と変わる状況に対応しながら、他の町内と折衝を重ねて、

曳っかわせを行っていた。
山車を通して町が一体となり、綱の内側は町内のコミュニティであり町そのものだった。

全ての町内が、自分たちの山車に誇りを持って曳いていた。
連雀町のような人間ドラマは、21台の山車それぞれにあったはず。
どの町内の人に聞いても、
「山車は町の宝」

そう自信を持って語っていた。


道灌の山車は蓮馨寺を過ぎ、熊野神社に到着。
横を通過していく山車と最後の曳っかわせを行い、
連々会の面々は名残惜しそうに何度も何度も提灯を乱舞させていた。



そして・・・ありえない光景が目の前に。。。


「ま わ せ!ま わ せ!」

なんと、山車の廻り舞台が何回転もくるくると回される。




「ま わ せ!ま わ せ!」


「ま わ せ!ま わ せ!」

その間も囃子は続き、天狐の舞いは続いている。
こういうことするの連雀町だけだと思う。。。



道の中に山車を入れてからも、
オオ!オオ!オオ!掛け声と提灯の乱舞は続き、

囃子は一層神聖さを増す。
これで今年の川越まつりも終わり、山車に降りていた神様が天狐の舞いを介して再び昇天していく。
きっと今年も、町内曳きに曳っかわせに、

町の人たちが一生懸命山車を曳いていた姿を喜んでいるに違いない。
夜空に届け、この掛け声。
全てが終わろうとしていた。




川越まつりは、360年以上続いているだけでなく、

現在進行形で熱気溢れるお祭りです。

360年の先に、川越人の心意気を熱く感じられた2014年の川越まつりでした。


これが、川越まつりです。

氷川神社の例大祭から始まり、10月18日の神幸祭、そして18日、19日の山車行事、

これにて川越氷川祭(川越まつり)の全ての行事が無事に終わりました。
来年の川越まつりでは、どんな人間ドラマと出会えるでしょう。
川越まつり2015を楽しみにしています。





幸町 翁の山車


幸町 小狐丸(小鍛冶)の山車


松江町二丁目 浦嶋の山車


元町一丁目 牛若丸の山車


宮下町 日本武尊の山車


中原町 重頼の山車


西小仙波町 素戔嗚尊の山車


新富町二丁目 鏡獅子の山車


仙波町 仙波二郎の山車


南通町 納曾利の山車


川越市 猩猩の山車


大手町 鈿女の山車


仲町 羅陵王の山車


六軒町 三番叟の山車


今成 鈿女の山車


連雀町 道灌の山車


三久保町 賴光の山車


通町 鍾馗の山車


新富町一丁目 家光の山車


菅原町 菅原道眞の山車


旭町三丁目 信綱の山車



2014年川越まつり、完。


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