∵ 初めての寝覚ノ床

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 今日は十時から南木曽町文化財保護審議会会議が行われ、橋場の道標が議題に上った。

活かせればいいのだが。

 

午後からは「木曽郡文化財保護連絡協議会研修総会」で上松町へ行き、十二時過ぎから寝覚ノ床の見える店で昼食。

 

昔ドライブインだったところで閉店していたが、「木曽人」という法人により再開されていて、協力したいという思いが皆にあり、入った。

びっくりする!

正面に木曽町出身の田中要次さんが・・。

実物大の人形だけど・・驚く・・。

 

はっきり言って、料金と量や味はともかくとして、私の頼んだハンバーグ定食のハンバーグの中が冷たかったし、スタッフの中に少し冷たいというかそっけない人が居て、その辺が少し残念。

 

ここは木曽路美術館が併設されている。

 

今回入っている時間がないので、又の機会に。

 

上松町公民館に到着。

 

隣にある五社神社

 

本殿は諏訪神社

 

郡内の保護審議会委員の内、約四十人が参加。

二台のマイクロバスに分乗し、二箇所を二班が交互に訪問。

 

私たちは寝覚の床へ

 

体力に自信のある人はどうぞ!ということで、行ってみた。

 

 

いつも上から見るだけで、実際来るのは私は初めて。

 

この四角い石が、明治四十年の絵葉書の写真にも写っている。

 

ここまで近づくのに道は無いので、大きな石の上を歩かなくてはならない。

 

英語でポットホール、日本語では甌穴というらしい。

 

穴に落ちた石が激しい水流でグルグル回り、穴を丸く削って大きくなるそうだ。

 

川は深そうだが、汚い。

 

下流

 

 

折角なので弁天堂まで。

 

そこから中山道沿いにある立場茶屋「たせや」へ。

明治二年の建物

 

石垣も金がかかっている。

 

自在鉤

 

大名や木曽の山村代官などの身分の高い人が立ち寄り、頂いた料金が書いてある古文書などがあった。

身分の高い人のための、上段の間。

 

「たせや」の反対側の「越前屋」は、大正二年建築・・といったかな?・・。

 

大正の建物なので、デザインもその頃のイメージがある。

 

二軒とも当主が住んでいるので、一般の人は入れなかったり、入れても制限されているのだが、そこは保護審議委員から話をしてくれてあるので入れる。

 

ここは臨川寺へ行く道なので、門が有ったらしい。

今は基礎の石だけ残っている。

 

この後、又公民館に戻り、前長野県立歴史博物館総合情報課長の原明芳さんによる「木曽路の開通と陶器の流れ」と題した講演を聞き、協議会の総会を経て、五時から六時半まで懇親会。

 

私は素人だが、他の先生方は専門知識のある方ばかり。

懇親会で親交を深めさせてもらえるのも、好い経験。

 

雑談の中にも、多くの知識が詰まっていて、木曽の写真で有名な澤頭修二先生などの、高名な先生方の知識をどう受け継いで行くか・・。

そのところの難しさを痛感している。

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