∵ 小さく新聞に出てた

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今日のお客さんは、カナダ人の若いカップルと、六十代後半と思われる多治見のFさん、それに三十才前後のOさん一人の、全部で五人。

 

カナダ人達は昨年十二月初めに、予約をメールでくれたのだが、Fさんは今月の十六日に電話での予約。

当日客で、昼前予約をくれたお一人のOさんは仙台出身で、今は長野市に住んでいるとか。

 

Fさんは十六日の新聞で我が家を知り、興味を持たれて直ぐ電話予約をくれた。

その新聞を今日もって来てくれた。

 

 

以前、忠犬の取材で来られた若い女性記者さんの記事。

観光案内所か財団で紹介されたようで、取材に来た当日に、我が家に宿泊を申し込んでこられた。

 

寒さの厳しい我が家は、一人のためでもストーブは四箇所以上焚くし、トイレの床暖房もつけるが、第一囲炉裏の焚く木は同じ量。

五平餅なども、潰したり丸めたりタレを作り、十本位焼けるガス台で一.二本焼き、魚も同じく何匹も焼けるグリルで一本を焼く。

何を作るにも効率は悪い。

 

我が家は暖房費も、お一人の割増料金も頂いていない。

一人でも五、六人居ても手間はあまり変わらず、はっきり言えば一人では赤字。

しかし、全体で利益が出ていけば好い!という考え方で、これは「どんぶり勘定」とは違う。

 

特に、お客さんが誰もいない時、夕方一人だけ泊めてくれという電話が来ると、グダーとして緩んでいる気持ちを、仕事モードに高めるのが大変。

 

一人の当日客を受けるのは、私が独りで決めるわけではなく、妻が決定権を持っている。

 

一人だけでも断らない妻の気持ちや考え方は、私とは違うかもしれないが、お客さんを路頭に迷わせたくない!妻籠宿で好い思い出を作って帰って欲しい!という思いは共有していると思う。

 

記事では使命感と書いてあり、それもあるが、これも書いてあるように、一人客でもお客さんとの触れ合いが楽しいから続けられる。

 

 

 

 

最初十七日か

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∵ 帰って来た

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13日に家を出て、今日帰宅。

 

6時15分に起きて6時50分にホテルを出た。

地下鉄淀屋橋駅が直ぐ近くで、難波駅に向かう。

 

途中で朝食を・・と思いながら特に入りたい店が無く、難波駅構内のパン屋さんでサンドイッチとコーヒーを買い、ベンチで食べた。

 

近鉄特急で名古屋駅まで八時半発。

 

途中Mさんが見所や色んな情報を、まるで一緒にいるかのようにメールで送ってくれる。

時間的にどこを走っているのか解っているのだろう。

 

日曜日なので多いのか、満員に近い人が乗っていて、途中の駅で乗り降りをしていたが、私の隣に四十代半ば位の男性が座られた。

 

陽が差し込んで眩しいので私が「カーテンを閉めますか?」と言うような声掛けから話し始め、Mさんの送ってくれるメールを元に色々聞くと、この男性が指し示しながら説明をしてくれて良かった。

途中の八木なんとかと言う駅でその男性は降りて行き、入れ替わりに三十位の男性が乗ってきて座った。

この男性とは、全く口を利くことは無かった。

 

名古屋駅に10時49分着。

改札を出る時近鉄の切符を入れようとしたら入らない。

すると駅員さんが「JRの切符も一緒に入れてください!」と、大きな声で言っている。

近鉄の出口でもあり、JRの入り口でもあった。

 

5分ほどで「しなの」に乗り込み、11時に出発。

中津川で乗り換え、南木曽駅に12時19分着。

妻が迎えに来てくれていて、「お久しぶりです!ただいま!」「お帰りなさい!」

 

妻は10日に千葉へ叔母さんの見舞いに行って、弟の家に泊めてもらい、12日に上田の娘の家に行き、私が出発した13日に帰って来ている。

 

私が一週間家を留守にしたことも初めてだが、十日間顔を合わさなかったのも、長女を出産時に里帰りしていた時を除けば初めて。

 

12時半に帰って来て、着替えて荷物を片付け、溜まった新聞や郵便物に目を通して、雑用を片付けていく。

 

留守中、予約メールは三女がやっていてくれて、そつなくこなしてくれていたが、確認したり新たなメールに返信したりと、結構時間がかかった。

 

まだそれほどの疲れは感じていないのだが、ジワジワと出てくるかも。

お休みなさい。

 

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∵ 大阪で途中下車

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6時15分起床。

支度をして下りて行き、7時から20分まで無料の朝食。
美味くないものも多いが、贅沢を言わなければ充分。
働いている女性が二人いて、大柄な人が挨拶する大きな声が、心がこもっていて良かった。
外へ出てホテルの写真を撮っていたら、Mさんが迎えに来てくれて、駅駐車場に車を停めてそのまま7時34分の電車に乗り、筑後船小屋駅の新幹線ホームまで来て、自由席に座った私を手を振って見送ってくれた。

7時59分に乗って新大阪に11時24分着。
大阪行きに乗ろうとホームに立っていたら、私と同じ位の女性が「ここ、女性専用車両ですよ」と教えてくれて、お礼を言って慌てて移動した。

大阪駅には午後0時に着き、ホテルには0時20頃到着。
荷物を預けて、交流会の会場目指して歩き始めてしばらくしたら、名刺を忘れて来た事に気が付き、引き返したため着いたら約束の1時丁度だった。

フェイスブック繋がりの詩吟交流会に集まったのは十二名。
そのうち私が知っているのは一人。
今までほとんど会ったことのない人達が集まったので、最初ぎこちなかったが、詩吟をほぼ二回吟詠した頃には、打ち解けて四方山話で盛り上がった。

全員で記念写真を撮り、解散したのが4時15分頃。
ほとんどの人が帰られる中、私たち五名で居酒屋に行き、生中を二杯ずつ飲みながら、引き返して刺身の盛り合わせ等を頂いて盛り上がった。
ここも6時20分に散会して、ホテルに7時頃戻ったが、今日も楽しかった。
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∵ 荒尾市へ

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目が覚めたら5時55分。
風呂に入れるのは7時からなので、お風呂に行ったら昨日と男女入れ替わっていて、今日の風呂の方が良かった。

8時から朝食で、9時過ぎに出発。

通行止めが多く、迂回路を途中で道を間違え二十分位ロス。
レンタカーにガソリンを満タンにし、駅レンに返したら11時半。
熊本駅発12時03分発で荒尾駅に12時46分着。
ホームまで、またしてもMさんが迎えに来てくれて、車でラーメン屋さんに連れて行ってくれた。

ラーメンセットはとんこつでしっかりした味付け。
チャーハンも美味かった。

蔵満海岸、四山神社、万田抗、大牟田市石炭産業科学館を案内してもらつた。

5時55分にホテルへチェックイン 。
荷物を部屋に置いて、Mさんのご自宅へ。

奥さんにご挨拶をして、少し話をしてからタクシーを呼び、三人で食事に。

主に海のものを中心に、珍味を食べさせてもらい大満足。
7時頃から9時45分位まで、生中二杯焼酎一杯を飲んで好い気分。
店は常連客の予約で貸し切りのため、お客さん達の了解を得て木曽節を唄ったら、もう一曲他のお客さんからリクエストがあり、Mさんが「じゃあ長持ち唄を‥」と言うので、皆さんに合いの手を入れてもらい唄ってから、タクシーでホテルに送ってもらい帰ってきたら10時だった。

今日も楽しく、中味の濃い一日だった。

∵ 内牧温泉

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6時25分起きて、7時過ぎから半まで無料の朝食。

7時50分に駅レンに行き、手続きをしてナビをセットして8時10分発。

途中何回か迷ったが、無事予定のコースを行き、鳥居が見えたので入って四百㍍程。
弁財天のお宮が有って、お詣りしている人がいたのでどういう謂われがあるか聞いたら、昨年の地震から湧水が止まってしまったが、霊験のある水だったのだとか。

道の駅くぎのでイチゴと飲むヨーグルトを買ったが、イチゴは食べきれないので、隣にきたお母さん二人と、二、三歳の女の子二人にあげたらえらく喜んでくれた。

わざと平行して走る道を走ったら、結構大きな神社があり、気づいた以上はお詣りをしなければいけない。

11時45分、阿蘇大橋着。
災害の酷さに言葉もない。

本道を引き返して、白川水源の湧水を飲んで、高森を過ぎたところで昼食。

2時20分から3時半まで、阿蘇神社にお詣りして御守りを買い、災害復旧奉賛金を納めてきた。

4時08分に今日の宿内牧温泉「入船」に到着。

飯田市の詩吟の先生がやっている食堂が入船というのも、この宿を選んだ理由の一つ。

夕食時間が、6時からと6時半からと選んで下さいと言うので、「他のお客さんは何時から?」と聞いたら「バラバラです」「じゃあ6時で」
散策をした時、裏手に「菅原神社」と書かれた鳥居があって、従業員に聞いてみたが解らないと言う。
5時過ぎから風呂に入り、6時に食堂にいったら私だけ。

バラバラの時間では大変なので、同じ時間にしてあげようと思ったのに‥。

私の他にはご五十代位の夫婦と、二、三十代の夫婦が二組、6時半から食べ始められ、7時から中国人の二家族、七人 が食べ始めた。
七、八歳の兄妹は食べずにタブレットを構っている。
それぞれの客同士、言葉を交わすことはない。

∵ 内牧温泉

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6時25分起きて、7時過ぎから半まで無料の朝食。

7時50分に駅レンに行き、手続きをしてナビをセットして8時10分発。

途中何回か迷ったが、無事予定のコースを行き、鳥居が見えたので入って四百㍍程。
弁財天のお宮が有って、お詣りしている人がいたのでどういう謂われがあるか聞いたら、昨年の地震から湧水が止まってしまったが、霊験のある水だったのだとか。

道の駅くぎのでイチゴと飲むヨーグルトを買ったが、イチゴは食べきれないので、隣にきたお母さん二人と、二、三歳の女の子二人にあげたらえらく喜んでくれた。

わざと平行して走る道を走ったら、結構大きな神社があり、気づいた以上はお詣りをしなければいけない。

11時45分、阿蘇大橋着。
災害の酷さに言葉もない。

本道を引き返して、白川水源の湧水を飲んで、高森を過ぎたところで昼食。

2時20分から3時半まで、阿蘇神社にお詣りして御守りを買い、災害復旧奉賛金を納めてきた。

4時08分に今日の宿内牧温泉「入船」に到着。

飯田市の詩吟の先生がやっている食堂が入船というのも、この宿を選んだ理由の一つ。

夕食時間が、6時からと6時半からと選んで下さいと言うので、「他のお客さんは何時から?」と聞いたら「バラバラです」「じゃあ6時で」
散策をした時、裏手に「菅原神社」と書かれた鳥居があって、従業員に聞いてみたが解らないと言う。
5時過ぎから風呂に入り、6時に食堂にいったら私だけ。

バラバラの時間では大変なので、同じ時間にしてあげようと思ったのに‥。

私の他にはご五十代位の夫婦と、二、三十代の夫婦が二組、6時半から食べ始められ、7時から中国人の二家族、七人 が食べ始めた。
七、八歳の兄妹は食べずにタブレットを構っている。
それぞれの客同士、言葉を交わすことはない。

∵ 熊本泊

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詩吟の先生方に石井樋、高台寺、東よか干潟を案内して頂き、九州佐賀国際空港でシシリアンランチというB級グルメでランチを頂いた。




佐賀駅まで送って頂き、電車で新鳥栖まで行って新幹線に乗り換え。

久留米駅を過ぎたところで、明後日会う予定のMさんが隣に乗って来たのでびっくりした。
サプライズで、私を案内するために来てくれたのだった。

熊本駅を降りて東横インに荷物を預け、市電で熊本城に行き2時半から5時20分まで、地震被害のため周りを散策しただけだが、石垣や塀、櫓などの被害の大きさが本当に残念だった。




着いた時、熊本城復興の寄付をしたら、後で証書を送ってくれるらしい。

2時半から三時間近く散策した後、また市電で駅まで帰り、駅内の居酒屋で二人で飲んで食べて、楽しかった。

9時半頃ホテルへ帰り、風呂に入った後、ブログを書き始めて投稿するとき削除してしまい、最初から‥。

いい加減にして寝ます。

∵ 佐賀二泊目

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7時に起きて風呂に入り、8時から朝食。

9時前に出発して、市内にある先生のご自宅へ行き、お茶を頂いて犬の面倒をみてから吉野ヶ里へ。


11時から午後1時半まで散策して、弥生人の生活に触れながら規模の大きさを満喫。

2時から40分程鰻を食した。美味!

3時から4時まで、佐賀城の本丸御殿をボランティアの方に案内して頂いたが、鍋島藩の幕末のお殿様、直正公に対する敬愛の情が伺い知れた。

4時15分から45分まで三重津海軍所跡に行き、時間が無いので大急ぎでメガネを借りて、当時の様子の再現を見た。初めての体験で面白かった。

5時過ぎにホテルに入り、6時過ぎ迎えに来てもらって、吟友の家で6時半から8時45分まで詩吟の勉強会。

9時から40まで、コシの無い柔らかいうどんが佐賀のうどんの特徴だというので、食べてきたがこれはこれで美味かった。食べかけ‥。

10時前にホテルへ戻り、テレビを点けたが画面が見られない。
フロントに来てもらって少ししたら治ったが、風呂から出て再度点けたらまた点かない。
テレビは諦めた。

それではお休みなさい。

∵ 佐賀

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南木曽駅を8時10分の特急に乗り、午後2時15分に佐賀駅に到着。

嘉瀬川ダムに案内して頂いた後、古湯温泉のつかさ旅館に入り、4時から5時40分まで詩吟の勉強会。

二十名程の会員さんと6時から8時半まで懇親会。

その後一風呂浴びてから部屋に集まり、9時から11時半まで、私が持って行ったどふろくの雄滝雌滝や、会員さんが作ったというマタタビ酒を呑みながら、詩吟を始めとして様々な話題で盛り上がり、楽しい一時を過ごさせてもらった。

∵ 同級会

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今日は三女に駅まで送ってもらい、電車で恵那駅まで。

伊勢山もきれい

雪が有るとホームも違った景色に

貯木場に結構好い木がある

 

私は恵那農業高校の園芸科一回生。

学校が出来て三年目なので、私達が入学して三学年が揃った新しい学校だった。

他の食品化学科と生活科の、三回生の合同同級会があり出かけてきた。

 

恵那駅から送迎バスに乗りこむのだが、その時点で他の科の人が、見た顔だが誰だか名前が解らない。

 

阿木ダムの近くの

「孫八」という会場。

逆光で丁度好い

乾杯する女性達

 

十一時から十四時過ぎまで、久し振りに会ったので、お互いの老けように違和感があったが、話していると高校生の頃の面影が蘇る。

 

私が詩吟をやっていることは幹事たちが知っているので、やれと言うので一吟やらせてもらった。

この近くの岩村の出身で、江戸末期の儒学者、佐藤一斎の「学んでおけば(三学戒)」を吟じたら、途中でマイクが不調で上手くできなかったが、「学ぶのに遅いことは無い!と言う意味の言葉だから、詩吟をやろうよ!」とアピールしておいた。

 

十四時半頃恵那駅まで戻り、コーヒーを飲んで時間をつぶし、電車で中津川駅まで行き、用事で中津川市内に居た三女に拾ってもらい、買い物をして帰って来た。

 

しばらくしたら、長男と孫達が来て「ジイに・・」と言ってチョコクッキー・・かな?をくれた。

市販のクッキーにチョコをコーティングしたようだが、小二と四歳の孫の手作り。

ありがたくいただいた。

 

夕食は三女が鍋を作ってくれて、今日は三女へ感謝!の一日だった。