∵ ゲストブック

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九月初めにマレーシアから、今日、五人の予約が入っていて、八時ごろ到着予定とのメールだった。

 

他に、三十代初めくらいの、オーストラリア人の夫婦が今日から二泊。

 

マレーシア人の家族は車で六時前には来られたので、家の前に出てお迎えをしたが、奥さんが下りてきて私の手を握り「コンニチハ」。

ずいぶん馴れ馴れしいというか、フレンドリーな人だなぁ・・と思っていた。

 

両親と十三歳、十一歳の兄妹と、お父さんのお母さんの五人。

夕食後、いつものように木曽節や長持ち唄を唄ったりしてから落書き帳を出したら、奥さんが昨年のノートをめくっていた。

 

そして出したページを見せて、自分だというジェスチャー。

「えーっ!」「これ、ユー?」

一年前の十二月十二日に泊まっていた。

お祖母さんは初めてだが、四人は一年ぶりなので、どおりで馴れ馴れしいわけだし、そう言われれば顔に見覚えが・・。

 

 

文中に「上田さん」の文字が・・。

大阪の常連さんがご夫婦で泊まられていた。

 

今日その文の下に、また追加して書かれていた。

兄妹で国旗を書いていたのは見たが、文は誰が書かれたか分らない。

 

 

すると、他の落書き帳を見ていたオーストラリア人が、「もっと古いノートは無いか?」というようなことを聞いてくる。

それで古いノートを出したところ、少しして「マイ フレンド!」と言って差したのがこの文。

 

 

ニュージーランド人の友達が、七年前の七月五日に泊まられていて、その友達から我が家を紹介されたらしい。

 

その友人に送るからと、このページを私の顔の横に持たせ、写真を撮っていたので、もうニュージーランドに私の写真が送られたことだろう。

 

 

英語が分らない私でも、フォークソングとか、フードデリシャスとか、メルボルン・オーストラリアくらいは分るが、全部読めないのが情けないし哀しい。

 

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∵ やれやれ

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昨日のお客さんは、三十才前後の日本人女性と、同じ年くらいのアメリカ人の男性お一人ずつ。

 

夕食後もいつものように木曽節を唄ったが、風邪気味で喉の調子が悪く、いつもの声には程遠い。

 

八時半頃、アメリカ人男性が妻籠宿へ夜の散歩に行きたいが、道が分らないという。

日本人女性も行くというので、二人を車に乗せて妻籠宿の北で降ろし、南の方向へ歩いてきてもらう。

車を三叉路付近に置いて案内所の前まで迎えに行き、枡形や板葺き石置き屋根等の説明をしながら車まで歩いて、又車に乗せ戻ってきた。

 

今朝は八時に朝食を食べ、九時過ぎにアメリカ人が歩いて出て行かれ、少しして日本人女性がバスに乗りたいと言いながら出てこられたので、「バスは無いから・・」と妻籠まで送って行ってきた。

車を下りる時「ご主人はお酒は飲まれます?」と聞くので、「少しは飲むよ」と答えたら、奈良漬をくれた。

「獺祭」という、私でも知っている酒の酒粕で、地元で作っているものらしい。

ありがたく戴いた。

 

家に戻ってくると、アメリカ人の部屋のお盆の上においてあったというお金、1,213円。

チップのつもりなのだろうと、これもありがたく戴く。

 

お客さんから戴いたものを誇示するわけではないが、その都度こうして記録しておかないと、誰からどんなものを戴いたのか分らなくなるので。

 

昨夜に戻るが、お客さん達を乗せて戻ってきた十時頃、立ち上げてあったパソコンを見ようとしたら、画面が真っ暗。

電源の表示ランプが点かない。

配線を挿し直したり、埃を払ったりしたがどうにもならない。

 

今朝も同じで、買った店に電話して聞いたら、ディスプレイとコードを持って来てくださいとのこと。

 

夕方行ってみてもらったら「ディスプレイの内部基盤が悪いと思われるので、修理に十日から二週間お預かりします」「長期保障の対象なので、無償修理になると思いますが、ならない場合もあります」と言う。

「どんな場合?」

「雷や水が入ったり、例えば虫が入って断線させたり、糞で汚れたりすることがあります」

 

何れにせよ、私のやり方が悪くて壊れたわけではないので、やれやれである。

 

 

夜は六時半から近くの金剛屋さんで、愛友会の風俗行列の反省会と忘年会。

若い会員や、可愛い花嫁さん役の原さんと、楽しい雰囲気の中、美味い酒や料理を堪能した。

 

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∵ 優秀賞

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子供の頃から表彰とは縁がなく、強いて挙げれば小二の時、絵で県の絵画展に入賞したくらい。
運動でも勉強でも、普通か落ちこぼれ。
詩吟の世界でも本番に弱く、賞にはほとんど縁がない。

子供の時から高校まで、本格的にスポーツをしたことは無かったが、二十歳の時、妻籠のソフトボールのチーム立ち上げに誘われ、一年間の活動の後、早起き野球が始まり、チームが軟式野球に移行。

以来、確か三十六歳の時だったか‥仕事で膝を怪我したり、野球肩で辞めるまでやっていた。

守備はショートから外野へと回され、打順は7・8・9番の下位だったが、メンバーの一人としてずうっと続けていた。

そんな地道な貢献が評価されたのか、好成績を挙げた訳ではないが準優勝したチーム内から推薦されて「優秀選手賞」をもらった。

昨日、探し物をしていたらその賞が出てきた。





とりあえず写真に撮り、金物類でゴミに出した。

孫達が「捨てちゃぁだめ!」と言ってくれたのが嬉しかったが、未練はない。
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∵ 記念写真

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愛妻会・恐妻会の写真整理を・・。

 

写真はデジカメと携帯電話と、両方で撮っているので、場所や時間がバラバラ。

 

それを時間の経過にあわせて、140枚の写真を並べ替える。

編集のやり方が分らないので、数字を直して編集。

DVDに焼付け?入力?

 

DVDだけでは、パソコンやビデオデッキ?が操作できない人も居るので、宴会が終わった後、仲居さんに撮ってもらった皆の集合写真に、文字を入れたりして2L版にプリント。

 

 

こうしてみると、私を含め、額の広い人が多い。

 

さて、年賀状つくりに本腰入れないといけないなあ・・。

 

 

 

 

∵ だんだん冬に・・

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今朝の気温は-1,5℃

結構厚い氷が張っていた。

 

家の前の氷は5㎜ほど。

 

畑の横の、桶の氷は10㎜から12㎜くらい。

 

車のフロントは霜で真っ白。

 

畑の土にも霜柱が立ち、いよいよ冬に向かい、明日は師走。

 

光陰矢の如し。

∵ 無事帰ってきた

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旅行から無事帰って来た。

 

旅館の風呂には一階の展望風呂と、地階二階の岩風呂とあり、殿方は昨日の八時までは岩風呂で八時以降は展望風呂。

今朝は八時までが展望風呂で、以降は岩風呂。

 

昨日、六時半過ぎに旅館に着いたので、大急ぎで岩風呂に行き汗だけ流して、七時からの宴会へ。

九時に宴会が終わった後は展望風呂へ。

今朝の部屋からの眺め。

 

朝食会場への道

朝食

朝食会場からの眺め

海側から見た朝食会場

 

今朝は七時に展望風呂に行き一風呂浴びた後、八時からの朝食が終わってからまた岩風呂に行き、一人用の露天風呂に入ってから、着替えて九時に出発という強行風呂。

露天風呂

 

もっとゆっくり入りたかった・・。

 

出発した後はすぐに飲みだして、私は昨夜から体調が良く、缶ビール二本に芋焼酎やらウイスキーやらのお湯割で好い機嫌。

 

しかし、メンバーは私より年上ばかりなのだが、よく飲むし食べる。

 

トイレ休憩をしながら金沢市内に向かい、十一時半過ぎに兼見御亭(けんけんおちん)という変わった名前の店で昼食。

 

買い物をしたりして時間をつぶし、十二時半過ぎに忍者寺で有名な妙立寺に行き、しばらく待って一時から四十分間お寺内のからくりの間や階段の説明を受けた。

 

初めての人もいたし、三十年位前と去年来た私は三度目だが、忘れているところもあって何度でも楽しめる。

参観料が一人千円というのは少し高い気がするが、外国人が多く、繁盛していた。

 

今度は近江町市場で海産物を土産に買う。

 

後はひたすら高速道を走って高山に来て、中津川市加子母の「かば丸」という店で夕食。

私はうな丼を頼んだが、美味かった。

食べかけ

 

我が家には八時十五分頃到着。

足の痛いメンバーも多く、杖を突いての人もいたが、事故もなく楽しく帰って来られたのが何よりだった。

 

また、積立金が溜まったら、幹事さんが計画してくれることになっているので、次回は妻も一緒に行けるように願っている。

 

 

∵ 愛妻会・恐妻会

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妻籠愛友会は四十八年前、妻籠の有形無形の文化を守り育て伝える事を目的に、当時の若者で組織されたと聞いている。

私が入会したのは二十歳の時だった。

会員もほとんど結婚し、仲間も固定されていった。
様々な活動をするなかで、奥さんの理解と協力無くしては続けられない事から、感謝の集いをしていた。

奥さん同士も顔見知りで仲もよいので、妻籠愛友会を愛する妻の会「愛妻会」を組織して、食事会やお出掛けをしていた。

妻籠愛友会も世代交代して老壮年の出番も少なくなり、集まる事も少なくなったので、妻達と一緒になって集まるようになった。

同じ会名ではおかしかろうと、自虐的につけた名前が「恐妻会」だった。

今日は久しぶりに一泊旅行で、能登の九十九湾にある「百楽荘」という旅館に泊まっている。

着いたのが六時二十分で、あたりは真っ暗なので風呂からの展望は見えないが、夕食の料理は良かった。
一つ一つに手がかけられていて、冷凍品を解凍して並べただけのような料理とは違う。
大満足だった。

私は体調が悪く、バスの中でも昼食の時も飲めなかった。

夕食の時はビールと酒を少し飲んだが、幸いに料理は美味しく食べられてよかった。

今日の旅行に、一人だけ欠席したのが妻。
一年も前から予約が入っていて、休みにできなかったことから、私だけの参加になった。
皆も妻の欠席を残念がっていたが、愛妻の私としても残念だった。(^^;

∵ 少年剣道大会

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今日は雨・・。

 

タイ人達は九時半頃、今日の目的地の豊田市へ、二台の車で向かわれた。

 

・・と書くとすんなり行ったようだが、実は九時過ぎに車に乗り込んで十五分位、カーナビの入力に手間取った。

 

自分達で出来ないので私にやってくれと言うのだが、日本語表示でも苦手なのに、英語表示になっていてさっぱり分らない。

 

そうこうしていたら、近くの民宿に泊まられたお客さんが、馬籠までの荷物の配送サービスをするために家に来たので、「日本人ですか?」「英語は話せますか?」と聞くと「少しくらいなら・・」と言う返事。

 

少しだけ・・と答える人は大概話せる人が多い。

 

「申し訳ないけど、カーナビを見てやってくれないかなー」と頼んだら「好いですよ!」と言って、流暢な英語でタイ人たちと話した後、二台の車の入力を直ぐにやってくれた。

 

妻と私とその日本人と、三人でタイ人を見送った後、

「ありがとう!」「助かったよ!」

「御礼と言っては何だけど、配送代の五百円は要らないから!」

「えー・・」 「それじゃあ、お言葉に甘えて!」

下手な遠慮をせず、気持ちの良い言葉で好感が持てた。

 

 

今日は午後から、町の少年剣道大会を見に行ってきた。

 

私の子供たち四人は皆少年剣道クラブに入っていて、高校でも剣道部だったので、町大会や郡大会、たまには県大会に出場する時、私も出来るだけ付いて行ったものだった。

 

剣道の大会や試合はその頃見に行って以来なので、二十年ぶりくらい。

子供達の人数が減り、少人数での大会となって少しさびしい・・。

 

長女の次女は一回戦負け。

長男の長女は一回戦は勝ったものの、二回戦と三位決定戦に負け、長男にすがり付いて大泣き。

 

私から見て他の子より基本がまだ出来ていないので、順当な結果だと思うのだが、負けん気だけは強かったようだ。

 

二人の孫の試合が終わったので、そのまま中津川市へ向かい、積んでいった新米を二斗30kg、我が家の菩提寺へ寄進してきた。

 

30kgをそのまま持っていっても持ち運びが大変なので、15kgずつ二袋に分けて置いてきた。

「新米が採れたらお寺さんに一袋寄進するように・・」という、四十四年前に亡くなった祖母の言葉を守っている。

 

 

今日のお客さんは中国人の家族四人。

 

四十七歳のお母さんと、長女と旦那さん、それに次女。

 

お母さんが年より若く見える。

姉妹は美人。

お姉さんは歌手だという。スタイルも好い。

私が木曽節を唄った後、中国の歌を歌ってくれた。

私が「長持ち唄」を唄うと、今度は旦那さんが歌ってくれた。

旦那さんも歌が上手かった。

 

旦那さんは背も高いし、筋肉質で凄く立派なゴツイ体格をしているので、「スポーツマン?」と聞いたら「バスケットボール!」

どおりで・・。
 

するとお姉さんが結婚指輪を見せ、お腹が大きくなったというジェスチャー。

「ハッピー太り!」と言って、私も両手でお腹を大きくするジェスチャーをしたら、通じたようで皆で頷いて笑いあっていた。

 

十時過ぎにお湯を頼まれ、部屋に持って行くとトランプで遊んでいた。

仲の良い家族を見るのは好いものだ。

 

 

 

∵ タイ

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今日のお客さんは、タイ人のグループ九人。

 

タイに住む日本人の方から、友人から頼まれて・・と予約メールがあった。

メールのやり取りの中で、友人が「日本の宿を調べる中で、面白い宿を見つけたから・・」と言って、予約してくれるよう頼まれたと明かしてくれた。

外国の人たちから見ても、面白い変わった宿なのだろう。

 

レンタカーなのだろう、車二台で来られた。

外国人の中でも欧米人は来た時、いきなりニコニコしながら握手を求めてくる人も居て、却って戸惑うことがあるが、国民性なのか、このタイ人達はあまりニコニコしないし、よそよそしい感じがしたくらい。

 

食事に全員座ってもらった時、「プミポン国王には残念でした・・」と手を合わせたら、相手国の国王の死去を悼む気持ちは伝わったようだった。

 

いつものように料理を運びながら説明したり話をしていると、煙が目に染みる・・というジェスチャーをするので、薪を外に出し炭を燃やして雰囲気だけは続けておいた。

私としては囲炉裏には炭ではなく、薪を焚きたいと思うのだが煙に弱い人も居るので仕方ない。

 

囲炉裏の説明の中で、自在鉤の魚が〈目出度い=鯛〉だと説明をして、お客さんに向かって「タイ!」と駄洒落を言ったら通じたようで笑っていた。

 

男性五人、女性四人のグループなので「ファミリー?」と聞いたら、「フレンド!」と言う答え。

夫婦二組と、一組の夫婦と息子さん、それと兄妹。

旦那さん達三人とお兄さんの四人が友人同士で、五十代後半か六十才位に見える。

幾つも違わないと思われるその一人が私を「お父さん!」と呼ぶのは少し違和感があるが、タイでは年上の人をそう呼ぶのかもしれないし、呼び方が分らないだけかもしれない。

 

食べ終わったところでいつものように木曽節を歌った後、「タイランド、ソング?」と冗談交じりに振ったら、みんな知っている有名な歌なのだろう、手を叩きながら歌ってくれた。

 

もう一曲「長持ち唄」を唄ってから居間へ下がってきて、直ぐに軽トラで食事処「音吉」へ出かけた。

 

今日は消防団の同期退団者の親睦会「見聞開」の懇親会が六時半からあり、一時間ほど遅れて行き、生ビールと料理を楽しんできた。

 

定年の年齢が決まっているので、退団者はほとんど同級生同学年。

親睦会を作って続けている例は少ないようだが、私達の年代は幹事がしっかりしていて、面倒がらずに世話をしてくれるので続いている。

幹事の大変さが分るだけに、感謝!である。

 

∵ 拍子抜け

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雪が降った話題で何かと騒がしいのに、我が家の周りでは雨で雪は降っていない。

 

降らないのに越したことはないが、寒い我が家で、他で降っているのに降らないことに、拍子抜けした気分。

 

娘が勤めている大桑は雪が積もったというし、南木曽岳の頭は白く、野原工芸さんのフェイスブックでは、初雪で初雪だるまの写真も載っていて、町内でも場所により、気象条件により、改めて気温の差を感じる。

 

現在の気温は1℃。

 

今日お客さんを送る途中、三軒ほどの家の前でタイヤを替えているのが見えた。

 

我が家の乗用車も軽トラも4WDなので、よっぽど雪が降って立ち往生することはないものの、普通タイヤではスリップするのは避けられない。

 

長期予報を見ながら、タイヤ交換の日を決めよう。