∵ 法事と法宴

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昨夜、上田の次女家族達も十時四十分頃到着。


四人の子供たちは寝ていたそうだが、着いた途端に皆目を覚ました。


四番目の二歳の孫は、私を見ると直ぐ抱きついてきてくれて本当に可愛い。



今日は親父の一周忌と、祖父ちゃんの三十三回忌。


迎えに来てくれたマイクロバスで、九時五十分に出発。


中津川のお寺に十時二十分到着。


妹夫婦が遅れたので五分ほど遅れて三十五分に法事が始まり、十一時二十五分に終了。


今度は法宴の料理屋さんへ移動。


料理に私は満足して頂いたが、弟には上品で物足りなかったようだ。

初めて来た叔母さん達や妹は、美味しいし好いところだと店の印刷物を持って帰るほど気に入ってくれて、設営したものとしては嬉しかった。


しかしながら、十二時十分頃から始めさせてもらい、最後のデザートが出てきたのが十四時五十分頃と、料理が出てくるのが遅かったのが今回の不満なところだが、私達四十五人以外にも二十人位のお客さんがいて、熱い物は熱い内に冷たい物は冷たい内に、七十人近い数の料理を出そうと思うと、時間のかかるのは仕方が無い


私達の地域では各自の家でやっていた名残りなのか、昔から法宴には家で作った食べ物を持ち寄る風習があり、今回も叔母さんがあんころ餅を作って皆に配ったので、店の人から注意を受けたようだ。


料理の出す順番や味の順序、或いは食中毒など、持込を嫌がることは分かるのでこれも仕方ない。


また、祖父ちゃんや親父は酒の「七笑い」が好きだったので、お寺で供えた720ml入りの酒を持ち込んで献杯に使わせてもらったが、好い顔をされなかったがこれも当然で仕方ない。


ただ、私はお客さんの満足や思いということを第一に考えた場合はどうだろうか・・という思いはある。


それと働く人達にあまり笑顔が無いのが気になる。

無表情に出すより笑みを浮かべて出す方が美味しく感じるのでは・・。

これは私も料理を出す時に気をつけなければならないと、強く自戒した。


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∵ 入院

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三日四日前から少し熱の出ていた義母。


昨日妻が病院に連れて行ったら、急性胆のう炎とかで即入院。



昨夜はシンガポール人の若い女性二人と、アメリカ人のカップルだったが、シンガポールの二人はほんの片言の日本語が話せて助かる。

アメリカ人の男性の名前が変わった名前なので、聞いてみたらポーランド人なのだとか・・。


お客さんの夕食を出し終わり布団を敷いてから、お客さんの朝食に何を出すか私とお袋に指示して妻は付き添いに。


それで二人して今朝の朝食を作り食べてもらい、九時過ぎに四人を乗せ、妻籠宿を見てから十二時の電車に乗るシンガポール人を妻籠観光案内所へ荷物と一緒に送り、カップルには桃介橋を歩いてもらい、南木曽駅へ送りお別れ。


帰って来てから片付けをし、十時過ぎに、十一時からの耳鼻科の予約しているお袋を乗せ病院へ。


義母の病室に行き、美容院と買い物に行く妻と交代。


今朝になり胆石という診断だが義母は元気一杯。


昨日はしばらく絶食だという話だったが、病名がはっきりしたせいか朝食も出て完食したとのこと。





点滴をしていても起き上がって動こうとするのと、いつものようにベットの柵を手でガンガン動かすので、看護師さん達が来て足元の柵は長いものに代えて隙間をなくし、外せないよう固定して怪我をしないようカバーを掛けてくれた。


起き上がれば寝かさなければならないし、近くに寄ると手をつかんで放さない。


「ヨ・ヨ・ヨ・ヨ・ヨ・」は「宜しくお願いします!」と言っている


握った手を自分の頬に押し当てたり、乳癌で摘出して何も無い左胸の心臓辺りに誘導したり、精一杯頼んでいるのだろう。



昼食。




ゼリー状お茶、ご飯、玉子蒸し、ひき肉とオロシ、野菜のきざみ、リンゴすりおろし。

食べてないので分らないが、そんなところだろう。





食べていると要らないと言うが、時間をおいて差し出すと口をあける。





半分くらい食べたら口を開けなくなり、看護師さんが来たのでお膳を下げてもらった。


食べさせている時涙を流すので拭いてあげたが、嫌っていた婿に食べさせてもらうことが情けないのか、面倒見てもらえるうれし涙なのかは分らない。


「胆石なので手術をすれば好いのだが、高齢なので・・」と医者は言っているらしい。

炎症を起こしているので衝撃波の治療ができないのか、溶かす薬は効果が期待できないのか・・。



どぉしたもんじゃろのぉー・・。

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∵ どちらがどちらか・・似たような家族

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昨日のお客さんは二組。


一組は台湾人の親子で、両親と十二歳の娘さん。


もう一組は中国人の親子で、両親と十四歳の娘さん。


北京語なのか広東語なのか分らないが、中国語が飛び交っている。

・・・当たり前か・・・


日本語も私の片言英語も通じないので困るが、最低限の意思疎通はできるので、何とかなるもんだ。


十二歳の台湾人の娘さんも、十四歳の中国人の娘さんも背が高くスタイルが好い。


中国人の娘さんは私より大きいし、二人とも年齢より大人びている。


今朝、中国人家族が私にプレゼントをくれた。



何と書いてあるのか・・。

額縁の縁には「天天快禾」と書いてあるから、その象形文字なのかも・・。


「毎日が幸福でありますように!」といった意味だというようなことを言っていた。


南木曽まで送って行き、いつものように桃介橋を渡ってもらい、駅まで送ってきた。


台湾人は荷物を我が家から馬籠に配送し、雨が上がった十時半頃馬籠に向け歩いて行かれた。




考えてみれば、中国・台湾・日本の三国同士は微妙な問題を抱えている。

喧嘩することより仲良くすることを第一に考えて付き合えば、人はお互いに幸せなのに・・。

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∵ 届いたもの

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ヤフオクでハンマドリルを買ってしまった。




ドリルやハツリノミが付いて、本体定価の約三分の一。

売っているところで聞いたら定価の七割が売値だと言うので、約半分の値段。





元土方は何かと、こういったものが欲しい。



法事に出席できない親戚が、現金書留で香典を届けてくれたり・・。



引き出物に使う品が届いた。

七個口ある。




三十個注文した。





箱に入っていないバラのはおまけのようだ。





豊川のリンクコーヒーさんは我が家のストラップ「常連一家の証」を持つ常連さんで、ここのコーヒーは美味しい。


引き出物を扱う葬祭業者から色んな提案があるが、敢て自分で注文したのは、同じお金を払うなら間違いの無いものを贈りたい。




∵ 視線が・・

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親父の一周忌と祖父ちゃんの三十三回忌を控え、迎えの車の時間や場所、引き出物や座席表名札など、手落ちの無い様にしないといけないので、何かと細々とした確認や連絡、仕度が気にかかる。


今日は降ったり止んだりお日さんが出たりで、外に出づらい時間帯にそんな準備をしていた。


畑のエンドウやキャベツ白菜は終わり、ヨドロ(蔓物を這わす竹の手)シートやネットを片付けたりという片付け作業。


まだ気温が高くならないのでトマトは色付いてこないが、胡瓜が採れだした。


写真がないが、孫達が味噌をつけて胡瓜の丸かじりをしているのを見ていると、作った甲斐がある。



夕方の小降りの時、家の周りの草を刈ったりしたが、刈った草を片付ける気力がなく、明日の仕事に回そうと家に入ろうとしたら、昼間まで姿が見えなかった燕が六~七羽、さえずりながら飛び交っていて、また姿を見せてくれたことが嬉しかった。


二日ほど、若鳥を連れて何処かへトレーニングに行っていたのか、社会見学にでも行っていたのか・・。


親なのか、二羽ほどが軒下の竹に止まって黙って私を見ている。


六時半では外はまだまだ明るいが、部屋に入り缶ビールを開けていると、何も言わないが妻の視線を感じる。



∵ 少し寂しい・・

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昨日の朝は居たと思うが、私が夜帰って来たので、夕方には居たのかどうか分らない。


今朝見たら燕の若鳥たちが居ない。




無事巣立っていったのだろう。


今までだと、昼間居なくても夜巣に戻っていたりしたが、夜になっても帰ってこない。


今までも「これから巣立ちます!お世話になりありがとうございました!」と言って出て行った雛はいないので今回も期待していないが、嬉しい半面、餌をねだるさえずりが聞こえないのは少し寂しい。



先週千葉へ行った時、妻の実家から持って帰って来たギター。


フォークギターとクラシックギター。





私が唄った木曽節のお礼に「ギターがあれば弾いてあげる」と言うお客さんがいて、そんな時のためにと持ってきた。


ギターカバーは四十年以上経っているのでビニールが硬くなっていて、埃や汚れは払ったが色もあせていて使うのには抵抗があり捨ててしまった。


二つで三千七百円ほどのケースをインターネットで買って、明日届く予定。


ギターはすっかりチューニングから忘れていて、かまっているうちに段々思い出し、何とか音を合わせることは出来たが、コードを忘れているし指先が痛くて弾けない。


下手なりに、昔は弾きながら歌っていたことを思うと、寂しい・・。



∵ 安曇地区大会

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今日は六時過ぎに田んぼの水を見たりした後、自分の朝食を食べたり、七時半からお客さんの朝食を運んだりしてから、四十分に家を出て南木曽駅へ。


8時01分の特急しなので松本へ行き、大糸線に乗り換え豊科駅で下り、迎えに来てくれた竹内先生の車で豊科保健センターへ。


9時50分に着いてお茶を頂き、松本深志岳風会「第48回安曇地区吟道大会」が10時から。


皆さんの発表を聞かせて頂きながら、長所短所を考えてしまうのは指導者の性というものか・・。


印象に残ったのは、参加者最高齢の矢澤さん、百三歳の吟詠。




乃木希典の「爾霊山」を熱吟




昼食後の式典や役員吟詠や招待者吟詠まで順調にすすみ、3時前に終了。


懇親会場へ移動。




立派なお店で、中に使ってある木材が素晴らしい材を使っていて驚いた。


ここで一時間半ほど、楽しいひと時を過ごさせてもらった。



帰りも駅まで送ってもらい、朝と逆の順序帰って来たが、電車の中で「どうかな・・」という人が居た。







これを見た人達のリアクションがほぼ同じ。

じっと数秒間寝ている人を見ていくが、その間に何か言いたそう。



こういう人を見た時、「???!!!」と思うのは、人として当たり前のことなのでは・・。

∵ 葬儀から運動会へ

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会員の葬儀が十時から。


八月に満九十歳を目前にしていたが、元気で詩吟教室にも畑にも出ていた人。


十三日に肺炎で入院して、吟友に「入院したことを他の人に知らせないで・・」と言っていたくらいしっかりしていたが、三日間の入院で十六日に亡くなられた。


考えようによっては理想の亡くなり方では・・。



坂下町は明治の初め、苗木藩が廃仏毀釈を徹底した地域で、以後ほとんどが神道。


弔吟は「薫香一片の煙」のような、仏式葬儀を想定した詩が多いので、神道の葬儀では私はもっぱら内芝御風の「なき人を」を詠じている。


今回、以前新聞で紹介されていた相澤啓三という人の言葉を紹介してから、続けて詠じさせて頂いた。



残念・・。



十一時過ぎに葬儀場を後にし、家に帰って着替え、十二時過ぎに小学校へ。


昼食時間中で、妻、お袋、長女家族、長男家族、それに私の妹とその次男家族の一族が固まって、夫々の家の持ち寄りの品を取り廻しながら昼食。


午後は浴衣に着替えてから、子供達の競技を見る。


最後の男子学年リレーは力が入る。


リレーが終わって、木曽踊りで私達の出番。


ワイヤレスマイクで歌った声が、一秒以上遅れてスピーカーから流れるので全く唄いづらい。


声が続かず途中で切れてしまうが仕方ない。


生徒、教職員、保護者等全員での木曽踊りは木曽地方の小学校の伝統なので、これからも続けられるよう協力したい。



今日のお客さんは常連のK君一人と、十五年ぶり二回目の宿泊というKさんご家族四人。


K君は約四十年、毎年一回以上来てくれていて、常連中の常連!


Kさんは十五年前、バイク仲間五人で来て泊まったことがあると言う。

今回奥さんと成人した娘さん、それに十一歳の息子さんを連れて来られた。


今日も酒を飲みながら、皆楽しそうに仲良くやっている。

それが民宿親父は嬉しい。

∵ 少し戻ってきた

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先週初めから風邪を引いて、医院に行って薬をもらったがなかなか治らない。


千葉までの運転の疲れもあるのか、頭痛やダルさで動きが悪い。


昨日辺りからやっと洟をかむこともなくなり、体調も戻ってきたが今一。


今日も赤タマネギの収穫で畑でしゃがんで作業をし、立ち上がる度に立ち眩みが・・。



親父は「俺が酒が飲めんくなったら終わりだ!」と常々言って飲んでいたが、亡くなる一ヶ月と少し前からお袋に酒を要求しなくなっていたらしい。


私は体調が悪いので飲みたくないのと、夜、詩吟で出歩くこともあり、今週は飲んでいなかったのだが、今晩は缶ビールを一本飲んだ。


もっとも、缶ビールを飲みながらスープを飲み、ご飯を食べ始めたら忘れていて、気付いたらまだ半分残っていたのでご飯の後に飲んだが、まだ本調子ではないということだろう。


親父は体調が悪くても毎日飲むことを自分の日課としていたが、私の場合、〔飲む気になる時は体調が好い時〕と思うことにしよう。



∵ 軒下

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家の軒先の燕の雛がすっかり大きくなってきた。





大きくなったので、巣を壊してはみ出している。


糞が積もってきたので新聞紙を代えようと思ったが、巣立ってからで好いか・・。




蔵に架けた巣の雛は、小さいうちに居なくなってしまっていた。しょぼん

蛇なのかカラスなのか・・。




タマネギを収穫。

小屋の軒下に吊るした。




タマネギを収穫したあとで、昭和四十四年の一円玉を拾った。




誰が何時落としたものか解らないが、今日のご褒美である。