ワクワクハラハラしながら、するーっと読んだ。
これがこの本の良さであり、欠点でもあるかもしれない。

 

主人公はノラ・サンド、デンマークの週刊誌『グローバル』のロンドン特派員である。
デンマークからイギリスとは、遠いところに赴任しているんだなあと思ったが、地図をよく見れば、両国は海を挟んですぐ隣なのである。
コペンハーゲンからロンドンはおよそ953キロ。
東京から旭川がおよそ930キロ、長崎が964キロなので、遠いというほどのものではない。
舞台がイギリスとデンマークを行ったり来たりするのだが、なるほど、さほど苦にならない移動なのだなと思う。

デンマークといえば北欧で、それと他国が絡むといえば、スウェーデンかドイツかという頭があるが、「イギリス」というのが新鮮だった。

 

作者ローネ・タイルス自身が、デンマークの新聞の ロンドン特派員を16年務めたジャーナリストなのである。
ノラが見たあれこれは、作者が見たもののあらわれだろう。逗留地イギリス、離れた視点から見る母国デンマーク、それぞれについて、さらりと入る文章が面白い。

 

『だいたい、イギリス人が世界で一番まずい料理を作っているという評判は、不公平だとノラは思っていた。少なくともロンドンは違う。ロンドンでは世界一の寿司とカレーとタイ料理が食べられる。けれども、ソーセージとなるとダメだった。豚肉とサルビアの葉を混ぜてかき回しただけのまずいソーセージと、粉末ポテトに袋からブラウン・オニオンソースをじかに絞り出してかけただけの代物をマッシュポテトと呼んで、たいていのパブでお国自慢の「マッシュポテト付きソーセージ」として客に出している。』(135頁)

 

このあとデンマークのホットドッグの描写がある。こちらは実に美味しそうだ。

どうやらノラは(作者も?)食べることが好きらしく、よく食事の描写が出てくる。
ところが、それはあまりウンチクを伴わない。料理とその食べ心地、味わい、風味をこってり書く作風ではないのだ。

 

そう、作風ではない。

 

事件についてもそうなのだ。
人が死に、むごい事件があるのだが、衝撃的な描写はない。
ノラが仕事として行ったルポ(話に直接関係はない)も、非道いものなのだが、胸を刺すような衝撃はない。

ノラは素直でまっすぐだ。人を欺して話を引き出すということはしない。自分の感情や信条をぶつけて、相手を痛い目にあわすようなことはしない。

 

『週刊誌『グローバル』の特派員ノラ・サンドは、そんなふうに仕事はしない。じっと耳を傾けていた。情報を集め、記事を書く。プロの仕事をしていた。
「あと一つだけ聞きたいんですけど」とノラはニュートラルな声で言った。』(8頁)

 

このニュートラルな姿勢が、人を取材するのによいと思うのだ。
事実を自分の思想信条に寄せてねじ曲げ、さも読者を啓蒙してやろうというものは、ジャーナリズムでもなんでもない。エロ、グロ、センセーションも必要ない。読者の情でも欲でもなく、理性と知性に訴えればよい。読者にだって頭はある、判断は読者に任せればよいのである。

だが、そのジャーナリズムにはよい特性が、エンタテイメントに生かされてしまうとどうなるか。
ちょっと「フック」に欠けるものとなる。クセ、アク、トゲ、衝撃、etc....なんでもよい、読者を引っ掛け、そこにとどまらせ釘付けにする「なにか」が無く、するーーーーーっと読ませてしまうものとなる。

 

ああ、良いやら、悪いやら。

 

しかし、考えてもみよう。作者はこれがデビュー作なのである。素晴らしい品質ではないか。
その上、本作発表後には、ラジオミステリにも挑んだという。
作者のエンタテイメント技術が上がったのは間違いない。

 

デンマークではシリーズ2巻目が出版され、3巻目が執筆中と聞く。他にシリーズ外の、ラジオミステリの活字化作品もあるという。たいへん興味深い。

2015年にデンマークで出版された本作が、2017年には日本語で読むことができる。しかも、間に英語翻訳などを挟まずに。えらい世の中になったものだ。

作者のそれら作品をぜひ読みたい。まずはシリーズ2巻目である。
楽しみにしている。

 

 

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