2011-06-30 22:05:16
地名の俳人 前田普羅
テーマ:文学
前田普羅は山と旅の句で知られるが、同時に印象深く地名を用いた人である。旅情をしばしば句中の「地名」に結晶させ、読者をして何か地の精に触れたかのような深い感触を喚起させた。
新聞記者として実直の生活を送った人だが、本質不定居の心の持ち主だったように思う。定住していた富山時代にあってさえ、定住者の生活感よりは旅人の視点を感じさせる句を詠んだ。注目すべきは、下記揚句中の「立山」の句にしても「砺波」の句にしても、すでに隠された旅情が「地名」に滲み出ている点である。このころ既に、地名はある大きさを持って孤愁を包み結晶させるようなものとして使われており、後年の彼の旅中の句と同様の特色が感じられる。
年譜をみれば、後半生は実際に漂泊に近い居住不定の年月を送ったことが分かる。下に揚げるように、この時代の彼の句中の地名は、旅する自然の大きな広がりとそのさなかの小さな旅人の孤独とが解け合う、一種の象徴のようなものにしばしば昇華した。定住時代の句に比べて、地名と旅の孤独との関係はより研ぎすまされ、より混然としたといえる。いいかえれば、旅する人こそが持ちうる、巨いなる地勢への孤独なまなざしが、よりくっきりと地名に浸透刻印された。奥白根の句でも弥陀が原の句でも、地名はもはや、地勢の記号でもなければ旅の孤独でもない、両者がお互いに浸透しあって判然と分ちがたくなっている何かである。そして、これらの句を通じ、普羅は近代俳人中とびきりの「地名」の俳人となったのである。
春尽きて山みな甲斐にはしりけり
立山のかぶさる町や水を打つ
雪つけし飛騨の国見ゆ春の夕
乗鞍のかなた春星かぎりなし
奥白根かの世の雪をかがやかす
弥陀ケ原漂うばかり春の雪
くらやみの砺波をすぐる時雨かな
(下線筆者)
新聞記者として実直の生活を送った人だが、本質不定居の心の持ち主だったように思う。定住していた富山時代にあってさえ、定住者の生活感よりは旅人の視点を感じさせる句を詠んだ。注目すべきは、下記揚句中の「立山」の句にしても「砺波」の句にしても、すでに隠された旅情が「地名」に滲み出ている点である。このころ既に、地名はある大きさを持って孤愁を包み結晶させるようなものとして使われており、後年の彼の旅中の句と同様の特色が感じられる。
年譜をみれば、後半生は実際に漂泊に近い居住不定の年月を送ったことが分かる。下に揚げるように、この時代の彼の句中の地名は、旅する自然の大きな広がりとそのさなかの小さな旅人の孤独とが解け合う、一種の象徴のようなものにしばしば昇華した。定住時代の句に比べて、地名と旅の孤独との関係はより研ぎすまされ、より混然としたといえる。いいかえれば、旅する人こそが持ちうる、巨いなる地勢への孤独なまなざしが、よりくっきりと地名に浸透刻印された。奥白根の句でも弥陀が原の句でも、地名はもはや、地勢の記号でもなければ旅の孤独でもない、両者がお互いに浸透しあって判然と分ちがたくなっている何かである。そして、これらの句を通じ、普羅は近代俳人中とびきりの「地名」の俳人となったのである。
春尽きて山みな甲斐にはしりけり
立山のかぶさる町や水を打つ
雪つけし飛騨の国見ゆ春の夕
乗鞍のかなた春星かぎりなし
奥白根かの世の雪をかがやかす
弥陀ケ原漂うばかり春の雪
くらやみの砺波をすぐる時雨かな
(下線筆者)






