忌野さん バイバイ
テーマ:自分観察日記
この、花の季節 一年で ひょっとしたら一番幸せかも? な 日本中で花が咲き乱れる季節に 忌野さんがお空に行っちゃったのは・・・・ ちょっと うれしかった。
嬉しい なんていう 表現は変だよね。
だけど、寒くて 冷たい そんな季節に旅立つよりも、なんか 春にっていうのは、いい感じがする。
これから先。
今の季節が来るたびに、桜の花が咲く頃になると、あー 忌野さん元気かな。お空で歌ってんのかなあ なんて思い出すんだろうなあ。
私は 初夏の青い空を見ると、父を思い出すんだよね。
で、桜の花を見ると、叔父を思い出すの。
亡くなった人を 思い出すなら・・・ うつくしい 景色や空気と一緒に 思い出したいなあって思う。
喉頭ガン。
父と同じ。
声を失うことは、絶対に選ばない! って頑張ってたなあ。
別に、父は歌い手じゃないけど(笑)
父も、放射線と薬で 喉頭ガンは 治したんだけど。 その後、肺やら肝臓に転移 おしりの骨(しっぽの骨だったっけな)にも転移して。
最終的には 肺がんで亡くなった、ってことになるんかしら。
父の様子を見ていて。
死に直面した時、 その人の生き方がはっきり見える そんな気がしました。 私にとっての父は、「そうかい?」 ってなんでも 受けとめる柔軟な人だった。自分を曲げる人、ではなかったけれど、人の違う意見や思いを否定せずに受けとめる。
そして、誰よりも 強い人だと私は思っていましたね。
その父が ガンと判ったときには
強さ 弱さ
柔軟さ 強硬さ
それが、 日々 ない交ぜになったような複雑な父が顔を出しました。
喉頭ガンの治療から、5年が経って 喉頭ガンから放免になった時。転移が判りました。
もう この時には、ない交ぜには ならなかったです。
「この後は、お母さんのために生きる」
と、母が納得するように生きていました。
最後は。
私の手を握って旅立った 父。
側に、大事な妻はいなかったし、後を期待した息子もいなくって。
たよりない ただ かわいがっただけだった娘しかいなかったんだけど。
最後に、私の手を ぎゅぎゅ! と握って。
「じゃあな」 だったのか 「あと、頼むな」 だったのか なにかメッセージを残していきました。
あの瞬間が 私の世界観を変えたんだけどさ(笑)
忌野さん 奥様と子ども達に見守られての旅立ちだったそうです。
悲しいけれど、とっても残念だけれど・・・・。
この 全てが生き生きと成長する季節 生命力にあふれた季節に 旅立たれたことは あの ステージでの鮮やかあでやかなスーツみたいで、やっぱり・・・ いいな って思うのでした。
亡くなったニュースを、テロップで見てから。
ずーっと 「雨あがりの夜空に」が 頭の中でなってるなあ。
パパの歌も 好きなんだけど(笑)



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