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2010-11-04 03:48:56

この世の限り。(後編)

※この話は後編です。前編・中編もありますので、最後にご覧下さい。




最寄り駅まで、久しぶりに歩いた。
ライターの付きが悪い。
朝の寒さが体を包む。
清々しいほどに、空は雲も無く澄んでいた。
日光は暖かく、その光はいつも私を溶かそうとする。
荒々しい運転の車、運動部と思われる学生たち。
見える範囲の人たちにも、それぞれの朝がある。
なぜ私は、自分から辛い思いをしに向かっているんだろう。

車内は空いていて、どの乗換えでも座ることが出来た。
頭とお腹が痛くて、でも頭は色々な感情を処理しようと必死に動いていた。

気が着くと、貴方の家の最寄り駅に着いた。
ここも、学生が多かった。

10~15分歩く。
またもライターはすぐに反応してくれない。
前を歩く老夫婦の仲睦まじさに、羨ましさと嫉妬を感じる。
団地はすでに、ゴミを忙しく出している人が多く居た。
しばらくすると貴方の家が見えてきて、
居るのか居ないのかも分からなかった。


部屋に入って、居ない事を知る。
少し待っても、メールをしても何も反応は無い。
仕事が終わってる時間のはずなのに。

静かで寒い、見慣れた部屋で、転がって帰りを待つ。
私が来なくなってから、あまり様子は変わっていない。
嬉しくもあり、不安も膨らんだ。
この間の記念日に渡したプレゼントが、
紙袋に入ったまま未開封のようだったから。


メールをしてから10分くらい経っただろうか。
貴方がスーパーのビニール袋を持って、帰ってきた。
遅かったのはこれが原因だったのか。
玄関から私に気付くと、何も言わずすぐに目線を外された。
荷物を置いて、外にゴミを捨てに行った様だった。
ただそれだけの行為で、私はとても怖くなる。

『戻ってきたら何を言われるのだろう』

玄関からまた戻ってきても、顔を合わせないように、
そちらに背を向けるように座り込んだ。
戻ってきた貴方に言われた最初の一言は、『おはよう』だった。
上着とバッグと帽子を外して、キッチンへ向かう。
私は小さな声でしか返せなかった。

しばらくその場から動けない私に、ご飯を食べたか聞いてきた。
前日の昼からまともに食べていなかったので、ううん、と答えると、
まともなご飯じゃないけれど、サラダを食べるか聞かれた。
作って。。。くれるのか?
『少しだけ。。。』と言う私に、やっと貴方は視線を向けた。
話し方は意外と、自然な普段の会話のテンションに近かった。


手伝おうかとも思ったけど、手際もいいので見つめているだけにした。
正直、お腹も頭もまだ痛かったから。
貴方も私を呼んだり、話しかけたりはしない。
ずっと私に背を向ける格好で、料理していた。
包丁を軽快なリズムで扱う。
その背中は久々にまじまじと見た貴方で、
こんなにもしっかりと広い背中だったか疑ってしまった。
見たこと無い暖かそうな服は、私の好みの素材で、
しがみつきたかったけど、振り払われるのが怖かった。
しばらく立って見つめていたけど、
感情が体を支えきれなくて、崩れてしまった。
貴方に見えないように、ふすまの裏に隠れた。
言葉を切り出すチャンスなのに、私は何をためらうのだろう。

見つめたり、隠れたりを繰り返していた。
多分そんな変な行動をしてる私が、視界には入っていたんだろうけど。

少しして、料理の途中に私に暖かい紅茶を出してくれた。
白いカップから漂う淡い湯気。
私の好きな、アップルティーだ。
カップを両手で支え、猫舌の自分の為に冷ます。
熱が広がる。
心まで温まる気分で、優しさに触れた気がした。

味わいながら、相変わらず会話も無く、外の景色を見つめていたら、
貴方が私の目の前に丼皿を2つ置いた。
前に2人で買いに行った、パステル調の黄緑のだった。
レタスを敷き、トマトを並べる貴方の手は近い。
一瞬存分に見つめ、この手に今まで愛されてきたことを思い出してしまった。
触れたくなってしまって、こらえる為にその場から逃げた。


何となく音が静まったので、行ってみると料理が出来ていた。
貴方は赤ワインを飲むようで、コップに注いであった。
このコップも2人で買いに行った物。お揃いの片割れ。
私に手渡しで箸をくれた。さっきの手だ。
『座らないの?』と促され、席に着く。
いつものように一緒にいただきますは言えなかった。

食べながら、ぽつぽつと他愛の無い話をする。
1人でなければ、こんなにもちゃんと飯を食えるものなのだ。
外は本当に気持ちよく晴れていて、不覚にも出かけたくなってしまった。

いつも貴方は食べ終わるのが早い。
そして落ち着いてから、椅子に座ったままベランダに体を向けて、
窓枠に足をかけてタバコをゆっくりと吸い出した。
私もまもなく食べ終わり、貴方の箱から『ちょうだい』とねだってタバコをもらった。
窓枠と貴方の体との狭い隙間を通って、
私はベランダに出て向かいあうように吸い始めた。
冷たい表情をしていた。
日差しが、背中を暖める。
ふと視線を変えると、私の右横に虫の死骸らしきものが転がっていた。
虫全般嫌いなので、怖々と顔を近付けていくと、
貴方は物音を立てて私を脅かした。
そしてしらんぷり。
何度かそれを繰り返して、貴方は笑った。
掃除してしまおうと、ティッシュをもらおうとする。
1枚だけ引き抜いて渡そうとした貴方は、また笑っている。
私をからかって、笑っているのだ。

嬉しくてたまらなくて、幸せだった。

この後、貴方は片付けまで全部してくれた。



会話は変わらず特に無かった。
お互い、何を切り出すわけでもない。

腕立てなどをしていた貴方に、聞いた。
『このプレゼント、いらないの?』
冷たく、どっちでも。別にいらないし。と言われてしまった。
さすがに悲しくてムカついて、了承を得て、私の手で開ける事にした。
そして無理やり羽織らせた。
ニットジャケット?は趣味じゃないらしい。
持ってなさそうだ。でも着たらきっと似合うのに。と思ってあげたけど、
こてんぱんに言われてしまった。
悲しくて、捨てるくらいなら売った方がいいよ、と言っておいた。
ベストも批判されてしまった。
こっちの方が使えそうだ、とは言ってたけど。

これで大して好きでも無い相手に言われていたら、きっと私は切れてるんでしょう。



風呂に入ろうと思って、その前に貴方に聞いてみた。

『私のこと、ホントに嫌いなんだよね?』
『うん。』
『そっか。。。でもさ、私が死んじゃうから、別れないんでしょ?
 死なないって判れば、スパッと切るの?』
『。。。そうだね。』
『じゃぁもし、私が別れたら死んじゃうとして、
 その状態で誰かを好きになったら、貴方は二股する事になるの?』
『何で?』
『何でって。。。こっちが聞きたいんだけど。』
『俺はもう誰の事も好きにならないし、信じない。だからそんなことにはならないんだよ。』
『そう。。。
 じゃぁ、私が他の人と会ったり、ヤったりするのはダメなの?
 それで別れる事になったりするの?』
『何で?』
『私だって人間だから、そうゆう欲はある。でも貴方は私にしてくれない。
 だったら他の人に求めるしかないじゃない。
 それに、嫌いな人間なんだから、何をしてても生きてれば別にいいんでしょ?』
『そうだね。好きにしなよ。』

こんな感じだった気がする。


一緒にお風呂に入っている間も、特に会話は無かった。
ああ、都合がいいから俺がいいんだろみたいなこと聞かれた気がするけど、
条件だとかもっといい人はこの世にたくさんいると。
それだけが欲しくて付き合うなら、別に貴方じゃなくていいけど、
そうじゃないから、好きで一緒に居るんだよ。と言った気がする。


結局まともな話し合いだとか言い合いなんかすることも無く、
そのまま寝ることになってしまった。

寝てから少し経って、貴方と少しやらしい事をしたのは、
私が浮気をほのめかしたから、というのは考え過ぎなのだろうか。
少なくとも嫌いな人間と、こんなことしない。
そこでもそう思ってしまった私は、相変わらずバカだと思うことにした。



今、きっと彼は仕事に追い込まれていて、壊れ始めている。
そうだとしたら救ってあげたいけど、
表面上でわかったような事は言ってあげたくない。
私が力になれることは無いのかな。
居なくなることが、一番いいことなのかな?

ただ、今日の貴方を見ていると、
辛くても甘えられなくて、苦しい感じもあった気がする。
今、私が必要無いだけで、この後はわからない。
人間だから、どんなに人を嫌いになっても寂しく感じたり、
誰かを好きになってしまったりするんだ。
そう、それならきっと、貴方は私を好きにすらならなかったはずだから。

ふらふら気持ちが安定しなくて、
時に流されてしまう少し前の貴方を知っているから、
私は完全に嫌われたと納得出来ないんだ。

今冷たくされても、とても傷付いて絶望してしまうけど。

私は簡単に居なくなったりしちゃいけない。
やっと見つけた貴方を、大事にしたい。

よく知り合いに、何でそんなに冷たくされて耐えられるんだ、とか、
私だったら無理とか、何考えてるかわからないとか言われるけど、
自分でも不思議なくらいなんだよ。
きっと今までの人たちに同じ事されたら、
さっさと別な所に行ってるんだと思う。

私は蝶だから。

そして、貴方は薔薇だ。

蝶が花に惹かれるなんて、当然じゃないか。


出来る事なら、貴方と手を繋ぎたい。
笑いあって、触れ合って、交わって。
産むなら貴方の子供がいい。

存分に私に甘えてくれたらいいのに。
もう一度言う。
私は簡単に貴方を見捨てたりはしない。

もう好きになったり、愛することが出来ないなら、
昔の好きで居てくれた貴方を思い出します。
今は私の目の前に居てくれれば、それだけで幸せだから。

思い込みが激しい性格だから、また間違って解釈してそうで怖いんだけどさ。

私の知ってる限りの貴方なら、こうなんじゃないかって思ったんだ。


私はずっと、貴方が好きなんだよ。きっと。


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