2011-04-22 21:02:26

トリプル介護

テーマ:日記

父親の入院に続き


母の弟も入院。

こちらは骨折ね。

嫁さんが亡くなっていて、2人の子供いるんだけど

下の娘さんが今年春大学進学のため遠方へ、

上の息子は何か思うことがあり旅に出たらしい。

いずれ治るので二人には知らせたりしないらしい。


母の実家は叔父と祖母の二人暮しになったところでこんなんだから


あたしの母親は

1人で三人の介護生活になってしまった。


仕事のない日は

実家周辺を一日かけて母親の代行。


買い物だ

洗濯物だと

頼まれごとをしている。


あたしの真ん中の妹は

八つ当たりして来たあと

様子を伺うようにして電話してきたけど

何か違和感タップリで疲れてしまう。

さすがにこれ以上自分をいじめたくないので

父親と叔父の入院のことはふせている。


妹はどうせ「ゆ」の車のことなんかでお客さんになって欲しいんだろうと思う。

今、そんな余裕はないので放置している。



仕事はなんとなく自分のペースがとれるようになった。

自分の得意なことと苦手なことも少しわかるようになった。

調子よく元気に「はーい。」と返事するのも慣れた。

新人なんだから出来なくてもそれは仕方ない。

ただ気分のいい人でいようと思ってる。


ストレス発散にスポーツクラブにも通ったりして

楽しみながら体力つけるん。

何となく仲間も出来てきたところ。




彼とは相変らずで


最近はほんとにたまぁにほんの数分電話で話すだけ。

同じ携帯会社にする必要も多分今後ないと思う。


昨日スーパーのお酒売り場に迷い込んでさすがにヤバイと思った。

やっぱり「ちょっとだけならいいのかな?」なんていう

訳のわからない妄想ってやつに襲われて

はっ

として我に帰り慌てて逃げた。



父親への複雑な感情はさらに増す。

だから、あまり心の距離を縮めずにいるようにしている。


父親はあたしの中で

あたしを殴っていじめてくれた許せない存在とは掛け離れてかぶらなくなった。

ただの認知のある老人になっている。

言葉さえうまく出てこず、

少しでもわかりにくいことがあると

「何だかわからない。」と視線を宙に投げてしまう。

片方麻痺があり、嚥下もしにくいらしい。


今この人に

あたしの負った傷の事でどんな風に話したとしても

何の解決にもならないのだと思う。


あたしは父のために

とろみちゃんを買って持っていく。


パジャマなどの身の回りのものも

自分の子供にしてきたようにカワイイモノを持たせる。

出来るだけ顔を出すようにして

病院で父が可愛がってもらえるようにしている。。


いろんなことを考えるけど


やっぱり父親は父親で

この人がいたからあたしは大きく育ってきたんだと思うし。


きっと父親も自分の意識のないところであたしを追い詰めて来たんだろうと思ったりしている。



母はとろみちゃんを買って来てと病院に言われてものすごく不安になったようだ。

これからは退院後も刻み食、もしくはペーストになるだろう。


母にしても父と同様の

複雑な思いはあるものの

この人の今の不安感は計り知れないんだと思う。


ま、


来る時が来た

そうなったら

多分あたしは2人とも面倒見ちゃうのかもな。



だってね、


自分の親を見られないから施設に預ける

これってすごくわかる。


あたしはたくさんの人の親を見ている。


それは自分の親は自分で見られないという確信が今まではあったのだけど



こうも可愛くなっちゃった父を目の前にすると気持ちが揺れる。


自分の親を大事に出来ないなら

人の親も大事には出来ないんじゃないかと

最近、

ぶち当たってみて考えることがある。




この前、父の事で

今の勤め先がバックアップしてくれるといって

腕のいい訪問看護士さんの紹介をもらったり


とてもいいケアマネさんも教えてもらえた。




出来ることしかできないんだから

出来ることをやっていこう


なんて当たり前のことを真面目に考える。



口でならなんとでも言える。。。。




今まであたしは口ばっかりだったんだと

思い知らされる。




明日もしっかり仕事してこよう。


2011-04-11 16:32:59

父親が入院しました。

テーマ:日記

昨日母親が朝早く電話をかけてきた。


「今からそっちに行くから、、、」と


一方的に要件だけを言って切ってしまいました。


日曜日は「ひ」が両親と遊んでもらうことが多かったので母親だけが来るってことは何かあったと思いました。


あたしは何げなく、

「じいちゃんが入院でもしたかな?」と子供たちに言うと的中。


父親が昨日、脳梗塞で入院したとの事。


母親は不安定になるのを必死で頑張ってるようにも見えました。


四人でお茶を飲みながらどうでもいい話に花を咲かせ

あたしも久しぶりの休みの日曜だったので

思ったより小さくなった母親をひとりにさせるのは気の毒に思えて、

一日付き合うことにしました。


父親と母親は必要以上にあたしを苦しめてくれて

恨んでいたのは事実。

取り返しのつかない悲しい現実がいつも間に存在して

自分と両親の姿がかぶらないように

なるべく距離をとるように心がけて付き合っていました。


父親も母親も「ゆ」と「ひ」のことになると

呆れるくらいの溺愛ぶりで


そのことに対してだけは感謝することが出来ていました。


そして、あたしの出来る親孝行は、両親に「ゆ」と「ひ」のことを大切にしてもらうことなんだと思っています。


世間では後ろ指を指される家族なのかもしれないけど

でも、どんなにあがいても逃れようとしても

あたしは紛れもないこの両親の子供なのだから

育てていただいたことに素直に恩返しをして行こうと、、、


何ていうか、

自分が親になって自分がして来たたくさんの親不孝や

自分が受けた悲しい虐待も

「ゆ」と「ひ」に引き継がせてはいけないと思うことと


過去を許すことは出来なかったとしても

今、ここから先は悲しいことはひとつも自分の中に作りたくないと思っています。




大地震の後

あたしは思いつく全ての大事な人たちと夢中で連絡を取ろうとしました。


父、母、祖父、叔父、彼氏、親友、妹


妹、

そう先日の悲劇のヒロイン妹はその際、

ありえないくらい冷たく、つっぱっていて取り付く島のない会話をしました。


あたし「大丈夫だった?」

妹「何が?」

あたし「地震だけど」

妹「まあ、、ね。」

あたし「(嫁ぎ先の)お父さんお母さんは無事?」

妹「それなりに何かあったみたいね。」


こんな大事な場面でする姉妹の会話でしょうか。。

普通にお互いの安否を気にかけて素直に話が出来ないのかと

ガッカリして電話を切りました。


それからあたしの誕生日が来て

何事もなかったようにハピバメールをもらって

妹のことがよくわからなくなりました。


今もまだ両親へ深い憎しみや恨みの気持ちを抱いて二人の子供の子育てをしている。。。

その反動で亡くなった旦那さんの両親と多分ものすごく気を使いながら一見強く幸せそうに振舞っている。


本当の自分の今の姿を妹は見つめられているのか

何だか悲しいと思います。


妹との電話のやりとりのことを母親に話すと、呆れていました。


つっぱっている妹との付き合いはめんどくさく

鬱だったあたしには苦痛でした。


いつも過去の悲劇のヒロインの爆発の的になるのにはうんざり。


言っても仕方のないことをグズグズ振り回してみたり

かと思えば、嫁ぎ先の鼻につくような気位の高さにも

妹の本当の気持ちはどこにあるんだか。。。。不快感でした。


母親は父親のことは妹には言わなくていいと言いました。


黙ってるつもりはないけれど

あえて、こちらからわざわざアクションてのもかったるくて

母親がそう言ってくれたことで楽になりました。


母が父の着替えを買い物に行きたいと言うので一緒に出かけ

母と「ひ」を連れて車を出しました。



あたしは直接父親と顔を合わせる事が怖いです。


あたしをさんざん震え上がらせた父親が弱った老人に変身しちゃってるわけで

見舞うことなど考えられないのです。


ご老人とはお仕事で触れ合っているけれど

父親とそれがうまくピンとかぶらず

苦しくてどうしようもないのです。


父にカワイイTシャツを選び、「ひ」に持たせ

車の中で待つことにしました。


母には「父親にはいつもキレイでカワイイもの」を身につけさせるように言いました。


病院で家族の思いが伝わると大事にされるからと。



それから、


母親1人ではないことも伝えました。

退院してきたその後の事にも力になるつもりでいること。


介護の仕事してるから父の事もできるとは思ってないです。

それはまた別。


ただ何ていうか、

娘らしいことの真似でいいからしてみたいなと思いました。


アルコール依存症と共依存。

2人でひとつのセット



相方に倒れられて、いろいろ切羽つまった母を

「ひ」と2人して振り回し

今度はライブへ。


父と母を連れて行こうと思っていた矢先のことで


母に「このライブを父親に見せたかったのょ。元気になるでしょ?」というと

うんうんと頷いていました。


父親は若い頃

音楽好きだったことも。

また、楽しませてあげようよと誘いました。


もちろん、2人の心の病気の治療もしてくれるといいんですが。。。


どんなんでもいいから

父には元気になってもらいたい


正直な気持ちです。



と、、

この日記の最中

また大きく揺れてます。。。。。




この恐怖いつまでつづくのかしら。。




2011-04-01 22:30:36

ダメダメモードです。

テーマ:日記

仕事


またダメっぽ。


ミスの連続で。


こんな後輩いたら嫌だろうなと

自分でも思います。


嫌われちゃってるのが

わかります。



だけど

今度はなんとかして

乗り越えなくちゃ。


絶対、カミングアウトなんかしない。



最近、生活保護受けたんです。


もう、自力で頑張れる限界が見えたし

自信とかまったくないし

まともには生きていけないこととか

切実に感じてます。



こんなあたしなのに

職場は社会保険とかすすめてくれちゃうほど良い会社で


こっちが逆に

試用期間過ぎてからにしませんか?

なんて言っちゃいました。


でもね、

社会保険に入れる条件が

「母子家庭」


断ろうかと考えてます。



今日風呂場の入浴介助で

ついに、腰に来て

本来なら「生活保護」だと実費でしかかかれない接骨院に

どうしても先生じゃないとだめだーっと泣きを入れたんです。


ここんちは、隣でお兄さんが整形外科やっててね

生活保護になっちゃってからは仕方なくお兄さんのところで治療してたんです。


ちっとも良くならず

。。。。。。チ~ンっ!って感じ。



治療中聞こえちゃいました。


隣町の中学の先生。


接骨院の先生「今日発表になりましたよね。」


あたし   学校の先生の異動かぁ。。。痛みに耐えつつじーっとうつ伏せ状態のまま電気にかかる。


学校の先生「はい。。どこそこ中学で、、、母子家庭多いんですよね((泣))」


あたし、、、、、、瞬間、母子家庭って悪いことなんすか?って言いそうになったけど


「すまないねぇ。うちの「ひ」も手がかかっちって。」とぼやいてみる。


「ひ」もここの接骨院にお世話になったりしたことあるんで。


接骨院の先生もなんかあたしがいることに気を使ってさ


「ひ」の学校の不良が隣の介護施設に行って年寄りに心からアリガトウって言われて介護士になるって言い出した話とかしちゃってさ



悪かったね。

母子家庭で。




学校の鼻ツマミモノなんすね。



こんな学校の先生になんて絶対「ひ」を預けたくないと心から思ったのと



今度もうちの「ひ」を受け持ってくれる担任の先生に対して感謝の気持ちでいっぱいです。


あたしにいわせりゃ、


そーゆう、先生がいるから大人を信用しない子供が出来ちゃうんだよ。。



と、


好きでなったんじゃねぇよ。

いろいろ頑張ったけどダメだったんだよ。。



全力で頑張ってる母親だっているのにひでぇなって

悔しいです。











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