久々のおうち

テーマ:
2018年1月31日







退院後。








とても久々に家に帰ってきたような感覚だった。








たった3日しか病院にはいなかったのに、とても長い間病院にいたような感覚になっていた。








自分が好きでコーディネートしたはずの真っ白なお部屋が何だか寂しかった。







心が空っぽな気分でいっぱい。








お兄ちゃんは習い事があるので義両親にお願いしていて、帰宅するのは20時。








時間があったので、ネットで骨壷を探した。2月2日までに間に合うように。








この年で自分の子供の骨壷を探すなんて。







家に置いておけそうな小さな分骨用の、二重蓋になっている卵型の骨壷を見つけた。







{1051EE1D-F449-4761-B09C-1226E39492D8}








とても可愛らしい小さな骨壷。






同じくらいの週数で亡くなったからのレビューがあり、サイズがぴったりであったと。







こんなに小さくなってしまうのかなと思うとさらに心が痛む。







冷たいところで1人で待っているよりも、家の暖かいところでみんなと一緒にいられる方がこまさは幸せなんじゃないかな?
というパパの言葉に、少しだけ悲しい気持ちが和らいだ。










お兄ちゃんが帰ってきた。
久しぶりに会えたような喜びがあった。
お兄ちゃんも眠る時に寝れない~と私の布団で寝たりしていたみたいなので、小学生になって大きくなって、自分から離れていく気がしていたけど、子供なりに何かしら思ってる事、感じる事があるのだろうなと思っていた。






『こまさに会えたのー?』
『こまさの写真見せてー!』









お兄ちゃんは、こまさが病気だった事、家には帰って来れない事は何となくはわかっているが、まだ全てを理解している感じではない。









「こまさとは会えたよ。まさくんにとってもよく似ている可愛い男の子だったよ。でも、こまさは病気だったから写真は撮れなかったんだよ。」









パパがそう言った。









写真だけは絶対に見せてはいけないよと言われていた。









お兄ちゃんは小学生になったけど、大人ではないからどこまで受け止められるかは分からない。
抱っこさせてあげたいし、最後にお別れもさせてあげたいけれど、大人になって本人が望む時に写真を見せてあげれば良いし、望まないのであればこまさという弟の存在だけを心にしまっておいて欲しいと思っている。
と。








家に写真を飾ってあげる事ができない。
こまさを否定されているような気持ちとさらに罪悪感とでいっぱい。
でも、お兄ちゃんの心の配慮をしながら、今まで通りにやらないといけないんだなとも思った。






強くならなければいけない。
お兄ちゃんの前だけは絶対に涙を見せないことに決めた。








なのに、どんな事でもこまさの事を思い出しては涙が出てくる。









静かに座っている時胎動がないこと。
マタニティ用の服が緩くなってしまったこと。
つわりから引き続き苦しかった胸のつかえがとれてしまったこと。
逆流性食道炎がひどくなってしまっていたが、胃から泡が戻ってくることがなくなったこと。









特に寝る時が一番涙が止まらなかった。
横になると痛いくらいの胎動を感じていたため、すんなり仰向けに寝られる事がとても苦しかった。









苦しくて苦しくてたまらない。










産後と変わらないからホルモンバランスの影響なのだろうか。








過呼吸になってしまい落ち着くまでに時間がかかった。









パパが心配してずっと背中をさすってくれている。









寝ることが何だか怖くてたまらなくて中々寝付けなかったが、こまさとお別れする日を決めてからほとんど寝ていなかったせいか、パパに包まれたままパタリと眠りについたようだった。
いつの間にかお兄ちゃんもぺったり隣にくっついて眠っていた。










きっと、家族に支えられてとても幸せなんだと思う。
でもそう思えないのは、やはり家族が一人欠けてしまったから。
こまさの事は忘れられないし、忘れたくない。
でも、いつになったら普通の生活に戻れるのだろうか。
この苦しくてたまらない感じはどうすればなおるのだろう。









寂しさや悲しさよりも、
こまさを苦しめてしまったという罪悪感と、
自分にはこまさを育てるという覚悟ができなかったという後悔とでいっぱいだった。
先生からも義両親からも、相談した人にも、難しいとは言われていたけど、何度も何度も説得されたけれど、自分もこまさが寝たきりになったら可哀想とは思っていたけれど、でも本当は奇跡を信じて6月まで待っても良かったのではないかなと。
AD