"加藤こま" のクラニオセイクラル・バイオダイナミクス♡

Craniosacral Biodynamics についてどんどん書いていきます。


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私がこのクラニオにハマったのは1997年。

当時、世界に広がりつつあったクラニオセイクラル・セラピートは

アプレジャーの10ステッププロトコースが一般的であり、

で、まだ、CRIレベル(1分に8〜12サイクル)が主流であった。

 

来年で、私の関わりも20年を迎えることになる。

他のボディワークに目もくれず、今も、ひたすらこのワークに夢中。

 

経過的には、2001年に私は

クラニオバイオ・ダイナミクスへ方向転換する。

ここからが私の度量が試されていくことになった。

 

私が学んだ Karunaインスティチュートでさえも、

微妙なインテンションを考慮することが技能の中に残されていた。

 

この微妙なインテンションとは、

一般的に知られるクラニオセイクラル・セラピーで用いる

インダイレクト・ダイレクトまではいかないけど、

ディスエンゲージやトラクションなどがそうである。

 

そして、これらの意図の "度合い" が非常に難しいのである。

 

施術者の意図的な圧がどのようにどれぐらい入っていくか -

のことであり、この "度合い" によっては全くの失敗に終わるか、

または、劇的な改善を促すに近づくことができるかである。

 

逆に、全く圧がかからない無圧状態が

どれほど難しいかということにもつながる。

 

私は、この "度合い" について何年も試行錯誤してきた。

こうして実践的体験の中で知覚感覚を高めてきたのであるが、

もう、ほとんど、精神的な修行の身にあるに等しい。

 

現在、"意図" というプラクティスにおいて、

私自身はどの位置にいるかというと、

 

基本姿勢は "意図を持たない" であり、そうしなければ、

劇的な改善につながらないという検証的結果に至っている。

これに関しては『be still and know』に近づいたわけだ。

 

技術的な話になってくるとメカニックなワーク、

バイオダイナミクスなワークのそれぞれは

目的とするところは同じであっても施術者の意図と、

施術的な技法は違ってくる。

 

1) 意図して多少の圧を加えて修正を起こす

2) 意図を極力避けて内なる自主矯正力を引き出す

この2つの違いである。

 

私は2の方である。

バイオダイナミクスに移行する前、私は1であった。

テクニックに従うが完全なる満足感に至ったことはほとどんない。

 

2に移行した途端、つまり、

バイオダイナミクスの手法に変わってから、

施術者として完全なる満足感を味わえるようになった。

 

そして、たとえ、本当に、とてもとても、

そして、とても控えめな意図を促すにしても、

その最初は無意図から始まり、体に必然的に起こる

自主的矯正が始まらないと "意図" を持ち出したりはしない。

 

しかし、この時点であっても、私はとても迷うのである

「果たして、今のは意図的な圧をかけてよかったのか?」

さらに深い自己矯正、自己治癒の力を妨げたのではないか?

 

こういうった自問ゆえに、

私はさらに "意図" しない施術を行うようになっていく。

そして、その自問に従い、意図しなかったことが

良い結果を生んでいくのを何度も何度も体験していくことになる。

 

私は、この体験をたくさんに人にシェアーしたいと思っている。

昨今、ボディワークの様々なWSでテクニックを学ぶ機会が増えている。

もちろん、テクニックを知るの良いことである、最初の段階かもしれない。

が、テクニックに疑問を持つこともとても大切である。

 

こんな話を交えながら、Breth of Life & Stillness のコースを行う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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