保存版!LA Timesインタビュー おこちゃま篇
テーマ:インタビュー:記事ライアンが新シーズンのためのプロモーションでも駆け引きでもなんでもない、って言ってます。
ライアンのラジオでのコメントです。
(/_;)/~~
So, see you on So You Think You Can Dance!
さて、ポーラ劇的サヨナラ事件でご紹介するのが遅れましたが、LA Timesの超保存版インタビュー。
怒濤のツアーミニインタビューの何度も聞いたことがある話にうんざりしているあなた!私もです!
初めて聞く話がいっぱいですよ!!!
Adam Lambert: The ultimate interview, Part One
by Fred Bronson
06:24 PM PT, Aug 4 2009
Q:番組でサンディエゴで育ったのは知ってるけど、どこで生まれたの?
1982年1月29日にインディアナ州のインディアナポリスで生まれた。両親がプエルトリコに行った時のハネムーンベビーだと信じているんだ。「プエルトリコで授けられた」って小さなTシャツを持つべきだね。結婚式の9ヶ月後に生まれたんだよ。
I was born Jan. 29, 1982, in Indianapolis, Ind. I believe I was conceived on their honeymoon in Puerto Rico. I should have a little T-shirt that says, “Conceived in Puerto Rico.” They had me about nine months after their wedding.


僕が一歳の頃に両親はインディアナポリスから引っ越した。ママとパパは言ってたよ、「自分たちに合ったところじゃない、どこか他の場所に行かないと」。サンディエゴに仕事があったから、僕たちは引っ越したんだ。
My parents moved me out of Indianapolis when I was about a year old. My mom and dad said: “This isn’t the right fit for us. We want to go somewhere else.” So a job opportunity opened up for [my dad] in San Diego and we moved.
Q:サンディエゴのどこで育ったの?
ほとんどノース・カウンティで。最初に来た時はRancho Bernardoで、4歳から5歳くらいまでそこで育った。弟が生まれた時に、Rancho Peñasquitosに移った。Del Marを奥に入ったところ。
North County, mostly. When we first moved out there, it was Rancho Bernardo and then we ended up moving when I was 4, maybe 5. Right around the time my brother was born, [we moved] to Rancho Peñasquitos, which is just inland of Del Mar, and that’s where we settled.
Del Marはスペイン語で「海の側」って意味で、裕福な人たちが訪れるリゾート地として知られるそうです。その近くで育ったんですね。プエルトリコ・ベビーということを、アダムは誇りに思っていて、きっと「海」は彼のキーワードなんだと思います。それから青い空も。だからブルーが好きなのかも。
Q:最初の音楽に関する思い出を話してくれる?
僕のパパは大学のDJだったんだ、だから彼はものすごく膨大なレコードコレクションを持っていて、それが自慢だった。家の中ではいつも音楽がかかっていて、全部レコード! 彼は「デッドヘッズ」だったから、グレイトフル・デッドのレコードもあったけど、僕はそんなに好きじゃなかったな。クラシックのロックがいっぱいあった。ボブ・ディランとか。ボブ・マーリーもいっぱいかかってた。僕のパパはいい趣味してたんだよ。
My dad was a college DJ, so he had a really huge record collection and he is very proud of it. There was always music playing in the house, all vinyl. He was a Deadhead, so there was some Grateful Dead, which I never really got into. There was a lot of classic rock. Bob Dylan. Bob Marley was playing a lot. My dad has really good taste in music.
サンフランシスコで生まれた伝説のバンド、グレイトフル・デッドは、「デッドヘッズ」と呼ばれる熱狂的なファンを持っていたそうで、アダムのパパもその一人だったんですね。グレイトフル・デッドは、ライブの録音を許可していた先進的なバンドで、ライブでの即興演奏が最大のウリであったこともあり、会場には録音する人たちのスペースまであったそうです。パパも絶対全米中のライブを追っかけて、テープ録音してた一人だと思います。
Q:パパのレコードを自分でかけてみた?
ある時、パパがレコードにさわることを許してくれた。自分が何してるのかわからなかったから、(パパにとっては)大きな賭けだったよね。
At some point later in my life he would let me touch the records. That was a big deal though because I didn’t know what I was doing.
Q:ラジオを聞いたり、レコードショップで試聴したりした?
僕は全然ラジオを聞かなかった。たぶんパパが自分のレコードを聴いていたからだと思う。大きくなってから、自分のステレオとテープレコーダーを買ってもらった。ラジオを聞くより、テープを聞く方が多かったなあ。
I never was a big radio listener, probably because my dad listened to his records. As I got older, I had a stereo and I had tapes. I was more into playing the tapes than the radio.
最初に買ったテープはポーラ・アブドウルの“Shut Up and Dance”のリミックス。とっても好きだった。エルビスのカラオケテープも持ってたよ。
I remember going to the Wherehouse and buying the two-for-one CDs. The first tape I remember having was Paula Abdul’s “Shut Up and Dance” remixes tape, which I was very into. I remember having an Elvis karaoke tape.
Q:テープに合わせて歌ったりしたの?
歌ったよ! このカラオケマシーンはすごくクールだった。Wilson Phillips, マライア・キャリーの“Emotions”のCDも持ってたよ。それが最初のCD。とてもよく覚えてる。
Oh, yeah. This karaoke machine was really cool. I also had Wilson Phillips, Mariah Carey’s “Emotions.” These are my first CDs. I remember them quite clearly.
ラジオを聞かなかった!
パパのレコードを赤ちゃんの時からずっと聞いてて、ある程度大きくなってからはテープを聴いてた
っていうのがアダムが「オールドスクール」な秘密だと思います。
面白いなあ。
パパのマニアックなレコードと、ママはストーンズとかツェッペリンとかクイーンとかも普通に聴いてたと思うので、60年代、70年代のクラシックなロックは網羅されてアダムの身体の中にレコーディングされてるわけですよね。
で、自分で買ったマライア・キャリーのCDでいちおう90年代の普通の音楽も聴いていたと。
RSのインタビューで、パパの影響は大きいと思ってたけど、今のアダムを作ったのは、ほんとパパですね。
このあとは、10歳から演劇を始める話に入ります!
また後ほど!!!







1 ■音楽に溢れた子供時代が目に浮かびます
こんにちは。とてもいいインタビューですね。アダムの幅広い音楽性は幼い頃の環境から生まれていたことがよくわかります。「AI」を見ていていつも感じていたのは、「歌うことを楽しんでいると同時に楽曲をとても大切にしている」ということでした。本当に音楽が好きなのですね。後半のお話も楽しみです。Koyumiさんにはいつも感謝!感謝!(≧▽≦)