ココサポ・プログラム 講師の青木です。以前、ブログで書かせていただいた記事『アダルトチルドレンについて思うこと』には、プロローグとなる記事がありました。今回、ここに書かせていただきます。

 

 昔から私を知っている方たちは、あんなに「アダルトチルドレン,AC」のことばかり言っていたが青木が、アダルトチルドレンのことをブログにあまり書いていないことを不思議だと思っていらっしゃるのではないでしょうか?

 理由は2つあります。

 

 でもその理由の前にアダルトチルドレンについて少し説明をしますね。

 

 三十年前くらいに、精神科医の斎藤学先生がアメリカからこの言葉を輸入してくださいました。アダルトチルドレン(AC)の正式名称は「アダルトチルドレン オブ アルコホリック(Adult Children of Alcoholics)」つまり、「アルコール依存症の家族がいる家庭で育った成人した子ども」のことです。医学用語ではなく、当時ベトナム戦争から帰還した男性たちが心の病からいろいろな依存症になって家族に混乱をきたしていたアメリカにおいて、セラピストたちの間で生まれた言葉だそうです。

「どうも依存症患者のいる家庭で育った子どもたちには、共通する症状、生き方があるようだ。」とセラピストたちが気付き、その人達を「アダルトチルドレン」と名付けたのです。

 

 私はアダルトチルドレンです。私の父はアルコール依存症でしたから、斎藤先生の本に出会った時の衝撃は今も忘れることはできません。どうして苦しいのか分からず、悶々としていた私の状態に何と、

「アダルトチルドレン」という名前が付いたのです!!

 

 名前がついたってことは、本当に凄いことなんです。

 本当に嬉しかった。ホッとしました。

 だって名前が付いたということは、苦しみの原因が分かったということであり、その解決策もあるという事だからです。

 私は夢中で、当時麻布十番にあった斉藤先生のクリニックに通い、ACについて学びました。

 

 そして、ある日のことです。偶然にも私と状況がほとんど同じ人のオープンカウンセリングに参加していたとき、私の「パンドラの箱」は開いてしまいました。

(今から思えばそれは私が引き寄せた「必然」だったとも思えます。)

 

 私は父親に虐待を受けていたのでした。

 

 私はずっとそれは「愛情表現の一つ」という認識でいたのだと思います。

 しかし、同じ体験を持つ人のことを客観的に見た時、それはまぎれもなく「虐待」だったのです。

 それを虐待と認識できないばかりか、突然死してしまった父親を美化し、尊敬し、愛していました。怒って当然のことをされていたのに・・・。

 

「止めて欲しかった。嫌だった〜!!」

その感情を封印してパンドラの箱に無理矢理入れていたのです。

 

愛しているはずの対象から虐待を受けるということは、生木を裂かれるような感覚ですよね・・・」という斎藤先生の言葉がグルグルと頭の中でリフレインしました。

 

悔しい! 悲しい!! 騙されていた〜!!!

その感情が吹き出した私は、カウンセラーのところに駆け込んでいました。本当に斉藤先生のところに通って良かったと思いまた。

 

こうなってしまうと、斎藤先生から伝えられていたことがすべてその通りになりました。

何が起こったのかというと・・・

 

1,自分の感情のコントロールは効かない事、

2,その吹き出した感情は途中で止めてはいけないこと、

3,出切るまでは時間がかかること、

4,目の前にいる人にその怒りなどの感情を八つ当たりしてしまう恐れがあること、

5,必ずその感情は収まる時があること。

 

苦しかったけれど、この知識が私を支えてくれました。

 

もし、自分一人で苦しみを抱えていたら、、、

こうした知識を知らないままでいたら、ふたたび途中で押し込めて精神疾患になっていたか、自ら死を選択していたかもしれません。

 

 

。。。。次回に続きます

 

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