昨日、友達から

「ブログ始めてよかったね。なんか、解き放たれた感じ~アップ

とメールが来たのですが、それを読んだ時、


「やっぱり、このブログは自分のために書いてるんだな~」って思いました。


一昨日、ふと思った「何で、このブログ書いてるんだろ?」の答えは、


『自分のためラブラブなんですねニコニコチョキ 自分が喜ぶことをしましょビックリマーク






前回のつづきです。。。



弁財天様の存在や、また、「あなたは使命がある人」という言葉に抵抗し、

そんなことわたしには関係ないというフリをしながら過ごしていたある時です。



突然、左半身に麻痺が起こりました。


普通は、病院に行くところでしょうが、わたしの直感「病院に行っても治らない」言うので、いつか治るだろうと高をくくり、そのままの状態で数日過ごしました。

麻痺の状態は手足だけでなく、口の左半分にも起こっていたので、食事も気を付けてゆっくり食べないと左口角から汁気のものはこぼれてしまう状態です。


当然しゃべる仕事にも支障が出ていましたが、周りの人たちにバレないように、

必死で誤魔化し誤魔化し、仕事をしていました。

それでも、しゃべり方がおかしいことに気づいた人からは、病院に行くように勧められましたが、「病院じゃない」という確かな感覚があったので、病院に行くことはありませんでした

あの確信はどこから来たのかと今でも思います。



そして、おかしい、おかしいと思いながらのある日。

ラジオの生放送(4時間のワイド番組)で、もう、誤魔化し切れないほどの酷い状態に

なってしまったのです。呂律が全く回らず、あの時ばかりは不安がドッと押し寄せ、

慌てて弁財天様のことを教えてくれたご住職のところに行きました。

やはり、病院では治らないと思っていたので、そのご住職に聞く以外思いつかなかったのです。




そこで言われたのが、「弁財天様が、”わたし”だと言っている」ということです。

「まさか」と思いますが、この麻痺は、弁財天様が原因だと言うのです。




前にも書きましたが、わたしの後ろにいらっしゃる弁財天様は、宮島の厳島神社の神様。



2004年9月7日、台風18号の被害で厳島神社の国宝である左楽房(雅楽を演奏するための建物「楽房」のうち、西側に位置するもの)が倒壊したのです。

世界遺産にも被害ということで、左楽房がバラバラになって海に浸かっている映像が、

当時、ニュースでも良く流れていました。




その左楽房が倒壊した時とわたしの麻痺は、調べてみると同じ時期に起こっていたのです。

しかも、左楽房と左半身で同じ左。

流石に焦りましたし、自分の身体に何が起こっているんだろうと不安は増すばかりです。


「今すぐ、厳島神社に行きなさい。そして、来るのが遅くなってごめんなさいと謝って来なさい。自分の家が崩れたのに、すぐに駆けつけることもせずごめんなさいと謝ってきなさい。」とそのご住職が言うのです。



言われた通り、大急ぎで宮島に向かいました。

そして、言われた通りに神様に謝って、修復のための寄付をして帰って来ました。




すると、次の日、嘘のように麻痺の状態が良くなったのです。

本当に嘘のように。。。信じられない思いでした。


ただ、完治したわけではなかったので、それから1年くらいは軽い麻痺に悩まされながらの

生活で、仕事もやはり誤魔化し誤魔化し行っていました。



この出来事が、わたしに「弁財天様」の存在を認めざるおえなくさせたのです。

ずっと避けていた「弁財天様」を・・・。





でも、この時点では、まだ、わたしの後ろの神様なのです。




つづく…


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