幸い病気のおかげさま~ココロとカラダとナチュラルな暮らし

ストレスを感じないことだけして暮らそう♪
原因不明の病気のおかげで、自分らしく楽しく暮らすことが健康と幸せへの近道だと知りました。
ココロとカラダと語る健康で自分らしいナチュラルな暮らし。
私の闘病体験が、お役に立ったら嬉しいです。

音譜ストレスを感じないことだけして暮らそう音譜

原因不明の病気のおかげで、
自分らしく楽しく暮らすことが健康と幸せへの近道だと知りました。

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おはようございます。
伊藤裕子です。

朝のひと口目は、オリーブオイル。
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これを2杯くらい飲んでいます。

便秘がちの人にはオススメ♡
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こんばんは。

伊藤裕子です。

 

ただいま3時すぎ。

さっき、主人が起きてきました。

パソコンの前にいるわたしを見て

 

「眠れないの?」

 

「うん。眠れないし気持ち悪いから起きちゃったの」

 

「そっか」

 

眠れないときに、無理に寝かせようとせず

必要以上に心配しないでいてくれるのは

とってもありがたいです。

 

こういう信頼のされ方は、心地いい♪

 

 

 

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こんばんは。

伊藤裕子です。

 

病気をしてから、眠れない夜が怖くなくなりました。

 

 

 眠れないなら、寝なくていいハート

 

 

そう思えるだけでかなり楽チン♪

 

 

昔は眠れない夜が恐怖でした。

 

一生懸命寝ようとして、

結局焦ってよけい眠れないの。

 

 

今日は(もう昨日ですが)

お友だち家族が遊びに来てくれて

食べすぎましたあせる

今も胃腸ががんばって働いている感じ。

 

 

病気の時、お世話になった整体師さんやお医者さんに言われたのは、

とにかく《ストレスのない生活》

 

 

今日は胃腸にだいぶストレスをかけてしまった〜!

ごめんねショック

 

 

明日はあんまり食べずに、体をケアしよう。

 

 

 

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迷走の先 ①』のつづき。



グルグル思考に陥るのにはパターンがある。
迷宮から抜け出すための、ひとつのアドバイスをもらった。


 なるほど。

 とりあえずやってみよう。


そう決めて、今後の動きを見直し考えてみた。
するとどうだろう。

数日後、寝込んでしまうほどのとんでもない口内炎を発症。


 またか!


何かにストップをかけられているのか。
それとも逃げたいだけなのか。

ふいに以前言われたことを思い出した。


 「体調不良は間違った方向に進んでいるときのサイン」





回復してくる中で、大きく体調を崩すときは決まってそうだった。

社会復帰する前、そろそろ仕事を…と思うときにもそれは起こった。
3回くらい。
それでも当時は「まだってことか」と簡単に受け入れられた。

だが自由に動けるようになり、私の病気も何も知らない人と出会う中でそれは次第に薄れていった。

基本的に元気に動けるときにしか人には会わない。
それはイコール、「いつも元気な人」という印象を相手に抱かせるのだ。

どんなに辛さを訴えたところで、体調の浮き沈みは受け入れてもらえない。


 「そんな風には見えないわ~」


そうでしょうね。

みんな自分の経験の窓から世界を見る。
自分に置きかえて考える。ものを言う。

似た経験をしたことのある人にしか通じない。


生活が “普通” になればなるほど、体からのサインがメッセージではなく、言い訳に思えるようになってしまった。




だがしかし

ここまで強烈なメッセージ。
拾わないと、きっとまた同じことが繰り返される。

そんなわけで、口内炎になる前後を振り返ってみた。


見えてきたのは

「とりあえずやってみよう」の底にあった「やらなきゃ」。


  “とりあえずやる” のはいい。
 でもコレをするなら、結局苦手なアレをしなければならない。

 期間限定ならがんばれるかな?

 やらないと、結局うまくいかないんだろうな…


そんな「ねばならない」たち。


 「~べきだ」「~ねばならない」


これらの思考が機能しないことはもう知っている。
そして


 努力・忍耐・根性


大嫌いな3大ワード。

それを繰り返しても幸せな結果は手に入らない。
もう知っている。


それでも社会にはまだまだそれを美徳とする人は溢れている。
ときに潜在意識は、わざわざそれを言う人のところへ自らを導き、

 「ほ~らね、やっぱりやらなきゃね」

と確認行動に走らせるのだ。

 

苦しみと同時に、アホらしさを感じた。



人は「光」の面を見ることに恐怖や戸惑いを覚えるのだと言う。
「できる自分」より「できない自分」を語れる人の方が多いのが、それを裏付けている。


 好きなことだけする

 楽しいことだけする


そうやって生きていい。
それは怠慢でも何でもない。

でも人は言う。


 「好きなことだけやって暮らしていければそりゃいいだろうけどね。
  そんなことはありえない」


そうやって生きたことがなければ、そりゃそうだ。


 「料理も掃除も洗濯もしなかったら、生活がまわらないじゃない!」


料理も掃除も洗濯もしなくたって、死なないよ?

やってみればいいじゃない。
あなたが怖がっているのは本当はそこじゃない。

自分の存在意義を失うようで怖いのだ。
「やることがない」のは恐ろしい。

だから必死に取り繕う。


 「好きなことだけして暮らすなんてありえない」


そうやって生きると決めた自分を止めるのは、こういう人たちを無意識に利用する自分の潜在意識だ。


誤解されると困るのでお伝えしておくと、私は「ありえない」と言っている人が悪いとか間違っていると言っているわけではない。

「好きに生きると決めた自分」を止めるのが、彼らに会いに行く自分の潜在意識だということ。


 「ほ~らやっぱりね。
  結局、無理なんだよ」


確認する。
そしてもとの枠の中に収まる。
変わる必要がないから、少し安心しつつ。
違和感と苦しみを感じながら、また思考の迷宮を歩き出す。


自分の人生は自分のものだ。
どう生きようと、どう使おうと自由。

自由には果てがない。
だから自由と光を受け取る覚悟がないときは、枠の中に収まっていた方が楽なのだ。

だって考えなくていいんだもの。


でも少なくとも私は、そんなのは嫌だから。
「やらなきゃ」と思ったことはやめておこう。


カチャカチャと硬い装備が外れてきた。

体の動きが、軽くなった。
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2010年夏、倒れる前後。
私は仕事が大好きだった。

折しもちょうど多言語を始めて1年ほど経った頃。
名前・家族・居住地・好きなこと・嫌いなことを言う自己紹介。

数々の言語で「仕事が好きです!」と言えるほど。

当時と今とで、やっている仕事内容はカラーリスト・コーチとして基本的には変わりない。
長い闘病生活とその間の経験を経て、提供するものの幅や深さは増したけれど。




「指1本自分の意志で動かせなくなった」

そう話すと驚かれるし、時に「そんな風には見えない」とも言われる。
そりゃそうだ。

回復したからこそ、今あなたたちに出会えているのだから。

あんな死にかけの状態で必要以上に人と関わるなんてまっぴら。

あれは自分の心と体、家族、そして自分の過去と向き合う時間だった。
今でも宝のような時間だったと思っている。


そして回復し、社会復帰していく。


まわりから見たらそこで一区切り。
ハッピーエンドなのかもしれない。
(いや、知らないけれど)



でも苦しくて訳が分からなくなったのは、実はここからだった。



もちろん体の苦しさは闘病中の方が断然上。

痛いし苦しいし、呼吸はまともにできないし。
ものを食べれば激痛が走るし、だるすぎて眠れない。
もちろん歩けないから車椅子だ。

でも一度も不幸だと思ったことはなかったし、状況を嘆いたこともなかった。
だからそれはいいのだ。


問題はその先。
社会復帰、仕事復帰してからだった。


最初はよかった。
まだまだ体が不安定で、爆弾を抱えながらの手探り状態だったから、

 何よりも体優先!

 疲れたら休む!

 無理しない!

 いろいろはできないけれど、それでも私に会いたいと思ってくださる方だけどうぞ!

というスタンス。
倒れる前のように、常に仕事や集客のことを考えている…なんていうことはなかった。

ただただ、
そんな状態の自分を待っていてくださった方々に感謝して
来てくださった方々に感謝して
楽しい時間を共有できたことに感謝して
幸せに浸っていた。

ものすごくシンプル。
体がクリアなのを感じていた。



ところが。



回復するにつれて、余計な思考が働き始めることになる。

それは結果、体の痛みのぶり返しと、仕事や日常生活の停滞へとつながっていった。


 最悪…


そして更なる不安感が押し寄せた。


 私がやっていることは時代遅れじゃないだろうか?


貯金を使って食いつないでいるような感覚。


 もっといろいろ学んでいる人がいる。
 私がすることに意味があるのだろうか?


知らない知識や経験を突きつけられてダメ出しされる恐怖。


 私、一体何がしたかったんだっけ?


ぐるぐる思考は、シンプルな自分を混濁した世界へと引きずり込んだ。

何もかもが不安で、何をどうしたらいいのかわからない。
誰に話しても、セッションを受けても安心できない。

はじめた趣味の楽しささえも、罪悪感と混乱を拡大・増長させる要因となっていった。


 結局私は、何がしたいんだろう?


この仕事を続けていていいのか、
他に向いているものがあるんじゃないのか。

あれもこれもしたい。
アレとかコレにも興味はある。

でもひとつを選ぼうとした瞬間に苦しくなる。
選べない。


 楽しんだらいい。

 どれもこれも、やりたいならやったらいい。


頭ではわかっていた。「そうなのだろう」と思っていた。
でも、心が追いつかない。

自分に許可が下りないのだ。


仕事は好きだ。
お客様とお会いすれば嬉しいし、受講生と話す時間は至福のとき。

英会話スクールで講師陣と語れば細胞が沸き立つ。
笑いの絶えない数十分。

点字という新たな世界で言葉への興味はより多角的になった。

踊れるほどに回復した。
音楽に浸りながら「健康って素晴らしい~!!」と跳ねまくる。


 なのに、苦しかった。




一筋の光が見えたのはつい先日。

「船乗りのおじさんでね。
 甲板でいろんな仕事を同時にするの。
 かなり好きな仕事で、プライドを持ってやってたみたい。
 おじさんが言ってるよ。
 何でひとつに絞らなきゃいけないの?
 全部同時にできるのにって」

自分の過去世。
唖然とした。


 え…?
 やっていいの?


散々「思い込みをはずす」「枠の外へ」と言っていたのに、縛られていたのは自分だった。


 ひとつのことを一生懸命すべき。

 あれもこれもは欲張りすぎ。

 好きなことだけして生きるなんて、贅沢。

 努力しなきゃ、刷り込まれたものは外せない。


そんなことないと思っていたはずなのに、どこかで「でもな…」と思っていたのかもしれない。
そういうことを親やまわりに言われないように。

だって言われたらめんどくさい。



私は職人タイプじゃないらしい。
気が多くていいらしい。その方が、いいらしい。


 なんてこった!


少し、呼吸が楽になった。



>> 『迷走の先 ②』へつづく
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体調の悪いときに、鏡の中にひどい顔した自分を見るとますますげんなりする…

追い討ちをかけられた気分になるというか、
調子の悪さを突きつけられるというか。

調子が悪いことを受け入れられないときは、逆にそれもいいかもしれない。

 
 調子悪いんだから、ちゃんと休みなさい

 体の声に耳を傾けなさい

 足掻いてないで受け入れなさい


そんなメッセージかもしれないから。
受け入れちゃったら案外スッキリしたりして。


でもすでに受け入れているときに、そんな顔の自分を見るとうんざりしてしまうわけで。

今回、調子を崩して鏡の中のむくんだ顔を見ては、がっかりしていました。

肌もガサガサで
体も痛くて
呼吸もしんどくて…
という中、視覚の追い討ちはいらない!


…という状況だったわけだけれど、そこから抜け出す方法がひとつ。
それは


 顔色をよく見せるパジャマを着ること


いや~…当たり前といえば、当たり前なのだけれど。

この時期私が着ていたパジャマ…
ガーゼでできた気持ちのいいものなのだけれど、私に似合う色ではない。
買うときに、欲しかった白がなくて、紺色なの。

紺色は、パーソナルカラーでいうと私の苦手色。

パジャマだし、
色彩心理的には睡眠にいい色だし、
ものすっごく似合っていないわけではないし…
ということで買ったのだけれど、調子を崩した状態で着ると明らかにヒドイ顔!


 こりゃ、パジャマの色がむくみを増長して見せているな…


と思ったわけです。


「若いときはいろいろ着ても似合っちゃう」
のと同じで、
元気なときは勢いでいけちゃうものが、体調悪いとごまかせなくなってしまう。

顔色は、まさにそのバロメーター。

だったらせめて、外的に気持ちを落とさないものを身につけるのも、ひとつの手なんじゃないかなって。


似合う色のパジャマを着るだけで、病気でシンドイ思いをしている人たちの気持ちが少しでも明るくなるのなら、それって大きなことよね。

病人とパジャマの色。
こういうセルフケアもありでしょう♡
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青空を見るとそれだけで幸せを感じる流れ星


先日はたくさんのメッセージをありがとうございました。

本当に本当に、
人の気持ちや
体からのメッセージを
もらってちゃんと受け取るのは大切だなぁと、ありがたいなぁと思っています。

今回私は一体何人の方々に泣かされたのか…(ナイショ♪)


札幌にいたときのような “しっくりくる手の治療者”にこちらではまだ出会っていないので、此度の体の声への対処には正直戸惑いました。

でもできることはある。。。

 弱音を吐く とか
 助けてと言う とか
 体を撫でてもらう とか
 吸い玉や四つ玉をする とか
 寝たいときに寝る とか
 眠くなかったら寝ない とか
 動ける範囲でやりたいことをやる とか

なのてこんな感じでゆっくりと過ごしています。


結婚してからの私は
東京から北海道・稚内に移り住み
札幌に引越し(稚内⇔札幌 は 東京⇔名古屋 と同じ距離ね)
11年経って神奈川にやってきて…と
常に環境が変わり、人間関係も仕事のベースもその度に構築してきたわけですが、ずっと人に恵まれているように思います。

今回も、去年こちらに引越してきてから出会った方がたくさんメッセージをくださって
「私、いつの間にかこんなにたくさんの方々と出会っていたのか…」
と改めて思いました。


うちには子どもがいないので
お母さん同士の間で広がるネットワークは持っていないし
子どもを通してご近所付き合いが深まるわけでもありません。

また私はどこかに勤めているわけではないので
職場で人間関係を広げられるわけでもありません。


だから人間関係なんて、あえて自分が動かなければまったく広がる要素がない…
おまけに体のこともあるので、引きこもりになるのは簡単なわけです^^;


 なのに私、すごいじゃなーい♪


と、今回本当に嬉しかったです。


『生きてるだけでまるもうけ』という言葉、昔は

  はぁ~?

  意味がわからん

とか思っていたけれど(笑)
今はちょっとわかる。
(特に自分が弱るとわかる。余計なことを考えなくなるから)
  
(カッコ)で書いているけれど、これは結構重要にひひ



昔の私を知っている人が

 ようやく少しわかるようになったか…

と思うのか

 まだちゃんとわかっとらんのか!

と思うのかはわかりませんが、
まぁ人間は、自分と向き合ったときや
自分の持っているものに気づいたとき、
そしてこだわりを手放したときに
成長していくのだと思うのです。


…というわけで、長くなりましたがありがとう!

外に出るのをセーブするかわりに、スマホサイトの最大難関とも向き合うことができました(笑)
もうすぐ公開できると思います☆


そしてさっき、ESAから大量買いした最近お気に入りのカレースパイスが届きました~♪
カレースパイス
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久しぶりに深夜の弱音吐き。


この週末あたりから、体調がガタ落ちです。

去年の前半までとはだいぶ変わって動くようになってきた私の体。
この春にはZUMBAにも出会って、体が自由に動くことの素晴らしさを感じていました。


ブログを長く読んでくださっている方はご存知のことと思いますが、2010年の夏に倒れて以来、長い時間をかけて闘病生活を送っていました。

全身麻痺や全身痙攣、言語障害に呼吸困難と、様々な症状が体に現れ、一時期は車椅子生活。
10m歩けた日には拍手喝采。
指1本も自分の意志では動かせない…

「健康」じゃないと本当に何もできないんだということを痛感した日々は、遠い過去なのか、近い過去なのか、それとも現在進行形なのか…。


体の痛みや苦しみがだんだんなくなって
少しずつ動けるようになって

ずっとしてみたかったダンスができる環境になって
体が動くのが嬉しくて
健康って素晴らしいと嬉しくなっちゃって

そんなつもりはなかったけれど
嬉しすぎてちょっと調子に乗ってるよという体からのメッセージかな?

ここ数日の体の苦しさーー特に呼吸のできなさーーは、倒れて辛かった頃の呼吸状況と似ているように思います。


だんだん元気になって
激やせした重病人だった私を知らない人たちの中で過ごすようになって
(または知っていてもそれはもう過去のこととして扱われるようになって)
自分もいつまでも「病人」という立場にはいられなくて…

そうなると、もしかしたら人は無意識に「元気な自分」を演出するようになるのかもしれません。


 調子を崩すと何か言われるんじゃないか…

 「またなの?」「まだなの?」って言われるんじゃないか…

 「踊ってるくせに体調悪いなんて、ないでしょ」と言われるんじゃないか…


意識して思っていたわけではないけれど、心のどこかにはそういった恐怖があるように思います。


踊るのが楽しくて
体が動くのが嬉しくて
やりたかったことをするようになって

でもこれだけするのなら、

 “あれもしなきゃいけないかな…”

が出てきてしまったりして。


体が泣きたがってるのがわかる。
なのに泣けない。


他人なんて関係ないって頭ではわかってる。
でも人の目や評価を気にする私が出てくると、途端にわからなくなってしまう。

 「調子の悪い人が踊れるわけないでしょ!」って言われるかもしれない。

だから

 踊ってる
  =健康
  =完璧
   ⇒調子が悪いなんてあってはならない

 楽しんでる人
  =心身・時間・経済的にゆとりがある
   ⇒調子が悪いなんてあってはならない

 好きなことをやってる人
  =贅沢
   ⇒調子が悪いなんてあってはならない

こんな、意味のない方程式ができてしまう。

こんな方程式を唱えている人が目の前にいたら、たぶん私は根底から覆すのだけれど。
だって本当に意味がない。

なのに自分のことになった途端怖くなるのは、そういった嫌味を過去に言われたことがあるからかもしれません。


こういう自分のダメな部分を晒すのにも勇気がいる。

でもダメだ。
かっこつけても、体は正直。
ゆっくり呼吸したいもん。


先週、調子にのって踊りまくった、お調子者の深夜の弱音吐き。

だって体が動くって、本当に本当に嬉しいのよ…
『踊る』なんて、30年来やりたかったことだったのよ…

もしかしたら今やっと、病人から抜け出して
健康な人間としてのレベル1から積み上げていけるようになってきた時期なのかもしれないなぁ…とかね。
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慶応大学看護医療学部での講演会、無事に終えてきました。
お越し下さったみなさま、ありがとうございました!

 おもしろかった!
 共感した!

という声をくださった患者経験のあるみなさま、看護を学んでいる方々他
しっかり受け取ってくださったみなさま
ありがとうございます。

私が病気を通して見つけた心と体のつながりは
本来、病気とは関係なくすべての人に通じるものだと思っています。

それをダイレクトに経験してるか、
気づかずにやりすごしているかの違いなだけ。

心の状態は体に現れるし
体の状態も心に現れます。

なので、体調不良がすべて
体だけの問題とは言えないし
もちろん心だけの問題とも言えません。

人間はすべて数値化できるほど単純ではないので
「数値に現れない≠異常がない」です。

一方、人間は驚くほど単純な面ももっているので
「心と体と魂はすべてつながっている」という視点から本当に大切に自分と向き合えば、心と体は必ず応えてくれると思うのです。

そしてこれは別に「病気」という限定された場合に限らず
ごくごく普通の日常を送っている人すべてに当てはまることだと思うのです。

ただ残念ながら、
私も含めて“大きく健康を損なう”等の経験をしないと気付けない人が多いわけですが。



私の長きにわたる闘病生活は、西洋医学側にのみ立つ方々からすると
「???」
という点も多いだろうと思います。

受け入れたくないと思う医療者もいるだろうなと思うし
事実、私の体験を話した後に返ってくる言葉に
「うーん…結局伝わらないか~…」
と残念に思うことも、正直よくあります。


実際、中学生の頃からあった体調不良は
ずっとずっと『原因不明』。

当時(今から25年くらい前かな?)はまだ
今ほど心と体のつながりに注目している人はいなかったし
「心の問題」という言葉の裏には
 「気の持ちよう」
 「気持ちが弱いから悪い」
 「あんたがおかしいんじゃないの?!」
という悪意が潜んでいました。

「そんなつもりはない!」と言われるかもしれないけれど。

でも
「はぁ~?!気持ちの問題なんじゃないの~?!」とか
「俺だってそんな風になることあるよ!」なんて
子どもの私が“医師という肩書きを持った大人の男”に上から目線で言われれば、それは恐怖でしかありません。

「自分が悪いのか…、じゃあこの痛みや苦しみは我慢しなくてはいけない」
と自分を責めることしかできなくなるのです。

事実、子どもの頃からことあるごとにそう言われ続けた私にとって
生きるとは、34年間痛くて苦しいことでした。

なので5年前、

 「普通の人は、そんなに痛くないし、苦しくないんだよ」

と言われたときの衝撃といったら!


 えっ?! そうなの??!


基本的に病院に行くのは体調の悪いときです。
そんなときに医者という肩書きを持った人に断言されてしまえば、それがどんなに自分を傷つけるような言葉や態度でも、「違う」と言うのにはすごいパワーが必要ですよね。

それは大人になった今でもそう。
体調がそこそこのときですら、肩書きを出して強く言われると「どうせ表面的にしか聞いてもらえない」という、経験からの諦めが足を竦ませます。



5年前の広島にて。
ここまでの経験をしたということは

  誰かの役に立てないかな?

私が療養生活を送っていたときに思ったことです。

医療に携わっている方々の理解も必要ですが
それ以上に、もうどうしていいかわからず途方に暮れてしまう患者や患者家族という立場にいるみなさんに、少しでも私の経験がヒントになればいいな、と。

そう思い、過ごしていた頃からの第一歩を 先日とうとう踏み出せたという感じです。

ありがとうございます。

聞いてくださる方がいらっしゃるから成り立つことだと思います。



自分の健康は自分で守れるように。
自分の心も 自分の体も、自分自身で守れるように。

「『医療』っていう言葉が昔あったんだって!」
「その分野の専門家がいたんだって!」
と笑って話せるくらい、
 健康を当たり前に自分で創造し守っていけるような人間社会
なんてものができたらいいな~♪と思っています^^
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主催者さんから送られてきました。
6月16日の公開講座『患者学』のチラシ。
患者学チラシ

現在はパワーポイントを使って、当日のプレゼン資料作り中。

伝えるように作るって
伝わるように作るって
おもしろい。
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