【心声(ココヘ)プロジェクト】

日本海・秋田県←→太平洋・宮城県山元町・磯浜応援


今日の「正義」が明日の「悪事」。明日の「悪意」が未来の「正論」。
今を生きる人が為すべきこと。「今」を「未来」に繋ぐこと。


テーマ:

ちょうど昨年の今頃。
カニさんを獲っていた時期。

「来年の今頃は、もう此処には居ないんだろうなあ……」

って考えていて。
みんなに旗を贈れて、
みんなの船が港で元気に動いてて。

そういうのを想像して、
ちょっと寂しく思ったりもするんだけど
それがすごく楽しみで。

「いろんな人にお世話になったからなあ」
「あ~、最後に【心声(ココヘ)プロジェクト~あとがき~】とか書こう」
「ちょっと、(今だって充分長くなるくせに)長くなりそうだから今から文章考えておくかな!」

て。
下書きを書き始めた。

心声プロジェクトを始めようと思ったきっかけ。
その活動が、募金詐欺扱いで誰も信用してくれなかったこと。笑
初めて、電子書籍に協力してくれた亘理荒浜の漁師さんが甥っ子である長瀞のママ。
秋田で応援してくれる人が居ないかと思って、うろうろしたこと。
山形の鶴岡で、店舗を回って電子書籍のポスターを貼って貰えるところはないかな~って思って探していたときに入ったセブンイレブンのおばちゃん。「あら!大漁旗を贈るの~?ステキね!」って言ってくれたことにすごく元気をもらえて。
ダメ元で入った鶴岡の水族館さん。「いいよ、館長に聞いてみるから」と言ってくれて。そしてそれを漁師さんのトモダチさんが水族館に遊びに行った際に「ポスター貼ってた!! あの子だな!」と報告してくれたり。
ふらりと入ったスーパーで、チラシを見せたとたんに泣いてくれた子。「私、山元町に住んでたことがあって……」て。
ずーっと長いことポスターとステッカーを貼ってくれていた鶴岡上州屋さんの(今はわからないけど当時は)副店長さんは「あそこらへん、良く釣りに行ってた んだよ。磯浜、釣師、相馬港って。ヒラメとかカレイとかね」って。応援するよっていってくれて。ホントに、ふらっと立ち寄ると「え!まだ貼ってくれて る!」て驚く。

初めて港に入ってきたとき。
初めて磯の漁師さんに出会ったとき。
役場の人に「漁師さんに会ってみたい?怖いよ~?」と脅され。

初めて踏み込んだ港。
初めて見た漁。
地割れした岸壁。
建物の残骸。
剥き出しの鉄骨が刺さっている壁。
砕けたテトラ。
電気も水道も、何もない
そんな場所で。

そこで頑張っていた漁師さんたち。


それを思い出して、いろいろと。

悔しかったり哀しかったり、
「なんで!!!」てこともたくさんあって。

でも、みんなでワイワイする瞬間とか
つらいのに、大変なはずなのに笑っている漁師さんたちを見て。

ソレを思いだして。

哀しかったことも悔しかったことも楽しかったことも。
ぜーんぶ【あとがき】にしようと思ってたんだけど。


結局、去年の今頃は下書きを何度も保存してた。

足、裂けたなあ。
痛かったなあ。
来年は居ないだろうなあ。
……居たかったなあ。

とか思ってたらさ。
なんだかとても哀しくなっちゃって。

大好きな場所で
大好きな人たちがいて。
みんなが頑張ってた。
それを見て、たくさんの元気を貰った。
勇気も、チカラも。
いろんな時間を貰って。
思い出も感情も。
ホントに多くのモノを。


でも、それを伝えきれない私。
そんな自分が、すごく悔しくて。

情けないと思ったり。
チカラが欲しいと思った。
すごく思った。


そんなことを考えていると、
結局さ。

【あとがき】なんか書けなくてさ。


「ちょっと落ち着いて、思い出に出来たら書くべな!」


と、意志決定。
下書き保存。


(あっ だからコレは後書きではないの。長いけど)



いろんな人たちに助けられて。
自分一人じゃ出来ないことを、多くの方々が助けてくれた。

県外の、お逢いしたことのない方々。
ボランティアで訪れた人たち。
そして、大変な中なのに、ボラごときの私が作ったステッカーを
お金を出してまで買ってくださった山元町の人たち。


何て言っていいんだろう。
何かさ。
苦しいんだよね。
いろんな人たちが助けてくれたこと。
賛同してくれて、一緒に応援してくれたこと。
それってとってもすごいことだって。
すごくそう思うんだけど、
私自身は、その人たちに何も返すことが出来ない。
申し訳なくて、でもすごく、嬉しくて。


本当に、いろんな人たちに助けて貰った。

ブログをチェックしてくれる人。

Twitterで気軽に話をしてくれる人。

そしてTwitterで
ドルト=長身、イケメン、正義感の強いライター♂
……という幻想を抱いてくれた人。グハハ

欲しいモノリストを見てくれて、すぐに贈ってくれる人。

郵送振り込みしてまで、ステッカーなどを買ってくれた人。

個人的に、いろんな相談に乗ってくれる人。

ネットで知り合って、色々お話ししてくれる人。

初めて行った牡鹿半島と、
仲良くしてくれるパパが漁師の女の子。

ふと会った時に、「よーう」って気軽に声を掛けてくれる人。

「元気なのー?今どこ居るんですか?」って電話くれる町の方。

「車中泊は身体を悪くするからちゃんと真っ直ぐになって寝なさい」と言ってくれて、寝床を貸してくれる角田のKさん。……の親切も聞かずにまんまとヘルニアになった私。

フェレット2号が虹の橋に行ってしまったとき、たくさん慰めてくれた人。

カラーコピーの印刷を100枚も(無理言ってごめん)を郵送してくれた人。

ボラで出会って、そこから「何でコイツはステッカーを売って大漁旗を作ろうとしているんだろう?」って、私のブログを最初のページから読んでくれたという強者は、私の知らないところで、50枚近くのステッカーを友人・知人に紹介してくれてそれを売ってくれた、お金を預けてくれたT13さん。

「お店に置いてもらいたいけど、マージンがなあ……」と考えていた私に、「うちの店で置くよ」と言ってまとめ買いしてくれたKさんとK店長。
(共に大阪!)

販売を手伝ってくれた社協さん。
日の出町の方々。
そして山下駅前の橋元商店さん。

チャンスを伺い、花善で集まっているボラさんに押し売り。
(買ってくれた皆様有り難う。)

そして私の行動範囲外で、
一生懸命ステッカーを紹介してくれて売ってくれたKYMZ氏。

ボラバスの中でステッカー販売を許してくれたMr.Run.様。


「動画作りたい!」と閃いて、今でも思うほど、バカなお願いをしたというのに快く大切な思い入れの曲を貸して下さったAさん。


そしてとってもつらい時期に、私に絵手紙というカタチで電子書籍の原稿を預けてくれた山元町の方々。(こっちも後書きページ作らなくては!まだまだ書くコトが止まらない)




(言っていいのか悪いのか)
仙台●●地の友人が買ってくれて、配ってくれたり。

(懐かしくも言っていいのか悪いのか)
社協ボラ時代に毎日顔を合わせていた
さわやかイケメンな愛知県の●●●さんがブログを発見してくれたり。
(H&KのG3A3買いました★)


ふとしたときに、電話をくれる優しい声の准尉。
(ココははっきり言う。あなたみたいな上司が欲しいです)





自衛隊風呂で一緒になった、
名前も知らない荒浜に住んでいたというおばちゃん。

角田の銭湯で車中泊時代に
顔見知りになってお話ししたおばちゃん。

そういえば、●●の湯で女子風呂には行っていたら
殿方がガラリと入ってきたときもあった。
(マンガだったらたらいを投げるのだけれど)
「ココ、男湯だよね?」
「女湯です」
「男湯……だよね?」
「女 湯 で す!」
といったらトットコ逃げてったおっちゃん。
(あの時の私は超冷静すぎて自分で引いた。実話)



いきなり現れた変なボラの私に、
漁師のカッパ装備を授けてくれた漁協のお兄さん。

クリスマスイブなのに、
資材を運んでくれた福島の相馬原釜漁協のおじさまたち。

クリスマスプレゼントにした応援資金を預けてくれた
福島郡山工場のみなさん。

塩釜を出るときに「暇なときは普通に遊びにおいでー」
って言ってくれた職員さん。

いろんな話をしてくれた次長さん。

本当にお母さんみたいな、
塩釜で出会った「塩釜のママ」たち。

「困ったことがあったら言うんだよ」
と言ってくれるスーパーお姉さん。

「1人で抱え込まないのー」と言ってくれたMr.K&W

ずっとブログを書かずに病んでる理由を話して、
電話くれたりメールくれたり。



こんな私と繋がってくれる、
すげえ器量の大きな、たくさんの人々。






なんかね、ほら。
ほらほら。

書ききれなくて。
どんどん出てきて。
まるで蜘蛛の子を散らすように。泣
ぶわーっと、思い出して思い出して、
すごいたくさんの人たちが助けてくれたんだなって。


つくづく、思って。
どうすりゃいいんだって。
こんな恩なんか返せねえよって。

鼻水ばかりがテッシュを消費していくのだ。泣
書ききれなくて、悔しいのだ。


だから【あとがき】はまだ書かない!
(まだ書くつもりかよ!と思うかもしれないが!)


今回の【総括】は、
いろんな人が、たくさんの人たちが
遠くから、近くから、町の中から
「磯浜の漁師さんを応援する」っていう気持ちが
こんな感じでカタチになったよ!


って言う、福来旗、見本!


磯浜の新造船に、
みんなで作って、みんなで贈った旗は
こんな感じだよ!


っていう。


最後の。
とりあえずは最後のね。

『漁師さんの新造船に、全員に福来旗を贈る!』

っていう目標の、終了。
の1ページにしたいと思いやすっ!




では征きます!!!!!!!!!!

===============

 1枚目【第一山元丸







2枚目【第二山元丸





3枚目【第三山元丸




4枚目【くまの丸





5枚目【海星丸




6枚目【共徳丸




7枚目【金比羅丸





8枚目【明神丸




9枚目【海幸丸



10枚目【栄寿丸



11枚目【第三水神丸



12枚目【恵比寿丸



13枚目【妙見丸



14枚目【大三丸




15枚目【第十一水神丸



 


16枚目【栄宝丸




磯浜の16隻の船主へ。




贈:宮城県山元町磯浜港 復「港」応援

    心声プロジェクト企画賛同有志一同




【計16隻、17枚】



 
===============




福来旗製作、ご迷惑のご協力!


●愛媛県松山市 ヨネヤ旗店さん

●愛媛県松山市 荒瀬染物店さん

●仙台市若林区 ほまれ屋 さん、ダンディ紳士Sさん


「旗」のことを全く知らない私に、

様々なことを教えてくださった3店舗様。


たくさんのご迷惑、

納期間近のご協力、

複雑絵柄のご尽力……


言い尽くせない。

本当に、ありがとうございました。


===============

 

「できるわけないよ」もあった。けど、
「できるかもしれない」とも思えて進んでこれた。
それが、ようやく


「できた!」
 という事実と、
 

「“達成すること”ができた!!

と言う想いと。  


いろんな人が、いろんな気持ちをくれて。
 いや、いろんな気持ちを貸してくれて。  
預けてくれて。

そういうのが、いろいろ

本当に、いろいろで。


 まだ自分の中で、整理がつかない感じです。

でも、忘れることだけはないのです。


ご協力いただいた皆さん、応援してくれた皆さん。

一緒に、旗を作ってくれて。

応援してくれて。


本当にありがとうございました。


1人じゃ無理で。

でも1人じゃなかった。

すごくたくさんの人が出てきて。

助けてくれて。

イイ時間だったなって。


震災ボラだけど、

私の人生の中では、

すごくそう思う「一瞬」でした。





あー。もうだめね。

長らく文字を書いてないのでね、

まとめらんねーわ。



やっぱり下書きは必要だったみたい。

反省。

このままじゃ永遠に終わらないので。笑





それでは。




……あっ

そうだ、私が此処に来た流れ。

さらっと。



震災の前の年。4年前。オリンピックの年。

ちょいと日本語を忘れて。

文字の仕事をもっかいやりたいと思って。

ある一冊の本を読みました。


その青年は日本兵の隊長さん。

海軍航空隊でした。


詩も書いててね。

すごく綺麗な日本語で。

その彼の文字に惹かれて、

お墓にまで参った。

ら、

妹さん夫婦に会った。

(お墓で逢った人、第一号♪だそうで)


そこで仲良くして貰って、

いろんな話を聞かせて貰って。


「来年の春、お祭りをするから遊びにおいで」

と言われたのが震災の年でした。


だからなの。私が此処に来たのは。

妹さんが、お兄さんと一緒に遊んだ海。


ただそれだけ。


たったそれだけの理由で、

人間って動くんだなって。

自分でも結構、

今、思えば、驚く。


4年前、本を読んでなければ。

お墓に行かなければ。

妹さんに会わなければ。

私はボランティアなんかするような人間じゃないから。

宮城にも居ない。

磯浜にも、来ることはなかった。


でも、動いた理由は、

それだけだったんだよね。


「思い出の場所」だって。


今もある、日本が

「日本」として続いている「日本のために」戦って

太平洋に消えたお兄さん。


海って、繋がってるからさ。

きっと、見守ってくれてますよね?って。

見てくれてるよね、って。


そう思えてさ。


「護ってくれよ!!」

とお墓に文句を言いに行ったときもあった。

愚痴りに行ったり。

お礼を言いに行ったり。


(注:他人の家系のお墓です)





でもさ。

そういう理由で動いただけの私だけど

いろんな人がね、

一緒に応援してくれて。


すごく、チカラになりました。


本当に、

みなさんのおかげです。






どうか、みなさんにも

たくさんの幸福がありますように。

夢が叶いますように。


この浜で作った福来旗が、

みなさんにとっても、チカラになるよう。


たくさんの幸福を運んでくれる

宝船になるよう。


関わって応援してくれた皆さんを

いつまでもずっと、

遠くからでもずっとずっと。


力強く、優しく、

幸福へと導いてくれるような


大きな優しさで

護って、包み込んでくれるような。


そんな、

「福来旗」になりますように。





皆さんと一緒に、

たくさんの旗を作ることが出来ました。




本当に、

本当にありがとうございました!




*★**★**★**★**★**★**★**★**★*

宮城県山元町 磯浜漁港復「港」応援
【心声(ココへ)プロジェクト】

Dort und Hier.

(=YUKA TOSHIMA)

MAIL:kokoe-project@live.jp
BLOG:http://s.ameblo.jp/kokoe-project/

*★**★**★**★**★**★**★**★**★*


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テーマ:
6月22日。
磯浜で最後の新造船。

この日はたくさんの人。
親戚さんがたくさんの、栄宝丸さんの進水式です。




最後の進水式。
人も大勢で、賑やかな進水式でした。



梅雨時期だから、網ちょっと晴れててくれれば良かったんですけどね。




「おかえりー」
としているのは妙見丸さん。笑

小雨でした。


栄宝丸さんはなんだか癒し系な雰囲気を纏う漁師さん。
なんだかいつでもほんわかしてるような。
そんな漁師さんだと思ってます。



旗いっぱいの船。
人がたくさん乗った船。




本当に多くの、全国のいろんな人が応援してくれて
作ることが出来た、最後の旗。



此処に、
この日に。

無事に、素敵な旗を贈ることができました。




ご協力してくださた皆さん。
一緒に応援してくれた皆さん。

本当に有り難うございました。











======================
ここで。
なっかよーし3人組のおそろい旗比較。
並べるとわかりやすいでしょ!






こんな感じになってます。
最後は、やっぱりこだわってしまった愛媛の松山。

荒瀬染物店さん。
船のことも旗のことも知らないヤツの複雑な注文に
最後の最後も、付き合ってくださいました。



本当に、ありがとうございます。
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テーマ:
5月24日。
磯浜の船主会長である、第十一水神丸さんの進水式でした。


船主会長にはさ。
本当に、色々とお世話になったんだ。

今でも思うんだ。
たぶんだけどね。


「この人」が。
あの日、あの時。

「その一言」を言ってくれなかったら。


私はきっと、
もうすでに此処にはいませんでした。


きっとね。

それは2012年の、2月の出来事。
2月14日の、大安の日の出来事でした。

磯浜の漁師さんって本っっっっっ当にね
テレビとか。新聞とかメディアとかがキライで。


でもね。
このブログをずっと見てくれてる人はわかるかもしれないけど
その日。2月14日は
私が【心声プロジェクト】として。
いろんな人たちの応援と、協力を
カタチに出来て。

それを、やっとね。
初めての旗を
【第一山元丸】さんに「福来旗」として
贈ることができた日だったんだ。



港でお知り合いになれた広報山元のIサンにもお願いして。
その頃、山下で
すごく親身になってくれた読売の記者さんにも出会えて。

メディアがキライだって言うことは、知っていたんですけどね。
私はどーーーーーーーーーーーーしても。

「旗を贈りました!!」

っていう、その事実の出来事を
町の人に、遠くの人に、ネットを見れない人に
知って欲しかったのです。




でもねー。
やっぱり漁師さんは漁師さんでカメラとかキライでね。

集まってても、カメラ向けるとアッチ向く。
談笑してても、カメラ近づくと散る。

っていう状況。


まだ、震災の間もない頃の話。
まだ、1年もたってなくて
港には何もなくて。

壊れた建物の鉄骨やコンクリート。
剥き出しになった鉄線。
地割れしたままの、岸壁。

そんな状況で、ようやく秋鮭漁にこぎつけて。

2月になって、
火のない場所で手がガチガチに鳴りながら仕事して。

今は港に自販機があるけど、
その頃は電気も水もなかったから。
休憩なんかは、みんながプレハブにぎゅうぎゅう。


そんなときだったのです。
カメラが嫌で逃げる漁師さんたち。

あーやっぱりかあ。
そう思ってさ。
嫌な想いさせてるよな……って思って。


でも、そんなときだったのです。




「おう、みんな。あづまれ」





船主会長の、そのたった一言のコトバ。



それでみんなが集まってくれて。
広報に載せてもらえて。
読売の記者さんが何度も書き直した原稿を見せてくれて、
無事に、良く15日に記事にしてもらえて。


あの日、あの時。
たった一言の、そのコトバ。


それがあったから。
それがなかったら。


今でもふと、そう思って。


それを、忘れたことはないのです。





「おめーが来るうちは、毎日お菓子買ってきてやる」

そう言って毎日毎日。
甘いお菓子とか。
おにぎりとか。

毎日、くれたのです。


だからすごく、本当に、返せない恩がある人。
すごく、良くしてくれた人でした。



だから、ホントに感謝してて。
初めて、自分の名前で
【心声プロジェクト】ではない自分の名前で
塩釜で稼ぎのお金で、
ノボリを作って貰ったんだ。
(撮影協力:山元支所長)




ノボリも、太陽が上から照らしてるデザイン。
ほまれ屋さんのSさんに、またまた面倒を言い。
素敵なノボリを贈ってくれました。
ほまれ屋さんのSさん、職人さん、
ありがとうございました!

すっごいすてきに包装してくれたけど、
この通り、写真撮ってみましたYo!
(あんまり見えないけど)



皆さんの応援で作って貰った【心声プロジェクト】の旗はこちら。


定置網漁を専門としてるから。
やっぱり、なんとなく、
秋鮭を入れて貰った。

荒瀬さん、ありがとうございます。


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