ここだけのはなし

大阪府吹田市でフリースクールここという不登校の子どもたちの居場所を運営する団体です!イベントの感想や普段の想いなどをブログにしています(^^♪


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91日に自死する18歳以下の子どもが年間を通して1番多いという統計が発表されたのを受け、「ここ」で何かできることはないかと考えました。
その結果、不登校を経験し乗り越えたたくさんの「ここ」の仲間の協力の元、その経験と当時の想い、現状などをブログに綴り91日まで発信しようということになりました。
第一回目は言い出しっぺの三科です。
皆にお願いしておいて自分が逃げるわけにはいかないので、学校に対する想いを遠い記憶をほじくり出してお話しさせていただきたいと思います。


後々別の日にブログに登場してくれる「ここ」の皆はほとんどが小学校時代から学校がイヤでたまらなかったという人が多い中、僕は幸せな小学校時代を送れていたように思います。

10
歳までは京都の宇治市という所で育ちました。
団地に住んでいた僕は、学校と学童が終わると同時に家に帰りリュックサックを置き、同じ団地に住む友達の家にすぐ遊びに行ける学校生活がとても好きでした。
夜まで裸で寝ているお姉ちゃんがいる友達の家で真っ暗な中静かにファミコンをしたり、友達のヤンキーのお兄ちゃんにいっぱい悪さを教えてもらったり、小遣い稼ぎに下水が流れる地下に潜り込み何故かいつもお金が落ちている場所にわくわくしながらいったり。
その時はとくに何も思いませんでしたが皆貧乏だったんでしょう()
色んな家庭の事情があって色んな人がいるよくわからないけどおもしろい団地で10歳まで過ごしました。


小学4年の時に京都の山奥に引っ越してからも学校生活は最高でした。今でも5,6年生の担任だった先生をとても尊敬しているし、その時の教えが今の自分を作ったと思えるくらい毎日が楽しくて仕方がありませんでした。

僕が学校を嫌いになったのはその天国のような小学校を卒業した中学時代。
もう少しでこの小学校ともお別れという時に、中学生が10人くらいで僕の小学校に来て「あいつが三科や!」と言っていたのを覚えています。何かイヤな予感がしました。

中学に入るとその先輩たちを中心に嫌がらせを受けました。
後になってその先輩の1人に何故嫌がらせをしたのか聞くと「お前はとにかく目立っていた。敬語も使わないし生意気だった」と言われました。敬語喋ってたと思うんですけどね()
まぁとにかく生意気だったんでしょう。

サッカー部の練習中には体が吹っ飛ぶくらい蹴られ、パスは来ず、廊下ですれ違うと後ろから蹴られ、中庭を歩けば窓から唾を吐かれ、渋々登校すれば上靴がない。
口数は減り小学時代の僕を知る同級生からは「なんでそんな暗くなったん?」とよく言われました。
誰にも相談できず成人してからそのことを同級生に話すと、「なんでゆうてくれへんかったんや!」とも言われました。相談できるわけないですよね、言った所でよくなることは何もないと思っていましたから。

で、その日々をどうしたかというととりあえず靴がなくなるのは親や先生にバレそうなのでそれに関しては隠したと思われるやつの上靴を盗み返していましたI
とにかくよく無くなるので明日はあいつのんパクろうとか考えて下校してました()
犯人じゃなかったらごめんなさい
m(_ _)m

後はとにかくサッカーの練習をして忘れる。やり過ぎて貧血になって大変でした
I

あ、それと何と言っても恋愛です(
)
女子だなんだと友達と騒いでいると時間はあっという間に過ぎました。

嫌がらせから逃げれる道があったのはとてもラッキーだったと思います。
全然モテませんでしたがI

中学時代に今後を決定づける出来事もありました。僕が学校というモノを警戒するようになった時もこの時です。

夏休みが終わり夏服から冬服に移行する日、始業式に遅れて出席しようとした時、まだ暑いなと思ったので学ランを着ずに教室に置いてきました。

すると体育館に入ろうとしたところで先生に止められ、「お前学ランをなぜ着ない!」と言われ「暑いんで」というと、「今日から衣替えだ!見ろ、お前以外は全員冬服だぞ!」と言われ先輩方にまた目をつけられることになりました。

もうひとつ、サッカーの試合の時にスポーツドリンクは校則違反だと顧問から言われ、「クラブ活動中に飲むスポーツドリンクと下校時に買い食いをするのと同じ扱いはおかしい!サッカーは特に激しいスポーツ、水分補給という点でもスポーツドリンクはお茶の6倍の効果があるというデータもでている!」と説明すると「じゃあお茶6倍飲めばいいじゃん」と言われました。

あほなん?こいつら。

どうやら学校という場所はレイガイを認めない、そこで平和に暮らすには先生も生徒もレイガイを弾くことに労力を割かなければいけない、レイガイはどんな小さいレイガイも許さない、そんな場所だと思いました。

皆おかしいと思っていても先生に守れと言われればそれに従う。

僕はこのガッコウというところで、違和感を感じることのできる自分を絶対に守らなければいけないと心に誓いました。

いずれそんな違和すらも感じない大人になることだけは避けなければいけないと思い、同級生や先輩・後輩も含めて反面教師像を一人ずつ自分の心にくさびを打つように刻み込みました。

今でもその気持ちは変わりません。

自分はこうありたい、こうしたいという自分自身から目をそらし、元ある感覚に蓋をして考えることをやめる。そして他人に求められるままに与えられたことをこなしながら生きていく。

そんな自分自身に誠実でない生き方をするほうが、ガッコウやシャカイでは認められるのか。

悔しくて悔しくてたまりませんでした。

それは大人になってから僕と同じように不登校を含むレイガイとなって苦しむ子どもに出逢っても気持ちは変わりませんでした。

こいつらがどんな形であれ損をすることは許せない。

最初はそんな怒りから今の活動を始めたように思います。


あ、イライラしてくるので話しを戻します(笑)


高校に入るともっぱらサッカーでした。
中学の時に嫌がらせをしてきた先輩も高校に行くとおんなじように嫌がらせを受けていたということを知りかわいそうと思いました。
ウソです、ざまあみろと思いました()

その頃は先輩との付き合いも慣れたのか尊敬する人もできました。

サッカーをするためだけに学校に行っていました。
ただ、群れ社会というか輪を乱す行為をすればすぐに嫌がらせを受けるという特徴は中学と大差はありませんでした。
たまにムシャクシャしてどうすることもできず友達や先生に当たったり、誰もいない教室で机を全部投げ飛ばしたりもしました。
後から黙ってひっくり返った机を全部元に戻してくれる友達がいたり、親身になって学校から出て車の中で話しを聞いてくれる先生もいました。
本当に迷惑をかけたしありがたいと思います。

中学時代から、嫌がらせをしたりいつも人の悪口を言ったり、こいつらホンマ最低やなっていうやつらばっかりではなく、こんな自分の存在を受け止めてくれる人も少なからずいるということでなんとか中学・高校を卒業することができました。

僕が受けてきた嫌がらせなんて「ここ」のやつらが経験してきたことからしたら何ともないことでしょう。
この世は本当に生きにくいです。魑魅魍魎です。地獄なんて日常に転がっています。
ただそれらをひっくり返せる出逢いや出来事もすぐ横に転がってたりもします。

幸いにも僕は「サッカー・友達(先生)・恋愛」で学校生活を乗り越えることができたと思っています。
なので今でも不登校の子には、何か打ち込めるもの・仲間や周りの大人・恋はゴリ推ししてしまいます、すいません()

要するに僕は嫌だった中学・高校時代はひたすら逃げて過ごしました。

サッカー選手になれないことは薄々感じていましたが、それでもプロになりたいと言って自分を騙してサッカーに逃げていました。
使いたくない敬語を使って先輩に媚びたりもしました。
叶いもしない恋をして逃げました。


そんな自分自身を今となっては笑って「そんな生き方でもOKでしょ!」と認めることができます。

生きているからです。

僕なりに生き抜くことができたからです。

生きてるだけですごいんです。ほんとです。


なんかようわからんけど笑って話せる日を迎えれたおっさんもおるんやなーくらいに思ってもらえれば嬉しいです。



ではまた27日にブログを更新します。
次からは「ここ」の大切な仲間が過去を振り返り今の想いを綴ってくれます。

よければ見てください。


NPO
法人ここ
三科元明


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