リテラは、左系です。ちなみに、このリテラが選んだリ「論客ワースト10」が面白いです。逆に「論客ベスト10」を発表してほしいほどですよ。リテラのホームページは立派で、情報も豊富です。ただし、内容は、反政権あるいは反権力と様々なスキャンダルの宝庫みたいに感じます。

 ある記事の中で「セクハラと声を上げることは魔女狩りだ。女性はセクハラと騒ぐのはもうやめよう。」と杉田水脈議員が言っていると批判しています。彼女の論旨は、”ある種の意図((裏事情)があることを隠してパフォーマンスを行っていることが、本当の目的を蔑ろにしているのではないのか? それゆえにパフォーマンスの対象は生贄にちかいものだ”と思います。”セクハラと声を上げること”がダメだとは言っていないのです。それを“魔女狩り”と引っ付けて悪者に仕立てあげているのです。

 以下は私の意見で和田議員の意見ではありませんので。

この和田議員の指摘は、有名人の記事として閲覧する人が多くなる。その記事で自己の都合よい思想信条を紹介するという手法だと言う事だろう。

 この記事の最後に近い部分で「羽生選手に向かって日の丸をふる多数の参加者がメディアに映し出されることで、スポーツ選手の個性や考え方などおかまいなしに、こうしたグロテスクな光景が当たり前のようになってしまうことだ」と言っている。記者は上手くまとめたつもりなのだろうか。『羽生選手に向かって日の丸をふる多数の参加者』が『グロテスクな光景』と言っている。しかも、『スポーツ選手の個性や考え方などおかまいなし』と間に挟むことで”羽生氏たちが如何にもそう思っているかも”と印象付けている。

 この表現は、朝日新聞に近いタイプだろう。その上に日本会議が極右とか和田議員を貶めることを書き込んでいる。

 『日の丸掲揚という復古的ナショナリズムそのものの運動に繋げていること自体、かなり無理があるとしか言いようがないだろう。』という論も前後を読むと無理があるようだが。

【慰安婦報道をめぐる裁判の控訴審判決の記事を掲載しました】からの極めて一部部分だけ引用しました。

全文はhttps://www.asahi.com/articles/ASL2R5CMTL2RUTIL03K.htmlにて確認して下さい。

 

 

2015年1月提訴
・記事は旧日本軍や政府に対する報道や論評。原告に対する名誉毀損には当たらない

・報道機関に真実の報道を求める権利があるとか、報道機関が訂正義務を負うと解することはできない
・知る権利を根拠に誤った報道の訂正を求める権利を有するとは解されない

 

 原告側主張の主張は、朝日新聞の虚報記事で日本及び日本国民の国際的評価は低下、国民的人格権・名誉権は著しく毀損された。という内容だ。これは、『旧日本軍や政府に対する報道や論評』だから“日本及び日本国民”とは関係がないということだろう。

 虚偽報道については、『真実の報道を求める権利』が無いということなの? だから朝日新聞は事実を書かなくても良いということで好き勝手に書けるし、英語版での慰安婦問題の訂正をしないのは、『訂正を求める権利』が無いから? と勘繰ってしまう。

 

 

15年2月提訴
・新聞社の報道内容は、表現の自由の保障のもと、新聞社の自律的判断にゆだねられている
・一般国民の知る権利の侵害を理由にした損害賠償請求は、たやすく認められない
・記事への疑義を検証し報道することは倫理規範となり得るが、これを怠ると違法行為というには無理がある

 

原告側主張は、吉田証言に疑義が生じていたのに、朝日は報道内容の正確性を検証する義務を怠り、読者や国民の『知る権利』を侵害した

 とくに“報道内容の正確性”は『表現の自由の保障のもと、新聞社の自律的判断』によるもので新聞社の恣意的な行為は“自律的判断”であるなら可能ということだろう。 まあ、知る権利の侵害での“損害賠償請求”は一般国民が制限された当然。ただし、どのような条件が分からないが条件が合うなら、この手の“損害賠償請求”も可能ということ。

『疑義を検証し報道すること』は倫理規範の内でのことであるから、これを怠っても良いことだ。

もっとも、判決は、日本人の持つ【性善説】が基盤になっているとは思う。

 

 要するに朝日の記事は、日本と日本国民は、言論機関(朝日新聞)に対して真実の報道を求める権利は無く、真実の報道内容でなくても報道機関に訂正を求められない。報道機関が設ける倫理規範の内なら、およそのことが可能となる。

 もしも、性善説がゆえに新聞で「こう書いてあったから本当のことだ」と信じる人たちを“意図的に”騙すことは可能とということだろう。

 

 

 

 Twitterでは字数制限で書けないので、ブログで書くことにしました。参考までに私は足立議員の選挙区出身です。

 

 維新の足立議員は、良い意味で尋常でない人物だと思っている。多くの政治家が触れたくないし触れない所に切り込んでいく。いわゆる『闇』の部分である。『闇』については、触れたくない人たちが多い。それに触れようとすると大きな圧力がかかることが多い。大きな圧力に対抗することが出来るのが足立議員だろう。

 

 ただ、足立議員は国会を弄りすぎている。足立氏としては、国会に、国政に興味を持ってくれる人たちを増やしたいと思っているようだ。そういうすることで足立議員の考え方、あるいは維新の政策に興味を持ってくれれば良いと思っていると考えられる。因みに国会を弄ることは、バカにしていることとイコールではない。野党議員の多くは弄りまくっている。つまり国会進行の手法である。プラカードも持って騒ぐのも弄る一つなのだ。少なくとも退場や懲罰にならない限りにおいてだが。【ここでいう『弄る』とは自己の思うままに手を加えたり、操作したりすること】

 野党国会議員の質は、近年低下しているように思う。もっとも、これは新聞しか無かった時代で、良きにつけ悪しきにつけ政治家は雲の上の存在と思っていた。『末は大臣か博士か』の時代が故だとおもう。ともかく民意で選ばれた議員であることを自覚して欲しい。民意が足立議員を是としたから予算委員会で質問できるのだ。共産党、立民、希望など公に認められた政党。つまり維新と同じ政党なのだから、ある程度の尊重しても良いと思う。維新が国政で生き残れるか否かは足立議員にかかっていると思うのは私だけだろうか

ともかく、足立議員は国会では稀有な存在なのは事実だろう。

 

 

以下に足立議員の発言の補足を記載しておきます。

  足立氏は正しいことを言ってると思う。とりあえずは辻元議員は関係ないとして野田中央公園問題を政府に問うべきだろう。足立議員の以前の国会質問のように豊中市を介しているのでややこしいと思うが、要するに、土地の価格(価値)を下げないで売り抜ける必要が売り手(国)側にあった事実を明確にできれば良いと思う。

 

野田中央公園問題については須田慎一郎氏(参考ブログ→http://dametv2.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-61d8.html)とか和田議員(本人ブログ)https://ameblo.jp/wada-masamune/entry-12261170927.html

が言っている。それでも、大手マスメディアでは辻元議員は疑惑としてとりあげられない。実際、辻元議員『個人の疑惑』ではない可能性も多少はある。辻元議員の反証はhttp://www.kiyomi.gr.jp/blog/13841/で確認できる。ともかく この問題がメディアで扱われることがない。それはそれなりに問題であることは事実。マスコミが忖度をしていると松井大阪府知事が言っているのも事実。

(知事会見https://youtu.be/MleDbmHKmyc

獣医師会関係の献金は事実であることを関係者が認めているので書きません。