STAP細胞問題渦中で理研 笹井氏が死亡 - 研究者を追い詰める熾烈な研究費獲得競争の改善が必要 | すくらむ

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 「理研の笹井芳樹氏が自殺 先端医療センター関連施設内」(朝日新聞サイト 2014年8月5日11時25分配信)

 ――数多くある研究不正の結末にこうした不幸も起こっていることは、榎木英介さんつくばでやっていただいた講演で知りましたが、STAP細胞問題でも同様のことが起こってしまいました。


榎木さん


 上図は、榎木英介さんが講演でつかわれたパワポの1枚ですが、「激烈な競争」による「精神的重圧」が大きな背景にあるといえるのかもしれません。


競争


 上のグラフも榎木さんが講演の中で紹介されたもので、「日独における競争的資金の分配」(科学技術・学術政策研究所)です。このグラフについて、榎木さんは講演の中で次のように説明しています。


 このグラフはトップに分配された競争的資金を基準にその下の順位にどれだけ競争的資金が分配されるかを示しています。ドイツは1位と2位にあまり差が無かったり、11位ぐらいでも1位の半分ぐらいは競争的資金が分配されているというように、ゆるやかなカーブを描いています。ところが日本は、10位ぐらいでも1位の10分の1程度しか競争的資金が分配されません。日本は極端にトップにだけ競争的資金を分配していることがこのグラフから分かるわけです。ドイツよりはるかに日本は「選択と集中」が激しいことを示しています。研究費がトップダウンで重点分野に集中しているのです。【2014年6月20日、サイエンス・サポート・アソシエーション代表 榎木英介さん談、文責=井上伸】


 榎木さんは講演の中で、日本は「選択と集中」が激しく競争的な研究環境にあり、競争的な研究環境が強まるとともに、研究不正の発生件数も増えている傾向があることや、競争が強まっても日本の論文数が減っていることなどを指摘していました。


 先日放送されたNHKスペシャル「調査報告 STAP細胞 不正の深層」の中でも「熾烈な研究費獲得競争の中で、理研が“スター科学者”を早急に生み出すために論文をほとんどチェックせずに世に送り出した実態」などが告発されていました。その渦中に笹井氏がいたことと、この研究不正の発覚によって、今まで笹井氏がやってきたことも瓦解するのではないかというような指摘もありました。

 以前のエントリーで、「STAP細胞問題の背景にある『短期的な成果主義』『追い詰められている研究者』:研究者1千人アンケート」や、「<STAP細胞問題>研究費の熾烈な獲得競争へ追い詰める構造が論文捏造など不正行為を蔓延させる」で紹介していますが、再度、池内了名古屋大学名誉教授の指摘を最後に紹介します。



 研究費の熾烈な獲得競争が
 論文捏造など不正行為の背景にある


 研究における不正行為はなぜ起こるのでしょうか。実験データを捏造してもいつかそれがあばかれるであろうことは当の研究者も知っているはずです。それなのに論文捏造が起こってしまうのですから、これは構造上の問題ともいえるでしょう。

 国立研究機関でも国立大学法人でも研究費の獲得競争が熾烈になっていることが、こうした論文捏造の大きな背景にあります。

 この間、国立研究機関の多くが独立行政法人化され(※理化学研究所も独立行政法人化されています)、国立大学も国立大学法人化されました。そして、それぞれの主要な財源である運営費交付金が毎年削減され、基盤的な研究費も削られ続けていて、研究者も追い詰められているという状況があるのです。

 研究者は、研究費がなければ、研究はできませんし、論文を書くこともできません。論文を書くことができなければ、研究費を獲得することもできません。とりわけ、競争的資金と呼ばれる公募型の研究資金を獲得するためには、他の研究者との相対的な比較の中で、少しでも目立たなければなりませんし、論文を多く出版する必要があるのです。

 研究者の世界の言葉に、「publish or perish(論文を出版せよ、でなければ破滅)」というのがあります。何が何でも論文を出版しなければ、研究者としては死を意味するということです。そうすると、論文を発表できなくて追い詰められた研究者は、論文捏造に走ってしまいかねないわけです。

 一般に論文捏造が行われるのは医学や生物学の分野に多くなっています。もともと人体や生物には多様性があることが特徴で、反応も個体によって異なる場合があり、そのような実験結果が出たと言われれば簡単には否定できないからです。さらに、微妙な実験が増えてデータや画像を見ただけでは不正が見破れなくなったことも一因としてあります。

 それから、教授のような身分が安定した研究者が論文捏造に直接手を出すのではなく、研究者として岐路に立っている人が不正行為に手を出すケースが多いということも特徴です。

 教授が直接不正行為を行わないのだけれど、その研究室のポスドクや助教、大学院生がデータの捏造を行うというケースがあります。教授は研究現場には顔を出さず実験をポスドクなど若手研究者に任せきりにして、早くデータを出せと迫るばかりなので、実験を任せられた若手研究者は思い通りのデータが出ないと追い詰められた気分になり、教授の覚えは将来の身分にも関係するから、つい不正行為に手を出してしまうという構造上の問題もあります。そうして出されたデータを十分にチェックすることなく、教授は教授で「publish or perish(論文を出版せよ、でなければ破滅)」と、論文にしてしまう、という構図にもなっているわけです。

 また、研究室の教授から若手研究者が直接頼まれなくても、その研究室のヒエラルキーの中でトップの意向や圧力を感じて不正に走ることもあります。せっかく、トップが研究費を取ってきたのだから、とにかく何が何でも結果を出さなければと考えるわけです。

 こうして研究費の獲得競争などの構造上の問題によって、じっくり時間をかけて論文を書くという風潮が失われると同時に、論文捏造などの不正行為も蔓延するようになっているのです。

[2010年6月17日、池内了名古屋大学名誉教授談、文責=井上伸