日弁連の「日本年金機構の職員採用に関する意見」 | すくらむ

すくらむ

国家公務員一般労働組合(国公一般)の仲間のブログ★国公一般は正規でも非正規でも、ひとりでも入れるユニオンです。

 ※昨日のエントリー「社保庁解体まであと半年 - 問題山積、どうなる年金制度」 の中で、日本弁護士連合会(日弁連)が、社保庁の職員が日本年金機構に採用されないことは、「重大な身分上の不利益」、被処分者の不採用は「実質的に二重の不利益処分を課すもの」と指摘したことを紹介していますが、日弁連の「意見」そのものを紹介していませんでしたので掲載します。


 日本年金機構の職員採用に関する意見
                     平成20年12月19日
                       日本弁護士連合会


 第1 意見の趣旨


 日本年金機構への職員採用に当たっては、過去一度でも懲戒処分を受けた者は一律に不採用・分限免職とする閣議決定は、わが国の労働法制や国家公務員法に抵触する疑いがあるので、法令に適合し、かつ合理的な人選基準を設定するよう、採用基準の見直しを求める。


 第2 意見の理由


 1 当連合会は、平成20年7月29日付閣議決定「日本年金機構の当面の業務運営に関する基本計画」(以下「基本計画」という。)の「Ⅳ 職員採用についての基本的考え方」(以下「基本的考え方」という。)に関して、次の通り意見を述べる。


 2 「基本的考え方」は、「機構に採用される職員は、公的年金業務を正確かつ効率的に遂行し、法令等の規定を遵守し、改革意欲と能力を持つ者のみとする」としつつ、厚生労働大臣が任命する設立委員会が、学識経験者によって構成される職員採用審査会の意見を聴いて厳正な採用審査の上で職員の採否の判断をする、としている。そして他方で、「国民の公的年金業務に対する信頼回復の観点から、懲戒処分を受けた者は機構の正規職員及び有期雇用職員には採用されない」として、過去一度でも懲戒処分を受けた職員は、処分の理由やその内容・程度の如何に関わらず一律不採用にするとの絶対的基準を設けている。また基本計画の参考資料によれば、日本年金機構に不採用となった社会保険庁の職員は、厚生労働省等への配置転換の対象となる者や勧奨退職となる者を除き分限免職対象となる、としている。


 しかし、かかる画一的基準によって社会保険庁職員の意に反してその雇用上の地位を一方的に喪失させることは、我が国の労働法制・国家公務員法上重大な疑義があり、法治主義の観点からも慎重に検討されるべきである。


 3 我が国の労働法制では、客観的合理的な理由と社会通念上の相当性がなければ、労働者の意に反してその職を失わせることは許されない(この解雇ルールは、労働基準法第18条の2に規定されていたが、平成20年3月1日の労働契約法の施行により労働契約法第16条に移された)。これは、生存権保障を定める日本国憲法第25条及び勤労権等の保障を定める同法27条の理念から要請される法理でもある。


 また、国家公務員については、争議行為が全面禁止されている一方で、法によって強い身分保障が規定されている(国家公務員法第75条)。先ず、職員の分限や懲戒等について公正性を確保することが求められるとともに(同法74条)、本人の意に反する降任や免職が許されるのは、①「勤務成績が良くない場合」、②「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪え得ない場合」、③「その他官職に必要な適格性を欠く場合」、④「官制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合」のみに限定されている(同法78条)。


 ところで、日本年金機構は社会保険庁の事業を承継する承継法人であり、事業承継に伴う職員の確保について採用方式をとるとしても、それは純粋な新規採用ではありえない。従って、日本年金機構へ採用を希望する社会保険庁の職員が、その意に反して採用されないことは、重大な身分上の不利益であるばかりか、不採用になった職員の殆どを分限免職するとの国会答弁に照らすと、実質的な分限免職(解雇)に相当する。


 以上からすると、日本年金機構の採用基準は、解雇法理である客観的合理性及び社会通念上の相当性の要件を充たすとともに、法定事由該当性、平等取り扱いの原則(同法27条)及び均衡の原則(事実と処分内容との均衡、二重処分の禁止)など、処分の公正性を担保するものでなければならず、これは法治主義からの当然の帰結となる。


 4 ところが「基本的考え方」の上記基準は、過去一度でも懲戒処分を受けておれば、その処分の基礎となった事実の性質・態様や被処分者の勤務歴などの一切を考慮することなく、一律に不採用・分限免職とするものであるから、上記労働法制・国家公務員法が求めている規範的要請を無視するものである。また、同一の非違行為を理由とする二重処分に該当し、実質的に二重の不利益処分を課すものといえ、違法無効の疑いが濃厚であるばかりか、ひいては法治主義の原則にも背馳するものと危惧せざるを得ない。


 報道等によれば、日本年金機構に採用を希望する職員のうち、過去に懲戒処分を受けた者が約900人であるところ、処分理由で一番多いのが「業務目的外閲覧」で、次いで「国民年金にかかる不適正な事務処理」となっており、中にはスピード違反等の軽微な交通法規違反で戒告処分を受けた者も少なからず含まれている、といわれている。「業務目的外閲覧」ひとつ取ってみても、同行為の禁止規定が設けられた平成16年5月以前の行為も処分の対象とされていること、当時は端末操作に必要な磁気カードが職員毎に管理されていなかったこと、その頃まで日常的に行われてきた新規採用者の研修目的による著名人の閲覧等も処分されていることなど、懲戒処分自体にも疑義があるばかりか、被処分者を全て新組織の不適格者と短絡させるには相当な無理があることは明らかである。


 また、被処分者を不採用・分限免職としつつ、他方で1000名の職員を新規採用するとされているが、法的にはこのような場合、現職員に対する人員削減の必要性、分限免職回避努力、人選基準の合理性などを充たすことが求められており、上記基準によって一律に不採用・分限免職とすることは疑問である。


 5 この間顕在化した社会保険庁の問題は、個々の現場職員の資質等に帰因するというより、年金記録問題検証委員会報告の通り、組織ガバナンスやコンプライアンス意識の欠如に主因があり、かかる状況を長年放置してきた政府等もその管理責任を免れない。社会的連帯に基づく社会保障制度を維持していくために、ILOや先進国政府では、この「社会保障ガバナンスの確立」を重視している。従って今次社会保険庁改革においても、社会的風潮に左右されるのではなく、かかる理念を着実に実現させ国民の信頼回復を期することを急ぐべきであろう。


 以上の理由から、将来に禍根を残さないためにも、労働法制や国家公務員法に抵触する疑いのある上記基準は直ちに見直し、法令に適合しかつ合理的な人選基準を設定するよう求めるものである。