2010-01-16
数字で見る大相撲6~魁皇が偉大な記録…じゃなくて板井な記録達成!!と言おうとして失敗した件1~
テーマ:相撲コラム
魁皇が808勝という事で、八百と書いてヤオと読むとか何とか言っておりますが皆様如何お過ごしでしょうか。
相変わらず、本場所が始まると、
「大関 互助会」
での検索が当ブログの筆頭に上がって来る毎度の現象の具合を是非相撲協会の皆様…じゃなくて魁皇と友綱に見て貰いたい今日この頃なのであります。
先場所千秋楽の藤井・北の富士・舞の海の三馬鹿にあてられて、もう土俵の上はどうでも良い感じなので、本場所は取り敢えず置いといて、また相撲レファレンスで遊んでました。
だってデータ見てる方がデブの乳繰り合い見てるより余程面白いんだモン。
大体さぁ、スポーツって、競技そのものを見て惹かれて、それで新規競技者が出てくるという新陳代謝システムで成り立ってるワケですよ。
それを、子供を相撲に取り込む目的の為に、セキトリ君なるキャラクターを作って前面に押し出す相撲協会ってどうよ、というワケです。
最早、土俵の上で行われている事で新規顧客の開拓をする、という方向性を完全に放棄しているじゃないか、とこうなるワケですな。
じゃあ相撲協会なんかやめて、アニメ製作会社になっちゃえば良いじゃんと、こうなるワケです。
相撲協会すら向上させる事に関して匙を投げた、土俵上の露出プレイなんか誰が見るかっつーの、とかマジで思うんだけど、それでも気になるのよね、悲しいサガです。
話がそれました。
本題に入ります。
【7敗して以降の力士の成績や如何!?】
コレです問題は。
以前に書いた記事の通り、
「魁皇は7敗して以降の成績が極端に良い」
という事実があるワケですけれど(っていうかまぁ1敗というのは綱取の場所にガチガチになって星勘定が苦しくなって千秋楽朝青龍に負けて負け越した奴だけなので、実質全勝)、アレは2008年九州場所終了時点での話し。
その後、2009年シーズンに2連勝達成で、最早無敵の7敗以降10連勝という快挙を達成しているワケですよ、奥様。
これはきっと史上初に違いない、史上最多に違いない、綱取の場所は5連敗だけど7敗以降は10連勝だなんて何て勝負強いんだ、流石力士の鏡、日本人の手本、相撲道は武士道だとまぁ後半は完全に棒読みですけど、まぁこの実績がどれだけ突出したモノなのかについて、調べてみたい、是非、「史上初」とか「史上最多」とか言う枕を堂々と付けたい、というこの願いっ!!
まぁ調べなくても、
「7敗してからは絶対に負けない」
なんていう実に不自然な実績を残しているのは魁皇だけだ、くらいの事は確率的に見て完全に想定内なんですけどね。
だって、大関の分際で7敗を喫するという事は、その場所の勝率は7敗した時点で5割以下なワケですよ。
14日目に7-7で50%、13日目に6-7なら46%、12日目に5-7なら38%という按配でね。
上記の例なら、10回経験があったら、5勝5敗~4勝6敗くらいになっているでしょうよ、と、こうなる。
仮に、14日目に7敗目を喫して、千秋楽に勝ち越しを賭ける場所が10回続いたとしましょう。
単純に、その場所の勝率が5割の千秋楽を10回戦うワケですから、こういう状況で10連勝するとなると、0.5の10乗、大体0.1%位しか起こらないワケ。
つまり、ある力士が14日目に7敗目を喫して千秋楽に勝ち越しを賭けるというオマエは高見盛か的な場所を10回連続で経験し、10場所連続で勝ち越すというのは、1,000回に1回しか起こらんぞという事です。
普通に考えてね。
まぁ魁皇の場合、14日目までに7敗を喫して、千秋楽に勝ち越したケースというのは5回なんですけれども。
魁皇の「7敗10連勝」の相手の、魁皇と対戦した時点での勝率は合計56.74%、魁皇から見た対戦成績は平均44.75%。
実際にはこの間の魁皇は12日目で7敗を喫する事2回、13日目が1回、14日目が2回という事ですから、魁皇側の場所中の勝率から計算すると、0.05%しか達成出来る確率が無いという事になる。
ここで問題になるのは、「連相撲(つらずもう)」という奴で、連勝癖・連敗癖のある力士の存在。
7連敗してから8連勝とか、その逆とか、水戸泉みたいに、優勝した翌場所にボロ負けしたりというね。
素直に、確率通りの勝敗にはならないワケなんですけど(笑)、それは「その場所の中では」という事です、あくまで。
複数の場所、魁皇みたいに数年に渡って、という事ではなくて、あくまでその場所中の調子の良し悪し、という事ですから、ここで論じる確率の話とは一線を画します。
ちなみに、「年6場所制」と「部屋別総当り制」というのが現行のルールなんですが、これが施行されて以降に昇進した横綱は20人、大関は24人です。
横綱になるには大関にならなければなりませんから、大関に昇進した者が44人居る中で、約50%の20人が横綱になりましたよ、という事になる(正確には、佐田の山の大関昇進は両ルール施行前)。
大関にさえなってしまえば、50%の確率で当たる横綱クジは5回引いて1度も当たらなかった魁皇が、0.05%のミクロの穴を突く勝負強さを発揮しているこの偉大さを褒めよ称えよという事なんですけど私の計算間違っていたら指摘して下さい、文系なモンで確率の考え方とか間違ってるかも知れません。
【14日目までに7敗を喫した力士の勝ち越し率】
まぁそういうワケでこの7敗事情を詳しく探って行きたいワケですな。
調べていく上でのルールを列挙します。
・「年6場所制」と「部屋別総当り制」が施行された1965年1月場所~2008年11月場所終了までのデータを使用。但し、魁皇の数字のみ、2009年11月場所終了時のデータを挙げる事がある。
・途中休場及び場所中の引退がある場合は集計しない。但し、不戦勝、不戦敗は計算に含む。千秋楽不戦敗の場合は集計する。
・最終成績が8勝7敗の場所の内、千秋楽に負けて7敗になった場所は集計しない(当たり前だけど為念)。
・データは相撲レファレンスより引用。
・文中で番付による区分けをする場合、最高位による区分けをする。つまり、「横綱の成績」と言ったら、最高位横綱の力士の、平幕・三役・大関・横綱の成績の合計だし、「平幕の成績」といえば最高位平幕の力士の、平幕の成績である。
・「4連勝で2場所連続勝ち越し」というような表記の意味は、例えば1979年初場所7敗後1勝して勝ち越し、1979年3月場所クンロク、1979年5月場所7敗後3連勝で勝ち越し、1979年7月場所6勝9敗というような場合に使う。
14日目までに7敗した場所だけをカウントすると、この場合1月と5月。
3月は6敗ですからノーカウントなワケです。
すると、1月も5月も勝ち越してますから、2場所連続という事になるし、7敗して以後は1月1勝、5月3勝の計4連勝なワケです。
1979年7月がクンロク、9月7敗後3連勝で勝ち越し、11月10勝、1980年初場所7敗後1勝して勝ち越し、3月負け越しという場合は「7連勝で4場所連続勝ち越し」となる。
大体こんな所でしょうか。
まず、14日目までに7敗を喫した力士が勝ち越すのはどの位の確率なんだ、というのを見て行きましょう。
横綱は131回中46回勝ち越しで25.99%。
ちなみに、横綱在位時に7敗を喫したのは以下の通り。
平成11年9月若乃花:千秋楽負けて7-8
平成元年9月大乃国:千秋楽負けて7-8
昭和40年1月栃ノ海:千秋楽勝って8-7
昭和40年3月栃ノ海:千秋楽勝って8-7
いずれの場合も、14日目に7敗目を喫して千秋楽に勝ち越しを賭けて、勝敗は5分という事になります。
7敗してからの連勝記録は、旭富士の6連勝で2場所勝ち越し、白鵬の6連勝で2場所勝ち越し、北の湖の6連勝で2場所勝ち越しといった辺りでしょうか、目に付くのは。
全部関脇以下ですが。
続いて大関は421回中122回勝ち越しで22.47%。
結論を先に書くと、朝潮(朝青龍の師匠)・琴光喜・琴欧洲・魁皇が怪しいという事になります。
経過は後ほど。
関脇では1882回中383回勝ち越しで16.91%。
小結では1263回中219回勝ち越しで14.78%。
平幕では1549回で259回勝ち越しで14.33%。
こうして見ると、14日目までに7敗を喫すると、勝ち越すのは至難の業という事になります。
こんなに大変だとは正直思いませんでしたが、関脇以下の勝ち越し率が大体4割~5割の間で落ち着くワケですから、妥当な数字かも知れません。
っていうかそうすると、14日目までに7敗した力士の勝ち越しと、14日目までに勝ち越してしまった力士の勝ち越しとが同じ価値で良いのかい?とD大相撲的には突っ込みたくなりますよね?
なりません?ああそうですか。
続く・・・
更に続く・・・
相変わらず、本場所が始まると、
「大関 互助会」
での検索が当ブログの筆頭に上がって来る毎度の現象の具合を是非相撲協会の皆様…じゃなくて魁皇と友綱に見て貰いたい今日この頃なのであります。
先場所千秋楽の藤井・北の富士・舞の海の三馬鹿にあてられて、もう土俵の上はどうでも良い感じなので、本場所は取り敢えず置いといて、また相撲レファレンスで遊んでました。
だってデータ見てる方がデブの乳繰り合い見てるより余程面白いんだモン。
大体さぁ、スポーツって、競技そのものを見て惹かれて、それで新規競技者が出てくるという新陳代謝システムで成り立ってるワケですよ。
それを、子供を相撲に取り込む目的の為に、セキトリ君なるキャラクターを作って前面に押し出す相撲協会ってどうよ、というワケです。
最早、土俵の上で行われている事で新規顧客の開拓をする、という方向性を完全に放棄しているじゃないか、とこうなるワケですな。
じゃあ相撲協会なんかやめて、アニメ製作会社になっちゃえば良いじゃんと、こうなるワケです。
相撲協会すら向上させる事に関して匙を投げた、土俵上の露出プレイなんか誰が見るかっつーの、とかマジで思うんだけど、それでも気になるのよね、悲しいサガです。
話がそれました。
本題に入ります。
【7敗して以降の力士の成績や如何!?】
コレです問題は。
以前に書いた記事の通り、
「魁皇は7敗して以降の成績が極端に良い」
という事実があるワケですけれど(っていうかまぁ1敗というのは綱取の場所にガチガチになって星勘定が苦しくなって千秋楽朝青龍に負けて負け越した奴だけなので、実質全勝)、アレは2008年九州場所終了時点での話し。
その後、2009年シーズンに2連勝達成で、最早無敵の7敗以降10連勝という快挙を達成しているワケですよ、奥様。
これはきっと史上初に違いない、史上最多に違いない、綱取の場所は5連敗だけど7敗以降は10連勝だなんて何て勝負強いんだ、流石力士の鏡、日本人の手本、相撲道は武士道だとまぁ後半は完全に棒読みですけど、まぁこの実績がどれだけ突出したモノなのかについて、調べてみたい、是非、「史上初」とか「史上最多」とか言う枕を堂々と付けたい、というこの願いっ!!
まぁ調べなくても、
「7敗してからは絶対に負けない」
なんていう実に不自然な実績を残しているのは魁皇だけだ、くらいの事は確率的に見て完全に想定内なんですけどね。
だって、大関の分際で7敗を喫するという事は、その場所の勝率は7敗した時点で5割以下なワケですよ。
14日目に7-7で50%、13日目に6-7なら46%、12日目に5-7なら38%という按配でね。
上記の例なら、10回経験があったら、5勝5敗~4勝6敗くらいになっているでしょうよ、と、こうなる。
仮に、14日目に7敗目を喫して、千秋楽に勝ち越しを賭ける場所が10回続いたとしましょう。
単純に、その場所の勝率が5割の千秋楽を10回戦うワケですから、こういう状況で10連勝するとなると、0.5の10乗、大体0.1%位しか起こらないワケ。
つまり、ある力士が14日目に7敗目を喫して千秋楽に勝ち越しを賭けるというオマエは高見盛か的な場所を10回連続で経験し、10場所連続で勝ち越すというのは、1,000回に1回しか起こらんぞという事です。
普通に考えてね。
まぁ魁皇の場合、14日目までに7敗を喫して、千秋楽に勝ち越したケースというのは5回なんですけれども。
魁皇の「7敗10連勝」の相手の、魁皇と対戦した時点での勝率は合計56.74%、魁皇から見た対戦成績は平均44.75%。
実際にはこの間の魁皇は12日目で7敗を喫する事2回、13日目が1回、14日目が2回という事ですから、魁皇側の場所中の勝率から計算すると、0.05%しか達成出来る確率が無いという事になる。
ここで問題になるのは、「連相撲(つらずもう)」という奴で、連勝癖・連敗癖のある力士の存在。
7連敗してから8連勝とか、その逆とか、水戸泉みたいに、優勝した翌場所にボロ負けしたりというね。
素直に、確率通りの勝敗にはならないワケなんですけど(笑)、それは「その場所の中では」という事です、あくまで。
複数の場所、魁皇みたいに数年に渡って、という事ではなくて、あくまでその場所中の調子の良し悪し、という事ですから、ここで論じる確率の話とは一線を画します。
ちなみに、「年6場所制」と「部屋別総当り制」というのが現行のルールなんですが、これが施行されて以降に昇進した横綱は20人、大関は24人です。
横綱になるには大関にならなければなりませんから、大関に昇進した者が44人居る中で、約50%の20人が横綱になりましたよ、という事になる(正確には、佐田の山の大関昇進は両ルール施行前)。
大関にさえなってしまえば、50%の確率で当たる横綱クジは5回引いて1度も当たらなかった魁皇が、0.05%のミクロの穴を突く勝負強さを発揮しているこの偉大さを褒めよ称えよという事なんですけど私の計算間違っていたら指摘して下さい、文系なモンで確率の考え方とか間違ってるかも知れません。
【14日目までに7敗を喫した力士の勝ち越し率】
まぁそういうワケでこの7敗事情を詳しく探って行きたいワケですな。
調べていく上でのルールを列挙します。
・「年6場所制」と「部屋別総当り制」が施行された1965年1月場所~2008年11月場所終了までのデータを使用。但し、魁皇の数字のみ、2009年11月場所終了時のデータを挙げる事がある。
・途中休場及び場所中の引退がある場合は集計しない。但し、不戦勝、不戦敗は計算に含む。千秋楽不戦敗の場合は集計する。
・最終成績が8勝7敗の場所の内、千秋楽に負けて7敗になった場所は集計しない(当たり前だけど為念)。
・データは相撲レファレンスより引用。
・文中で番付による区分けをする場合、最高位による区分けをする。つまり、「横綱の成績」と言ったら、最高位横綱の力士の、平幕・三役・大関・横綱の成績の合計だし、「平幕の成績」といえば最高位平幕の力士の、平幕の成績である。
・「4連勝で2場所連続勝ち越し」というような表記の意味は、例えば1979年初場所7敗後1勝して勝ち越し、1979年3月場所クンロク、1979年5月場所7敗後3連勝で勝ち越し、1979年7月場所6勝9敗というような場合に使う。
14日目までに7敗した場所だけをカウントすると、この場合1月と5月。
3月は6敗ですからノーカウントなワケです。
すると、1月も5月も勝ち越してますから、2場所連続という事になるし、7敗して以後は1月1勝、5月3勝の計4連勝なワケです。
1979年7月がクンロク、9月7敗後3連勝で勝ち越し、11月10勝、1980年初場所7敗後1勝して勝ち越し、3月負け越しという場合は「7連勝で4場所連続勝ち越し」となる。
大体こんな所でしょうか。
まず、14日目までに7敗を喫した力士が勝ち越すのはどの位の確率なんだ、というのを見て行きましょう。
横綱は131回中46回勝ち越しで25.99%。
ちなみに、横綱在位時に7敗を喫したのは以下の通り。
平成11年9月若乃花:千秋楽負けて7-8
平成元年9月大乃国:千秋楽負けて7-8
昭和40年1月栃ノ海:千秋楽勝って8-7
昭和40年3月栃ノ海:千秋楽勝って8-7
いずれの場合も、14日目に7敗目を喫して千秋楽に勝ち越しを賭けて、勝敗は5分という事になります。
7敗してからの連勝記録は、旭富士の6連勝で2場所勝ち越し、白鵬の6連勝で2場所勝ち越し、北の湖の6連勝で2場所勝ち越しといった辺りでしょうか、目に付くのは。
全部関脇以下ですが。
続いて大関は421回中122回勝ち越しで22.47%。
結論を先に書くと、朝潮(朝青龍の師匠)・琴光喜・琴欧洲・魁皇が怪しいという事になります。
経過は後ほど。
関脇では1882回中383回勝ち越しで16.91%。
小結では1263回中219回勝ち越しで14.78%。
平幕では1549回で259回勝ち越しで14.33%。
こうして見ると、14日目までに7敗を喫すると、勝ち越すのは至難の業という事になります。
こんなに大変だとは正直思いませんでしたが、関脇以下の勝ち越し率が大体4割~5割の間で落ち着くワケですから、妥当な数字かも知れません。
っていうかそうすると、14日目までに7敗した力士の勝ち越しと、14日目までに勝ち越してしまった力士の勝ち越しとが同じ価値で良いのかい?とD大相撲的には突っ込みたくなりますよね?
なりません?ああそうですか。
続く・・・
更に続く・・・







1 ■無題
続くのかいっ!(^^;)