同世代名画館DX

昭和37年生まれの支配人です。小学校でライダースナックを川に捨て、中学で赤いシリーズに毎週熱中、高校で松田優作に心酔した世代です。30~40代の皆さん、いつかどこかで観た映画とともに、時間の旅をお楽しみください。


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つ、ついに1,050回を迎えた当名画館!
休館前最終日は、怒涛のように傑作娯楽映画がひしめく80年代後半から90年代初頭のハリウッド最後の絶頂期作品!

映画の専門学校を卒業し、社会人最初の6年間を、映画関連印刷会社の営業として洋画配給会社に出入りしていた頃。
今から考えると、この頃のハリウッド映画は現在と比べ物にならないくらい面白かった。逆か?今がつまらなさ過ぎるのかも。


「アンタッチャブル」(87)の面白さといったらどうだ!
「殺しのドレス」「ミッドナイトクロス」「スカーフェイス」など、私が毎作楽しみにしてるブライアン・デ・パルマ監督が、遂に放った正真正銘の最高傑作。
ケビン・コスナー、ショーン・コネリー、アンディ・ガルシア、そしてデ・ニーロのアル・カポネ、みんな最高だ!


「ダイ・ハード」(89)は、当時10年に1本の大傑作と大評判となったけど、その後20年たっても、これを超える映画は出て来てない。30年に1本の傑作か?
アクション映画もやはり脚本だと思い知らされた。隅々まで行き届いた伏線が、後半全部生きて来る。ブルース・ウィリスの裸足も、奥さんのロレックスも、そして黒人刑事の拳銃も!拍手するしかない。
翌年の「ダイ・ハード2」も、負けずに傑作だった。


「ターミネーター」も面白かったけど、やはり「ターミネーター2」(91)こそが映画史に残る作品だ。
ジェイムズ・キャメロンは「アバター」で映画に3-Dを導入したが、20年近く前には本作でCGを初めて本格的に使って、我々の度肝を抜いた。
変幻自在なT-1000型ターミネーターの姿に衝撃を覚えた。技術の刷新だけではない。映画自体も、途方もなく面白かった。


「羊たちの沈黙」(91)を初めて観た時の戦慄も忘れられない。
当時妊娠してた奥さんには見せられなかった。夢に出て来るおぞましさ。こんなにゾクゾクするホラー映画は今までなかった。
アンソニー・ホプキンスのレクター博士は、登場時の立ち姿から尋常ではない。これほどの狂気を演じた人も、演出出来た監督もいなかった。
蝶のように磔り付けられた警官の、残酷までに美しいこと。鳥肌なしでは見られない、エレベーターから救急車に至るシーンの緊迫と言ったら!


そして、生涯ベストワンと言ってもいいくらい思い入れの強い作品が「ブラック・レイン」(89)。
当名画館では、異例の3回連続特集で、当時の私がこの映画にどう関わって、いかに入れ込んだかを書いた。宣伝部の近くで、一般よりも早く情報や映像を見ることが出来た。それは運命的だったかも。
ファンだった松田優作が、これで永遠のカリスマになった。何度も彼の姿を見るために、何度も劇場へ通い、当時高かったビデオソフトを買い、もちろんDVDも2度買った。
台詞や場面を暗記するほど観た映画は、恐らく生涯で「犬神家の一族」と「ブラック・レイン」だけだろう。
だから、この作品を当名画館休館前最後の上映作品としたい。


これをもって、「同世代名画館」は休館します。
再上映も何回かあったけど、これでほぼ2,000本近い映画を取り上げたことになります。
文章を書くことが苦手ではない支配人ではありますが、4年あまりにわたっての書き込みは、結構しんどい時もありました。

しかし、こうやって自身の映画史を記録出来たことは、学生時代自分の映画の編集を終えた時以来の達成感という気がします。

長きにわたって、読んでくださった多くの皆さん。
コメントいただいた方。こっそり読んでたらしい友人たち。
心から感謝します。どうもありがとうございました。


いつか、リニューアル・オープンの際には、よろしくお願い致します。

また、お会いしましょう!

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1981年に東京へ大学進学した私は、授業のない時間はひたすらバイトと名画座巡りに費やした。
70年代の名作映画を掘り当てる日々。もちろん新作映画も観に行った。80年代のハリウッド映画は、ますます映画小僧を夢中にさせてくれた。


スピルバーグ&ルーカスによる「インディ・ジョーンズ」シリーズ第1作「レイダース 失われた聖櫃(アーク)」(81)は、当名画座の第1回上映作。
大学1年の年末、まだ彼女もおらず、一人で新宿ミラノ座で観た。めっぽう面白いという前評判通り。「いったい何でこんなに面白いんだろう!」と狂喜した。
映画監督を目指した頃、この映画の演出法を研究しようとした。物にはならなかったけど。その後30年、今もこれ以上に面白い映画にはお目にかかっていない。そう思ってる。


同じくハリソン・フォード主演の「ブレードランナー」(82)も、確かミラノ座で一人で観たかな。
あまり期待しなかったにもかかわらず、その独創的な特殊撮影の見事さと、含みの多い複雑なストーリーとテーマに驚いた。
それは世界中の映画ファンも同じだったようで、本作はSF映画史上稀に見るカルト作となった。リドリー・スコット監督は尊敬するけど、「ディレクターズカット最終版」「ファイナルカット」と、どんどんバージョンが増えて行くのはいかがなものか。


「E.T.」(82)で、スピルバーグは世界の頂点に立った。
これもミラノ座で観た。今の奥さんと数回目のデートで。全世界記録的大ヒット作の、日本公開初日に並んで観た。
自転車が空を飛んだ時、鳥肌が立った。クライマックスまで一気に見せて、プッツリと終わる幕切れの潔さも好きだ。それから何回観たことだろう。映画館だけで5回は観た。
20年後、「アニバーサリー特別版」を子供二人連れて家族で観た時は、感慨深いものがあった。映画を長いこと観てると、こういうこともあるのだ。


正反対に邪悪な宇宙生物との闘いを描く「エイリアン2」(86)も大傑作だ。
リドリー・スコット監督による「エイリアン」第1作も面白かった。でも、前年「ターミネーター」で登場した奇才ジェイムズ・キャメロン監督は、原題「ALIENS」と複数形にした抜群のアイデアで、1作目より面白い「2」にしてしまった。
その後のキャメロン監督の活躍は言うまでもない。スゴい!スゴ過ぎる!


「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(85)の面白さは、「レイダース」に匹敵するかも。
スピルバーグ製作総指揮の文字が、大ヒット必至の魔法の言葉だった頃。その言葉が無くても充分勝負出来る奇跡的な脚本を書いて、監督したのはロバート・ゼメキス。この人もその後オスカー監督になった。
「PART2」と「PART3」を同時に作り、「2」の結末を宙ぶらりにして、矢継ぎ早に「3」を公開する手法は、「BTTF」から始まった。
こういう練りに練った伏線と、最後までハラハラさせる構成の、アイデアが詰まった脚本の映画って、90年代以降ないような気がする。


いよいよ明日は、80年代末と90年代初頭、ハリウッド娯楽映画絶頂期作品。
そして、当名画館の千秋楽!お見逃しなく。

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中学時代まで正月と夏休みにしか映画館へ行かなかった私は、高校生になると同時に映画に目覚めた。


その切っ掛けとなった1本が「未知との遭遇」(78)。
中学卒業の春休みに、「宇宙にいるのは我々だけではない」というキャッチコピーに誘われ、「木曜スペシャル」的な興味で観に行った。
「ウルトラセブン」で宇宙人は侵略者と刷り込まれた私の脳天はガツンと打たれ、ラストには涙が出るほどの感動を覚えた。
それ以来、私はSF映画ブームにとっぷりと浸かってしまい、映画のとりこ、スピルバーグの弟子となってしまった。今もその魔法は解けないのだ。


高校1年の夏、続けさまに「スター・ウォーズ」(78)が公開された。
アメリカでの公開はこちらの方が先で、今では信じられないことだけど、日本人は1年も待たされたことになる。
何回観たかを米国人は自慢し合ってるとか聞いて、とりあえず続けて2回観るつもりで行って、実際にそうした。あまりに期待が大き過ぎて、「未知との遭遇」の方が数倍面白いと思った記憶あり。
それから、42歳で「シスの復讐」を見届けるまで、このサーガは続くのだ。


「ロッキー」第1作(77)は、中学生の時の公開で、友人に誘われたが、劇場へは行かなかった。
だから、私にとってこのシリーズは高2の時に観た「2」が最初。第1作は、後に大学生になってから学園祭のスクリーンで観た。
「3」は大学生になってからの初デートで。「4」は専門学校時代、「5」の時は社会人になってから、今の奥さんと観た。
こぶしへの力の入り方はその度ムラがあるが、今でも2年に1回くらい通して観たくなるシリーズなのだ。だって男の子だもん。


「ブルース・ブラザース」(81)は最高だ!
サントラ盤は恐らく100回くらい聴いた。歌も最高なら、カーチェイスを含むアクションも最高。意外にもギャグは寒い時も。それがまたいい!
こんなドタバタ・コメディでも面白いものはあるんだな、と思ってたらキネ旬ベストテンに入ってビックリ。俺も映画観る目があるんだな、なんて喜んだりした。


「地獄の黙示録」(80)は、もう予告編を見た時から興奮しっぱなしだった。
「ワルキューレの騎行」のレコードを毎日繰り返し聴いて、風呂に入れば湯船からニュ~と顔を出して「黙示録」ごっこしてた。
あのヘリ空爆シーンは映画じゃない。本物の戦場だ。だからコッポラは狂った。映画史に確実に残る、いびつな怪作をこしらえて、その後失速してしまった。
21世紀になってから「特別完全版」なんか観せられたけど、やっぱり後半は理解出来たとは言えない。でも、何度でも観てしまう。


私も大学生になると、狂ったように映画を観まくった。
ハリウッド映画も、80年代から少しずつ変化し始める。バラエティに富んだ大ヒット作たちは、明日以降。

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ベスト・オブ・ベスト外国映画の2日目。


私が初めて、大人向けの外国映画を映画館で観たのが、「エクソシスト」(74)。
オカルトブームに乗って、空前の大ヒット。ドリフもパロディやってたから、小学6年生でも観たくなった。母親も恐い映画好きだから、連れてってくれた。
その当時は期待が大き過ぎて、「大したことないな」と思って帰って来たけど、今観てもこれは恐怖映画史上類のない名作だ。そしてまた、パイオニアでもあるところがスゴい。


「タワーリング・インフェルノ」(75)も大々ヒットしたから、中学校1年の時に母と一緒に観に行った。
当時は見分けつかなかったスティーブ・マックィーンとポール・ニューマンという、今考えると大興奮のBIGスター夢の競演。これだけでも充分凄い映画だ。
そして、中学生が観てもメチャクチャ面白かった。


「ジョーズ」(75)も、社会現象的メガヒットだったから、観に行かざるを得なかった。
この頃は年に1本くらい、こういうお祭り映画みたいなものがあった。中学生までは、映画館なんて正月と夏休みにだけ行くものだと思ってた。
スピルバーグがまだ若き天才と呼ばれてた頃の「ジョーズ」は、今観るとチャチなサメのぬいぐるみだけど、映画としてはよく出来てる。やはり只者ではなかったスピル君。


「タワーリング~」の時、予告編でやってたのが「ゴッドファーザーPARTⅡ」(75)。
観たのは大学生になってから。多くの人が「PARTⅠ」よりこちらの方が好きだと言うけれど、その気持ちはよくわかる。
オスカー助演賞を受けたデ・ニーロ演じる、若き日のドンのシーンが、他のどんな映画よりも素晴らしい。何度でも観たくなるくらい大好きだ。


「時計じかけのオレンジ」(72)もほぼ同時期の作品だけど、私は高校時代リバイバルで観た。
その時のショックは今も鮮烈に覚えてる。何て面白い映画なんだろう!この出会いがなければ、今ほど映画に引き込まれていないかも知れない。
「2001年」より先に観た。全て名作のキューブリック作品中でも、個人的にはベストワンだ。DVDで観直すごとに新発見もあるし。
長い間ソフト化されなかったが、初めてビデオが出た時、ワーナーホームビデオに出入りしてて、サンプル版を入手した時は嬉しかった。今やDVDが1,500円で売ってる。


明日は、高校時代に出会った永遠の名作たちを一挙上映!

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休館まであと5回!
最後の5日間は、「支配人が選ぶ外国映画ベスト・オブ・ベスト25」!
70年代から90年代までの、誰もが知ってる名作中の名作だけを厳選してお送りする、かなり満腹になりそうなごちそうメニューだよ。

まず1日目は、リアルタイムで観られなかった60年代末から70年代作品。でも、全部名画座またはリバイバルで映画館で観てる。


「2001年宇宙の旅」(68)は、高校2年の時「スター・ウォーズ」などSFブームの中でリバイバルされ、岡山の映画館で観た。
初公開後10年くらいたってた訳だね。もちろん当時は「???」だったけど、今はわかった気になってる。
最近も観たけど、これが私の6歳くらいの頃に作られたと考えると信じられない。これほどリアルな映像を、CGなんかなくても作り上げたキューブリックはやはり偉大だ。


「ゴッドファーザー」(72)も、高校時代にリバイバルされた時に岡山で観た。
まだ「スーパーマン」なんかの方が楽しい高校生の頭では、長いだけで、まだ面白くは感じなかった。大学時代、三軒茶屋の名画座で「PARTⅡ」と2本立で観た時、初めてその良さがわかった。
その後は、私にとって常にオールタイム・ベスト3に入るお気に入り作品となった。暴力と愛情に満ちた世界観に、私が映画に求める全てが入っている気がするのだ。


「卒業」(68)は、当名画館で外国映画の2回目に取り上げた作品。
高校時代テレビで観てから、ずっと愛し続けている映画。これで一躍スターになったダスティン・ホフマン、永遠のサントラ名曲ナンバー1のサイモン&ガーファンクル、これらが私のハートをとらえて離さない。
大学時代、倉敷で「ウエストサイド物語」と2本立でやった時はもちろん飛んで観に行った。だから、ちゃんと劇場でも観てるのだ。


「タクシー・ドライバー」(76)は、私が最も敬愛する俳優ロバート・デ・ニーロの出世作にして代表作。
出演作のやたら多いデ・ニーロだけど、1本だけ挙げるならこれだね。「ん?俺に言ってるのか?ん?」マネしたよなあ~。
マーティン・スコセッシ監督も、今頃オスカー貰ってるけど、1番はこれだよね。この時代の病んだアメリカを見事に描き切ってる。


「カッコーの巣の上で」(76)は、大学時代にリバイバルで観て、大いに衝撃を受けた。
六本木でレイトショーで観て、終電に乗れなかった思い出とともに、忘れられない名作。
ミロス・フォアマン監督は「アマデウス」も圧倒的傑作だけど、精神病棟という異様な世界を見せてくれたこちらの方が忘れ難い。
もちろんジャック・ニコルソンも、大嫌いになるくらい上手い。素晴らしい!


明日も70年代の名作群を大挙上映!

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1987年、昭和62年。私は映画の専門学校を卒業したものの業界へは就職しなかった。いや、出来なかった。
やっと滑り込んだのが、東映直系の印刷会社。ここでポスターやチラシを作る営業となって、映画会社に出入りすることとなった。
その間、5年9ヵ月。思い出深い映画たちを振り返る。


「マルサの女」は、「お葬式」で監督デビューした伊丹十三の第3作。
その膨大な取材と、キャラクター造形、独特の語り口による世界は、本作で頂点を迎えた。まぎれもなく最高傑作。ある意味、「太陽を盗んだ男」を超えるのは本作くらいだろう。
伊丹夫人・宮本信子は、主演女優賞を総なめ。「お葬式」「タンポポ」と主演を務めた山崎努は悪役で絶妙の演技。同じく盟友・津川雅彦も、宮本の上司役で抜群の好演。


「ハチ公物語」を挙げることに疑問を覚える方もあろうが、これほどまでに泣ける映画は、私にとって「砂の器」とこれしかないのだ。
まさかのハリウッド・リメイクまでされた忠犬の物語は、少々あざとくとも私の涙腺を直撃する。我が息子などは小学生時代このDVDを観て、声を出して泣いたのだから。
ラスト、ハチの目に先生の幻が映り、雪の夜が明けた駅舎の前に横たわるハチの姿が見えるエンディング・ロールの悲しいことよ。


「私をスキーに連れてって」は、日本映画の流れを変えた作品と言ってもいい。軽い方向へね。
この映画は、当時本当に流行った。目からウロコというか、衝撃的と言ってもいい面白さだった。違う女の子と2回観に行った。デートに最適だった。
ホイチョイ・プロダクション作品は、「彼女が水着に着替えたら」「波の数だけ抱きしめて」と、どれも面白かった。全部違う女の子と…、それはいいか。


最後は「ふたり」。大好きな大林宣彦監督作品だ。
大林作品としては、「さびしんぼう」も好きなのだが、1本選ぶとすれば迷うことなく、私にとってはこれ。
人を想う気持ち。家族、姉妹への愛。命の大切さ。生きることと死ぬこと。少女から大人への成長。そんな全てがここにはある。
今は引退してしまった石田ひかりも可愛いけど、姉役の中嶋朋子の淋しそうな瞳が良かった。久石譲作曲、大林監督自身が唄う「草の想い」が名曲。これまた泣けてしかたない作品だ。


森田芳光監督「それから」や、熊井啓監督「海と毒薬」、今村昌平監督「黒い雨」、あとは北野武監督の諸作品など、外さざるを得ない作品もあったが、これが私のベスト・オブ・ベスト日本映画20作。
日本映画が良かったのはこの頃までかなあ、なんて思うのは私だけだろうか。

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大学3年生の春休み、当時はまだ高価だったビデオデッキを買って、私は自主映画を制作した。
大学卒業後は就職をせず、映画の専門学校へ進み、ここで8ミリや16ミリの映画を撮った。映画監督を本気で目指して、日々脚本を書いていた時期である。
その頃、日本映画は新しい監督の登場や、製作や興行のシステムに変化が著しかった。そして、世界的に評価される作品も現れていた。
そんな頃の、はずせない4本。


森田芳光監督は、この頃の私の憧れであり目標だった。その才能が一気に開花したのが「家族ゲーム」。
主演はわがヒーロー、松田優作。アクション俳優優作が、ピストルを箸に持ち替えて、演技賞を独占した記念すべき作品だ。
それまで観たこともない映画だった。大いに笑わせてもらったけど、何が言いたいのかわからない。それが最初の感想だった。いまだに充分理解出来たとは言えないかも…。
伊丹十三、由紀さおりなど、異色キャストの怪演も面白かった。キネ旬1位。


この年のカンヌ・パルムドールは、今村昌平監督の「楢山節考」だったが、私は絶対に「戦場のメリー・クリスマス」の方が数倍良かったと今も思ってる。「楢山…」は嫌いだ。
「愛のコリーダ」以来、カンヌに執念を燃やす大島渚監督は、この作品で獲れなかったことを一生悔やんでいるだろう。今村、邪魔すんなよ!
デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし、という二度と集まらない異色キャスト。特にたけしのラストシーンは忘れられない。
これも最初観た時はよくわかんなかったなあ。


「映画は脚本だ」と言ってたのは黒澤明。それを信じて勉強してた私に、この言葉をあらためて痛感させたのが「Wの悲劇」。
夏樹静子の原作を舞台劇に押し込み、これにダブるストーリーを本筋に持って来た見事な二重構造。この手法に刺激を受けて、真似たシナリオをいくつか書いたりした。
澤井信一郎監督は、これで一気に名声を得たし、主演の薬師丸ひろ子は女優開眼と言われた。また、三田佳子がこれで助演女優賞を総なめにして、再ブレイクの切っ掛けとなった。
「顔ぶたないで!私、女優なんだから」は流行った。


現在の日本映画を、間違いなく支えているのは、TV局製作のヒット作だ。その走りとなったのが「南極物語」。
当時、56億という日本映画としては驚異的な興行成績を上げた。以後、フジテレビは「ビルマの竪琴」「子猫物語」「優駿」「タスマニア物語」とヒットを連打。
映画としては、冗長な動物ドキュメントもどきといった感じだが、個人的には大好きだ。ラストは健さんが涙を見せるのだぞ。感動だ。


どれも何度観たかわからない作品ばかり。この頃の日本映画は面白かった。
明日は、その映画業界に少しだけ足を突っ込んだ頃の、忘れられない日本映画たちを紹介する。

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大学生になり、東京へ出て来た1980年、私は都内の名画座で映画を観まくった。1年間で80回、映画館へ足を運んだ。
その頃出会った映画たち。どれも、それまでのミーハー的映画から一歩進んだ作品ばかり。だんだんと映画通になって来たのだ。


「ツィゴイネルワイゼン」は、鈴木清順監督の一世一代の大傑作。
清順監督と言えば、わが専門学校時代の恩師にして、仲人もしていただいた方。その先生に対して失礼ではあるが、先生の作品はわけがわからないものが多い。一般的にね。
これも最初はわかんなかった。でも、何度も観てるうち、面白くなって来た。摩訶不思議な世界が癖になる、そんな稀有な作品だ。最近では何度観ても飽きない一本になった。
キネ旬1位も、今は当然と思える。スゴいぞ、先生!「陽炎座」と「夢二」も面白い。


「泥の河」は、翌年のキネ旬1位。
寡作で知られる小栗康平監督の第1作。宮本輝の短編小説を、モノクロで綴る抒情的映像は、ほとんど完璧。
まだ少年時代から十年余りの多感な年齢。当時は「砂の器」に匹敵する感動を覚えた。
小栗康平監督全集でしか買えないDVDは、今回取り上げた作品群の中で唯一持っていない。


「駅 STATION」は、高倉健主演・降旗康男監督コンビによる最高傑作。
このコンビ作は、「冬の華」「居酒屋兆治」「夜叉」「あ・うん」「鉄道員」と、どれも素晴らしいが、倉本總脚本による本作が、飛び抜けている。
片想いだの両想いだのってレベルを超えて、大人の恋愛とはこういうものかと二十歳の私は思い知らされた。♪魚は炙ったイカでいい~、という「舟歌」とともに心にいつまでも残る名画だ。
任侠映画時代の健さんを知らない世代にとっては、これや「幸福の黄色いハンカチ」でファンになった人も多いのでは。


「蒲田行進曲」も、キネ旬ベストワン。
角川映画が初めて評価された作品。娯楽大作を多く手掛けた深作欣二監督の、異色の傑作。
深作監督は、「復活の日」「魔界転生」「火宅の人」と、実に多彩なジャンルで楽しませてくれた。市川崑監督とともに、私が最も信頼、尊敬する監督だった。
今の奥さんと3回目のデートで観に行った。つかこうへいの舞台へも行った。こんなに笑って、こんなに泣かされた映画もない。思いがけずハッピーなラストには、拍手喝采した。


80年代の日本映画は、続々と傑作を生み出した。明日も、選りすぐりの傑作映画を上映!

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70年代から90年代の最重要日本映画を5回で振り返る“回顧週間”2日目。
高校生だった私に、映画監督を夢見る切っ掛けをもたらした70年代末の作品たち。


「犬神家の一族」に始まった角川映画は、「宣伝ばかりで内容がない」との不評を浴びながらも、「人間の証明」「野性の証明」と大ヒットを連発した。
本好きの私は、原作の面白さに導かれ、「悪魔が来りて笛を吹く」「白昼の死角」「戦国自衛隊」など全てを観た。
そんな中、見つけたヒーローが松田優作だった。そのアクション俳優時代代表作として、「蘇える金狼」を挙げる。
翌年の「野獣死すべし」を支持する人も多いと思うし、私もむしろ「野獣死すべし」の方が好きな気さえするが、この頃の優作の持ち味が最も出ていたのは、迷うことなく「蘇える金狼」だと思うのだ。
キレのある走り、とぼけたギャグ、そして忘れられないセリフの数々。「君、ジュピターにはいつ着くんだね?」それから彼は、私の永遠のカリスマとなった。


「太陽を盗んだ男」を観た時の衝撃は忘れない。
こんな面白い映画があるのか!以後、現在までも日本映画は、これを超える作品を作れていない気がする。
たった一人で社会へ反発する男の物語。若き日、映画監督になりたかった私は、ずっとこの映画を目指し、模倣や模索を続けた。
あれほど魅力的だったジュリー沢田研二は変わってしまったし、ゴジこと長谷川和彦監督はいまだに帰って来ない。


この頃流行りだった戦争映画大作ブームの火付け役が、東映の「二百三高地」。
さだまさしの♪教えてくだ~さい~、という主題歌につられ、高校時代観て、大いに感動した。
そのため、姉妹編「大日本帝国」を今の奥さんとの初デートに選んだりした。


超大作「復活の日」は、高校3年の時。
ハリウッドB級スターも大挙出演する、今観てもビックリするようなスケールの作品。
これによって角川春樹プロデューサーは、私の尊敬する人となった。何せ若干40歳くらいで、この大仕事を指揮したのだから。既にその年齢を上回っている私は、会社の部下でさえ充分に使いこなせないというのに。スゴい!
その後の日本映画でも、こんな大作は誰も作ろうとしないし、恐らく出来ない。角川春樹自身でさえ二度と作れない。ある意味、日本映画史に確実に残る作品だと思う。


明日は、大学生となり、東京へ出て来た私が、最も映画を観まくっていた時代の、不朽の名作群を取り上げる。

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いよいよ休館まであと10回となった「同世代名画館」。
最後は超特別興行!「全10回で振り返る20世紀の名作映画」または「支配人が選ぶ思い出の映画ベスト・オブ・ベスト」という感じで、70年代から90年代半ばまでの、「何度でも観たいお気に入り映画」を一気上映。
日本映画20本、外国映画25本。選ぶのに3ヵ月かかった超豪華ラインナップ。どれも私が好きで好きでたまらない大切な作品ばかり!
まずは日本映画を5日間にわたって連続上映。


最初は、記念すべき第2回同世代名画館で取り上げた「日本沈没」。
私が初めて観た大人向け映画。小学校6年の時、怪獣映画やアニメでないものを映画館で観ることに、何だか妙に偉くなった気がしたもの。
30年後、最新CGでリメイクされたけど、東宝ミニチュア特撮技術を駆使した超大作のオリジナル版を、私は断固として推す。現代版は叡智と勇気によって沈没が回避されるけど、滅び行く悲愴感を子供心に鮮烈に焼き付けてくれた昭和版こそが「日本沈没」なのだ。


同年公開の「砂の器」は、後にリバイバルで高校時代観た。
黒澤明諸作品を知るまでの長き間、日本映画マイベストワンだった。観るたび、最後は涙の洪水、鳥肌立ちっぱなし。交響曲「宿命」に乗せての映像は、もうDVD無くても頭の中で再生出来るくらいだ。
コンサート会場、捜査会議、犯人の過去回想、この3つのカットバックによるクライマックスは、原作にないが、何度ドラマでリメイクされても変わらない。脚色のお手本として、勉強させてもらった。
「こんな人、知らねえ!」こう書いてるだけで泣けて来る。


「犬神家の一族」に始まる角川映画は、文学少年だった私を、映画の世界へ誘い、虜にさせる切っ掛けとなった。
当時TV放映時に音だけ録ったカセットテープは、何回繰り返し聴いただろう。おかげでほとんどの台詞を今でもそらで言える(かなりマニアック!)。
市川崑マジックとでも言うべき、カット割り、インサート、8分割、スローモーション、モノクロ画像などの映像駆使術は、その後映画監督を志した頃、常に意識し続けた手法だ。
「悪魔の手毬唄」「獄門島」「女王蜂」「病院坂の首縊りの家」と続いたシリーズ全5作は、何度も書いたけど私の“無人島映画”だ。これさえあれば退屈はしない。


同じく横溝正史原作「八つ墓村」は、初めて一人で映画館へ行った思い出の映画。
不安な状況下で入った岡山松竹のスクリーンで初めて目に入って来たのが、ラストの薄笑う落武者の姿だった。中学2年生のトラウマ体験だ。(どうやら、同じトラウマを抱える同世代は意外と多い。恐るべし)
「砂の器」「八甲田山」と当時大ヒットを連発した橋本プロの作品。角川とともに、日本映画に1本立て大作ブームをもたらした功績は大きい。


ここまでは私が小・中学生時代の作品。高校時代、だんだんと映画少年になって行く私に、大いに影響を与えた諸作品は、また明日。

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