三重県の社労士&行政書士・小岩広宣のブログ(四日市・鈴鹿市・津市)

三重県の社会保険労務士法人&行政書士事務所ナデック(四日市・鈴鹿市・津市)代表・小岩広宣の公式ブログ。最新の労務&行政実務に精通した社労士&行政書士・小岩広宣が、地元三重県の中小企業の発展のために日々奮闘している姿を実況中継します!


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今月で44歳になるわたしですが、
生まれて初めての入院を経験しました。
今までは、入院どころか、病院といえば、
せいぜい風邪になったときに診てもらうか、
歯医者さんくらいです。

それが、しかも、初めての全身麻酔でしたから、
ほんとうにショックでした。
麻酔というのは、抜歯のときの注射でも十分痛いですが、
「ゼンシンマスイ」となれば、聞いただけで背筋が凍りそうでした。

今になって思い返すのもどうかと思ったのですが、
ある意味苦しくも貴重な経験をしたわけですから、
隠すことなく備忘録的にブログに書きたいと思います。

わたし自身も、入院が決まってから、そして手術の前夜まで、
不安で不安でネット上の情報を頼りにいろいろな人の体験談を
読みあさっていました。
そこから、さまざまな知識を教えられたり、勇気をもらったことも
事実です。

わたしの場合は結果的に大したことはなかったのですが、
それは落ち着いたからこそ言えること。
その立場になれば心の底から思うことですが、
みんな不安で不安で仕方がないのです。

そんな意味でも、少しでもどなたかの参考になればと思います。




状況にもよるとは思いますが、全身麻酔を受けるときには、
必ず術前の検査があります。

入院してから検査になる場合もありますし、計画的に

手術を受けることもありますが、いずれにしても半日くらい拘束されます。

検査内容としては、血液検査、心電図、肺活量、レントゲン・・・
項目としては健康診断+αですが、検査を受ける場所が違ったり、
それぞれの検査が結構丁寧に実施されるので、これだけで
かなりグッタリすると思います。

全身麻酔は文字通り身体全体の機能がいったん停止して、
人工呼吸器をつけられて実施されますので、それなりの

リスクがあります。
したがって、検査結果によっては麻酔科の先生から許可が
出ないことになります。

 

この検査の結果は、一般的には3か月と言われていますので、
何らかの事情で手術が伸びてこの期間を過ぎた場合は、
再検査ということになります。

これはもちろん入院してからの検査や緊急手術の場合には、
関係ないですね。

 



 


 

わたしの場合は、入院して、いろいろな診察や検査を受けて、
翌日が手術日となりました。

全身麻酔の場合は気道の安全性を確保する必要があることから、
計画的な場合でも前日入院となるのが一般的だそうです。

主治医の診察を受けて判断があるのはもちろんですが、
全身麻酔に備えて前日から食事は制限され、さらには
絶食となりますが、わたしの場合はこれはさほど苦には

なりませんでした。

それ以前に、初入院、初手術で、全身麻酔となれば、
とにかく不安で、食事なんて、のどが通らなかったです。

 

そして、たまたまかもしれませんが、ふつうは前日から
翌日の手術に備えて点滴を指されるのですが、
この病院ではそれはありませんでした。

「OS1」という経口補水液(500cc)を夕方渡されて、
「午前0時までに飲み干す」というのが、わたしに
課せられたノルマでした。

ご存じの方も多いと思いますが、ドラックストアでも
売っている、濃いポカリスエットのような飲み物。
 

看護師さんは、
「美味しくないですけど、がんばって」

と言ってましたが、わたしには大丈夫な味でした。


 

ありがたいことに素晴らしい病院だったので、
入院してから丁寧に説明してくれ、ずっと笑顔で接してくれた
看護師さんたちには、ずっと励まされました。

でも、看護師さんから、
「明日の手術の予定が決まりました」
と告げられてからは、そわそわして
生きた心地がしませんでした。

経験した人ならだれしも分かることですが、
術前の緊張というのは、ほんとにハンパないですね。

何百人の前で講師をするとか、有名人と面談するとか、
当たり前ですが、その種の緊張感とはまるで違います。

事情が何であれ、自分が攻めていく緊張感はどこか
楽しむことができますが、自分が受け身になる緊張感は
根本から景色が異なります。

こんなとき、男性は圧倒的に女性よりも弱い。
出産や生理といった痛みや出血を体験することがない分、
内から外に向かう痛みにはあまりにも無力ですね。
そんなことを痛感しながら、眠れない夜を過ごしました。



そして、手術当日。

入院生活では朝6時起床ですが、いくら朝が弱い

わたしでも、眠れてないですから、6時どころか
4時くらいからドキドキしています。


何ともいえない緊張感の中にも、夏の夜明けの自然光で
活動を始める朝の気分は悪くないですね。

睡眠不足と精神的な疲れもあってのどがカラカラですが、
お茶やジュースはもちろん、お水すらいっさい口に

することができません。

午前0時から、いちおうの起床時間を経て、手術本番、
その後の安静で身体の機能が戻るまで、いっさい
水分がとれない。

これは言葉にする以上にツライことですね。
しかも、季節は真夏。外は熱帯夜だったりします。

これから手術を受ける人、特に夏場という場合は、
すこし覚悟しておく必要があると思います。



起床を経て、そわそわしていると、看護師さんが
体温と血圧を測りに来てくれます。

これは定期的に、退院の日まで続きました。
人から管理されるのは大嫌いな性分ですが、
入院というのはそもそも管理してもらうということ。
こういうときはやはりありがたいものですね。

手術予定時刻の約1時間前、看護師さんから
準備を促されました。
渡された手術着に着替えるのですが、中には
「T字帯」というふんどしのような下着一枚を
身につけます。

この瞬間から、もう緊張マックスです。
それから1時間の記憶は、ほとんどありません。



そして、「そろそろ時間ですね」と。
若い看護師さんに連れられ、オペ室に
入ることになります。

よくドラマなどでは、ストレッチャーに乗せられ、
家族に見守られながら、というオペ室の前での感傷的な

場面があったりしますが、わたしは場合は普通に
歩いて移動しました。

あとになって聞いてみると、これもけっこう普通の
ことだそうです。

看護師さんがIDカード?を取り出して認証すると、
オペ室への専用エレベーターが登場し、緊張しながら
一歩前へ。

看護師さんから「今日はご家族は?」と声をかけられたり、
「小岩さんは、“こ(↑)いわ”さんですか? こいわ(↑)さん
ですか?」(イントネーションを聞いている)といった雑談を
交わしたのを記憶しています。

でも、高度の緊張感で、受け答えするのが手一杯でした。

数秒でおもおもしく空気が張り詰めたフロアに着き、
数枚の自動ドアを抜けると、オペ室前の待ち合いへ。


 

待ち合いでは、オペ室の看護師さん数人から
「今日はよろしくお願いします」と挨拶を受け、

案内してくれた病棟担当さんからは、

「上で待っていますので、頑張ってくださいね」と。

みなさん、本当に優しい方々でしたが、1人1人から
声を掛けられるごとに、また緊張してきました。

「ちょっと寒いですか?」
「はい。。」

真夏で外はおそらく30度超えでしたが、本当に
寒かったです。
これは緊張もありますが、きっと温度を低めに設定

されていたと思います。

間違っても、汗は出てこない。
やっぱり、クリーンルームなのですね。

「麻酔科の先生がまだなので、少しお待ちください」

と言われ、1分もしないうちに先生が登場。

「本日担当させていただく、麻酔科の○○です」

この先生が登場すると、いっきにオペ室に移動して、

いよいよ手術本番へ。



最後の自動ドアを抜けると、テレビでみるような

機器だらけのオペ室。
まわりをキョロキョロする余裕なんてあるわけもなく、
手術台に乗ることを促されました。
「少し高いので気をつけてくださいね」

台の高さよりも、ベッド?の狭さと、とにかくこの部屋の
寒さが気になりました。
小柄なわたしでさえ狭く感じるのですから、大柄な人であれば
大変だと思います。
乗ってみると、意外と肌触りがいい。
布団状になっていましたが、上も下も羽毛のように軽くあたたかい。

クリーンルームでもありますが、このくらいでないと
ドクターも看護師さんも汗だくになってしまうのでしょうね。
完全に横たわると、手術着も脱ぐように言われましたが、
ここまでくるともう寒さは気にならなくなっていました。
それよりも、横になって手術着を自分で脱ぐのは

難しかったです。
看護師さんから「やりましょうか」と声がありましたが、
やはり恥ずかしいから、てこずりながら自分でですね。

ここから、とにかくたくさんの装備をつけられました。
胸には心電図、右腕には血圧計、左手指には
パルスオキシメーター、両足には血栓予防のためのフットポンプ。

わたしの場合は幸いなことにありませんでしたが、
尿道にカテーテルが付けられることもあります。
これは抜くときが痛いそうなので、考えただけでも

冷や汗が出ます。

そして、両手、両足がしっかりと固定されます。
これは恐怖と覚悟が半々の心境。
もう、どうあがいても、まな板の鯉。
ただドクターを信じて、先生に命を預けるしかないですね。
 

両腕は落ちないように、ベッドとは別に固定されるような
台が出てくるようになっています。
腕を少し広げると、身体全体が安定するような姿勢になります。




 

 

 

そして、いよいよ全身麻酔の開始。
全身麻酔には、点滴による方法と笑気マスクによる方法が
ありますが、大人の場合は点滴が一般的です。
マスクの方が当然痛みはないですが、やや効きが弱いのと
人によっては副作用が出やすいそうです。

前にも書きましたが、この病院では術前の点滴はないので、
初めての痛い注射となります。
ご存じの人も多いと思いますが、この点滴のための注射は
比較的針が太いので、採血のときの注射などよりは全然
痛いのです。

生まれ持っての注射嫌いのわたし。
(こんなの好きな人はいないと思いますが)
事前の提出書類でも看護師さんにこのことを告げて

いましたが、ここまできたら腹をくくるしかありません。

幸いにして麻酔科の先生は優しい女性の先生でしたが、
とにかく痛くないようにお願いしますと、言葉ならぬ

言葉を懸命に送りました。

ありがたいことに先生はわたしの細い腕をくまなく
観察して、「大丈夫、しっかり採れそうですね」と。
そして、いったん刺しかけた針を直前で止めて、

「やっぱり、こちらの方がいいですね」。
いきなり、グサッとされなくて、ほんとに良かった。
この間合いと、点滴箇所の判断、そしてタイミングは、
本当に大事なのです。

ちなみに、点滴針の痛みには、手や腕の場所によって

明らかな違いがあります。
手術時などは手の甲に刺されることも多いですが、
ここが一番痛い。
点滴後の腕の可動などを考えてここに刺すことも

多いそうですが、できれば避けたいところです。
一番痛みがマシなのが腕の外側で、手の甲と

腕の外側の間が、腕の内側だそうです。
基本的には毛が生えているところの方が痛みは
少しは緩いそうなので、腕毛のある男性は毛の

ある場所にと願いたいものです。

わたしの場合は、最初先生が手の甲をみたので

ギョッとしましたが、すぐに目をそらして腕にいき、

しかも一番痛くなさそうな目立ちにくいところを
慎重に選んでくれました。
いざ、注射。
でも、何とか耐えられる痛みでした。
先生に、ほんとに感謝です。

 


この注射を刺されて点滴が始まると、
一瞬で落ちました。。

事前情報(眠れない前夜のネットサーフィン)では、
麻酔科の先生から「10を数えてください」とか「少し痛いですよ」

と声をかけられるとありましたが、まったくありませんでした。

でも、注射を刺されたほんの一瞬以外は、まったく
痛くもかゆくもなかったです。
場合によっては、麻酔薬が腕を上がっていくときに

痛みとかしびれを感じるといいますが、それも
まったくなかったです。
これはこれで、ありがたいこと。

かろうじて残っている記憶が、麻酔科の先生が
執刀医の先生に、「それでは、先生お願いします」

と声をかけているシーン。
少し遠いところで、執刀医の先生が真剣な面持ちで

準備をしていた様子が目に映りましたが、そこから先の

記憶はいっさいありません。

人によっては、麻酔にかかる瞬間を意識したりとか、

あえて麻酔にあらがってみようと思うこともあるみたいですが、
とてもそんな余裕はありませんでした。


 

次の瞬間は、
「終わりましたよ~」
という麻酔科の先生の声。

この間、眠りというより、まったく記憶がありません。
でも、声をかけられた瞬間、一瞬にして意識がもどり、
聴覚も視覚も嗅覚も瞬時に正常になり、もちろん
頭の中の意識もはっきりするのです。

たまに全身麻酔をパソコンの強制終了→再起動にたとえる

人がいますが、まさにそんな感じ。

あるいは、映画のワンシーンがコマ送りされてとばされているような感じ。
いずれにしても、人生40数年にして、まったく体験したことのない
異次元の時間でした。

人工呼吸器をつけられ、数時間の仮死状態?

でも、驚くことに、醒めた瞬間、怖いくらいに頭脳明晰なのですね。
ストレッチャーに乗せられ病室まで。
看護師さんたちの声も、移動した距離も方向も。
ぜんぶ立体的に覚えています。

ちょっと大袈裟ですが、生きててよかった!!


そして、数時間後には歩けるのです。

今年インフルエンザにかかったときにも言われたのですが、
わたしはけっこう回復が早いのです。

こう見えて丈夫な人間に育ててくれた両親に、
感謝しかありませんね。




そして、生まれて初めて経験した入院食。
味気ないとか、偏りがあるとかいわれますが、
わたしとしては悪くはなかったです。
もちろん、点滴が外れてからは、これを食べないと

生きていけないわけですし、そんな贅沢をいっている
状況ではないわけですが、そのことを除いても、
純粋に良く作られているなと思いました。

わたしは自分でも料理をしたりもしますし、どちらかといえば
カロリーや栄養を気にしているベジタリアンですが、
そんな観点からしたら、ここでの食事というのはある意味
最強だったと思います。

忘れもしない、朝7:45、昼12:00、夕18:00の
驚くほどぴったりのタイミングでの規則正しい食事。
そして、毎食が6~700キロカロリー程度に抑えられている
栄養士さんによって考えつくされたメニュー。

そして、どう考えても身体にもお腹にも優しいとしか
思えないバランスのとれた素朴な野菜たちの数々。

これを完璧なオペレーションで提供してくださる関係者の
みなさんへの感謝の気持ちでいっぱいになりました。
また、これを入院時食事療養費という制度でまかなってくれる

医療保険制度も、本当に素晴らしいものだと思いました。

人間、やはり経験してからこそ分かることが多いですね。
 

 
 


 


幸いにして短期間ではあったとはいえ、入院生活にはふたつの

辛さが身を襲うものです。
ひとつは文字通り、不安と恐怖、そして痛みと倦怠感。
もうひとつは、症状が落ち着いて、だるさや痛みからある程度

解放されてからの、退屈と焦燥感。
こんなことを言ったら不謹慎かもしれませんが、入院生活は
ある段階からは凄まじく退屈なものです。
これも、経験した人なら分かることだと思います。

わたしの場合は計画的に読書を行うような準備があったわけもなく、

手元にあったのは、モバイルと仕事で使っている資料、そして
数冊の本でした。

今回、ほんとうに助けられた一冊が、「超訳伝習録」。
これは何人かの社労士の方々が超訳された陽明学の書ですが、

病室でひとりこれを読んでいて、心から勇気づけられました。
自分のこれからの生き方、やるべきことについて、苦しみながらも

すがすがしい思いで、向き合うことができた気がします。

時代や書物、そして「場」には、それぞれ独特の力があると言いますが、
今回まさにそれを体感しました。
ありがとうございます。

 


 

 


今回のことで、友人やお客様、同業者など、いろいろな方々から、
励ましやお気遣いをいただきました。

毎日ほんとにココロに沁みて嬉しかったです。
 

仕事面でも迷惑をかけましたが、
仲間たちが立派に守ってくれました。


ほんとうにわたしは幸せな人間だと思います。

退院後に、父方、そして母方のお墓にひとりでお参りしました。
とにかくご先祖に報告したい、お礼をいいたいと思いました。
大袈裟に思われるかもしれませんが、何をおいても
まず足を運ばずにはいられませんでした。

父方からも、母方からも、間違いのないメッセージがあります。
そして、「お前なら大丈夫。しっかり頑張れ」と励まされた

思いでした。
この空気感の中で、家族や親戚のことにも思いがめぐると、
すこし涙が出てきました。

やはり、自分は生かされているのだ。
そして、間違いなく、ご先祖が守ってくれている。
この与えられた命を、自分がほんとうに果たすべき役割の
ために燃やしていかなければ、申し訳がない。
心からそう思いました。
いつも守ってくれているご先祖に、あらためて感謝しかありません。

 


入院というのは不安でツラく厳しいことですが、
この立場になって身をもって分かることも多いです。

その意味では、人生にムダなんてひとつもない。
40代になって貴重な経験をしたのだと思います。
 

ひと皮むけた人間になって、もっともっと
毎日をだいじに生きていけるよう、歩んでいきます。

みなさん、ほんとにありがとうございます。
そして、これからもよろしくお願いいたします!

 


 

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